パイナップルからはじまる恋

賑やかな大通りを離れ、こじんまりした建物の扉を開けると落ち着いた空間が広がっていた。

「いらっしゃいませ」

私とアスカ(四十六話登場)は吸い寄せられるように声の方へ。
そして目の前に広がる綺麗なショーケースに二人で声を漏らしてしまう。

「どれがいいかな」
「おすすめを食べるんじゃないの?」
「二つ食べようかなって」

なら私も二つにしようかな、と私を見ていたアスカはショーケースをもう一度眺める。
後ろに他のお客さんがいないから、これかな、こっちかな、と真剣に吟味。
季節ものもいいけど定番もいい。一番人気にしようかな。けどこっちも…。

「うーん…」
「決めた」
「え、早い」
「あんたはいつも遅いわよね」
「お決まりになられましたか?」

顔を上げるとショーケースの向こう側の店員さんが私達を見て微笑んでいる。
アスカが声を出すから店員さんに声をかけられてしまった。

「いらっしゃいませ」

他のお客さんも来ちゃった!時間がない!
アスカが注文している間に、どちらにしようかな、と心の中で歌いながらもう一つを決め、無事に注文。

「これお土産」
「私もお土産」

席について、先ずはお土産交換。
アスカから新婚旅行のお土産を貰い、私はマルコさんと行ったパイナップルの楽園のお土産を渡した。

「パイナップルケーキ。マルコさんが行きたかったの?」
「うん。ずっと楽しそうで、可愛すぎた」
「あんたはどんなマルコさんも”可愛い”でしょ」
「その通りです」

念願の楽園でマルコさんはずっと目を輝かせていて、全力のマルコさんを落ち着かせるのが大変だったけど旅行はすごく楽しかった。

「旅行以外にも話したいことあるけど、先ずは…」

目的のケーキを食べるためにフォークを持つ。
アスカと来たのはマルコさんの部下さんおすすめのカフェ。特に部下さんが好きなのはシャルロット。
帽子の形に似ているというシャルロットは、名前は知っていたけど実際に見るのは初めてだった。綺麗な見た目は食べるのが惜しいほど。けど、食べる。

「…」

けど、どうやって食べたらいいんだろう?
外側のビスキュイにフォークを差したらホロホロ崩れるのかな。中身は崩れたりするのかな?

「美味しい…」
「え、早い」

シャルロットを左から右から眺めてどこにフォーク入刀しようか迷っていたら、アスカはもう食べていた。

「初めて食べたけど、周りのこれも美味しい」

早く食べなよ、とアスカが急かすからフォークでビスキュイと中のババロアを一緒に掬って、口の中へ。

「お、美味しいね…!」
「ね」

流石はマルコさんの部下さん!
周りのビスキュイはメレンゲのようにサクサク。中はオレンジのババロアが入っていて、さらにはちみつが閉じ込められていた。はちみつの香りがして、ババロアは甘くてすごく美味しい。
こんな素敵なケーキを知っているなんて、部下さんはすごすぎる。

「季節ごとに味が違うみたいだからまた来ないと」
「そうなの?ならまた一緒に…あ、次はマルコさんも一緒に三人でどう?」
「三人で?」
「私だけマルコさん見てない」

アスカの結婚式でリンゴさん達(四十六話登場)と約束したとおり、みんなでご飯に行った。その時にマルコさんの話になって、私だけ見てない!私は付き合う前から知ってたのに!とアスカに怒られてしまったのだ。

「今度、遊びに来る?」
「いいの?」
「聞いてみる。駄目とは言わないと思うよ」

マルコさんもアスカのことは知っている。
アスカの結婚式用のドレスを買った時、私が隣にいてくれるのはアスカのおかげでもあるからと、マルコさんは真剣にドレスを選んでくれた。

「たぶん、挨拶したいって言いそう」
「私に?」
「うん」

ビスキュイだけを取って、食感を味わいながらマルコさんの反応を想像していると、アスカが、で?、と私に何かの答えを求めてきた。

「何が”で?”、なの?」
「この流れなら聞くしかないじゃない。どうなのよ?」

アスカはじっと私を見ながら、あることを尋ねる。

「マルコさんとの暮らしは」

ビスキュイを飲み込み、今度はオレンジのババロアだけを掬って一口。
マルコさんとの暮らし?それはもう…。

「幸せな毎日です。ふ、ふふ」
「うわ。また浮かれてる」

紅茶のカップを持ったアスカは呆れ顔。

「だってー」
「ニヤニヤしすぎ」

先月、無事に引っ越しを終えてマルコさんとの暮らしが始まった。
おはようからおやすみまで、毎日一緒。一緒に出勤して、ただいま、おかえり、と言い合って。いただきますとごちそうさまも一緒に言う。
これを”幸せ”以外に何と言ったらいいんだろう?

「気になるところとか出てきそうだけどないの?」
「うーん…」

もう一つ注文したブリュレにスプーンを入れながら視線は天井へ。
気になるところ、気になるところ…。

「ん!ブリュレも美味しい」
「少しちょうだい」

冷たいクリームはプリンのような滑らかさで、中にはこれでもかとバニラビーンズが入っている。表面のカラメルの香ばしさもすごくいい。

「家事はどうしてるの?」
「料理は、平日は私が早かったら作るけどマルコさんが作ったり。お惣菜も多いよ。一緒に作ることも多いかな」
「他は?」

他って?洗濯とか掃除とか。洗濯は乾燥まで洗濯機がしてくれるよ。掃除は?ロボット掃除機が毎日してくれてる。一回、マルコさんが念入りに掃除してたから一緒にやったよ。私より綺麗好きみたい。

「…不満がない人、初めて見た」
「マルコさんが優しいからかな?」
「優しいだけで生活はできないと思うけど」
「”半分こ”したからかな?」
「何それ?」

アスカはイチゴタルトをパクリ。
少しちょうだい。はい。…ナパージュもイチゴの味がする。美味しい!ナパージュって何?このツヤツヤのこと。料理のことは本当に物知りねぇ。

「同棲って、旅行とかと違って恥ずかしい姿見せることになるじゃん」
「私、マルコさんに二回ぐらい酷い姿見せちゃってるよ。すっぴんなんて何回も見せてるし」
「あぁ、よそ行き以外の姿を見せてるのは大きいわね」

マルコさんに見せていない姿はもうないと思う。
気になるところがあるとすればマルコさんのお金感覚ぐらいかな?暮らし始めてから大きな買い物をしていないから、これから気にしておこう。

「あ、今日だ」
「何が?」
「一緒に暮らし始めて今日でちょうど一か月」
「おめでと」
「ありがと」

それからアスカの新婚旅行の話を聞いて、パイナップルの楽園でのマルコさんの可愛さを語ろうと思ったら、店員さんにそろそろお時間です、と声をかけられてしまった。
二人でスマホを見て、もう一時間半!?と驚いて、少しだけ残っていた紅茶を飲み干して席を立った。お土産も忘れずに持ってお店を出る。

「カフェ行く?」
「行く」
「ほどほどにしてね」
「最初から順番に話させて」
「三十分でお願い」
「三時間の間違いじゃ…」
「そんなに聞いてられないわよ!」
「ナオさんの惚気話していいから!」

行ったカフェで、旅行から帰ってきてベッドに入るところまで聞いてくれたアスカは、やっぱり優しい。


◇ ◇ ◇


「せっかくだからちょっとしたもの作ろうかなぁ」

一週間前に定期区間を変更したから、改札を通ってももうお金は減らない。
たったそれだけだけど、今日もなんだかくすぐったい気持ちになる。
私は世間よりも一足先に新生活を送ってるなぁ。…へ、へへ。
アスカに見られたらまた、うわ、と言われそうだけどもう少しはこの幸せに浸っていても罰は当たらないと思う。

「マルコさんと後で一緒に行こう」

いつものスーパーを通り過ぎ、溺愛している彼氏さんが待つお家へ。
お家にはパイナップルがある。パイナップル料理を…。

「酢豚、パイナップルサラダ、カウパッサパロッ、サッチ丼、サッチ焼き…」

サッチ〇〇シリーズで作ったことないのは…。あ、パイナップルを入れ物にする?

「?」

マンションの敷地内に入ると、男の子が一人で立っているのが見えた。入り口の方を見て、道路を見て、地面を見て、空を見て。
なんだかすごく時間を持て余しているみたい。

「こんにちは!」
「こんにちは」
「おせぇ!早く行くぞ~」
「待ってー!!」

どうしたんだろうな、と思っていたらマンションから出てきた女の子が元気に挨拶してくれた。
二人はこれから遊びに行くらしい。
天気いいから外で遊びたくなるよね。私もマルコさんとバドミントン…は、スパルタだから止めておこう。
二人で楽しそうに走っていく姿を見送り、エントランスホールの中へ。
ちょうど女の子が使ったからエレベーターはすぐに開いた。

「お菓子の方がいいかな?」

フルーツポンチ、パウンドケーキ、フルーツグラタン…。
二階、三、四…。

「あ」

悩んでいたらエレベーターの扉が開いてしまった。もう時間切れ。

「マルコさんに相談しようっと」

鞄から一つになった鍵を取り出して、鍵穴に差し込む。
扉を開けると、リビングの扉は閉められていた。声を出しても聞こえないだろうから、靴を脱いで、先に脱衣室で手を洗った。

「ただいま戻りました」

リビングの扉を開けると、ベランダ近くに仲よく並んでいるフィーちゃんとアデ君が目に入った。ただいま、と伝えてみると葉を揺らしてくれた、ような気がする。
おかえりって言ってくれてるみたい。…あれ、マルコさんはどこ?

「マルコさーん」
「ん」

ソファにいると思っていたのに姿はなく、声は台所の方から聞こえた。

「戻りま…」

顔を横に向けながら、戻りました、と言おうとしたけど───。

「…」

その姿に、言葉が出てこなくなった。

「ほはへひ」

もぐもぐ、もぐもぐ。

「…」

がぶり。もぐもぐ、もぐもぐ。

「ん?」

そこには、パイナップルを丸かじりしているパイナップルおじさんの姿が。

もぐもぐ…ごくん。

「どうしたよい?」
「…!!」

本当に丸かじりしてる!!パイナップルに歯形がついてる!!
マルコさんは私を不思議そうに見るけど、パイナップルを食べることは止めない。大きな口で皮ごとかじって、何でもない顔で召し上がっている。

「口の中、大丈夫なんですか!?」
「よい?」
「トゲとか痛くないんですか?」
「こんなのすぐに慣れる」
「さ、流石ですね…」
「ふふん」

出会った時に聞いていたけど、丸かじり姿を見るのは初めてだった。
すごい、好きすぎるとここまでできるようになるんだ。人間ってやろうと思えばなんでもできるものなんだな…。いや、これは絶対マルコさんだけかも。

「あ、マルコさん」
「ん?」

パイナップルは残り一口。

「今日ちょうど一か月なんですよ」
「?」
「一緒に暮らし始めて今日で一か月」
「…あぁ」

もう一か月か。早いなぁ…。
マルコさんは、あー、と大きな口を開けて、最後のパイナップルに食らいつく。
美味しそうに口を動かして、大きく喉を動かして、一個完食。
はー、美味かったよい。それはよかったですね。

「それで、一か月記念するのはどうかなって」
「いいねい。どこか食べに行くか?」
「外もいいんですけど、パイナップル料理作るのもいいなって」

ふんふん、と聞いていたマルコさんは、あれ?と首を傾げた。

「”パイナップル”を使って?」
「はい」

マルコさんは自分で持っている冠芽だけのパイナップルをしばらく眺め、恐る恐る私を見る。

「た、たべ…」
「あは。食べちゃいましたね」

その瞬間、マルコさんはこの世の終わりのような顔になってしまった。

「すまん!まさかそんないいことを考えていたとは…!」
「いえ。事前に連絡しなかった私が悪いんですから」
「そもそもパイナップルも”半分こ”なのに!」
「マルコさんには難しいことだって分かってますから大丈夫ですよ」
「な!?」

大きな手が持つ冠芽はピン、と上を向いているのに、マルコさんの髪は垂れてしまった。
そうか…俺はできない男だよい…、と背中を丸めてしょんぼりしてしまっている。
あぁ、せっかく大好きなパイナップルを食べて幸せそうだったのに…。

「そんなに落ち込まないでください」
「…小腹が空いて、つい」

よい…、と元気がなくなったマルコさんの頭を撫でたくて腕を上げると、マルコさんは、すすす、と屈んでくれた。
マルコさんは、私が腕を伸ばすとすぐにこうしてくれる。体は勝手に動いてしまうらしい。
冠芽と違って、マルコさんの髪はふわふわで撫で心地がよかった。

「一日に二つも食べるのは体に悪いですから、また明日やりましょう」
「やる。今日、一か月記念やろう」

記念すべき日にやらないでどうするんだ。特別な日は特別なことをしないと。
今度はやる気満々マルコさんになってしまい、髪は天井を向いているような気がする。

「ふふ」

アスカに浮かれすぎだと言われたけど、それは仕方がない。
だって、色んなマルコさんが毎日見れて幸せだから。
マルコさんは素直で正直者だから表情がころころ変わる。
四十も過ぎているのにどうしてこんなに可愛いんだろうな。

「何を作るか決めてから買いに行きましょうか」
「ん」

今日は何品?うーん、ちょっとした記念日だから一品ですかね。一品!?決められないよい!抽選で決めましょうか。
いつものようにソファに座るマルコさんの膝の上に乗って、スマホでルーレットアプリをダウンロード。マルコさんに食べたい料理を出してもらって、ひたすらルーレットに入力していく。

「これでいいですか?」
「待ってくれ。あと…」
「早くしないとパイナップル売り切れちゃいますよ」

いつものスーパーで売り切れになることはない。だから今のは、これ以上候補が増えないように考えた冗談。
なのに、振り向くと真剣な面持ちのマルコさんが。

「それはまずい」

マルコさんに、パイナップルの冗談は通じなかった。

「電話で聞いてみる」
「え?」

電話で?何を?と不思議に思っていると、マルコさんは突然スマホで何かを検索し始めた。すぐにスマホの下真ん中を押して、耳に当てる。
そしてスピーカーからコール音がしたと思ったら、向こうから誰かの声がして、マルコさんが口を開いた。

「すみません。パイナップルありますか?」

どこかで聞いたことのある台詞だと思った。
どこで聞いたんだっけ?、と頭の中を探ってみる。
実家の手伝いをしてる時だと思うんだけどなぁ。パイナップルを尋ねてくるお客さんはあまりいないから、誰かなんてすぐに…。

「あ」

あぁ。あの時、ビシッとスーツを着た彼が聞いてきたんだった。
その彼は今、私を膝に乗せて、パイナップルはあるかと聞いている。

「ふふ」
「?。…はい。そうですか。分かりました。ありがとうございます」

電話を切ったマルコさんはこちらを覗き込んできた。
どうかしたかよい?なんでもないですよ。スーパー、まだたくさんパイナップルあるって。…ですよね。

「よし。これでルーレットを回すよい」
「では、スタートボタンはマルコさんにお願いします」
「二人で押す」
「二人?」
「二人」

よいしょ。
マルコさんに腰を掴まれ、横向きに座る形になった。マルコさんの顔がよく見えて、なんとなく頬を撫でてみる。すると強めに擦り寄ってきて、顔が近づいてきて、触れるだけのキスが落ちてきた。
パイナップルの味が、すごくした。
もう一回味わいたくてじっと見つめていると、気づいてくれたマルコさんは三回もしてくれた。

「ずっと一緒、だからよい」

二人で色んなパイナップル料理を食べていくんだ。だから、決める時も二人で。

「なるほど?」

マルコさんは、うんうん、と一人で何度も頷いていた。
マルコさんといるのが当たり前だから考えたことなかったけど、これからもテーブルにはパイナップルがある。

「…」

これから、もっと色んなパイナップルを、パイナップルおじさんと…。

「私、パイナップルおばさんになっちゃいますね」
「それを名乗るなら髪型を…」
「いえ、名乗りません!」
「似合うと思う。こう、髪を一つにして…」
「しません!パイナップルおばさんにはなりません!」
「くくっ」

じゃあ、一緒に押しますよ!

「せーのっ」
「「よいっ!」」

パイナップルからはじまった私とマルコさんは、これからもパイナップルと一緒に。


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