パイナップルからはじまる恋

『キウイは皮ごと食べられるのか?』
「……キウイ、ですか?」
『よい』

ベッドに横になり、枕元にあるスマホのスピーカーから聞こえたその質問が唐突すぎて反応が遅れてしまった。
マルコさんは火曜日に電話をくれた。今週も先週こなせなかった仕事をする為に忙しくて、二十二時ぐらいに電話くれたけど出られなかった。帰ってメッセージを見ると"寝る前に電話"と残されていたので深夜になってしまったけど電話をしてみたらマルコさんはすぐに出てくれて、体調は大丈夫か、ご飯は食べたのか、お風呂は入ったのかと心配させてしまい申し訳なくなる。

「ごめんなさい。ちゃんとメッセージ返すので早く休んでください…」
『打つより声出した方が手っ取り早いだろい?そのまま寝落ちしてくれていいし、返事もあーとかうーでいい』
「…ふふ、あーとかうーでいいんですか?」
『いいよい』
「うー」
『くく』

五分ぐらいの電話だったけどマルコさんの声が心地よくてそのまま寝落ちしてしまい、気づいたら朝。それが翌日も続いて、次の日に冒頭の質問をされる。
どうやら今日、店に行ってくれたマルコさんは両親から偶には違うものを食べてみては、と色んなフルーツを渡されたそう。何を貰ったのか尋ねると、リンゴ、バナナ、キウイ、オレンジだと教えてくれた。バナナは包丁を使わなくても皮がむけるし、他のフルーツも皮ごと食べようと思えば食べられる。パイナップルを丸かじりするマルコさんだから、キウイも丸かじりできると分かれば躊躇いもなく食べるに違いない。

「せっかくだから、違う食べ方してもいいかもしれないです」
『俺はかじることしかできん』
「私が作ってもいいですか?お家にあのお皿ありますか?」
『どんな皿だ?』

こんな皿だと伝えたところ、マルコさんの家にはないようで日曜日に買いに行こうと話になり、日曜日の楽しみが増えて残り一日をやりきった。

◇ ◇ ◇

日曜日。マルコさんが迎えに来てくれて、ちょっと遠くのショッピングモールに行き、生活雑貨店で目的の皿をいくつか見つけた。どれがいいか手にとって見比べるマルコさんを眺めていると、私の方を見て大きさはこれくらいかと皿を差し出される。

「これくらいの大きさで大丈夫です」
「なら、これを二つ」
「え?」
「え?」

見つめ合ったままお互い固まってしまい、近くにいた人が不思議そうな顔で私達を見た。数秒なのか数十秒なのか、はたまた数分なのか。しばらく私達の間の時は止まっていたけど、喧嘩?とひそひそ声が聞こえてきて、私は慌てて皿は一つでいいとマルコさんに伝える。

「二つもいりませんよ。一人分なんですから」
「いや、お前さんも食べるだろい?だから二つ」
「二つあっても困りませんか?少し貰うので大丈夫ですよ」
「困らないから買う」

マルコさんは楕円形の少し深めの皿を二つと泡立て器を持ちレジへ向かって行った。
マルコさんの家には元々、最低限の食器しかなかった。コーヒーカップと箸とスプーンとフォークと数枚の皿だけ。でも、すぐに茶碗やお椀、色んな大きさの皿が棚に置かれていて、マルコさんに聞いたら必要だろうと買っていたのだ。食器以外にも炊飯器や米びつは勿論、調理器具もどんどん増えていき、マルコさんの家の台所は料理する人の台所になっていた。

「怠くねぇかい?」
「はい。昨日、たくさん寝ました」
「…」
「?」

皿を買い、フードコートでご飯を食べるため向かっているとマルコさんに体調を心配されてしまった。先週は間違えて酒を飲んでしまったからあんなことになったけど、酒が入ってなければあそこまで酷いことにはならない。
大丈夫だとマルコさんを見れば、じっと見つめ返され、すり、と目元を撫でられた。あまりにも優しい撫で方だったから、撫でられたのだと気づいたのはマルコさんが「ならいい」と声を出してからだった。

「明日からは落ち着きそうか?」
「はい。少し落ち着きます」
「ん」
「マルコさんは来週忙しいんですよね?生存確認の電話もメッセージもなくて大丈夫ですよ」
「…生存確認?」

私の多忙さに体調を心配して、倒れていないかの確認の電話だったのだから明日からは大丈夫。
そう伝えればマルコさんはぽかん、と私を見て、すぐに視線を彷徨わせた。

「いや、まぁ、その為でもあったが…」
「?」
「俺の為でもあるから何日かおきに電話してもいいかよい?」
「?」
「電話、してもいいか?」
「はい。あ、私からしましょうか?何時がいいとかありますか?」

マルコさんの為とはどういうことだろう?
理由は分からないけど、今週はマルコさんの電話のおかげで仕事を頑張れたからお返しに私からしたくて提案すれば、またマルコさんはぽかん、と私を見た。けど、すぐに嬉しそうに笑ってくれて、私から電話をかけることに。

「いつもは何時に寝る?」
「十一時前には寝ちゃいます」
「んじゃあ、十時半」

毎日がよければ毎日するけど、マルコさんから毎日は大変だろうから月、水、金でとお願いされた。
フードコートに着いて何を食べようかねい、と店を見渡すマルコさんに着いて行く。するとマルコさんは何故か二人掛けテーブルではなく、カウンターテーブルに荷物を置いた。
人は多いけど、まだ空席もあるのにどうしてカウンターテーブル?

「マルコさん、あそことか空いてますよ」
「ん」
「…ここがいいんですか?」
「ん」

前に気づいたことだけど、こういう時の"ん"しか言わないマルコさんは頑なだ。まぁ、マルコさんがここが良いならいいかと深くは尋ねなかった。
二千円を差し出すマルコさんにお金を返し、先に私が買いに行く。フードコートは先月に友だちとアウトレットに行った時以来で、あまり食べないハンバーガーを買って戻れば、交代でマルコさんが買いに行き、パスタを持って戻って来た。

「「いただきます」」

偶に食べるジャンクフードはどうしてこんなに美味しいのだろう。毎日食べると体に良くないけど、毎日食べたくなるほど病みつきになる。美味しいなぁと黙々と食べているとタルタルソースが溢れてきて、バーガー袋から落ちそうになり慌てていると視線を感じた。
横を向けば、マルコさんが頬杖をついて私を見ている。

「マルコさん、あの」
「ん?」
「そ、そんなに見られると…」

…食べずらい。
マルコさんは体を半分ほど私の方に向けて、何故かすごく嬉しそうな顔をしている。

「あの、マルコさんも食べてください」
「もう食った」
「は、早い…」

手持ち無沙汰だから私を観察しているのかな。
早く食べ終わらないと、と口を大きく開けてかぶりつき、必死に口を動かしていると、くく、とマルコさんが笑う。面白いものがあったのかと、口を動かしながら首を傾げればマルコさんの腕が私の方へ伸びてきた。

「ゆっくりでいい。時間はあるからよい」

マルコさんは頬を撫でてきたかと思えば、口元を指で拭ってきて、指についたタルタルソースをぺろ、と舐めた。

「ん、ソース美味い」

先週のことがあってから、マルコさんは私の頬や頭を撫でるようになった。先週の日曜日も迎えに来てくれたマルコさんにおはよう、と頬を撫でられ、料理している時も偶に呼ばれて見上げればマルコさんが嬉しそうに頭を撫でた。ご飯を食べる時も今日のように横並びで座りたがって、その時のマルコさんの表情は本当に柔らかくて、私もつられて笑ったらマルコさんに頬を撫でられた。
どうして撫でたがるのかは分からないけど、マルコさんが楽しそうで嬉しそうで、可愛いから良い。今も体を全て私の方に向けたマルコさんがまた頬をすりすり撫でてくるのでされるがまま。

「マルコさん」
「ん?」
「ポテト、少し食べませんか?」
「もういいのかよい?やっぱり体調が…」
「体調は悪くないです。昨日の夜、お腹が空きすぎてたくさん食べちゃって…それに、この後のお腹も空けておきたいので」
「なら、手伝おうかねい」

必要な食材を買ってマルコさんの家に行くと、台所にはパイナップル以外のフルーツが本当に置かれていた。マルコさんはパイナップルを丸かじりしそうになったけど今から作るものの偶に我慢したようで、自分と戦っていたと話すマルコさんの顔が真剣で可笑しくて笑ってしまう。

「バナナの皮、むいてもらってもいいですか?」
「よい」

隣に立つマルコさんにバナナの皮をむいてもらい、卵黄を入れたボールと泡立て器を渡して混ぜてもらった。その後、別のボールに生クリームを入れて泡立ててもらおうとしたら、マルコさんは不思議そうな顔をこちらに向ける。

「この液体が、生クリーム?」
「はい、カシャカシャ混ぜるとちゃんと生クリームになりますよ。でも今日は六分立てぐらいにしたいので、マルコさんがよく見る生クリームにはならないです」
「??」

何を言っているのか分からないみたいで、首をこれでもかと傾げるパイナップルおじさん。
空気を入れるような混ぜ方を教えれば、マルコさんはすごくぎこちなかったけど泡立ててくれた。そこに混ぜた卵黄を入れてさらに混ぜてもらう。
それからオーブンを予熱するために設定をして、フライパンを出しフルーツを炒めようとしたけど、ある皿を見て私はマルコさんをじと、と見つめるしかなかった。そんな私を見てマルコさんはさっと視線を逸らす。

「…マルコさん」
「食ってねぇ」
「…本当は?」
「ゔ……す、すまん」

皿にある切ったフルーツを見れば、明らかにパイナップルが減っていた。というか、残り一つ。美味そうで…としゅんとするマルコさんのパイナップル好きには困ったものだけど、可愛いから許してあげよう。
パイナップルを少し切り、リンゴとパイナップルとバナナを炒めて、マルコさんに皿にフルーツと生クリームを入れてもらってオーブンへ。

「オーブン機能なんて使ったことねぇ」
「こんなにいい物を持ってるのに」
「温めしかしないからねい。お前さん、良かったな」

オーブンレンジをぽんと叩いたマルコさん。高機能のオーブンレンジを持っているのに使っていた機能は温めだけなんて、これからたくさん使ってあげようと心の中でオーブンレンジに声をかけた。
焼き上がるのを待っている間、私は夜ご飯とお弁当のおかずを作り、マルコさんは物珍しそうにオーブンレンジに齧り付いていた。そして出来上がると、なんとマルコさんが躊躇いもなく素手で皿を持とうとするので慌てて止める羽目に。熱いから火傷すると手を掴めば、きょとん、と私を見てそんなに熱いのかと驚いていた。温め機能しか使わないから触っても問題ないと思ったらしい。

「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」

作ったのはフルーツグラタン。
気に入ってくれるかな、とドキドキしながら横からマルコさんのもぐもぐ食べる姿を眺めていたけど、三口食べても感想がない。マルコさんの初めての反応に不安になり、味を確かめるため食べようとすればマルコさんがもぐもぐしながら私の方を見て、ん、とフォークで少しすくって私の口元に運んできた。

「美味しくないですか?」
「ん」
「あの、私の分もありますよ…?」
「ん」

"ん"しか言わなくなってしまったマルコさんから一口もらい口を動かしていると、ようやくマルコさんが美味いと感想を言ってくれた。

「本当ですか?無理して食べなくても大丈夫ですよ」
「無理してねぇ。ただ、初めて食べるから新鮮で…あ、」

マルコさんはスマホを持ち、サッチさんに送ろうとフルーツグラタンの写真を撮った。そう言えば、サッチさんにマルコさんが少し料理ができるようになった証拠を送っていない。

「後でお米炊く動画撮りましょう。さっきも生クリーム泡立てるの撮ればよかったですね」
「また来週動画撮る。俺にも手伝える料理作ってくれるか?」
「はい。来週は何を食べましょうか?」

フルーツグラタンを食べながら、もう来週のご飯の話をしている。マルコさんも楽しみだと言ってくれるので来週が待ち遠しくなってしまった。
フルーツグラタンを完食して、そのままのんびり話をしていたら日が隠れ始めた。そろそろお暇もしたかったから動画を撮ろうと提案すればマルコさんはよし、と意気込む。スマホ画面の赤いボタンを押し、マルコさんの手元が画面に入るように動かして、内釜にお米を入れるマルコさんを撮っていると、マルコさんが、あ、と私を見た。

「夜ご飯の分の米は?」
「マルコさんが夜ご飯にお米も食べるなら、多めに炊いてください」
「お前さんは?」
「?。私はもうそろそろ帰ります」
「え?」
「え?」

私達の間の時がまた止まってしまった。
今度は周りに誰もいないので、長い時間見つめ合っていたような気がする。マルコさんは私も食べると思っていたようで、内釜を持ったまま何か言葉を探していた。

「あの、よい。車で送るから、飯も食って帰らねぇかい…?」
「お腹空いてないので今日は大丈夫ですよ」
「そうか…あ、そういやぁ、一緒に見た映画が配信されたんだが今から見ねぇかい?」

そんなに早く配信されていたなんて知らなかった。でも、今から見たら二十時を過ぎてしまうし、自分の一週間分の買い出しも作り置きもまだしていない。
映画は来週見たいと伝えれば、マルコさんはそうか…としゅんとしてしまい、私は悪いことをしたような気持ちになり、明日必ず電話するし次の日曜日は夜ご飯も一緒に食べたいと、慌てて伝えればマルコさんの表情は少し良くなった。

「これでサッチも信じるねい」
「今の動画送るんですか?」
「?。もう送った」

私の声も入っているから送らないで欲しかったけど、来週も動画を送ってやろうと楽しげなマルコさんを見たら何も言えなかった。こんなに楽しそうなら、もう少しマルコさんの作業が多い料理にしたいな。

「映画、話しながら見ましょうね」
「ん。プロジェクター買っとく」
「え?……あの、テレビ大きいのでプロジェクターいらないですよ」
「なら、スピーカーだけ買って「それもいらないです」」

マルコさんはせっかく観るのだから買おうと言うけど、一緒に観れるのなら小さい画面で、それこそスマホの画面でも私は構わない。マルコさんはその言葉を聞くと、顔を綻ばせ、よい、と応えてくれた。
い、今までの中で一番可愛い…。

「映画見る時の菓子は買っておく」
「ふふ、はい。美味しいお菓子食べたいです」

どんなお菓子を用意してくれるかな、ともう一つ楽しみが増えて嬉しくて笑っていると、マルコさんもつられたのか笑ってくれた。

「一週間頑張れそうだ。ありがとよい」

楽しみばかりが増えた次の日曜日まで、あと七日。
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