わたしが手を伸ばしたシナリオ
外から悲鳴が聞こえ顔を上げると、玄関に三人の男が立っていた。店でもないただの民家に、大柄の男が三人。一人が持つ剣からは鮮やかな赤い何かが滴っていて、玄関の床に小さな赤い水たまりを作り始めている。
「いい匂いがするなァ」
そう言った一番大柄な男の後ろ、扉の向こうに、何人もの人が横たわっているのが見えた。
「本当ですぜ、キャプテン!」
「腹減りましたね!」
ここは食堂じゃない。大好きな母の料理を待ちながら隣のおじさんから貰った三日前の新聞を読んでいた彼女はそう言いたかったが、声が出なかった。
「客人が来たってのに何突っ立ってんだ…?」
キャプテンと呼ばれる男が低い声を出し、家の中へ入って来る。彼女が新聞を持ったまま潜むように様子を眺めていると、男はキッチンに立つ母のそばで立ち止まった。
そして男は剣を振り上げると、小さな家の中で思い切り振り回す。
「金目のものを出せ!」
「キャァァ!」
シチューの鍋が床へと落ちてしまった。陶器の鍋は割れ、シチューは飛び散り、テーブルに並べられた食器も落ちて、部屋は一瞬で汚れてしまう。
「さっさと出せ!」
せっかく私が掃除したのに、と母に抱きしめられた彼女は男達を見た。
彼女の母は腕も声も震えているのに、それでも娘を守ろうと抱きしめる力を強めながら声を張り上げて抵抗する。
「出て行ってください!」
「殺されてェみたいだな!?」
ヒュ、と空気を斬る音がして、赤い液体が彼女の服に飛び移る。
「どうなるか思い知らさねェとな」
剣が彼女のすぐ横にあった。
彼女が少しでもずれていたら、と恐怖を感じた瞬間、母の温もりがなくなっていることに気がつく。
母は男に首を掴まれ宙に浮いていた。
「お母さん!!」
苦しそうな母を見て彼女はようやく声が出たが、その声に反応する者はいない。
「や、やめ…」
「お母さん!お母さん!」
足を大きく動かし、必死に男の手から逃れようとする母の抵抗は全く効いていない。
彼女は苦しむ母を見て、男の足に向けて拳を入れた。
「お母さんに何するの!出て行って!!」
彼女は精一杯の力で男の足を叩きつづける。その力は子ども相手であれば、街の大人相手であれば、痛みを与えられたかもしれない。
だが今の相手は、最悪なことに海賊だ。
「うるせぇな!」
「が…っ!」
「アベラ!!」
包丁で指を切ったとか、転んで膝を擦りむいたとか、両親に𠮟られて頭を叩かれたとか、そんな痛みは大したことなかったのだと、彼女、アベラは思った。
アベラは何が起こったのか分からなかった。内臓が搔き混ぜられたかのような痛みと共に、透明な液体が口から飛び出していた。腹にめり込んだ男の蹴りによって体は飛ばされ、背中を壁に強く打ち付けられる。
「客人にその口のきき方はなんだァ!?」
アベラは体を起こすことができなかった。
「ぁ…」
一体、私達が何をしたというのだろう。
今日もお母さんの手伝いをした。近所のおばあちゃんの話し相手をした。畑を見に行った。
友だちとおしゃべりをして、いつもと変わらない日だったはず。
「この街の奴らは礼儀がなってねェな!」
アベラはぼんやりと男を見る。瞳から涙が溢れてきてよく見えないが、怒り狂っていることは声だけで分かった。
「っ…、っ」
お金なんてない。シチューの材料とパンを買ったから、お金はないの。
きっとそう言っても、彼らは帰ってくれない。
アベラは初めて海賊を見たが、先ほどまで読んでいた新聞に海賊の記事が載っていたからどんな奴らなのかを知っていた。
『海賊、街を襲う』
あの記事と同じことがこの街で起こっている。アベラは、読んでいた記事の結末を思い出し、床に涙の水たまりを作っていた。
「仕方ねェ。金がないならこいつを売り飛ばすだけだ」
「やめてください!娘だけは…!」
足音が近づいてくる。
アベラは体を動かしたり叫びたかったのに、何一つできなかった。
「アベラ!逃げて!」
他の男に抑えられている母の叫び声が聞こえてくる。
「大した額にはならねェだろうが、欲しがる奴はいるだろうよ」
「……」
「弱い奴は生きる価値すらねェのさ」
私はこれからどうなっちゃうのかな、とアベラが目の前の靴を眺めていると──、声がした。
「礼儀がなってねェのはテメェだろい」
知らない人の声、と思った瞬間、アベラの目の前にいた男が消えた。アベラの視界はまだぼやけているからはっきりとは見えない。だが何故か、恐怖が和らいでいく。
「背中を打ったのか。痛かったろ…」
気遣うような声。アベラが、近所にこんな声のお兄さんいたかな…、と全く働いていない頭で考えていると、「もう痛くないよい」、と男が喋った。その声の通り、痛みが和らぎ、アベラはほっと息を吐く。
何だろう。すごく、安心する。
「てめェ!!」
「ひっ」
アベラは体を強張らせた。
先ほどされたことが蘇る。
また蹴られる。また、痛い思いをする。
何もしてなくても、海賊は私達を痛めつける。
再び近づいてくる足音に怯えるアベラは、震える体を自分ではどうすることもできない。
「大丈夫だよい」
ぽん、とアベラの頭に何かが乗った。
そしてその温もりに、アベラの体は落ち着きを取り戻す。
「な?」
「……」
アベラの瞳が男を捉え、不思議に思う。
どうして同じ″知らない人″なのに、この人の声は怖くないのだろう。
「起き上がらない方が身のためだったな」
「あぁ!?」
「ちぃとばかし大きな音がするが、我慢できるかよい?」
アベラは素直に頷いた。
すると、男は再びアベラの頭を撫で、笑った。
「なんも、怖くないからな」
アベラはまた、不思議に思う。
どうして笑っていられるのだろう。
どうしてその笑顔で、私は安心しているのだろう。
「この島から出て行ってもらおうか」
彼女は、男の背中を見る。
「……」
どうしたら、そんな風になれるのだろう。
大きな背中を見ながら、アベラはぼんやりとそう思った。
× × ×
「不死鳥のマルコさーーん!」
とある島の海岸、泣く子も黙る白い鯨のような船の下で誰かが叫んでいた。
今日も平和だなァと船番をしていた男達が、敵襲か!?、と慌てて剣や銃を持って船縁に走り寄り、下を覗き込む。
「不死鳥の、マルコさーん!」
叫んでいたのは丸腰の少女だった。男達は構えていた武器を下ろし、なんだなんだと少女を見る。
「いらっしゃいませんかー!」
見たところ、十代半ば。小柄な体型だが活気に溢れている少女。
なんだ?マルコに用があるみたいだが。
マルコは船にいるか?、と男達が話していると、船の中から一人の男が出てきた。
「どうしたよい?」
「おーマルコ」
「…何してんだ?」
武器を持ってはいるものの何故か下ろしている船番達にマルコは怪訝な表情になる。敵襲ではないが困った状況なのを読み取り船番達に説明を求めると、説明にならない応えが返ってきた。
「お前、歳下の子をいつのまに…」
「何言ってんだよい?」
誰かいるのか?、とマルコが男達と同じように船の下を見ると、少女の表情が一段と明るくなった。
これはデキてる、と男達の誰もが思った。
「マルコさん!!」
「お前さんは…あぁ、シチューの」
マルコは船縁に足をかけると、軽々と地面へ降り立った。少女は目を輝かせてマルコに駆け寄り、お久しぶりです!、とマルコの手を両手で掴み、ぶんぶんと上下に振る。マルコはされるがまま、嬉しそうな少女に久しぶりだな、と応えた。
「この島に移ったのか?」
「いえ、マルコさんがここにいるだろうと思って会いに来ました!」
「よくここだと分かったな」
「新聞や噂で分かりますよ!」
「母親はどうしてる?」
「今も元気です!」
そうかそうか、と笑うマルコは、どう見ても子どもを相手にしている時と同じ。
マルコの女じゃないのか、と男達はつまらなそうな表情になった。
「あの嬢ちゃんはどこでマルコと知り合ったんだ?」
「シチューっていやァ…。前にマルコが偵察しに行った島で海賊が暴れてた時か?」
「あぁ。マルコ一人で片づけて戻ってきたやつか」
「あれからマルコはシチューにうるさくなったな」
「ひよっこマルコにやられる程度の力で街を襲うとは、馬鹿共だな」
「俺はもうひよっこじゃねェよい!」
先日、マルコの懸賞金が二億となり宴をしたばかりだが、見習い時代から知っている者は、ひよっこマルコが抜けきらない。マルコにとっては不満以外の何者でもなかった。
今に見てろよ。俺は十億超えして隊長になってやる…!、と船縁に睨みを利かすが、誰にも効いていない。
「それでですね。今日はマルコさんに伝えたいことがありまして」
「…ん?」
伝えたいこと?、と全員が首を傾げて少女の言葉を待っていると、少女は徐に姿勢を正し、こう言った。
「私アベラ、マルコさんに憧れて、海軍に入りました!!」
「「「「なんでだよ!!」」」」
アベラは右肘を体の真横で地面に対して平行にし、右手をこめかみに当てた。
これは、相手への敬意を示す行為。
マルコは受けたことのない行為に呆気にとられ、えーっと…、よい…、と応えにならない声しか出ず、代わりに船縁から盛大なツッコミが降ってくる。
海軍!? マルコに憧れて、海軍!? 何がどうなったら海軍!? 海軍! 海軍!
海賊船でこれほど海軍を連呼することがあるだろうか。仲間が見たら、海軍が襲ってきたと思われても仕方がないほどだ。
「かいぐん…、カイグン」
マルコはまだ理解ができていなかった。
「私は──」
そんな二つの反応を全く気にせず、アベラはさらにもう一つ、ある宣言を畳み掛けた。
「強くなってみせますから!」
その瞳は、熱意に燃えていた。
「……」
あの時くれた温かさを、今度は誰かに渡したい。
アベラは、その思いを叶えるために踏み出したのだ。
「あの、よい」
マルコはようやく理解した。
「…なんで海軍なんだ?」
「海軍の方が、色んな人を助けられると思いまして!」
「規律ばかりだぞ?」
「分かってます。けど、決めたんです!」
全く揺れないアベラの瞳を、マルコはじっと見つめ返す。
「……ふ」
船縁からアベラを止める声が聞こえてくる。勧誘する声が聞こえてくる。
だがマルコはその声達に便乗することはなく、口元を上げ、クク、と愉快そうに笑った。
「俺は、とんでもねェ奴を生み出しちまったのかもなァ」
「いい匂いがするなァ」
そう言った一番大柄な男の後ろ、扉の向こうに、何人もの人が横たわっているのが見えた。
「本当ですぜ、キャプテン!」
「腹減りましたね!」
ここは食堂じゃない。大好きな母の料理を待ちながら隣のおじさんから貰った三日前の新聞を読んでいた彼女はそう言いたかったが、声が出なかった。
「客人が来たってのに何突っ立ってんだ…?」
キャプテンと呼ばれる男が低い声を出し、家の中へ入って来る。彼女が新聞を持ったまま潜むように様子を眺めていると、男はキッチンに立つ母のそばで立ち止まった。
そして男は剣を振り上げると、小さな家の中で思い切り振り回す。
「金目のものを出せ!」
「キャァァ!」
シチューの鍋が床へと落ちてしまった。陶器の鍋は割れ、シチューは飛び散り、テーブルに並べられた食器も落ちて、部屋は一瞬で汚れてしまう。
「さっさと出せ!」
せっかく私が掃除したのに、と母に抱きしめられた彼女は男達を見た。
彼女の母は腕も声も震えているのに、それでも娘を守ろうと抱きしめる力を強めながら声を張り上げて抵抗する。
「出て行ってください!」
「殺されてェみたいだな!?」
ヒュ、と空気を斬る音がして、赤い液体が彼女の服に飛び移る。
「どうなるか思い知らさねェとな」
剣が彼女のすぐ横にあった。
彼女が少しでもずれていたら、と恐怖を感じた瞬間、母の温もりがなくなっていることに気がつく。
母は男に首を掴まれ宙に浮いていた。
「お母さん!!」
苦しそうな母を見て彼女はようやく声が出たが、その声に反応する者はいない。
「や、やめ…」
「お母さん!お母さん!」
足を大きく動かし、必死に男の手から逃れようとする母の抵抗は全く効いていない。
彼女は苦しむ母を見て、男の足に向けて拳を入れた。
「お母さんに何するの!出て行って!!」
彼女は精一杯の力で男の足を叩きつづける。その力は子ども相手であれば、街の大人相手であれば、痛みを与えられたかもしれない。
だが今の相手は、最悪なことに海賊だ。
「うるせぇな!」
「が…っ!」
「アベラ!!」
包丁で指を切ったとか、転んで膝を擦りむいたとか、両親に𠮟られて頭を叩かれたとか、そんな痛みは大したことなかったのだと、彼女、アベラは思った。
アベラは何が起こったのか分からなかった。内臓が搔き混ぜられたかのような痛みと共に、透明な液体が口から飛び出していた。腹にめり込んだ男の蹴りによって体は飛ばされ、背中を壁に強く打ち付けられる。
「客人にその口のきき方はなんだァ!?」
アベラは体を起こすことができなかった。
「ぁ…」
一体、私達が何をしたというのだろう。
今日もお母さんの手伝いをした。近所のおばあちゃんの話し相手をした。畑を見に行った。
友だちとおしゃべりをして、いつもと変わらない日だったはず。
「この街の奴らは礼儀がなってねェな!」
アベラはぼんやりと男を見る。瞳から涙が溢れてきてよく見えないが、怒り狂っていることは声だけで分かった。
「っ…、っ」
お金なんてない。シチューの材料とパンを買ったから、お金はないの。
きっとそう言っても、彼らは帰ってくれない。
アベラは初めて海賊を見たが、先ほどまで読んでいた新聞に海賊の記事が載っていたからどんな奴らなのかを知っていた。
『海賊、街を襲う』
あの記事と同じことがこの街で起こっている。アベラは、読んでいた記事の結末を思い出し、床に涙の水たまりを作っていた。
「仕方ねェ。金がないならこいつを売り飛ばすだけだ」
「やめてください!娘だけは…!」
足音が近づいてくる。
アベラは体を動かしたり叫びたかったのに、何一つできなかった。
「アベラ!逃げて!」
他の男に抑えられている母の叫び声が聞こえてくる。
「大した額にはならねェだろうが、欲しがる奴はいるだろうよ」
「……」
「弱い奴は生きる価値すらねェのさ」
私はこれからどうなっちゃうのかな、とアベラが目の前の靴を眺めていると──、声がした。
「礼儀がなってねェのはテメェだろい」
知らない人の声、と思った瞬間、アベラの目の前にいた男が消えた。アベラの視界はまだぼやけているからはっきりとは見えない。だが何故か、恐怖が和らいでいく。
「背中を打ったのか。痛かったろ…」
気遣うような声。アベラが、近所にこんな声のお兄さんいたかな…、と全く働いていない頭で考えていると、「もう痛くないよい」、と男が喋った。その声の通り、痛みが和らぎ、アベラはほっと息を吐く。
何だろう。すごく、安心する。
「てめェ!!」
「ひっ」
アベラは体を強張らせた。
先ほどされたことが蘇る。
また蹴られる。また、痛い思いをする。
何もしてなくても、海賊は私達を痛めつける。
再び近づいてくる足音に怯えるアベラは、震える体を自分ではどうすることもできない。
「大丈夫だよい」
ぽん、とアベラの頭に何かが乗った。
そしてその温もりに、アベラの体は落ち着きを取り戻す。
「な?」
「……」
アベラの瞳が男を捉え、不思議に思う。
どうして同じ″知らない人″なのに、この人の声は怖くないのだろう。
「起き上がらない方が身のためだったな」
「あぁ!?」
「ちぃとばかし大きな音がするが、我慢できるかよい?」
アベラは素直に頷いた。
すると、男は再びアベラの頭を撫で、笑った。
「なんも、怖くないからな」
アベラはまた、不思議に思う。
どうして笑っていられるのだろう。
どうしてその笑顔で、私は安心しているのだろう。
「この島から出て行ってもらおうか」
彼女は、男の背中を見る。
「……」
どうしたら、そんな風になれるのだろう。
大きな背中を見ながら、アベラはぼんやりとそう思った。
× × ×
「不死鳥のマルコさーーん!」
とある島の海岸、泣く子も黙る白い鯨のような船の下で誰かが叫んでいた。
今日も平和だなァと船番をしていた男達が、敵襲か!?、と慌てて剣や銃を持って船縁に走り寄り、下を覗き込む。
「不死鳥の、マルコさーん!」
叫んでいたのは丸腰の少女だった。男達は構えていた武器を下ろし、なんだなんだと少女を見る。
「いらっしゃいませんかー!」
見たところ、十代半ば。小柄な体型だが活気に溢れている少女。
なんだ?マルコに用があるみたいだが。
マルコは船にいるか?、と男達が話していると、船の中から一人の男が出てきた。
「どうしたよい?」
「おーマルコ」
「…何してんだ?」
武器を持ってはいるものの何故か下ろしている船番達にマルコは怪訝な表情になる。敵襲ではないが困った状況なのを読み取り船番達に説明を求めると、説明にならない応えが返ってきた。
「お前、歳下の子をいつのまに…」
「何言ってんだよい?」
誰かいるのか?、とマルコが男達と同じように船の下を見ると、少女の表情が一段と明るくなった。
これはデキてる、と男達の誰もが思った。
「マルコさん!!」
「お前さんは…あぁ、シチューの」
マルコは船縁に足をかけると、軽々と地面へ降り立った。少女は目を輝かせてマルコに駆け寄り、お久しぶりです!、とマルコの手を両手で掴み、ぶんぶんと上下に振る。マルコはされるがまま、嬉しそうな少女に久しぶりだな、と応えた。
「この島に移ったのか?」
「いえ、マルコさんがここにいるだろうと思って会いに来ました!」
「よくここだと分かったな」
「新聞や噂で分かりますよ!」
「母親はどうしてる?」
「今も元気です!」
そうかそうか、と笑うマルコは、どう見ても子どもを相手にしている時と同じ。
マルコの女じゃないのか、と男達はつまらなそうな表情になった。
「あの嬢ちゃんはどこでマルコと知り合ったんだ?」
「シチューっていやァ…。前にマルコが偵察しに行った島で海賊が暴れてた時か?」
「あぁ。マルコ一人で片づけて戻ってきたやつか」
「あれからマルコはシチューにうるさくなったな」
「ひよっこマルコにやられる程度の力で街を襲うとは、馬鹿共だな」
「俺はもうひよっこじゃねェよい!」
先日、マルコの懸賞金が二億となり宴をしたばかりだが、見習い時代から知っている者は、ひよっこマルコが抜けきらない。マルコにとっては不満以外の何者でもなかった。
今に見てろよ。俺は十億超えして隊長になってやる…!、と船縁に睨みを利かすが、誰にも効いていない。
「それでですね。今日はマルコさんに伝えたいことがありまして」
「…ん?」
伝えたいこと?、と全員が首を傾げて少女の言葉を待っていると、少女は徐に姿勢を正し、こう言った。
「私アベラ、マルコさんに憧れて、海軍に入りました!!」
「「「「なんでだよ!!」」」」
アベラは右肘を体の真横で地面に対して平行にし、右手をこめかみに当てた。
これは、相手への敬意を示す行為。
マルコは受けたことのない行為に呆気にとられ、えーっと…、よい…、と応えにならない声しか出ず、代わりに船縁から盛大なツッコミが降ってくる。
海軍!? マルコに憧れて、海軍!? 何がどうなったら海軍!? 海軍! 海軍!
海賊船でこれほど海軍を連呼することがあるだろうか。仲間が見たら、海軍が襲ってきたと思われても仕方がないほどだ。
「かいぐん…、カイグン」
マルコはまだ理解ができていなかった。
「私は──」
そんな二つの反応を全く気にせず、アベラはさらにもう一つ、ある宣言を畳み掛けた。
「強くなってみせますから!」
その瞳は、熱意に燃えていた。
「……」
あの時くれた温かさを、今度は誰かに渡したい。
アベラは、その思いを叶えるために踏み出したのだ。
「あの、よい」
マルコはようやく理解した。
「…なんで海軍なんだ?」
「海軍の方が、色んな人を助けられると思いまして!」
「規律ばかりだぞ?」
「分かってます。けど、決めたんです!」
全く揺れないアベラの瞳を、マルコはじっと見つめ返す。
「……ふ」
船縁からアベラを止める声が聞こえてくる。勧誘する声が聞こえてくる。
だがマルコはその声達に便乗することはなく、口元を上げ、クク、と愉快そうに笑った。
「俺は、とんでもねェ奴を生み出しちまったのかもなァ」
1/1ページ