パイナップルからはじまる恋

荷物を受け取り到着ロビーへ出ると、”ようこそ!”と書かれた紙を持つ二人の青年を見つけた。二人は屈託のない笑顔で私とマルコさんを見ていて、マルコさんはというと、そんな二人を見ないようにしていた。

「さて、バスに乗って…」
「「待てコラァ!!」」

二人は声を上げながら私達の方へ走ってきた。
マルコさんはそれでもバス乗り場へ行こうとする。二人はマルコさんの前に立ち、腕を広げて止めようとする。けどマルコさんはずんずん進む。

「姉ちゃん久しぶり!」
「うん。久しぶりだね」
「迎えに来たぜ!」

二人は標的を私に変えたらしい。
ぐいぐいマルコさんに引っ張られながら、止めようとする二人に応える。
マルコさんは全く歩みを止めないから、二人はずっと後ずさり状態。

「荷物持つぜ!」
「え」
「姉ちゃんこっちこっち!」
「えっ…!」
「させるかよい!」
「えぇ…!?」

重いだろ?とそばかす青年が私の荷物に手をかけ、もう一人の青年が私の手をぐいぐい引っ張る。
私はマルコさんと青年に引っ張られて、体が半分になりそう。
少し、というか、すごく痛いなぁ。

「マルコさん、諦めましょう?」
「…ちっ」

マルコさんはすごく嫌そうな顔をしながら足を止めた。私の手を掴む青年を見て、ぎろ、と睨みつける。二メートル超えの男性の睨みは普通なら怖がると思うけど、この青年には全く効いていなかった。

「ルフィ、手を離せよい」
「離したらバス乗る気だろ?姉ちゃんは人質だ!」
「離せっつってんだろ!」
「離さねぇ!」

マルコさんは二人相手になるとどうして意地を張るんだろう。
マルコさん、落ち着いてください。こいつが手を離せば落ち着くよい。ルフィ君、バスには乗らないから安心して。本当かー?本当だよ。

「到着時間知ってたの?」
「イゾウから聞いた」

イゾウさんは今日の夕方には到着する予定。宴会は明日だから会うのは明日。その時にバイクに乗るイゾウさんの姿を一目でいいから見たいと思っている。ヘルメットを外した瞬間を見てみたい。

「バスよりも車の方がいいだろ?だから迎えに来た」
「エース君が運転してくれるの?」
「当たり前だろ」
「エースの運転…?」

マルコさんは大丈夫なのか?と訝しげにエース君を見る。

「何歳になったと思ってんだよ。もう二十歳だぜ?」
「お酒飲めるもんね」
「酒が飲めるのか…デカくなったなぁ」

マルコもおっさんになったからな。姉ちゃん、本当にマルコでいいのか?おっさんじゃねぇか。うん、マルコさんしか考えられないかなぁ。…変わってるな。本当にな。

「姉ちゃん、ラーメンあるぞ」

ルフィ君の突然のラーメン発言。
駐車場へ行くのではと思っていたのに何故か上りのエスカレーターに乗り、レストランが並んでいるエリアに来た。
マルコさんを見ると、眉間には深い皺が。

「うん。あるね」
「餃子もあるぞ」
「あるね」
「パスタも、ハンバーグもあるぞ!」
「…あるね」
「食堂も美味いんだぞ~」
「…」

私かマルコさんから言うのを待っているのか、エース君もルフィ君もあの言葉を口にするつもりはないらしい。

「弁当でもいいぞ!」
「何がいいぞ、だよい」

マルコさんはさっさと行くぞ、とレストラン街から離れようとする。
するとエース君とルフィ君がまた私達の前で腕を広げてみせた。
それでもマルコさんはずんずん進む。二人はずりずりと後退り。
マルコさんはバスは折れてもこれは折れるつもりはないらしい。
どうするのかな、と二人を見るとぐぬぬ、と険しい顔をした。
そして、観念したように声を上げる。

「先ずは腹ごしらえだろ!」
「なんか食わせろ!」
「はは。相変わらずだね」
「迎えに来たんじゃねぇのかよい…」

食うぞー!とやる気満々の二人を見ながら、マルコさんは長い溜息をついていた。


◇ ◇ ◇


「よく来たなぁ」

出迎えてくれたマルコさんのお父さんは、写真で見た時と同じ、変わった形の髭をされていた。けど違和感を抱かせず、寧ろその形以外に似合う形はないのでは、と思わせてしまうほどお似合い。
私の父よりも年齢は上。背はサッチさんぐらいあり、体づくりをしているのかマルコさん同様にしっかりした体格だった。
迫力がある、とはまさにこのこと。
けど圧倒的な存在感があるのに全く怖くないのは、マルコさんのお父さんだからかな?

「はじめまして!マルコさんとお付き合いさせていた…」
「挨拶は中でするよい」
「あ、はい!」
「移動で疲れただろ。茶でも飲んでゆっくりするといい」
「その茶は出してくれるのかよい?」
「あぁ?それはお前がするんだろうが」
「私がやります!」
「座ってろ」
「え、あ…」

お前さんはこっち、とマルコさんにリビングへ案内されて椅子に促される。お父さんは私の向かいに座り、マルコさんは台所へ行ってしまった。

「この辺りは初めてか?」
「はい。静かでいいところですね」
「グララ。静かだと思えるのは今の内だけだ」
「それはどういう…?」
「茶はどこにあるんだよい?」
「昨日、誰かが置いていったやつがそこらへんにあるだろう」
「これか?」

私とお父さんは同時に台所へ顔を向ける。
マルコさんは綺麗なパッケージの箱をこちらに見せてくれた。

「それを淹れろと置いていったな」
「なるほど…」

マルコさんは箱を開けしばらく中を見て、困ったように私を見る。

「淹れ方が分からないよい」

これはどうやったら?と助けを求めてくるから慌ててマルコさんのそばへ。
見せてくれたのはティーバッグタイプの紅茶。
マルコさんは茶葉の紅茶は淹れたことがあるけど、ティーバッグは初めて。カップにお湯を注いでティーバッグを入れるだけでいいけど、マルコさんは一人では無理だと首を横に振る。

「一緒にやりましょうか」
「よい」

カップを温めてお湯を注いで…、と教えながら紅茶を入れているとテーブルの方から笑い声がした。

「本当に仲がいいんだな」

顔を上げるとニヤリと笑うお父さんと目が合った。
お父さんを待たせているんだった!

「すみません!すぐに終わりますので!」
「いい。ゆっくりやってろ」
「二分経ったよい!」
「あ、なら、軽くティーバッグを振って、そっと取り出してください」
「ん」

マルコさんは二回ティーバッグを本当に軽く振って、恐る恐るカップからティーバッグを取り出した。

「できたのかぁ?」
「お待たせしました」
「いいもん見させてもらった」

お父さんを待たせるならお湯でもよかったけど、楽しそうだから大丈夫かな?

「それは何て茶だ?」
「アールグレイです」
「好きな茶か?」
「はい。よく飲みます」
「そうか。ならいい」
「気が利く奴だよい」

誰が置いていったのか、マルコさんは分かっている様子。
聞いてはいたけど世話焼きがいるのは本当みたい。

「息子が随分と世話になってるみてぇだな」

マルコさんのお父さん、ニューゲートさんの前には私が持ってきたお酒が入ったグラスが置かれている。
つまらないものですが、と用意したお酒を渡すとニューゲートさんはすごく喜んでくれた。それに安心していたけど、すぐに箱から開けて一升瓶を手にしてそのまま飲もうとする姿には驚いて声が出ず、マルコさんは人前だ!とグラスを乱暴にテーブルに置いて慌てたように私を見た。
オヤジはこんなんで確かに酒しか飲まないがアルコール依存症ではないんだよい。だから安心してくれ!危なくない!は、はい。何をそんな焦ってんだぁ?オヤジのせいだろ!

「お世話になっているのは私の方です」
「イゾウやサッチ、エース達から話は聞いている。こいつが随分と惚れ込んでるようで」
「そんなことをいちいち言うな」
「いえ、惚れ込んでいるのは私の方で…」
「お前さんも真面目に答えなくていいよい」

お父さんはイゾウさん達から色んな話を聞いたらしい。特にエース君とルフィ君が夏休みの話を細かく話したみたいで、お父さんからもこんなおっさんでいいのか?と尋ねられた。

「はい。私はマルコさんしか考えられません」

私はマルコさんが何歳でも構わない。もっとおっさんだったとしても好きになる。

「せっかくだ。馴れ初めから色々聞かせてくれるか?」
「はぁ?」

息子のそんな話に興味あるのかよい?とマルコさんが困惑している中、ニューゲートさんが催促するように見つめてくる。

「その、出会いは私の実家のお店で、よくパイナップルを買いに来てくれてたんです」
「なるほどなぁ…」
「…なんだよい」
「若ぇな」
「うるせぇ」

ニューゲートさんは私の話を楽しそうに聞いてくれた。そうかそうか、と頷いてくれたり、それで?と続きを待ってくれたり。
マルコさんが乗せ上手なのはニューゲートさんから受け継いでいるみたい。

「それで…」

マルコさんが少しずつ料理を作れるようになって、と順番に話しているとマルコさんにそれ以上は話すな、と止められてしまった。
和食の朝ご飯を作れるようになった話はしたかったな、とマルコさんを見ると、駄目、と言うから諦めることに。

「こいつが料理できるようになっていたのには驚いたが、教え方が上手いんだな」
「マルコさんがすごく真面目だからです。”少し”と伝えると本当に少しいれて、”思い切り”と伝えると、腕を上げて思い切り切ろうとして」

マルコさんは言葉通りのことをしているだけ。危なっかしいけど、ちゃんと教えれば誰でもできることだと思う。
けどニューゲートさんは私にしかできないことだ、と褒めてくれた。

「盆の時にこいつの料理を見て、感動しちまってなぁ」
「そうだったんですね」

その時の写真は見せてもらっ
ているし泣き声も聞いてしまっているけど、ニューゲートさんには秘密。

「一緒に住むことにしたんだよい」
「買った家が広くてよかったな」
「そこまで考えて買った訳じゃなかったが」

結果としてはよかった、と何度も頷くマルコさんに、ニューゲートさんは負担をかけさせないように、と釘をさしていた。

「四十過ぎた男だが鼻ったれなところもある。それでも住むのか?」
「はい。ずっと一緒にいると、決めているんです」
「ほう…?」

ニューゲートさんは、それはどういうことだ?と私を見た。
紅茶のカップを両手で包み込むと、じんわりと手のひらが暖かくなった。それが体中をめぐって、声にも熱が籠る。

「マルコさんと、嬉しいことも辛いことも、どんなことも分け合って過ごしていくと約束しました」
「…どんなことも?」

背筋が伸びる。
ニューゲートさんの鋭い視線が私を貫き、体に緊張が走った。

「それは本心か?」

低い声に体は震えそうになった。けど、手を強く握りしめながら、大丈夫、と落ち着かせる。

「はい」

私はもう迷うことはない。だから、真っすぐ答えるだけ。

「二人でずっと分け合いながら生きていくと決めている」
「マルコさん」

マルコさんにそっと引き寄せられた。隣を見ると、いつもの大好きなマルコさんがいた。

「な?」
「はい。ずっと半分こです」
「だから大丈夫だよい」
「…そうか」

ニューゲートさんはすごく穏やかな表情をしていた。

「そこまで決めてんなら、俺から言うことは何もねぇ」
「ありがとうございます!」
「今日はメシを作ってくれるんだろ?」
「はい!マルコさんと二人でお父さんにと…」
「”お父さん”…?」

ニューゲートさんはピクリ、と眉を上げながら訝しげに私を見た。

「!」

し、しまった、お父さんって呼んじゃった!家族になったわけじゃないからお父さん呼びは可笑しい!

「すみません。違うんです!えっと、えっと!」
「はは。”お父さん”だってよい」
「マルコさん、どうして笑って…!」

お父さんは明らかに怒っているのに、マルコさんは、ははは、と笑っているだけ。

「随分な言い方だなぁ…」

体にもう一度緊張が走った。私を見るニューゲートさんの瞳が細くなり、逃げるように視線を逸らす。冷たい視線は、私の体温を奪っていった。
追い出されるかも…。どうしよう、今のはまずかった…!

「大丈夫だよい」
「大丈夫じゃ…!」

マルコさんが手を握ってくれるけど焦りはなくならず、回っていない頭で言い訳を考えてみるけど何も思いつかない。

「”お父さん”、だと?」

低く地響きのような声に、部屋がカタカタと震えている気がした。
その震えに反応して、体は震え出し、心臓が大きく脈打っている。
振動は体の奥底まで届き、震えはどんどん大きくなり、冷や汗が止まらない。

「あの、あの…すみま…っ!」
「落ち着け。オヤジのこの反応は…」

とりあえず申し訳ございませんって謝らないと!いつかそう呼べる関係になれたらと思ってます!って言わなきゃ!
けど、声が出ない。
マルコさんを見て助けを求めたかったけどその声も出なくて、大丈夫、とぽんぽんと背中をさすってくれるマルコさんをただただ見つめるしかなかった。
イゾウさんが危険だと思ったらマルコさんの後ろに隠れるようにと教えてくれたのに…。
私は、もう…。

「いいじゃねぇか」

もう駄目だ、と諦めかけた時、そんな声がした。
前を見るとニューゲートさんは口元を上げていた。

「いい響きだ!」
「え」
「もう一度呼んでくれ!」
「え…?」

マルコさんを見ると、くつくつ笑いながら教えてくれる。

「”お父さん”が気に入っただけだよい」
「追い出されたりはしないですか?」
「娘同然の奴を追い出したりしねぇよ」

よかったぁ…。な、大丈夫だったろい?

「これからよろしく頼むぞ」
「よろしくお願いします!」
「んじゃ。準備するか」
「はい。お父さん、お待ちくださいね」
「あぁ。美味いメシを頼む」

私は頷いて、マルコさんと台所へ向かった。
──泣かせてしまった理由は、多分、料理の味だけじゃない。


◇ ◇ ◇


ドドドドド。

遠くから、地響きのような音が聞こえてくる。
昨日のお父さんの声と違って機械的。
これは、エンジン音だ。

「そろそろだよい」

私とマルコさんは音がする方向を見ていた。
音はどんどん大きくなり、遂に姿を現す。
バイクは想像以上に大きくて、押すのも苦労しそうなほど重たそう。

ドゥゥゥン…。

大型バイクはゆっくりになっていく。

パラララ…。

そして、目の前で止まった。

「この寒い中バイク使うなんて、物好きな奴だよい」
「俺はこれしかないからな」

そう言いながら、彼はヘルメットに手をかけた。
持ち上げたその下から黒髪がはらりと舞い、顔が静かに現れる。

「先週ぶりだな、お嬢さん」

澄んだ空気を纏った黒髪が、光を受けて輝いていた。
これは…、これは…!

「…」
「お嬢さん?」
「どうしたよい?」
「すごく…すごく素敵です!」

ライダー姿のイゾウさんは素敵すぎた。大型バイクを近くで見るのも初めてなのに、乗っている人が素敵だからさらにテンションが上がってしまう。

「はは。ありがとう」
「すごいです!髪がふぁさぁって!!」
「嬉しいんだが、隣を見てみろ」
「隣?」

顔を横に向けると、目の前にマルコさんの顔があった。鼻と鼻がくっつきそうなほどの距離に驚いて、思わず背中を反らしてしまう。
マルコさんは眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな表情で私を見ていた。

「イゾウが、”素敵”?」

大型バイクに跨ってるだけだぞ?ヘルメット外しただけだぞ?そんなの…。

「俺でもできる」
「お前の髪では無理だろ」
「できる」

マルコさんは貸せ、とイゾウさんからヘルメットを奪い、ぼすん、と被った。

「こうだろ?」

ヘルメットをゆっくり外して顔を出したマルコさんはぶんぶん首を横に振って髪を揺らしていた。まるで濡れた毛の水分をふるい落とす大型犬みたいに全力で。
これは…、これは…!

「可愛い!!」
「なんで!?」
「お前、今のは"素敵"じゃねぇだろ」
「くそ…!」
「マルコさん、もう一回ぶんぶん振ってください!」
「もうしないよい!」

マルコさんはさっさとやるぞ、と中へと行ってしまった。私は急いで後を追いかけ、イゾウさんはバイクを玄関横に止めてゆっくり入って来た。
オヤジ、邪魔するぞ。久しぶりだなぁ。

「これが鍋だ」
「…業務用では?」
「宴会で鍋をやる時はだいたいこれだよい」

マルコさんが物置から出してきたのは、イベントとかでしか見たことない業務用の大きな鍋。何人用なのかと尋ねると百人用だとイゾウさんが教えてくれた。ただエース君とルフィ君がいるからこれでギリギリだと言う。

「こんな大きな鍋をコンロに乗せても大丈夫なんですか?」
「コンロはこれ」

次に出てきたのは業務用のガスコンロ。
イゾウさんとマルコさんは物置からテーブルと椅子も出してきて、慣れた手つきで庭に宴会会場を作っていく。私は鍋を囲むようにテーブルと椅子を並べるのをお手伝い。
お父さんはリビングからこちらを眺めていた。手にはもちろん、お酒。

「食材はあるんだよな?」
「あぁ。玄関前に置いてあった」

宴会なら鍋が楽だろうとイゾウさんが提案してくれて、地元の人達に連絡をしていた。
今朝、連絡した中のどなたかが段ボールいっぱいの食材を置いていったのだ。

「ひらすら切るぞ」
「俺もやるよい」
「はい。一緒に切りまくりましょう!」

お酒が好きな人達と聞いたのでつまみも作るけど、先ずは鍋の材料を切ることに。

「…」
「…」
「よい…よ、、い」

大丈夫そうですね。だな。
切り進めるマルコさんを私とイゾウさんはしばらく眺め、安全確認をして私達も包丁を持った。
段ボールから野菜を取り、水で土を取って黙々と切る。まるで開店前の仕込みをしている気分になり、なんだか楽しい。

「手伝いに来たわよ」
「ガス持ってきたぞー」

庭から声がして顔を上げると、エース君とすごく綺麗な女性がいた。
二人は庭から入ってきて、お父さんに挨拶をしながらこちらまで来てくれた。

「ベイよ。よろしくね」
「昨日の紅茶はベイが用意してくれたんだよい」
「はじめまして!マルコさんとお付き合いさせていただいてます」
「噂は聞いているわ」
「どんな噂だよい」
「これ全部切るのか?」

段ボールにはまだ山盛りの野菜がある。
エース君も手伝ってくれるようで、五人で仕込みを開始。

「マルコは手を焼くでしょう?」

トントントントントントントントントン。
トントントントントントン。
トントントントントントン。
トントントントン。
トン、ト、トン…トン。

仕事はできるけど他がねぇ。いえ、マルコさんは家事も得意で…。そうなの?あなたの前だから張り切ってるのかしらね。

「普段はどんな感じなの?」

ちゃんと大事にされてる?雑なところがあるから、もし何かあったらすぐにイゾウに言うのよ。イゾウが怒ればマルコも…あら、怒りのイゾウを知っているの?

トントントントントントントントントン。
トントントントントントン。
トントントントントントン。
トントントントン。
トン…、ト、ン…ト…。

「あ、そうそう。マルコは…」
「ベイ!口じゃなくて手を動かせよい!」
「あんたの四倍は切ってるわよ」
「ぶふっ。マルコは全く戦力にならねぇな~」

一番切っているのはイゾウさん。次は私とベイさん、その次がエース君。
マルコさんはエース君の半分も切っていなかった。まな板の前に置かれたボールには少しの野菜が入っている。

「どうせ俺は戦力外だよい…」

他のボールを見て、自分のボールを見たマルコさんは、しょんぼりマルコさんになってしまった。
面倒なパイナップル野郎だな、とイゾウさんとベイさんとエース君は呆れている。

「俺はやらなくたっていいんだよい…」
「おっさんがいじけてるぞ」
「マルコ、さっさとやれ」
「”素敵”なイゾウが全部切れ」

マルコさんはもうやらない、と包丁から手を離して、台所から出ようとしていた。
そんなマルコさんの前に立って、手を取る。

「マルコさんはすごく上手ですよ」
「…」
「ほら、全部均等じゃないですか。すごいです」
「…本当かよい?」

マルコさんは丸めていた背中をさらに丸め、顔を近づけてきた。
いつも丁寧に切ってくれてありがとうございます。今日もマルコさんが切った野菜を食べたいです。
頬に手を添えて、いつものように撫でる。擦り寄ってくるマルコさんが可愛くて両手でしばらく撫でていると、しょんぼりマルコさんはいつものマルコさんに戻っていた。

「マルコさんは上手です」
「へへ」
「一緒にやりましょう?」
「よい」
「ふふ、可愛いですね」
「…彼女、大丈夫?」
「あぁ、いたって平常だ」
「姉ちゃんはいつもこんな感じだ」

やる気を出してくれたマルコさんの隣で切り続け、ボールが一杯になったら鍋に入れるのを何回もして、大きな鍋を野菜で一杯に。

「次はつまみを作りましょうか」
「はい。マルコさんもこっち側に来ますか?」
「ん」

鍋はイゾウさんとエース君に任せ、次はつまみ作り。
いつもの何倍も腕を使っているから明日は筋肉痛になりそうだなぁ。

「肉持ってきたぞー!!」
「酒も持ってきた~」
「いいワインもあるぞ」
「オヤジ飲んでるかー?」
「マルコは手伝ってんのかぁ?」
「しまった。煙草切らしちまった」

ルフィ君以外にも十五人ぐらいの人がこちらを見ていた。

「はじめまして!マルコさんとお付き合いさせて…」
「おぉ!噂のマルコの彼女か!」
「よく来たな~」
「ルフィ、肉はこっち寄越せ」

エース、肉を切れ。はいよ。まだできてねぇのか?まだだ。手を出したらどうなるか分かってるだろうな?…はい。オヤジの飲んでる酒、見たことねぇやつだな。グララ、娘が選んだ品だ。渡さねぇぞ。味見させてくれよー。ワインに合うつまみも頼む。分かってるわよ。

「まだ何もできていないのにもう酒盛り?」
「グララ。いいじゃねぇか」
「そうだぞ。集まればすぐに酒盛りだ!」
「今日は”マルコの彼女さんようこそ会”だ!」
「本人はまだ作ってるけどな」
「「「「乾杯〜!!」」」」

いつもこんな感じなのかな?
マルコさんに尋ねようとしたけど真剣に盛り付けをしているから、ベイさんに尋ねてみる。
ベイさんは庭を見ながら呆れていた。けどどこか楽しそうなのは気のせいじゃないと思う。

「いつもこんな感じよ」
「すごくいいですね」
「そう?うるさくて仕方がないわ」
「できたよい」
「綺麗ですね」
「へへ」
「それ持って行ってやりなさい」
「よい」

これ、マルコ作?そうだ、食えよい。待て、マルコ作なら先ずオヤジだろ?グララ、俺は昨日堪能したから十分だ。

「いただきまーす!!」
「待てルフィ!皿ごと持つな!」
「うめぇ!!」
「全部食ってんじゃねぇよ!」
「追加お願いー」
「…料理が追いつく気がしません」
「追いつこうとしなくていいのよ」

マルコさんに教えてもらった、サッチさん対エース君とルフィ君の話を思い出してしまった。
ベイさんは、サッチじゃないから無理よ、と急がずに料理を作り続けている。戻ってきたマルコさんが次は何したら?と私を見るので、ベイさんに倣っていつも通り料理を作ることに。

鍋ができたぞ。おっしゃー!好きなだけ食え。いっただきまーす!腹減ったぁ。…美味い!酒が進む!酒は足りるのか?誰か買ってこいよ。私が買ってきます!あなたは客。あ、はい。

「マルコのどこがいいんだ?」
「えと…」
「答えねぇよい」
「パイナップルだよ?大丈夫なの?」
「その…」
「大丈夫に決まってんだろい」
「ワインはどうだ?」
「すみま…」
「飲まねぇよい」
「姉ちゃん!おかわり!」
「あ、はー…」
「てめぇでやれ!」

始まった宴会でマルコさんは私の番犬になっていた。私に声をかける人全員に噛みつき、しっしっと追い払おうとする。
けどそんなマルコさんを恐れる人は一人もいなかった。寧ろ楽しそうにマルコさんに突っかかっている。
きっと、いつもこんな感じなんだろうな。

「お前邪魔!嬢ちゃんに聞いてんの!」
「マルコを引きはがせ!」
「俺は離れねぇよい!!」
「ビスタ!手伝え!」
「任された」
「離せえぇぇ!」
「お嬢さん、オヤジが呼んでるぞ」
「あ、はい!」

すっと作られた隙をくぐってお父さんとベイさんのそばへ。

「野郎共のバカ騒ぎには付き合ってられんだろう」
「こっちでゆっくりなさい」
「ありがとうございます」

イゾウさんも来てくれて、四人でマルコさん達を眺めながらゆっくりと箸を進める。
同じ空間なのに、時間の流れが少し違っていた。こっちもこっちで楽しい。

今日のメシも美味ぇな。イゾウさんとベイさんが上手でしたから美味しいですね。あなたの方が上手よ。サッチがすごく褒めていたわ。そうなんですか?嬉しいです!

「彼女大事にしてんのか?」
「してるに決まってんだろい」
「てかどこで出会ったの?」
「言わねぇ」
「マルコ、また料理上手くなったか?」
「毎週一緒に作ってるからな」
「お前が料理ねぇ」
「今も信じられねぇな」

私と話している時とも、両親と話している時とも違う。イゾウさんとサッチさんとご飯を食べた時とも少し違う。
地元の雰囲気で、地元の人達と気兼ねなくお酒を飲んでいる。
今のマルコさんも本物なんだ。

「…いつもと違うマルコさんが見れて、すごく嬉しいです」
「可愛いパイナップル野郎ではないな」
「え?今も可愛いですが…」
「はは、お嬢さんはブレないな」
「そうだ。いいもんをやろう」

お父さんは唐突にそう言って、リビングを出て行った。
何だろうな、とマルコさんを眺めていたら、エース君とルフィ君に追加のお肉を頼まれ、イゾウさんとたくさん切っているとお父さんは正方形の厚めの何かを持って戻って来た。
追加どうぞ、と鍋に入れて、お父さんが持ってきた物を見て、思わず声が上がる。

「これは…!!」

マルコさんのアルバム!

「やる」
「大切な思い出ではないですか?」
「俺は見たことねぇ」

持って帰っていい、と言ってくれて、最高のお土産をいただくことになってしまった。
お酒をもっと用意しておけばよかったですね。次来た時を楽しみにしているぞ。

「生まれたてのマルコさん!」
「すげぇ言葉だな」
「グララ。確かに生まれたてだなぁ」

何て可愛いんだろう…!!
一枚一枚、マルコさんの可愛さを確認しながらお父さんにその時のことを教えてもらった。
キャンプの時、宴会の時、家族旅行、入園式、運動会。大泣きしているマルコさん、無邪気に笑うマルコさん、恥ずかしそうにそっぽを向くマルコさん、全力で走るマルコさん、口の中一杯におにぎりを頬張るマルコさん。
今日だけでは見切れないほどのマルコさんが、この中にはたくさんいた。

「このマルコさんは何だか照れてますね」
「あぁ、その時は…」
「照れてるマルコさんもやっぱり可愛い」
「この頃は確かに可愛かったわね。今はただのおっさんよ」
「何見てるんだよい?」

見上げると、不思議そうな顔をしているマルコさんが。

「…」
「…」

慌ててアルバムを抱えて隠したけど、マルコさんはしっかりと捉えていたらしい。
じと、と私を見て、大きな手がアルバムへ伸びてきて、力を入れてくる。

「これは渡しません!」
「返せ」
「お父さんからいただいたので私の物です!!」

可愛いアルバムは持って帰るんです。一生大事にします!棺桶まで持っていきますから!

「グララ。変わった奴だなぁ」
「話した通りだろ?」
「今の俺は可愛くないってことかよい!?」
「今ももちろんすっごく可愛いです!」
「姉ちゃーん!追加ー!」
「肉が足りねぇぞー!!」
「野菜も食べなさい!」
「ワインは体に良いんだ。ワインはな…」
「ビスタのいつものがはじまった~」
「今日の人質を決めるぞー」
「鍋美味ぇ」
「煙草美味ぇ」
「アルバムを返せ!」
「嫌です!」

まだまだ続く賑やかな声は、澄んだ空気に乗って、遠く遠くまで響いていた。


◇ ◇ ◇


『──便、──行きはまもなく出発時刻となります。七番搭乗口へお進みください』
「荷物持つよい」
「ありがとうございます…」

まさか本当に筋肉痛になるなんて思ってもなかった。
右腕では重い物が持てなくて、マルコさんがたくさん持ってくれた。申し訳なさ過ぎて、帰ったら酢豚を作ってお礼をしようと思っている。けど腕が心配。

「アルバム置いていったら荷物が軽くなったな…」
「駄目です!他は置いていってもいいですが、アルバムだけは…!」
「他はいいのかよい」

搭乗ゲートを通り、飛行機までの道を歩く。
エース君とルフィ君が頑なに空港まで送ると聞かないので、帰りもエース君の運転で送ってもらった。マルコさんとエース君達は最後にまた言い合いをしていたけど夏休みに遊ぶことを約束し、マルコさんは泊まることにも渋々だったけど頷いた。
なんだかんだ、マルコさんはエース君達に優しい。

「マルコさん、今回はありがとうございました」
「礼を言うのは俺の方だよい」

荷物棚に荷物を入れてもらい、席に着く。
マルコさんの手が、私の手を包み込んだ。

「次帰る時もご一緒していいですか?」
「騒がしくなるがそれでもよければ」
「楽しかったのでまたやりたいです」
「お前さんは物好きだよい」

機内は満席だった。
小さい子からご高齢の方まで色んな人を乗せた飛行機は、安全確認を終えて、これから空を走ろうとしていた。

「帰ったら親父さん達に土産渡しに行ってもいいかよい?」
「明日もお休みですから今日はゆっくりで大丈夫ですよ」
「そうか?」
「はい。今日はマルコさんのお家でゆっくりしたいです」

帰ったら荷物を整理して、いつものスーパーに行こう。

「酢豚以外に何が食べたいですか?」
「酢豚作るのかよい!?」
「けど腕がですね…」
「俺も一緒に作る」
『まもなく離陸いたします。シートベルトの着用をもう一度お確かめください』

酢豚、酢豚。酢豚、酢豚。
小さな声でふたり、酢豚の歌を歌いながら、飛行機は空の中へ。
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