輪廻転生 連載中
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
世は平安
私の腹に宿った子は御三家の汚点である術師の子。知人は去り、家族も手の届かぬ場所へと逃げ果せた。下ろそうにも下ろせず途方に暮れていた私の前で厄災が笑った
「どうした、小娘」
終いにはその厄災…宿儺を前にして、いっそこのまま殺されてしまえば楽なのではないか…そう考え始める
「おもしろいモノを孕んでおる様だな。行き場がないのなら俺の屋敷に来るといい。お前が少しは口を開けそうな迎えを呼んでやろう」
宿儺がそれだけ言い残しその場を去る。それから程なくして私の前に凛とした顔立ちの呪詛師が現れる。名を"裏梅"と名乗った呪詛師は宿儺に頼まれて迎えに来たと私の先を歩いた
私が着いて行った理由は単純明快。この先で楽になれるかもしれないと言う興味本位の気持ちだった
「来たな小娘」
「……私を五体満足で生かす意味があるの?」
「お前の腹にいる子供は"呪霊の子"だ。本来ヒトはソレを孕めん。特異体質なのであろう?お前を生かす理由はそれだ」
どうやら私は今すぐに死ねないようだ
「ならこの子を産めば私から興味をなくすでしょう?」
そう言葉にすると宿儺は怪しく口角を上げた。その時点でよからぬ事を考えているのは目に見えて分かった
「いいや……お前にはこのままここにいてもらう。呪霊の子を孕むお前を人里に下ろすわけなかろう。裏梅と共に身の回りの世話をしろ」
「断ったら?」
「一つ拒絶する度に里が一つ消えると考えろ。おもしろいだろう?自分が首を横に振るだけで数万ものヒトが減っていく」
そうか、両面宿儺という呪いはこういうものなのか
「早速だ、裏梅」
「はい」
「設備と配置を説明しておけ」
「承知しました」
裏梅が私の前を歩く。屋敷は広くて静かだ。ただ、禍々しい呪力で溢れていて息が詰まりそうになる
「……こんなものだ。部屋は宿儺様の向かい部屋。呼ばれたら即座に行け」
「分かった」
こうして始まった宿儺の世話係としての仕事。いずれ大きくなり始めた腹を抱え、寝床に移り、動けなくなった私は呪霊の子だという子供を平安に産み落とした。体力を消費した私はそこから一週間と数日動けずに寝床で過ごした
毎夜毎夜同じことを考える。このまま目を閉じて楽になりたい…と
呪霊の子と言っていたけれど、私の相手をしたのは加茂憲紀だ。列記とした人間。呪霊とは無縁の術師
(それが何故?)
「おい 名無し。宿儺様が長らくお待ちだ。体力が戻り次第宿儺様の元へ行け」
私が寝床から動けなかった数日、裏梅は欠かさず私に三食を運んでくれた
「裏梅」
「なんだ」
「いつもご飯、ありがとう」
裏梅は表情を変えないまま『宿儺様のご命令で与えているだけだ』と言い残して寝床を去る
(明日から動けるかもしれない)
「なんだ、小娘。もう動けるようになったと思いきや…随分と頭が高いな」
宿儺が酒を煽りながらニンマリと笑った。普通の人が見ればゾッとするんだろうけれど、私は跪きもせずそのまま宿儺を見下ろす
「頭が高いなら殺せばいい」
「よく分かっておる。その通りだ」
機嫌良さそうな宿儺は再び晩酌を続けた。その場で殺そうとしなかった宿儺に私はなぜ殺さないのかと問いかける
「殺さぬ理由など単純だ。初めに伝えたではないか。俺の身の回りを世話しろと。否定するのなら一つ里が消えるとも説明しただろう」
間抜けが
宿儺がそう言って酒の器を私に突き付けた
「酌をしろ。お前の初仕事だ」
「さっきまで自分で注いでいたでしょう?出来るものならやりなさいよ」
そう答えると同時、私の体勢がグルンと回転した。背に痛みを感じて少しむせ込む。押し倒されたのだと察するに時間はかからなかった
「小娘、言うことを聞かぬなら今この場でお前を抱き潰し、呪霊の子を再び孕ませてやろうかッ!」
「……」
黙ったまま冷めた目で、私は宿儺を見つめた。汚れ物扱いをされるのは慣れている。呪霊の子を今更孕んだ所で状況がかわる訳ではない、宿儺が満足してもしなくても、私は最終的にこの人生に終止符さえ打てればいいんだ
「小娘。何故抵抗しない」
「抱きたいなら抱けばいいじゃない」
部屋に灯るのは蝋燭の微かな光と、外から差し込む淡い月明かりだけだ
今日は朧月か
そんなことを思いながら私は外に目をやっていた
「……つまらん小娘だ」
宿儺が私から離れて自分で酒を注ぎ始める。やれば出来るじゃないか…そう思いながら私はゆっくり起き上がる
「なんで手を出さないの?犯すも殺すもアナタの好きにすればいいのに」
「興醒めだ。抱いても無反応、殺すも無反応なお前に何をしてもつまらん。ソレはお前がいい反応をするようになってからだ」
クイッ
宿儺が酒を煽る。私はそれを黙って見ていた。宿儺が私をつまらないと言うのなら、これでまた寿命が伸びてしまったのだろう。諦めるしかないのだろうか?
それより毎日は宿儺の世話を続け、裏梅と屋敷を回し、私もそれに沿ってゆっくりと姿形を変えて行った。裏梅と同じだった背は少し伸びて、短かった髪も長くなり、着れなくなった着物は大きくなっていった
「お前はこの時間になると毎夜毎夜この場におるな。何故ここにくる」
夜が更けて月が登る頃、私はいつものように窓辺に腰掛けて隣に湯呑みを置き、月を眺める。そんなある日、珍しく宿儺が私にそんな問いを掛けてきた
「宿儺もお茶飲む?」
「いらん、質問に応えろ」
隣に座って同じく月を眺める宿儺を他所に、私は月を見たまま口を開いた
「……私は人の子だから。宿儺や裏梅とずっといられない。歳をとって…身体が言うことを聞かなくなって…動きが鈍くなって…宿儺の世話を出来なくなっていずれ死んでしまう」
「だからなんだ?」
心底わからんと言った顔で目元に皺を寄せた宿儺がおかしくて思わず笑みがこぼれた。湯呑みを両手で包めば茶の水面に私の顔が映る
「いいえ、最後までアナタの面倒は見れなくなってしまうのが惜しいと思ったから。気まぐれな呪いの王はこの後、私が死んだら歯止めは聞かずにヒトを鏖殺するだろうと先が気になって」
約束通り、私は宿儺の元で世話を続けてきた。今年でもう三十となる私は宿儺から見ればまだまだ小娘だろうに
「見えた終わりの先を見てみたいと思う私を、アナタはどう思う?」
「ならばお前も呪いに転ずれば良いだろう」
宿儺らしい答えに私は笑う。宿儺は何がおかしい、不愉快だと言いながらも笑っていた
「嫌よ、私はヒトでありたい」
「ヒトは老いて脆くなる生き物だ。お前がいずれ醜くなるのは俺も見たくはない」
「へぇ、呪いの王もそんな人間らしい言葉を吐いたりするのね」
空から微かに雪が降り始める。もう冬が近く今年も終わろうとしている。それを伝えようと宿儺に向き直ると、宿儺は私と同じく空を見上げたままで見た事もない真剣な顔をしていた
「どうしたの?」
「お前は今のまま、老いる事なく死ねばいい」
「……」
「今日がお前の命日になるのは嫌か?」
あまりにも唐突な言葉に私は一瞬言葉を失ったが、よく良く考えればそれは宿儺らしくない言葉だと思って今までにないほど声を上げて笑った
「宿儺様とあろう者が、わざわざ私に命日にしていいかと許可を取るの?」
「いいや、嫌と言っても殺すつもりだ。反応が見たかっただけだからな」
「…そっか」
湯呑みを置いて私は宿儺に返り血が飛ばぬよう遠く庭に離れた
「何か言いたいことはあるか?」
「ん〜、あッ……一つだけ」
「言って見せろ」
宿儺が片手に呪力を込める。私は少しの間の後、最期の言葉を口にした
「おやすみなさい、今宵も良い夢を」
16/16ページ