わたしが手を伸ばしたシナリオ
左足を前に蹴りながら右足を後ろに蹴る。何度も、細かく。
絶対に止まってはいけない。
目の前の海賊の動きを少しも見逃さないように。その海賊に一撃をいれるために。
アベラは剣を構えていた。
「うおりゃぁ!」
男が両腕を上げた。
アベラはすかさず懐に入り、横を走り抜けながら男を斬る。後ろから苦しむ声が聞こえるが、アベラは見向きもしない。
次はこの男。
仲間とつばぜり合いをしている男に向かって走った。
突進。
バランスを崩した男へ一撃。
次はあいつ!
「チビ海兵どこ行った!」
「あっちだ!」
アベラは一瞬も止まらない。
隙を与えさせない。
押されている仲間を探し、姿勢を低くしたまま走った。
「失礼します!」
「な…っ!!」
背後から一撃。急所を狙うのには慣れてきた。
「アベラ!」
「次行ってきます!」
「気をつけろ!」
「はい!」
敵の横から、背後から。仲間の背後から。
海賊が目の前に気を取られている隙をつきまくる。
海賊団の人数は多くない。だが、船長は能力者。それ以外にも懸賞金が懸けられている海賊が数名。
アベラは、敵わない海賊には向かって行かない。
「二人一気にー!」
「ぐへっ!」
「へぶっ!」
並んでいた二人の海賊に突撃。
ドミノ倒しのように倒れた海賊に向けて、仲間が撃つ。
足を狙ったため起き上がることはないが、もがいている海賊達に仲間が追い打ちをかけていた。
「調子乗んじゃねェ!!」
バン!
後ろから。
アベラは目標の男を体当たりせず通り過ぎ、盾にした。
男の腹を貫通。
あと何人?
アベラの目的は数を減らすこと。強い海賊を大人数で攻撃するため、できるだけ早く他の海賊を倒さなければならない。
正義を背中に掲げる将校は船長を相手にしていた。
今日の編制では将校は一人。手こずっている様子で、せめて他の海賊を倒すまで持ち堪えてくれなければ制圧できない。
アベラは走り続けた。
街には入れさせない。ここで食い止める。
彼らはアベラの敵だ。
この海賊団が以前襲った街は今、復興途中。生き残った住民達が懸命に元の生活を取り戻そうとする姿を、アベラは見てきたばかりだった。
好き勝手暴れて奪う。それを何度も繰り返す。この海賊団は最後まで繰り返す。
彼らがさらに力をつけたら、もっとたくさんの人が傷つくことになるだろう。
アベラが次の標的を定め──、行く道に誰かが現れた。
「チビ!」
大男だ。ジョズほどではないが、マルコよりは大きい。
一人では太刀打ちできない。
アベラはすぐにそう判断した。だが、仲間達は他の海賊を相手にしている。
アベラは柄を強く握った。
剣を構える。
絶対に止まってはいけない。どんな動きでもできるように。
左足を前に蹴りながら右足を後ろに蹴る。何度も、細かく。
「好き勝手暴れてくれたな」
「暴れているのは貴方達です!」
男が持つのは、大きな剣。アベラの剣の三倍はあるだろう。
男の足、腕、手、指、柄、剣先。すべての動きを見逃さない。
「俺を相手にする気か?」
「そうです!」
自分からは動かない。相手の隙をつく。
今のアベラはその方法でしか勝算がない。
大男の腕が動き、懐が空いた。
アベラは一気に間合いを詰め、一撃を。
「甘ェ!」
「あっ……!!」
大男はブーツの裏で剣を受け止めた。
アベラは後退。だが、男の間合いから抜けられなかった。
叩き潰そうとする勢いで、大男の剣が振り落とされた。
アベラは手元を上げて受け止めた。
重い打撃。
剣が持ち堪えられても、腕が耐えられそうにない。
さらに後退しなければ。
だが受け止めてしまった攻撃を跳ね返す力を持っていない。このままでは地面に叩き潰される。
「うううぅぅぅ!!」
踏ん張れ。
倒れたらやられる。
歯を食いしばり、唸り声で抵抗した。
踏ん張れ!
「根性あんなァ」
大男の呑気な声と同時に圧が軽くなる。
それを見逃さなかった。
アベラはさらに後退し、間合いから出ることができた。
と、思った。
「リーチの長さが違ェ」
「!?」
すぐに詰められた。
剣を振り上げられ、剣が弾け飛ぶ。
今日も、剣は飛ばされた。
「次はどうする?」
どうする?
アベラは当たり前のように拳を作り、構えた。
「拳で俺を倒そうと? 舐められたもんだ」
アベラは大男の攻撃を懸命に避ける。
一瞬でいい。どこかに隙がないか。
「もっと速くなるぞ」
大男の懸賞金は五千万。今のアベラでは、力が足りない。
「っ!…!、!」
どこまで速くなるのか。そろそろついていけなくなる。
アベラは少しずつ、一歩で間合いから抜けられる位置まで下がっていく。その間、懸命に避ける動きは止めなかった。大男の足は動いていない。
もう少し、もう少しで抜けられる。
あと二歩。
「オラオラァ!」
あと一歩……!
「逃がすか!」
「えっ…!!」
大男の左腕がアベラ目掛け伸びてきた。
思いきり胸ぐらを掴まれ、アベラと大男の距離は一気になくなった。
大男と目線の高さが同じになる。足が地面についていない。
思いきり体を揺らして大男の顔面を蹴ろうとするが、腕を動かされたことで外れた。
「終わりだ」
「おわ…ら、ない!!」
呻く、もがく、大男の手を噛む。
終わらない。アベラの瞳は終わっていない。
剣が高く上げられた。
ここで終わらない。
アベラは噛む力を強めた。
「この野郎!!」
バンバン!
大男の向こうで、仲間が撃った。
弾が大男の肩を貫通した。
大男の手の力が一瞬弱まった隙を逃さず、アベラは顔面を踏み台にして思いきり飛ぶ。
地面に倒れ込んだ。
「大丈夫か!」
「立てるか!?」
四人が大男を取り囲む。
少し離れて、銃を構えた仲間が三人。
「足を抑えろ!」
アベラは大男の右足にしがみついた。もう二人が同じ足を、別の二人が左足にしがみつく。
絶対に離さない。この男はここで捕まえる。
この先にいる街の人達を傷つけさせない。
「一般兵共が!」
大男が剣を振り回す。けれどアベラも仲間も離れない。
命中させる。
この男は、ここで捕まえる。
「一気に撃ち込め!」
アベラは大男が動かなくなっても、足を離そうとはしなかった。
× × ×
「シチュー嬢ちゃん一発入れろ!」
「俺の一万ベリーがかかってるぞ!」
「マルコ、避けんな!」
「俺達の金がかかってんだぞ!」
「手加減しろ!」
「お前らが勝手に賭けてんだろい!」
勝手に賭け事にするな。てか、こいつに賭けてんのかよい。
マルコは飛んでくる拳を軽い足取りで躱す。拳を当てようとするアベラと避けるマルコの真剣さは天と地ほどの差があった。
一発でもマルコの腹に当てられたらアベラの勝ち。アベラを転ばせたらマルコの勝ち。
開始十分。アベラは全く諦めていなかった。
マルコが大きく後ろに下がった。
アベラは二歩大きく踏み出して逃さないようにしたが、腕を突き出した時にはマルコの姿が消えていた。
「また一本」
「!」
振り向けば、マルコが口の片端を上げて笑っていた。
アベラは唇を一文字に噛みしめ、体の向きを変えながら左拳をマルコの腹に入れようとするが、腕を伸ばし切った時にはもうマルコの姿がない。
「これで十回目」
これが本当の戦いだったら、アベラは十回は命を落としている。マルコの動きを必死に追っていても、背後を取られてしまうのだ。
マルコの足、腕、手、指、視線の動きを見逃さないようにしているのに、どの方向に避けるのかが全く分からない。先の五千万の大男とは全く違う。
当たり前だ。マルコの懸賞金はとっくに億を超えている。一月前には五億ベリーになっていた。
五千万と五億の力を同じにしたらマルコに激怒されるだろう。
海賊にとって、懸賞金額は強さの証しだから。
「ふんっ!」
マルコが手加減しているのはアベラにも分かる。さらに言えば、この勝負の主導権は最初からマルコにあった。
マルコは避けながらアベラの動きを完全にコントロールしているのだ。それにはアベラは気付いていない。というよりも、そこまで考える余裕がまだない。
「っ、っふ、!」
「……」
あとどのくらい続けようかと、マルコはアベラを見ながら考えた。
マルコの呼吸は開始前と変わらないが、アベラは浅くなってきていた。
「ここ!」
「遅い遅い」
「あぁ…!!」
左に動いたマルコ目掛けてアベラは突っ込むが、マルコが後ろに大きく飛び跳ね、距離が一気に開いた。
「ここまで来い」
「言われなくてもー!」
この勝負に制限時間はない。だからマルコがアベラを転ばせないと終わらない。
もっとも、マルコがわざとアベラの拳に当たればすぐに終わるのだが、それをする気はなかった。
これは遊びではないからだ。力に歴然の差があろうと勝負は勝負。
もちろんマルコが全力を出したら開始早々に終わってしまうので、手加減はしている。今は、十分の一の力も出していなかった。
アベラは体力がついたようだ。大声を上げながら迫るアベラの動きは鈍っていない。
さらに、懸賞金が懸けられていない海賊相手ならとアベラは言っていた。実際そのぐらいか、とマルコは間合いに入ってきたアベラを見てそう思った。
さて、どうしようか。
「いっぽーん!!」
アベラはスピードを弱めずに、寧ろさらに上げ、体当たりで右拳を入れようとした。
それを、マルコは避けずに捕まえた。
小さな手だ。腕も細い。
ポキっと折れそうだな。
さぁどうする?
「!!」
アベラはそれでも止まらなかった。自由の左手を握り、マルコの腹に狙いを定める。
アベラなりに考えたのだろう、とマルコは小さく笑った。
「入れ!!」
そう叫んだ瞬間、アベラは右手が軽くなったことに気がついた。
もうマルコが視界にいない。
「終わりだよい」
「っわぁあ!」
盛大にこけた。
マルコの足に引っかかった。
正しくは、マルコがアベラの足に引っかけた。
アベラは走る勢いが落ちていなかったので顔面を地面に勢いよく打ち付けてしまい、観戦者達は慌てた。
「またこけた!」
「嬢ちゃん!」
心配の声が船縁からするが、マルコは腕を組んで突っ立ったままだった。起き上がらせようとせず、ただアベラの背中を見つめ、待つ。
すぐに、ぐるん、とアベラが体を動かし、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「負けました~」
マルコが喉を鳴らして笑った。
全く悔しそうな表情ではない。やり切った感が溢れていた。
アベラは力を全て使ってマルコに挑んだのだ。
壁の高さをいちいち嘆いても仕方がない。前回よりもマルコと勝負できるようになっているはず。それだけで、アベラには十分。
「アベラ。前よりも良くなってるぞ」
「本当ですか!?」
アベラを船に乗せられない。だから、アベラが来た時はいつもイゾウやジョズ達がテーブルやイスを持って船を降りる。
船の下でちょっとした酒のない宴会が始まるのが恒例になりつつあった。
アベラは菓子を頬張りながら、ジョズに満面の笑顔を向けた。
ジョズに褒められた。
いつも真剣に教えてくれるジョズが言うのだから嬉しさもひとしおだ。
「弱いけどな」
「マルコ、わざわざ言うことないだろ」
「そうです! 私は弱いです!」
「……アベラが気にしていないならいい」
どんどん減っていく菓子を見て、ラクヨウは眉を下げながらアベラを見た。
「嬢ちゃん、俺の金がどんどん減っていくから早く強くなれ」
「マルコ以上になったらどうすんだよ」
「ならねェよい」
「はっへひへはふ!!」
「食いながら大声を出すな」
アベラは喉を大きく動かした後、「なってみせます!」と声を張り上げた。
アベラの瞳は相変わらず燃えているし、輝いている。
全く消える気配がなく、来るたびに強くなっているのはマルコとジョズの気のせいではなかった。
あり得ないことだと思っているが、万が一にも追いつかれたら堪ったものではない。
マルコは立ちあがり、大きく伸びをした。
「誰が二戦目やろうぜ」
「私! 私がやります!」
「お前とはもうやらん」
「何でですか!」
「もう体力残ってないだろい」
「嬢ちゃんは観戦側だ」
二戦目は、マルコ対イゾウ。
アベラはじっと二人を見つめた。二人の戦い方を盗んでやろうという気迫が、隣にいるジョズにも伝わってきた。
「イゾウさんは銃を使うんですよね?」
「こういう時は格闘戦だ」
菓子を食べる手を止めて、両拳を膝の上に乗せ、戦闘態勢に入った二人に倣って合図を待つ。
今日はどんな戦いが見られるだろう。
瞳を熱くさせ、今か今かと待っていると、隣から気の抜けた声がした。
「嬢ちゃんも賭けないか?」
アベラは何を言われたのか分からなかった。
「賭け?」
「せっかくだ。どっちが勝つか金を賭けようぜ」
お金を賭ける。アベラは何度も反芻した。
アベラは賭け事をしたことがない。だからラクヨウの言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「賭けなくていいぞ。大事な金だからな」
「勝ったら負けた奴の金が貰えるんだぞ? やらないなんてもったいねェ」
先ほどの賭けで取られた金を取り返そう、あわよくば、プラスにしてやろう。という思いがラクヨウの全身から溢れ出ていた。
ジョズは呆れながらアベラにしなくていいと言おうとしたが、
「マルコさんに五万ベリーです!」
止められなかった。
マルコとイゾウが、全員が、アベラを見る。
アベラの瞳は少しも曇っていなかった。今日一番の輝きだ。
マルコさんが絶対勝つ。負けるわけがない。
その思いが、マルコにも届いて、大笑い。
「待つんだ。落ち着けアベラ」
「そんな大金賭けるのか!?」
まさかアベラが乗るとは。ラクヨウも思っていなかった。
海兵が、まして真っ直ぐなアベラが賭け事に乗ってくる。それもそんな大金を。
「……負けられん」
「嬢ちゃんが五万を賭けて俺が一万……? そりゃねェだろ」
野郎共の火がついた。
大金が二人に賭けられていく。
「なら私は十万べリー!」
「欲しいものでもあるのか?」
野郎共の火に煽られ、アベラの火は炎上した。
どんどん膨れ上がる賭け金。全財産を賭ける野郎も現れた。
一体何の対抗心からか、誰も止めるものはいない。
「私はマルコさんが勝つことを確信していますから!!」
「熱烈な応援だな」
相対しているイゾウも大笑い。
さぁ、どちらが勝つか。
前代未聞の大博打が、ここに始まった。
絶対に止まってはいけない。
目の前の海賊の動きを少しも見逃さないように。その海賊に一撃をいれるために。
アベラは剣を構えていた。
「うおりゃぁ!」
男が両腕を上げた。
アベラはすかさず懐に入り、横を走り抜けながら男を斬る。後ろから苦しむ声が聞こえるが、アベラは見向きもしない。
次はこの男。
仲間とつばぜり合いをしている男に向かって走った。
突進。
バランスを崩した男へ一撃。
次はあいつ!
「チビ海兵どこ行った!」
「あっちだ!」
アベラは一瞬も止まらない。
隙を与えさせない。
押されている仲間を探し、姿勢を低くしたまま走った。
「失礼します!」
「な…っ!!」
背後から一撃。急所を狙うのには慣れてきた。
「アベラ!」
「次行ってきます!」
「気をつけろ!」
「はい!」
敵の横から、背後から。仲間の背後から。
海賊が目の前に気を取られている隙をつきまくる。
海賊団の人数は多くない。だが、船長は能力者。それ以外にも懸賞金が懸けられている海賊が数名。
アベラは、敵わない海賊には向かって行かない。
「二人一気にー!」
「ぐへっ!」
「へぶっ!」
並んでいた二人の海賊に突撃。
ドミノ倒しのように倒れた海賊に向けて、仲間が撃つ。
足を狙ったため起き上がることはないが、もがいている海賊達に仲間が追い打ちをかけていた。
「調子乗んじゃねェ!!」
バン!
後ろから。
アベラは目標の男を体当たりせず通り過ぎ、盾にした。
男の腹を貫通。
あと何人?
アベラの目的は数を減らすこと。強い海賊を大人数で攻撃するため、できるだけ早く他の海賊を倒さなければならない。
正義を背中に掲げる将校は船長を相手にしていた。
今日の編制では将校は一人。手こずっている様子で、せめて他の海賊を倒すまで持ち堪えてくれなければ制圧できない。
アベラは走り続けた。
街には入れさせない。ここで食い止める。
彼らはアベラの敵だ。
この海賊団が以前襲った街は今、復興途中。生き残った住民達が懸命に元の生活を取り戻そうとする姿を、アベラは見てきたばかりだった。
好き勝手暴れて奪う。それを何度も繰り返す。この海賊団は最後まで繰り返す。
彼らがさらに力をつけたら、もっとたくさんの人が傷つくことになるだろう。
アベラが次の標的を定め──、行く道に誰かが現れた。
「チビ!」
大男だ。ジョズほどではないが、マルコよりは大きい。
一人では太刀打ちできない。
アベラはすぐにそう判断した。だが、仲間達は他の海賊を相手にしている。
アベラは柄を強く握った。
剣を構える。
絶対に止まってはいけない。どんな動きでもできるように。
左足を前に蹴りながら右足を後ろに蹴る。何度も、細かく。
「好き勝手暴れてくれたな」
「暴れているのは貴方達です!」
男が持つのは、大きな剣。アベラの剣の三倍はあるだろう。
男の足、腕、手、指、柄、剣先。すべての動きを見逃さない。
「俺を相手にする気か?」
「そうです!」
自分からは動かない。相手の隙をつく。
今のアベラはその方法でしか勝算がない。
大男の腕が動き、懐が空いた。
アベラは一気に間合いを詰め、一撃を。
「甘ェ!」
「あっ……!!」
大男はブーツの裏で剣を受け止めた。
アベラは後退。だが、男の間合いから抜けられなかった。
叩き潰そうとする勢いで、大男の剣が振り落とされた。
アベラは手元を上げて受け止めた。
重い打撃。
剣が持ち堪えられても、腕が耐えられそうにない。
さらに後退しなければ。
だが受け止めてしまった攻撃を跳ね返す力を持っていない。このままでは地面に叩き潰される。
「うううぅぅぅ!!」
踏ん張れ。
倒れたらやられる。
歯を食いしばり、唸り声で抵抗した。
踏ん張れ!
「根性あんなァ」
大男の呑気な声と同時に圧が軽くなる。
それを見逃さなかった。
アベラはさらに後退し、間合いから出ることができた。
と、思った。
「リーチの長さが違ェ」
「!?」
すぐに詰められた。
剣を振り上げられ、剣が弾け飛ぶ。
今日も、剣は飛ばされた。
「次はどうする?」
どうする?
アベラは当たり前のように拳を作り、構えた。
「拳で俺を倒そうと? 舐められたもんだ」
アベラは大男の攻撃を懸命に避ける。
一瞬でいい。どこかに隙がないか。
「もっと速くなるぞ」
大男の懸賞金は五千万。今のアベラでは、力が足りない。
「っ!…!、!」
どこまで速くなるのか。そろそろついていけなくなる。
アベラは少しずつ、一歩で間合いから抜けられる位置まで下がっていく。その間、懸命に避ける動きは止めなかった。大男の足は動いていない。
もう少し、もう少しで抜けられる。
あと二歩。
「オラオラァ!」
あと一歩……!
「逃がすか!」
「えっ…!!」
大男の左腕がアベラ目掛け伸びてきた。
思いきり胸ぐらを掴まれ、アベラと大男の距離は一気になくなった。
大男と目線の高さが同じになる。足が地面についていない。
思いきり体を揺らして大男の顔面を蹴ろうとするが、腕を動かされたことで外れた。
「終わりだ」
「おわ…ら、ない!!」
呻く、もがく、大男の手を噛む。
終わらない。アベラの瞳は終わっていない。
剣が高く上げられた。
ここで終わらない。
アベラは噛む力を強めた。
「この野郎!!」
バンバン!
大男の向こうで、仲間が撃った。
弾が大男の肩を貫通した。
大男の手の力が一瞬弱まった隙を逃さず、アベラは顔面を踏み台にして思いきり飛ぶ。
地面に倒れ込んだ。
「大丈夫か!」
「立てるか!?」
四人が大男を取り囲む。
少し離れて、銃を構えた仲間が三人。
「足を抑えろ!」
アベラは大男の右足にしがみついた。もう二人が同じ足を、別の二人が左足にしがみつく。
絶対に離さない。この男はここで捕まえる。
この先にいる街の人達を傷つけさせない。
「一般兵共が!」
大男が剣を振り回す。けれどアベラも仲間も離れない。
命中させる。
この男は、ここで捕まえる。
「一気に撃ち込め!」
アベラは大男が動かなくなっても、足を離そうとはしなかった。
× × ×
「シチュー嬢ちゃん一発入れろ!」
「俺の一万ベリーがかかってるぞ!」
「マルコ、避けんな!」
「俺達の金がかかってんだぞ!」
「手加減しろ!」
「お前らが勝手に賭けてんだろい!」
勝手に賭け事にするな。てか、こいつに賭けてんのかよい。
マルコは飛んでくる拳を軽い足取りで躱す。拳を当てようとするアベラと避けるマルコの真剣さは天と地ほどの差があった。
一発でもマルコの腹に当てられたらアベラの勝ち。アベラを転ばせたらマルコの勝ち。
開始十分。アベラは全く諦めていなかった。
マルコが大きく後ろに下がった。
アベラは二歩大きく踏み出して逃さないようにしたが、腕を突き出した時にはマルコの姿が消えていた。
「また一本」
「!」
振り向けば、マルコが口の片端を上げて笑っていた。
アベラは唇を一文字に噛みしめ、体の向きを変えながら左拳をマルコの腹に入れようとするが、腕を伸ばし切った時にはもうマルコの姿がない。
「これで十回目」
これが本当の戦いだったら、アベラは十回は命を落としている。マルコの動きを必死に追っていても、背後を取られてしまうのだ。
マルコの足、腕、手、指、視線の動きを見逃さないようにしているのに、どの方向に避けるのかが全く分からない。先の五千万の大男とは全く違う。
当たり前だ。マルコの懸賞金はとっくに億を超えている。一月前には五億ベリーになっていた。
五千万と五億の力を同じにしたらマルコに激怒されるだろう。
海賊にとって、懸賞金額は強さの証しだから。
「ふんっ!」
マルコが手加減しているのはアベラにも分かる。さらに言えば、この勝負の主導権は最初からマルコにあった。
マルコは避けながらアベラの動きを完全にコントロールしているのだ。それにはアベラは気付いていない。というよりも、そこまで考える余裕がまだない。
「っ、っふ、!」
「……」
あとどのくらい続けようかと、マルコはアベラを見ながら考えた。
マルコの呼吸は開始前と変わらないが、アベラは浅くなってきていた。
「ここ!」
「遅い遅い」
「あぁ…!!」
左に動いたマルコ目掛けてアベラは突っ込むが、マルコが後ろに大きく飛び跳ね、距離が一気に開いた。
「ここまで来い」
「言われなくてもー!」
この勝負に制限時間はない。だからマルコがアベラを転ばせないと終わらない。
もっとも、マルコがわざとアベラの拳に当たればすぐに終わるのだが、それをする気はなかった。
これは遊びではないからだ。力に歴然の差があろうと勝負は勝負。
もちろんマルコが全力を出したら開始早々に終わってしまうので、手加減はしている。今は、十分の一の力も出していなかった。
アベラは体力がついたようだ。大声を上げながら迫るアベラの動きは鈍っていない。
さらに、懸賞金が懸けられていない海賊相手ならとアベラは言っていた。実際そのぐらいか、とマルコは間合いに入ってきたアベラを見てそう思った。
さて、どうしようか。
「いっぽーん!!」
アベラはスピードを弱めずに、寧ろさらに上げ、体当たりで右拳を入れようとした。
それを、マルコは避けずに捕まえた。
小さな手だ。腕も細い。
ポキっと折れそうだな。
さぁどうする?
「!!」
アベラはそれでも止まらなかった。自由の左手を握り、マルコの腹に狙いを定める。
アベラなりに考えたのだろう、とマルコは小さく笑った。
「入れ!!」
そう叫んだ瞬間、アベラは右手が軽くなったことに気がついた。
もうマルコが視界にいない。
「終わりだよい」
「っわぁあ!」
盛大にこけた。
マルコの足に引っかかった。
正しくは、マルコがアベラの足に引っかけた。
アベラは走る勢いが落ちていなかったので顔面を地面に勢いよく打ち付けてしまい、観戦者達は慌てた。
「またこけた!」
「嬢ちゃん!」
心配の声が船縁からするが、マルコは腕を組んで突っ立ったままだった。起き上がらせようとせず、ただアベラの背中を見つめ、待つ。
すぐに、ぐるん、とアベラが体を動かし、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「負けました~」
マルコが喉を鳴らして笑った。
全く悔しそうな表情ではない。やり切った感が溢れていた。
アベラは力を全て使ってマルコに挑んだのだ。
壁の高さをいちいち嘆いても仕方がない。前回よりもマルコと勝負できるようになっているはず。それだけで、アベラには十分。
「アベラ。前よりも良くなってるぞ」
「本当ですか!?」
アベラを船に乗せられない。だから、アベラが来た時はいつもイゾウやジョズ達がテーブルやイスを持って船を降りる。
船の下でちょっとした酒のない宴会が始まるのが恒例になりつつあった。
アベラは菓子を頬張りながら、ジョズに満面の笑顔を向けた。
ジョズに褒められた。
いつも真剣に教えてくれるジョズが言うのだから嬉しさもひとしおだ。
「弱いけどな」
「マルコ、わざわざ言うことないだろ」
「そうです! 私は弱いです!」
「……アベラが気にしていないならいい」
どんどん減っていく菓子を見て、ラクヨウは眉を下げながらアベラを見た。
「嬢ちゃん、俺の金がどんどん減っていくから早く強くなれ」
「マルコ以上になったらどうすんだよ」
「ならねェよい」
「はっへひへはふ!!」
「食いながら大声を出すな」
アベラは喉を大きく動かした後、「なってみせます!」と声を張り上げた。
アベラの瞳は相変わらず燃えているし、輝いている。
全く消える気配がなく、来るたびに強くなっているのはマルコとジョズの気のせいではなかった。
あり得ないことだと思っているが、万が一にも追いつかれたら堪ったものではない。
マルコは立ちあがり、大きく伸びをした。
「誰が二戦目やろうぜ」
「私! 私がやります!」
「お前とはもうやらん」
「何でですか!」
「もう体力残ってないだろい」
「嬢ちゃんは観戦側だ」
二戦目は、マルコ対イゾウ。
アベラはじっと二人を見つめた。二人の戦い方を盗んでやろうという気迫が、隣にいるジョズにも伝わってきた。
「イゾウさんは銃を使うんですよね?」
「こういう時は格闘戦だ」
菓子を食べる手を止めて、両拳を膝の上に乗せ、戦闘態勢に入った二人に倣って合図を待つ。
今日はどんな戦いが見られるだろう。
瞳を熱くさせ、今か今かと待っていると、隣から気の抜けた声がした。
「嬢ちゃんも賭けないか?」
アベラは何を言われたのか分からなかった。
「賭け?」
「せっかくだ。どっちが勝つか金を賭けようぜ」
お金を賭ける。アベラは何度も反芻した。
アベラは賭け事をしたことがない。だからラクヨウの言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「賭けなくていいぞ。大事な金だからな」
「勝ったら負けた奴の金が貰えるんだぞ? やらないなんてもったいねェ」
先ほどの賭けで取られた金を取り返そう、あわよくば、プラスにしてやろう。という思いがラクヨウの全身から溢れ出ていた。
ジョズは呆れながらアベラにしなくていいと言おうとしたが、
「マルコさんに五万ベリーです!」
止められなかった。
マルコとイゾウが、全員が、アベラを見る。
アベラの瞳は少しも曇っていなかった。今日一番の輝きだ。
マルコさんが絶対勝つ。負けるわけがない。
その思いが、マルコにも届いて、大笑い。
「待つんだ。落ち着けアベラ」
「そんな大金賭けるのか!?」
まさかアベラが乗るとは。ラクヨウも思っていなかった。
海兵が、まして真っ直ぐなアベラが賭け事に乗ってくる。それもそんな大金を。
「……負けられん」
「嬢ちゃんが五万を賭けて俺が一万……? そりゃねェだろ」
野郎共の火がついた。
大金が二人に賭けられていく。
「なら私は十万べリー!」
「欲しいものでもあるのか?」
野郎共の火に煽られ、アベラの火は炎上した。
どんどん膨れ上がる賭け金。全財産を賭ける野郎も現れた。
一体何の対抗心からか、誰も止めるものはいない。
「私はマルコさんが勝つことを確信していますから!!」
「熱烈な応援だな」
相対しているイゾウも大笑い。
さぁ、どちらが勝つか。
前代未聞の大博打が、ここに始まった。
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