パイナップルからはじまる恋
「久しぶり」
「久しぶり、卒業式以来だね」
夜七時、お店に入ると彼がこっちだと手を挙げてくれた。テーブルには半分ほど開いたグラスとお通しが置かれていたので遅れたことを謝ればなんて事ないと飲み物のメニュー表を見せてくれて、おしぼりをくれた店員にジンジャーエールを注文する。
同級生とはやりとりが続き、ご飯に行くことになったのだ。私と彼の仕事場は路線が全く違ったので、彼がお互いの使う路線が通っている駅でお店を探してくれた。お礼を言えば、酒が飲めないのに居酒屋で悪いと謝られる。
「ソフトドリンクがない店はないから大丈夫」
「ならいいけど。今日ありがと。あいつから話聞いた時、懐かしくて」
「全然いいよ」
ジンジャーエールが来たので彼と乾杯をし、他に何を頼もうかとメニュー表を二人で眺める。
居酒屋へ来るのも久しぶりだなと色んな料理を見ているとポテトサラダを見つけ、マルコさんが混ぜてくれたポテトサラダは美味しかったなと何故か思い出す。サラダや揚げ物など数品を頼み、彼から同級生のことを尋ねられるので土曜日に女友だちから聞いた話をそのまま伝えた。
「話変わるんだけどさ、映画とかよく行く?」
「偶に行くよ」
「あのさ、これ行かね?いろんな奴誘ったんだけど予定合わなくて。恥ずかしい話、俺、映画一人で観に行けねぇのよ」
見せてくれたのは、シリーズもののアクション映画。前作を見ていないから新作を見ても分からなそうなので断ると、新作だけを見ても楽しめるから頼む、と真剣に頭を下げられる。チケット代も奢るからと念を押され、そこまで観たいのなら付き合ってあげないと可哀想だと思ってお金は自分で払うことを伝えつつ頷いた。
「配信サイトに前のある?」
「あるある。新作やるから全部あるんだよ」
「何作品あるの?」
「六作」
ちょっと多すぎる。全てを見るのは難しいと伝えれば彼はその中でも特に面白いものを教えてくれて、行くまでに一つは見ておくと伝えるとぜひ見て欲しいとテンション高めに言われた。
その後も映画の話で盛り上がり、店員が時間だと伝票を持ってきたのでしっかり半分お金を渡して席を立つ。すると、目線が同じだった彼は背が高いことを思い出した。
「背、高かったんだな」
「私は高くないよ。今日はヒール履いてるから」
「なるほど」
私は成人女性の平均身長以上はあるけど、高い訳でもない。だけど今日は五センチあるヒールを履いていたので目線がいつもよりも高かった。
「身長いくつあるの?」
「186cm」
「それは高いね」
「高すぎなんだよ。兄貴は178cmでさ、羨ましい」
高くても良いことない、と心底嫌そうな彼を見ていたら、いつだか不便なことの方が多いと教えてくれたマルコさんをふと思い出し、何事もほどほどが一番だね、と彼に伝えれば深く頷いていた。
「じゃあ、お疲れ」
「うん、じゃあ」
彼とは路線が違うのでここで別れ、ちょうど電車が来たので思ったより早くに家に着く。明日も仕事だから早くお風呂に入って寝ようと玄関の鍵を開けていると、鞄の中でスマホが震えていて、誰からだろうと画面を見ればマルコさんからの電話だった。
「こんばんは」
『すまん、寝るところか?』
「いいえ、ちょうど家に着いたところですよ」
仕事が忙しいのかと尋ねられたのでご飯を食べていたと答えれば、お酒は飲んでいないか、一人で帰ったのかと確認される。スピーカーに変えてテーブルに置き、お風呂に入る準備をしながら、お酒は飲んでいないから大丈夫だと答えれば、マルコさんはならいいと安心した様子。
マルコさんは今出張のようで、こっちは晴れているけど向こうは土砂降りらしい。店で飲む予定だったけどあまりの雨の強さに飲む気をなくして、早めにホテルに避難したと言う。
『来週だけどよい。他に行きたいところあれば言ってくれ。車だからどこでも連れて行ける』
「マルコさんは行きたいところないんですか?」
『俺か?そうだなぁ…』
店の辺りは漁港なので、お互い道中に良いところはないか探しておこうと話になる。電話の要件は来週のことだったのかと聞こうとすると、電話の向こう側からテレビの音が聞こえてきた。その音が相当の音量でマルコさんのうるせ、という声と共に小さくなっていく。
『まだ寝るには早えから映画でも見ようと思って』
「あ、マルコさんって映画一人で観に行けますか?」
『ん?行けるよい』
何故そんな質問を、と聞かれたので同級生の話をすれば、スピーカーから小さくなったテレビの音しか聞こえてこなくなった。何回かマルコさんの名前を呼んだけど反応がなくて、反応がないなら通話を切ろうとすればマルコさんの声が聞こえる。
『…金曜日、空いてるか?』
金曜日に帰って来るから、八時は過ぎてしまうけどご飯に行かないかと誘われた。けど、翌日は朝早くから友だちと旅行へ行く予定していて出来るだけ早くに休みたいのだと断れば、一時間ぐらいでいいからと返ってくる。
『土産も渡したいからよい』
「お土産なんて大丈夫ですよ」
マルコさんの出張は珍しいものじゃない。月に二回ぐらい、泊まりの出張だと教えてもらったことがある。そんな頻繁にある出張で毎回お土産をもらうのも申し訳ないのでもらったことは一度もなかった。
『ま、土産は置いておいて。飯、どうだ?』
「あまり遅くならなければ」
『ありがとよい。店決めておく』
「はい。ありがとうございます」
おやすみ、と切られた画面を見ながら、電話の用件はなんだったのだろうかと不思議に思っていると画面上にメッセージが表示される。
"映画観る日だけどさ…"
そのメッセージは後から返そうとお風呂に入ることにした。
◇ ◇ ◇
金曜日、八時の予定だったけど一時間早く着きそうだと連絡が入ったので仕事を少し急ぎ気味で終わらせて待ち合わせ場所に向かった。キャリーケースを持ってスーツを着こなすマルコさんもちょうど来たところで、挨拶すれば、ずい、と紙袋を渡される。
「これ、土産」
「本当に買ってきてくれたんですか?」
「あれだ。菓子好きの部下おすすめのやつ」
「なら来週…は、海鮮食べに行くんでしたね」
折角ならマルコさんと食べたかったけど、来週はマルコさんと海鮮を食べに行くのでお家にお邪魔しない。それに日持ちがしない洋菓子だったのでお家にお邪魔する予定だったとしても無理だった。
お土産をありがたく受け取り、マルコさんが案内してくれたのは、この服で大丈夫かなと少し不安になるお店。マルコさんに三回ぐらい大丈夫かと尋ねたけど、問題ないとドアを開けて中へ促してくる。
「コースだと時間かかるから単品でいいか?」
「あ、えっと…」
「?」
メニュー表を見て、財布の中に諭吉が一人もいないことに焦っていた。
樋口が一人と野口が…何人いたっけ?あ、もう三人とも変わってしまうんだったな。あ、キャッシュレス決済なら…残高いくらだったっけ?私が一括でカードで払ってマルコさんから貰おうかと、いつもの倍以上の速さで頭を回転させたけど、焦りはなくならない。
凄い高い店ではないけど、私が日頃行くような店でもなく、マルコさんの質問に答えられない。そんな私を見て、マルコさんはメニュー表を私から奪い、店員を呼んだ。嫌いなものはなかったかだけを確認され、店員はマルコさんと話をするとメニュー表を持って去っていく。
マルコさんが何を店員に注文したのかは分からないけど、すぐに飲み物が来て乾杯をした。
「外で食べるのは三回目だねい」
一回目は酢豚のお礼、二回目はイゾウさんのお店。マルコさんとご飯を食べる場所は圧倒的にマルコさんのお家が多くて、次は私の実家。
だからなのか、目の前に座るマルコさんの雰囲気は感じたことがなくて少し落ち着かなかった。
「美味しいですね」
「だろ?ここはよく来るんだ」
お家で食べる姿は"可愛い"だけど、今のマルコさんはどちらかと言うと"かっこいい"だ。考えたことなかったけど、マルコさんは大人な店をたくさん知っているのだろう。私もマルコさんの年齢になった頃には素敵な大人になれたらいいな、と美味しいステーキを口に入れた。
「あの、少しだけでも払いますよ」
「また飯作ってくれりゃあいい」
いつの間にお会計を済ませていたのか。せめて樋口を納めたいと伝えても、飯を作ってくれと笑い返されるだけで受け取ってもらえず、しかも送っていくと聞かなくてまた私の最寄駅で降りてしまったマルコさん。
「キャリーケース持ってるのに。すいません」
「俺が勝手にやってるんだから気にすることねぇよい」
それでも申し訳なさすぎて、キャリーケースを引く音が気になり、何度もここで大丈夫だと断っていたけど家に着いてしまった。
出張で疲れているのにご馳走にもなってしまい、何かできないかと考えて、自分が持つお菓子の袋に視線がいく。
「あの、マルコさん、私の家でこのお菓子食べませんか?」
マルコさんもこのお菓子を食べて部下に感想伝えた方がいいだろうし、まだ九時だからとマルコさんを見れば目を見開いていた。
「お茶出しますし、お菓子の感想を伝えてあげて欲しいです」
「それは…」
「お部屋は片付いてますから大丈夫ですよ」
「いや、そういうことでは」
「あ、それか半分持って帰りますか?ちょっと待っててもらって」
「…あー、なら、邪魔してもいいか?」
「はい。もちろん」
どうぞ、と中に促せばマルコさんの大きな体は私の狭い1Kの部屋を更に狭く感じさせた。
コーヒーか紅茶か聞くとコーヒーと返ってきたので、マルコさんのコーヒーメーカーには劣ってしまうインスタントコーヒーを淹れようとすると、何故かマルコさんが後ろに立つ。見上げれば、お酒が入っているからかほんの少し潤んでいる目で私を見ていた。
「マルコさん、ちょっと狭いです」
「あ」
マルコさんの台所とは違ってここのは廊下に備え付けられているから、後ろに立たれるとマルコさんが大きいこともあって廊下のほとんどが埋まってしまう。
コーヒーを淹れるだけだからと座るように促したけど、マルコさんはつい癖で、と答えただけで移動しようとしなかった。
「マルコさん、座って待っててください」
「ん」
そう返事したものの動かないので、しばらく見上げていればじっと見つめてくるだけ。うーん、これは動かなそうなのでケトルに水を入れることにした。
「カップは?」
「吊り戸棚に…「痛っ」」
マルコさんの背の高さを失念していた。慌てて謝れば、大丈夫とおでこをさすりながら棚からカップを二つ出してくれて、ちょうどお湯が沸いた知らせが来たので淹れようとすると後ろから腕が伸びてくる。
「俺がやる」
これならできる、と何故か私を挟んだままコーヒーを淹れようとするので腕をどかして移動しようとしたけど、腕がびくともしなかった。
「私がここにいて見えますか?」
「ん」
「?…どうして空間狭めるんですか?」
「ん」
私を後ろから抱きしめるような状態のまま、真剣にコーヒーを淹れてくれたマルコさんはカップを二つ持って離れていく。
今の行動はなんだろう?と思ったけど、マルコさんがお菓子の箱を開け始めたので隣に座り、味が二種類あったのでじゃんけんで決めて同時に口に入れる。
「お、美味しいですね…!」
「今までの中で一番美味いな…!」
あまりの美味しさに顔を見合わせてしまった。俺の部下は優秀だともぐもぐ食べるマルコさんにしっかりお礼を伝えてほしいと頼む。
「各地の名店にも詳しいなんてすごいですね」
「菓子のためならどこにでも行くって言っていたよい。それこそ、明日からどっか行くと…」
「夢中になれるものがあるのは素敵ですね」
「違いねぇ。そういやぁ、明日からどこに行くんだ?」
「えっとですね…ここが目的地です」
スマホの画面を見せるとマルコさんは顔を近づけて覗き込む。マルコさんも行ったことがある場所らしく、良いところだと教えてくれて、その後は来週どこに行こうかと話に夢中になってしまい気づけば十一時。
「こんな遅くまでごめんなさい。気をつけて帰ってくださいね。お土産、買ってきます」
「気を遣わなくていい。旅行、楽しめよい」
旅行中、このお菓子を食べたらマルコさんはどんな顔をしてくれるだろうかと、ことあるごとに考えてしまい、最後の最後まで決められなかった。
「久しぶり、卒業式以来だね」
夜七時、お店に入ると彼がこっちだと手を挙げてくれた。テーブルには半分ほど開いたグラスとお通しが置かれていたので遅れたことを謝ればなんて事ないと飲み物のメニュー表を見せてくれて、おしぼりをくれた店員にジンジャーエールを注文する。
同級生とはやりとりが続き、ご飯に行くことになったのだ。私と彼の仕事場は路線が全く違ったので、彼がお互いの使う路線が通っている駅でお店を探してくれた。お礼を言えば、酒が飲めないのに居酒屋で悪いと謝られる。
「ソフトドリンクがない店はないから大丈夫」
「ならいいけど。今日ありがと。あいつから話聞いた時、懐かしくて」
「全然いいよ」
ジンジャーエールが来たので彼と乾杯をし、他に何を頼もうかとメニュー表を二人で眺める。
居酒屋へ来るのも久しぶりだなと色んな料理を見ているとポテトサラダを見つけ、マルコさんが混ぜてくれたポテトサラダは美味しかったなと何故か思い出す。サラダや揚げ物など数品を頼み、彼から同級生のことを尋ねられるので土曜日に女友だちから聞いた話をそのまま伝えた。
「話変わるんだけどさ、映画とかよく行く?」
「偶に行くよ」
「あのさ、これ行かね?いろんな奴誘ったんだけど予定合わなくて。恥ずかしい話、俺、映画一人で観に行けねぇのよ」
見せてくれたのは、シリーズもののアクション映画。前作を見ていないから新作を見ても分からなそうなので断ると、新作だけを見ても楽しめるから頼む、と真剣に頭を下げられる。チケット代も奢るからと念を押され、そこまで観たいのなら付き合ってあげないと可哀想だと思ってお金は自分で払うことを伝えつつ頷いた。
「配信サイトに前のある?」
「あるある。新作やるから全部あるんだよ」
「何作品あるの?」
「六作」
ちょっと多すぎる。全てを見るのは難しいと伝えれば彼はその中でも特に面白いものを教えてくれて、行くまでに一つは見ておくと伝えるとぜひ見て欲しいとテンション高めに言われた。
その後も映画の話で盛り上がり、店員が時間だと伝票を持ってきたのでしっかり半分お金を渡して席を立つ。すると、目線が同じだった彼は背が高いことを思い出した。
「背、高かったんだな」
「私は高くないよ。今日はヒール履いてるから」
「なるほど」
私は成人女性の平均身長以上はあるけど、高い訳でもない。だけど今日は五センチあるヒールを履いていたので目線がいつもよりも高かった。
「身長いくつあるの?」
「186cm」
「それは高いね」
「高すぎなんだよ。兄貴は178cmでさ、羨ましい」
高くても良いことない、と心底嫌そうな彼を見ていたら、いつだか不便なことの方が多いと教えてくれたマルコさんをふと思い出し、何事もほどほどが一番だね、と彼に伝えれば深く頷いていた。
「じゃあ、お疲れ」
「うん、じゃあ」
彼とは路線が違うのでここで別れ、ちょうど電車が来たので思ったより早くに家に着く。明日も仕事だから早くお風呂に入って寝ようと玄関の鍵を開けていると、鞄の中でスマホが震えていて、誰からだろうと画面を見ればマルコさんからの電話だった。
「こんばんは」
『すまん、寝るところか?』
「いいえ、ちょうど家に着いたところですよ」
仕事が忙しいのかと尋ねられたのでご飯を食べていたと答えれば、お酒は飲んでいないか、一人で帰ったのかと確認される。スピーカーに変えてテーブルに置き、お風呂に入る準備をしながら、お酒は飲んでいないから大丈夫だと答えれば、マルコさんはならいいと安心した様子。
マルコさんは今出張のようで、こっちは晴れているけど向こうは土砂降りらしい。店で飲む予定だったけどあまりの雨の強さに飲む気をなくして、早めにホテルに避難したと言う。
『来週だけどよい。他に行きたいところあれば言ってくれ。車だからどこでも連れて行ける』
「マルコさんは行きたいところないんですか?」
『俺か?そうだなぁ…』
店の辺りは漁港なので、お互い道中に良いところはないか探しておこうと話になる。電話の要件は来週のことだったのかと聞こうとすると、電話の向こう側からテレビの音が聞こえてきた。その音が相当の音量でマルコさんのうるせ、という声と共に小さくなっていく。
『まだ寝るには早えから映画でも見ようと思って』
「あ、マルコさんって映画一人で観に行けますか?」
『ん?行けるよい』
何故そんな質問を、と聞かれたので同級生の話をすれば、スピーカーから小さくなったテレビの音しか聞こえてこなくなった。何回かマルコさんの名前を呼んだけど反応がなくて、反応がないなら通話を切ろうとすればマルコさんの声が聞こえる。
『…金曜日、空いてるか?』
金曜日に帰って来るから、八時は過ぎてしまうけどご飯に行かないかと誘われた。けど、翌日は朝早くから友だちと旅行へ行く予定していて出来るだけ早くに休みたいのだと断れば、一時間ぐらいでいいからと返ってくる。
『土産も渡したいからよい』
「お土産なんて大丈夫ですよ」
マルコさんの出張は珍しいものじゃない。月に二回ぐらい、泊まりの出張だと教えてもらったことがある。そんな頻繁にある出張で毎回お土産をもらうのも申し訳ないのでもらったことは一度もなかった。
『ま、土産は置いておいて。飯、どうだ?』
「あまり遅くならなければ」
『ありがとよい。店決めておく』
「はい。ありがとうございます」
おやすみ、と切られた画面を見ながら、電話の用件はなんだったのだろうかと不思議に思っていると画面上にメッセージが表示される。
"映画観る日だけどさ…"
そのメッセージは後から返そうとお風呂に入ることにした。
◇ ◇ ◇
金曜日、八時の予定だったけど一時間早く着きそうだと連絡が入ったので仕事を少し急ぎ気味で終わらせて待ち合わせ場所に向かった。キャリーケースを持ってスーツを着こなすマルコさんもちょうど来たところで、挨拶すれば、ずい、と紙袋を渡される。
「これ、土産」
「本当に買ってきてくれたんですか?」
「あれだ。菓子好きの部下おすすめのやつ」
「なら来週…は、海鮮食べに行くんでしたね」
折角ならマルコさんと食べたかったけど、来週はマルコさんと海鮮を食べに行くのでお家にお邪魔しない。それに日持ちがしない洋菓子だったのでお家にお邪魔する予定だったとしても無理だった。
お土産をありがたく受け取り、マルコさんが案内してくれたのは、この服で大丈夫かなと少し不安になるお店。マルコさんに三回ぐらい大丈夫かと尋ねたけど、問題ないとドアを開けて中へ促してくる。
「コースだと時間かかるから単品でいいか?」
「あ、えっと…」
「?」
メニュー表を見て、財布の中に諭吉が一人もいないことに焦っていた。
樋口が一人と野口が…何人いたっけ?あ、もう三人とも変わってしまうんだったな。あ、キャッシュレス決済なら…残高いくらだったっけ?私が一括でカードで払ってマルコさんから貰おうかと、いつもの倍以上の速さで頭を回転させたけど、焦りはなくならない。
凄い高い店ではないけど、私が日頃行くような店でもなく、マルコさんの質問に答えられない。そんな私を見て、マルコさんはメニュー表を私から奪い、店員を呼んだ。嫌いなものはなかったかだけを確認され、店員はマルコさんと話をするとメニュー表を持って去っていく。
マルコさんが何を店員に注文したのかは分からないけど、すぐに飲み物が来て乾杯をした。
「外で食べるのは三回目だねい」
一回目は酢豚のお礼、二回目はイゾウさんのお店。マルコさんとご飯を食べる場所は圧倒的にマルコさんのお家が多くて、次は私の実家。
だからなのか、目の前に座るマルコさんの雰囲気は感じたことがなくて少し落ち着かなかった。
「美味しいですね」
「だろ?ここはよく来るんだ」
お家で食べる姿は"可愛い"だけど、今のマルコさんはどちらかと言うと"かっこいい"だ。考えたことなかったけど、マルコさんは大人な店をたくさん知っているのだろう。私もマルコさんの年齢になった頃には素敵な大人になれたらいいな、と美味しいステーキを口に入れた。
「あの、少しだけでも払いますよ」
「また飯作ってくれりゃあいい」
いつの間にお会計を済ませていたのか。せめて樋口を納めたいと伝えても、飯を作ってくれと笑い返されるだけで受け取ってもらえず、しかも送っていくと聞かなくてまた私の最寄駅で降りてしまったマルコさん。
「キャリーケース持ってるのに。すいません」
「俺が勝手にやってるんだから気にすることねぇよい」
それでも申し訳なさすぎて、キャリーケースを引く音が気になり、何度もここで大丈夫だと断っていたけど家に着いてしまった。
出張で疲れているのにご馳走にもなってしまい、何かできないかと考えて、自分が持つお菓子の袋に視線がいく。
「あの、マルコさん、私の家でこのお菓子食べませんか?」
マルコさんもこのお菓子を食べて部下に感想伝えた方がいいだろうし、まだ九時だからとマルコさんを見れば目を見開いていた。
「お茶出しますし、お菓子の感想を伝えてあげて欲しいです」
「それは…」
「お部屋は片付いてますから大丈夫ですよ」
「いや、そういうことでは」
「あ、それか半分持って帰りますか?ちょっと待っててもらって」
「…あー、なら、邪魔してもいいか?」
「はい。もちろん」
どうぞ、と中に促せばマルコさんの大きな体は私の狭い1Kの部屋を更に狭く感じさせた。
コーヒーか紅茶か聞くとコーヒーと返ってきたので、マルコさんのコーヒーメーカーには劣ってしまうインスタントコーヒーを淹れようとすると、何故かマルコさんが後ろに立つ。見上げれば、お酒が入っているからかほんの少し潤んでいる目で私を見ていた。
「マルコさん、ちょっと狭いです」
「あ」
マルコさんの台所とは違ってここのは廊下に備え付けられているから、後ろに立たれるとマルコさんが大きいこともあって廊下のほとんどが埋まってしまう。
コーヒーを淹れるだけだからと座るように促したけど、マルコさんはつい癖で、と答えただけで移動しようとしなかった。
「マルコさん、座って待っててください」
「ん」
そう返事したものの動かないので、しばらく見上げていればじっと見つめてくるだけ。うーん、これは動かなそうなのでケトルに水を入れることにした。
「カップは?」
「吊り戸棚に…「痛っ」」
マルコさんの背の高さを失念していた。慌てて謝れば、大丈夫とおでこをさすりながら棚からカップを二つ出してくれて、ちょうどお湯が沸いた知らせが来たので淹れようとすると後ろから腕が伸びてくる。
「俺がやる」
これならできる、と何故か私を挟んだままコーヒーを淹れようとするので腕をどかして移動しようとしたけど、腕がびくともしなかった。
「私がここにいて見えますか?」
「ん」
「?…どうして空間狭めるんですか?」
「ん」
私を後ろから抱きしめるような状態のまま、真剣にコーヒーを淹れてくれたマルコさんはカップを二つ持って離れていく。
今の行動はなんだろう?と思ったけど、マルコさんがお菓子の箱を開け始めたので隣に座り、味が二種類あったのでじゃんけんで決めて同時に口に入れる。
「お、美味しいですね…!」
「今までの中で一番美味いな…!」
あまりの美味しさに顔を見合わせてしまった。俺の部下は優秀だともぐもぐ食べるマルコさんにしっかりお礼を伝えてほしいと頼む。
「各地の名店にも詳しいなんてすごいですね」
「菓子のためならどこにでも行くって言っていたよい。それこそ、明日からどっか行くと…」
「夢中になれるものがあるのは素敵ですね」
「違いねぇ。そういやぁ、明日からどこに行くんだ?」
「えっとですね…ここが目的地です」
スマホの画面を見せるとマルコさんは顔を近づけて覗き込む。マルコさんも行ったことがある場所らしく、良いところだと教えてくれて、その後は来週どこに行こうかと話に夢中になってしまい気づけば十一時。
「こんな遅くまでごめんなさい。気をつけて帰ってくださいね。お土産、買ってきます」
「気を遣わなくていい。旅行、楽しめよい」
旅行中、このお菓子を食べたらマルコさんはどんな顔をしてくれるだろうかと、ことあるごとに考えてしまい、最後の最後まで決められなかった。