パイナップルからはじまる恋
「おはようございます!」
「おは…いってらっしゃい!」
「いってきます!」
エレベーターを降りてすぐに、ふんすふんすとやる気十二分のハルさん(三十九話登場)とすれ違った。
どうしたのかと尋ねたかったけど、ハルさんは足を止めずにエレベーターに乗ってしまったから聞くことができなかった。
一体何が…?
「今日の契約が取れたら俺は負けます」
「おはようございます」
「おはようございます」
エレベーターが閉まると隣からアオイさん(三十九話登場)の声がして、今度はしっかりと朝の挨拶。
アオイさんに詳しく尋ねると、今から大型案件の契約を取りに行くのだと教えてくれた。
それでなんだか戦いに行くような雰囲気が出てたんですね。昨日も遅くまで資料を作っていました。
「ただ、契約が取れると技術部の方達が大変忙しくなってしまうのですが…」
いつも厳しいスケジュールで対応していただいてありがとうございます。こちらこそ、仕事を取ってきていただいてありがとうございます。
「話は変わるのですが、ご報告が」
「なんでしょう?」
「個人的な話なのですが、彼女ができまして」
アオイさんは少し前に、愛するとはなにか、なんて深い質問を私やクミさんに投げかけていた。
その答えが分かったのかな?彼女さんは社内の人かな?と続きを待っていると、思ってもみなかった言葉が続く。
「前に、アイドルライブの話をしたの覚えてますか?」
それは、ブルーさん(四十六話登場)に誘われて行ったライブの予習をしている時のこと。
アオイさんがブルーさんと同じアイドルのおっかけをしているお友だちがいると話してくれたのだ。
「その方と付き合うことになりまして」
「そうなんですね。アイドル大好きな方と」
「そうなんです」
彼女は年下なのですが実家が隣なんです。小さい頃からよく一緒に遊んでいた妹みたいな存在でして…。
どこかで聞いたような話だと思いながら耳を傾けていた。
実家がお隣さんで、兄妹みたいな。
…ん?まさか?
「転職するとか言っていたのに、違うアイドルのおっかけが忙しいとかでまだ働いていなくて」
転職、アイドルのおっかけ。
もしかして…、と答え合わせをしようとしている私をよそに、アオイさんはどんどん追加情報をくれる。
髪の色も働いていない今しかできないからって遊んでいて。いや、正直どうして付き合っているのか自分でもよく分からないんです。けどなんだか、彼女とならと思ってしまって…。
「…」
「…どうかしましたか?」
「あ、いえ。あの、もしか…」
「次の惚気大会は私も参加させてください」
「は、はい!」
アオイさんは、では打ち合わせがあるので、と情報を渡すだけ渡して去ってしまった。
「…」
アオイさんを見送って、私の足もようやく動き、事務所の中へ。
「っ!」
絶対そうだ!朝からなんてすごい情報を手に入れてしまったんだろう!とりあえずブルーさんに連絡して、それから…いや、その前に…!
「おはよう。朝から何をそんなに興奮しているの?」
「おはようございます!それがですね…!」
「そうだわ。仕事が忙しくなるそうよ」
「あ、知ってます。さっきエレベーターの前ですれ違いました。おめでとう会しないとですね」
って、それどころじゃ…!とクミさんに話しかけるとクミさんは私を見て、ふむ、と何か納得したように頷いた。
「なんだか、今までとは違う感じね」
けど、もう悩んでいる感じではないわ。
クミさんは感心しているような、呆れているような眼差しをしていた。
えっと、何の話でしょうか?あなたと彼氏さんとの話よ。…あ!
「クミさんに話したいことが!」
「話すことたくさんあるわねぇ」
「ありすぎて何から話したらいいか…!」
まずは彼氏さんとのことを教えてくれる?
「もう大丈夫です!」
「本当に?」
「はい。彼氏と”半分こ”しようねって話し合ったんです」
「半分こ?」
はい、ともう一度頷くと、クミさんは優しく笑い返してくれた。
「いいわね、半分こ」
本当に大丈夫そうね。
そう言ったクミさんはパソコン画面の右下を見て、他に話したいことは?と振ってくれた。
私もパソコン画面を見て、残り時間を確認。
アオイさんのことも話さないとだけど、先にクミさんに尋ねたかった話題から。
「来週、彼氏のお父さんに会いに行くんです」
「あら。近くにお住まいなの?」
「いえ、飛行機を使ったりして半日ぐらいはかかるみたいで」
「なら泊り?」
「はい」
気に入っていただいたお酒は持っていく予定をしている。他にもマルコさんと親しい方達へのお土産も考えているけど、一番悩んでいるのは…。
「どんな服装がいいと思いますか?」
「そうねぇ。無難なものなら大丈夫よ」
膝下スカートかな?合わせるトップスはどうしよう?
何色がいいかな、とクローゼットの中を思い出しながら考えていると、スマホは二つのメッセージを受信した。
誰からだろう、とスマホを見て、私は固まってしまう。
“来週待ってるからなー!”
”メシ期待してるぜ!”
「…」
「どうしたの?」
「食べ放題の焼き肉店を出禁にされた男の子二人を満足させる簡単大量料理ってありますか!?」
「服の話はどこいったのよ」
「できればフライパンは使いたくないです!」
「フライパンを使わずに?私の子達はあまり食べないから…」
「そろそろ仕事しろー」
「まだ話が…!」
「打ち合わせするぞー」
「え、あ、あぁ…」
ランチの時間でも話し足りなかった私は、ハルさんとアオイさんも誘って夜の惚気大会を開催することにするのだった。
◇ ◇ ◇
「これは…!」
マルコさんがテーブルを見て目を輝かせている。
向かいに座る両親はニコニコ顔。私はじと、と二人を見るけど、マルコさんしか視界に入っていないから全く効かない。
「私の好きな料理を作ってくれるんじゃ…」
「フルーツカレー作ったわよ」
マルコさんの好きなものならあなたも喜ぶでしょう?
そんな母の心の声を聞きながら、うずうずしているマルコさんを見る。
マルコさんは仕事終わりの疲れなんて一瞬で吹き飛んだみたいに、嬉しそうな表情で私を見ていた。初めてお弁当を作った時のような、いや、もしかしたらそれ以上の眼差しをしている。
「食べましょうか」
うんうん、と何度も頷くマルコさんを見ながら手を合わせる。すぐにマルコさんも同じ動きをして、両親ももちろん手を合わせた。
「「「「いただきます」」」」
私と両親はスプーンを持ちながら、マルコさんを観察。
「どれから…やっぱりこっち、を」
マルコさんの手はやっぱりパイナップル料理の方へ。
パイナップルと鶏肉をスプーンで掬い、大きな口を開けて、ぱくり。
「!!」
「「!」」
「…」
その瞬間、両親の表情は破顔した。
私は目を見開いて美味しさを表現している可愛いパイナップルおじさんを見て、項垂れるしかない。
同じテーブルを囲っているのに、私の気持ちだけ地を這っていた。
「どうだ?」
「とても美味しいです…!」
「今日もお仕事お疲れ様。たくさん食べてね」
「はい!」
マルコさんは、ニコニコもぐもぐと大好きなパイナップルを召し上がっている。
最高に可愛い。うん、可愛い。
…けど!
「私もパイナップルのサラダチキン作れますから!」
「ん」
「私もパイナップルを器にするやり方は思いついてました!」
「…よい」
「私は誕生日に食べてもらおうと思ってました!!」
「よ、よい…」
ふんすふんす。
駅までの道を、マルコさんの手を強く握りしめながら荒々しく歩く。
ご飯を食べ終えた私は、両親に尋ねたかった来週の話もせずにマルコさんとすぐに家を出た。
「落ち着け、よい?」
「そんな可愛い顔をしたって、私の心は落ち着きません!」
「…そんな顔をしたつもりはないんだが?」
仕事が忙しかったりマルコさんのこともあったりで、今日は久しぶりに両親とご飯を食べた。
一応、私の遅い誕生日会だった。両親には私を祝う気持ちももちろんあった。小さいケーキも用意してくれた。それはすごく嬉しい。けど久しぶりにマルコさんにも会えるから、両親はせっかくならとパイナップル料理も用意していたのだ。
マルコさんが大好きな両親だから、それは仕方がないと思う。
けどけど、半分に切ったパイナップルを器にするのはやりすぎ!そんなの、マルコさんが喜ぶに決まってる!
「俺はお前さんの料理が一番好きだよい」
「ありがとうございます!けど違うんです!!」
「何をそんな怒ってるんだよい…?」
「だって…!」
「ん?」
「だってだって!」
あんな可愛い表情を両親に見せたくなかった…!!
マルコさんはそろそろ、どれだけ自分が可愛いかを自覚してもいいと思う。
マルコさんの嬉しそうな表情を見れるのは私も嬉しい。けど、その表情を私ではなく"両親が作った”、というのが嫌なのだ。
「俺はお前さんにしか向けない表情があると思うが?」
駅について、改札を通って、電車を待つ。
私が荒れている理由を聞いたマルコさんはそんなことを言った。
「私にだけ?」
「よい」
マルコさんが私にだけしかしない表情?
今まで見たマルコさんの色んな表情を思い浮かべて、一つ一つ確認していく。
「もぐもぐ顔はご飯食べる時は必ずなりますから両親は知ってますよね。怒った表情はエース君にもしてました」
「……」
「しょんぼり顔はイゾウさんの前でもしてましたし…。あ、寝顔ですね!」
「お前さんにもっと伝えないといけないことがよく分かった」
「あれ、違いました?」
寝顔じゃないなら寝起きの表情、と答えたけど、違う、と即答されてしまった。
他にどんな表情が?
電車が来て、降りる人を待って、席が空いていたから二人並んで座った。
色んなマルコさんを思い浮かべていたら、心が落ち着いてきた。隣を見ると、瞳に私しか映っていないマルコさんと目が合う。
マルコさんは、私だけを見てくれている。
「へへ」
「機嫌は直ったかよい?」
私は、単純だった。
これから心がざわついた時はマルコさんをじっと見ることにします。それで落ち着くならいくらでも付き合うよい。
「土曜日はお土産を買いに行ってもいいですか?」
「土産?オヤジに渡す酒はもう買っただろい?」
「エース君とルフィ君と、他にもマルコさんと親しい方に渡したくて」
「用意しなくていい」
顔を見せるだけで十分とマルコさんは言うけど、初めて会うのだからちゃんと挨拶がしたい。
高いものではなくて、ちょっとしたお菓子を考えているんです。そんなこと気にしない奴らだが…、まぁ、今回だけな。
「もう二つ相談があって」
「ん?」
「一つは服装なんです」
クミさんに聞いて候補を三つに絞ることはできたけど、一つに決めかねていた。
だからお父さんをよく知っているマルコさんに意見を尋ねようと思ったのだ。
「なんでもいいよい」
「そういうわけにはいかないです。お父さんに会うんですから恥ずかしくない服装を…」
「オヤジは服装で人を見る人じゃないから安心していい」
それに四十も過ぎた息子の相手に口出しなんてしないよい。それでもできる限りいい印象を持ってもらいたいです。
マルコさんは遊びに行くと思って着いて来ればいいと私を安心させようとしてくれる。けど、ずっとマルコさんと一緒にいる身として、誠意をもって挨拶がしたいのだ。
「そうだ」
もうすぐマルコさんの最寄り駅。
話の続きは金曜日にしよう。服の写真を撮って見てもらおうかな。
そう考えていたら、マルコさんから思わぬ提案があった。
「金曜日、お前さんの家に泊まっていいかよい?」
「私のお家ですか?」
「服、見ながら考える」
まだ冬服をプレゼントしていないからプレゼントした服を着てほしいが、オヤジに見せるのは勿体ない。…はっ、お前さんの持っている服も駄目だ、可愛すぎる。どんな服がいいか…、俺の服…?そう言えば、一度も着てもらったことなかったな。所謂、彼シャ…。
「マルコさんの服は着ませんからね」
「心を読んだのかよい…?!」
「全部漏れてました」
私が真剣に悩んでいるというのに…、ふふ。
マルコさんの漏れていた心の声を聞いていたら、なんだか気が少し楽になった。
「じゃ、また金曜日に」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
マルコさんの最寄り駅に到着。
握っている手の力を強めて、もう一度マルコさんを見て、マルコさんを目に焼き付ける。
ばいばい、と手を振って、マルコさんの背中を見送った。
「…」
マルコさんの大きな服かぁ。着て見せたらどんな表情してくれるかな。
…なんかすごく、絶対に可愛い反応をしてくれる気がする。
「えへ」
一度くらい、着てみようかな。
◇ ◇ ◇
「これはどうですか?」
「可愛い」
「え?…へへ。えっと、これはどうですか?」
「可愛い」
「あ、ありがとうございます…。あと、悩んでいるのがこれなんですけど」
「可愛い」
「…真剣に考えてください」
「考えているが?」
服を見るマルコさんは確かに真剣だった。
けど、大真面目に”可愛い”しか言わないマルコさんの意見は全く参考になりそうにない。
うーん、一番落ち着いている色がいいかな。けど地味すぎる…?
ハンガーにかけた三つのコーデを、マルコさんと一緒に腕を組みながら眺める。
こっちかな?この色の方が、とうんうん悩んでいると、お風呂のお湯が入った音がした。
「マルコさんお風呂どうぞ」
「お前さんが先にどうぞ」
「いえ、今日はマルコさんがお客さんなんですから」
「じゃんけん」
「は、しません」
今日はお客さんのマルコさんが先!、と背中を押しながら脱衣室へご案内。
マルコさんが入ると、見慣れている脱衣室がすごく狭く感じた。浴室も狭くて申し訳ない気持ちになるけどマルコさんは全く気にしていなさそうで、寧ろ、若い頃を思い出す…、とどこかワクワクしていた。
タオルはこれです。ん。ボディソープもシャンプーもコンディショナーも、全部使ってくれて大丈夫です。よい。窮屈かもしれませんが、ゆっくり入ってくださいね!百は数えるよい。
「こっちかこっち。どっちが…」
「決まったかよい?」
「え、もう出たんですか?百数えました?」
「ちゃんと数えた」
マルコさんが入っている間に決めようと思っていたのに、二つに絞ることまでしかできなかった。悩んでいる二つを持って、マルコさんに後を託してお風呂へ。
マルコさんに倣って百まで数えて、化粧水も乳液もつけてドライヤーで乾かして脱衣室を出ると、マルコさんに、もう出たのか!?と驚かれた。
その様子だと決められなかったかな?とマルコさんを見つめていると、マルコさんは眉間に皺を寄せながら恐る恐る声を出す。
「本当に、どっちもいいんだよい」
「はい」
「だが、選べと言うのなら…」
「なら?」
「こ、…っち」
マルコさんはぐぬぬ、と何故か悔しそうな顔をしながら選んだ方を指差してくれた。
選ばなかった方は明日出かける時に着ようかな、と思ってマルコさんに伝えてみたらすごく嬉しそうな表情になってくれたからデートコーデが決定。
「考えているお土産は…」
「ここの店の…」
「お父さんに振る舞う料理は…」
「もっと簡単な料理で…」
私の小さな部屋で肩を寄せ合いながら来週の話をするのは、なんだか秘密の会議をしているみたいでうずうずした。こそこそする必要はないのに、マルコさんに体を寄せて耳元で囁くように話しかけてしまう。
マルコさんはそんな私を引き寄せて膝の上に乗せた。腕が回ってきて、そっと抱きしめられる。
「ふふ」
「よい?」
ベッドとローテーブルの間で、マルコさんの膝の上に乗っている私。
毎日生活している部屋。マルコさんが選んでくれたアデ君もパナちゃん三号もいつも通り同じ場所に佇んでいる。
なのに、マルコさんがいるだけで違う気持ちになった。一週間頑張ったご褒美みたい。
「へへー」
マルコさんの胸に背中を預け体温を感じていると肩に重みを感じた。すり、とマルコさんの髪に頬擦りをすると、ふわりと何かが鼻をかすめる。
「いつもと違う香りがしますね」
「髪がいつもより気持ちいいんだよい」
ほら、と促してくれたので触れてみる。
「わっ、わぁ…!」
「ちょ…髪が!」
すごい!いつも以上にさらさら!
指通りのいいマルコさんの髪を何度も撫で、顔を埋めて匂いをかぐ。いい匂いだった。
「……」
「もういいだろい?」
「もう、ちょっと」
「俺もする」
「?」
顔を離すと、マルコさんは私の髪を掬い匂いをかいだ。
「いつもは私がマルコさんの匂いに近づいているのに、今日はマルコさんが私の匂いに近づいてますね」
「確かに。今日はお前さんの匂いに包まれてる感じがするよい」
「私の部屋ですからね」
「すごく落ち着く」
髪、首筋、と私の匂いをくんくんかいだマルコさんは、いい匂い、と腕の力を強めた。
「お前さんが使っている物、俺の家にも置いておくよい」
やっぱりちゃんとした物を使ったほうがいいよな。今までおっさんのを使わせて悪かったよい。
スマホを持って、私が使っているシャンプーとかを検索し始めたマルコさんがこれだよな?と私の顔を覗き込んだ。なんとなくキスがしたくなったから、一回唇を寄せてみる。するとマルコさんが一回してくれて、もう一回したかったから向き合うように座りなおして、ふにふに合わせていたら十回ぐらいしていた。
「マルコさんの使ってる物が好きなので買わなくても大丈夫ですよ」
マルコさんと同じ匂いがしたいから置いておかなくていい。マルコさんの匂いが大好きだから違う匂いがするのは別にいらない。
「それにお休みの日しか使わないのでわざわざ買わなくても…」
「休みの日以外でも使えばいい」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「お休みの日、以外?」
それはどういう…、とマルコさんを見ていると、真剣な眼差しで捉えられる。
「一緒に暮らしたい」
大好きな手が私の頬を包んで、親指で優しく撫でてくれた。目を閉じながら気持よさを感じていたら、こつんとおでこに何かが当たった。
目を開けると、綺麗な瞳がすごく近くにあった。
「朝起きて、お前さんがいてくれたらいいと。寝る時もお前さんの寝顔が見れたらいいと」
心地のいい音色が器の中へと落ちていく。
温かくなって、もっと気持ちがよくなる。
「俺と、毎日を過ごしてくれないか?」
顔が離れて、マルコさんの表情がよく見えた。
「お前さんの前でしか、こんな表情していないと思うよい?」
私の大好きな表情。柔らかくて優しくて、私を愛おしそうに見てくれる。
マルコさんの頬に手を添えてみると、すりすり擦り寄ってきてくれた。
この可愛い仕草も私の前でだけの、特別なもの。
「マルコさん」
「よい?」
こんなに可愛いマルコさんを、毎日見られる。
「マルコさんのお家に、ずっといてもいいんですか?」
「いてほしいよい」
おはようからおやみまで、毎日を一緒に重ねていけるなんて。
それは、なんて素敵なことだろう。
「嬉しいです」
胸がいっぱいになり、嬉しさのあまりマルコさんに抱きついてしまった。マルコさんが抱きしめ返してくれるからさらに温かくなる。
そうすると当然、あれがでてしまう。
「いひひ、へへへ」
うへへへへ。嬉しい、ふふ。…へへへへ、あは。ふふふ、へ。
「可愛い」
ぐりぐりとおでこを押し付けられたら、笑いはもっと止まりそうにない。
…う、へへへ、し、死にそうで、すっ。ははっ、それは困るよい。
「ならやっぱり、シャンプーとかは同じものを使いたいです」
「じゃあ、お前さんのを俺が使うよい」
「ユニセックスのものがいいかもですよ」
「ゆにせっくす?」
毎日同じ物を使っていたら、全く同じ匂いになるのかな?一緒に過ごしていたらどんな匂いになるだろう?
どんなシャンプーがいいかな、とスマホ画面をスクロールしながら幸せな毎日を想像していると、ふいに頭上から嬉しそうな声が上がった。
「パインシャンプーがあるよい!」
「え」
いいものを見つけた!と言わんばかりの爛々な眼差し。
これがいい、これにしよう、とカートに入れようとしているマルコさんの手を掴み、落ち着かせる。
マルコさん、深呼吸。すー…はー。はい、もう一回。すぅぅーー、はぁぁーー。
「購入」
「待ってください。他のにしましょう?」
「え?パイナップルだぞ?」
お前さんからパイナップルの香りがするんだぞ?そんな最高なことはないだろい?
「マルコさんは私を食べるつもりなんですか?」
「食べはしないよい」
ただちょっとだけ…へへ。
「それを買うなら一緒に住みませんからね!!」
「なんで!?」
そんな…よい…、と嘆く表情が見れるのも、私だけなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「お嬢さん、無事に帰って来るんだぞ」
こいつのオヤジには気をつけろ。危険だと思ったらマルコの後ろに隠れるんだ。
イゾウさんはお酒の弱い私でも飲めるカクテルをテーブルに置きながら不穏なことを言った。
イゾウさんの真剣な表情に、カクテルを飲んでもいないのに、ごくりと喉が動いてしまう。首をゆっくりと動かして横を見ると、隣の人は首を横に振っていた。
「すごく厳しい方なんですか…?」
「もう厳しくない」
「”もう”?」
「いや、殴られたことも、海に沈められたこともないよい!」
「懐かしいなぁ。俺もサッチも、海の底へ…」
「ウミノソコ…」
「イゾウ、不安にさせること言うんじゃねぇ」
三人は一体何をしたんだろう。
エース達がガキの頃も、というか今も投げられてるんじゃないか?とイゾウさんが言うので不安は募るばかり。
「お酒だけでは駄目でしょうか?けどお酒が一番お好きだと…一升瓶を何本用意すれば…」
「大丈夫。何も心配ないよい。俺達がアホだっただけで」
「お嬢さんのことはエース達も話していた。心配ない」
だといいけど。来週はしっかりしなきゃ。
イゾウさんのお店に来る前に買ったお土産は、マルコさんはもちろんイゾウさんにもいい品だと言ってもらえたから大丈夫、のはず。
もう一本お酒を買っておこうかな、料理はやっぱり…、とマルコさんと決めたことを考え直していると、忘れていたことを思い出した。
「エース君達から料理を楽しみにしてると連絡がきたんです」
「あいつらから?」
「はい。何がいいでしょうか?」
マルコさんはすごく嫌そうな顔で、作らなくていい、と吐き捨てた。私の腕が持たない、絶対に作るな、と念を押してくるけど、きっとエース君達の勢いに負けてしまう。
大きな鍋があれば鍋やおでんがいいかなと思うんですが、とイゾウさんを見ると、リゾットを置いてくれた。
かぼちゃのリゾット…すごく美味しいです!それはよかった。
「地元の奴らを巻き込むしかないな」
お嬢さんだけであいつらの対応は無理だ。なら、宴会にした方がいい。
イゾウさんはそれ以外の案は思いつかない、と真面目に答えてくれた。けど、横からそれは駄目だと意見が出る。
「気を遣わせることはさせたくない。絶対にしない。料理はオヤジに振る舞うだけにする」
「そうは言ってもエースやルフィ以外の奴も押しかけてくるぞ。お前の予想通りにいかない奴らばかりなのはお前がよく分かってるだろ?」
「…」
マルコさんを見ると眉間に深い皺を作っていた。
マルコさんは私の視線に気づいて、その表情のままこちらを見た。そして、やっぱり行くのはやめておこう、と申し訳なさそうな表情に変わる。
「もう少し後にしよう。お前さんが疲れるだけだよい」
いい奴らなんだ、それは保証する。だが強引というか、気遣いができないというか…。お前さんが戸惑っちまう。
「酒も土産も俺から渡しておくから」
「マルコさんがいるから大丈夫ですよ」
「けどよい」
不安はなくならないけど、もう心は決まってる。
お父さんに挨拶をして、地元の方とも話をしたい。今回の旅行はマルコさんのことが知れるから楽しみでもあるのだ。
「マルコさんの家族のこととか、大事にしてるものを知りたいんです」
だから行かない選択肢はない。
マルコさんの大切な方達なら大丈夫。だから緊張はするけど怖くない。
また今度。いいえ、行きます。お前さんが大変なだけだよい。大丈夫です。
「俺も帰る日を合わせよう」
「「え?」」
私とマルコさんは同時にイゾウさんを見た。
イゾウさんは一週間遅れて帰る予定をしていた。来週も俺と会うことになるがいいか?と、全く問題ないことを尋ねられ、咄嗟に何度も頷き返してしまった。けど、私に合わせて日にちを変えてもらうなんて申し訳なさすぎる。それならマルコさんに従おうと思ったら、イゾウさんは日にちを変える気満々なのかスマホで何かを調べていた。
「地元にいい印象を持ってもらいたいしな。宴会を一緒に楽しもう」
「航空券は間に合わないんじゃ」
「俺はバイクだからフェリーを使うんだ」
「急に予約取れるもんなのかよい?」
「大部屋の雑魚寝ならいけるだろ」
イゾウさんは大丈夫大丈夫、と心配していなかった。お店のことも自分の店だから何とでもなる、と話がどんどん進んでいき、イゾウさんの一存で私は行くことが決定。
「いいか、嫌なことははっきりと言っていい」
「はい」
「俺が普段どんな様子かは話さなくていい」
「はい」
「酒は絶対に断るように」
「はい!」
「それから…」
オヤジはエース達を叱ることはあってもお前さんには絶対にしない。だから身構えなくていい。
マルコさんはイゾウさんがいるならと行くことを認めてくれた。ただ心配はなくならないようで、イゾウさんのお店を出てから注意事項をずっと話している。
「──で、それから」
「マルコさん。あのー」
注意事項、多すぎない…?
覚えられるか不安になって途中で遮ってしまった。どうしたよい?と私を見るマルコさんにその不安を伝えると、俺は絶対に離れない、と約束してくれた。
「そうなんですね」
なら、覚えなくていっか。
「それで、ワイン好きがいて…」
あ、そうだ。エース君達にイゾウさんと作るね、って連絡しておこう。
「バカ騒ぎが好きな奴が…」
何が食べたいか聞いちゃうと大変かな?イゾウさんにお任せした方がいいかな?
「…って、聞いてるかよい?」
「あ、はい!聞いてますよ!」
途中から聞いてなかったけど大丈夫!だってマルコさんがそばにいるから!
なんて思いながらニコニコ笑いかけていると、玄関を開けたマルコさんは訝しげな表情で見つめ返してきた。
「じゃあ、最初から全部言ってくれ」
「え」
玄関を閉めて、靴を脱いで、マルコさんは私の前に立ちはだかった。廊下を通せんぼして、私が答えるまで動くつもりはないらしい。
「…えっと、マルコさんから離れません!」
「…」
「…」
「…」
「えへ」
「えへ、じゃないよい」
ちゃんと覚えてますよ、覚えてますとも。だったら最初から言えるだろ?
「…お風呂の準備してきまーす!」
「あ、こら!」
「先にお風呂いただきますから!」
「出てきたらさっきの話、一から全部するよい!」
逃げるように脱衣室へ行き、お風呂の準備。お湯が入るまでリビングで待っていようかと思ったけど、注意事項の話を長々とされるのは嫌だったから籠城を決め込む。
「マルコさんから離れないから大丈夫なのに」
マルコさんは心配性なところがある。
エース君達が来た時もマルコさんから離れないようにお風呂の時もトイレの時もそばにいた。危ない目にあったことがあるから心配なのは分かるけど、今回はマルコさんがいるから大丈夫。
「お風呂から出たらまた聞かされる…」
マルコさんとずっと手を繋いでますから!って約束しようかな?けどトイレの時はどうするんだ、って言われそう。トイレの時は…。
「あ」
どうやって話を終わらせようか考えていたら、ある物に目が止まった。
「マルコさんのパジャマ…!」
そうだ!話を逸らすにはこれがいいかも!
これしかない、これでいこう、とお風呂が入った知らせを聞いてすぐに服を脱いで浴室へ。ささっと体を綺麗にする。
「ふんふん」
可愛い反応はしてくれなくても話を逸らせられれば十分、とパジャマを拝借。
「マルコさん」
「ん、出た……」
そしてリビングへ行きマルコさんに声をかけると、マルコさんは私を見て固まってしまった。
「…」
「えへへへ」
マルコさんの手にあったスマホは床に落ちた。
マルコさんはゆっくりとソファから立ち上がる。
「どう、ですか?」
マルコさんの上のパジャマだけを着た自分をよく見せようと、少し腕を広げてみる。
私が着るともちろんブカブカ。太ももぐらいの長さのワンピースみたいになっている。
どうかな?これで話を逸らせられるかな?
なんて期待をしながらニコニコ顔でマルコさんを見つめていると、マルコさんは私の頭からつま先までをゆっくり何度も眺めていた。
そして突然、ぷるぷると震え出す。
「…似合いません、か?」
「か、」
「か?」
「可愛いよいぃ…!!」
「えぇぇぇ!?」
二メートル超えの大男が顔を輝かせながら腕を広げて迫ってくる…!!
咄嗟に逃げようとしたけど、運動神経のいいマルコさんから逃げられるわけはなく、がっちりホールドされてしまった。
「ぐ、ぐえぇ…」
「いい!すごくいいよい!」
「ま、まる、こ…さ」
「やばい、破壊力が…!」
苦しい!痛い!
太く逞しい腕にぎゅうぎゅう抱きしめられ、ぐりぐりぐりといつもよりも強めに頭へ頬擦りされる。
動けない私にはなす術がない。
「可愛い!可愛すぎる!!」
語彙力がなくなったマルコさんは私を抱きしめる力をどんどん強める。
マルコさんっ、苦しいです!すげぇいい…。これでパインシャンプーしてくれたら…!買おう!やっぱりあれはお前さんのためにある!ま、マルコさん、落ち着い、て…。
「はっ!!」
「…、も、…い、きが…」
「だ、大丈夫かよい!?」
「だ…、め」
「しっかりしろ!」
こんなマルコさんのそばにいて大丈夫なのかな…。
期待も不安も、胸に詰めた感情は、強く抱きしめるマルコさんによってぺしゃんこになってしまったのだった。
「おは…いってらっしゃい!」
「いってきます!」
エレベーターを降りてすぐに、ふんすふんすとやる気十二分のハルさん(三十九話登場)とすれ違った。
どうしたのかと尋ねたかったけど、ハルさんは足を止めずにエレベーターに乗ってしまったから聞くことができなかった。
一体何が…?
「今日の契約が取れたら俺は負けます」
「おはようございます」
「おはようございます」
エレベーターが閉まると隣からアオイさん(三十九話登場)の声がして、今度はしっかりと朝の挨拶。
アオイさんに詳しく尋ねると、今から大型案件の契約を取りに行くのだと教えてくれた。
それでなんだか戦いに行くような雰囲気が出てたんですね。昨日も遅くまで資料を作っていました。
「ただ、契約が取れると技術部の方達が大変忙しくなってしまうのですが…」
いつも厳しいスケジュールで対応していただいてありがとうございます。こちらこそ、仕事を取ってきていただいてありがとうございます。
「話は変わるのですが、ご報告が」
「なんでしょう?」
「個人的な話なのですが、彼女ができまして」
アオイさんは少し前に、愛するとはなにか、なんて深い質問を私やクミさんに投げかけていた。
その答えが分かったのかな?彼女さんは社内の人かな?と続きを待っていると、思ってもみなかった言葉が続く。
「前に、アイドルライブの話をしたの覚えてますか?」
それは、ブルーさん(四十六話登場)に誘われて行ったライブの予習をしている時のこと。
アオイさんがブルーさんと同じアイドルのおっかけをしているお友だちがいると話してくれたのだ。
「その方と付き合うことになりまして」
「そうなんですね。アイドル大好きな方と」
「そうなんです」
彼女は年下なのですが実家が隣なんです。小さい頃からよく一緒に遊んでいた妹みたいな存在でして…。
どこかで聞いたような話だと思いながら耳を傾けていた。
実家がお隣さんで、兄妹みたいな。
…ん?まさか?
「転職するとか言っていたのに、違うアイドルのおっかけが忙しいとかでまだ働いていなくて」
転職、アイドルのおっかけ。
もしかして…、と答え合わせをしようとしている私をよそに、アオイさんはどんどん追加情報をくれる。
髪の色も働いていない今しかできないからって遊んでいて。いや、正直どうして付き合っているのか自分でもよく分からないんです。けどなんだか、彼女とならと思ってしまって…。
「…」
「…どうかしましたか?」
「あ、いえ。あの、もしか…」
「次の惚気大会は私も参加させてください」
「は、はい!」
アオイさんは、では打ち合わせがあるので、と情報を渡すだけ渡して去ってしまった。
「…」
アオイさんを見送って、私の足もようやく動き、事務所の中へ。
「っ!」
絶対そうだ!朝からなんてすごい情報を手に入れてしまったんだろう!とりあえずブルーさんに連絡して、それから…いや、その前に…!
「おはよう。朝から何をそんなに興奮しているの?」
「おはようございます!それがですね…!」
「そうだわ。仕事が忙しくなるそうよ」
「あ、知ってます。さっきエレベーターの前ですれ違いました。おめでとう会しないとですね」
って、それどころじゃ…!とクミさんに話しかけるとクミさんは私を見て、ふむ、と何か納得したように頷いた。
「なんだか、今までとは違う感じね」
けど、もう悩んでいる感じではないわ。
クミさんは感心しているような、呆れているような眼差しをしていた。
えっと、何の話でしょうか?あなたと彼氏さんとの話よ。…あ!
「クミさんに話したいことが!」
「話すことたくさんあるわねぇ」
「ありすぎて何から話したらいいか…!」
まずは彼氏さんとのことを教えてくれる?
「もう大丈夫です!」
「本当に?」
「はい。彼氏と”半分こ”しようねって話し合ったんです」
「半分こ?」
はい、ともう一度頷くと、クミさんは優しく笑い返してくれた。
「いいわね、半分こ」
本当に大丈夫そうね。
そう言ったクミさんはパソコン画面の右下を見て、他に話したいことは?と振ってくれた。
私もパソコン画面を見て、残り時間を確認。
アオイさんのことも話さないとだけど、先にクミさんに尋ねたかった話題から。
「来週、彼氏のお父さんに会いに行くんです」
「あら。近くにお住まいなの?」
「いえ、飛行機を使ったりして半日ぐらいはかかるみたいで」
「なら泊り?」
「はい」
気に入っていただいたお酒は持っていく予定をしている。他にもマルコさんと親しい方達へのお土産も考えているけど、一番悩んでいるのは…。
「どんな服装がいいと思いますか?」
「そうねぇ。無難なものなら大丈夫よ」
膝下スカートかな?合わせるトップスはどうしよう?
何色がいいかな、とクローゼットの中を思い出しながら考えていると、スマホは二つのメッセージを受信した。
誰からだろう、とスマホを見て、私は固まってしまう。
“来週待ってるからなー!”
”メシ期待してるぜ!”
「…」
「どうしたの?」
「食べ放題の焼き肉店を出禁にされた男の子二人を満足させる簡単大量料理ってありますか!?」
「服の話はどこいったのよ」
「できればフライパンは使いたくないです!」
「フライパンを使わずに?私の子達はあまり食べないから…」
「そろそろ仕事しろー」
「まだ話が…!」
「打ち合わせするぞー」
「え、あ、あぁ…」
ランチの時間でも話し足りなかった私は、ハルさんとアオイさんも誘って夜の惚気大会を開催することにするのだった。
◇ ◇ ◇
「これは…!」
マルコさんがテーブルを見て目を輝かせている。
向かいに座る両親はニコニコ顔。私はじと、と二人を見るけど、マルコさんしか視界に入っていないから全く効かない。
「私の好きな料理を作ってくれるんじゃ…」
「フルーツカレー作ったわよ」
マルコさんの好きなものならあなたも喜ぶでしょう?
そんな母の心の声を聞きながら、うずうずしているマルコさんを見る。
マルコさんは仕事終わりの疲れなんて一瞬で吹き飛んだみたいに、嬉しそうな表情で私を見ていた。初めてお弁当を作った時のような、いや、もしかしたらそれ以上の眼差しをしている。
「食べましょうか」
うんうん、と何度も頷くマルコさんを見ながら手を合わせる。すぐにマルコさんも同じ動きをして、両親ももちろん手を合わせた。
「「「「いただきます」」」」
私と両親はスプーンを持ちながら、マルコさんを観察。
「どれから…やっぱりこっち、を」
マルコさんの手はやっぱりパイナップル料理の方へ。
パイナップルと鶏肉をスプーンで掬い、大きな口を開けて、ぱくり。
「!!」
「「!」」
「…」
その瞬間、両親の表情は破顔した。
私は目を見開いて美味しさを表現している可愛いパイナップルおじさんを見て、項垂れるしかない。
同じテーブルを囲っているのに、私の気持ちだけ地を這っていた。
「どうだ?」
「とても美味しいです…!」
「今日もお仕事お疲れ様。たくさん食べてね」
「はい!」
マルコさんは、ニコニコもぐもぐと大好きなパイナップルを召し上がっている。
最高に可愛い。うん、可愛い。
…けど!
「私もパイナップルのサラダチキン作れますから!」
「ん」
「私もパイナップルを器にするやり方は思いついてました!」
「…よい」
「私は誕生日に食べてもらおうと思ってました!!」
「よ、よい…」
ふんすふんす。
駅までの道を、マルコさんの手を強く握りしめながら荒々しく歩く。
ご飯を食べ終えた私は、両親に尋ねたかった来週の話もせずにマルコさんとすぐに家を出た。
「落ち着け、よい?」
「そんな可愛い顔をしたって、私の心は落ち着きません!」
「…そんな顔をしたつもりはないんだが?」
仕事が忙しかったりマルコさんのこともあったりで、今日は久しぶりに両親とご飯を食べた。
一応、私の遅い誕生日会だった。両親には私を祝う気持ちももちろんあった。小さいケーキも用意してくれた。それはすごく嬉しい。けど久しぶりにマルコさんにも会えるから、両親はせっかくならとパイナップル料理も用意していたのだ。
マルコさんが大好きな両親だから、それは仕方がないと思う。
けどけど、半分に切ったパイナップルを器にするのはやりすぎ!そんなの、マルコさんが喜ぶに決まってる!
「俺はお前さんの料理が一番好きだよい」
「ありがとうございます!けど違うんです!!」
「何をそんな怒ってるんだよい…?」
「だって…!」
「ん?」
「だってだって!」
あんな可愛い表情を両親に見せたくなかった…!!
マルコさんはそろそろ、どれだけ自分が可愛いかを自覚してもいいと思う。
マルコさんの嬉しそうな表情を見れるのは私も嬉しい。けど、その表情を私ではなく"両親が作った”、というのが嫌なのだ。
「俺はお前さんにしか向けない表情があると思うが?」
駅について、改札を通って、電車を待つ。
私が荒れている理由を聞いたマルコさんはそんなことを言った。
「私にだけ?」
「よい」
マルコさんが私にだけしかしない表情?
今まで見たマルコさんの色んな表情を思い浮かべて、一つ一つ確認していく。
「もぐもぐ顔はご飯食べる時は必ずなりますから両親は知ってますよね。怒った表情はエース君にもしてました」
「……」
「しょんぼり顔はイゾウさんの前でもしてましたし…。あ、寝顔ですね!」
「お前さんにもっと伝えないといけないことがよく分かった」
「あれ、違いました?」
寝顔じゃないなら寝起きの表情、と答えたけど、違う、と即答されてしまった。
他にどんな表情が?
電車が来て、降りる人を待って、席が空いていたから二人並んで座った。
色んなマルコさんを思い浮かべていたら、心が落ち着いてきた。隣を見ると、瞳に私しか映っていないマルコさんと目が合う。
マルコさんは、私だけを見てくれている。
「へへ」
「機嫌は直ったかよい?」
私は、単純だった。
これから心がざわついた時はマルコさんをじっと見ることにします。それで落ち着くならいくらでも付き合うよい。
「土曜日はお土産を買いに行ってもいいですか?」
「土産?オヤジに渡す酒はもう買っただろい?」
「エース君とルフィ君と、他にもマルコさんと親しい方に渡したくて」
「用意しなくていい」
顔を見せるだけで十分とマルコさんは言うけど、初めて会うのだからちゃんと挨拶がしたい。
高いものではなくて、ちょっとしたお菓子を考えているんです。そんなこと気にしない奴らだが…、まぁ、今回だけな。
「もう二つ相談があって」
「ん?」
「一つは服装なんです」
クミさんに聞いて候補を三つに絞ることはできたけど、一つに決めかねていた。
だからお父さんをよく知っているマルコさんに意見を尋ねようと思ったのだ。
「なんでもいいよい」
「そういうわけにはいかないです。お父さんに会うんですから恥ずかしくない服装を…」
「オヤジは服装で人を見る人じゃないから安心していい」
それに四十も過ぎた息子の相手に口出しなんてしないよい。それでもできる限りいい印象を持ってもらいたいです。
マルコさんは遊びに行くと思って着いて来ればいいと私を安心させようとしてくれる。けど、ずっとマルコさんと一緒にいる身として、誠意をもって挨拶がしたいのだ。
「そうだ」
もうすぐマルコさんの最寄り駅。
話の続きは金曜日にしよう。服の写真を撮って見てもらおうかな。
そう考えていたら、マルコさんから思わぬ提案があった。
「金曜日、お前さんの家に泊まっていいかよい?」
「私のお家ですか?」
「服、見ながら考える」
まだ冬服をプレゼントしていないからプレゼントした服を着てほしいが、オヤジに見せるのは勿体ない。…はっ、お前さんの持っている服も駄目だ、可愛すぎる。どんな服がいいか…、俺の服…?そう言えば、一度も着てもらったことなかったな。所謂、彼シャ…。
「マルコさんの服は着ませんからね」
「心を読んだのかよい…?!」
「全部漏れてました」
私が真剣に悩んでいるというのに…、ふふ。
マルコさんの漏れていた心の声を聞いていたら、なんだか気が少し楽になった。
「じゃ、また金曜日に」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
マルコさんの最寄り駅に到着。
握っている手の力を強めて、もう一度マルコさんを見て、マルコさんを目に焼き付ける。
ばいばい、と手を振って、マルコさんの背中を見送った。
「…」
マルコさんの大きな服かぁ。着て見せたらどんな表情してくれるかな。
…なんかすごく、絶対に可愛い反応をしてくれる気がする。
「えへ」
一度くらい、着てみようかな。
◇ ◇ ◇
「これはどうですか?」
「可愛い」
「え?…へへ。えっと、これはどうですか?」
「可愛い」
「あ、ありがとうございます…。あと、悩んでいるのがこれなんですけど」
「可愛い」
「…真剣に考えてください」
「考えているが?」
服を見るマルコさんは確かに真剣だった。
けど、大真面目に”可愛い”しか言わないマルコさんの意見は全く参考になりそうにない。
うーん、一番落ち着いている色がいいかな。けど地味すぎる…?
ハンガーにかけた三つのコーデを、マルコさんと一緒に腕を組みながら眺める。
こっちかな?この色の方が、とうんうん悩んでいると、お風呂のお湯が入った音がした。
「マルコさんお風呂どうぞ」
「お前さんが先にどうぞ」
「いえ、今日はマルコさんがお客さんなんですから」
「じゃんけん」
「は、しません」
今日はお客さんのマルコさんが先!、と背中を押しながら脱衣室へご案内。
マルコさんが入ると、見慣れている脱衣室がすごく狭く感じた。浴室も狭くて申し訳ない気持ちになるけどマルコさんは全く気にしていなさそうで、寧ろ、若い頃を思い出す…、とどこかワクワクしていた。
タオルはこれです。ん。ボディソープもシャンプーもコンディショナーも、全部使ってくれて大丈夫です。よい。窮屈かもしれませんが、ゆっくり入ってくださいね!百は数えるよい。
「こっちかこっち。どっちが…」
「決まったかよい?」
「え、もう出たんですか?百数えました?」
「ちゃんと数えた」
マルコさんが入っている間に決めようと思っていたのに、二つに絞ることまでしかできなかった。悩んでいる二つを持って、マルコさんに後を託してお風呂へ。
マルコさんに倣って百まで数えて、化粧水も乳液もつけてドライヤーで乾かして脱衣室を出ると、マルコさんに、もう出たのか!?と驚かれた。
その様子だと決められなかったかな?とマルコさんを見つめていると、マルコさんは眉間に皺を寄せながら恐る恐る声を出す。
「本当に、どっちもいいんだよい」
「はい」
「だが、選べと言うのなら…」
「なら?」
「こ、…っち」
マルコさんはぐぬぬ、と何故か悔しそうな顔をしながら選んだ方を指差してくれた。
選ばなかった方は明日出かける時に着ようかな、と思ってマルコさんに伝えてみたらすごく嬉しそうな表情になってくれたからデートコーデが決定。
「考えているお土産は…」
「ここの店の…」
「お父さんに振る舞う料理は…」
「もっと簡単な料理で…」
私の小さな部屋で肩を寄せ合いながら来週の話をするのは、なんだか秘密の会議をしているみたいでうずうずした。こそこそする必要はないのに、マルコさんに体を寄せて耳元で囁くように話しかけてしまう。
マルコさんはそんな私を引き寄せて膝の上に乗せた。腕が回ってきて、そっと抱きしめられる。
「ふふ」
「よい?」
ベッドとローテーブルの間で、マルコさんの膝の上に乗っている私。
毎日生活している部屋。マルコさんが選んでくれたアデ君もパナちゃん三号もいつも通り同じ場所に佇んでいる。
なのに、マルコさんがいるだけで違う気持ちになった。一週間頑張ったご褒美みたい。
「へへー」
マルコさんの胸に背中を預け体温を感じていると肩に重みを感じた。すり、とマルコさんの髪に頬擦りをすると、ふわりと何かが鼻をかすめる。
「いつもと違う香りがしますね」
「髪がいつもより気持ちいいんだよい」
ほら、と促してくれたので触れてみる。
「わっ、わぁ…!」
「ちょ…髪が!」
すごい!いつも以上にさらさら!
指通りのいいマルコさんの髪を何度も撫で、顔を埋めて匂いをかぐ。いい匂いだった。
「……」
「もういいだろい?」
「もう、ちょっと」
「俺もする」
「?」
顔を離すと、マルコさんは私の髪を掬い匂いをかいだ。
「いつもは私がマルコさんの匂いに近づいているのに、今日はマルコさんが私の匂いに近づいてますね」
「確かに。今日はお前さんの匂いに包まれてる感じがするよい」
「私の部屋ですからね」
「すごく落ち着く」
髪、首筋、と私の匂いをくんくんかいだマルコさんは、いい匂い、と腕の力を強めた。
「お前さんが使っている物、俺の家にも置いておくよい」
やっぱりちゃんとした物を使ったほうがいいよな。今までおっさんのを使わせて悪かったよい。
スマホを持って、私が使っているシャンプーとかを検索し始めたマルコさんがこれだよな?と私の顔を覗き込んだ。なんとなくキスがしたくなったから、一回唇を寄せてみる。するとマルコさんが一回してくれて、もう一回したかったから向き合うように座りなおして、ふにふに合わせていたら十回ぐらいしていた。
「マルコさんの使ってる物が好きなので買わなくても大丈夫ですよ」
マルコさんと同じ匂いがしたいから置いておかなくていい。マルコさんの匂いが大好きだから違う匂いがするのは別にいらない。
「それにお休みの日しか使わないのでわざわざ買わなくても…」
「休みの日以外でも使えばいい」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「お休みの日、以外?」
それはどういう…、とマルコさんを見ていると、真剣な眼差しで捉えられる。
「一緒に暮らしたい」
大好きな手が私の頬を包んで、親指で優しく撫でてくれた。目を閉じながら気持よさを感じていたら、こつんとおでこに何かが当たった。
目を開けると、綺麗な瞳がすごく近くにあった。
「朝起きて、お前さんがいてくれたらいいと。寝る時もお前さんの寝顔が見れたらいいと」
心地のいい音色が器の中へと落ちていく。
温かくなって、もっと気持ちがよくなる。
「俺と、毎日を過ごしてくれないか?」
顔が離れて、マルコさんの表情がよく見えた。
「お前さんの前でしか、こんな表情していないと思うよい?」
私の大好きな表情。柔らかくて優しくて、私を愛おしそうに見てくれる。
マルコさんの頬に手を添えてみると、すりすり擦り寄ってきてくれた。
この可愛い仕草も私の前でだけの、特別なもの。
「マルコさん」
「よい?」
こんなに可愛いマルコさんを、毎日見られる。
「マルコさんのお家に、ずっといてもいいんですか?」
「いてほしいよい」
おはようからおやみまで、毎日を一緒に重ねていけるなんて。
それは、なんて素敵なことだろう。
「嬉しいです」
胸がいっぱいになり、嬉しさのあまりマルコさんに抱きついてしまった。マルコさんが抱きしめ返してくれるからさらに温かくなる。
そうすると当然、あれがでてしまう。
「いひひ、へへへ」
うへへへへ。嬉しい、ふふ。…へへへへ、あは。ふふふ、へ。
「可愛い」
ぐりぐりとおでこを押し付けられたら、笑いはもっと止まりそうにない。
…う、へへへ、し、死にそうで、すっ。ははっ、それは困るよい。
「ならやっぱり、シャンプーとかは同じものを使いたいです」
「じゃあ、お前さんのを俺が使うよい」
「ユニセックスのものがいいかもですよ」
「ゆにせっくす?」
毎日同じ物を使っていたら、全く同じ匂いになるのかな?一緒に過ごしていたらどんな匂いになるだろう?
どんなシャンプーがいいかな、とスマホ画面をスクロールしながら幸せな毎日を想像していると、ふいに頭上から嬉しそうな声が上がった。
「パインシャンプーがあるよい!」
「え」
いいものを見つけた!と言わんばかりの爛々な眼差し。
これがいい、これにしよう、とカートに入れようとしているマルコさんの手を掴み、落ち着かせる。
マルコさん、深呼吸。すー…はー。はい、もう一回。すぅぅーー、はぁぁーー。
「購入」
「待ってください。他のにしましょう?」
「え?パイナップルだぞ?」
お前さんからパイナップルの香りがするんだぞ?そんな最高なことはないだろい?
「マルコさんは私を食べるつもりなんですか?」
「食べはしないよい」
ただちょっとだけ…へへ。
「それを買うなら一緒に住みませんからね!!」
「なんで!?」
そんな…よい…、と嘆く表情が見れるのも、私だけなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「お嬢さん、無事に帰って来るんだぞ」
こいつのオヤジには気をつけろ。危険だと思ったらマルコの後ろに隠れるんだ。
イゾウさんはお酒の弱い私でも飲めるカクテルをテーブルに置きながら不穏なことを言った。
イゾウさんの真剣な表情に、カクテルを飲んでもいないのに、ごくりと喉が動いてしまう。首をゆっくりと動かして横を見ると、隣の人は首を横に振っていた。
「すごく厳しい方なんですか…?」
「もう厳しくない」
「”もう”?」
「いや、殴られたことも、海に沈められたこともないよい!」
「懐かしいなぁ。俺もサッチも、海の底へ…」
「ウミノソコ…」
「イゾウ、不安にさせること言うんじゃねぇ」
三人は一体何をしたんだろう。
エース達がガキの頃も、というか今も投げられてるんじゃないか?とイゾウさんが言うので不安は募るばかり。
「お酒だけでは駄目でしょうか?けどお酒が一番お好きだと…一升瓶を何本用意すれば…」
「大丈夫。何も心配ないよい。俺達がアホだっただけで」
「お嬢さんのことはエース達も話していた。心配ない」
だといいけど。来週はしっかりしなきゃ。
イゾウさんのお店に来る前に買ったお土産は、マルコさんはもちろんイゾウさんにもいい品だと言ってもらえたから大丈夫、のはず。
もう一本お酒を買っておこうかな、料理はやっぱり…、とマルコさんと決めたことを考え直していると、忘れていたことを思い出した。
「エース君達から料理を楽しみにしてると連絡がきたんです」
「あいつらから?」
「はい。何がいいでしょうか?」
マルコさんはすごく嫌そうな顔で、作らなくていい、と吐き捨てた。私の腕が持たない、絶対に作るな、と念を押してくるけど、きっとエース君達の勢いに負けてしまう。
大きな鍋があれば鍋やおでんがいいかなと思うんですが、とイゾウさんを見ると、リゾットを置いてくれた。
かぼちゃのリゾット…すごく美味しいです!それはよかった。
「地元の奴らを巻き込むしかないな」
お嬢さんだけであいつらの対応は無理だ。なら、宴会にした方がいい。
イゾウさんはそれ以外の案は思いつかない、と真面目に答えてくれた。けど、横からそれは駄目だと意見が出る。
「気を遣わせることはさせたくない。絶対にしない。料理はオヤジに振る舞うだけにする」
「そうは言ってもエースやルフィ以外の奴も押しかけてくるぞ。お前の予想通りにいかない奴らばかりなのはお前がよく分かってるだろ?」
「…」
マルコさんを見ると眉間に深い皺を作っていた。
マルコさんは私の視線に気づいて、その表情のままこちらを見た。そして、やっぱり行くのはやめておこう、と申し訳なさそうな表情に変わる。
「もう少し後にしよう。お前さんが疲れるだけだよい」
いい奴らなんだ、それは保証する。だが強引というか、気遣いができないというか…。お前さんが戸惑っちまう。
「酒も土産も俺から渡しておくから」
「マルコさんがいるから大丈夫ですよ」
「けどよい」
不安はなくならないけど、もう心は決まってる。
お父さんに挨拶をして、地元の方とも話をしたい。今回の旅行はマルコさんのことが知れるから楽しみでもあるのだ。
「マルコさんの家族のこととか、大事にしてるものを知りたいんです」
だから行かない選択肢はない。
マルコさんの大切な方達なら大丈夫。だから緊張はするけど怖くない。
また今度。いいえ、行きます。お前さんが大変なだけだよい。大丈夫です。
「俺も帰る日を合わせよう」
「「え?」」
私とマルコさんは同時にイゾウさんを見た。
イゾウさんは一週間遅れて帰る予定をしていた。来週も俺と会うことになるがいいか?と、全く問題ないことを尋ねられ、咄嗟に何度も頷き返してしまった。けど、私に合わせて日にちを変えてもらうなんて申し訳なさすぎる。それならマルコさんに従おうと思ったら、イゾウさんは日にちを変える気満々なのかスマホで何かを調べていた。
「地元にいい印象を持ってもらいたいしな。宴会を一緒に楽しもう」
「航空券は間に合わないんじゃ」
「俺はバイクだからフェリーを使うんだ」
「急に予約取れるもんなのかよい?」
「大部屋の雑魚寝ならいけるだろ」
イゾウさんは大丈夫大丈夫、と心配していなかった。お店のことも自分の店だから何とでもなる、と話がどんどん進んでいき、イゾウさんの一存で私は行くことが決定。
「いいか、嫌なことははっきりと言っていい」
「はい」
「俺が普段どんな様子かは話さなくていい」
「はい」
「酒は絶対に断るように」
「はい!」
「それから…」
オヤジはエース達を叱ることはあってもお前さんには絶対にしない。だから身構えなくていい。
マルコさんはイゾウさんがいるならと行くことを認めてくれた。ただ心配はなくならないようで、イゾウさんのお店を出てから注意事項をずっと話している。
「──で、それから」
「マルコさん。あのー」
注意事項、多すぎない…?
覚えられるか不安になって途中で遮ってしまった。どうしたよい?と私を見るマルコさんにその不安を伝えると、俺は絶対に離れない、と約束してくれた。
「そうなんですね」
なら、覚えなくていっか。
「それで、ワイン好きがいて…」
あ、そうだ。エース君達にイゾウさんと作るね、って連絡しておこう。
「バカ騒ぎが好きな奴が…」
何が食べたいか聞いちゃうと大変かな?イゾウさんにお任せした方がいいかな?
「…って、聞いてるかよい?」
「あ、はい!聞いてますよ!」
途中から聞いてなかったけど大丈夫!だってマルコさんがそばにいるから!
なんて思いながらニコニコ笑いかけていると、玄関を開けたマルコさんは訝しげな表情で見つめ返してきた。
「じゃあ、最初から全部言ってくれ」
「え」
玄関を閉めて、靴を脱いで、マルコさんは私の前に立ちはだかった。廊下を通せんぼして、私が答えるまで動くつもりはないらしい。
「…えっと、マルコさんから離れません!」
「…」
「…」
「…」
「えへ」
「えへ、じゃないよい」
ちゃんと覚えてますよ、覚えてますとも。だったら最初から言えるだろ?
「…お風呂の準備してきまーす!」
「あ、こら!」
「先にお風呂いただきますから!」
「出てきたらさっきの話、一から全部するよい!」
逃げるように脱衣室へ行き、お風呂の準備。お湯が入るまでリビングで待っていようかと思ったけど、注意事項の話を長々とされるのは嫌だったから籠城を決め込む。
「マルコさんから離れないから大丈夫なのに」
マルコさんは心配性なところがある。
エース君達が来た時もマルコさんから離れないようにお風呂の時もトイレの時もそばにいた。危ない目にあったことがあるから心配なのは分かるけど、今回はマルコさんがいるから大丈夫。
「お風呂から出たらまた聞かされる…」
マルコさんとずっと手を繋いでますから!って約束しようかな?けどトイレの時はどうするんだ、って言われそう。トイレの時は…。
「あ」
どうやって話を終わらせようか考えていたら、ある物に目が止まった。
「マルコさんのパジャマ…!」
そうだ!話を逸らすにはこれがいいかも!
これしかない、これでいこう、とお風呂が入った知らせを聞いてすぐに服を脱いで浴室へ。ささっと体を綺麗にする。
「ふんふん」
可愛い反応はしてくれなくても話を逸らせられれば十分、とパジャマを拝借。
「マルコさん」
「ん、出た……」
そしてリビングへ行きマルコさんに声をかけると、マルコさんは私を見て固まってしまった。
「…」
「えへへへ」
マルコさんの手にあったスマホは床に落ちた。
マルコさんはゆっくりとソファから立ち上がる。
「どう、ですか?」
マルコさんの上のパジャマだけを着た自分をよく見せようと、少し腕を広げてみる。
私が着るともちろんブカブカ。太ももぐらいの長さのワンピースみたいになっている。
どうかな?これで話を逸らせられるかな?
なんて期待をしながらニコニコ顔でマルコさんを見つめていると、マルコさんは私の頭からつま先までをゆっくり何度も眺めていた。
そして突然、ぷるぷると震え出す。
「…似合いません、か?」
「か、」
「か?」
「可愛いよいぃ…!!」
「えぇぇぇ!?」
二メートル超えの大男が顔を輝かせながら腕を広げて迫ってくる…!!
咄嗟に逃げようとしたけど、運動神経のいいマルコさんから逃げられるわけはなく、がっちりホールドされてしまった。
「ぐ、ぐえぇ…」
「いい!すごくいいよい!」
「ま、まる、こ…さ」
「やばい、破壊力が…!」
苦しい!痛い!
太く逞しい腕にぎゅうぎゅう抱きしめられ、ぐりぐりぐりといつもよりも強めに頭へ頬擦りされる。
動けない私にはなす術がない。
「可愛い!可愛すぎる!!」
語彙力がなくなったマルコさんは私を抱きしめる力をどんどん強める。
マルコさんっ、苦しいです!すげぇいい…。これでパインシャンプーしてくれたら…!買おう!やっぱりあれはお前さんのためにある!ま、マルコさん、落ち着い、て…。
「はっ!!」
「…、も、…い、きが…」
「だ、大丈夫かよい!?」
「だ…、め」
「しっかりしろ!」
こんなマルコさんのそばにいて大丈夫なのかな…。
期待も不安も、胸に詰めた感情は、強く抱きしめるマルコさんによってぺしゃんこになってしまったのだった。