ミツナル短編集
冷たい風が前髪を揺らす。目を覆うようになびいたそれが邪魔で、頭を軽く振った。「換気換気…」とブツブツ言いながら開けていた窓は全開になっており、思わず顔をしかめる。
「おい、こんなに開けなくてもいいのではないか?」
「我慢しろって。お前のせいで暑いんだから」
「ム…」
そう言われては返す言葉も無い。ベッドの上、隣で横たわる成歩堂は確かにじっとりと汗をかいており、見るからにクタクタであった。久しぶりの逢瀬に昂り、先程まで情事に耽っていたがどうにも抑えが効かず、めずらしく彼が泣き言を発するまで止まらなかった。俯いて反省していると、隣で自身の髭をなぞりながら成歩堂が笑っているのが見えた。
「…そんなに落ち込まなくてもいいだろ。別に嫌じゃなかったし」
「だが、いくら久しぶりとはいえあのような…まるで理性を無くした獣のようにキミを暴いてしまった」
「まあそれは否定しないけどさ。疲れたし、ちょっと怖かったし、暑いし」
「ぐっ」
グサリと言葉が次々と突き刺さり、今度こそ頭を抱えてしまった。そんな私を見て、成歩堂は呆れつつ妖艶に微笑み、のろのろ起き上がって私の後ろ髪を梳く。
「もう…だからいいって。お前になら、何されても…」
「…私以外にも言っているのでは無かろうな」
「そんな訳あるかよ。なんか、この格好し始めてから皆に言われるよ。『身体売ってそう』って」
無精髭を生やし、気だるげな雰囲気を醸し出す彼はとてつもない色気に包まれていた。幸いにも彼の娘が守り抜いているようだが、彼女の話によれば日頃訪れる客からそのようなアレに誘われる事がままあるらしい。もし本当に身体を売るような事があれば、私は修羅にだってなるだろう。
「きゅ、急に怖い顔するなよ。お前だけだって…ホントに」
「ああ、そうでなくては困る」
「あっ、ちょっと…」
再び彼をベッドに横たえる。見た目が随分変わってしまったが、照れた顔やその瞳の奥にある強い意志は、ムカシと何も変わらなかった。
ざらつく頬を手の甲でなぞっていると、襲われる事は無いと判断した成歩堂は手持ち無沙汰になったのか、シーツに散らばった私の髪を一束すくい上げ、人差し指にくるくると巻き付けた。
「…随分伸びたな」
「キミの髭ほどでは無い」
「いやいや、どう考えてもこの髪の方が伸びてるだろ!…ずっと聞こうと思ってたんだけどさ。なんで伸ばしてんの?趣味変わった?…見た目が変わったぼくに、合わせてるなら…」
「いや、これは願掛けだ。キミの見た目は毛ほども関係ない」
「…け、"毛"だけに…?」
「ああ。"毛"だけに、だ」
「…ははは」
私の慣れない冗談に、成歩堂は口の端を引き攣らせ無理やり笑ってくれた。その顔もムカシ、よく真宵くんにしていたなと懐かしくなり、堪らず彼を抱きすくめた。
「くすぐったいよ」
「キスの際、いつも私は髭が当たってくすぐったいのだが?」
「う…そ、それよりさ。願掛けって何を願ってるんだ?」
「黙秘する」
「は?何だよ。教えてくれてもいいだろケチ」
「言葉にしたら叶わなくなりそうだからな。どうしても叶えたい願いがあるのだ」
「…ふぅん。『どうか無事、局長になれますように』とか?」
「…まあ、当たらずとも遠からずと言った所か」
「へえ。今のは言った内に入らないのか?」
「私は言っていないからな。ノーカウントだ」
「都合がいいなぁ」
クスクス笑う彼には絶対に言えない、私の願い事。バレてしまえば、彼が気にして心を痛めてしまう事。それは、『局長になって成歩堂を上から引っ張りあげる事』だ。弁護士資格を失ってしまった私の大切な人。彼を法曹界に戻すには、何より権力が必要だ。目指すはトップ、検事局長である。彼をすくい上げる為ならば、私は何だってするだろう。
これは願掛けだ。霊力など信じていないが、藁にもすがる思いで私は髪を伸ばし続けている。
(ああ。早く、早く切ってしまいたい)
腕の中で微睡む最愛の人を、どうしてもあの舞台にもう一度連れて行きたい。その一心で、私は長い髪を耳にかけながら、彼の髭目掛けて唇を寄せた。
「誰よりも愛してる」
いつの間にか風は止んでいた。夜明けは近い。
「おい、こんなに開けなくてもいいのではないか?」
「我慢しろって。お前のせいで暑いんだから」
「ム…」
そう言われては返す言葉も無い。ベッドの上、隣で横たわる成歩堂は確かにじっとりと汗をかいており、見るからにクタクタであった。久しぶりの逢瀬に昂り、先程まで情事に耽っていたがどうにも抑えが効かず、めずらしく彼が泣き言を発するまで止まらなかった。俯いて反省していると、隣で自身の髭をなぞりながら成歩堂が笑っているのが見えた。
「…そんなに落ち込まなくてもいいだろ。別に嫌じゃなかったし」
「だが、いくら久しぶりとはいえあのような…まるで理性を無くした獣のようにキミを暴いてしまった」
「まあそれは否定しないけどさ。疲れたし、ちょっと怖かったし、暑いし」
「ぐっ」
グサリと言葉が次々と突き刺さり、今度こそ頭を抱えてしまった。そんな私を見て、成歩堂は呆れつつ妖艶に微笑み、のろのろ起き上がって私の後ろ髪を梳く。
「もう…だからいいって。お前になら、何されても…」
「…私以外にも言っているのでは無かろうな」
「そんな訳あるかよ。なんか、この格好し始めてから皆に言われるよ。『身体売ってそう』って」
無精髭を生やし、気だるげな雰囲気を醸し出す彼はとてつもない色気に包まれていた。幸いにも彼の娘が守り抜いているようだが、彼女の話によれば日頃訪れる客からそのようなアレに誘われる事がままあるらしい。もし本当に身体を売るような事があれば、私は修羅にだってなるだろう。
「きゅ、急に怖い顔するなよ。お前だけだって…ホントに」
「ああ、そうでなくては困る」
「あっ、ちょっと…」
再び彼をベッドに横たえる。見た目が随分変わってしまったが、照れた顔やその瞳の奥にある強い意志は、ムカシと何も変わらなかった。
ざらつく頬を手の甲でなぞっていると、襲われる事は無いと判断した成歩堂は手持ち無沙汰になったのか、シーツに散らばった私の髪を一束すくい上げ、人差し指にくるくると巻き付けた。
「…随分伸びたな」
「キミの髭ほどでは無い」
「いやいや、どう考えてもこの髪の方が伸びてるだろ!…ずっと聞こうと思ってたんだけどさ。なんで伸ばしてんの?趣味変わった?…見た目が変わったぼくに、合わせてるなら…」
「いや、これは願掛けだ。キミの見た目は毛ほども関係ない」
「…け、"毛"だけに…?」
「ああ。"毛"だけに、だ」
「…ははは」
私の慣れない冗談に、成歩堂は口の端を引き攣らせ無理やり笑ってくれた。その顔もムカシ、よく真宵くんにしていたなと懐かしくなり、堪らず彼を抱きすくめた。
「くすぐったいよ」
「キスの際、いつも私は髭が当たってくすぐったいのだが?」
「う…そ、それよりさ。願掛けって何を願ってるんだ?」
「黙秘する」
「は?何だよ。教えてくれてもいいだろケチ」
「言葉にしたら叶わなくなりそうだからな。どうしても叶えたい願いがあるのだ」
「…ふぅん。『どうか無事、局長になれますように』とか?」
「…まあ、当たらずとも遠からずと言った所か」
「へえ。今のは言った内に入らないのか?」
「私は言っていないからな。ノーカウントだ」
「都合がいいなぁ」
クスクス笑う彼には絶対に言えない、私の願い事。バレてしまえば、彼が気にして心を痛めてしまう事。それは、『局長になって成歩堂を上から引っ張りあげる事』だ。弁護士資格を失ってしまった私の大切な人。彼を法曹界に戻すには、何より権力が必要だ。目指すはトップ、検事局長である。彼をすくい上げる為ならば、私は何だってするだろう。
これは願掛けだ。霊力など信じていないが、藁にもすがる思いで私は髪を伸ばし続けている。
(ああ。早く、早く切ってしまいたい)
腕の中で微睡む最愛の人を、どうしてもあの舞台にもう一度連れて行きたい。その一心で、私は長い髪を耳にかけながら、彼の髭目掛けて唇を寄せた。
「誰よりも愛してる」
いつの間にか風は止んでいた。夜明けは近い。