眠りの森
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20. 来訪者
生活は続いていく。
例え世界が厄災に脅かされていようが
家族を失い一人になろうが
大好きな彼に見放されようが
その場に呆然と立ち尽くして悲しみに打ちひしがれていても、
時間は決して立ち止まってくれない。
「…はあ。」
ため息をついても、一人。
床や机に散乱する資料や山積みになったリストを整理しながら、私は手を休めた。
『教えて貰った以上、君はもう一人じゃない。リトの英傑であるこの僕が手を貸してやらないでもない。どうだい?心強いだろう。』
リーバル様にそう言ってもらえた時、私はどんなに救われただろう。
やっと一人ぼっちじゃなくなったと心から思えた。
リーバル様と食事を摂る時間、他愛ない会話を楽しむ時間、背におぶられて空を飛んだ時間…
全てがかけがえのない時間であり、思い出"だった"。
いつまでもリーバル様が傍にいてくれたら、と夢見がちに思い続けていた。
彼が隣でずっといてくれたら他に何もいらないと思うほどに、愛は深まっていた。
今でもこんなに、大好きで、苦しい。
じわ、と涙が目に溜まるのを感じ、慌てて目尻を拭う。
…いつまでも立ち止まっていても、仕方がない。
気持ちを切り替えて仕事の書類整理を進めなければと思った矢先、突如ドアを強くノックする音がし、驚きで体が跳ね上がった。
こんな時間に眠りの森 を訪れてくる、ということは―
非常事態も想定しつつ、恐る恐る立ち上がり、ゆっくりとドアを開けた。
「あれっ…誰もいない?」
きょろきょろと辺りを見渡しても、そこには誰もいなかった。
確かにノックの音がしたはずだけど…
「あの…。」
ハッとして視線を足元に移すと、幼い少女が一人、私を見上げていた。
私は少女の目線に合わせて話ができる様、膝を抱えてしゃがみ込んだ。
「いらっしゃい。怪我はしてない?」
少女は黙ったままで、私を見つめ続けている。
衣服が泥だらけになっているが、見て取れる大きな怪我はしていない様子だった。
何やら事情があって行く先に困っている子どもが、急に駆け込んでくるということは、最近では少なくなってきたものの、珍しいことではなかった。
想定していた非常事態に内心驚きつつも、私はにっこりと微笑みかけた。
「よく来たね。服が汚れてるから着替たりしようか。」
そう言って、少女を家へ上がらせた。
…彼女の両親はどうしてしまったんだろう。とりあえず、服を着替えさせてやって、事情を聞き、家族の捜索をしなければならない。それから―
あれこれと今後について考えを張り巡らせたまま、ドアを閉めようと手をかけた瞬間、
「あの子ども、森の中に一人でいたんだ。」
「わああっ!!!」
死角になっていた玄関脇から不意に声がし、私は驚いて腰を抜かしてしまった。
しかし私は、顔を見るまでもなく、その声だけで誰が潜んでいたかを咄嗟に理解した。
「リ、リーバル様…?」
私は二重に驚いてしまい、目をぱちくりとさせ彼を見上げた。
「…そんなに驚くなよ。」
「い、いきなり現れるからビックリしましたよっ!!」
リーバル様は私の前へ移動し、地面にへたり込む私に向かって手を差し伸べた。
しかし私は自分で立ち上がり、衣服についた砂埃を払った。
「…とにかく今は、あの子のケアが最優先です。」
そう言って、リーバル様に背を向け家へと戻る。
リーバル様は重ねられることのなかった差し伸べた手を見つめ、それから私の後に続いて家の中へと上がった。
少女が待つ、眠りの森へ。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽
テーブルに置かれたホットミルクが、静かに湯気を立たせている。
私と少女は横並びに座り、リーバル様は向かい合う形で三人座っていた。
カチコチと時計の針の音だけが、部屋中に響き渡る。
「まだ熱いかも、気を付けてね。」
私がそう言うと、少女は黙って頷いた。
衣服を着替えさせ、汚れていた身体を濡れ布巾で拭いてやった間にも、少女は一言も状況を話してはくれなかった。
大きなショックを受けた後だと、なかなか自分のことを他人にすらすらと話せるものではない。幼い子どもなら尚のことそうだろう。
こういう時は焦らず気長にケアしていくことが良いと分かっているので、私は悠長に構えることにした。
…とはいえ、気がかりなのは少女だけでない。目の前にいるリーバル様にも聞き出したいことは山ほどあった。
しかしここで感情的になったり、質問攻めにしたりしては大人げない。
子どもの前で醜態をさらすわけにもいかない。
落ち着いて、落ち着いて…私は小さく深呼吸をして、ホットミルクを啜った。
「熱ッ!」
「…気を付けろって、君が言ったじゃないか。」
「ち、違います!これは身を挺しておしえてあげてるんです!気を付けて飲まないとお姉さんみたいに火傷しちゃうからねー。」
苦し紛れの言い訳をする私を見て、リーバル様は呆れたように微笑む。
…この笑顔。
悩んでいたことを全て有耶無耶にして、許してしまいそうになる。
惚れた弱み、という単語が急に頭をよぎる。
私は咳払いをして、姿勢を正した。
「そ、それより…リーバル様がここへ来た経緯を説明していただけますか。」
「…ルナと話がしたくて来たんだ。いろんな話をね。」
リーバル様はそう言うと、少女に視線をやった。
「でも道中でこの子を見つけてね。森の中で一人迷っている様子だったから、連れて来た。眠りの森 は、そういう場所だろ?」
「…無論、その通りです。」
私とリーバル様が少女をじっと見つめると、彼女は俯いたまましばらく動かなかった。
「ど、どうしたの?具合悪い?横になる?」
「いや、眠いんじゃないのか?まだ早いとは言え子どもは寝る時間だろう。」
私達がわたわたと慌てふためく中、ぐぅと大きなおなかの音が、騒然な空間を引き裂いた。
「…なんだ、お腹空いてたんだあ。」
「君の出番だな。」
「言われなくてもわかってます。」
私は颯爽と台所へ駆け込んだ。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽
テーブルに所狭しと並べられた料理たちが、湯気を立ち昇らせている。
「美味しそう…。」
今まで一言も口にしなかった少女がそう呟いてくれた時、私はとても嬉しい気持ちになった。
「好きなだけ食べて良いからね。さあ、いただきましょう。」
「僕の分まで、いいのかい。」
テーブルに並べられた三人分の食器を見つめ、リーバル様は私に向かってそう聞いた。
「当たり前です。さあ、ご飯を食べるときは難しいことは抜きにして、幸せな気持ちじゃなくっちゃ。いただきますっ。」
私は先陣を切って山海焼きに手を付ける。我ながら美味しくできた。
後に続いて、少女もリーバル様も各々料理へ手を付け始める。
リーバル様がどんな気持ちでここへ来たのか。
私が今までリーバル様のことを考えどんな気持ちになったのか。
目の前にいる少女は一体どうしてここへやってきたのか。
この場にいるみんな、お互いに話をしないといけないことが必然的にある。
でも、ご飯を食べているときはそういうことは一切抜きにしたい。
しなくちゃいけない"話"は、食事の後でいくらでもすればいい。
食事の時にしなくちゃいけないことは、ただ美味しいご飯をお腹に納めて、暖かい気持ちになることだけだ。
…と言う私の持論を、二人は暗黙のうちに理解してくれているのか、余計なことは口にせず、次から次へと料理を口へと運んでいる。
「美味しい。」
「うん、同感だ。」
頬一杯に料理を詰め込みながら、淡々と感想を呟きながら食事する二人を見ていると面白い。
そういえば、初めてリーバル様に会った時、リーバル様はリトの子どもたちに囲まれて大人気だったな。
"子ども用の優しい態度"を持ち合わせていないのに、リーバル様は子どもとの相性がいい、と感じる。
仕事柄、大勢の子供と接してきた私がそう思うんだから、間違いないだろう。
少女とリーバル様の様子を、私は微笑ましく眺めていた。
ちらほらお皿の底が見え始めたころに、突如けたたましくドアをノックする音がした。
私達は驚いて一斉にドアの方へ視線をやった。
ドンドンドン!と鳴りやまないノックの音に、私も少女も驚いて固まってしまったままだった。
「僕が出よう。」
夜も深くなってきている。
私はドキドキしながら、少女の小さな身体をぎゅっと抱きしめ、リーバル様とドアの先を見つめた。
ゆっくりと開けられた扉が全て開ききる前に、切羽詰まった二人の男女の声が飛び込んでくる。
「こ、この辺で小さな女の子を見かけなかったですか?!」
リーバル様は振り返り、私は抱きしめていた少女を見つめた。
「お父さん、お母さん。」
少女はするりと私の腕の中から離れていき、玄関へと駆け寄っていく。
「ああ、よかった、無事だったんだ!」
抱擁を交わし合う三人の家族の再会を、ただ茫然と見つめていると、リーバル様と目が合った。
"どうやらハッピーエンドみたいだけど。"
目と目が合っただけで、リーバル様がそう言っているのが分かったような気がした。
私たちは緊張が解けた様にフッと微笑み合う。
---to be continued---
生活は続いていく。
例え世界が厄災に脅かされていようが
家族を失い一人になろうが
大好きな彼に見放されようが
その場に呆然と立ち尽くして悲しみに打ちひしがれていても、
時間は決して立ち止まってくれない。
「…はあ。」
ため息をついても、一人。
床や机に散乱する資料や山積みになったリストを整理しながら、私は手を休めた。
『教えて貰った以上、君はもう一人じゃない。リトの英傑であるこの僕が手を貸してやらないでもない。どうだい?心強いだろう。』
リーバル様にそう言ってもらえた時、私はどんなに救われただろう。
やっと一人ぼっちじゃなくなったと心から思えた。
リーバル様と食事を摂る時間、他愛ない会話を楽しむ時間、背におぶられて空を飛んだ時間…
全てがかけがえのない時間であり、思い出"だった"。
いつまでもリーバル様が傍にいてくれたら、と夢見がちに思い続けていた。
彼が隣でずっといてくれたら他に何もいらないと思うほどに、愛は深まっていた。
今でもこんなに、大好きで、苦しい。
じわ、と涙が目に溜まるのを感じ、慌てて目尻を拭う。
…いつまでも立ち止まっていても、仕方がない。
気持ちを切り替えて仕事の書類整理を進めなければと思った矢先、突如ドアを強くノックする音がし、驚きで体が跳ね上がった。
こんな時間に
非常事態も想定しつつ、恐る恐る立ち上がり、ゆっくりとドアを開けた。
「あれっ…誰もいない?」
きょろきょろと辺りを見渡しても、そこには誰もいなかった。
確かにノックの音がしたはずだけど…
「あの…。」
ハッとして視線を足元に移すと、幼い少女が一人、私を見上げていた。
私は少女の目線に合わせて話ができる様、膝を抱えてしゃがみ込んだ。
「いらっしゃい。怪我はしてない?」
少女は黙ったままで、私を見つめ続けている。
衣服が泥だらけになっているが、見て取れる大きな怪我はしていない様子だった。
何やら事情があって行く先に困っている子どもが、急に駆け込んでくるということは、最近では少なくなってきたものの、珍しいことではなかった。
想定していた非常事態に内心驚きつつも、私はにっこりと微笑みかけた。
「よく来たね。服が汚れてるから着替たりしようか。」
そう言って、少女を家へ上がらせた。
…彼女の両親はどうしてしまったんだろう。とりあえず、服を着替えさせてやって、事情を聞き、家族の捜索をしなければならない。それから―
あれこれと今後について考えを張り巡らせたまま、ドアを閉めようと手をかけた瞬間、
「あの子ども、森の中に一人でいたんだ。」
「わああっ!!!」
死角になっていた玄関脇から不意に声がし、私は驚いて腰を抜かしてしまった。
しかし私は、顔を見るまでもなく、その声だけで誰が潜んでいたかを咄嗟に理解した。
「リ、リーバル様…?」
私は二重に驚いてしまい、目をぱちくりとさせ彼を見上げた。
「…そんなに驚くなよ。」
「い、いきなり現れるからビックリしましたよっ!!」
リーバル様は私の前へ移動し、地面にへたり込む私に向かって手を差し伸べた。
しかし私は自分で立ち上がり、衣服についた砂埃を払った。
「…とにかく今は、あの子のケアが最優先です。」
そう言って、リーバル様に背を向け家へと戻る。
リーバル様は重ねられることのなかった差し伸べた手を見つめ、それから私の後に続いて家の中へと上がった。
少女が待つ、眠りの森へ。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽
テーブルに置かれたホットミルクが、静かに湯気を立たせている。
私と少女は横並びに座り、リーバル様は向かい合う形で三人座っていた。
カチコチと時計の針の音だけが、部屋中に響き渡る。
「まだ熱いかも、気を付けてね。」
私がそう言うと、少女は黙って頷いた。
衣服を着替えさせ、汚れていた身体を濡れ布巾で拭いてやった間にも、少女は一言も状況を話してはくれなかった。
大きなショックを受けた後だと、なかなか自分のことを他人にすらすらと話せるものではない。幼い子どもなら尚のことそうだろう。
こういう時は焦らず気長にケアしていくことが良いと分かっているので、私は悠長に構えることにした。
…とはいえ、気がかりなのは少女だけでない。目の前にいるリーバル様にも聞き出したいことは山ほどあった。
しかしここで感情的になったり、質問攻めにしたりしては大人げない。
子どもの前で醜態をさらすわけにもいかない。
落ち着いて、落ち着いて…私は小さく深呼吸をして、ホットミルクを啜った。
「熱ッ!」
「…気を付けろって、君が言ったじゃないか。」
「ち、違います!これは身を挺しておしえてあげてるんです!気を付けて飲まないとお姉さんみたいに火傷しちゃうからねー。」
苦し紛れの言い訳をする私を見て、リーバル様は呆れたように微笑む。
…この笑顔。
悩んでいたことを全て有耶無耶にして、許してしまいそうになる。
惚れた弱み、という単語が急に頭をよぎる。
私は咳払いをして、姿勢を正した。
「そ、それより…リーバル様がここへ来た経緯を説明していただけますか。」
「…ルナと話がしたくて来たんだ。いろんな話をね。」
リーバル様はそう言うと、少女に視線をやった。
「でも道中でこの子を見つけてね。森の中で一人迷っている様子だったから、連れて来た。
「…無論、その通りです。」
私とリーバル様が少女をじっと見つめると、彼女は俯いたまましばらく動かなかった。
「ど、どうしたの?具合悪い?横になる?」
「いや、眠いんじゃないのか?まだ早いとは言え子どもは寝る時間だろう。」
私達がわたわたと慌てふためく中、ぐぅと大きなおなかの音が、騒然な空間を引き裂いた。
「…なんだ、お腹空いてたんだあ。」
「君の出番だな。」
「言われなくてもわかってます。」
私は颯爽と台所へ駆け込んだ。
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テーブルに所狭しと並べられた料理たちが、湯気を立ち昇らせている。
「美味しそう…。」
今まで一言も口にしなかった少女がそう呟いてくれた時、私はとても嬉しい気持ちになった。
「好きなだけ食べて良いからね。さあ、いただきましょう。」
「僕の分まで、いいのかい。」
テーブルに並べられた三人分の食器を見つめ、リーバル様は私に向かってそう聞いた。
「当たり前です。さあ、ご飯を食べるときは難しいことは抜きにして、幸せな気持ちじゃなくっちゃ。いただきますっ。」
私は先陣を切って山海焼きに手を付ける。我ながら美味しくできた。
後に続いて、少女もリーバル様も各々料理へ手を付け始める。
リーバル様がどんな気持ちでここへ来たのか。
私が今までリーバル様のことを考えどんな気持ちになったのか。
目の前にいる少女は一体どうしてここへやってきたのか。
この場にいるみんな、お互いに話をしないといけないことが必然的にある。
でも、ご飯を食べているときはそういうことは一切抜きにしたい。
しなくちゃいけない"話"は、食事の後でいくらでもすればいい。
食事の時にしなくちゃいけないことは、ただ美味しいご飯をお腹に納めて、暖かい気持ちになることだけだ。
…と言う私の持論を、二人は暗黙のうちに理解してくれているのか、余計なことは口にせず、次から次へと料理を口へと運んでいる。
「美味しい。」
「うん、同感だ。」
頬一杯に料理を詰め込みながら、淡々と感想を呟きながら食事する二人を見ていると面白い。
そういえば、初めてリーバル様に会った時、リーバル様はリトの子どもたちに囲まれて大人気だったな。
"子ども用の優しい態度"を持ち合わせていないのに、リーバル様は子どもとの相性がいい、と感じる。
仕事柄、大勢の子供と接してきた私がそう思うんだから、間違いないだろう。
少女とリーバル様の様子を、私は微笑ましく眺めていた。
ちらほらお皿の底が見え始めたころに、突如けたたましくドアをノックする音がした。
私達は驚いて一斉にドアの方へ視線をやった。
ドンドンドン!と鳴りやまないノックの音に、私も少女も驚いて固まってしまったままだった。
「僕が出よう。」
夜も深くなってきている。
私はドキドキしながら、少女の小さな身体をぎゅっと抱きしめ、リーバル様とドアの先を見つめた。
ゆっくりと開けられた扉が全て開ききる前に、切羽詰まった二人の男女の声が飛び込んでくる。
「こ、この辺で小さな女の子を見かけなかったですか?!」
リーバル様は振り返り、私は抱きしめていた少女を見つめた。
「お父さん、お母さん。」
少女はするりと私の腕の中から離れていき、玄関へと駆け寄っていく。
「ああ、よかった、無事だったんだ!」
抱擁を交わし合う三人の家族の再会を、ただ茫然と見つめていると、リーバル様と目が合った。
"どうやらハッピーエンドみたいだけど。"
目と目が合っただけで、リーバル様がそう言っているのが分かったような気がした。
私たちは緊張が解けた様にフッと微笑み合う。
---to be continued---