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Ver.3

とあるうららかな午後。

「バージル、」
「なんだ。」

唐突に呼ばれてバージルが振り返るとすぐ目の前には、自分とほぼ同じ作りの顔があった。距離としては、唇が触れる半歩手前。

「なんだ。何か用があるのか。」

改めて問う。というのも、双子の弟は自分からそうしたくせに目前に顔を近づけて来たまま、目をちらちらと逸らし落ち着かない様子だったからだ。バージルも特に急ぎの用がある訳では無いとはいえ、この状況で答えを求めないほど悠長ではない。それに、これ程わかりやすくソワソワされると急かしたくもなるのが性というものではないだろうか。相手の目を催促の意を込めてじっと見てやると、

「~~~っ、だぁクソッ!!」

今度は逆に勢いよく顔が離れていく。そしてそのまま弟は床にしゃがみ込んでしまった。謎だ。

「…お前は一体、何がしたい。」

訳の分からない行動に呆れの色を浮かべながら、もう1度問いかける。この弟は昔からやる事なす事がすべて気まぐれだ。思い付きのままに動く癖は幼い頃とまったく変わっていない。うう、と顔を覆い、声にならない声で呻いている床のかたまりを見下ろしてふと過去を思い返す。何度となく泣かせたこともあった。一度は殺し合いまでした。それなのに今、同じ所にあって、こうして構い構われている関係が不思議であり、手放し難いのも事実。そう思えば急にどこか温かくも思えてきて、目線を合わせられるようにバージルもしゃがんでやった。

「ダンテ。」

呼んでやると顔が上がる。いつもは聞くことの叶わない、ほんの少しトゲの収まった兄の声に少々びっくりしたようだ。頬はほんのり赤く染まっていた。

「あ、…」
「言いたいことがあるなら言え。」

再度促す。

「…あんたに、キス、したい…。」

たっぷり時間を取って、やっと精一杯に絞り出すように出された声は、いつものやけに威勢のいい嫌味と同じ出どころだとは思えないほどに消え入りそうで、か細かった。再び下を向いて小さくわなわなと震えている弟とは対照的に、ああ、と冷静にバージルは合点がいった。つまり、先ほどいきなり呼び止めたのは、こちらの振り向きざまにキスをしようとした、という事か。全く、馬鹿なことを考える。どうせ結果は目に見えていただろうに。これだから、いつまで経ってもこちらの気が抜けない。いい加減に出来る事とそうでない事の分別くらい付けてもらわなければ困る。眉間にシワを寄せて、はぁ、とバージルはため息を一つ。

「…出来もしないことを口に出すな。愚弟が。」

静かにそんな言葉を投げかけてやると弟、もとい愚弟は、先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら。ギリ、と眦を吊り上げ、怒りをあらわに兄を睨みつけてきた。

「…てめっ…!ンな言い方することねえだろ!!」
「俺はわきまえろ、と言っただけだ。」
「っこのクソ兄貴!!ちったあこっちの…」
「喧しい。」

顎を掴み、罵る唇を塞ぐ。初めて触れる弟の唇は存外柔らかく、不思議に魅力的な感触だった。

「…!?」

触れ合ったのは一瞬。出来事に追いつかず固まってしまった弟を他所に、すぐに離れてバージルは立ち上がった。

「…お前が出過ぎた考えを持たずとも、俺がキスの一つや二つくらいしてやる。」

目を丸くして見上げてくる弟を不敵に見下ろし、頭上から言い放つ。双子とはいえ、弟が兄を出し抜こうなど1000年早い。そのまま歩みを進めて行く。ドアの前に差し掛かったあたりで背後から、敵わねえ、と呟く声がした。これはなかなかどうして、気分が良い。自分でも知らずのうちに口角が上がる。

…今度は、愛してる、とでも囁いてやろうか。そうしたらあの弟はどんな姿を見せてくれるのだろう。蜜月というには物足りない、それでも充分に甘く心地よい日々の始まりを予感して、バージルは笑った。
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