パイナップルからはじまる恋(完)

※南の海の島を旅行している話


〰️ 二日目 朝 〰️


ベランダの窓を開けると潮の香りがした。
音を立てないようにそっと窓を閉めて、ベランダに置かれている大きなソファに腰を下ろす。よいしょ、と背もたれまで体をずらして座り直すと、自然と息が漏れた。

「気持ちいい…」

目の前に広がるのは大海原。地平線まで見える。

「海を独り占め」

そんな感覚にさせるこのホテルは、どの部屋からも他の部屋や建物は見えず、ベランダからは海だけが見える。
マルコさんは、今回も宿代を出させてくれなかった。半分出すと言ったのに前と同じで食事代と車代だけ。三泊四日だから宿代も高くなるのに、マルコさんが俺に出させてくれ、と引かないから折れるしかなかった。
だからマルコさんの食べたいものやしたいことは全て叶えるつもり。

「おはようさん…」
「まだ寝てて大丈夫ですよ」

振り向くと窓を体半分ぐらい開けて私を見る眠そうなマルコさんが立っていた。
まだ六時過ぎ。朝ご飯までには二時間はある。朝が少し得意になったマルコさんだけど、この時間はまだ寝ている時間だから眠いはず。
けどマルコさんはベッドへ行くことはせず、のそのそとソファの方まで来た。私と同じようによいしょ、と体を動かして私の隣に座って足を投げ出し、こちらを見る。

「おいで」

マルコさんの声が私を誘った。
足の間に腰を下ろして胸に背中を預ける。
腕がゆっくりと回ってきて、肩に重みが落ちてきた。

「隣にいないから…」

波の音が体の奥まで響いてくる。
“マルコさんが起きるまで起きない”。これは私の決めごと。
なのに旅行で浮かれていた。マルコさんを不安にさせちゃいけないのに。

「すみません。海が見たくて」

肩に顔を埋めたまま顔を見せてくれないマルコさんの髪を撫で、ベッドへ行こうと声をかける。もうひと眠りできますよ、一緒に寝ましょう、と手を取ってソファから降りようとしたけどマルコさんの体は動かない。
そっと見えた瞳は綺麗なまま。だけど波紋が広がっていた。

「そばにいてくれるのは知っているから大丈夫」
「けど起きちゃったんですよね」
「お前さんの匂いがしなくて起きちまっただけだよい」

不意に、首に柔らかいものが触れた。
後ろを見ると、今度は頬に、おでこに、唇に、キスをしてくれた。
お返しがしたくて、海に向けていた体を大好きな人の方へ。首に腕を回して体を寄せるとマルコさんの腕にも少しだけ力が籠った。

「お返しはベッドでの方がいいですか?」
「ここで」

掠れた声を合図にゆっくりと重なった唇は離れなかった。触れ合ったまま、ゆるゆると頬を撫で合って、手を取れば指が交差する。一本一本大切に触れ合って少しずつ力を込めていくと、マルコさんの温かい体温が手のひらから伝わってきた。
潮風に吹かれても、体は温かい。

「ここに」
「んぅ」

いつもよりもゆったりした動きだった。少しずつ離れていく気持ちのいいマルコさんの唇が言葉を紡いで、ここに、と目元に優しく落ちてくる。
同じところにそっと唇を寄せると、マルコさんは私の胸に顔を埋めた。ここにも、と少しだけ顔を上げて首元にキスをくれて、お返し。

「次はどこがいいですか?」
「んー…」

私を映す瞳は眠そう。

「ここと…ここにも欲しいよい」

けどマルコさんは寝るつもりはないみたい。
お願いされたから、あごと唇に触れて、したくなったから絡まっている指にも手の甲にも落として、もう一回唇へ。
少しだけ、しょっぱい気がした。

「へへ」

マルコさんの瞳が細くなった。
不安はなくなったみたい。
するりと手を解いて抱きしめると、嬉しそうに笑ってくれた。

「こんないい景色が見れるなんて、得したよい」
「あと二回は見れますよ」
「明日は起こしてくれるか?」
「もちろんです」

まるで世界に私とマルコさんしかいないような、そんな静かな朝。
安心してうとうとしているマルコさんの髪は、朝日に照らされて海のように綺麗だった。


〰️ 二日目 午前 〰️


「初めてなんですか?」
「あぁ。二十歳ぐらいの時にリニューアルのニュースを見た記憶はあるよい」

入り口のジンベエザメのモニュメントを見ながら、マルコさんは初めて来たことを教えてくれた。
マルコさんが運転してくれて、到着したのは水族館。

「ならじっくり見ないとですね」
「有名な水槽が気になるよい」
「絶対通りますから楽しみにしててください」

入場ゲートを通ると、浅瀬の海で子ども達がナマコやヒトデと触れ合っていた。マルコさんは後ろから水槽を覗き込み、触れてみるか?と私を見る。ちょうどスペースが空いたので水槽の前まで行き、そっとヒトデに触れてみる。
名前は何だろう?意外と柔らかい!

「何を食べてるんですかね?」
「餌をあげているんじゃないのか?」
「ナマコには餌あげないんだよ!」
「「え?」」

横を見ると、女の子が私達を見ていた。
私とマルコさんが女の子を見つめながら首を傾げていると、女の子は楽しそうにさらにナマコ情報をくれた。

「ナマコはね、砂を食べるんだよ!」
「「え?!」」
「それで、綺麗な砂を出すんだよ!」
「「よい!?」」
「”よい”?」

砂?!砂を食って砂を出すのか!?と驚いていると、隣にいた男性が女の子を落ち着かせながら追加情報をくれた。

「砂に含まれる有機物を食べているそうです」
「あ、有機物」
「なるほど…」
「すごいよね!私が一番好きなナマコはニセクロナマコ!クロナマコもいるけど、私はニセクロナマコが好き!」
「どんなところが好きなんだ?」
「えっとね!」
「…娘がすみません」
「大丈夫ですよ。可愛い娘さんですね」

ナマコ大好きちゃんに別れを告げ、少し潜って次はサンゴの海へ。

「綺麗ですねぇ」
「すごいよい」

自然の強烈な光が降り注ぐ水槽の中は、誰かが塗ったわけでもないのに綺麗な景色が広がっていた。スポットライトを浴びたサンゴや魚達は、自分が主人公だと言わんばかりに堂々と佇み、泳いでいた。

「これもサンゴみたいですよ」
「カブトサンゴ」

水槽下にある説明を見ながら二人で探してみる。

「本当に菓子パンです!」
「こいつは一生本物になれないのかよい…」
「これは石、なんですかね?葉っぱに見えます」
「ヤングだって。年取ってもヤング」

ミナミヨツアナカシパン、オオイソギンチャクモドキ、マルヅツミドリイシ、ヤングミドリイシ。
見た目も名前も独特だから、私もマルコさんもあれはこれはと海の中に釘付けになる。
この水槽にいるサンゴは約八〇種四四〇群体。魚もいるからこの中をじっくり見ているだけでも一日が終わってしまう。名残惜しいけどさらに潜っていくことに。

「「可愛い…」」

次は亜熱帯の海。カラフルで可愛い魚達を見て、可愛い可愛いと見ていたら。”タイ”がたくさんいることに気が付いた。二人で〇〇ダイを数えてみると、見つけただけでも六〇種類もいた。多すぎる。

「おじさんがいます!」
「俺?」
「マルコさんじゃなくて、オジサンって名前の魚です」

もう少し名前のつけ方を…、と魚の心配をしながら亜熱帯の海を後にし、次の海へ。

「おぉ。これが…」

この水族館のメインと言っても過言ではない巨大な水槽。完成当初は世界最大だった水槽の水量は、何と七五〇〇立方メートル。

「ジンベエ、でかいなぁ」

集まって泳いでいる魚達を目で追っていると、俺は小さいなぁ、と二メートル超えの大男の呟き声が聞こえた。
それなら私はもっと小さいなぁ、と優雅に泳ぎ続けるジンベエザメやマンタやエイを眺める。

「なんだか、心が洗われるような気がします」
「分かる。仕事するのが馬鹿らしくなるよい」
「漂いたいですねぇ」
「なぁ」

海の中をマルコさんとぷかぷか浮かんで漂いたい。けどお腹は空いてしまうから狩りをしないと。…私では魚達の速さについていけないから食べるならプランクトンかな?あ、ジンベエザメもプランクトンを食べてるんだった。奪い合いになっちゃう。

「こんなに大きいのにプランクトンを食べて生きてるなんてすごいですよね」
「世界最大のクジラもプランクトン食うよな」
「大きな生き物はプランクトン」
「…俺もプランクトン?」

プランクトンってどんな味なんでしょう?プランクトンって何を食べてるんだ?
何故か私とマルコさんの興味はプランクトンへ。どこかにプランクトンの説明は書いてないかな、と水槽を離れて探そうとしたらアナウンスが聞こえた。

『本日はようこそお越しくださいました』

何が始まるのか聞いていると、ジンベエザメのご飯タイムだった。水槽近くのモニターに飼育員さん達が映っている。
飼育員さんが合図のように水面を叩いて水飛沫を作るとジンベエザメがそこへ目掛けて泳いでいた。
そして、信じられない姿を目撃する。

「立ってる!」
「こんな風に食うのか!」

口を海面に出して立ち泳ぎしながらプランクトンを食べてる!
私もマルコさんも思わずシャッターを切った。たくさんのプランクトンを吸い込むジンベエザメのエラから濁った海水が出ていて、あれは何だろう?ともぐもぐジンベエを眺めていると、解説の女性が余分な海水を出しているんだと教えてくれた。これを”ろ過採食”というらしい。初めて知った。

「美味そうに食ってたな」
「プランクトン食べられるカフェないですかね?」

こんなにプランクトンが気になっているのは私達ぐらいかもしれない。
けどどこにもプランクトンの説明は書かれていないし、もぐもぐシーンが見れたから次は深海へ、と離れようとしたら突然、マルコさんが不思議なことを言った。

「視線を感じる」

前にも聞いたことがある台詞のような…。
今日はどこから?とマルコさんに尋ねると、たぶんこっち、と感じる方向を見る。
視線の先には、お腹を満たしたばかりのジンベエザメがいた。

「もしかしてお知り合いだったんですか?」
「なんの冗談だよい…え」

信じられないことに、ジンベエザメはマルコさんの前で速度を落としほとんど動きを止めた。

「…」

静かに見つめ合うマルコさんとジンベエさん。
プランクトンなんて持ってないのに何の用だろう?
静かに見守ること数分、ジンベエさんはゆっくりと離れていき、優雅に泳ぎ始めた。

「どんな会話してたんですか?」
「…なんじゃ来たのか、とか?」

マルコさんはアオサギ以外にも話せる相手がいたらしい。


〰️ 三日目 昼 〰️


パッパパッパパッパパッパーイナップール、パッパパッパパッパパッパーイナップール。

「ついに…!」

ついに、パイナップルおじさんがパイナップルの楽園に足を踏み入れる時がきた。
入り口からすでに聞こえるパイナップルの歌は中毒性がすごかった。もう頭から離れなくなっている。

「夢のようだよい!」
「ふふ。まだ入ってもないですよ」

マルコさんは、私が初めてお弁当を作ってあげた時や、両親がパイナップルを入れ物にした料理を作った時なんか比べ物にならないくらい嬉しそうな表情をしていた。
あぁ…!来てよかった!マルコさんすごく嬉しそう!!可愛い!目をキラキラさせてニコニコして!今日はたくさんマルコさんを撮ろう!!

「入り口で写真撮りますか?」
「!!」

ふんふん!と大きく何度も頷くマルコさんに立ってもらって、先ずはマルコさん一人で記念撮影。笑ってください、なんて言わなくてもニコニコとスマホのカメラを見てくれるマルコさん。
可愛い!マルコさんは世界一可愛い!!
二人でも撮りたい。もちろん一緒にも撮りますよ。お撮りしましょうか?お願いしてもいいですか?

「いきますよー」

カシャ。

ありがとうございます。お二人の写真撮りましょうか?いいの?!もちろんだよい!”よい”?
女性にお礼を言って、女性と一緒に来ていた男の子のツーショットを三枚撮った。

「はい。マルコさん」
「?」

二人に手を振って、マルコさんに手を差し出す。
マルコさんは不思議そうな顔をしたけど、ぽん、と手を重ねてくれた。指を絡めて、ぎゅぎゅっと力を入れる。

「私から離れないようにお願いします」
「ん」
「じゃ、行きましょう!」
「よーい!」
「あ、ちょ…速いです!」

ルンルンのマルコさんに引っ張られながら、先ずは黄色のカートに乗って植物園内を見学。音声ガイドさんがずっと園内の説明をしてくれて、クイズもしながら走り続けて三分。パイナップル畑のエリアに入ると、おぉ!と声が重なった。

「これ全部パイナップル。すごいですね!」
「全部食いたい」
「後でたくさんパイナップル料理食べれますよ」
『パイナップルの由来を知っていますか?』
「もちろん知ってるよい」

音声ガイドさんの問いかけにマルコさんは得意げに反応した。
なら、音声ガイドさんが答えを言う前にパイナップルおじさんに聞いてみよう。

「パイナップルの見た目が松に似てて味がリンゴみたいだから、だよい」
『”松”と”リンゴ”です』
「同じこと言ってます!」
「ふふん」

その後もジャングル内を走りながら色んなパイナップルを見て、さらに園内の説明を受けて、パインジュースが美味しいと音声ガイドさんが教えてくれた。

「ソフトクリームも食べないとですね」
「カステラは買って帰らないと」
「その前に食べられないパイナップルを見ましょう!」

ここはパイナップルを食べるだけじゃない。約一二〇種類のパイナップルがいる、見るのも楽しい楽園。
植物園の二階に上がって、空中からパイナップル探し。

「海もいいが緑もいいなぁ」
「また今度、ガーデンセンター行きましょうか」

リビングに置くならどれがいいかな?
食べられるパイナップルを育てるのもありだけど、鑑賞用の綺麗なパイナップルを育てるのもいい。マルコさんと、これは?こっちもいい、と会議をしていたら全く進まなくて、他の人達にどんどん追い抜かれていった。
一二〇種類も探せないですね。パイナップルセンサーを使えば…!流石のマルコさんでも難しいんじゃないですか?
マルコさんは俺はできる男だ、と髪をピコピコさせながらパイナップル探しにしばらく夢中になっていた。けど、お腹が空いたからマルコさんの手をぐいぐい引っ張って植物園を後にする。この時点でマルコさんは五〇種類も見つけていた。今日もセンサーは感度良好。

「好きなものを頼んでください!」

私が払いますからね!なんでも好きなだけどうぞ!

「これもいいですね」
「よい」
「あ、これも美味しそう!」
「よい」
「…」
「よい」

レストランに入って、マルコさんはメニュー表を真剣に見つめていた。
パイナップルピザ、ハニーパインピザ、パイナップルタコライス、パイナップルクリームソーダ、パイン酢、パイナップルコルネ、パインかき氷、パインパイ、パインシュークリーム、パインソフト、パインパフェ。
こんなにたくさんのパイナップル料理があるお店は初めて。マルコさんにとっては夢のお店だ。
決められるかな?
静かに待つこと数分。顔を上げると、何故かマルコさんは”しょんぼりマルコさん”になっていた。

「エース達の胃袋を羨ましいと思ったのは初めてだよい…」

歳には勝てない、とマルコさんは嘆いている。
十歳若かったらいけたかもしれないのに…よい…。

「一回で制覇したら面白くないですよ。何回でも来ればいいんです!」
「…確かに」

毎年来よう。恒例行事にしましょうね。
マルコさんが悩みに悩んで注文したのは、パイナップルピザ、パイナップルタコライス、パインシュークリーム、パイン酢。

「「いただきます」」

マルコさんが先ず手にしたのは、パイナップルピザ。
大きく口を開けて勢いよく食らいつく。

「!」

一回もぐもぐした瞬間、マルコさんの瞳はこれでもかと開かれた。
すぐにカメラを向けて記念撮影。

カシャカシャ。

「…ん!タコライスも美味い!」

カシャカシャカシャ。

「シュークリームは最後だから、ピザを…」

あー、もぐもぐ…あぁ、美味い。

カシャカシャカシャカシャ。

「…俺を撮っていないで食べた方が」
「この幸せ空間を撮らないといけないんです!」
「ほら、半分こ」

パイナップルピザを寄せてくれたから、スマホを置いて、一枚手に取る。

「ん!美味しい!」

カシャカシャカシャカシャカシャ。

撮りすぎじゃないですか?つい…。
ピザはパイナップルの甘酸っぱさとチーズの塩気の相性がよくて美味しかった。タコライスにパイナップルはどうかな、と思ったけどこっちも相性がいい。
味をしっかり覚えて、お家で再現しよう。

「綺麗なパイナップルオブジェですね」
「さっきまでとは雰囲気が違うな」

シュークリームもパイン酢も堪能して、次はパイナップルワイナリー。大きなパイナップルオブジェがある場所まで行くとバーカウンターになっていた。カウンターにメニュー表が置かれていて、マルコさんは興味津々に眺めている。

「私が運転しますから、飲んでくださいね」
「じゃ、ありがたく」
「お決まりになりましたらお声掛けください」
「なら…」

カウンター席に座り、マルコさんはさっそく飲み比べを注文した。
赤ワインと白ワインの他に、パイナップルスパークリングワインやパイナップルワインもあって、辛口、甘口も選べるからマルコさんはここでも悩みに悩んでいた。私は生絞りパイナップルジュースを注文。すると目の前で店員さんがパイナップルをぐりぐり絞り始めたから何枚も撮ってしまった。

「可愛い入れ物ですね!」
「写真撮らせてくれ」

生絞りのパイナップルジュースはパイナップルを半分も使った贅沢なジュース。金色のパイナップルの形をした入れ物は迫力がある。

「美味しい!」
「俺も少し」
「どうぞ」

果肉もたくさん入っているジュースは、パイナップルそのもの。生のパイナップルを食べているみたい。
マルコさんが、うま、と私を見るのでパシャリ。

「ワインはどうですか?」
「美味い。めっちゃ美味い」
「私も飲んでみたいです」
「なら、買って部屋で飲もう」

私が飲むからと甘口のパイナップルワインを買って、パイナップルソフトクリームを食べ、その後はブランデーの蒸留所を見に行った。マルコさんがパイナップル・ウォッカとシークワーサー・スピリッツが気になっていたからプレゼント。
何だかお酒ばかり買ってるなぁ。

「これは!!」
「マルコさ…!」

なんて思いながら次の建物に入るとマルコさんの表情が満開になり、店内をふらふら動き出すので慌てて後を追う。
これも!あ、あれもだよい!ちょ、今度はどこへ!!

「へへへっ」

そしてほんの数分で、満足気なマルコさんは腕一杯にパイナップル商品を抱えていた。どれも一個ずつにした、と得意げな表情が可愛くてついカメラを向けてしまう。
もっとたくさん買うのかと思ったけど、意外と少ない。
マルコさん、買い物かごに入れましょうか。よいっ。かご、もう一つ持ってきますね。持ってくる。

「これだけで大丈夫ですか?」
「他は郵送する」
「あ、買うんですね」
「持ってるのはホテルで食べるものと、親父さん達への土産」

両親へのお土産はどこかの賞で金賞を取ったパイナップルケーキ。それ以外の、カステラ、パイケーキ、ドライフルーツはホテルで食べるらしい。
…こんなに食べられるなんて、マルコさんは若いなぁ。

「パイナップルTシャツがあるよい」
「ありますね」
「ビーチサンダルも帽子もパイナップル柄だよい」
「ですねぇ」
「パイン傘もある!カバンも!」

目を輝かせているマルコさんは、どの柄がいいかと壁にかかっているTシャツを眺めていた。

「全身コーディネートするつもりですか?」
「…隣、歩きたくないかよい?」
「え?普通に歩きますよ?」

私はマルコさんがどんな服装をしていても隣を歩きますが?
真面目に答えたらマルコさんは照れくさそうに笑って、たくさんあるTシャツから一枚を取って私に見せてくれた。

「お前さんもこれ着よう」
「ふふ、パイナップルカップルになっちゃいますよ」
「最高」
「はい、欲しいものはかごに入れてくださーい」
「よーい」

パッパパッパパッパパッパーイナップール、パッパパッパパッパパッパーイナップール。

「パッパパッパパッパパッ」
「パーイナップール」
「パッパパッパパッパパッ」
「パーイナップール」

ホテルに戻るまで、私とマルコさんはパイナップルの歌を歌い続けていた。


〰️ 三日目 夜 〰️


「先に寝てていいよい」
「うぅぅ」

体が、動かない。
美味しい夜ご飯を食べた後、部屋でパイナップルワインを二杯も飲んでしまった。体はすぐに限界がきて、マルコさんにベッドまで運ばれてしまう。
お風呂入った後でよかったなぁ、とベッドでうとうとしていたけど、大事なものがそばにいないから眠れそうにない。

「マルコさん」
「ん?」

マルコさんはベッドから離れたソファでパイナップルをまだ堪能していた。パイナップルワインを飲みながら、パイナップルカステラを召し上がっている。

「マルコさん」

もう一度名前を呼ぶと、こっちまで来てくれた。
一人ベッドにいるのは寂しい。ベッドに入る時は一緒がいい。お酒を飲むマルコさんを見ていたい。

「ベッド、嫌です」
「んじゃあ」

よいしょ、ともう一度抱き上げてくれた。首に腕を回して、力一杯抱きつこうとしたけどお酒が回っているから力が入らない。けどマルコさんの腕が私をしっかり支えてくれている。
ソファに下ろされ、マルコさんが隣に座った。そしてぽんぽんと促されたから体を動かして頭を預ける。

「マルコさん」
「どうしたよい?」
「太もも、かたい…」
「寝心地最高だろ?」
「…」

寝心地はよくない。けど膝枕は嬉しいからこのままがいい。

「ベッドいくか、俺の太ももか、どっちがいい?」

究極の選択。
働かない頭で悩んだ末、カチカチの枕で寝ることにした。
どこか柔らかいところはないかな、とごろごろ動いてみたけど駄目だったから、仰向けになってロックグラスを指で揺らすマルコさんを見つめる。

「かっこいい」

お昼はあんなに可愛かったのに、今は全く違う表情をしている。
本当に同じ人?

「久しぶりに言ってくれた」

大きな骨ばっている手がそっと私の髪を撫でてくれた。気持ちがよくて、離れるたびにもっととお願いをしてしまう。

「イゾウさんのお店で飲んでる姿もかっこよかったんですよ」
「酒を飲んでいるときだけ?」
「うーん…」
「…」
「スーツ姿、かっこいいです」

それから…。えーっと…。

「…スーツ着て酒を飲んでいればいいんだな」
「たまにで大丈夫です」

テレビのない部屋だから、聞こえるのはグラスに入っている氷が当たる音とマルコさんがたまに呟く声だけ。
心地がいい。ずっとここにいたい。固い枕が馴染んできた気がする。
目を閉じてゆらゆらと夢心地になっていると、ずっと撫でてくれていた手が離れてしまった。
目を開けると、マルコさんと目が合った。

「俺のどこが”可愛い”なんだよい?」
「笑った顔です」

笑顔が可愛いです。あと、ご飯食べてる時に口だけ動かしてる姿も。特に美味しい料理を食べた時の表情が可愛くて、私も両親もそれが見たくて料理頑張ってるんですよ。

「俺は餌付けされていたのか…」
「寝顔も可愛い。ぽかん、って口開いてる」
「お前さんも口開いてる時あるよい」
「ふふ。私を見てくれる表情が大好きです」
「こんな風に?」

マルコさんは顔を近づけて、瞳に私をしっかり映した。
この表情が一番好き。大切に、愛おしそうに見てくれる。
お酒でふわふわの体が、マルコさんの想いも注がれて宙に浮いているような感覚になった。

「うへへっ…へ、へぇっ」
「ははっ。”へぇっ”って…っくく」
「こっち、見て」

まだ私を映してほしいな、と両腕を伸ばしてマルコさんの頬を包むと、もう一度顔が近づいてきて、瞳がよく見えるようになった。キスがしたくなったけど、マルコさんの唇には届かないから代わりに親指で撫でてみる。
すると、マルコさんが手に唇をたくさん寄せてくれた。指にも手のひらにも甲にも、両手をたくさん可愛がってくれる。

「ふ、ふふふ…」
「ん?」
「あいしてますよー」

私を映すマルコさんの瞳を、もう二度と淀ませない。いつまでも、ずっと綺麗なままでいてほしい。
可愛くて、優しくて、温かいマルコさんが大好きだから。

「俺も愛してるよい」
「えへへへへー」

そろそろ離してほしいんだが、次はパイケーキを…。私よりもパイナップルですか?……よい。
予想通り”しょんぼりマルコさん”になってしまった。
ふふ、可愛いなぁ。

「可愛いところまだまだあるんですよ」
「まだ?」
「…」
「?」

それはですね──。

その後もたくさん伝えていたような気がするけど、もしかしたら夢の中のマルコさんにだったのかもしれない。


〰️ 四日目 午前 〰️


「みんな車止めてます!」

降りて海岸に行きたい!と安全運転のマルコさんに声をかけると、うーん、と微妙な反応が返ってきた。

「今降りたら目的のビーチの感動が薄れないか?」
「…そうかもしれないです」
「すぐ着くから我慢だよい」
「はーい」

路肩に止まるたくさんの車にさよならを告げながら車は走り続ける。
大きな空に向かって海の上を走っていた。”海中道路”と呼ばれているけど、本当は海の中ではなくて海の上。道路の長さは五キロメートル。マルコさんはハンドルを握りながら、いい道だな、と何度も言っていたから運転好きだったみたい。

「最後に走らせてやりたかったな」
「車、買い替えるんですか?」
「二か月後に納車予定だよい」

私もたくさん乗せてもらったマルコさんの愛車。一人暮らしのお家に何度も来てくれたし、色んなところに連れて行ってもらった。
最初はどこに行ったっけな。お弁当箱を買いにちょっと遠くのショッピングモールに行ったのが初めてだったかも。

「次は私でも運転できる車ですか?」
「サイズが今よりも少し大きくなるが」
「今よりも?!」
「そんな驚くことかよい?」

せっかくだから初乗りはお前さんやるかよい?いえ!怖いのでやめておきます!
次の次は私でも運転できそうなサイズにしてほしいとお願いをして、乗り納めにどこか行こうか、と予定を立てていると、海中道路が終わって一つ目の島に着いた。けど目的のビーチは別の島だからまだまだ走り続ける。
帰りに海の駅に寄りましょうね。いなりとチキン食べないとだからな。

「いい景色ですね~」
「初日からずっと見ているのに飽きないな」

海、海、海。今朝も部屋のバルコニーでうとうとマルコさんと海を眺めていたのに、全く飽きない。海を見ることがあまりないからかな?

「やっぱり海に入れる時期にこればよかったですかね」
「俺は泳がないからどっちでもいいよい」

水着なんて大学時代が最後だなぁ、とマルコさんが呟くから頭の中にイメージが出来上がってしまった。
マルコさんの水着姿。きっとパイナップル柄の水着だ。……上半身が太陽に照らされ、いつも以上に逞しく見えて、私はたぶん、マルコさんを見れないかもしれない。

「…マルコさん、パーカーとか着てくださいね」
「何の話だよい?」

マルコさんの体、刺激が強すぎるんです。”素敵”じゃなかったのかよい?
お互いの体の話になって、筋肉が、運動を、なんて話していたらあっという間にビーチの駐車場に到着。車を止めて、舗装された道を少しだけ歩けばすぐに視界が広がった。

「「おぉ!!」」

岩だ!迫力がすごい!
観光地ではなく自然のままの手つかずのビーチ。岩がすごいとネットで見かけたから行ってみようとなったのだ。
午前中に来れたから波で削られている岩肌がよく見える。マルコさんと岩を見て、静かな浜辺をぐるっと見渡す。
私達以外には誰もいなかった。ここは穴場だ。

「足だけでも入りたいです!」
「せっかくだからな」

マルコさんの手を引いて少しずつ海の方へ。海開きの時期よりも少し早いから冷たかった。冷たい冷たいと騒いで、何となく足でパシャパシャ遊んでいると、マルコさんが、いいな、と呟いた。

「泳ぎたくなってきた」
「さっき”どっちでもいい”って言ってたじゃないですか」
「潜りたいよい」

来年はダイビングしようとマルコさんがやる気を出してくれた。
なら洞窟に行かないとですね。ウミガメにも会ってみたいよい。
今年は残念ながら足首までしか入れないけど少しでも海を感じたい。しばらく海に入ったまま、繋がっている手をゆらゆらと揺らす。

「楽しみがどんどん増えていくよい」
「ふふ、なくならないですね」
「次はどこに行きたい?」
「そうですねぇ」

カシャ。

"カシャ"?

「あっ!!」

後ろを見ると、カメラを構えている男性と目が合った。彼は何故か驚いていて、慌てた様子でこちらにやって来る。

「す、すみません!あまりにもいい雰囲気だったので!」

つい癖で…。すみません、消しますので…。
海から上がって、カメラの画面を見せてもらったら地平線を眺める私とマルコさんの背中が写っていた。
すごくいい雰囲気が出ていたから私もマルコさんも感心して、他の写真も見せてほしいとお願いをしてしまった。快く見せてくれた写真は、綺麗だったり迫力があったり、どれも自然をそのまま切り取ったようなものばかり。

「一応写真家なんです」
「それでこんな素敵に」
「プロは違いますね」

消しちゃうのはもったいないな、と思っていたらマルコさんも同じことを思ったみたいで、画面越しに写真を撮らせて欲しいと男性にお願いをしていた。

「よければもう一枚どうですか?」
「「え?」」

今度は正面から撮りませんか?無断で撮ってしまったお詫びにもう一枚撮らせてください。
連絡先を教えてもらえれば送りますよ、と男性が素敵な提案をしてくれた。
マルコさんと顔を見合わせてすぐ、マルコさんが男性にスマホを見せて連絡先を交換。
どこで撮りましょうか?さっきと同じ場所がいいんじゃないか?

「はい!じゃあ、いきますよー」

カシャ。

写真には、パイナップル柄のTシャツを着た満面の笑みのカップルが写っていた。


〰️ 四日目 夜 〰️


「ただいま~」
「戻ったよい」

フィーちゃん達に声をかけて、よいしょ、と荷物を置いて、二人でふぅ、と一息。
満喫した。全力で満喫した。楽しかった。海が綺麗だった。パイナップル美味しかった。

「ホテルすごかったです」
「飯も美味かった」
「写真もよかったですね」
「待ち受けにした」

ほら、とマルコさんがスマホ画面を見せてくれた。ホーム画面にしたのかと思ったら、ロック画面が数時間前に撮ってもらった写真になっている。

「隠す必要なんてないからよい」

マルコさんは、へへ、と画面を見つめながら嬉しそうに笑った。
アスカの結婚式で迎えに来てくれて以来、マルコさんは職場で、聞かれなくても私のことを話すようになったらしい。お菓子好きの部下さんには写真も見せたみたいで、喜んでもらえるかと思ったら”報告が遅いですよ。どれだけ待ってたと思ってるんですか!?”と怒られてしまったと教えてくれた。

「お風呂入って洗濯回して寝ましょうか」
「あのよい」
「どうしました?」

顔を横に向けると、マルコさんの顔が…ではなく、”バスパウダー パイナップルの香り”と書かれているパッケージが目に映った。

「風呂、一緒に入らないかよい?」

帰りの空港で、何かこそこそ買っていたのはこれだったのか。

「…」
「…」
「…」
「…へへ」

買っちゃった、とでも言いたげな表情がパッケージの横から現れる。

「今日はいいだろ、な?」
「嫌です。パイナップルの香りをさせた私を食べ尽くすつもりじゃないですか」
「この通り!」

パンッ、と両手を顔の前で合わせ、体を屈めながら私を見る。

「な?…よい?」
「か、かわ…!」

最近のマルコさんは、お願いをするときの仕草を身につけていた。
四十過ぎのおじさんが、首を傾げながらお願いをしている。
…うん、可愛い!!

「し、仕方ないですねぇ」
「へへ」

私はこの仕草にすごく弱い。しょんぼりマルコさんも弱いのに、他にも弱いものがあるなんて。これからもマルコさんに勝つことはできないと思う。

「ふんふん」
「そんなに嬉しいんですか?」

マルコさんは上機嫌で私の背中を押しながら脱衣室に行き、私が服を脱いでいる間に浴槽にパウダーを入れていた。すぐにパイナップルの香りが広がり、まだ浸かってもいないのにパイナップルになった気分になってしまう。

「マルコさん、髪洗ってあげますね」
「ん」
「私の髪はお願いします」
「まかせろ」

マルコさんの体を見ないようにしながら髪を洗い合って、体はそれぞれ綺麗にして、パイナップルのお湯へ身を沈める。
ふぅ、とまた声を出していたら、マルコさんが、あ゛ー、なんておじさんみたいな声を出すから吹き出してしまった。
…あ、そうだった。マルコさんはおじさんだった。

「肌がすべすべになりますね」
「すごいよい」
「パイナップル食べていないのにもうお腹いっぱいです」
「美味そう…」
「っ…」

首に痛みが走って咄嗟に振り返ったらマルコさんはすぐに視線を逸らした。じと、とマルコさんを見ていると、恐る恐る顔が動いて、肩に顔を埋めてくる。

「つい」

すまん、わざとじゃない…。
マルコさんがぐりぐりと肩におでこを押し付けるから少し痛い。せっかく肌が綺麗になる入浴剤が入っているのにこれでは赤くなってしまう。
反省の色がはっきり見えるマルコさんと向かい合うように座り直して、腕をマルコさんの背中に回す。

「たくさん運転してくれたので許してあげます!」
「!」
「ふふ」

お風呂から上がってパジャマを着て、化粧水も乳液もつけて、髪を乾かした後でも、全身からはまだパイナップルの香りが漂っていた。
マルコさんの体からも同じ香りがして、ベッドに入ってからも二人で香りを楽しめたからマルコさんは嬉しそう。
けど楽しかった時間はそろそろ終わり。
本当に楽しかったなぁ…。

「はぁ…」

余韻に浸っていると溜息が聞こえた。
横を見ると、マルコさんは悲しそうな顔をしている。

「明日から現実…」
「それは明日の朝から考えましょう」
「夢のような時間だったよい…」
「楽しかったですね」
「…あぁ、仕事」

仕事、仕事、あぁ…。
仕事前日のマルコさんはいつもこんな感じだけど、今日はいつも以上に嫌がっている。
旅行が楽しかった反動かもしれないな。

「マルコさん」
「?」

よいしょよいしょといつものようにマルコさんに跨って体を寄せてみると、いつものように腕が回ってきた。いつものことだから私もマルコさんも体が勝手に動いてしまう。

「お仕事のことなんか考えてないで、私を見てください」

食べ尽くすつもりなんでしょう?夜が明けるまでは私のことでいっぱいになってください。
おでことおでこをくっつけて、鼻と鼻もくっつける。
マルコさんはじっと私を見てくれていた。

「せっかくパイナップルの香りをしてるのに、もったいないですよ?」
「そうだった」

マルコさんの手が頬を包んで、親指で撫でてくれた。心地がよくてお返しにマルコさんの頬を撫でてあげると、鼻先に唇が落ちてくる。それにもお返しして、次は頬に口づけをされたからお返しをして…。
なんてしていたら自然にいつもの”しあっこ”が始まって、マルコさんは仕事のことを忘れて夢中になってくれた。

「もう少しだけ、いいかよい?」
「もちろんですよ」

何回でも、好きなだけ、私を可愛がってください。
この夜、ベッドの中でマルコさんはずっと可愛がってくれて、たまにはパイナップルの香りをさせてもいいかな、なんて思ったのは秘密。
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