わたしが手を伸ばしたシナリオ

 海水の幕が開くと、殺気と狂喜に満ちた海賊達が乗り込んできた。
 マルコ達とは違う、弱い人を人とは思っていない非道な海賊団。
 アベラは銃を構えた。
「前へ、前へ行け! これ以上来させるな!」
 どの戦場でも聞こえてくる音は変わらない。
 金属音、爆発音、罵声、悲鳴。
 変わるとしたら、音や声の大きさや数ぐらいだろうか。
 トリガーに指をかけ、狙いを定める。
 まず一発。外した。
「報告と違う海賊団までいるぞ!」
「応援を呼べ! それまで持ち堪えろ!」
 前衛陣が船首で二十人の海賊と白兵戦をしている。
 海賊船の甲板から、その倍の海賊達がこちらへ乗り込もうとしていた。海賊団の船長は、自船の甲板でふんぞり返っている。
 まるで、海軍側の敗北が決まっているかのように。
「こっち…。今度はここ!」
 アベラは撃ち続けた。
 アベラは後方から、白兵戦をしている仲間の支援が役目だ。
 どこへ撃ったらいいか。アベラは銃を構えたまま、右へ左へと、照準を定めようとする。
 左!
 弾が海賊の肩を貫通。その隙を逃さず、仲間が一太刀。
 さらに左。
 次は外した。舩縁に突き刺さる。
「目の前に気を取られている海賊の隙をつけ!」
 仲間の攻撃を受けとめている海賊の足へ。外した。
 空に、どこか分からない場所に、耳にかろうじて。
 乗り込もうする海賊に向けて仲間達が撃ち続け、軍艦にいる海賊の数は確実に減っていく。
 バン!
 ある海兵の耳の横を素通りし、彼方へと消えていく。
 その海兵が目を剥きながらアベラを見た。
「おいアベラ! 俺に当てんな!」
「すみません!」
「気を引き締めて撃ちまくれ!」
「はい!」
 弾を装填。構え、撃ちまくる。
 アベラは、止まった相手なら命中率は十割、動いている相手への命中率は五割。ただしこれは、訓練時の話。
 戦場でのアベラの成績は、三割。
 戦場は訓練のようにはいかない。
 アベラに必要なのは実戦の数だ。日常では全く感じない、気持ちの良くない空気を浴びながら、冷静に、確実に相手を倒せるように。
「海賊が一人、上から来るぞ!!」
 船首にいた誰かがそう叫んだ。
 上?、とアベラが顔を上げ──、男と目が合った。
 アベラの倍はある大きさの男。明らかに、敵だ。
 男の持つ剣ではなく、鋭い眼光がアベラの体に突き刺さった。
 アベラの体が、固まった。
 海賊船から跳躍してここまで来たというのか。
 マルコさんのように翼があるわけではないのに? ジャンプでここまで来れるの? 
「邪魔だ」
 アベラは余計なことを考えていたから、男が何を言ったのか聞き取れなかった。
 男が小さな虫を払うように、アベラの銃を剣で軽く払った。
 剣は天高く舞い、静かに海へと落ちていく。
「おい、チビ」
 チビ。私のこと。
 アベラはずっと男と目が合ったままだった。
「終わりだな」
 男はすでにアベラがくたばったような、そんな態度でアベラを見下ろしている。
 終わりじゃない。
 アベラは、右手を動かしてみた。
 ちゃんと動く。体はしっかりと動く。
 けれどアベラの手には、武器がない。
「軍艦に宝はないだろうが、食料は貰っていくぜ」
 アベラの視界の隅が光った。
 誰かが落とした剣だ。後方まで飛んできていたらしい。
「貴方達が民間人から奪ったもの。返して貰います!」
 弱い者から奪い続ける海賊達。
 同じ海賊なのに、どうしてマルコ達とこんなにも違うのか。
 新聞を読むたびに、情報を聞くたびに、戦場に立つたびに、アベラは疑問が増すばかりだった。
『白ひげ海賊団、島を占拠』
 ある日の新聞に大々的に載っていたのは、島の入り口に掲げられた白ひげ海賊団の海賊旗。
 この島で何かしようものなら、どうなるか分かってんだろうな?
 記事を見た時、アベラはそんな言葉が聞こえてきた気がしたのだ。
 あの島の人達はどれだけ安心しただろう。それに引き換え、この海賊団が襲った町の人達はどれだけ恐怖で震えただろう。
 アベラの敵は、弱い者を襲う奴。まさに、目の前の男だ。
「お前が俺を倒すって? ……お前、雑魚だろ」
 足元に落ちていた剣を拾い、構える。
「私は雑魚です!」
「素直だなァ、おい」
 素直に言ったからといって、この男が情けをかけるわけではない。非道な人間はどこまでも非道なのだ。
 アベラはそのことを身をもって知っている。
 だから、戦うしかないのだ。
「簡単にはやられません!」
 男の腹目掛けて剣を突き刺そうとしたが、軽々と剣で受け止められた。
 男から距離を取り、降り下ろす。
 受け止められた。
 振り上げて男の剣を弾き飛ばそうとしてみるが、男の剣はビクともしない。
 高い音が何度も繰り返される。
 が、アベラがちょこまかと動いているだけで男は一歩も動いていない。
「芸がなさすぎだろ」
「!!」
 男がひと薙ぎ。
 一際高い音が響き、アベラは受け止めきれずに体ごと吹っ飛んだ。
 アベラが持っていた銃のように、宙を舞い──
 海面に、思い切り背中を打ち付けた。
「…っ!」
 勢いで口を開いてしまった。海水が口の中に入ってくる。
 飲みこむ。
 苦しい。
 腕を大きく広げて空気を求める。
 空気が、どこにもない。
「……」
 苦しい。
 痛い。痛、い。
 く、る、し……。
 アベラ、戦線離脱。


× × ×


「ジョズさんぐらい大きくなるにはどうしたらいいですか?」
「俺?」
「はい」
 ジョズはアベラの真剣な眼差しを真剣に受け止め、真剣に答えようと真剣に考える。
 ジョズの身長は五メートルを超えている。かたやアベラの身長は、ジョズの半分以下、マルコの四分の三がやっとだ。
 今日も元気よくマルコを呼んだアベラを、今は買い出し中だからとジョズが話し相手をしているのだった。大きな船の下で、膝を抱えて二人で座っている。
 なんか微笑ましい、と船橋から船番が見ている。
「どうしてそう思ったんだ?」
「大きいと、小さい人をえいって薙ぎ払えるじゃないですか」
「俺はアベラにそんなことをしたことないが……」
「戦場ではしないんですか?」
「あ、いや……する、な」
「ですよね!」
 アベラは立ちあがると、先の戦いで男がやったように右腕を振り上げ、空気を薙ぎ払ってみせる。
 全身打撲を受けても立ちあがり、やられた場面を事細かく話すアベラを見て、ジョズも立ちあがった。
「俺はこうやる」
 ジョズは振り上げるのではなく、横に大きく振るやり方だった。
「薙ぎ払う方法も色々あるんですね」
「まとまっている敵を一掃できれば、やり方なんて何でもいいんだ」
「けど体が大きくないと、できないですよね…」
 アベラの周りにジョズほどの大きさの人はいないし、戦場で見たことがない。
 今のアベラにとって、″大きな人″のイメージはジョズになる。だからジョズぐらいの大きさになれたら、と本気で思っているのだ。
「ジョズさんぐらい大きくなりたいです!」
「アベラ、あのだな……」
「何を食べてるんですか!?」
「だから、アベラ」
「どうしたらいいんですか!?」
「いや、あの……」
「ジョズさん!」
 ジョズは鼻息荒いアベラの勢いに押されていた。言いたいことがあるのに、だから、その、と後の言葉が続かない。
 ガキには弱いんだよな、と船番は思った。
「……」
「……」
 いつも大事なことを教えてくれるジョズさんなら、絶対に教えてくれる。
 アベラはそんな考えを持っていた。目を輝かせて、さぁ私に大きくなるための方法を!、と訴えかける。
 聞こえてきた心の声に応えられないジョズは、答え方を真剣に考える。ジョズはアベラに対していつも真剣。
 アベラはいつも真っ直ぐ。ジョズはそれを躱すことも跳ね返すこともできない。ジョズも真っ直ぐだからだ。
 ジョズらしいんだが、と船番が成り行きを見守っていると、誰かが帰ってくるのが見えた。その男は、アベラとジョズの方へ向かっている。
「大きくなって薙ぎ払いたいんです!」
「小さくても薙ぎ払えるよい」
「マルコさん!」
 アベラが後ろを見ると、両肩に大きな紙袋を載せたマルコが立っていた。
 やっと戻って来た、とジョズは息を吐く。アベラの瞳は変わらず真剣だが、キラキラが増えていた。
「てか、お前は薙ぎ払う以前の問題だろい」
「ゔ……」
 もっともなご意見だ。アベラは二等兵。初年兵ではないが、初年兵と変わりはない。
「ひよっこはそこら辺走っとけよい」
「ひよっこなのはマルコさんでは!?」
「俺はもうひよっこじゃねェって言ってんだろ!」
「私だって初年兵じゃありません!」
 アベラはマルコの腹に、右拳を入れた。
 次は、左拳。
 両拳を胸の前に置き、その場でステップを踏み、アベラは気合を入れる。
「お前が本気でパンチしても痛くねェ」
「私を甘く見過ぎです!」
 シュ、とアベラの左ジャブが飛ぶ。
「ふんっ!」
 右ストレート。
「ふん、ふん、ふっ、ふっ」
 三回、四回、五回、六、七、八…。
 コンビネーションは続き、マルコは二十回目で数えるのを止めた。
「俺はサンドバッグか?」
「アベラ、そろそろ止めた方が……」
「うおぁぁぁ!!」
「聞いちゃいねェ」
 高速連打。
 マルコとジョズには良く見えるが、アベラは自分の拳が残像になっているように見えた。
 そうして、ひたすら、真剣に繰り返し──
「はぁ、はぁ……」
 根を上げたのは、アベラだった。
 マルコは、肩に載せている紙袋の中の山盛りの食材を一つも落としていない。
「手が痛いです……」
「カチカチの筋肉を殴り続けるからだろ」
 ジョズが不安そうにアベラの手を見る。腫れたように真っ赤だ。
「まだまだ、遠いですね…」
 弱々しい声が、ジョズに届いた。
 手を見ているアベラの表情は俯いているためジョズには分からない。しゃがんでも、アベラの顔を覗き込むことはジョズの大きさを考えたら不可能だ。
 先ほどまであんなに気合いに満ちていたのに。
 ジョズはどう励まそうかと真剣に考える。
 マルコは厨房に荷物を置きに行こうかと、船を見上げていた。そんなマルコを見て、ジョズは小さく息を吐く。
 アベラはお前の背中を追っているのだからもう少し真剣に相手してやれよ。……って今はアベラをどう励ますかを考えなければ。マルコはどうでもいい。
 ジョズはしゃがみ込み、アベラの表情を意地でも見ようと覗き込む。けれど見ることができない。
「……」
 アベラは黙り込んだまま動かない。
「アベラ」
 やはりやる気が折れてしまったのか……。
 こうなったら地面に這いつくばってみるか?、とジョズが大真面目に考えた時、ぱっ、とアベラが顔を上げた。
 その表情を見て、ジョズは目を見開いた。
「私は駄目ですけど、ジョズさんならマルコさんに拳を入れられますよね!」
 耳と目を疑うほどの、輝かしい声と表情だった。
「入れられますよね!」
「……」
 いつもと変わらない、期待に満ちた眼差しがジョズを捉えている。
 ジョズは、アベラの性格を甘くみていた。
 今ぐらいで心が折れるのなら、先の戦いで海兵を辞めているはずだ。それに戦場だけではない、訓練でだって、自分の弱さを突きつけられる場面など幾らでもある。
「……そうだな」
 ジョズはしっかりと頷いた。
 アベラの表情が一層明るくなり、ジョズは眩しさに目を細めた。
「さすがジョズさん!」
 ジョズはマルコの気持ちが良く分かった。
 素直に褒められるのは悪い気がしない。アベラの真っ直ぐさは筋金入りだから、なお気分がいい。
「何言ってんだ。俺はジョズにも動じねェ」
 アベラとジョズが見つめ合っていると、俺は不機嫌です、と言いたげな声がした。
 アベラとジョズは目を瞬きさせ、マルコを見る。
 その表情は、これでもかと不満げだった。
「俺がジョズに拳を入れるんだよい」
「そうなんですか!?」
「体の大きさで強さが決まるなら、俺の懸賞金額はどうなるんだよい」
「確かに!」
 アベラの弾ける瞳がマルコに向けられた。
 マルコさんがジョズさんを吹き飛ばすんですか!? すごい! さすがマルコさん!! 
 相変わらず、マルコを褒めるのはアベラぐらいだ。
 全身に尊敬の眼差しを浴びたマルコは満足気。
 しかし、その気分はすぐに薄れてしまった。
 アベラの瞳に、疑問の色が浮かび上がったからだ。
「どうした?」
「ジョズさんもマルコさんに拳を入れられるんですよね……?」
 アベラはジョズの言葉を真面目に受け取った。
 もちろんマルコの言葉も真面目に受け取った。
 真っ直ぐなアベラだからこそ、ある疑問が浮かび上がってしまった。
「お二人が戦ったら、どっちが強いんですか?」
 少しも曲がっていない眼差しが、マルコとジョズを捉えた。
 どちらが強いか?
 俺とこいつ、どちらが強いか?
「「俺」」
 アベラには、マルコとジョズの間に火花が見えた気がした。
「前回は俺が勝った」
「その前は俺が勝った」
「その前の前は二回連続で俺が勝った」
「その前の前の前の……」
「前よりも今が大事なんじゃないですか?」
 もっともなご意見だ。
 マルコは紙袋を地面に置いた。
 ジョズは二人から離れるように歩き出した。
「紙袋を持って離れろ」
「はい!」
 アベラは素直に紙袋を両腕で抱え、二人から距離を取る。
 食材が落ちて、その度に紙袋を置いて、しゃがんで、食材を紙袋に入れて、また抱えて距離を取る、のを四回も繰り返した。
 その間、マルコとジョズはしっかり待つ。
「これぐらいで大丈夫でしょうかー!?」
「もう少し離れろ!」
「これぐらいですか!?」
「あと二十メートル!」
「分かりました!」
 十分な距離を取ったアベラを確認すると、マルコとジョズは姿勢を低くし、同時に走り出す──
 そして、二人はぶつかり合った。
「おぉ…!!」
 凄まじい衝撃音。
 衝撃波でアベラの体は後ろへよろけ、食材は地面へぶちまけられた。アベラは慌てて辺りを見渡すが、それよりも目の前で繰り広げられる見たこともない戦いが気になってしまう。
 食材を拾いながら、低く大きな音を体で感じながら、二人の戦いを目に焼き付けた。
「おらァ!」
「ぐ……っ!」
 マルコが入れようとした拳をジョズは左手で防ぐ。
 アベラの体の奥底まで響いたマルコの攻撃は、軽い筈がない。
 なのにジョズは左手だけで受け止めた。その体は少しも動いていない。
「パワーなら俺が上だ!」
 距離を取ったマルコの腹に向けて、ジョズの右拳が入る。
 地響きでも起こったかのようなジョズの攻撃に、アベラはマルコが吹っ飛んでしまうのではないかと思った。
「舐めんな!」
 だが、マルコはそれを両手で受け止め、微動だにしていなかった。
「すごいすごい!」
 アベラの脳内に、次々とイメージが出来上がっていった。
 マルコの空へと突き上げる攻撃。ジョズの地面へと打ち付ける攻撃。
「こう、こうっ!」
 アベラは同じように体を動かした。
 マルコがジョズの攻撃を躱すために後ろへ飛べばアベラも飛び、せっかく紙袋に納めた食材がまたぶちまけられる。
 お互い引かない戦いを一瞬でも見逃したくない。けれど、食材は大切。
 アベラは食材を拾いながら、マルコとジョズの真似をして、せわしなく動き回る。
 今度はぶちまけないように、と紙袋を遠くに置いた。
「お嬢さん、クッキー食いながら観戦しよう」
「イゾウさん!」
 戦いに釘付けで誰かが来ているのに気づかなかった。
 イゾウはクッキーの皿とテーブルを持っていて、もう一人の、アベラが見たことない、ドレッドヘアーの男はイスを三脚持っていた。
「ラクヨウだ」
「アベラです! よろしくお願いします!」
 アベラは、ビシッと綺麗な敬礼で挨拶。
 ラクヨウは二回ほど瞬きし、これが例の…、と苦笑い。敬礼を受ける経験など、アベラに出会わなければなかっただろう。
「お二人ともすごいですね! こうで、こう!」
「お嬢さんは見るの初めてか」
 マルコに助けられた時、マルコは一発で船長を倒してしまったのだ。だから、マルコの戦いを見るのは今日が初めて。アベラが興奮しない方がおかしいというもの。
「嬢ちゃん、クッキー食わねェのか?」
「右ストレート!」
「嬢ちゃん、俺が食っちまうぞ」
「キーック!」
「……楽しそうだな」
「地面を裂くようなパーンチ!」
「なんか塩辛いクッキーだな」
「これは酸っぱいクッキーだ」
 いけいけ!、とイスに座らずに全身で試合を観戦するアベラを横目に、イゾウとラクヨウはぼりぼりとクッキーを減らしていく。
 シチュー嬢ちゃんのために作ったのに!、と四番隊の声が聞こえてきそうだが、アベラはクッキーよりもイメージを体に入れる方が先だ。
「終わりだよい!」
「ぐぅ…!」
「わーー!!」
 マルコの拳が、ジョズの顎に綺麗に入った。
 ジョズは宙を舞い、背中から地面へダイブ。
「今日はマルコだったか……」
「ラクヨウ、一万ベリー」
「チッ……」
 勝負事が始まると賭け事をしたくなるのが海賊というもの。
 甲板でも同じように一万ベリー、二万ベリーと札が行き交っている。
 アベラは、汗だくだった。
「はぁ、暑いですね!」
「飲みもんがいるか」
「負けたラクヨウが取りに行ってくれるそうだ」
「ありがとうございます!」
「言ってねェだろ」
 と言いながら取りに戻るラクヨウにアベラは感謝の敬礼をして、イゾウに今の戦いの事細かい解説を始めた。
 イゾウはもちろん見ていたし、今のような光景は白ひげ海賊団では珍しいものではない。
 けれどこうしてイメージを確実に体に覚えさせるのは大事だろう、とイゾウは名解説をするアベラに口を挟むことはしなかった。
「クッキーじゃ腹は膨れねェよい」
「アベラ、どうして汗まみれなんだ」
「マルコさん!」
「?」
 最後のマルコの攻撃を真似終えたアベラは、クッキーを食べようとしているマルコの前に立つ。
 そして、両拳を胸の前に置き、姿勢を低くした。
 イメージは完璧。今なら、拳を入れることができる!
 アベラは何故か、そう思った。
 今のアベラは、マルコにも、ジョズにだってなれる気がしているのだ。
「お嬢さんがマルコに一発入れるのに一万ベリー」
「俺もアベラに一万ベリー」
「お! 取り返すチャンスか!」
 戻ってきたラクヨウが、マルコに一万ベリー、と言おうとしたが、イゾウとジョズから非難の視線を浴び、「嬢ちゃんに一万ベリー」、と言い直した。
 マルコは、サンドバッグになった時よりも、本当に、僅かだけ、アベラの鋭い空気を感じて真面目な顔で向かい合った。
「かかってこい」
「いきます!」
 右手肘を後ろへ引き──
「ふんっっ!」
 マルコやジョズがさせたような重く低い音、には程遠い、軽くて飛ばされそうな音が三人の耳に届く。
 アベラの表情が次第に崩れていき、口がへの字に曲がっていった。
「痛いぃ……!!」
「「「「ははは!!」」」」
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