短篇
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同じ空が見たい
「パラセールでの空中移動を会得したい?」
私の申し出に対し、インパ様は少し驚いて「構いませんが、どうしてまた?」と聞き返した。
「えっと…パラセールが使えると何かと便利だと思いまして。」
私がそう言うと、インパ様は訝し気な表情で顎に手を添えた。
「それはそうですが…。
ルナ殿、以前シーカータワーの調査へ向かった際、高い場所は苦手だと言ってなかったですか?」
弱点をまんまと言い当てられ、私はギクリとする。
取ってつけたような理由では、納得してもらえないだろう。
観念し、「実は…」と本当の理由を話し始めた。
―先日リトの村に訪れた際に起きた出来事だった。
『やあ、ルナさん。リーバル様なら今飛行訓練場にいるよ。』
リトの青年が、すれ違いざまに私に向かってそう言った。
ここでは、私がリーバルと恋仲であることを、ほぼすべての住人が認知している。
リトのみんなは優しい。
余所者の私に明るい挨拶をしてくれるし、私がリーバルに会いにここへ来ていることは分かりきっているので、彼の居場所も教えてくれる。
『教えてくれてありがとうございます。』
『訓練場まで少し遠いし、歩いていくのは大変だろう。僕の背中に乗っていく?』
『いえ、悪いですよ。リーバルとすれ違ったらいけないので、彼の家で大人しく待ってようと思います。』
『そっか。また僕が必要になったらいつでも言ってよ。』
そう言って彼は、爽やかに手を上げて去っていった。
ここは極寒の地だが、こういった無償の優しさに胸がジンと暖められる。
リーバルのことも、リトの村のことも大好きだ。
そう思った矢先、突然声をかけられた。肩にかけられた五本指。
驚いて振り返ると、見知らぬハイリア人の男だった。
『アンタだろ。リトと付き合ってるって女は。』
男は藪から棒に不躾な第一声を放つと、ごそごそとポケットから筆記用具とノートを取り出す。
『探したんだぜ。色々と話聞かせてくれよ。』
『…誰ですか、あなた。』
『しがない記者みたいなもんさ。”リトの英傑様の恋人がリトじゃない”ってスクープを聞きつけて、はるばるやってきた。』
彼はペン先を舐めると、私をじろりと嘗め回すように見た。
『相手に困ってるからリトに手ぇ出したってわけじゃなさそうだな。何でまた異種族恋愛なんてしようと思ったんだ?』
私の中で、火打石がカチンと合わさるように、小さな怒りの火花が散った。
出会ったばかりにも関わらず、平気で人の心に土足で上がり込み踏み荒らすようなことばかり聞いてくるこの男に対して、嫌な感情が沸々と湧いてくる。
『あなたに話すことは一切ないです。帰ってください。』
本当だったら平手打ちの一発でもお見舞いしてやりたいところだったが、ぐっと堪え代わりにきっぱりとそう言ってやった。
男は蔑むように私を鼻先で笑った。
『お前がリトの女なら、飛行訓練場までひとっ飛びで愛しの英傑様に会えるのに、残念だな。』
吐き捨てる様にそう言い残し、男はのしのしとリトの村の階段を降り帰っていった。
私は悔しさに震える拳を、大きく振りかぶった。
いくつもの障壁を乗り越え、ようやくリーバルと結ばれたというのに、何も知らない、あんな奴に滅茶苦茶言われる筋合いはなかった。
…ただ、リーバルへの恋心を自覚した時点から思い悩んでいたことは事実だった。
男と女というだけではなく、姿形もまるで違う、“異種族同士の恋愛”
私がリーバルと同じリトの女だったら―あの男の言葉通り、ひとっ飛びで飛行訓練場に行けただろう。それに、あんな風に好奇な目で見られることもない。
…こんなこと考えても仕方ないのに、今まで何度同じことで思い悩んだか数えきれない。
突如現れた不躾な男によって掘り起こされた不安の種が、私を苛める。
私は自分の両頬を強く叩き、弱気な心を振り払う
絶対に負けるもんか。
リトの翼が無くたって、彼の元へひとっ飛びできる技量を身につけてやる。
―先日の出来事をいっぺんに話し終えると、インパ様はわなわなと怒りをあらわにした表情で急に立ち上がった。
「許せません!ルナ殿、そんな失礼極まりない無礼者の言うことなんて気にしなくていいです!」
「わかってます。…でも、悔しくて。少しでも、不安の種を解消したいんです。」
リーバルのこと、愛しているから。と心の中で付け足す。
愛しているからこそ、負けたくなかった。
私の気持ちを汲んでくださったのか、インパ様は大きく頷く。
「ルナ殿…。よしっ、わかりました!ルナ殿の恋路と決心のためとなれば、このインパ、一肌脱ぎましょう!」
「そうと決まれば早速特訓です!行きますよ!」とインパ様は私の腕を掴み、走り出した。
お礼を伝える間もなく、私はインパ先生の元でパラセール術を学ぶこととなった。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽
髪もシャツもパラセールも、強風になびいている。
私はしっかりと前を向く。自分が着地したい場所だけを一点集中して見つめる。
間違っても足元なんて見てはいけない。
豆粒ほどに小さく見えるインパ様の姿や、馬宿の屋根より遥かに高いところに居ることがわかってしまう景色なんて、決して見てはいけない。
恐怖にほとんど頭が真っ白になっている私に向かって、下から大きな声でインパ様は声をかける。
「ルナ殿ー!教えた通りに飛べば大丈夫ですー!しっかりパラセールを掴んで!」
…いつまでもここで立ち止まっていても仕方ない。
私は深呼吸して、えいやっと地を蹴って大地へ飛び込む。
風を孕んだパラセールは大きく膨らみ、ゆっくりと滑空する。
慣れない浮遊感と、コントロールしたくても風に押し流されてしまう感覚に私は困惑する。
「身体を行きたい方向に向けるんですー!いい感じですよー!」
インパ様のアドバイス通り、私は身体をグイっと反対方向に向けると、それに合わせそちらの方向へと流されていく。
これは確かにいい感じかも…?
気が付けば目的地としていた地点へ、ゆっくりと着地していた。
「やったぁ!成功ですね、ルナ殿!ばんざーい!」
「へへ…ばんざーい!」
「「あ」」
ばんざい、と両手を上げた瞬間、私の手からパラセールが離れ落下していく。
私は咄嗟に手を伸ばしたが届かず、そこで目にした光景に眩暈がした。
そう、私が目的地としていた地点も、まだまだ地上からは遠く高い場所だったのだ。
「どっ、どどど、どうしましょう…!ルナ殿、そこで待っていてください!今、助けに参ります!」
「危険ですよ!わっ、私が降りて見せます!」
「ルナ殿の方が遥かに危険です!ちょっと待っていてください、助けを呼びますから、くれぐれも動かないでいてくださいよ!」
そう言ってインパ様は急ぎ足で助けを求めに去っていった。
私は言われた通り、その場に足を抱えて座り込み、じっと助けを待つ。
風の吹き抜ける細い音で、自分の居る場所の標高を思い知る。
…少しうまくパラセールで滑空出来た瞬間、私でも飛べるんだと嬉しくなった。
でも結果このザマだ。こんなところに一人置いてけぼり。
私がリト族に生まれていたら、こんな苦労はしなかっただろう。
羽毛の生えていない、自身の肌色の手足を忌々しく思う。
どうして私とリーバルは。何もかも違うんだろう。
悔しくて、ぽたぽたと滴り落ちる涙でさえ腹立たしい。
私が私でなければ良いのに―
「ルナ!」
ハッと顔を上げると、上空から私を見下ろすリーバルがいた。
いつになく真剣な表情に、急いで私の元へやってきてくれたことが分かった。
「何してるんだよ、本当に馬鹿だな。…ま、説教は後だ。ほら、降りるぞ。」
そう言って、翼を差し伸べる彼。
涙で潤んだ私の顔を覗き込んで、リーバルは言った。
「怖くて泣き出すくらいなら、最初からやめとけばよかっただろ。…それとも、何か無茶したくなる理由があったとか。」
話しだそうとしても、涙に混ざって上手く話せない。
リーバルはそんな私を、何も言わず優しく背に乗せた。
「僕が来たんだ。もう怖くないだろ?」
大きく頷くと、リーバルは少し笑って、静かに空へと羽ばたいた。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽
地上へ戻ると、息を切らして呼吸を整えているいるインパ様がいた。
リーバルを呼びに行って、とんぼ返りでここまで走って戻ってきてくださったのだ。
「インパ様、ごめんなさい。せっかくパラセールの使い方を教えていただいたのに、うまくいかないばかりか、ご迷惑までおかけしてしまって…。」
「いえいえ…っ、ルナ殿は何も悪くありません。それより、これ。」
手渡されたのは、私が先ほど落としたパラセールだった。
「またパラセールの術を享受して差し上げますが、ルナ殿が空を飛びたくなった時は、リーバル殿を呼んだ方がいいかもしれません。」
「おい、僕を運び屋みたいな扱いしないでくれる?」
「はいはい。それじゃあ、私は仕事に戻ります。お二人で今後のことは決められてください。」
インパ様はそう言い残し、背を向けまた走って城の方へと戻られた。
手元のパラセールをぎゅっと抱き寄せ、私はリーバルに謝る。
「ごめんなさい、リーバル。」
「全く。インパが呼びに来たときは気が気じゃなかったんだからな。
…それで?高いところが苦手なルナが、なんでまたパラセールなんて練習してたんだよ。」
「…私が、リト族だったら、」
「はぁ?」
「私には大きな翼もないから空も飛べない。
…だから、せめて、リーバルと同じように、空を飛んでみたかったの。パラセールで。でも、ダメだった。」
途切れ途切れに、私は言葉を吐き出す。
「リーバルのこと、好きなのに。私がリト族じゃないから、リーバルと一緒にいることで、周りからおかしな目で見られたり、意地悪なことを言われたりするのが悔しい。
私が…私じゃなかったら良かった。」
溢れる想いと共に、ボロボロと涙が頬を伝う。
リーバルの前で、こんな弱気なことを言いたくはなかった。
『じゃあ、僕と付き合うのをやめるかい?』なんて言われでもしたら、もっと嫌だから。
でも、この気持ちをまっすぐに伝えるしか、今の私に出来る術はなかった。
「ルナ。」
名前を呼ばれ、俯いていた顔を上げると額を指で弾かれた。
「いたっ!」
「馬鹿だねぇ。」
小突かれた額を抑えると、リーバルはフンと鼻で笑った。
「私が私じゃなければ良かった?よくわからないな。
ルナがルナじゃなければ僕は今何を愛してるわけ?
いいかい、よく聞くんだ。ルナがルナである限り、君が例え人間だろうがリトだろうがゾーラだろうがゴロンだろうがゲルドだろうが関係ない。
僕はルナが何だったとしても、君を好きになっていただろうし、一緒になるための努力だって厭わない。
周りから何か言われたからってなんだよ。気持ちに嘘をついて生きる方が遥かに苦しいに決まってるだろう。」
リーバルは真剣な眼差しできっぱりとそう言い切ると、私の手を取って指の一本一本をしげしげと見つめた。
「…僕が、何もかも違うルナの全てを、愛しいと感じることはおかしいかい?」
リーバルは目を細めて、少し寂しそうにそう言った。
私はたまらなくなって、彼の身体に腕を回し抱きついた。
足元にパラセールが音を立てて転がり落ちる。
羽毛に包まれた身体は柔らかく、体温は私よりもはるかに高い。
その全てが愛しいと感じるのは、私も同じだった。ちっともおかしいことではない。
抱きつく私の頭上に、ふわりとした感触が伝わる。リーバルが頭を優しく撫でてくれているのだ。
「くだらないことで悩むのも、無茶してパラセールなんて使うのももうやめだ。わかったね?」
「うん。…でも、パラセールで飛ぶの、ちょっと楽しかったかも。」
「…もう一発お見舞いしようか。」
再度額を小突かれそうになり、私は両手で自分のおでこを守る。
私とリーバルは、確かに何もかも違う。
でも、異なるところも含めて、全て愛してる。
それでいいじゃないか、それ以上何を望むことがあるだろうか。
「さっきのインパの言葉じゃないけど…飛びたくなったら僕が連れて行ってあげよう。
二人で飛べば、同じ空が見れる。」
リーバルの強さと深い愛に包まれ、私の悩みはやがて晴れ渡る青空へと吸い込まれていった。
---end---
この度は、どんぐり様から頂いた『リーバルが好きだけど異種族間の恋愛ということを意識してしまって弱きになる主人公と、そんなこと気にせずに包み込んでくれるリーバルがみたいです』というリクエストにお応えして執筆させていただきました!
素敵なお題をありがとうございます。私の解釈で、一話書き上げてみました。お気に召していただけたらこの上ない喜びです。
引き続き、作品をお楽しみいただけると嬉しいです^^*
「パラセールでの空中移動を会得したい?」
私の申し出に対し、インパ様は少し驚いて「構いませんが、どうしてまた?」と聞き返した。
「えっと…パラセールが使えると何かと便利だと思いまして。」
私がそう言うと、インパ様は訝し気な表情で顎に手を添えた。
「それはそうですが…。
ルナ殿、以前シーカータワーの調査へ向かった際、高い場所は苦手だと言ってなかったですか?」
弱点をまんまと言い当てられ、私はギクリとする。
取ってつけたような理由では、納得してもらえないだろう。
観念し、「実は…」と本当の理由を話し始めた。
―先日リトの村に訪れた際に起きた出来事だった。
『やあ、ルナさん。リーバル様なら今飛行訓練場にいるよ。』
リトの青年が、すれ違いざまに私に向かってそう言った。
ここでは、私がリーバルと恋仲であることを、ほぼすべての住人が認知している。
リトのみんなは優しい。
余所者の私に明るい挨拶をしてくれるし、私がリーバルに会いにここへ来ていることは分かりきっているので、彼の居場所も教えてくれる。
『教えてくれてありがとうございます。』
『訓練場まで少し遠いし、歩いていくのは大変だろう。僕の背中に乗っていく?』
『いえ、悪いですよ。リーバルとすれ違ったらいけないので、彼の家で大人しく待ってようと思います。』
『そっか。また僕が必要になったらいつでも言ってよ。』
そう言って彼は、爽やかに手を上げて去っていった。
ここは極寒の地だが、こういった無償の優しさに胸がジンと暖められる。
リーバルのことも、リトの村のことも大好きだ。
そう思った矢先、突然声をかけられた。肩にかけられた五本指。
驚いて振り返ると、見知らぬハイリア人の男だった。
『アンタだろ。リトと付き合ってるって女は。』
男は藪から棒に不躾な第一声を放つと、ごそごそとポケットから筆記用具とノートを取り出す。
『探したんだぜ。色々と話聞かせてくれよ。』
『…誰ですか、あなた。』
『しがない記者みたいなもんさ。”リトの英傑様の恋人がリトじゃない”ってスクープを聞きつけて、はるばるやってきた。』
彼はペン先を舐めると、私をじろりと嘗め回すように見た。
『相手に困ってるからリトに手ぇ出したってわけじゃなさそうだな。何でまた異種族恋愛なんてしようと思ったんだ?』
私の中で、火打石がカチンと合わさるように、小さな怒りの火花が散った。
出会ったばかりにも関わらず、平気で人の心に土足で上がり込み踏み荒らすようなことばかり聞いてくるこの男に対して、嫌な感情が沸々と湧いてくる。
『あなたに話すことは一切ないです。帰ってください。』
本当だったら平手打ちの一発でもお見舞いしてやりたいところだったが、ぐっと堪え代わりにきっぱりとそう言ってやった。
男は蔑むように私を鼻先で笑った。
『お前がリトの女なら、飛行訓練場までひとっ飛びで愛しの英傑様に会えるのに、残念だな。』
吐き捨てる様にそう言い残し、男はのしのしとリトの村の階段を降り帰っていった。
私は悔しさに震える拳を、大きく振りかぶった。
いくつもの障壁を乗り越え、ようやくリーバルと結ばれたというのに、何も知らない、あんな奴に滅茶苦茶言われる筋合いはなかった。
…ただ、リーバルへの恋心を自覚した時点から思い悩んでいたことは事実だった。
男と女というだけではなく、姿形もまるで違う、“異種族同士の恋愛”
私がリーバルと同じリトの女だったら―あの男の言葉通り、ひとっ飛びで飛行訓練場に行けただろう。それに、あんな風に好奇な目で見られることもない。
…こんなこと考えても仕方ないのに、今まで何度同じことで思い悩んだか数えきれない。
突如現れた不躾な男によって掘り起こされた不安の種が、私を苛める。
私は自分の両頬を強く叩き、弱気な心を振り払う
絶対に負けるもんか。
リトの翼が無くたって、彼の元へひとっ飛びできる技量を身につけてやる。
―先日の出来事をいっぺんに話し終えると、インパ様はわなわなと怒りをあらわにした表情で急に立ち上がった。
「許せません!ルナ殿、そんな失礼極まりない無礼者の言うことなんて気にしなくていいです!」
「わかってます。…でも、悔しくて。少しでも、不安の種を解消したいんです。」
リーバルのこと、愛しているから。と心の中で付け足す。
愛しているからこそ、負けたくなかった。
私の気持ちを汲んでくださったのか、インパ様は大きく頷く。
「ルナ殿…。よしっ、わかりました!ルナ殿の恋路と決心のためとなれば、このインパ、一肌脱ぎましょう!」
「そうと決まれば早速特訓です!行きますよ!」とインパ様は私の腕を掴み、走り出した。
お礼を伝える間もなく、私はインパ先生の元でパラセール術を学ぶこととなった。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽
髪もシャツもパラセールも、強風になびいている。
私はしっかりと前を向く。自分が着地したい場所だけを一点集中して見つめる。
間違っても足元なんて見てはいけない。
豆粒ほどに小さく見えるインパ様の姿や、馬宿の屋根より遥かに高いところに居ることがわかってしまう景色なんて、決して見てはいけない。
恐怖にほとんど頭が真っ白になっている私に向かって、下から大きな声でインパ様は声をかける。
「ルナ殿ー!教えた通りに飛べば大丈夫ですー!しっかりパラセールを掴んで!」
…いつまでもここで立ち止まっていても仕方ない。
私は深呼吸して、えいやっと地を蹴って大地へ飛び込む。
風を孕んだパラセールは大きく膨らみ、ゆっくりと滑空する。
慣れない浮遊感と、コントロールしたくても風に押し流されてしまう感覚に私は困惑する。
「身体を行きたい方向に向けるんですー!いい感じですよー!」
インパ様のアドバイス通り、私は身体をグイっと反対方向に向けると、それに合わせそちらの方向へと流されていく。
これは確かにいい感じかも…?
気が付けば目的地としていた地点へ、ゆっくりと着地していた。
「やったぁ!成功ですね、ルナ殿!ばんざーい!」
「へへ…ばんざーい!」
「「あ」」
ばんざい、と両手を上げた瞬間、私の手からパラセールが離れ落下していく。
私は咄嗟に手を伸ばしたが届かず、そこで目にした光景に眩暈がした。
そう、私が目的地としていた地点も、まだまだ地上からは遠く高い場所だったのだ。
「どっ、どどど、どうしましょう…!ルナ殿、そこで待っていてください!今、助けに参ります!」
「危険ですよ!わっ、私が降りて見せます!」
「ルナ殿の方が遥かに危険です!ちょっと待っていてください、助けを呼びますから、くれぐれも動かないでいてくださいよ!」
そう言ってインパ様は急ぎ足で助けを求めに去っていった。
私は言われた通り、その場に足を抱えて座り込み、じっと助けを待つ。
風の吹き抜ける細い音で、自分の居る場所の標高を思い知る。
…少しうまくパラセールで滑空出来た瞬間、私でも飛べるんだと嬉しくなった。
でも結果このザマだ。こんなところに一人置いてけぼり。
私がリト族に生まれていたら、こんな苦労はしなかっただろう。
羽毛の生えていない、自身の肌色の手足を忌々しく思う。
どうして私とリーバルは。何もかも違うんだろう。
悔しくて、ぽたぽたと滴り落ちる涙でさえ腹立たしい。
私が私でなければ良いのに―
「ルナ!」
ハッと顔を上げると、上空から私を見下ろすリーバルがいた。
いつになく真剣な表情に、急いで私の元へやってきてくれたことが分かった。
「何してるんだよ、本当に馬鹿だな。…ま、説教は後だ。ほら、降りるぞ。」
そう言って、翼を差し伸べる彼。
涙で潤んだ私の顔を覗き込んで、リーバルは言った。
「怖くて泣き出すくらいなら、最初からやめとけばよかっただろ。…それとも、何か無茶したくなる理由があったとか。」
話しだそうとしても、涙に混ざって上手く話せない。
リーバルはそんな私を、何も言わず優しく背に乗せた。
「僕が来たんだ。もう怖くないだろ?」
大きく頷くと、リーバルは少し笑って、静かに空へと羽ばたいた。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽
地上へ戻ると、息を切らして呼吸を整えているいるインパ様がいた。
リーバルを呼びに行って、とんぼ返りでここまで走って戻ってきてくださったのだ。
「インパ様、ごめんなさい。せっかくパラセールの使い方を教えていただいたのに、うまくいかないばかりか、ご迷惑までおかけしてしまって…。」
「いえいえ…っ、ルナ殿は何も悪くありません。それより、これ。」
手渡されたのは、私が先ほど落としたパラセールだった。
「またパラセールの術を享受して差し上げますが、ルナ殿が空を飛びたくなった時は、リーバル殿を呼んだ方がいいかもしれません。」
「おい、僕を運び屋みたいな扱いしないでくれる?」
「はいはい。それじゃあ、私は仕事に戻ります。お二人で今後のことは決められてください。」
インパ様はそう言い残し、背を向けまた走って城の方へと戻られた。
手元のパラセールをぎゅっと抱き寄せ、私はリーバルに謝る。
「ごめんなさい、リーバル。」
「全く。インパが呼びに来たときは気が気じゃなかったんだからな。
…それで?高いところが苦手なルナが、なんでまたパラセールなんて練習してたんだよ。」
「…私が、リト族だったら、」
「はぁ?」
「私には大きな翼もないから空も飛べない。
…だから、せめて、リーバルと同じように、空を飛んでみたかったの。パラセールで。でも、ダメだった。」
途切れ途切れに、私は言葉を吐き出す。
「リーバルのこと、好きなのに。私がリト族じゃないから、リーバルと一緒にいることで、周りからおかしな目で見られたり、意地悪なことを言われたりするのが悔しい。
私が…私じゃなかったら良かった。」
溢れる想いと共に、ボロボロと涙が頬を伝う。
リーバルの前で、こんな弱気なことを言いたくはなかった。
『じゃあ、僕と付き合うのをやめるかい?』なんて言われでもしたら、もっと嫌だから。
でも、この気持ちをまっすぐに伝えるしか、今の私に出来る術はなかった。
「ルナ。」
名前を呼ばれ、俯いていた顔を上げると額を指で弾かれた。
「いたっ!」
「馬鹿だねぇ。」
小突かれた額を抑えると、リーバルはフンと鼻で笑った。
「私が私じゃなければ良かった?よくわからないな。
ルナがルナじゃなければ僕は今何を愛してるわけ?
いいかい、よく聞くんだ。ルナがルナである限り、君が例え人間だろうがリトだろうがゾーラだろうがゴロンだろうがゲルドだろうが関係ない。
僕はルナが何だったとしても、君を好きになっていただろうし、一緒になるための努力だって厭わない。
周りから何か言われたからってなんだよ。気持ちに嘘をついて生きる方が遥かに苦しいに決まってるだろう。」
リーバルは真剣な眼差しできっぱりとそう言い切ると、私の手を取って指の一本一本をしげしげと見つめた。
「…僕が、何もかも違うルナの全てを、愛しいと感じることはおかしいかい?」
リーバルは目を細めて、少し寂しそうにそう言った。
私はたまらなくなって、彼の身体に腕を回し抱きついた。
足元にパラセールが音を立てて転がり落ちる。
羽毛に包まれた身体は柔らかく、体温は私よりもはるかに高い。
その全てが愛しいと感じるのは、私も同じだった。ちっともおかしいことではない。
抱きつく私の頭上に、ふわりとした感触が伝わる。リーバルが頭を優しく撫でてくれているのだ。
「くだらないことで悩むのも、無茶してパラセールなんて使うのももうやめだ。わかったね?」
「うん。…でも、パラセールで飛ぶの、ちょっと楽しかったかも。」
「…もう一発お見舞いしようか。」
再度額を小突かれそうになり、私は両手で自分のおでこを守る。
私とリーバルは、確かに何もかも違う。
でも、異なるところも含めて、全て愛してる。
それでいいじゃないか、それ以上何を望むことがあるだろうか。
「さっきのインパの言葉じゃないけど…飛びたくなったら僕が連れて行ってあげよう。
二人で飛べば、同じ空が見れる。」
リーバルの強さと深い愛に包まれ、私の悩みはやがて晴れ渡る青空へと吸い込まれていった。
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この度は、どんぐり様から頂いた『リーバルが好きだけど異種族間の恋愛ということを意識してしまって弱きになる主人公と、そんなこと気にせずに包み込んでくれるリーバルがみたいです』というリクエストにお応えして執筆させていただきました!
素敵なお題をありがとうございます。私の解釈で、一話書き上げてみました。お気に召していただけたらこの上ない喜びです。
引き続き、作品をお楽しみいただけると嬉しいです^^*