あなたに贈る花とダンス
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これといってやりたいこともない私は、大学へは行かないことにした。今の私は決まった職がない、所謂フリーターというもので、祖父母にはとても申し訳ない気持ちでいっぱいである。早く仕事見つけなきゃいけないな。
トントン。
不意に肩を叩かれた。驚きながらも振り返るとガラの悪そうな男が私の背後に立っていた。
ニヤニヤと笑う様を見て嫌な予感がした。
「なんですか?」
「今一人?」
「……ええ」
「これからなんか予定あんの?」
「いえ、特には。このまま家に帰ろうかと思っていたところです」
「じゃあ俺と遊ばない?」
「あはは……私よりももっと女の子らしい子と遊んだほうが楽しいのでは?」
他の子にはとても申し訳ないのだけど、髪が短く、着る服もあまり女の子らしいとは言えない中性的な見た目の私よりも確実に楽しいと思う。男の考えることはわからないけど。
「女の子らしい子よりも君みたいな子がタイプなんだよね」
「そうですか。それは……あー、ありがとうございます」
そういえばどこかで聞いたことがある。ナンパは相手が可愛いからするんじゃなくて、一夜の相手に丁度良さそうだからするのだと。
まあこの説が百パーセントというわけではないとは思う。もちろん見た目が好みでナンパする人間もいるだろうし、本気で一目惚れをして声をかけることもあるだろう。
だけどこれは……あまり良くない意味合いを持った声掛けなのだろう。反応しなければよかったと後悔するが時すでに遅し。男は遠慮なしに距離を詰めてくる。
当たり障りのない返事をなるべく返し、一歩二歩と後ずさるのだが同じように男は一歩二歩と進み、結果的に距離は変わっていなかった。そしてとうとう男は煮え切らない私の腕を掴んで暗い路地の方へと引っ張っていった。
「もしかして彼氏とかいる?」
「いない、です」
「ならいいじゃん。ちょっとだけ楽しもうよ」
「……わかりました」
着ていたパーカーを半分ほど脱いで私はぴたりと止める。
男が一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに柔らかい表情へと戻して私の方を見た。
「名前を教えてくれませんか。これから楽しむためにも、名前ぐらい教えてくれてもいいと思うんです……だめ?」
「高野連。じゃあ俺も教えたんだし君の名前も教えてくれる?」
「高野さん」
男の名前を呼んだ。名前を呼ばれた男の目がどこか虚ろになる。
「『三回回ってワンと鳴け』」
私がそう言うとさっきまで威勢の良かった男はいない。くるくると三回回ってから「ワン」と鳴いた。
男がいきなり私の命令に従ったのは。これが私の能力であるからだ。
私は物心ついたときから右目の視力が弱かった。かろうじてわかる色と形、左目を瞑ってしまえば何にもわからないぼやけた視界。その代わりと言わんばかりにこの能力が授けられた。目を合わせ、名前を呼んだ相手を操ることが出来る。
物理法則を完全無視した動きを対象にさせることは流石に出来ないが、大体のことは命令すればその通り動く。
「『家に帰って部屋の掃除でもしていろ』」
云えば男はふらりと立ち直して路地から出ていく。
私は思わずため息をつきその場に座り込む。脱ぎかけたパーカーを戻して逸る心臓を押さえた。今度からはああいった呼びかけには絶対に反応しないようにしよう。碌なことが起こらない。
ああもう。手がまだ震えている。もしもあそこで男が名乗らなかったら私は恐らくあのまま、なんて考えると震えは収まらない。路地に居続けるのはあまり良くないとはわかっているけど腰が抜けてしまったのだからしょうがない。
一応私は祖母に帰りが遅くなることを連絡した。両親がいなくなってから祖父母、特に祖母は身内に対して少々過保護になってしまっている。
「……はあ」
またため息をつく。早く立ち上がって帰路につかないと。
日が傾いていく。上を見上げると切り抜いたような橙色の空が映っていた。
私は目を閉じて右目を開ける。いつも目を隠している前髪を退けてもう一度空を見上げる。右目だけで見る視界はやはり不良。先刻まで判っていた雲の形も判らず、まるで橙の画用紙に白い絵の具をべたりと塗ったような、風情がない、ただ色を置いてしまっただけになった空を見てなんだか切なくなる。
「そこで何をしている?」
「え?」
低い男の声に思わず体が強張った。
顔を上げるとそこには眼鏡をかけた長身の男が立っていた。
眉間に皴を寄せているものの、直感で何故だかこの人は善い人だというのが判った。だから私は先刻あったことを目の前の男に話した。
男は私が女性であることに驚いたのか、はたまた純粋に先程の男が私に行おうとしていた下劣な行為を同じ男として何か思ったのか、また眉根に力が入っていた。
「それで、お恥ずかしい話、男がいなくなってから腰が抜けてしまって動けないでいるんです。でも数分もしないうちに大丈夫になると思います」
「……流石に話を聞いた後にああそうですかと薄暗い路地に腰が抜けた女性を置いていくことは俺には出来んのだが」
そうして男はゆっくりこちらに近づいてきた。
「つい数分前に男によって不快な目に遭ったばかりだというのに俺が触れるのもどうかと思うのだが、大丈夫だろうか」
「あぁ、はい。大丈夫です」
男に肩を貸してもらう。私の肩を脆い硝子に触れるかの如く優しく触れた男に私はやはり安心感を覚える。
やっぱり善い人だ。
「先程貴女は〝突然男が帰った〟と云ったが、そういった輩がふと正気に戻るかのように家に帰るものなンだろうか」
「何が、云いたいのです?」
「……いや、きっと俺の思い違いだろう。悪い、いきなり探るような言い回しをして」
これから私がこの人と親しくなるかはわからないが、こうも親切にしてもらって嘘を吐くというのはこちらに罪悪感が生まれてしまう。
「多分、思い違いじゃないと思いますよ」
「何⁉ だとしたら……」
「ええ、あの男は突然改心やらをして家に帰ったのではありません。私が強制的に帰らせたのです。今頃本当の意味で正気に戻ったことでしょう」
「矢張り異能力者か」
「そうですね。私の異能力〝私と踊って〟は目を合わせ、尚且つ目を合わせた生物の名前を言えば好きに操ることが出来ます。でも悪用なんてしていませんよ。強いて言うならこの能力がどういったものなのかを理解するために実験したことはありますが、それも『三歩歩け』とか『あそこまで走れ』とか、そういうものです」
「成程。……ん? 生物、ということは犬猫も操れるということか?」
「はい。犬猫に限らずその場合は、動物の本当の名前を知らずとも犬、猫、等で能力は発動します。他にも偽名、秘匿名 でもその人が自称していたり、第三者が呼称していれば能力は発動します」
「使い勝手が割といいのか?」
「うーん……名前を知らなかったら発動は出来ないですし、どうなんでしょうか。あまり良いものとは個人的に思えないのですが。でも、気に入ってはいますよ」
男は何処か安心するかのような顔で私の方を見た。
家まで送ってもらい、私は深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。何かお礼がしたいのですが……」
「別に大丈夫だ……ああ、いや待ってくれ」
顎に手を当てて何かを考え始める。何だろう。この人のことだからお礼として無理難題を押し付けてくるようなことはしないだろうけど……金銭が発生するとしたらあまり高額なものは止してほしいな……。
「失礼かもしれないが、現職業は?」
「え? あ、えっと、今丁度探しているところなんです。いい加減バイトでなく決まった職に就きたくて」
「ならいい。バイトが休みの日にでもここに来てくれ」
一枚の名刺を渡される。
国木田独歩という名前に加え、“武装探偵社”と書かれていた。
「武装探偵社って、危険な依頼を引き受ける探偵社、です、よね」
武装探偵社という文字に思わず言葉が詰まってしまった。
「そうだが、別に特攻をしろという訳じゃない。地道な情報収集等の裏方の仕事もある。特に貴方の能力は犯人確保に役に立つと思うんだ」
「……なら、明日は生憎バイトがあるので、明後日お伺いします」
「あぁ、わかった」
「あ、それと、私の名前は恩田陸です」
「俺の名前はそこに書いてある通り国木田独歩だ。好きに呼んでいい」
「じゃあ、独歩さんで」
独歩さんは 明後日、事務所で待っている と云ってくるりと背を向けて帰ってしまった。
少々浮ついた気持ちで私は玄関の戸を開けた。
「ただいま」
武装探偵社、そこで私の異能力が活かせるのなら万々歳だ。なんだか楽しくなってきた。
トントン。
不意に肩を叩かれた。驚きながらも振り返るとガラの悪そうな男が私の背後に立っていた。
ニヤニヤと笑う様を見て嫌な予感がした。
「なんですか?」
「今一人?」
「……ええ」
「これからなんか予定あんの?」
「いえ、特には。このまま家に帰ろうかと思っていたところです」
「じゃあ俺と遊ばない?」
「あはは……私よりももっと女の子らしい子と遊んだほうが楽しいのでは?」
他の子にはとても申し訳ないのだけど、髪が短く、着る服もあまり女の子らしいとは言えない中性的な見た目の私よりも確実に楽しいと思う。男の考えることはわからないけど。
「女の子らしい子よりも君みたいな子がタイプなんだよね」
「そうですか。それは……あー、ありがとうございます」
そういえばどこかで聞いたことがある。ナンパは相手が可愛いからするんじゃなくて、一夜の相手に丁度良さそうだからするのだと。
まあこの説が百パーセントというわけではないとは思う。もちろん見た目が好みでナンパする人間もいるだろうし、本気で一目惚れをして声をかけることもあるだろう。
だけどこれは……あまり良くない意味合いを持った声掛けなのだろう。反応しなければよかったと後悔するが時すでに遅し。男は遠慮なしに距離を詰めてくる。
当たり障りのない返事をなるべく返し、一歩二歩と後ずさるのだが同じように男は一歩二歩と進み、結果的に距離は変わっていなかった。そしてとうとう男は煮え切らない私の腕を掴んで暗い路地の方へと引っ張っていった。
「もしかして彼氏とかいる?」
「いない、です」
「ならいいじゃん。ちょっとだけ楽しもうよ」
「……わかりました」
着ていたパーカーを半分ほど脱いで私はぴたりと止める。
男が一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに柔らかい表情へと戻して私の方を見た。
「名前を教えてくれませんか。これから楽しむためにも、名前ぐらい教えてくれてもいいと思うんです……だめ?」
「高野連。じゃあ俺も教えたんだし君の名前も教えてくれる?」
「高野さん」
男の名前を呼んだ。名前を呼ばれた男の目がどこか虚ろになる。
「『三回回ってワンと鳴け』」
私がそう言うとさっきまで威勢の良かった男はいない。くるくると三回回ってから「ワン」と鳴いた。
男がいきなり私の命令に従ったのは。これが私の能力であるからだ。
私は物心ついたときから右目の視力が弱かった。かろうじてわかる色と形、左目を瞑ってしまえば何にもわからないぼやけた視界。その代わりと言わんばかりにこの能力が授けられた。目を合わせ、名前を呼んだ相手を操ることが出来る。
物理法則を完全無視した動きを対象にさせることは流石に出来ないが、大体のことは命令すればその通り動く。
「『家に帰って部屋の掃除でもしていろ』」
云えば男はふらりと立ち直して路地から出ていく。
私は思わずため息をつきその場に座り込む。脱ぎかけたパーカーを戻して逸る心臓を押さえた。今度からはああいった呼びかけには絶対に反応しないようにしよう。碌なことが起こらない。
ああもう。手がまだ震えている。もしもあそこで男が名乗らなかったら私は恐らくあのまま、なんて考えると震えは収まらない。路地に居続けるのはあまり良くないとはわかっているけど腰が抜けてしまったのだからしょうがない。
一応私は祖母に帰りが遅くなることを連絡した。両親がいなくなってから祖父母、特に祖母は身内に対して少々過保護になってしまっている。
「……はあ」
またため息をつく。早く立ち上がって帰路につかないと。
日が傾いていく。上を見上げると切り抜いたような橙色の空が映っていた。
私は目を閉じて右目を開ける。いつも目を隠している前髪を退けてもう一度空を見上げる。右目だけで見る視界はやはり不良。先刻まで判っていた雲の形も判らず、まるで橙の画用紙に白い絵の具をべたりと塗ったような、風情がない、ただ色を置いてしまっただけになった空を見てなんだか切なくなる。
「そこで何をしている?」
「え?」
低い男の声に思わず体が強張った。
顔を上げるとそこには眼鏡をかけた長身の男が立っていた。
眉間に皴を寄せているものの、直感で何故だかこの人は善い人だというのが判った。だから私は先刻あったことを目の前の男に話した。
男は私が女性であることに驚いたのか、はたまた純粋に先程の男が私に行おうとしていた下劣な行為を同じ男として何か思ったのか、また眉根に力が入っていた。
「それで、お恥ずかしい話、男がいなくなってから腰が抜けてしまって動けないでいるんです。でも数分もしないうちに大丈夫になると思います」
「……流石に話を聞いた後にああそうですかと薄暗い路地に腰が抜けた女性を置いていくことは俺には出来んのだが」
そうして男はゆっくりこちらに近づいてきた。
「つい数分前に男によって不快な目に遭ったばかりだというのに俺が触れるのもどうかと思うのだが、大丈夫だろうか」
「あぁ、はい。大丈夫です」
男に肩を貸してもらう。私の肩を脆い硝子に触れるかの如く優しく触れた男に私はやはり安心感を覚える。
やっぱり善い人だ。
「先程貴女は〝突然男が帰った〟と云ったが、そういった輩がふと正気に戻るかのように家に帰るものなンだろうか」
「何が、云いたいのです?」
「……いや、きっと俺の思い違いだろう。悪い、いきなり探るような言い回しをして」
これから私がこの人と親しくなるかはわからないが、こうも親切にしてもらって嘘を吐くというのはこちらに罪悪感が生まれてしまう。
「多分、思い違いじゃないと思いますよ」
「何⁉ だとしたら……」
「ええ、あの男は突然改心やらをして家に帰ったのではありません。私が強制的に帰らせたのです。今頃本当の意味で正気に戻ったことでしょう」
「矢張り異能力者か」
「そうですね。私の異能力〝私と踊って〟は目を合わせ、尚且つ目を合わせた生物の名前を言えば好きに操ることが出来ます。でも悪用なんてしていませんよ。強いて言うならこの能力がどういったものなのかを理解するために実験したことはありますが、それも『三歩歩け』とか『あそこまで走れ』とか、そういうものです」
「成程。……ん? 生物、ということは犬猫も操れるということか?」
「はい。犬猫に限らずその場合は、動物の本当の名前を知らずとも犬、猫、等で能力は発動します。他にも偽名、
「使い勝手が割といいのか?」
「うーん……名前を知らなかったら発動は出来ないですし、どうなんでしょうか。あまり良いものとは個人的に思えないのですが。でも、気に入ってはいますよ」
男は何処か安心するかのような顔で私の方を見た。
家まで送ってもらい、私は深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。何かお礼がしたいのですが……」
「別に大丈夫だ……ああ、いや待ってくれ」
顎に手を当てて何かを考え始める。何だろう。この人のことだからお礼として無理難題を押し付けてくるようなことはしないだろうけど……金銭が発生するとしたらあまり高額なものは止してほしいな……。
「失礼かもしれないが、現職業は?」
「え? あ、えっと、今丁度探しているところなんです。いい加減バイトでなく決まった職に就きたくて」
「ならいい。バイトが休みの日にでもここに来てくれ」
一枚の名刺を渡される。
国木田独歩という名前に加え、“武装探偵社”と書かれていた。
「武装探偵社って、危険な依頼を引き受ける探偵社、です、よね」
武装探偵社という文字に思わず言葉が詰まってしまった。
「そうだが、別に特攻をしろという訳じゃない。地道な情報収集等の裏方の仕事もある。特に貴方の能力は犯人確保に役に立つと思うんだ」
「……なら、明日は生憎バイトがあるので、明後日お伺いします」
「あぁ、わかった」
「あ、それと、私の名前は恩田陸です」
「俺の名前はそこに書いてある通り国木田独歩だ。好きに呼んでいい」
「じゃあ、独歩さんで」
独歩さんは 明後日、事務所で待っている と云ってくるりと背を向けて帰ってしまった。
少々浮ついた気持ちで私は玄関の戸を開けた。
「ただいま」
武装探偵社、そこで私の異能力が活かせるのなら万々歳だ。なんだか楽しくなってきた。