短編集

二〇二六年一〇月五日
マルコ誕生日話です。


「来たぞ!」
「今年も来たか……!」
 とある無人島に停泊して久しぶりの陸を楽しんでいた白ひげ海賊団は、一隻の船が近づいて来るのを発見した。
「敵か……!?」
 見習い達に緊張が走った。だが、一番隊の隊員達だけが慌ただしく動き始めているだけで、オヤジは愉快そうに笑い、一番隊以外は酒を飲んだり、昼寝をしたり、バカ騒ぎをしたり、緊張感が全くなかった。
(敵じゃねェのか?)
 見習い達が顔を見合わせ、敵と思われる船を見た。
 船には海賊旗が掲げられていた。海賊船であることは間違いない。だが、何かがおかしい、と見習い達は思った。
「あの海賊旗は何ですか?」
 見習いの一人が隣の古株にそう尋ねた。古株は海賊旗を見て笑い出すので、見習いはさらに状況が飲み込めない。一番隊は武器を手に離れたところで何やら準備を始めているのだが、他部隊は誰一人立ち上がろうとしなかった。いびきをかいている奴までいる。
「あぁ。お前達は去年いなかったか」
「俺達は半年前に来たばかりです」
 見習い達はもう一度、敵船と思われる海賊旗を見た。
(何だあの海賊旗)
 敵船の海賊旗は異様だった。あんな旗を持った海賊団は見たことも聞いたこともない。
 その海賊旗は何かを連想させたのだ。ドクロの後ろが青く燃え、ドクロには黄色の輪がいくつも連なった帯が描かれている。
(まるで……)
 見習い達がその人物を捜すと、ちょうどその人物は隊員達に両腕を掴まれ、ずるずると何処かへ連れて行かれるところだった。
「隊長はこちらへ!」
「今年こそは止めてみせます!」
「お前ら、酒でも飲んでろよい」
 隊員達とマルコに温度差があった。しっかりしてください!、そんなんだから!、と隊員達に叱られているマルコの表情は、めんどくせェ感が滲み出ていた。
「あれは傘下の海賊団ですか?」
「傘下じゃねェし、あいつのいつもの海賊旗はあれじゃねェ」
 見習い達には意味が分からなかった。いつもの海賊旗は今掲げられているものではない、とはどういうことだ。海賊旗は一つに決まっているだろう。
 見習い達が敵船(と思っている)を見ていると、船は迷いなくモビー・ディック号の隣に止まった。その間、向こうからもこちらからも攻撃は一切なし。
(ただの挨拶か? それとも、傘下に加わろうとオヤジに会いに来た?)
「え……」
 船首に一人の女が現れ──、見習い達は持っていた酒瓶を落としてしまった。咄嗟に古株を見たが、彼は横になって寝ようとしていた。
(オヤジは何をしている?)
 見習い達がオヤジを見ると、オヤジは酒を呷っているだけ。一番隊(マルコ以外)だけが殺気立っていた。
(戦闘か。戦闘じゃねェのか)
 見習い達が、念のため武器を、と取りに行こうとした時だった
 女は持っていた剣を高く上げ、大きく振り出したではないか。
「白ひげ様ー!」
 緊張感のない、嬉しそうな声だった。だが、剣はしっかりと握られている。見習い達にはこれから何が始まるのか全く見当がつかない。家族の様子がバラバラで、何をするのが正解か分からなかった。
(ここで座っていれば良いのか?)
(武器を持って一番隊に加わればいいのか?)
 オヤジはその声に応えるように腕を上げ、声も上げた。
「よう。小娘!」
「お元気そうで!」
 あの女は、懸賞金七億ベリーを超える女船長だ。二十年も一団を率いて海を渡り続けている。つい先日、手配書を見た見習い達が、見た目は悪くないのにおっかねェ、と話をしていたばかりだ。
「毎年毎年飽きねェな」
「一生飽きませんわ!」
「グララララ!」
 女船長は船から降りると一人でこちらへ歩いて来た。敵船(なのか見習い達にはもう分からない)を見ると、クルー達はこちらへ手を振っていて、こちらも古株や隊長達が手を振り返していた。
 見習い達は顔を突き合わせ、どうするか話し合った。
(どうする?)
(ここで様子見ておくか?)
(そうだな)
 間近で見る女船長は、七億を超えているようには見えなかった。ただ、この海で二十年も海賊を、しかも船長をやっているのだ。戦闘になったら恐ろしい力を発揮するのだろう。だがどうしても、オヤジの前に立った女船長の、滑らかなお辞儀で挨拶をする姿は、ただの美人にしか見えない。
「マルコはどちらに?」
「あそこだ」
 オヤジが示したのは一番隊が忙しく動いていた方向。見習い達も同じ方向を見て、さらに混乱を極めた。
 オヤジや他の部隊が呑気にたむろしている場所から離れて、一番隊が、一人ずつ一列に並んでいた。その一番後ろ、女船長から一番離れたところで、マルコが暇そうに片足に重心をかけて立っている。
 一部隊の隊員数は百人。一列に並ぶと相当の距離になる。ここからではマルコの姿が見えない。なのに女船長はマルコの姿をしっかりと捉えたようで顔を綻ばせていた。
「マルコ、会いたかった!」
「俺は別に」
「どうしていつもそんなに遠くにいるの?」
「俺に聞くなよい」
「待ってて。すぐそこへ行くわね!」
「来なくていい。帰れ」
(まさかマルコ隊長の女?)
(この距離でマルコ隊長の声が聞こえるのか?)
 マルコに女がいるなど聞いたことがない。見習いだからそういう情報が回ってこないだけなのかもしれないが、それでも、『不死鳥マルコ』の女なら世界中に広まっていても可笑しくない。
「簡単に隊長の元へ行けると思うなよ!」
「俺達を倒してから行け!」
 何より隊員達が殺気立っている。見習い達からしたら兄貴達の力も恐ろしい。隊長の想い人なら歓迎するはずだから女船長は隊長の女ではないのだろう、と見習い達は結論した。
 女船長は臨戦態勢の隊員達を見て軽やかな笑い声を出すだけだった。そして、小さく首を傾げながら一番前からマルコの方までゆっくりと視線を動かす。
 見習い達も同じように視線を動かしてみた。
 なんて途方もない距離だ。百人を相手にする必要がある。考えるだけで恐ろしい。
「あらあら。今年も私を止めようと?」
「当たり前だ!」
「毎年毎年、マルコ隊長を襲いやがって!」
「いい加減諦めろ!」
「それはできないお願いねぇ」
 マルコは大きな欠伸をしていた。それが見えているのはマルコから近い隊員達と、オヤジと、隊長や古株達と女船長。女船長は欠伸をするマルコに見惚れていた。
「はぁ、素敵ね……」
(あれが素敵らしい。嘘だろ)
(マルコも決めりゃいいのによ)
(腐れ縁だよい、だからなァ)
 隊長達は女船長のクルー達に一緒に飲もうぜ、と誘っていた。
「では白ひげ様。マルコをいただいてもよろしいですか?」
「好きにしろ」
「「「え!?」」」
 隣で寝ていた古株は見習い達の叫び声で起こされた。見習い達に周囲を固められ、肩を激しく揺すぶられ、飲んだ酒が戻りそうになった。
「大変ですよ!」
「マルコ隊長が奪われます!」
「あ? あー、いや、そういうことじゃ……」
 見習い達を落ち着かせる為に古株は酒をすすめるが全く話を聞く気配がなく、仕方がなしに頭を強く殴り黙らせた。
「毎年のことなんだよ。酒でも飲んで見てりゃいい」
「毎年?」
「恒例行事なんですか?」
「そうだ」
 隊員達はどう見ても女船長を倒す気満々。
(これが恒例行事?)
(とんでもねェ海賊団に入っちまった……)
 見習い達は後悔した。
「では、白ひげ様からお許しが出ましたので」
 女船長は歩き出して、一番隊に相対した。一応見ておくか、という感じで他の部隊全員が女船長を見たが、見習い達は背中が凍る感覚に襲われ見ることができなかった。見られていないのに、やられる、と体が反応したのだ。
 女船長の空気が変わっていた。ナイフを首元に突きつけられたように、冷たく鋭い。見習い達は指一本も動かせられなかった。
「行くわね」
 その瞬間、女船長の姿がなくなった。
 次の瞬間には隊員達が宙を舞っていて、少し離れたところで激しい衝撃音がした。
 見習い達には何も見えなかった。瞬く間だった。唖然と地面に倒れ込む兄貴達を見る。
「一気に半分も蹴散らしやがって……!」
「あら!」
 女船長の剣を一人の隊員が受けとめていた。だが彼の表情を見るに、いつまで持ちこたえられるか。
「あらあら」
 一方、女船長はくすくす笑っているだけである。
 女船長の懸賞金額は何も間違ってはいない。彼女は悪魔の実なしでここまで上りつめた。最近は大人しいから新聞にも載らず世間から古い海賊団だとも言われているが、若い頃は海軍だろうと海賊だろうと、気に入らない相手を「あらあら」などと言いながら倒し尽くしていた女である。
 目の前の隊員では、相手にならない。
「もう少しだけ、上げていくわね」
「なっ……!」
 受け止めた隊員の剣が、女船長の一太刀で弾け飛んだ。
 そして女船長は右足で大地を蹴ると、残り半分の隊員を一瞬で蹴散らしてしまった。時間は、僅か二秒。
(やばい女だ!)
 女船長は、満面の笑顔でマルコを見た。
「会えて嬉しいわ!」
「まぁ、こうなるよな」
 マルコは女船長が思い切り降り下ろした剣を避けた。
「マルコ!」
「毎年飽きねェな」
「飽きるわけないじゃない!」
「仕方ねェよい」
 マルコの目が鋭くなった。体が青い炎に包まれ、足が、腕が、見る見るうちに姿を変えていく。
 見習い達はごくりと唾を吞んだ。
 遠くからでも分かる。本気の戦いが始まったのだ。
「何なんですか。これが恒例行事!?」
「マルコ隊長を奪うまで止めないってことですか!?」
「そうじゃねェって」
「なら、あの女の目的は何なんですか!?」
 楽しく酒を飲みたいのに、見習い達の隣に座ったばかりに説明役になった古株はため息を吐くしかなかった。終われば分かることだが、そんなことなど知らない見習い達の圧は収まらない。
(さっさと説明して飲みなおすか……)
 そう思ったと同時、古株はハッとマルコ達を見た。
(やばい……!)
「お前ら、気を引き締めろ……!」
 古株のその言葉は、見習い達には届かなかった。
 すでにその場でぶっ倒れていたからだ。周りを見れば、あちらこちらで倒れる奴が続出。起きている奴らは呆れていたり、何故か倒れなかったことを喜んでいる奴もいた。
「貴方は本当に最高ね!」
「覇気はやめろい!」
「いいじゃない!」
「あとで詫びの品がっつりもらうからな!」
「もちろん用意しているわ!」
 毎年のことなので、女船長のクルー達はすでに詫びの品をオヤジの前に並べていた。
 オヤジはただ笑っているだけである。
「あの女はな……」
 古株は何本目か分からない酒を開けて、一気に飲み干し、倒れ込んだ見習い達を見て、マルコと女船長を見た。
「ただのマルコ隊長ファン。全力で祝いに来たんだよ」
 誕生日、おめでとうー!
 そんな声が、高らかに響き渡った。
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