パイナップルからはじまる恋

車の窓から見えるのは一面の青。
高速に乗ってしばらくすると海が見え、降りるまでずっと海沿いを走り続ける。
海を見るのは久しぶり。行こうと思えばいつでも行けるのに機会がなくて、先週の旅行が山の方だったのでその差がまた良い。

「晴れて良かったねい」
「はい。マルコさんは海、行きますか?」
「地元へ帰った時に釣りをするぐらいだな。お前さんは?」
「去年、ダイビングしました」
「いいな、ダイビング。綺麗だったか?」
「すごく綺麗でしたよ。運動苦手なので大丈夫かなって不安だったんですけど全然で」
「ダイビングは運動神経が関係したっけか?」

全くしない。アクティビティだから、なんとなく運動が苦手な私では難しいと思っていただけだ。実際にやってみたらすごく楽しくて、今年も友だちと行く予定をしている。

「スポーツは苦手か?」
「球技は特に。マルコさんは何かやってたんですか?」
「色々やったよい」

マルコさんは野球、サッカー、バスケ、バレーの球技はもちろん、陸上もやったと教えてくれた。主要なスポーツを一通りやっていたなんてスポーツ万能なんだな、と思っていると、マルコさんがただなぁ、と話を続ける。

「すげぇ飽き性だったんだ」

そこそこ出来るようになると飽きてしまい、続いたものはなかったらしい。それに、顧問の熱すぎる指導も相待ってスポーツのイメージが泥臭いものになってしまい、やりたいと思わない、と。

「今は何もしてないんですか?」
「体型維持の筋トレ、ぐらいかねい」

この身長で横幅もあったら大変だ、と三十代からずっと筋トレだけはしているそう。確かにその身長でふくよかだったら、なかなかの大きさになってしまう。

「ジムでやってるんですか?」
「家か二四時間ジムでやってるよい。やりたいのか?」
「やりたくはないんですけど、運動した方が健康にいいかなぁと…」
「大人になると運動する機会ないしな」
「そうなんですよね。それに、美味しいものをたくさん食べるためには運動してカロリーを…」
「はは。今日は運動しなくてもいいのか?」

今日は朝ご飯を抜いてきたから大丈夫。だけど、今お腹が空きすぎてマルコさんが高速を乗る前にコンビニで買ったチョコレートが美味しそうで、視線がいってしまう。
マルコさんは一時間ぐらいしか車を走らせないのに、小腹が空いたからと買ったのだ。

「朝ごはん食べてないんですか?」
「朝飯は取らないことの方が多い」
「食べない派なんですね」
「それもあるが…食べるものがないからってのもある」

でもプロテインは飲む、と教えてくれて、マルコさんの食生活の全容が明らかになった。
朝はプロテイン、昼は偶に私のお弁当で殆ど外食。夜は外食かデパ地下やスーパーのお惣菜。

「お米が炊けるようになったから、卵かけご飯とかどうですか?納豆も買っておくとか」
「卵は割れねぇ。納豆は…苦手だ」

食べなくても問題ないからわざわざ苦手なことをする必要はない、と言うけど、体が一番の資本だから余計なお世話だとしても何かいい方法はないかと考えてしまう。
あれはこれはと色々提案をし、プロテインがあるから別にいいと却下され続けていたら、高速を降りていた。目的の店には駐車場がないので、マップアプリを開きパーキングを検索。すると、そこそこパーキングがありマップを見るよりも外を見た方が良さそうだったので顔を上げて探す。

「あ、あそこ、"空"ってなってます」
「お、りょーかい」

無事に車を止め、店に行くと数組並んでいた。入り口には名前を書くものがなく、店員が並んで待つようにと声をかけてくれたので最後尾に移動する。
開店時間ぐらいに着くようにしたけどもう少し早く来れば良かったかな、とスマホで店のメニューを開くとマルコさんが後ろから覗いてきた。見えるのかと見上げれば、マルコさんはじっと私を見つめ返してくるだけで反応がない。
あれ、なんかこの状況つい先週もあったような…?マルコさんは背後に立つのが好きなのかな?
もう一度画面が見えるのか尋ねると見にくい、と答えが返ってきて、なら横並びで一緒に見ようと言えば真後ろにいることをやめて横に来てくれた。

「何食べましょう?海鮮丼、天丼、刺身定食…あ、焼き魚もいいですね」
「煮付けもいいな…酒が飲みてぇ」
「運転代わるので飲んでください、と言いたいところなんですけど…」

マルコさんの車は大型SUV。運転が苦手なわけではないけど、車体の大きいものを運転したことがなくて傷をつけるのではと気軽に代わりますとは言えなかった。
マルコさんは帰ってから飲むから問題ない、と私のスマホの画面をスクロールし、残り一組となった頃に頼むものを決めた。

「お待たせしましたー。海鮮丼と刺身定食と金目鯛の煮付けです」

きらきらの美味しそうな海鮮丼。美味しそうですね、と顔を上げればマルコさんは凝視していた。特に煮付けの方を。

「煮付け好きなんですか?」
「あぁ。いつぶりか、全く覚えてねぇ」

リクエストされたことがなかったので不思議に思えば、料理自体を忘れていたらしい。

「「いただきます」」

程よい歯ごたえの赤身に口の中でとろけてしまう中トロ。スーパーで買う刺身とは新鮮さが全く違って美味しすぎる。朝ごはんを抜いて来てよかったとぷちぷち弾けるイクラの食感を味わっていると視線を感じた。顔を上げればマルコさんと目が合い、何故か凄く嬉しそうな表情だったので何かあっただろうかと首を傾げる。

「美味そうに食うなぁ」

それは貴方の方ですよ、と言いかけたけど口にまだイクラとお米が入っていたのでやめておく。マルコさんの手元を見れば煮付けをもう半分も食べていて、そんなに美味しかったのなら反応を見ておけば良かったと後悔した。

「どうですか?煮付け」
「すげぇ美味い。食うか?」

皿をこちらに寄せてくれたので一口もらうと身がしっとりしていてとても美味しく、もう二口もらって味を盗もうと試みた。
マルコさんが煮付け好きなら今度作ってあげよう。その時はお酒も飲めるから喜んでくれるかな、ともぐもぐ食べるマルコさんを想像したら口元が緩んでしまった。

「どうした?」
「いえ。すごく美味しいな、と」
「な。来て正解」

これも美味いと刺身定食を食べ始めたマルコさんがもぐもぐと静かになったので私も海鮮丼に戻り、食感と味を楽しむ。

「はー、美味かった」
「…ん!」
「おっと…」

私がまだ海鮮丼を食べている中、綺麗に完食したマルコさんが伝票を持って行こうとするので慌てて奪った。
先週、奢ってもらい家まで送ってもらったから今日は自分が払うと決めていたのだ。今日だって車を出してくれて、きっと高速代も受け取ってくれない。ほら、と手を伸ばしてくるマルコさんに首を横に振り拒否をする。

「誘ったの俺なんだから」
「私が払います」

私だってマルコさんには及ばないだろうけど社会人でお金を稼いでいる。
伝票を膝の上に乗せて奪われないように海鮮丼を食べる私を見て、マルコさんはんじゃあ、と折れてくれた。けど、次行くところは俺が払うと先に宣言され、その代わりと皿を指をさす。

「煮付け、今度作ってくれよい」

もちろんそのつもりだったので全力で頷けば、マルコさんは楽しみだと笑った。
店を後にして帰路に着く、のではなく逆方向へ走って行き、私達は花鳥園というところに来た。その名の通り、花と鳥のテーマパーク。
調べていた時に鳥しかいないテーマパークがあるのかとマルコさんと驚き、実際に見てさらに驚いてしまった。

「広い部屋だな。放し飼いか?」
「みたいですね。え、あ、え!」

広いガラスハウスの中で自由に飛ぶ鳥達を眺めていると急に肩に重みを感じた。顔を向けばインコが乗っていて、来てくれたことに嬉しくなって触ろうとすると、今度は頭にも重みを感じ、マルコさんが頭の上を見る。

「頭にも乗ってるぞ」
「あ、マルコさんの肩にも」
「ん?」

マルコさんの肩に乗ったインコは首の方に移動して頭を下げすり寄っていた。

「くく、なんだよい。餌持ってねぇぞ?」

優しく撫でながら笑う可愛いパイナップルおじさん。
私は無意識にカメラを向けていた。シャッター音に気づいてこちらを見てくれたのでもう一枚。そういえば、マルコさんの写真を撮るのは初めてだったなと撮った写真を眺めているとカシャと音が聞こえた。反射的に顔を上げればまたカシャ。

「ん…可愛い」
「はい。可愛いですね、インコ」

そう返せばマルコさんは少し目を見開いて私を見た。変なことを言っただろうかとマルコさんを見ていると、インコ可愛いな、と返してくれたので頷く。

「マルコさんもいい写真ですよ。ほら」
「…おっさんとインコ。どこがいい写真だよい」

その後も聞いたことがない名前の鳥に餌をあげたり、有名なハシビロコウを見てガラスハウスの外に出る。
ちょうど屋外でバードショーがやっていて、ハヤブサが狩りをするようなので最後列で眺めていると不意にマルコさんが視線を感じると辺りを見渡し始めた。
こんな所で、それもドラマみたいなセリフを聞くことになるとは。マルコさんの知り合いでもいたのかな、と探してみるけどそれらしい人はいない。気のせいではないのかとマルコさんを見れば空を見ていた。

「あれは野生ですかね?」
「だな」

園の外、木の上に立つ一羽の鳥。距離があるから本当にマルコさんを見ているか自信はないけど、確かに感じる熱い視線。

「もしかして、恋人ですか?あ、恋鳥?」
「なんの冗談だよい…え」

信じられないことに、その鳥はマルコさんに向かって飛んできた。私もマルコさんも状況に着いていけなくて、周りの人達も何事だとハヤブサから私達に視線を移す。

「野生のアオサギです。餌を目当てに来ることがあります」

ハヤブサを腕に乗せた職員がそう言った。
アオサギはマルコさんの目の前に降り、じっと見るだけで鳴くことはしない。餌なんて持っていないのに何の用だろうかと、静かに見つめ合うマルコさんとアオサギを眺めた。
私には聞こえないけど会話してるのかな?
静かに見守ること数分、アオサギは満足したかのように翼を広げた。

「どんな会話してたんですか?」
「……久しぶり、とか?」
「ふふ。マルコさんの前世はアオサギですか?」
「前世の記憶はないから返答しかねるねい」

不思議だなぁと飛び立って行ったアオサギを眺めていたら、いつのまにかハヤブサの狩りは終わっていた。
帰りの車の中でアオサギを調べてみたら、アオサギは古代エジプトの聖鳥"ベヌウ"のモデルとなったとされていて、"ベヌウ"は不死鳥だった。まさかマルコさんの前世は不死鳥だったなんて凄いなと、マルコさんの方を見れば行きのコンビニで買ったコーヒーを左下のドリンクホルダーに戻そうとしていたので受け取る。

「いや、俺が不死鳥なら、今、人間なのおかしいだろい?死なねぇんだから、今も不死鳥だ」

真面目に反応してくれたマルコさんとそれから何故かエジプトの話になり、海外旅行の話になった。
マルコさんは海外出張もするそうで、リモート会議が浸透してきたから行く回数が減ってありがたいらしい。

「マルコさん、お弁当作りましょうか?」
「疲れたろ?大丈夫だよい」
「ついでに明日の朝ごはんも」
「……」

高速を降りて私の家に向かってくれるマルコさんに朝ごはんも作ることを伝えれば食いついた。車は自然と私の家ではなくマルコさんの家に方向を変え、いつものそこそこ大きなスーパーへ。

「夕食はどうしますか?」
「…軽く」
「お酒は?」
「今日はいい」

あれ、昼間に帰ったら飲むと言っていたけど良かったのかな。
夕食とお弁当と朝食の食材を買い、マルコさんの家にお邪魔して、台所に立てば当たり前のように真後ろに立ったマルコさん。見上げれば、またじっと私を見てくる。
マルコさんとアオサギのように会話が出来ないかと目を細めじっと見つめるけど、ん?と首を傾げてくるだけだった。
うん、伝わらない。

「はい、マルコさん。今日のお仕事ですよ」
「よい」

つぶす、混ぜることならマルコさんは抵抗がなくなっていた。横に立ったマルコさんの前にボールを置き、切った材料を入れて混ぜてもらう。黙々と真剣にやってくれる横顔を見ていたら、私はまた無意識にカメラを向けていた。

「くく、盗撮とは、いい度胸だねい」
「あ」

盗撮という単語にはっとなり、写真撮られるの嫌だったら今のも花鳥園のも消さないとと慌てて聞いてみたら、マルコさんはお互い様だとどこか楽しそうに笑いながら混ぜ続ける。
混ぜ終わった料理の盛り付けを頼み、私はお弁当と朝食を作り、作り終わったものを皿に移してマルコさんに盛り付けを頼み続け、一時間で全て完成。
夕食用の料理はつまみ程度だったからかマルコさんが後で食べるから送ると車のキーを手にした。お酒を飲まなかった理由はこれか、と分かり、電車で帰るからと断ったけどマルコさんは引き下がらない。

「大丈夫ですよ。近いですし」
「いいや、送る」
「いえ、車を出すほどの距離じゃ…」

送る、大丈夫とやりとりしながら玄関まで来て、私は大事なことを忘れていた。

「あ、マルコさん、これ」
「ん?…あぁ、先週の旅行の?」

悩みに悩んで選んだマルコさんへのお土産。鞄の中からお菓子を出して渡せば嬉しそうに笑ってくれた。会社で食べると受け取ってくれたマルコさんが靴箱にお菓子を置いて、送る、とドアの扉を開ける。

「土産の礼」

マルコさんがいい口実ができたとでも言いたげなニヤリ顔で見てきたので、私が折れることにした。
車でもそんなに時間はかからず、あっという間に家につき車の扉を開ける。

「ありがとうございました」
「ん。こっちこそ、飯も土産もありがとう」

見送ろうとすると運転席側の窓が開いて、マルコさんが部屋に入れと促してくるので、おやすみなさいと背中を向ける。

「なぁ」
「?。なんですか?」

カシャ

マルコさんの方を振り向けば、マルコさんがレンズを私の方に向けていた。撮った写真を確認していたマルコさんが何か呟いていたけどよく聞こえない。

「ほら、部屋入る」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」

部屋のドアを閉めたと同時に動き出した車の音は徐々に小さくなり、聞こえなくなった。すぐにメッセージアプリを開いて、今日のお礼を送信し、なんとなく今日撮った写真を開く。

「ふふ」

可愛いな、と私はしばらく玄関に立ったまま写真を眺めていた。
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