パイナップルからはじまる恋
実家へ帰ると、黙々と食べるマルコさんと嬉しそうな父としょげている母がいた。
三人に声をかければ六つの目が私を見て両親はおかえりと、マルコさんはこく、と反応が返ってくる。
「美味しいですか?」
「ん」
口にものが入っている時は絶対に喋らないマルコさんは私を見て口を動かしながら頷く。
今日、仕事で少し失敗をして気分が落ち込んでいたけど、マルコさんの可愛い姿を見ていたら少し楽になった。マルコさんの食べる姿は癒し効果が凄いな。
「今日も父さんに負けたわ…いい出来だと思ったのに」
「どれも美味しいですよ」
「ありがとう。でも、父さんを越えたいのよ…」
「母さんにはまだ早いなぁ」
どうやらマルコさんの今日の一品に選ばれたのはまた父の料理だったよう。
「もっと精進しないとね」
「ね、打倒お父さん」
「ははは、受けて立とう」
「あの、何の話を…?」
「マルコさんは気にしなくて大丈夫ですよ」
「これは私達三人の戦いだからマルコさんは気にせず美味しく食べてね」
「作り甲斐があって楽しいなぁ」
「?」
マルコさんは自分の癖に気づいていないので私達の勝負にも気づいていない。
首を傾げながらも箸を止めずに食べ進め、綺麗に食べ切ったマルコさんは父から勧められて日本酒に移る。マルコさんはどの種類の酒も飲めるので、父は酒屋であれこれ買ってマルコさんと飲むのを楽しみにしているのだ。私も母もお酒が強くないので、父は嬉しくて仕方がないのだろう。
「来週と再来週は来るのが難しいです。すいません」
「謝ることではないですよ。そもそも、私達が強引に誘っているので」
「お仕事忙しいだろうけど、体大事にね」
「外食や惣菜になるのは仕方がないが、栄養は考えてな」
まるで息子を送り出す親のように両親は私よりもマルコさんを心配する。まぁ、マルコさんの食生活を考えれば仕方がなくもない。
電車に乗って並んで座り、マルコさんから日曜日の話を振られたので教えてもらったリクエスト以外には食べたいものはないかと尋ねれば、スーパーで食材を見ながら決めると言う。
「お弁当も作りますからね」
「ありがとよい」
「お米は炊いておいてくれますか?」
「おう、まかせろ」
マルコさんは洗い物担当だけでなくお米担当にもなった。得意げにまかせろと言うマルコさんが可愛くて笑い返していればマルコさんの最寄駅に着いたのでお別れ。送ってくれようとするマルコさんに大丈夫だと強く言えば、私がお酒を飲んでいないのもあって今日は素直に引き下がってくれた。
私は今まで男性に付き纏われたり、危ないことは一度も起こったことはないので、マルコさんがどうしてそこまで心配をするのかはよく分からない。歳を重ねると心配性になるのかな、なんてマルコさんのことを考えながら駅から家までの道を歩いているとスマホが震えた。
"久しぶり"
知らない人からの連絡だったので、既読にしていいのか分からず画面を見ていると、俺だと名前が送られてくる。相手は大学時代の同級生だった。偽物なわけはないと思うけど、誰から連絡先を聞いたのかと不思議に思えばその答えが画面上に表示された。
"連絡先教えてくれって言われたから教えたけど連絡来たー?"
教えたのは大学時代の女友だちだったようだ。彼女に連絡が来たことを伝え、約束している土曜日のランチの店を決めると、彼女の彼氏の愚痴の話になる。その話が日を跨いでも終わらなかったので、土曜日に全部聞くからと強制的に終わらせた。
◇ ◇ ◇
「それでさー、ナオがね」
「うん」
パスタをくるくるフォークに巻きつけながら彼氏の話をする彼女。ナオとは彼女の彼氏の名前だ。
彼女は大学時代の一番仲のいい友だち。一年生の頃から二人で遊んだりして、社会人になった今も偶に会っている。同棲して一年経つのに向こうからそれらしい話が出てこない、とかメッセージでやり取りした時と同じ内容も含みながら色んな悩みを聞いていると、そういえばと彼女の方から違う話題を振られた。
「あいつからの連絡、返した?」
「…あー」
「返してないの?私が教えた意味」
「ごめん。でもなんで急に?」
連絡が来た同級生とは大学卒業して以来会っていない。彼はただの同級生で偶に授業や飲み会で一緒になったことはあったけど、ゼミもサークルも同じではなかった。
「サークル仲間が仕事であんたに会ったって聞いたんだって」
その言葉で思い浮かべたのは先日の先方との飲みの場。彼とはサークルが同じだったらしい。
それだけで私の連絡先を教えるのかと彼女に聞けば、フリーの私へのプレゼントだと言う。
「大手の会社勤めだよ。見た目は悪くはないし、何より、背が高い」
「彼女いないの?」
「いないって、エミに聞いた」
それなら本当にいないなのだろう、と信じてしまうほどの情報通のエミ。社会人になってからもそれは変わらず、結婚して子どももいるのにどこで情報を手に入れるのか謎だらけ。
「彼氏いないでしょ?」
「いないけど」
「アプリ始めた?」
「登録はしたけど、やってない」
「なら、土日何してんの?」
何をしてるのかと聞かれ思い浮かべたのは、黙々と食べる可愛いパイナップルおじさんの姿。何となく言いたくなくて、私は濁そうと言葉を探す。
「…家でだらだらしてる」
「その顔は嘘ね」
「あ、いや、ちょっと…忙しくて」
「具体的に」
「…えーっと、そ、そう、料理教室に通ってる」
「あんたに作れない料理は一つもないこと知ってる私につく嘘がそれ?」
「……」
「危ないことしてるの?」
言えないことなのかと不安な顔をさせてしまい、慌てて危ないことはしていないと返せば問い詰められる。仕方なしに数ヶ月前に知り合ったおじさんの家でご飯を作っていることを話せば、彼女は予想していなかった答えだったのかしばらく固まっていた。
「…それ、パパ活じゃん」
「ぱ、パパ活?」
「だって、マンション持ちの四十超えた独身おじさんに会ってるんでしょ?」
「パパ活ってもっと若い子がやるやつじゃ。それにお金もらってないし、体の関係も…」
そう言われるとなんだか事件の匂いがしてきてしまうけど、そんなことは本当にない。
誤解を解くために実家の店に来てくれるとこから順を追って説明すれば、彼女はふーん、とケーキにフォークをさした。
「ご飯係?…な、感じ?」
「なにそれ?なんでそんなことしてるの?イケおじとか?」
「うーん、どっちかっていうと可愛い」
「謎なんだけど…写真ないの?」
「ないよ」
「次いつ会うの?撮って送って」
「撮らないし送らないよ…この事、エミに伝えたら友だちやめるから」
「言わないよ。言ったらどうなるか私がよく知ってる」
「あれは大事件だったね」
「ほんとそれ。私は許してない」
「なのにエミとやりとり続けてるの?」
「情報はあった方がいいから」
社会人になってもう五年は過ぎた。学生時代の友だちの情報なんてなくてもいいだろうけど、彼女にとっては必要なもののよう。
それからエミ以外の同級生の話が続き、年齢的に結婚を考える時期だね、なんて話していたら彼女が焦り始め、また彼氏の話になり、私の話に戻ってくる。
「その可愛いおじさんは置いておいて、あいつに返信してみたら?切りたかったら切ればいいし」
「うーん…なら今するね」
スマホを手に取り、画面を見ればメッセージアプリの通知バッジが四と示されていた。二つは同級生からなのは分かっているけど、残り二つは誰だろうとアプリを開けば一番上にあったのはマルコさん。
"サッチがお米炊いたことを全く信じねえ"
パイナップルがしょんぼりしているスタンプ付きできた連絡が可愛く一人でにやけていると、彼女が「なにその顔、気持ち悪い」と私を見て言った。
◇ ◇ ◇
「……」
「食べたいですか?」
「作ってくれるか?」
鶏肉を手に取り私を見るパイナップルおじさん。
マルコさんの家の最寄駅で待ち合わせをして、スーパーへ向かった。最近のマルコさんは買い物をしている時、私の後ろではなく横を歩くようになり、カゴの中を興味津々に覗き込むこともなく、大きな子どもではなくなった。でも今、この鶏肉で美味いものを作ってくれと言いたげな眼差しを向けてくる姿は大きな子どもだ。
リクエストされたのがメイン料理ではなかったのでちょうどいいと、カゴに入れて貰えば楽しみだと嬉しそう。リクエストの材料もカゴに入れ、レジに向かい、マンションまでの道のりで鶏肉で何を作ろうか考える。
「唐揚げだと重たいですか?」
「食えるよい」
「焼いてステーキにするのもいいですね」
「それもいいねい」
「どっちがいいですか?」
「どっちも美味そうだから決められねぇ…」
真剣にどっちがいいか悩むマルコさんに最終決定を頼んだけど、決められないままマンションに着いてしまった。全く決められない様子だったので、じゃんけんで決めようとマルコさんに勝負を持ち掛ければ、あいこが五回も続く白熱した勝負の結果はステーキ。
マルコさんが私の後ろに立ち作っているところを眺め始めたので、今日もお仕事をお願いすることを伝えれば、お米は炊いたのだからお役御免だろうと首を横に振り続ける。
「はい、ではマルコさん、やりましょ?」
「…よい」
無理だと拒否するマルコさんを横に立たせて、ボールに入ったじゃがいもと木べらを目の前に置く。
今日はポテトサラダが食べたいと言うので、それならじゃがいもをつぶすのはマルコさんにお願いしようと決めていた。二つあるじゃがいもを一つは教えながらつぶし、さぁやってみようと木べらを渡す。その間にキュウリやハムを切るため冷蔵庫を開けていると後ろで勢いよく叩きつける音がした。
「あ」
何故かじゃがいもが宙を舞っている。マルコさんはじゃがいもをキャッチするとボールの中に戻し、木べらを握り締め腕を高く上げた。
その様子はまるで、憎い相手にナイフをぶっ刺そうとしているよう。
「マルコさん、そんなに腕を上げなくて大丈夫ですよ」
「?」
「こうして…」
教えたつもりが伝わっていなかった。つぶし方を細かく伝えればマルコさんはなるほど、と今度はぶっ刺すのではなくつぶしていく。
「できました」
「…できたねい」
「混ぜるのもやりますか?」
「よい」
「なら、切るので待っててくださいね」
一仕事終え満足そうなマルコさんの気分が下がらないうちにボールの中にきゅうりやハムを入れ、マヨネーズと塩コショウを振る。
真剣に混ぜるマルコさんに盛り付けまでお願いすれば、よい、とやってくれた。
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
マルコさんが自分で作ったポテトサラダはいかがだろうか。
様子を見ていれば、いつもよりもぐもぐする時間が長かったので、美味しくなかったのか不安になっていると美味い、とマルコさんが零す。
「ふふ、マルコさんが自分で作ったんですよ」
「……」
マルコさんは小鉢のポテトサラダをじっと眺めると、テーブルに置いてあるスマホを手に持ちポテトサラダにレンズを向けた。
「サッチに送ってやろう」
「お米の話はまだ信じてくださらないんですか?」
「あぁ。きっとこれも、"お前にできるわけねぇ!"って言われるねい」
マルコさんはくくく、と笑いながらサッチさんへメッセージを送っている。信じてもらえるように今度は動画を撮ろうと言えば、それはいい案だと頷いた。
自分で炊いたご飯も鶏肉のステーキも、スープも完食したマルコさんは、今日のお菓子はいつもと違うんだと楽しそうにテーブルに置く。
「これな、部下が最近ハマってるんだってよ」
「わぁ、練り切りですか?」
マルコさんの家で初の和菓子。それも可愛い動物の形した練り切り。動物達のつぶらな瞳が私を見てくるので、これを食べろと言うのかとマルコさんを見れば、味も保証すると笑ってくる。
「これは鯨ですか?それで、これは鳥」
「あぁ、色々あって悩んじまった」
「食べられませんね…」
「丸呑みしちまえ」
「そんな、こんな可愛い鯨さん達を…」
とりあえずコーヒーを飲んでいるとマルコさんの手が鯨に伸びて躊躇いもなく口の中へ。容赦ないマルコさんを見ていれば、美味い、と一言。せめてお花とかにしてくれれば良かったのに、と鳥さんを手に取り口の中に放り込む。鳥さんごめん、とても美味しいよ。
「そうだ。あのよい、この店が美味いって聞いたんだが行かねぇかい?」
マルコさんが見せてくれたのは車で一時間ほど走らせたところにある海鮮が美味しいという店。マルコさんがいつ空いているかと聞いて来るので反射的にスマホでスケジュールを開いて確認し、再来週ならと答えれば来週は空いてないのかとしゅんとされてしまった。
私はこの顔にすごく弱い。でも、スケジュールは変えられないので、その代わり今から作るお弁当は力を入れると伝えれば、マルコさんは嬉しそうに笑ってくれる。
"なんでそんなことしてるの?"
ふと、女友だちのその言葉が頭によぎったけど、目の前の可愛いパイナップルおじさんを見ていたらもっと笑ってほしくなり、私はお弁当のおかずを作ろうと立ち上がっていた。
三人に声をかければ六つの目が私を見て両親はおかえりと、マルコさんはこく、と反応が返ってくる。
「美味しいですか?」
「ん」
口にものが入っている時は絶対に喋らないマルコさんは私を見て口を動かしながら頷く。
今日、仕事で少し失敗をして気分が落ち込んでいたけど、マルコさんの可愛い姿を見ていたら少し楽になった。マルコさんの食べる姿は癒し効果が凄いな。
「今日も父さんに負けたわ…いい出来だと思ったのに」
「どれも美味しいですよ」
「ありがとう。でも、父さんを越えたいのよ…」
「母さんにはまだ早いなぁ」
どうやらマルコさんの今日の一品に選ばれたのはまた父の料理だったよう。
「もっと精進しないとね」
「ね、打倒お父さん」
「ははは、受けて立とう」
「あの、何の話を…?」
「マルコさんは気にしなくて大丈夫ですよ」
「これは私達三人の戦いだからマルコさんは気にせず美味しく食べてね」
「作り甲斐があって楽しいなぁ」
「?」
マルコさんは自分の癖に気づいていないので私達の勝負にも気づいていない。
首を傾げながらも箸を止めずに食べ進め、綺麗に食べ切ったマルコさんは父から勧められて日本酒に移る。マルコさんはどの種類の酒も飲めるので、父は酒屋であれこれ買ってマルコさんと飲むのを楽しみにしているのだ。私も母もお酒が強くないので、父は嬉しくて仕方がないのだろう。
「来週と再来週は来るのが難しいです。すいません」
「謝ることではないですよ。そもそも、私達が強引に誘っているので」
「お仕事忙しいだろうけど、体大事にね」
「外食や惣菜になるのは仕方がないが、栄養は考えてな」
まるで息子を送り出す親のように両親は私よりもマルコさんを心配する。まぁ、マルコさんの食生活を考えれば仕方がなくもない。
電車に乗って並んで座り、マルコさんから日曜日の話を振られたので教えてもらったリクエスト以外には食べたいものはないかと尋ねれば、スーパーで食材を見ながら決めると言う。
「お弁当も作りますからね」
「ありがとよい」
「お米は炊いておいてくれますか?」
「おう、まかせろ」
マルコさんは洗い物担当だけでなくお米担当にもなった。得意げにまかせろと言うマルコさんが可愛くて笑い返していればマルコさんの最寄駅に着いたのでお別れ。送ってくれようとするマルコさんに大丈夫だと強く言えば、私がお酒を飲んでいないのもあって今日は素直に引き下がってくれた。
私は今まで男性に付き纏われたり、危ないことは一度も起こったことはないので、マルコさんがどうしてそこまで心配をするのかはよく分からない。歳を重ねると心配性になるのかな、なんてマルコさんのことを考えながら駅から家までの道を歩いているとスマホが震えた。
"久しぶり"
知らない人からの連絡だったので、既読にしていいのか分からず画面を見ていると、俺だと名前が送られてくる。相手は大学時代の同級生だった。偽物なわけはないと思うけど、誰から連絡先を聞いたのかと不思議に思えばその答えが画面上に表示された。
"連絡先教えてくれって言われたから教えたけど連絡来たー?"
教えたのは大学時代の女友だちだったようだ。彼女に連絡が来たことを伝え、約束している土曜日のランチの店を決めると、彼女の彼氏の愚痴の話になる。その話が日を跨いでも終わらなかったので、土曜日に全部聞くからと強制的に終わらせた。
◇ ◇ ◇
「それでさー、ナオがね」
「うん」
パスタをくるくるフォークに巻きつけながら彼氏の話をする彼女。ナオとは彼女の彼氏の名前だ。
彼女は大学時代の一番仲のいい友だち。一年生の頃から二人で遊んだりして、社会人になった今も偶に会っている。同棲して一年経つのに向こうからそれらしい話が出てこない、とかメッセージでやり取りした時と同じ内容も含みながら色んな悩みを聞いていると、そういえばと彼女の方から違う話題を振られた。
「あいつからの連絡、返した?」
「…あー」
「返してないの?私が教えた意味」
「ごめん。でもなんで急に?」
連絡が来た同級生とは大学卒業して以来会っていない。彼はただの同級生で偶に授業や飲み会で一緒になったことはあったけど、ゼミもサークルも同じではなかった。
「サークル仲間が仕事であんたに会ったって聞いたんだって」
その言葉で思い浮かべたのは先日の先方との飲みの場。彼とはサークルが同じだったらしい。
それだけで私の連絡先を教えるのかと彼女に聞けば、フリーの私へのプレゼントだと言う。
「大手の会社勤めだよ。見た目は悪くはないし、何より、背が高い」
「彼女いないの?」
「いないって、エミに聞いた」
それなら本当にいないなのだろう、と信じてしまうほどの情報通のエミ。社会人になってからもそれは変わらず、結婚して子どももいるのにどこで情報を手に入れるのか謎だらけ。
「彼氏いないでしょ?」
「いないけど」
「アプリ始めた?」
「登録はしたけど、やってない」
「なら、土日何してんの?」
何をしてるのかと聞かれ思い浮かべたのは、黙々と食べる可愛いパイナップルおじさんの姿。何となく言いたくなくて、私は濁そうと言葉を探す。
「…家でだらだらしてる」
「その顔は嘘ね」
「あ、いや、ちょっと…忙しくて」
「具体的に」
「…えーっと、そ、そう、料理教室に通ってる」
「あんたに作れない料理は一つもないこと知ってる私につく嘘がそれ?」
「……」
「危ないことしてるの?」
言えないことなのかと不安な顔をさせてしまい、慌てて危ないことはしていないと返せば問い詰められる。仕方なしに数ヶ月前に知り合ったおじさんの家でご飯を作っていることを話せば、彼女は予想していなかった答えだったのかしばらく固まっていた。
「…それ、パパ活じゃん」
「ぱ、パパ活?」
「だって、マンション持ちの四十超えた独身おじさんに会ってるんでしょ?」
「パパ活ってもっと若い子がやるやつじゃ。それにお金もらってないし、体の関係も…」
そう言われるとなんだか事件の匂いがしてきてしまうけど、そんなことは本当にない。
誤解を解くために実家の店に来てくれるとこから順を追って説明すれば、彼女はふーん、とケーキにフォークをさした。
「ご飯係?…な、感じ?」
「なにそれ?なんでそんなことしてるの?イケおじとか?」
「うーん、どっちかっていうと可愛い」
「謎なんだけど…写真ないの?」
「ないよ」
「次いつ会うの?撮って送って」
「撮らないし送らないよ…この事、エミに伝えたら友だちやめるから」
「言わないよ。言ったらどうなるか私がよく知ってる」
「あれは大事件だったね」
「ほんとそれ。私は許してない」
「なのにエミとやりとり続けてるの?」
「情報はあった方がいいから」
社会人になってもう五年は過ぎた。学生時代の友だちの情報なんてなくてもいいだろうけど、彼女にとっては必要なもののよう。
それからエミ以外の同級生の話が続き、年齢的に結婚を考える時期だね、なんて話していたら彼女が焦り始め、また彼氏の話になり、私の話に戻ってくる。
「その可愛いおじさんは置いておいて、あいつに返信してみたら?切りたかったら切ればいいし」
「うーん…なら今するね」
スマホを手に取り、画面を見ればメッセージアプリの通知バッジが四と示されていた。二つは同級生からなのは分かっているけど、残り二つは誰だろうとアプリを開けば一番上にあったのはマルコさん。
"サッチがお米炊いたことを全く信じねえ"
パイナップルがしょんぼりしているスタンプ付きできた連絡が可愛く一人でにやけていると、彼女が「なにその顔、気持ち悪い」と私を見て言った。
◇ ◇ ◇
「……」
「食べたいですか?」
「作ってくれるか?」
鶏肉を手に取り私を見るパイナップルおじさん。
マルコさんの家の最寄駅で待ち合わせをして、スーパーへ向かった。最近のマルコさんは買い物をしている時、私の後ろではなく横を歩くようになり、カゴの中を興味津々に覗き込むこともなく、大きな子どもではなくなった。でも今、この鶏肉で美味いものを作ってくれと言いたげな眼差しを向けてくる姿は大きな子どもだ。
リクエストされたのがメイン料理ではなかったのでちょうどいいと、カゴに入れて貰えば楽しみだと嬉しそう。リクエストの材料もカゴに入れ、レジに向かい、マンションまでの道のりで鶏肉で何を作ろうか考える。
「唐揚げだと重たいですか?」
「食えるよい」
「焼いてステーキにするのもいいですね」
「それもいいねい」
「どっちがいいですか?」
「どっちも美味そうだから決められねぇ…」
真剣にどっちがいいか悩むマルコさんに最終決定を頼んだけど、決められないままマンションに着いてしまった。全く決められない様子だったので、じゃんけんで決めようとマルコさんに勝負を持ち掛ければ、あいこが五回も続く白熱した勝負の結果はステーキ。
マルコさんが私の後ろに立ち作っているところを眺め始めたので、今日もお仕事をお願いすることを伝えれば、お米は炊いたのだからお役御免だろうと首を横に振り続ける。
「はい、ではマルコさん、やりましょ?」
「…よい」
無理だと拒否するマルコさんを横に立たせて、ボールに入ったじゃがいもと木べらを目の前に置く。
今日はポテトサラダが食べたいと言うので、それならじゃがいもをつぶすのはマルコさんにお願いしようと決めていた。二つあるじゃがいもを一つは教えながらつぶし、さぁやってみようと木べらを渡す。その間にキュウリやハムを切るため冷蔵庫を開けていると後ろで勢いよく叩きつける音がした。
「あ」
何故かじゃがいもが宙を舞っている。マルコさんはじゃがいもをキャッチするとボールの中に戻し、木べらを握り締め腕を高く上げた。
その様子はまるで、憎い相手にナイフをぶっ刺そうとしているよう。
「マルコさん、そんなに腕を上げなくて大丈夫ですよ」
「?」
「こうして…」
教えたつもりが伝わっていなかった。つぶし方を細かく伝えればマルコさんはなるほど、と今度はぶっ刺すのではなくつぶしていく。
「できました」
「…できたねい」
「混ぜるのもやりますか?」
「よい」
「なら、切るので待っててくださいね」
一仕事終え満足そうなマルコさんの気分が下がらないうちにボールの中にきゅうりやハムを入れ、マヨネーズと塩コショウを振る。
真剣に混ぜるマルコさんに盛り付けまでお願いすれば、よい、とやってくれた。
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
マルコさんが自分で作ったポテトサラダはいかがだろうか。
様子を見ていれば、いつもよりもぐもぐする時間が長かったので、美味しくなかったのか不安になっていると美味い、とマルコさんが零す。
「ふふ、マルコさんが自分で作ったんですよ」
「……」
マルコさんは小鉢のポテトサラダをじっと眺めると、テーブルに置いてあるスマホを手に持ちポテトサラダにレンズを向けた。
「サッチに送ってやろう」
「お米の話はまだ信じてくださらないんですか?」
「あぁ。きっとこれも、"お前にできるわけねぇ!"って言われるねい」
マルコさんはくくく、と笑いながらサッチさんへメッセージを送っている。信じてもらえるように今度は動画を撮ろうと言えば、それはいい案だと頷いた。
自分で炊いたご飯も鶏肉のステーキも、スープも完食したマルコさんは、今日のお菓子はいつもと違うんだと楽しそうにテーブルに置く。
「これな、部下が最近ハマってるんだってよ」
「わぁ、練り切りですか?」
マルコさんの家で初の和菓子。それも可愛い動物の形した練り切り。動物達のつぶらな瞳が私を見てくるので、これを食べろと言うのかとマルコさんを見れば、味も保証すると笑ってくる。
「これは鯨ですか?それで、これは鳥」
「あぁ、色々あって悩んじまった」
「食べられませんね…」
「丸呑みしちまえ」
「そんな、こんな可愛い鯨さん達を…」
とりあえずコーヒーを飲んでいるとマルコさんの手が鯨に伸びて躊躇いもなく口の中へ。容赦ないマルコさんを見ていれば、美味い、と一言。せめてお花とかにしてくれれば良かったのに、と鳥さんを手に取り口の中に放り込む。鳥さんごめん、とても美味しいよ。
「そうだ。あのよい、この店が美味いって聞いたんだが行かねぇかい?」
マルコさんが見せてくれたのは車で一時間ほど走らせたところにある海鮮が美味しいという店。マルコさんがいつ空いているかと聞いて来るので反射的にスマホでスケジュールを開いて確認し、再来週ならと答えれば来週は空いてないのかとしゅんとされてしまった。
私はこの顔にすごく弱い。でも、スケジュールは変えられないので、その代わり今から作るお弁当は力を入れると伝えれば、マルコさんは嬉しそうに笑ってくれる。
"なんでそんなことしてるの?"
ふと、女友だちのその言葉が頭によぎったけど、目の前の可愛いパイナップルおじさんを見ていたらもっと笑ってほしくなり、私はお弁当のおかずを作ろうと立ち上がっていた。