パイナップルからはじまる恋
会場に着くと、エントランスにリンゴさん(十七話登場)の姿を見つけた。
受付をして、アクリルボードに名前を書いて、彼女の元へ。
「久しぶり~」
「久しぶり」
リンゴさんは私をじっと見て、うふふ、と意味ありげな笑い声を出す。
「綺麗になったね」
「急にどうしたの?」
「彼氏を溺愛してると聞きまして」
そっちだって旦那さんと二人のお子さんを溺愛してるじゃん。ふふ、可愛いもん。
リンゴさんのお子さんは双子で、もうすぐ小学生。今日はゲーム好きの旦那さんと最新のゲーム機器で遊んでいるらしい。
「今日スピーチするんでしょ?」
「…それ今言わないで」
考えないようにしてたのに…!
昨日もマルコさんに聞いてもらって、満点だよい、とお墨付きをもらったけど不安は不安。
スピーチの話はしたくないから話題を仕事に変えて、そういえばあの子どうなった?と話をしていると本人が満面の笑みを浮かべながらやって来た。
「やほー」
「髪色、直したんだね」
「けどなんか…青く見える」
「昨日染め直した~」
「仕事はしてるの?」
「まだ仕事してないー」
あはは、と笑うオレンジさん(三十一話登場)の髪色は、光に当たると綺麗な青色だった。
お金あるの?まぁなんとか。大丈夫?大丈夫!
オレンジさん改め、ブルーさんはまだ無職だった。一緒に行ったライブの後から転職活動をはじめるはずじゃ、と思っていたら他のアイドルグループのおっかけで忙しいと教えてくれる。
遠征はお金がすごくかかると思うけど、一体どれだけのお金を貯めたんだろう。
「おつ」
「おつかれ」
「久しぶり」
「仕事してきた」
「働いているなんてすごいわー」
「え、なに、まだ働いてないの?」
スタイルさん(三十話登場)が私達と同じように大丈夫なのか、とブルーさんを見て、同じ表情で私を見る。
「まだ続いてる?」
「うん。続いてるよ」
「そか」
よかった、とスタイルさんは綺麗に笑った。本当に綺麗な人だよなぁとドレス姿を眺めていると、いいでしょ?新調した!と腕を少し広げて見せてくれる。その仕草が可愛くて笑っていると、リンゴさんの視線を感じた。
「なに?彼氏さんと危なかったの?」
「危なくないよ」
「なら次はそっちかぁ」
「え?」
三人を見ると、三人が、え?と私を見た。
「え、危ないんじゃん」
「危なくないよ」
「どゆこと?」
三人の視線が私に集まる。
危なくはないけど、次は私ではないと思う。
それはどういう意味?と視線が刺さる。ちくちくして居心地が悪いから、スタイルさんに彼氏はできたのかと話を振った。
「しばらくはいいやって思っちゃって」
「あ、私できたよ」
「「「え!?」」」
スタイルさんはブルーさんに詰め寄り、どうして合コン誘ってくれなかったの!?とブルーさんの肩を揺さぶる。
しばらくいいやって言ったじゃん。仲間だと思ってたのに!あはは。合コンじゃないよ。
「どこで知り合ったの?」
「実家が隣でね。お兄ちゃん的な人!」
「また参考にならない!」
こっちはお客さんでこっちはお隣さん!と、スタイルさんが私とブルーさんを見ながら声を上げ、すぐにしゅんとなってしまった。
私だけ独り身…。大丈夫大丈夫。そうだよ、すぐできる。てか、そんな調子で結婚式大丈夫?アスカのは別に大丈夫、だと思う…。
「いい人いないの?体目当てじゃない人…」
彼氏の知り合いとか紹介してもらえないかな?どう?
「聞いてみるね」
「私も聞いてみるー」
「ありがとう…!」
「お時間になりましたので、参列者の方はこちらへ」
スタッフさんが参列者を式場へと案内を始めた。
「話が全部途中なんだけど」
「披露宴の時に話そう」
「それだけじゃ終わらないよ」
「なら終わったらご飯行こ」
「がっつりはいらないよね」
「友だちとご飯なんて久々」
「ママは大変だね。行きたい店ない?」
「おすすめのバーがあるよ」
「バー?」
なんて話をしながらチャペルに入り、私は、言葉を失ってしまった。
不思議そうに私を見るブルーさんに背中を押され、席の方へ。
「通路側ね」
「うん。え、いいの?」
「親友が奥なんてないでしょ」
「ちゃんとおめでとうしないと」
三人に言われるがまま通路側に座り、また顔を上げる。
「…」
高い天井、白い壁、長い道、道の終わりには祭壇。
そして祭壇の向こうから、自然の光が差し込んでいる。
「天気よくてよかったね」
「ね」
顔を前に向けたまま、頷く。
圧倒的で、神秘的な空間。
「…」
まだ何も始まっていないのに、何かが始まっている気がした。
胸がそわそわして、揺れている。
「どうしたの?」
「なんか、落ち着かなくて…」
「スピーチの心配?」
それはあるけど違う気がする。
なんだろう?親友が結婚するから緊張してるのかな?
祭壇を眺めながらそわそわの理由を考えていると、司会者が式の開始を告げた。
「新郎の入場です」
司会者の声と共にBGMが流れ、私達は一斉に振り返る。
初めて見るナオさんは、アスカから聞いていた人とはイメージが違った。腕を広げて寝ると聞いて大胆な人かと思っていたら、細身で上品な雰囲気の人だった。
私達に一礼して、新郎側の人達と話しながら祭壇へと歩いて行く。
大きな歩幅で堂々と。道の果てまで辿り着いたナオさんは、くるりと振り返った。
「新婦の入場です」
そこに、すごく綺麗なアスカが両親と立っていた。
歓声が上がる。私は幸せを収めようとスマホを構えた。
お菓子我慢して、筋トレしてエステにも行ってたからなぁ。スイーツビュッフェ、たくさん食べないと。
「綺麗だねぇ」
「本当、綺麗」
アスカが歩き出す。
一歩一歩、確かめるように進むその足取りは、すごく緊張しているのにどこか幸せそうだった。
両親と一緒に歩いていたアスカは、もう少しで違う人と歩いていく。
その瞬間に立ち会えるなんて何て素敵だろう。
「ぁ」
スマホに綺麗な姿をたくさん収めたくて画面を見ていると、私のところまで来たアスカと画面越し目が合った。慌てて顔を上げ、アスカに届くように言葉を送る。
「おめでと」
「ありがと」
そして、アスカは両親から離れ、ナオさんの隣へ。
祭壇に立つ二人をあたたかい光が照らしていた。
二人を祝福してくれているようで、思わず笑みがこぼれる。
「?」
その光が、何故か私の方に来ていた。
透明な光が、二人が歩いた道をゆらゆらと泳ぎ、私の前で小さな光となる。
「ぇ」
その光が、私の瞳の中へ入っていった。
咄嗟に瞼を閉じてしまったけど、眩しくはなかった。当然のように入った光は、静かに、何かを伝えるように私の中で漂っている。
優しくて柔らかくて、なんだかマルコさんみたいだった。
「ぁ」
光の心地よさを感じていると、ふいに、あるものが現れる。
それは、最近は見えていないものだった。
マルコさんの陰を感じた時から見えなかった輪郭。けど、今まで見たものとは違っていた。
“おはようさん”
“ん”
“俺は餓鬼じゃねぇ”
”よおおおおおおい!!”
“パイナップル、パイナップル”
“これが絶対似合うよい。買う”
“せーのっ!”
“…よい”
”あ、こら!”
“…ん、美味い”
”おやすみ”
結婚とか家族とか、それは分からないけど、ただ、マルコさんの隣に私がずっといた。
おはようからおやすみまで。マルコさんが可愛く笑ってくれて、私も笑ってる。
”ほら、おいで”
これが、欲しい。
この"輪郭"が、私の欲しいもの。
たぶんこれが、ずっと欲しかったんだ。
「「私達二人は、皆さまの前で結婚式を挙げることができ嬉しく思います。ここに、結婚の誓いをいたします」」
これから、アスカとナオさんは同じ道を歩いていく。
「…」
マルコさんとマリナさんは同じ道を進むはずだった。
けどマリナさんは別の道を選んで、マルコさんは独り、その場所にずっと立ち尽くしていた。
そこに、私が歩いてきた道が重なって、今、私はマルコさんの隣にいる。
「「理解できるまで相手の話を聞きます」」
マルコさんと私は、どんな小さなことでも気になったらちゃんと話す、と約束した。
「「互いを認め、尊重し、共に高め合える存在であり続けられるよう、努めます」」
マルコさんの陰に触れて、過去を知った。
辛いはずなのにマルコさんが進みたいと言ってくれて、私も進もうと思った。だから、進みませんか、と話し合った。
「「笑顔の絶えない家族を築きます」」
けど、マルコさんを傷つけてしまった。
マルコさんは笑ってくれなくなって、私もぎこちなく笑うことしかできなくなって、色んなものが噛み合わなくなった。
「「記念日には素敵な思い出をつくっていきます」」
それでもマルコさんは、誕生日プレゼントは何がいいか尋ねてくれた。
「「ケンカをしてもその日のうちに仲直りします」」
マルコさんが、離れたくないと言ってくれた。
それだけで、大丈夫だと、信じられた。
「「健康長寿を目指して、毎日を大切に過ごします」」
今はまだ上手くできないと思う。何度も間違えて、その度にマルコさんを傷つけてしまうかもしれない。
けどもう、やるべきことは分かってる。
マルコさんと、色んなことをしていきたい。お家でのんびりしたいし、服をプレゼントし合いたいし、旅行もしたいし、カフェにだって行きたい。もちろん、料理も作りたい。
楽しい時も、悲しい時も、辛い時も、どんな時も過ごしていく。
マルコさんの人生最後にサッチ丼を食べさせるその時まで、私は、マルコさんと一緒にいる。
“分けてほしいと願えること、かしらね”
その意味が、分かった気がする。
私は、マルコさんが話してくれた過去を、マリナさんが話してくれた過去を、マルコさんの想いを、これから一緒に持っていきたい。
そしてもう一人の私の想いと、もちろん私の想いを重ねたら、この先どんなことがあっても、一緒に越えていけるはず。
「「今日の誓いを心に刻み、力を合わせていくことをここに誓います」」
アスカとナオさんは受付の時に私達が書いたアクリルボードに名前を書いて、私達に見せてくれる。
それは、これから二人がずっと一緒に生きていくことの証明書。
「お二人の結婚が成立しました」
はじまりの場所に祝福の音が鳴り響く。
空から差し込む光は、新郎新婦も、参列者も、全員を包み込む。
「おめでとう」
大丈夫。
もう迷わない。
私は、ずっと、いつまでも、マルコさんと生きていくんだ。
──おかえり。
私、決めたよ。
アスカへ大きな拍手を送りながら、胸の奥で、そっと誓った。
◇ ◇ ◇
「アスカのメイク、めっちゃ崩れたねぇ」
「聞いてる私も涙出てきたもん。そりゃ号泣するよ」
「ありがとう」
「結婚、いいな…」
スピーチでアスカのメイクを崩すことができ、私は達成感に溢れていた。その後に食べた料理はどれも美味しくてお酒も飲もうとしてしまったけど、マルコさんとの約束は守りたいから我慢した。
「このあとどこ行く?」
「バー行くんじゃないの?」
「バーでいいの?マスターが素敵な店」
「え、料理じゃなくてマスター目当て?」
「あの…」
私達以外の声が聞こえ、全員で声の方を見る。
そこには五人の男性がいた。新郎側の参列者で、一人はスピーチをした人だ。
「よければこのあと、一緒に食事どうですか?」
私達?と顔を見合わせ、私とリンゴさんとブルーさんはスタイルさんを見る。この機会を逃してはいけないかな、とスタイルさんの反応を待っていると、男性達にこれから予定があって、と断っていた。
お誘いありがとうございます、けどすみません、とブルーさんとリンゴさんが続いた。けど男性達は少しでもいいので、と去ろうとしない。
「うーん、今日は女子会したいよねぇ」
「話したいことたくさんあるし」
「やっぱり難しいかな」
本当にすみません、と謝ると、男性達は残念そうな表情で分かりましたと頷いてくれた。
「スピーチ、すごくよかったです」
そのまま離れて行くのかと思ったら、スピーチをした男性が私を見て微笑んだ。
「ありがとうございます」
「俺が先で心底ほっとしました」
「そちらのスピーチもすごくよかったですよ」
「本当ですか?」
よかった、と笑う彼に微笑みかける。すると彼にじっと見つめられ、やっぱり二次会しませんか?と誘われた。
「近くにいい店があるんです」
お酒の種類も多くて、雰囲気がいいんです。本当に少しだけでもいいの、で…。
「?」
話している途中で、彼は突然、私から視線を上げた。
「??」
前にいる男性達も、横にいるスタイルさん達も、何故かみんな私ではなく、私の上を見ている。
どうしたんだろう?
「…後ろ」
リンゴさんに言われ、振り返る。
「え?」
そこには、スーツ姿のパイナップルおじさんが。
「おつかれさん」
あまり見ない綺麗な笑顔だった。
仕事の時はこんな笑顔なのかな?…って、どうしてここに?マルコさんに聞かれて、時間や場所は答えたけど迎えに来るとは言ってなかった。
ぽかん、とマルコさんを見ていると、持っていた引き出物を奪われる。
「荷物多いだろうと思って迎えに来た」
「あ、ありがとうございます。…どうしてスーツなんですか?」
「お前さんがドレス姿だから合わせたくて」
へへ、頬を掻きながら照れくさそうに笑う四十越えのおじさん。
スーツを着ているからかっこいいはずなのに、可愛いが勝っていた。
かっこいいし可愛いなんて、マルコさんは凄すぎる。
「ごめん、この人は…?」
ブルーさんの声に、はっとなる。
マルコさんの素敵さに気を取られていたけど、周りには男性達もいるんだった。
「えっと」
言っても、いいのかな…。
言葉が詰まる。答えは一つしかないのに、後が続かなかった。
一回り以上違うからと慎重になっていた。マルコさんの過去を聞いた旅行の後、マルコさんが知られた時は”大切な人”だと言うだけ、と言ってくれた。けど機会がないまま、マルコさんと進もうとして、駄目で…。
こうして今日来てくれたけど、マルコさんの気持ちは分からない。
「その…」
恐る恐る顔を上げるとマルコさんと目が合った。
「ん」
マルコさんが、ゆっくりと頷いた。手を取られ、すり、と指が絡まる。
瞳は少しも揺れていなくて、大好きな表情で私を見つめてくれる。
「私の、」
それは、不安を取り除くのには十分すぎる応えだった。
マルコさんに頷き返して、みんなの方を向いて、息を吸う。
「溺愛している彼氏だよ」
私は初めて、マルコさんを紹介した。
両親以外でマルコさんの姿を見たことがあるのはアスカだけ。けどそのアスカも、写真でしか見たことがない。
「はじめまして」
マルコさんは頭を下げて丁寧に挨拶してくれた。
リンゴさんは、おお…!と驚き、ブルーさんは、体格が…!と驚き、スタイルさんは、噂の…!と驚いていた。男性達はマルコさんを見たまま固まっていたけど、誰かが、すご…、と声を漏らした。
「もしかして、ご飯行く予定だったか?」
「実はこれから四人で行こうかって話してて…」
「なら荷物だけ預かる。車で来てるから、店まで送っていくよい」
マルコさんは私達に微笑み、そのまま男性達を見る。
何故か男性達は、肩を上下させた。
「今日はありがとうございました」
「あ、いえ」
「俺達、メシ行くので」
じゃあ、と帰って行く男性達を見送ると、マルコさんが私の顔を覗き込んだ。
「店は決まっているか?」
「彼女の好きなバーがあって。場所ってどこ…」
マルコさんからスタイルさんに視線を移すと、スタイルさんはリンゴさんとブルーさんと顔を見合わせていた。三人で、うんうん、と頷き合い、そして私とマルコさんを満面の笑みで見つめてくる。
「せっかく迎えに来てくれたんだから一緒に帰りなよ」
「それか二人でどこか行ったら?」
「デートして帰るといいよ~」
三人はマルコさんに、彼女のことよろしくお願いいたします、と少しだけ頭を下げた。そんな三人に、私のことは気にせず、とマルコさんが伝えたけど、今日は逃しちゃ駄目ですよ、と三人は引き下がらない。
「こんな綺麗な姿、滅多に見れませんから」
「彼氏さんに譲ります!」
「…ありがとうございます」
マルコさんはまた丁寧にお辞儀をした。
仕事でするのに慣れているのか、綺麗なお辞儀だった。いつもの雰囲気とは違って、けどこっちもすごく素敵で、思わず見惚れてしまう。
「近いうちにアスカも誘って五人でご飯行こうね~」
「うん、また連絡する」
「彼氏、いいな…!!」
「はいはい行くよー」
私は手を振りながら、マルコさんはもう一度頭を下げ、スタイルさんを真ん中にして会場を後にする三人を見送る。
その間もマルコさんと手を繋いだままだった。大きな手が、私の手をすっぽり包んでいる。
「…」
「…」
三人の姿が見えなくなると、少しだけ力を込められた。
「すまん。余計なことをした…」
そうだよな、友だちとご飯行くよな。考えが甘かったよい…。
さっきまでのマルコさんはどこへやら。しょんぼりマルコさんになってしまった。
「ふふ」
二人になった瞬間にいつものマルコさんに戻ってしまうなんて。
「友だちとはいつでも行けますから大丈夫です」
「…よい」
「私は、嬉しいんですよ」
「?」
マルコさんが迎えに来てくれた。
マルコさんが、”彼氏”として来てくれた。
それが何よりも嬉しくて仕方がなかった。
「デート、したいです」
帰ってしまうなんてもったいない。
ぎゅぎゅ、と握り返しながらマルコさんを見つめると、マルコさんの目が細くなって、もちろん、と頷いてくれた。
「お酒、飲んでもいいですか?」
スピーチでアスカを号泣させた祝杯をしたい、とお願いすると、それはしないと、と笑ってくれた。
「今日は何杯でもいいよい」
「本当ですか!?」
「まぁけどお前さん、飲めないから…」
「三杯は飲んでみせます!」
「くくっ」
マルコさんの手は温かい。手のひらから伝わる体温が、腕を通って肩を通って胸まできて、幸せを重ねていく。
それが嬉しくて嬉しくて、マルコさんと繋いでいる方の腕を揺らしながら、えへへ、と笑っていると、揺れが止まってしまった。
マルコさんが腕に力を入れたからだった。私を見たまま固まっている。
「どうしました?」
「あー…いや、…」
マルコさんはえーっと…、その…、と視線を彷徨わせる。
じっと言葉を待っていると、そろ、とマルコさんの視線が動いて、瞳に私が映った。
「すごく綺麗だと…思ってよい」
マルコさんの想いが、私の瞳を伝ってあっという間に体の奥まで届いてしまった。すっと真っすぐに落ちていったのは、きっと私の心の器がしなやかになったから。
「マルコさんも、すっっっごく素敵ですよ」
言葉がぽろっと零れてしまう。
マルコさんは、居心地悪そうに私から視線を逸らした。頬や耳が赤くなっているのが可愛くて、ついつい意地悪したくなってしまう。
まーるこさん。……見ないでくれ。駄目です。かっこいいマルコさんはなかなか見られませんのでしっかり見させていただきます!…スーツ、やめればよかったよい。
「おすすめのお店ありますか?」
「ここからだと…」
「ありがとうございました」
入口に行くと、そばにいたスタッフさんが会釈をしてくれた。
私も小さく頭を下げて、マルコさんと扉の向こうへ歩き出す。
今日という日は、まだ幸せを重ねようとしていた。
◇ ◇ ◇
「卒業旅行の時にですね…」
私は一体、マルコさんに何時間アスカの話をしているだろう。
連れて行ってもらったお店にいる時から、お風呂から上がってマルコさんのベッドに入った今まで、私の”アスカ話”は止まらない。
「へぇ、すごいよい」
「はは、それは面白いねい」
「それで?その後は?」
マルコさんが乗せ上手なのもいけなかった。
私の話にずっと耳を傾けてくれて、うんうんと頷いてくれて、驚いてくれて、続きを楽しみにしてくれているような目をしてくれる。今も私の頭を撫でながら、偶に何故かおでこにおでこをこつんとされながら、話を聞いてくれる。
「アスカのメイクが崩れた顔は本当に面白いんですよ」
「面白い…号泣させたのは大丈夫だったのかよい?」
「いいんです!今日崩さないでいつ崩すんですか?」
「…親友なんだよな?」
ふふん、とマルコさんのように得意げになっていると、大きな手が頬を撫でてくれた。その手に擦り寄って、ぐりぐりと押し付け、大きくて逞しい胸に顔を寄せる。
マルコさんの心音が私の体にまで響いて、同じリズムを刻んでいた。
「マルコさん」
「ん?」
もっとちゃんと感じたいなぁ。
よいしょよいしょとマルコさんに跨って体を預ける。すぐにマルコさんの腕が回って、抱きしめてくれた。ぽんぽんと背中を撫でられて、心地がよくて、マルコさんの首筋に顔を埋めて匂いを目一杯吸い込む。
すると、名前を呼ばれた。顔を上げるとマルコさんが私を見ていて、顔が近づいてくる。
「んっ」
今日初めてだったからか、気持ちが高まっているからか、体がびくりとなってマルコさんに押し付けてしまった。それでもマルコさんは止まらない。
「っぅん、ん」
柔らかいマルコさんの唇が想いを伝えてくれる。唇にも頬にもおでこにも耳にも、たくさんキスをしてくれる。私からも送りたくて、マルコさんのキスの雨の合間に、私の雨を降らせた。
唇の感触を味わうように押し付け合って、少し開くと、ちょん、と舌に当たって、顔が緩んでしまう。
「えへへ」
「くく」
胸は幸せのまま、だけど温かくなりはじめた体の奥底から、もう一人の私がもっともっとと求めている。
マルコさんの瞳は、まだ綺麗だった。ちゃんと私が映っていて、マルコさんのまま応えてくれる。
マルコさんの瞳に映っていたいから、私はまだ、ともう一人の私を引き止めた。
「アスカ、幸せそうで」
「ん」
「アスカを見る時のナオさんの目がすごく優しかったんです。だから、大丈夫だって思えました」
素敵な時間でした、と話しているとマルコさんの心音が一度だけ、少し強く鳴った気がした。
「…そうか」
マルコさんの瞳が、かすかに揺らいでいた。
あ…。
瞳に映る私がぼやける。
私の様子を伺うものがいた。
大丈夫、と目元に唇を寄せるけど、陰は、じっと私を見ているだけだった。
「それで…」
マルコさんの首に腕を回して、力を込めた。微笑みかけてみても、陰はやっぱり反応を返してくれない。
今までと同じでは、陰は永遠に応えてくれないんだ。
「欲しいもの、見つけたんです」
「…欲しいもの?」
マルコさんの瞳に、私がはっきりと映った。けど陰は、そこに静かに佇んでいる。
「誕生日プレゼント、思いついたんです」
「本当かよい!?」
マルコさんが勢いよく起き上がった。足の間に私を座らせて、力強く抱きしめてくれる。
「何でもプレゼントするよい」
何が欲しい?服?化粧品?…あ、調理家電かよい?物じゃなくてももちろん。は、もしかして旅行か!?
どうしてあげる側のマルコさんのテンションが高くなっちゃってるんだろう。
早く答えが知りたくてうずうずしているマルコさんが可愛くて、両手でマルコさんの頬を包んでみた。マルコさんは体を揺らしながら、私の頬に包まれ続けてくれる。
本当に、可愛い人だなぁ。
「欲しいものは…」
「欲しいものは?」
「”マルコさんの半分”、です」
「…ん?」
マルコさんは、固まってしまった。
揺らしていた体を止めて、私をじっと見て、もう一度、ん?と声を出す。
「俺の?」
「半分です」
「ちょ、っと意味が…はんぶん?」
俺の半分?どうやって渡せばいい?包丁で体を切ればいいかよい?
真剣に悩んでいるマルコさんが可笑しく笑っていると、陰が近付いて来ていることに気が付いた。
微笑みかけてみると、今度は淀みを揺らしていた。
反応を、返してくれた。
「私、マルコさんと”半分こ”がしたいんです」
頬から手を離してマルコさんの両手を取った。やっぱり私の手ではマルコさんの大きな手をすっぽり包み込むことはできないけど、それでも包み込む。
揺らいでいた淀みが、静かになった。
「マルコさんのこれまでのことは、どんなことがあっても変わりません」
マルコさんが、マリナさんを傷つけてしまったことは、この先ずっと変わらない。
マルコさんが、マリナさんを想っていたのに別れてしまったことは、この先ずっと変わらない。
そんなマルコさんが私に出会うまで、独りでどんな思いで過ごしてきたのか、私には分からない。
「だから教えて欲しいんです」
嬉しかったことも、悲しかったことも
楽しかったことも、辛かったことも
良かったことも、悪かったことも
信じたことも、疑ったことも
願ったことも、諦めたことも
愛したことも、傷ついたことも
分かち合ったことも、背負ったことも
笑ったことも、泣いたことも
待ったことも、手放したことも
歩いたことも、立ち止まったことも
「…」
マルコさんは静かに私の手を強く掴んだ。
陰は手が届くところにまで来ていた。
まるで、私の言葉に耳を傾けているようだった。
「それから、これからのことも教えて欲しいんです」
嬉しいことも、悲しいことも
楽しいことも、辛いことも
良いことも、悪いことも
信じることも、疑うことも
願うことも、諦めることも
愛することも、傷つくことも
分かち合うことも、背負うことも
笑うことも、泣くことも
待つことも、手放すことも
歩くことも、立ち止まることも
"どんなことも話す"と約束したからじゃない。マルコさんの隣にずっといたいから、マルコさんの半分が欲しいんだ。
「あとですね…」
マルコさんの背中に腕を回して、体を寄せた。
「マルコさんが人生最後に食べるサッチ丼も、半分こしたいんです」
「…」
「あ、やっぱりサッチ丼は全部食べたいですか?」
料理はいつも半分こしているからサッチ丼も半分こしたかったけど、どうかな?
「…」
陰が、触れられるほど近くにいた。
マルコさんの瞳は、淀んでしまって私が映っていない。
マルコさんの頬を撫でてみると、マルコさんと陰が揺らいだ。
「……貰って、くれるのか?」
それは、マルコさんの言葉なのか陰の言葉なのかは分からなかった。
私を伺うような、確かめるような音色。
「はい。欲しいです」
マルコさんの目元に、もう一度、そっとキスをする。
その瞬間、瞳が大きく開いた。
マルコさんの持つ全ての感情が、あの澱みまでよく見える。
「マルコさんの半分、私にください」
「…」
大きな骨ばった手が、恐る恐る私の頬を包んだ。
顔が少しずつ近づいて、おでことおでこが、鼻と鼻がくっついた。
陰は、息がかかりそうなくらい近くにいた。
「私も、持っていきたいんです」
この前はごめんなさい。マルコさんを、あなたを、すごく傷つけた。
けど、どうしても、あなたの声を聞かせて欲しいの。
あなたの抱えているものを分けてほしい。私も半分、持っていたいの。
私は、ずっと、あなたと一緒にいるよ。
マルコさんの瞳の奥底から、澱みが迫ってきていた。けどマルコさんは苦しそうではなく、私を見ようとしてくれている。
…。
陰は後ろを振り返り、そしてゆっくりと、私に向き直った。
私は、逸らさない。
…。
瞬きせずに待っていると、目の前が真っ暗になって何も見えなくなった。
マルコさんがいるのは分かるのに、マルコさんが見えない。
「…」
私に応えようとしていたマルコさんの視界がいつもこれだったとしたら…。
そう考えるだけで胸が締め付けられる。
「?」
けど、何かが違っていた。
「なんだか、温かい?ですね」
「あたたかい?」
「うーん…柔らかい、ですかね?」
なんだかそれは、嫌なものではなかった。
冷たいと感じていたものは、私の知っている温かさを持っていた。
「マルコさん、ですね」
「俺?」
「はい」
きっと、優しくて温かくて柔らかいマルコさんの中にいたからなのかもしれない。相手を傷つけたくなくて抑え込んでいた、すごい包容力のあるマルコさんが持っていた澱みは、マルコさんそのものだった。
「…そう考えたことはなかったよい」
ふっと、マルコさんが離れたのが分かった。
離れたくなくて咄嗟に抱きつくと柔らかいものが唇に触れた。何度もそっと重ねられ、離れていったと思ったら今度は目元に何かが触れる。
お返しがしたくて、両手をマルコさんの腕をつたって頬へと運んでいく。
見えなくても、したいところにキスができた。
「んっ、ん」
触れ合う度、ぽつぽつと、雫が落ちていく。
ちゅ、ちゅ、と何度も触れ合っているとマルコさんの体が後ろへ傾いていく。つられて私も倒れ、マルコさんの上に乗ってしまった。
「「あ」」
突然、マルコさんと目が合った。
視界がはっきりしてマルコさんがよく見えたのだ。マルコさんの綺麗な瞳に、私が映っているのもよく見える。
「どこ行っちゃったんでしょうか…」
「…いるのは分かるよい」
自分の体に尋ねてみると、陰は、私が重ね続けた幸せの中にいた。そこがいいのかな?と様子を伺ってみると、動く気配がないから気に入ったみたい。
「見つけました」
「…ん」
俺も見つけた、とマルコさんが教えてくれた。
マルコさんの中にいる残り半分も、瞳以外の場所へ引っ越しをしたみたい。
「悪いものじゃなかったんだな」
「マルコさんですから、悪いものになるはずないんです」
「お前さんだから気付けたんだと思うよい」
「そうですか?」
二人でここにいる、と場所を教え合って、それからまたキスをして、マルコさんが心から幸せそうな表情で私を見つめてくれる。
あぁ、なんて綺麗なんだろう。
「やっと応えられる」
「!」
マルコさんがそっと頬を撫でてくれた。何度も親指ですりすりしてくれて、その優しさが、瞳の奥を熱くさせる。
「ずっと待たせて悪かった」
もう一人の私が、私を見ながら涙を流していた。うん、と頷くと、私に抱きついてきて、そして、いなくなってしまった。
ごめんね、ずっとこれを待ってたんだよね。
「お前さんの半分、俺にくれるかよい?」
マルコさんの瞳から想いが溢れてくる。それを全て受けながら、私の想いも全て、マルコさんへ伝え続ける。
心が満たされる度、体は自然と熱くなっていく。ずっと欲しかった"マルコさんの半分"が、ようやく、私の中へ届こうとしていた。
「貰ってほしいです」
マルコさんの体がゆっくりと動いて、私はベッドに沈み込んだ。
器の中へマルコさんの想いが静かに、けど止まることなく流れ込んでくる。
マルコさんから離れないように首に腕を回して、マルコさんは私の頭を抱きすくめて、おでこにも、鼻筋にも、瞼にも、顔中に唇を落としあった。唇を甘噛みしてみるとマルコさんもしてくれて、気づけば舌が触れ合っていて、マルコさんが口の中を溶かしてくれる。
「んくっ」
口の中に広がるマルコさんの唾液を飲み干すと体が嬉しそうに震えた。マルコさんの熱さが伝わる度に、体にもっともっととせがまれて、マルコさんに抱きつく力を強めてしまう。
「っはぁ…!」
「はっ」
「…は、はぁ…ぁっ」
「っん?」
マルコさんとの繋がりが途切れてしまった気がした。
なんだか寂しくなって、もう一回キスがしたい、とお願いすると、ん、と触れ合うだけのキスをしてくれる。
「マルコさん」
マルコさんの頬に手を添えて、じっと瞳を見つめた。マルコさんは目を細めながら見つめ返してくれる。
大きな雫が落ちてきて、ぽちゃん、と波打った。
「っ…」
服の上から優しく撫でてくれていた手が、服の隙間から入り込んできた。少しひんやりしているマルコさんの手が気持ちよくて、けどくすぐったくて笑い出してしまう。
「ふっふふ」
「…こら」
「へへ」
マルコさんの服の隙間から手を滑り込ませて、同じところをなぞっていく。お腹を撫でて、上へいったり、下へいったり。
くすぐったいよい、と言うマルコさんは嫌がっていなくて、むしろ何だか嬉しそうだった。
その反応に嬉しくなって、指先で触れるマルコさんの肌は触り心地がよくて、もっと感じたくなり、くいくい、と無意識に服を引っ張っていた。
気づいたマルコさんが体を起こして服に指をかける。
「…」
ゆっくりと露わになるものを見て、私は、声が出なかった。
「…何か言ってくれよい」
「え、えと…」
何回か見たことあるのに、何だか今日は恥ずかしかった。
いつも私を軽々と抱き上げるマルコさんの体は、それはそれは逞しくて、どこも見れなくて、そろとマルコさんから視線を逸らす。
けどマルコさんはそれを許さなかった。
「ほら」
「っ」
「こっち見てくれないのか、よい?」
「ひゃう…」
ふ、と耳元に息がかかって、咄嗟にマルコさんを見てしまった。
マルコさんの熱い眼差しに私が映っている。どくどくと熱い想いが注ぎ込まれ、見つめ合っているだけなのに、お腹の下あたりが疼いて仕方がない。
「お前さんも」
「んう」
マルコさんがするすると私の上の服を取っていく。
「…」
「あの」
「…」
「マ、ルコさん」
マルコさんに見下ろされている。隅々まで、隈なく、私を見ていた。
「うぅ」
じっと見られるのが恥ずかしくなり、マルコさんに向かって腕を伸ばした。マルコさんはすぐに視線を合わせてくれて、体を重ねてくれる。
「ぎゅって、して欲しいです…」
「ん」
マルコさんの体温が直に伝わってきて、恥ずかしさと嬉しさが溶け合った。肌はしっとりしているから擦れても痛くなくて、心地がいい。
「こんな、可愛かったんだな…」
大きな雫が、また落ちてきた。
水面をいつまでも揺らし、胸がむずむずして落ち着かない。
「可愛いのはマルコさんですよ」
「そのまま返すよい」
「倍にしてお返しします」
「ならその倍で返す」
倍です、倍だ、と何倍にも膨れ上がった想いが、器の中へと詰め込まれていく。
「えへへ」
嬉しい、すごく嬉しい。
マルコさんの瞳に私がずっと映っている。それが何よりも嬉しい。
「くく」
マルコさんも笑ってくれて、おでこに一回キスをすると顔が離れていった。そして、少しの痛みを感じ、ぴくりと体が驚く。
「ん、ついた」
マルコさんができたよい、と嬉しそうに私を見るから髪を撫でずにいられなかった。すり、と擦り寄ってきてくれるのがたまらなくて、胸が締め付けられる。
「どこに痕、つけたんですか?」
「ここ」
つ、と胸の間を人差し指がなぞった。マルコさんはその後も至る所に唇を寄せて、印をつけてくれる。痛みは熱に変わって、私の中をさらに疼かせる。体はそこじゃない、もっとこっち、と言いたげに無意識にマルコさんの手を掴んでいた。マルコさんは指を絡ませ、握り返してくれる。
「っ、ぁっ」
疼くところを吸い付かれて、体が大きく震えた。
体の奥で生まれた熱が一気に広がって、体が必死に伝えてくる。
「まるこ、さん」
「ん」
二人で残った服をそっと外して、マルコさんが私の横に来てくれて、ぎゅう、と抱きしめあった。足を絡めて隙間なくくっついて、マルコさんを感じる。
「えへへへへ」
胸に顔を埋めると、大好きなマルコさんの匂いがいつもよりもずっと強く感じられた。
大きく息を吸って、吐いて、印をつけて、言葉を紡ぐ。
「だいすきです」
「俺もだよい」
髪を梳いてくれる優しい手に擦り寄っていると、マルコさんがキスの雨をまた降らせてくれた。
そしてマルコさんが私に覆いかぶさって、キスをしながら下へ下へと、肌を優しくなぞっていく。
「まるこっさ…ぁあっ」
そこはもう、マルコさんを受け入れる準備を始めていた。
「あ、…あぁ…」
優しい指が疼いて仕方がないところに触れてくれる。
「かわい、よい」
「はうぅ…っ」
マルコさんが、触れている。
それだけでもう自然と声が出てしまって、もっともっとと想いが溢れてくる。
「き、す」
「ん」
キスしたい、とお願いすると口づけをしてくれた。
抱きつきたい、とお願いすると抱きしめてくれた。
マルコさんは、こんな時でも私のお願いをなんでも聞いてくれる。
「あっ、あぁぁ」
マルコさんは動きを止めない。丁寧に優しく、けどすごく熱く。私に辛い思いをさせないようにほぐしてくれる。
マルコさんは私から視線を逸らさなかった。私の声に耳を傾けて、少しの違いも逃さないように、私を大事にしてくれる。
「はぁ、っは」
「辛くないかよい?」
「ん、…はい」
大丈夫だと伝えるために、マルコさんにキスの雨を降らせた。
嬉しそうに受けていたマルコさんは、雨が止むとサイドテーブルに腕を伸ばす。
私はそれを、ずっと見ていた。
「一つ、約束してくれるかよい?」
マルコさんが私の足の間に腰を落とした。体が倒れてきて、頬を撫でられ、一回、唇が重なった。
「絶対に無理はしないでくれ」
「はい」
大きな背中をそっと包み込む。
熱いマルコさんの体は、少しだけ震えているような気がした。けどそれは迷いではなく、まっすぐな決意の揺らぎなんだと思った。
「きて」
マルコさんの喉が大きく動いた。
「ま、る、こ、さん」
「っ…」
ほら、おいで。
「ぐ…!」
マルコさんが力を入れたその時、想いが勢いよく流れ込んできた。奥へ奥へと進む度に量が増えて、器があっという間に溢れる寸前まできている。
「は、…っ」
マルコさんの熱い息が肌をかすめる。
マルコさんの汗が、ぽつりぽつりと私の肌に落ちてくる。
「…ぐぅ」
体をベッドに縫いつけられて身動きが取れない私は、それを全て、私の全てを使って受け入れる。
マルコさんと繋ぐ手に力を入れて、マルコさんが少しでも辛くないようにしたかった。けど体が早く早くとせかすから、力を抜くことができない。
それでもマルコさんは、きてくれた。
「はぁ、っは…っ」
「あっ…」
すごく時間が経ったのかもしれないし、それほど経っていないのかもしれない。
私の体はマルコさんを全身で感じていた。静かにそこにいるだけなのに、体を貫いているみたいに存在感を示してくる。体は言うことを聞かなくて、石のように固まってしまった。
「ゔ…」
マルコさんが私の呻き声を聞き逃すはずはなかった。体を起こして、苦しそうな顔の私を見て辛そうな顔をする。
「ま、まるこさ、ん」
「痛いよな…っすぐ、に」
「だいじょ、ぶ」
マルコさんの背中に腕を回して、離れていくマルコさんを引き留めた。
マルコさんは驚いたように私を見て、無理しなくていい、とまた離れようとする。だから今度はマルコさんのものを引き留めたくて、お腹に力を入れる。
「このまま、いてください」
「痛いんだろ?…無理は…」
「むりなんて、してま、せん」
私は無理なんかしてない。
体はすごく違和感を感じて全身から汗が出てきているけど、それ以上に、私は今、満たされているから。
「いま、すごく…しあわせです」
「っ…」
マルコさんの肩が小さく揺れた。
マルコさんの瞳に私が映っている。顔が少し歪んでいて、正直いい顔じゃないかもしれない。
それでもいてほしい。
「まるこさん」
「っ…ん」
マルコさんはもう一度私の方へ体を寄せてくれた。中からも外からもマルコさんの温かさが伝わってきて思わず、えへへ、と笑い声が出てしまった。
マルコさんもつられて、少しだけ柔らかい表情をしてくれた。
「俺も幸せだ」
顔を寄せてくれて、酷い顔にキスを落としてくれた。マルコさんの優しさが少しずつ体を溶かしてくれて、落ち着くまで何度でもしてくれる。
「少し、動くよい」
背中とベッドの間にマルコさんの腕が入ってきた。
体を楽にしようとしてくれているのが伝わって、胸がじんとなる。
丁寧に丁寧に、体をゆっくりと起こされ、マルコさんに跨るように座らされた。
「んっ」
骨ばっている大きな手が、頭を撫でてくれる。
気持ちがよくて、ただただマルコさんに撫でられ続けていると、器の端から少しずつ零れ始めているのを感じた。
「ふふ」
胸に顔を埋めて、頬擦りして、マルコさんを見る。
「…」
その瞬間、器から一気に溢れ出てきた。
目を奪われるとは、こういうことなのかもしれない。
「愛してる」
そこには、可愛くて、かっこよくて、綺麗なマルコさんがいた。
マルコさんは両手で私の頬を包み、こつん、とおでことおでこをくっつけ、もう一度伝えてくれる。
「愛してるよい」
熱くて、甘くて、優しくて柔らかい音色だった。
すとん、と器へと落ちていったその言葉は、また私の器を溢れさせ、体を震わせる。
「うへへへ、へ」
「!」
「ふ、ふふ…はは」
笑いが、止まらなくなってしまった。
「…」
「ふへ、…っあは」
「…」
幸せ。すごく幸せ。
私はようやく、マルコさんの隣に立てた気がした。
「ふふふ、えへ」
マルコさんに思い切り抱きついて、止まらない声を抑えようとマルコさんの胸に顔を埋める。
すると、泣きそうな声がした。
「よかったよい…」
「?」
マルコさんが何故か泣きそうな表情をしている。
「最近のお前さんは、そんな風に笑ってなかったから」
幸せすぎる時に出てしまう可笑しな笑い声。
マルコさんも思い切り抱きついてきてくれた。すりすりと頭に頬擦りされ、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる。
「うへっへ…ひひ」
「くくっ。変な笑い声だよい…っ」
私とマルコさんは、ずっと望んでいたところへようやくきた。
マルコさんの瞳には嬉しそうに笑う私が映っていて、きっと私の瞳にも可愛く笑うマルコさんが映っている。
「マルコさん」
「ん?」
「ずっと一緒ですよ」
「よい」
マルコさんの人生最後まで、私はマルコさんの半分になり続けて、マルコさんは私の半分になり続けてくれる。
嬉しいこと、楽しいこと、良いことは二倍になって
悲しいこと、辛いこと、悪いことは半分になって
信じることは強くなって、疑うことはほどけて
願うことは届いて、諦めることは遠ざかって
愛することは深くなって、傷つくことは昇って
一緒に分かち合って、一緒に背負って
一緒に大笑いして、一緒に大泣きして
手を繋いで、歩いて、スキップして、走って、止まって、時々後ろを振り向いて
そうやって、ずっとマルコさんと生きていけたら、きっと───。
「サッチ丼を半分こするならお前さんの酢豚も食いたい」
「そうしましょうか。…あ」
「どうしたよい?」
「これからはパイナップルも半分こですよ」
「……」
けどどうしても、パイナップルだけは譲れないみたい。
受付をして、アクリルボードに名前を書いて、彼女の元へ。
「久しぶり~」
「久しぶり」
リンゴさんは私をじっと見て、うふふ、と意味ありげな笑い声を出す。
「綺麗になったね」
「急にどうしたの?」
「彼氏を溺愛してると聞きまして」
そっちだって旦那さんと二人のお子さんを溺愛してるじゃん。ふふ、可愛いもん。
リンゴさんのお子さんは双子で、もうすぐ小学生。今日はゲーム好きの旦那さんと最新のゲーム機器で遊んでいるらしい。
「今日スピーチするんでしょ?」
「…それ今言わないで」
考えないようにしてたのに…!
昨日もマルコさんに聞いてもらって、満点だよい、とお墨付きをもらったけど不安は不安。
スピーチの話はしたくないから話題を仕事に変えて、そういえばあの子どうなった?と話をしていると本人が満面の笑みを浮かべながらやって来た。
「やほー」
「髪色、直したんだね」
「けどなんか…青く見える」
「昨日染め直した~」
「仕事はしてるの?」
「まだ仕事してないー」
あはは、と笑うオレンジさん(三十一話登場)の髪色は、光に当たると綺麗な青色だった。
お金あるの?まぁなんとか。大丈夫?大丈夫!
オレンジさん改め、ブルーさんはまだ無職だった。一緒に行ったライブの後から転職活動をはじめるはずじゃ、と思っていたら他のアイドルグループのおっかけで忙しいと教えてくれる。
遠征はお金がすごくかかると思うけど、一体どれだけのお金を貯めたんだろう。
「おつ」
「おつかれ」
「久しぶり」
「仕事してきた」
「働いているなんてすごいわー」
「え、なに、まだ働いてないの?」
スタイルさん(三十話登場)が私達と同じように大丈夫なのか、とブルーさんを見て、同じ表情で私を見る。
「まだ続いてる?」
「うん。続いてるよ」
「そか」
よかった、とスタイルさんは綺麗に笑った。本当に綺麗な人だよなぁとドレス姿を眺めていると、いいでしょ?新調した!と腕を少し広げて見せてくれる。その仕草が可愛くて笑っていると、リンゴさんの視線を感じた。
「なに?彼氏さんと危なかったの?」
「危なくないよ」
「なら次はそっちかぁ」
「え?」
三人を見ると、三人が、え?と私を見た。
「え、危ないんじゃん」
「危なくないよ」
「どゆこと?」
三人の視線が私に集まる。
危なくはないけど、次は私ではないと思う。
それはどういう意味?と視線が刺さる。ちくちくして居心地が悪いから、スタイルさんに彼氏はできたのかと話を振った。
「しばらくはいいやって思っちゃって」
「あ、私できたよ」
「「「え!?」」」
スタイルさんはブルーさんに詰め寄り、どうして合コン誘ってくれなかったの!?とブルーさんの肩を揺さぶる。
しばらくいいやって言ったじゃん。仲間だと思ってたのに!あはは。合コンじゃないよ。
「どこで知り合ったの?」
「実家が隣でね。お兄ちゃん的な人!」
「また参考にならない!」
こっちはお客さんでこっちはお隣さん!と、スタイルさんが私とブルーさんを見ながら声を上げ、すぐにしゅんとなってしまった。
私だけ独り身…。大丈夫大丈夫。そうだよ、すぐできる。てか、そんな調子で結婚式大丈夫?アスカのは別に大丈夫、だと思う…。
「いい人いないの?体目当てじゃない人…」
彼氏の知り合いとか紹介してもらえないかな?どう?
「聞いてみるね」
「私も聞いてみるー」
「ありがとう…!」
「お時間になりましたので、参列者の方はこちらへ」
スタッフさんが参列者を式場へと案内を始めた。
「話が全部途中なんだけど」
「披露宴の時に話そう」
「それだけじゃ終わらないよ」
「なら終わったらご飯行こ」
「がっつりはいらないよね」
「友だちとご飯なんて久々」
「ママは大変だね。行きたい店ない?」
「おすすめのバーがあるよ」
「バー?」
なんて話をしながらチャペルに入り、私は、言葉を失ってしまった。
不思議そうに私を見るブルーさんに背中を押され、席の方へ。
「通路側ね」
「うん。え、いいの?」
「親友が奥なんてないでしょ」
「ちゃんとおめでとうしないと」
三人に言われるがまま通路側に座り、また顔を上げる。
「…」
高い天井、白い壁、長い道、道の終わりには祭壇。
そして祭壇の向こうから、自然の光が差し込んでいる。
「天気よくてよかったね」
「ね」
顔を前に向けたまま、頷く。
圧倒的で、神秘的な空間。
「…」
まだ何も始まっていないのに、何かが始まっている気がした。
胸がそわそわして、揺れている。
「どうしたの?」
「なんか、落ち着かなくて…」
「スピーチの心配?」
それはあるけど違う気がする。
なんだろう?親友が結婚するから緊張してるのかな?
祭壇を眺めながらそわそわの理由を考えていると、司会者が式の開始を告げた。
「新郎の入場です」
司会者の声と共にBGMが流れ、私達は一斉に振り返る。
初めて見るナオさんは、アスカから聞いていた人とはイメージが違った。腕を広げて寝ると聞いて大胆な人かと思っていたら、細身で上品な雰囲気の人だった。
私達に一礼して、新郎側の人達と話しながら祭壇へと歩いて行く。
大きな歩幅で堂々と。道の果てまで辿り着いたナオさんは、くるりと振り返った。
「新婦の入場です」
そこに、すごく綺麗なアスカが両親と立っていた。
歓声が上がる。私は幸せを収めようとスマホを構えた。
お菓子我慢して、筋トレしてエステにも行ってたからなぁ。スイーツビュッフェ、たくさん食べないと。
「綺麗だねぇ」
「本当、綺麗」
アスカが歩き出す。
一歩一歩、確かめるように進むその足取りは、すごく緊張しているのにどこか幸せそうだった。
両親と一緒に歩いていたアスカは、もう少しで違う人と歩いていく。
その瞬間に立ち会えるなんて何て素敵だろう。
「ぁ」
スマホに綺麗な姿をたくさん収めたくて画面を見ていると、私のところまで来たアスカと画面越し目が合った。慌てて顔を上げ、アスカに届くように言葉を送る。
「おめでと」
「ありがと」
そして、アスカは両親から離れ、ナオさんの隣へ。
祭壇に立つ二人をあたたかい光が照らしていた。
二人を祝福してくれているようで、思わず笑みがこぼれる。
「?」
その光が、何故か私の方に来ていた。
透明な光が、二人が歩いた道をゆらゆらと泳ぎ、私の前で小さな光となる。
「ぇ」
その光が、私の瞳の中へ入っていった。
咄嗟に瞼を閉じてしまったけど、眩しくはなかった。当然のように入った光は、静かに、何かを伝えるように私の中で漂っている。
優しくて柔らかくて、なんだかマルコさんみたいだった。
「ぁ」
光の心地よさを感じていると、ふいに、あるものが現れる。
それは、最近は見えていないものだった。
マルコさんの陰を感じた時から見えなかった輪郭。けど、今まで見たものとは違っていた。
“おはようさん”
“ん”
“俺は餓鬼じゃねぇ”
”よおおおおおおい!!”
“パイナップル、パイナップル”
“これが絶対似合うよい。買う”
“せーのっ!”
“…よい”
”あ、こら!”
“…ん、美味い”
”おやすみ”
結婚とか家族とか、それは分からないけど、ただ、マルコさんの隣に私がずっといた。
おはようからおやすみまで。マルコさんが可愛く笑ってくれて、私も笑ってる。
”ほら、おいで”
これが、欲しい。
この"輪郭"が、私の欲しいもの。
たぶんこれが、ずっと欲しかったんだ。
「「私達二人は、皆さまの前で結婚式を挙げることができ嬉しく思います。ここに、結婚の誓いをいたします」」
これから、アスカとナオさんは同じ道を歩いていく。
「…」
マルコさんとマリナさんは同じ道を進むはずだった。
けどマリナさんは別の道を選んで、マルコさんは独り、その場所にずっと立ち尽くしていた。
そこに、私が歩いてきた道が重なって、今、私はマルコさんの隣にいる。
「「理解できるまで相手の話を聞きます」」
マルコさんと私は、どんな小さなことでも気になったらちゃんと話す、と約束した。
「「互いを認め、尊重し、共に高め合える存在であり続けられるよう、努めます」」
マルコさんの陰に触れて、過去を知った。
辛いはずなのにマルコさんが進みたいと言ってくれて、私も進もうと思った。だから、進みませんか、と話し合った。
「「笑顔の絶えない家族を築きます」」
けど、マルコさんを傷つけてしまった。
マルコさんは笑ってくれなくなって、私もぎこちなく笑うことしかできなくなって、色んなものが噛み合わなくなった。
「「記念日には素敵な思い出をつくっていきます」」
それでもマルコさんは、誕生日プレゼントは何がいいか尋ねてくれた。
「「ケンカをしてもその日のうちに仲直りします」」
マルコさんが、離れたくないと言ってくれた。
それだけで、大丈夫だと、信じられた。
「「健康長寿を目指して、毎日を大切に過ごします」」
今はまだ上手くできないと思う。何度も間違えて、その度にマルコさんを傷つけてしまうかもしれない。
けどもう、やるべきことは分かってる。
マルコさんと、色んなことをしていきたい。お家でのんびりしたいし、服をプレゼントし合いたいし、旅行もしたいし、カフェにだって行きたい。もちろん、料理も作りたい。
楽しい時も、悲しい時も、辛い時も、どんな時も過ごしていく。
マルコさんの人生最後にサッチ丼を食べさせるその時まで、私は、マルコさんと一緒にいる。
“分けてほしいと願えること、かしらね”
その意味が、分かった気がする。
私は、マルコさんが話してくれた過去を、マリナさんが話してくれた過去を、マルコさんの想いを、これから一緒に持っていきたい。
そしてもう一人の私の想いと、もちろん私の想いを重ねたら、この先どんなことがあっても、一緒に越えていけるはず。
「「今日の誓いを心に刻み、力を合わせていくことをここに誓います」」
アスカとナオさんは受付の時に私達が書いたアクリルボードに名前を書いて、私達に見せてくれる。
それは、これから二人がずっと一緒に生きていくことの証明書。
「お二人の結婚が成立しました」
はじまりの場所に祝福の音が鳴り響く。
空から差し込む光は、新郎新婦も、参列者も、全員を包み込む。
「おめでとう」
大丈夫。
もう迷わない。
私は、ずっと、いつまでも、マルコさんと生きていくんだ。
──おかえり。
私、決めたよ。
アスカへ大きな拍手を送りながら、胸の奥で、そっと誓った。
◇ ◇ ◇
「アスカのメイク、めっちゃ崩れたねぇ」
「聞いてる私も涙出てきたもん。そりゃ号泣するよ」
「ありがとう」
「結婚、いいな…」
スピーチでアスカのメイクを崩すことができ、私は達成感に溢れていた。その後に食べた料理はどれも美味しくてお酒も飲もうとしてしまったけど、マルコさんとの約束は守りたいから我慢した。
「このあとどこ行く?」
「バー行くんじゃないの?」
「バーでいいの?マスターが素敵な店」
「え、料理じゃなくてマスター目当て?」
「あの…」
私達以外の声が聞こえ、全員で声の方を見る。
そこには五人の男性がいた。新郎側の参列者で、一人はスピーチをした人だ。
「よければこのあと、一緒に食事どうですか?」
私達?と顔を見合わせ、私とリンゴさんとブルーさんはスタイルさんを見る。この機会を逃してはいけないかな、とスタイルさんの反応を待っていると、男性達にこれから予定があって、と断っていた。
お誘いありがとうございます、けどすみません、とブルーさんとリンゴさんが続いた。けど男性達は少しでもいいので、と去ろうとしない。
「うーん、今日は女子会したいよねぇ」
「話したいことたくさんあるし」
「やっぱり難しいかな」
本当にすみません、と謝ると、男性達は残念そうな表情で分かりましたと頷いてくれた。
「スピーチ、すごくよかったです」
そのまま離れて行くのかと思ったら、スピーチをした男性が私を見て微笑んだ。
「ありがとうございます」
「俺が先で心底ほっとしました」
「そちらのスピーチもすごくよかったですよ」
「本当ですか?」
よかった、と笑う彼に微笑みかける。すると彼にじっと見つめられ、やっぱり二次会しませんか?と誘われた。
「近くにいい店があるんです」
お酒の種類も多くて、雰囲気がいいんです。本当に少しだけでもいいの、で…。
「?」
話している途中で、彼は突然、私から視線を上げた。
「??」
前にいる男性達も、横にいるスタイルさん達も、何故かみんな私ではなく、私の上を見ている。
どうしたんだろう?
「…後ろ」
リンゴさんに言われ、振り返る。
「え?」
そこには、スーツ姿のパイナップルおじさんが。
「おつかれさん」
あまり見ない綺麗な笑顔だった。
仕事の時はこんな笑顔なのかな?…って、どうしてここに?マルコさんに聞かれて、時間や場所は答えたけど迎えに来るとは言ってなかった。
ぽかん、とマルコさんを見ていると、持っていた引き出物を奪われる。
「荷物多いだろうと思って迎えに来た」
「あ、ありがとうございます。…どうしてスーツなんですか?」
「お前さんがドレス姿だから合わせたくて」
へへ、頬を掻きながら照れくさそうに笑う四十越えのおじさん。
スーツを着ているからかっこいいはずなのに、可愛いが勝っていた。
かっこいいし可愛いなんて、マルコさんは凄すぎる。
「ごめん、この人は…?」
ブルーさんの声に、はっとなる。
マルコさんの素敵さに気を取られていたけど、周りには男性達もいるんだった。
「えっと」
言っても、いいのかな…。
言葉が詰まる。答えは一つしかないのに、後が続かなかった。
一回り以上違うからと慎重になっていた。マルコさんの過去を聞いた旅行の後、マルコさんが知られた時は”大切な人”だと言うだけ、と言ってくれた。けど機会がないまま、マルコさんと進もうとして、駄目で…。
こうして今日来てくれたけど、マルコさんの気持ちは分からない。
「その…」
恐る恐る顔を上げるとマルコさんと目が合った。
「ん」
マルコさんが、ゆっくりと頷いた。手を取られ、すり、と指が絡まる。
瞳は少しも揺れていなくて、大好きな表情で私を見つめてくれる。
「私の、」
それは、不安を取り除くのには十分すぎる応えだった。
マルコさんに頷き返して、みんなの方を向いて、息を吸う。
「溺愛している彼氏だよ」
私は初めて、マルコさんを紹介した。
両親以外でマルコさんの姿を見たことがあるのはアスカだけ。けどそのアスカも、写真でしか見たことがない。
「はじめまして」
マルコさんは頭を下げて丁寧に挨拶してくれた。
リンゴさんは、おお…!と驚き、ブルーさんは、体格が…!と驚き、スタイルさんは、噂の…!と驚いていた。男性達はマルコさんを見たまま固まっていたけど、誰かが、すご…、と声を漏らした。
「もしかして、ご飯行く予定だったか?」
「実はこれから四人で行こうかって話してて…」
「なら荷物だけ預かる。車で来てるから、店まで送っていくよい」
マルコさんは私達に微笑み、そのまま男性達を見る。
何故か男性達は、肩を上下させた。
「今日はありがとうございました」
「あ、いえ」
「俺達、メシ行くので」
じゃあ、と帰って行く男性達を見送ると、マルコさんが私の顔を覗き込んだ。
「店は決まっているか?」
「彼女の好きなバーがあって。場所ってどこ…」
マルコさんからスタイルさんに視線を移すと、スタイルさんはリンゴさんとブルーさんと顔を見合わせていた。三人で、うんうん、と頷き合い、そして私とマルコさんを満面の笑みで見つめてくる。
「せっかく迎えに来てくれたんだから一緒に帰りなよ」
「それか二人でどこか行ったら?」
「デートして帰るといいよ~」
三人はマルコさんに、彼女のことよろしくお願いいたします、と少しだけ頭を下げた。そんな三人に、私のことは気にせず、とマルコさんが伝えたけど、今日は逃しちゃ駄目ですよ、と三人は引き下がらない。
「こんな綺麗な姿、滅多に見れませんから」
「彼氏さんに譲ります!」
「…ありがとうございます」
マルコさんはまた丁寧にお辞儀をした。
仕事でするのに慣れているのか、綺麗なお辞儀だった。いつもの雰囲気とは違って、けどこっちもすごく素敵で、思わず見惚れてしまう。
「近いうちにアスカも誘って五人でご飯行こうね~」
「うん、また連絡する」
「彼氏、いいな…!!」
「はいはい行くよー」
私は手を振りながら、マルコさんはもう一度頭を下げ、スタイルさんを真ん中にして会場を後にする三人を見送る。
その間もマルコさんと手を繋いだままだった。大きな手が、私の手をすっぽり包んでいる。
「…」
「…」
三人の姿が見えなくなると、少しだけ力を込められた。
「すまん。余計なことをした…」
そうだよな、友だちとご飯行くよな。考えが甘かったよい…。
さっきまでのマルコさんはどこへやら。しょんぼりマルコさんになってしまった。
「ふふ」
二人になった瞬間にいつものマルコさんに戻ってしまうなんて。
「友だちとはいつでも行けますから大丈夫です」
「…よい」
「私は、嬉しいんですよ」
「?」
マルコさんが迎えに来てくれた。
マルコさんが、”彼氏”として来てくれた。
それが何よりも嬉しくて仕方がなかった。
「デート、したいです」
帰ってしまうなんてもったいない。
ぎゅぎゅ、と握り返しながらマルコさんを見つめると、マルコさんの目が細くなって、もちろん、と頷いてくれた。
「お酒、飲んでもいいですか?」
スピーチでアスカを号泣させた祝杯をしたい、とお願いすると、それはしないと、と笑ってくれた。
「今日は何杯でもいいよい」
「本当ですか!?」
「まぁけどお前さん、飲めないから…」
「三杯は飲んでみせます!」
「くくっ」
マルコさんの手は温かい。手のひらから伝わる体温が、腕を通って肩を通って胸まできて、幸せを重ねていく。
それが嬉しくて嬉しくて、マルコさんと繋いでいる方の腕を揺らしながら、えへへ、と笑っていると、揺れが止まってしまった。
マルコさんが腕に力を入れたからだった。私を見たまま固まっている。
「どうしました?」
「あー…いや、…」
マルコさんはえーっと…、その…、と視線を彷徨わせる。
じっと言葉を待っていると、そろ、とマルコさんの視線が動いて、瞳に私が映った。
「すごく綺麗だと…思ってよい」
マルコさんの想いが、私の瞳を伝ってあっという間に体の奥まで届いてしまった。すっと真っすぐに落ちていったのは、きっと私の心の器がしなやかになったから。
「マルコさんも、すっっっごく素敵ですよ」
言葉がぽろっと零れてしまう。
マルコさんは、居心地悪そうに私から視線を逸らした。頬や耳が赤くなっているのが可愛くて、ついつい意地悪したくなってしまう。
まーるこさん。……見ないでくれ。駄目です。かっこいいマルコさんはなかなか見られませんのでしっかり見させていただきます!…スーツ、やめればよかったよい。
「おすすめのお店ありますか?」
「ここからだと…」
「ありがとうございました」
入口に行くと、そばにいたスタッフさんが会釈をしてくれた。
私も小さく頭を下げて、マルコさんと扉の向こうへ歩き出す。
今日という日は、まだ幸せを重ねようとしていた。
◇ ◇ ◇
「卒業旅行の時にですね…」
私は一体、マルコさんに何時間アスカの話をしているだろう。
連れて行ってもらったお店にいる時から、お風呂から上がってマルコさんのベッドに入った今まで、私の”アスカ話”は止まらない。
「へぇ、すごいよい」
「はは、それは面白いねい」
「それで?その後は?」
マルコさんが乗せ上手なのもいけなかった。
私の話にずっと耳を傾けてくれて、うんうんと頷いてくれて、驚いてくれて、続きを楽しみにしてくれているような目をしてくれる。今も私の頭を撫でながら、偶に何故かおでこにおでこをこつんとされながら、話を聞いてくれる。
「アスカのメイクが崩れた顔は本当に面白いんですよ」
「面白い…号泣させたのは大丈夫だったのかよい?」
「いいんです!今日崩さないでいつ崩すんですか?」
「…親友なんだよな?」
ふふん、とマルコさんのように得意げになっていると、大きな手が頬を撫でてくれた。その手に擦り寄って、ぐりぐりと押し付け、大きくて逞しい胸に顔を寄せる。
マルコさんの心音が私の体にまで響いて、同じリズムを刻んでいた。
「マルコさん」
「ん?」
もっとちゃんと感じたいなぁ。
よいしょよいしょとマルコさんに跨って体を預ける。すぐにマルコさんの腕が回って、抱きしめてくれた。ぽんぽんと背中を撫でられて、心地がよくて、マルコさんの首筋に顔を埋めて匂いを目一杯吸い込む。
すると、名前を呼ばれた。顔を上げるとマルコさんが私を見ていて、顔が近づいてくる。
「んっ」
今日初めてだったからか、気持ちが高まっているからか、体がびくりとなってマルコさんに押し付けてしまった。それでもマルコさんは止まらない。
「っぅん、ん」
柔らかいマルコさんの唇が想いを伝えてくれる。唇にも頬にもおでこにも耳にも、たくさんキスをしてくれる。私からも送りたくて、マルコさんのキスの雨の合間に、私の雨を降らせた。
唇の感触を味わうように押し付け合って、少し開くと、ちょん、と舌に当たって、顔が緩んでしまう。
「えへへ」
「くく」
胸は幸せのまま、だけど温かくなりはじめた体の奥底から、もう一人の私がもっともっとと求めている。
マルコさんの瞳は、まだ綺麗だった。ちゃんと私が映っていて、マルコさんのまま応えてくれる。
マルコさんの瞳に映っていたいから、私はまだ、ともう一人の私を引き止めた。
「アスカ、幸せそうで」
「ん」
「アスカを見る時のナオさんの目がすごく優しかったんです。だから、大丈夫だって思えました」
素敵な時間でした、と話しているとマルコさんの心音が一度だけ、少し強く鳴った気がした。
「…そうか」
マルコさんの瞳が、かすかに揺らいでいた。
あ…。
瞳に映る私がぼやける。
私の様子を伺うものがいた。
大丈夫、と目元に唇を寄せるけど、陰は、じっと私を見ているだけだった。
「それで…」
マルコさんの首に腕を回して、力を込めた。微笑みかけてみても、陰はやっぱり反応を返してくれない。
今までと同じでは、陰は永遠に応えてくれないんだ。
「欲しいもの、見つけたんです」
「…欲しいもの?」
マルコさんの瞳に、私がはっきりと映った。けど陰は、そこに静かに佇んでいる。
「誕生日プレゼント、思いついたんです」
「本当かよい!?」
マルコさんが勢いよく起き上がった。足の間に私を座らせて、力強く抱きしめてくれる。
「何でもプレゼントするよい」
何が欲しい?服?化粧品?…あ、調理家電かよい?物じゃなくてももちろん。は、もしかして旅行か!?
どうしてあげる側のマルコさんのテンションが高くなっちゃってるんだろう。
早く答えが知りたくてうずうずしているマルコさんが可愛くて、両手でマルコさんの頬を包んでみた。マルコさんは体を揺らしながら、私の頬に包まれ続けてくれる。
本当に、可愛い人だなぁ。
「欲しいものは…」
「欲しいものは?」
「”マルコさんの半分”、です」
「…ん?」
マルコさんは、固まってしまった。
揺らしていた体を止めて、私をじっと見て、もう一度、ん?と声を出す。
「俺の?」
「半分です」
「ちょ、っと意味が…はんぶん?」
俺の半分?どうやって渡せばいい?包丁で体を切ればいいかよい?
真剣に悩んでいるマルコさんが可笑しく笑っていると、陰が近付いて来ていることに気が付いた。
微笑みかけてみると、今度は淀みを揺らしていた。
反応を、返してくれた。
「私、マルコさんと”半分こ”がしたいんです」
頬から手を離してマルコさんの両手を取った。やっぱり私の手ではマルコさんの大きな手をすっぽり包み込むことはできないけど、それでも包み込む。
揺らいでいた淀みが、静かになった。
「マルコさんのこれまでのことは、どんなことがあっても変わりません」
マルコさんが、マリナさんを傷つけてしまったことは、この先ずっと変わらない。
マルコさんが、マリナさんを想っていたのに別れてしまったことは、この先ずっと変わらない。
そんなマルコさんが私に出会うまで、独りでどんな思いで過ごしてきたのか、私には分からない。
「だから教えて欲しいんです」
嬉しかったことも、悲しかったことも
楽しかったことも、辛かったことも
良かったことも、悪かったことも
信じたことも、疑ったことも
願ったことも、諦めたことも
愛したことも、傷ついたことも
分かち合ったことも、背負ったことも
笑ったことも、泣いたことも
待ったことも、手放したことも
歩いたことも、立ち止まったことも
「…」
マルコさんは静かに私の手を強く掴んだ。
陰は手が届くところにまで来ていた。
まるで、私の言葉に耳を傾けているようだった。
「それから、これからのことも教えて欲しいんです」
嬉しいことも、悲しいことも
楽しいことも、辛いことも
良いことも、悪いことも
信じることも、疑うことも
願うことも、諦めることも
愛することも、傷つくことも
分かち合うことも、背負うことも
笑うことも、泣くことも
待つことも、手放すことも
歩くことも、立ち止まることも
"どんなことも話す"と約束したからじゃない。マルコさんの隣にずっといたいから、マルコさんの半分が欲しいんだ。
「あとですね…」
マルコさんの背中に腕を回して、体を寄せた。
「マルコさんが人生最後に食べるサッチ丼も、半分こしたいんです」
「…」
「あ、やっぱりサッチ丼は全部食べたいですか?」
料理はいつも半分こしているからサッチ丼も半分こしたかったけど、どうかな?
「…」
陰が、触れられるほど近くにいた。
マルコさんの瞳は、淀んでしまって私が映っていない。
マルコさんの頬を撫でてみると、マルコさんと陰が揺らいだ。
「……貰って、くれるのか?」
それは、マルコさんの言葉なのか陰の言葉なのかは分からなかった。
私を伺うような、確かめるような音色。
「はい。欲しいです」
マルコさんの目元に、もう一度、そっとキスをする。
その瞬間、瞳が大きく開いた。
マルコさんの持つ全ての感情が、あの澱みまでよく見える。
「マルコさんの半分、私にください」
「…」
大きな骨ばった手が、恐る恐る私の頬を包んだ。
顔が少しずつ近づいて、おでことおでこが、鼻と鼻がくっついた。
陰は、息がかかりそうなくらい近くにいた。
「私も、持っていきたいんです」
この前はごめんなさい。マルコさんを、あなたを、すごく傷つけた。
けど、どうしても、あなたの声を聞かせて欲しいの。
あなたの抱えているものを分けてほしい。私も半分、持っていたいの。
私は、ずっと、あなたと一緒にいるよ。
マルコさんの瞳の奥底から、澱みが迫ってきていた。けどマルコさんは苦しそうではなく、私を見ようとしてくれている。
…。
陰は後ろを振り返り、そしてゆっくりと、私に向き直った。
私は、逸らさない。
…。
瞬きせずに待っていると、目の前が真っ暗になって何も見えなくなった。
マルコさんがいるのは分かるのに、マルコさんが見えない。
「…」
私に応えようとしていたマルコさんの視界がいつもこれだったとしたら…。
そう考えるだけで胸が締め付けられる。
「?」
けど、何かが違っていた。
「なんだか、温かい?ですね」
「あたたかい?」
「うーん…柔らかい、ですかね?」
なんだかそれは、嫌なものではなかった。
冷たいと感じていたものは、私の知っている温かさを持っていた。
「マルコさん、ですね」
「俺?」
「はい」
きっと、優しくて温かくて柔らかいマルコさんの中にいたからなのかもしれない。相手を傷つけたくなくて抑え込んでいた、すごい包容力のあるマルコさんが持っていた澱みは、マルコさんそのものだった。
「…そう考えたことはなかったよい」
ふっと、マルコさんが離れたのが分かった。
離れたくなくて咄嗟に抱きつくと柔らかいものが唇に触れた。何度もそっと重ねられ、離れていったと思ったら今度は目元に何かが触れる。
お返しがしたくて、両手をマルコさんの腕をつたって頬へと運んでいく。
見えなくても、したいところにキスができた。
「んっ、ん」
触れ合う度、ぽつぽつと、雫が落ちていく。
ちゅ、ちゅ、と何度も触れ合っているとマルコさんの体が後ろへ傾いていく。つられて私も倒れ、マルコさんの上に乗ってしまった。
「「あ」」
突然、マルコさんと目が合った。
視界がはっきりしてマルコさんがよく見えたのだ。マルコさんの綺麗な瞳に、私が映っているのもよく見える。
「どこ行っちゃったんでしょうか…」
「…いるのは分かるよい」
自分の体に尋ねてみると、陰は、私が重ね続けた幸せの中にいた。そこがいいのかな?と様子を伺ってみると、動く気配がないから気に入ったみたい。
「見つけました」
「…ん」
俺も見つけた、とマルコさんが教えてくれた。
マルコさんの中にいる残り半分も、瞳以外の場所へ引っ越しをしたみたい。
「悪いものじゃなかったんだな」
「マルコさんですから、悪いものになるはずないんです」
「お前さんだから気付けたんだと思うよい」
「そうですか?」
二人でここにいる、と場所を教え合って、それからまたキスをして、マルコさんが心から幸せそうな表情で私を見つめてくれる。
あぁ、なんて綺麗なんだろう。
「やっと応えられる」
「!」
マルコさんがそっと頬を撫でてくれた。何度も親指ですりすりしてくれて、その優しさが、瞳の奥を熱くさせる。
「ずっと待たせて悪かった」
もう一人の私が、私を見ながら涙を流していた。うん、と頷くと、私に抱きついてきて、そして、いなくなってしまった。
ごめんね、ずっとこれを待ってたんだよね。
「お前さんの半分、俺にくれるかよい?」
マルコさんの瞳から想いが溢れてくる。それを全て受けながら、私の想いも全て、マルコさんへ伝え続ける。
心が満たされる度、体は自然と熱くなっていく。ずっと欲しかった"マルコさんの半分"が、ようやく、私の中へ届こうとしていた。
「貰ってほしいです」
マルコさんの体がゆっくりと動いて、私はベッドに沈み込んだ。
器の中へマルコさんの想いが静かに、けど止まることなく流れ込んでくる。
マルコさんから離れないように首に腕を回して、マルコさんは私の頭を抱きすくめて、おでこにも、鼻筋にも、瞼にも、顔中に唇を落としあった。唇を甘噛みしてみるとマルコさんもしてくれて、気づけば舌が触れ合っていて、マルコさんが口の中を溶かしてくれる。
「んくっ」
口の中に広がるマルコさんの唾液を飲み干すと体が嬉しそうに震えた。マルコさんの熱さが伝わる度に、体にもっともっととせがまれて、マルコさんに抱きつく力を強めてしまう。
「っはぁ…!」
「はっ」
「…は、はぁ…ぁっ」
「っん?」
マルコさんとの繋がりが途切れてしまった気がした。
なんだか寂しくなって、もう一回キスがしたい、とお願いすると、ん、と触れ合うだけのキスをしてくれる。
「マルコさん」
マルコさんの頬に手を添えて、じっと瞳を見つめた。マルコさんは目を細めながら見つめ返してくれる。
大きな雫が落ちてきて、ぽちゃん、と波打った。
「っ…」
服の上から優しく撫でてくれていた手が、服の隙間から入り込んできた。少しひんやりしているマルコさんの手が気持ちよくて、けどくすぐったくて笑い出してしまう。
「ふっふふ」
「…こら」
「へへ」
マルコさんの服の隙間から手を滑り込ませて、同じところをなぞっていく。お腹を撫でて、上へいったり、下へいったり。
くすぐったいよい、と言うマルコさんは嫌がっていなくて、むしろ何だか嬉しそうだった。
その反応に嬉しくなって、指先で触れるマルコさんの肌は触り心地がよくて、もっと感じたくなり、くいくい、と無意識に服を引っ張っていた。
気づいたマルコさんが体を起こして服に指をかける。
「…」
ゆっくりと露わになるものを見て、私は、声が出なかった。
「…何か言ってくれよい」
「え、えと…」
何回か見たことあるのに、何だか今日は恥ずかしかった。
いつも私を軽々と抱き上げるマルコさんの体は、それはそれは逞しくて、どこも見れなくて、そろとマルコさんから視線を逸らす。
けどマルコさんはそれを許さなかった。
「ほら」
「っ」
「こっち見てくれないのか、よい?」
「ひゃう…」
ふ、と耳元に息がかかって、咄嗟にマルコさんを見てしまった。
マルコさんの熱い眼差しに私が映っている。どくどくと熱い想いが注ぎ込まれ、見つめ合っているだけなのに、お腹の下あたりが疼いて仕方がない。
「お前さんも」
「んう」
マルコさんがするすると私の上の服を取っていく。
「…」
「あの」
「…」
「マ、ルコさん」
マルコさんに見下ろされている。隅々まで、隈なく、私を見ていた。
「うぅ」
じっと見られるのが恥ずかしくなり、マルコさんに向かって腕を伸ばした。マルコさんはすぐに視線を合わせてくれて、体を重ねてくれる。
「ぎゅって、して欲しいです…」
「ん」
マルコさんの体温が直に伝わってきて、恥ずかしさと嬉しさが溶け合った。肌はしっとりしているから擦れても痛くなくて、心地がいい。
「こんな、可愛かったんだな…」
大きな雫が、また落ちてきた。
水面をいつまでも揺らし、胸がむずむずして落ち着かない。
「可愛いのはマルコさんですよ」
「そのまま返すよい」
「倍にしてお返しします」
「ならその倍で返す」
倍です、倍だ、と何倍にも膨れ上がった想いが、器の中へと詰め込まれていく。
「えへへ」
嬉しい、すごく嬉しい。
マルコさんの瞳に私がずっと映っている。それが何よりも嬉しい。
「くく」
マルコさんも笑ってくれて、おでこに一回キスをすると顔が離れていった。そして、少しの痛みを感じ、ぴくりと体が驚く。
「ん、ついた」
マルコさんができたよい、と嬉しそうに私を見るから髪を撫でずにいられなかった。すり、と擦り寄ってきてくれるのがたまらなくて、胸が締め付けられる。
「どこに痕、つけたんですか?」
「ここ」
つ、と胸の間を人差し指がなぞった。マルコさんはその後も至る所に唇を寄せて、印をつけてくれる。痛みは熱に変わって、私の中をさらに疼かせる。体はそこじゃない、もっとこっち、と言いたげに無意識にマルコさんの手を掴んでいた。マルコさんは指を絡ませ、握り返してくれる。
「っ、ぁっ」
疼くところを吸い付かれて、体が大きく震えた。
体の奥で生まれた熱が一気に広がって、体が必死に伝えてくる。
「まるこ、さん」
「ん」
二人で残った服をそっと外して、マルコさんが私の横に来てくれて、ぎゅう、と抱きしめあった。足を絡めて隙間なくくっついて、マルコさんを感じる。
「えへへへへ」
胸に顔を埋めると、大好きなマルコさんの匂いがいつもよりもずっと強く感じられた。
大きく息を吸って、吐いて、印をつけて、言葉を紡ぐ。
「だいすきです」
「俺もだよい」
髪を梳いてくれる優しい手に擦り寄っていると、マルコさんがキスの雨をまた降らせてくれた。
そしてマルコさんが私に覆いかぶさって、キスをしながら下へ下へと、肌を優しくなぞっていく。
「まるこっさ…ぁあっ」
そこはもう、マルコさんを受け入れる準備を始めていた。
「あ、…あぁ…」
優しい指が疼いて仕方がないところに触れてくれる。
「かわい、よい」
「はうぅ…っ」
マルコさんが、触れている。
それだけでもう自然と声が出てしまって、もっともっとと想いが溢れてくる。
「き、す」
「ん」
キスしたい、とお願いすると口づけをしてくれた。
抱きつきたい、とお願いすると抱きしめてくれた。
マルコさんは、こんな時でも私のお願いをなんでも聞いてくれる。
「あっ、あぁぁ」
マルコさんは動きを止めない。丁寧に優しく、けどすごく熱く。私に辛い思いをさせないようにほぐしてくれる。
マルコさんは私から視線を逸らさなかった。私の声に耳を傾けて、少しの違いも逃さないように、私を大事にしてくれる。
「はぁ、っは」
「辛くないかよい?」
「ん、…はい」
大丈夫だと伝えるために、マルコさんにキスの雨を降らせた。
嬉しそうに受けていたマルコさんは、雨が止むとサイドテーブルに腕を伸ばす。
私はそれを、ずっと見ていた。
「一つ、約束してくれるかよい?」
マルコさんが私の足の間に腰を落とした。体が倒れてきて、頬を撫でられ、一回、唇が重なった。
「絶対に無理はしないでくれ」
「はい」
大きな背中をそっと包み込む。
熱いマルコさんの体は、少しだけ震えているような気がした。けどそれは迷いではなく、まっすぐな決意の揺らぎなんだと思った。
「きて」
マルコさんの喉が大きく動いた。
「ま、る、こ、さん」
「っ…」
ほら、おいで。
「ぐ…!」
マルコさんが力を入れたその時、想いが勢いよく流れ込んできた。奥へ奥へと進む度に量が増えて、器があっという間に溢れる寸前まできている。
「は、…っ」
マルコさんの熱い息が肌をかすめる。
マルコさんの汗が、ぽつりぽつりと私の肌に落ちてくる。
「…ぐぅ」
体をベッドに縫いつけられて身動きが取れない私は、それを全て、私の全てを使って受け入れる。
マルコさんと繋ぐ手に力を入れて、マルコさんが少しでも辛くないようにしたかった。けど体が早く早くとせかすから、力を抜くことができない。
それでもマルコさんは、きてくれた。
「はぁ、っは…っ」
「あっ…」
すごく時間が経ったのかもしれないし、それほど経っていないのかもしれない。
私の体はマルコさんを全身で感じていた。静かにそこにいるだけなのに、体を貫いているみたいに存在感を示してくる。体は言うことを聞かなくて、石のように固まってしまった。
「ゔ…」
マルコさんが私の呻き声を聞き逃すはずはなかった。体を起こして、苦しそうな顔の私を見て辛そうな顔をする。
「ま、まるこさ、ん」
「痛いよな…っすぐ、に」
「だいじょ、ぶ」
マルコさんの背中に腕を回して、離れていくマルコさんを引き留めた。
マルコさんは驚いたように私を見て、無理しなくていい、とまた離れようとする。だから今度はマルコさんのものを引き留めたくて、お腹に力を入れる。
「このまま、いてください」
「痛いんだろ?…無理は…」
「むりなんて、してま、せん」
私は無理なんかしてない。
体はすごく違和感を感じて全身から汗が出てきているけど、それ以上に、私は今、満たされているから。
「いま、すごく…しあわせです」
「っ…」
マルコさんの肩が小さく揺れた。
マルコさんの瞳に私が映っている。顔が少し歪んでいて、正直いい顔じゃないかもしれない。
それでもいてほしい。
「まるこさん」
「っ…ん」
マルコさんはもう一度私の方へ体を寄せてくれた。中からも外からもマルコさんの温かさが伝わってきて思わず、えへへ、と笑い声が出てしまった。
マルコさんもつられて、少しだけ柔らかい表情をしてくれた。
「俺も幸せだ」
顔を寄せてくれて、酷い顔にキスを落としてくれた。マルコさんの優しさが少しずつ体を溶かしてくれて、落ち着くまで何度でもしてくれる。
「少し、動くよい」
背中とベッドの間にマルコさんの腕が入ってきた。
体を楽にしようとしてくれているのが伝わって、胸がじんとなる。
丁寧に丁寧に、体をゆっくりと起こされ、マルコさんに跨るように座らされた。
「んっ」
骨ばっている大きな手が、頭を撫でてくれる。
気持ちがよくて、ただただマルコさんに撫でられ続けていると、器の端から少しずつ零れ始めているのを感じた。
「ふふ」
胸に顔を埋めて、頬擦りして、マルコさんを見る。
「…」
その瞬間、器から一気に溢れ出てきた。
目を奪われるとは、こういうことなのかもしれない。
「愛してる」
そこには、可愛くて、かっこよくて、綺麗なマルコさんがいた。
マルコさんは両手で私の頬を包み、こつん、とおでことおでこをくっつけ、もう一度伝えてくれる。
「愛してるよい」
熱くて、甘くて、優しくて柔らかい音色だった。
すとん、と器へと落ちていったその言葉は、また私の器を溢れさせ、体を震わせる。
「うへへへ、へ」
「!」
「ふ、ふふ…はは」
笑いが、止まらなくなってしまった。
「…」
「ふへ、…っあは」
「…」
幸せ。すごく幸せ。
私はようやく、マルコさんの隣に立てた気がした。
「ふふふ、えへ」
マルコさんに思い切り抱きついて、止まらない声を抑えようとマルコさんの胸に顔を埋める。
すると、泣きそうな声がした。
「よかったよい…」
「?」
マルコさんが何故か泣きそうな表情をしている。
「最近のお前さんは、そんな風に笑ってなかったから」
幸せすぎる時に出てしまう可笑しな笑い声。
マルコさんも思い切り抱きついてきてくれた。すりすりと頭に頬擦りされ、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる。
「うへっへ…ひひ」
「くくっ。変な笑い声だよい…っ」
私とマルコさんは、ずっと望んでいたところへようやくきた。
マルコさんの瞳には嬉しそうに笑う私が映っていて、きっと私の瞳にも可愛く笑うマルコさんが映っている。
「マルコさん」
「ん?」
「ずっと一緒ですよ」
「よい」
マルコさんの人生最後まで、私はマルコさんの半分になり続けて、マルコさんは私の半分になり続けてくれる。
嬉しいこと、楽しいこと、良いことは二倍になって
悲しいこと、辛いこと、悪いことは半分になって
信じることは強くなって、疑うことはほどけて
願うことは届いて、諦めることは遠ざかって
愛することは深くなって、傷つくことは昇って
一緒に分かち合って、一緒に背負って
一緒に大笑いして、一緒に大泣きして
手を繋いで、歩いて、スキップして、走って、止まって、時々後ろを振り向いて
そうやって、ずっとマルコさんと生きていけたら、きっと───。
「サッチ丼を半分こするならお前さんの酢豚も食いたい」
「そうしましょうか。…あ」
「どうしたよい?」
「これからはパイナップルも半分こですよ」
「……」
けどどうしても、パイナップルだけは譲れないみたい。
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