ミツナル短編集
「…御剣怜侍です。将来の夢はお父さんのような弁護士になることです。よろしくお願いします」
小さな感嘆の声と疎らな拍手が起こる。小学4年生になり、クラス替えが行われたが、如何せん小さな学校なのでさほど代わり映えしない顔ぶれだ。
「えっと、御剣くん…弁護士なんて、凄いね!」
隣からコソコソと話しかけられた。
(彼は確か、『ナルホドー』と言ったか…)
今年初めて同じクラスになった隣の席の男子は、変わった苗字で特徴的なトンガリ頭をしていた。
「…ああ、ありがとう」
そこで会話を終わらせる。ナルホドーは少し気まずそうにしていたが気にしない。お父さんのような弁護士になるために、今は早く勉強がしたい。"友達ごっこ"に、かまけている暇などないのだ。
* * *
あれから数ヶ月経ち、ぼくは1人で本を読むか自習をするかで休み時間を過ごしていた。隣の席の成歩堂は、よくクラスメイトとサッカーや消しゴム落としをしており、たまにぼくを遊びに誘ったりしてきたが、断り続けた。そうしていると、話しかけられることも無くなった。
("消しゴム落とし"など、幼稚な遊びをぼくがする訳無いだろう)
下らない遊びに時間を費やすより、本を読んでいる方がよっぽど有意義だと心から思った。
次の日の授業中、ぼくは消しゴムが筆箱に入っていないことに気がついた。
(しまった、昨日宿題をしていた時に入れ忘れた…どうしよう)
ずっとノートをキレイに使っていたため、斜線をして訂正するのはなんだか嫌だった。失敗をした自分が不甲斐なく、唇をギュッと噛み締める。
「御剣くん」
隣から囁き声が聞こえる。
「消しゴム、忘れちゃったの?」
「…ああ」
「ちょっと待ってね」
そう言うと、成歩堂は自分の消しゴムを2つに割った。その行動にぼくは動揺し、彼と消しゴムに視線を行き来させる。
「はい、これあげる。使って!」
と、割った消しゴムの片方を笑顔でこちらに差し出した。
「な、なんで…」
「なんでって、御剣くん困ってたから…迷惑だった?」
「いや…ありがとう、助かった。だがキミの消しゴムが小さくなってしまった。消しゴム落としはいいのか?」
クラスではもっぱら消しゴム落としが流行していた。男女関係なく、休み時間にはこぞってひとつの机に集まり消しゴムを弾いていた。小さな消しゴムは、どうしても大きなものには勝ちにくいだろう。
「うーん、別にいいよ。ぼく、普通の消しゴムでもそんなに勝てないし。それに…」
「?」
「困ってる人を、ぼくは放っておけないよ」
ミラクル仮面だってそう言ってたし、と、彼は太陽のような笑顔でぼくを見つめる。
目の前が急に開けたように明るくなり、彼が輝いて見えた。体温が上がる。きっと今、自分の頬は色づいているだろうと確信する。
「…ありがとう、成歩堂」
どういたしましてと彼は僕の手に消しゴムを握らせた。触れる手と手が熱い。心臓がドキドキして、もう目を合わせることなど出来なかった。
弁護士は困っている人を助ける仕事だ。お父さんは、いつも孤独な人に寄り添い、光へと導いている。そんな父に憧れ、弁護士になるために勉強していたが、大切なことを忘れていたようだった。
彼が思い出させてくれた。ちらりと横を見やると、もう彼は教科書とにらめっこして頭を悩ませていた。
貰った消しゴムの片割れをじっと見つめ、また顔を赤らめる。この気持ちがなんなのかはよく分からないが、とても大事なもののように思えた。
* * *
「…今思えば、あれが初恋だったのだろうな。当時は幼く、その感情に戸惑いもしたが、紛れもなくあの時私は恋に落ちたのだよ」
「わー!素敵素敵!」
成歩堂の事務所に来ていた私は、今日はもう遅いということで泊まることになり、みぬきくんに寝物語として初恋の話をせがまれ、当時を思い出していた。
「でもさっすがパパ!消しゴムだけじゃなく、御剣さんも恋に落としちゃうなんて!」
「ム、みぬきくん、上手いな」
「えへへ~」
「待った!」
バン!と扉が開き、スウェット姿の成歩堂が足早にこちらに向かう。
「そ、そんなハナシ、ぼく全然覚えてないぞ!それ本当にぼくか?」
「当たり前だ。私の記憶は確かだ。まあ、私も給食費の件をすっかり忘れていたからな…自分がした無意識の行いは、忘れてしまいがちなのだろう」
「うっ…確かに…」
成歩堂は赤い顔のまま、布団に入ってくる。まさか彼と彼の養子と3人川の字で寝る事になるとは、小学生だった私は思いもしなかっただろうなと独りごちる。
「ねえねえ、それじゃ、パパの初恋は?いつなの誰なのー?」
すっかり目が冴えてしまったみぬきくんがワクワクしながら聞いてくる。
「…小学4年生のときだよ」
「おお!」
「ム、も、もしかして、その人物は『み』から始まる名前では…」
「え!うん、よく分かったな」
彼は恥ずかしそうに頬をかく。私は期待に胸躍らせながら続きを促した。
「その人は、困ってる人を助けて、いつもかっこよくて…その人がいたから、今のぼくがあるんだ」
「!!!!」
「キャ~!素敵!誰なの誰なの?勿体つけずに教えてパパ~!」
鼓動が早くなる。思わず胸を抑え、深呼吸をした。まさか、まさか彼も当時から私のことを…
「その人の名前は…」
「「名前は!?」」
「…ミラクル仮面、だよ」
一瞬時が止まったかのように静寂が訪れる。
「……そういえば、キミはミラクル仮面になりたかったと言っていたな」
「…御剣さんじゃないのか、なーんだ」
「な、なんだよ!いいだろ別に」
自分では無かったことに落胆するも、今こうして彼は私を想い、選んでくれた。その事実に満足し、もっとお話したいとはしゃぐみぬきくんを諌め、眠りにつくことを促した。
* * *
「…御剣、起きてるか?」
「…うむ」
真ん中のみぬきくんはすでに気持ちよさそうに寝息を立て、スヤスヤと眠っている。邪魔しないよう、我々は小声で話す。
「その、ミラクル仮面ってさ」
「…ああ」
「…ちょっと、お前に似てるんだ」
「?」
「だから、その…初恋じゃないけど、あの時のぼくも、お前のこと好きだったと思うよ」
「!な、成歩堂…」
「もう寝る!おやすみ!」
壁側に向いてしまった成歩堂をよく見ると、暗い中でも耳が赤いのが分かった。愛おしさで胸がいっぱいになる。
私たちは再び出会い、2度目の恋に落ちた。今度は離れてしまう事のないように、彼と彼の娘をいっぺんに抱きしめ、眠りにつくのだった。
「ム?というかキミはあの時、ルミくんのことが好きだったのでは…?私は随分嫉妬をした覚えがあるが」
「うっ、そ、それは…無自覚だったから…」
「フッ、悪いと思うのなら、今度私にチョコレートを口移しで…」
「ああ…初恋のハナシなんてしなきゃよかった!」
小さな感嘆の声と疎らな拍手が起こる。小学4年生になり、クラス替えが行われたが、如何せん小さな学校なのでさほど代わり映えしない顔ぶれだ。
「えっと、御剣くん…弁護士なんて、凄いね!」
隣からコソコソと話しかけられた。
(彼は確か、『ナルホドー』と言ったか…)
今年初めて同じクラスになった隣の席の男子は、変わった苗字で特徴的なトンガリ頭をしていた。
「…ああ、ありがとう」
そこで会話を終わらせる。ナルホドーは少し気まずそうにしていたが気にしない。お父さんのような弁護士になるために、今は早く勉強がしたい。"友達ごっこ"に、かまけている暇などないのだ。
* * *
あれから数ヶ月経ち、ぼくは1人で本を読むか自習をするかで休み時間を過ごしていた。隣の席の成歩堂は、よくクラスメイトとサッカーや消しゴム落としをしており、たまにぼくを遊びに誘ったりしてきたが、断り続けた。そうしていると、話しかけられることも無くなった。
("消しゴム落とし"など、幼稚な遊びをぼくがする訳無いだろう)
下らない遊びに時間を費やすより、本を読んでいる方がよっぽど有意義だと心から思った。
次の日の授業中、ぼくは消しゴムが筆箱に入っていないことに気がついた。
(しまった、昨日宿題をしていた時に入れ忘れた…どうしよう)
ずっとノートをキレイに使っていたため、斜線をして訂正するのはなんだか嫌だった。失敗をした自分が不甲斐なく、唇をギュッと噛み締める。
「御剣くん」
隣から囁き声が聞こえる。
「消しゴム、忘れちゃったの?」
「…ああ」
「ちょっと待ってね」
そう言うと、成歩堂は自分の消しゴムを2つに割った。その行動にぼくは動揺し、彼と消しゴムに視線を行き来させる。
「はい、これあげる。使って!」
と、割った消しゴムの片方を笑顔でこちらに差し出した。
「な、なんで…」
「なんでって、御剣くん困ってたから…迷惑だった?」
「いや…ありがとう、助かった。だがキミの消しゴムが小さくなってしまった。消しゴム落としはいいのか?」
クラスではもっぱら消しゴム落としが流行していた。男女関係なく、休み時間にはこぞってひとつの机に集まり消しゴムを弾いていた。小さな消しゴムは、どうしても大きなものには勝ちにくいだろう。
「うーん、別にいいよ。ぼく、普通の消しゴムでもそんなに勝てないし。それに…」
「?」
「困ってる人を、ぼくは放っておけないよ」
ミラクル仮面だってそう言ってたし、と、彼は太陽のような笑顔でぼくを見つめる。
目の前が急に開けたように明るくなり、彼が輝いて見えた。体温が上がる。きっと今、自分の頬は色づいているだろうと確信する。
「…ありがとう、成歩堂」
どういたしましてと彼は僕の手に消しゴムを握らせた。触れる手と手が熱い。心臓がドキドキして、もう目を合わせることなど出来なかった。
弁護士は困っている人を助ける仕事だ。お父さんは、いつも孤独な人に寄り添い、光へと導いている。そんな父に憧れ、弁護士になるために勉強していたが、大切なことを忘れていたようだった。
彼が思い出させてくれた。ちらりと横を見やると、もう彼は教科書とにらめっこして頭を悩ませていた。
貰った消しゴムの片割れをじっと見つめ、また顔を赤らめる。この気持ちがなんなのかはよく分からないが、とても大事なもののように思えた。
* * *
「…今思えば、あれが初恋だったのだろうな。当時は幼く、その感情に戸惑いもしたが、紛れもなくあの時私は恋に落ちたのだよ」
「わー!素敵素敵!」
成歩堂の事務所に来ていた私は、今日はもう遅いということで泊まることになり、みぬきくんに寝物語として初恋の話をせがまれ、当時を思い出していた。
「でもさっすがパパ!消しゴムだけじゃなく、御剣さんも恋に落としちゃうなんて!」
「ム、みぬきくん、上手いな」
「えへへ~」
「待った!」
バン!と扉が開き、スウェット姿の成歩堂が足早にこちらに向かう。
「そ、そんなハナシ、ぼく全然覚えてないぞ!それ本当にぼくか?」
「当たり前だ。私の記憶は確かだ。まあ、私も給食費の件をすっかり忘れていたからな…自分がした無意識の行いは、忘れてしまいがちなのだろう」
「うっ…確かに…」
成歩堂は赤い顔のまま、布団に入ってくる。まさか彼と彼の養子と3人川の字で寝る事になるとは、小学生だった私は思いもしなかっただろうなと独りごちる。
「ねえねえ、それじゃ、パパの初恋は?いつなの誰なのー?」
すっかり目が冴えてしまったみぬきくんがワクワクしながら聞いてくる。
「…小学4年生のときだよ」
「おお!」
「ム、も、もしかして、その人物は『み』から始まる名前では…」
「え!うん、よく分かったな」
彼は恥ずかしそうに頬をかく。私は期待に胸躍らせながら続きを促した。
「その人は、困ってる人を助けて、いつもかっこよくて…その人がいたから、今のぼくがあるんだ」
「!!!!」
「キャ~!素敵!誰なの誰なの?勿体つけずに教えてパパ~!」
鼓動が早くなる。思わず胸を抑え、深呼吸をした。まさか、まさか彼も当時から私のことを…
「その人の名前は…」
「「名前は!?」」
「…ミラクル仮面、だよ」
一瞬時が止まったかのように静寂が訪れる。
「……そういえば、キミはミラクル仮面になりたかったと言っていたな」
「…御剣さんじゃないのか、なーんだ」
「な、なんだよ!いいだろ別に」
自分では無かったことに落胆するも、今こうして彼は私を想い、選んでくれた。その事実に満足し、もっとお話したいとはしゃぐみぬきくんを諌め、眠りにつくことを促した。
* * *
「…御剣、起きてるか?」
「…うむ」
真ん中のみぬきくんはすでに気持ちよさそうに寝息を立て、スヤスヤと眠っている。邪魔しないよう、我々は小声で話す。
「その、ミラクル仮面ってさ」
「…ああ」
「…ちょっと、お前に似てるんだ」
「?」
「だから、その…初恋じゃないけど、あの時のぼくも、お前のこと好きだったと思うよ」
「!な、成歩堂…」
「もう寝る!おやすみ!」
壁側に向いてしまった成歩堂をよく見ると、暗い中でも耳が赤いのが分かった。愛おしさで胸がいっぱいになる。
私たちは再び出会い、2度目の恋に落ちた。今度は離れてしまう事のないように、彼と彼の娘をいっぺんに抱きしめ、眠りにつくのだった。
「ム?というかキミはあの時、ルミくんのことが好きだったのでは…?私は随分嫉妬をした覚えがあるが」
「うっ、そ、それは…無自覚だったから…」
「フッ、悪いと思うのなら、今度私にチョコレートを口移しで…」
「ああ…初恋のハナシなんてしなきゃよかった!」