パイナップルからはじまる恋

「マルコさん、朝ですよ」

六時四十五分でーす。ううん…。起きてください。あと、…十分…。マルコさーん。…ゔぅん。朝ごはん作りましたよー。はっ!

「メシ!!」
「「いたぁっ!/いてぇっ!」」

す、すまん!頭大丈夫かよい?ちょっとジンジンしますけど大丈夫ですよ。おはようございます。おはようさん。

「…」
「?」

…。どうしたんですか?”おはようのキス”がほしいよい。起きた人にはあげませんよー。なら寝る。あはは、冗談です。こっち向いてください。

「ん」
「んぅ」

んん。んー。んん!んー。…んん!!。んーん。

「…ぷはっ!な、長いですよ!」
「へへへ」

へへへ、じゃないです…可愛いですが。へっへへ。朝ご飯にしますよー。よい。

「朝ごはん朝ごはん」

月曜日の朝からこんな贅沢、最高だよい…。普通ですよ?パンとスクランブルエッグとソーセージ。プロテイン以外ならなんでも贅沢。明日は和食にしますね。それも最高。

「「いただきます/いただきます」」

パンに何塗りますか?うーん、パイナップルジャム。はい、どうぞ。ん…。パン美味い。出来立ては美味しいですねぇ。

「あ」
「はいどうぞ」
「ん…美味い」

このソーセージも美味い。よかったです。ん。あーあむ。…美味しいですね。美味い、美味い。パンはまだありますよ。食べる。何枚食べますか?三枚。そ、そんなに?

「お弁当もありますからね」
「出来立ての弁当、やばい」
「あ、いつも前日に作ってましたから初めてですね」
「昼が待ち遠しい」

見せびらかしてやろう。誰にですか?菓子好きの部下に。あの、そんな大層なものでは…。自慢しよう自慢しよう。それを見せられてどう反応したらいいんですか?困りませんか?絶対"おぉ!美味しそうですねぇ!"って言うよい。…今の部下さんのマネですか?ん。結構似てると思う。

「夜ご飯も作りますね」
「本当に無理しなくていいよい。夜もないのが当たり前だから」
「今週は落ち着くと思うので大丈夫ですよ。ご迷惑かけているのでさせてください。…あ、逆に迷惑ですか?」
「迷惑なんかじゃない」
「ならさせてください」
「よい」

ごちそうさまでした。おそまつさまでした。歯を磨いてもいいですか?隣で髭剃っても?もちろんですよ。毎日するの大変ですね。化粧に比べたら大したことない。

「今日は湿気が…」
「髪がいつも以上にふわふわですね」

ちょっと触っても…?わ、すごいふわふわ!え、あ、ちょっ…!わぁ、気持ちいい…!せっかくセットしたのになんてことするんだよい!ボサボサなマルコさんも可愛いです。そんなわけ…、あぁ、やり直し…。へへへ。"へへへ"じゃないよい…可愛いけど。

「マルコさん、お弁当の巾着とかって」
「ん?…これ」
「…パイナップル柄」
「可愛いだろい?」
「すごく可愛いと思います」

どこで見つけたんですか?ネットで買った。私も買おうかな。お揃い?お揃い嫌ですか?いえ、すごくいいと思います、よい。

「雨すごいですね」
「駅着く頃には足元が酷いことになるよい」
「それは仕方がないです。諦めましょう」
「午後は歩き回るんだが…最悪」
「お弁当食べて頑張ってください」
「ん」

今日の夜は何がいいですか?煮付け。分かりました。午後は煮付けで頑張れるよい。大袈裟ですよ。いや、俺はお前さんのご飯で生かされているようなもんだ。私のご飯がマルコさんの命を…?…生きて帰ってきてくださいね。ん、必ず帰る。

「二十一時ぐらいには家に着くよい」
「分かりました。って、土砂降りになってる!」
「…行きたくない」
「マルコさんの髪はもうダメですね」
「会議で視線を集めちまうよい」
「どういうことですか?」

なんか髪のない役員とかが見てくるんだよい。見せつけるなって視線が…。え?マルコさん後ろとか横ないじゃないですか。俺はハゲじゃない。剃ってるんだ!そうなんですか?俺をハゲだと思ってたのかよい?

「あっ、あーあ。雨の中歩きたくないですねぇ!」
「話を逸らすんじゃないよい」

俺のことハゲたオッサンだと思ってたのか?どうなんだよい?雨は嫌ですねぇ…!雨なんかどうでもいいよい!もう!行きますよ!

「行ってきまーす」
「もしかして、会社でもハゲだと思われてる…?」

って、今のは誰に言ったんだ?え?フィーちゃん達ですが?”フィーちゃん”って誰?フィカス・ウンベラータです!たまに応えてくれるんですよ。…なるほど。

「フィーちゃん、行ってきます」
「行ってくるよい」

行ってらっしゃい。


◇ ◇ ◇


「これがアミューズで」

これが前菜、これはパスタ料理、お魚もお肉も出たのよ、と両親は楽し気に教えてくれる。二人が撮った料理はどれも綺麗で美味しそうだった。店内の雰囲気もスタッフさんも素敵だった、行ってよかったと喜んでもらえて、プレゼントした私も嬉しくなる。

「サッチさんが伝えたのか、料理長がわざわざ来てくれたんだ。料理はいかがでしたかって聞かれて」
「そうなの?」
「マルコさんは、サッチさんを料理界へ行くきっかけを作った人だと教えてもらったわ」

マルコさんが料理が全くできなかったおかげでサッチさんは料理の道へ。
マルコさんはただサッチさんのご飯が食べたかっただけなのだろうけど、きっかけはどこに落ちているか分からないものだな、と母の作ったフルーツカレーを口の中へ。
うんうん、やっぱりフルーツカレーは美味しい。マルコさん、知ったら残念がるだろうな。

「そう言えば、給湯器は直りそう?」
「金曜日に業者さんに見てもらう。部品交換で済めばすぐに直るかな」
「マルコさんにお世話になりっぱなしね」
「だから今週はお礼にご飯作ってるよ。毎日美味い美味いって言ってくれるんだ」
「お礼をしているのか、あの表情が見たくて作ってるのか分からないな」
「毎日あの表情見れるのはいいわねぇ」

父の言う通り、もぐもぐマルコさんを見て私の方が幸せを貰ってしまっている気がする。けど料理でしか返せないから、明日はもっと美味しく作ろう、とやる気が出てくる。

「先週聞いたのだけど、マルコさん、朝ご飯はプロテインだけだって言うじゃない」
「お前も忙しい時は難しいだろうが、ちゃんと食べるんだぞ」

今日もまた持って帰りなさい、とタッパーにおかずを詰めてくれた。健康第一。食事と睡眠は大事だと二人は真面目に私達を心配してくれている。両親の料理はマルコさんもすごく喜ぶから、ありがたく、ぎゅうぎゅうに詰め込んでお持ち帰り。

"二十一時半には帰る"
"私は今から実家を出ます"

両親からおかずをもらったことを伝えたら、パイナップルが踊り狂うスタンプが送られてきた。昨日よりは早いけど今日も遅いマルコさんから、帰ってから両親のおかずを少し食べたい、とメッセージが追加で送られてくる。
マルコさん、忙しいんだなぁ。
先週は自分が忙しくて気づかなかったけど、マルコさんはもしかして多忙なのではないかと気付いたのは昨日の夜。マルコさんは帰ってからも偶に社用携帯を見てはメールを打っていた。忙しいのかと尋ねたら平日はこんな感じだと教えてくれて、もしかして実家へ行く為に他の日に皺寄せがきているのではないかと心配したら、マルコさんは無理はしてないから大丈夫だと笑ってくれた。けど"無理はしてない"だけで、別の日の仕事量は増えてるのは本当かもしれない。だから、お礼もあるしもぐもぐマルコさんが見たいのもあるけど、忙しいマルコさんが少しでも元気になれるように料理を食べてもらいたい。

「マルコさん、ただいま戻りました」
「おかえり。風呂先にもらったよい」

お風呂上がりのマルコさんは、今日も社用携帯を持っていた。そんなマルコさんは社用携帯を持ったまま、今日のおかずは?と袋の中を覗き、一番上にあったレンコンのきんぴらを見たらすごく嬉しそうな顔になってくれた。
私の料理じゃないけど、元気になってくれたからいっか。

「今温めますね」
「自分でやるよい。お前さんは風呂」
「やらせてください」
「駄目。ほら、風呂」
「…」

マルコさんの為にしたかったけど諦めてお風呂へ。ちゃんと湯船に浸かるように、と言われてしまったから十五分も浸かった。いいお湯でした。

「美味しかったですか?」
「ん。美味かった。メインはなんだったんだ?」
「フルーツカレーでした」
「な…!?」

そんな…よい…、と言うマルコさんのふわふわな髪がしょんぼりして見えた。けどすぐに土曜日か日曜日に作るつもりだと話すと、髪がぴんっと起き上がって、嬉しそうにゆらゆら揺れている、気がする。
ふふ、可愛いなぁ。

「ん」

ソファに座っていたマルコさんが腕を広げるのでいつものように膝の上にお邪魔をする。すぐに腕が回ってきて、抱きしめてくれた。

「明日も遅いですか?」
「このぐらいになりそうだよい」

けど金曜日は定時帰り、と笑顔で教えてくれた。その表情を見て、マルコさんの忙しさに気づいてしまったからちょっと複雑になる。

「仕事優先でいいですからね?」
「ん?」
「金曜日も、無理に定時で切り上げなくたって大丈夫ですから」

私の仕事をマルコさんが詳しく知らないように、私もマルコさんの仕事内容は分からないことが多い。今もローテーブルに置かれている社用携帯を見たら、無理させてる気持ちはどうしても無くならない。
何より大事なのはマルコさんが元気でいること。だから無理はしないでほしい。
そう素直に話すと、マルコさんは柔らかい表情で何故かキスをくれた。そして、がしっと腰を掴まれ、横向きに座らされる。

「頑張れる理由になってるんだよい」

店へ行く日、お前さんに会える日、それがあるから仕事も頑張れる。無理なんかしてない。むしろやる気が出て、出会ってからは評価が上がったぐらいだ。

「無理だと思ったらちゃんと休むよい。だから、お前さんが心配することないんだ」

心配してくれるのは嬉しいけど、と照れ臭そうに言うマルコさんは、心配してるのは俺もだ、と急に真剣な顔で私の顔を覗き込んだ。

「先週も倒れないか心配してたんだよい」
「倒れたことないですよ?」
「一回あるだろ?夕方まで連絡に気づいてくれなかった」
「あれはお酒を間違えて飲んだだけです!」

仕事のせいじゃない、と抗議したけど、仕事が原因なのは変わらない、とマルコさんは受け入れてくれなかった。

「よし、お互い倒れないように休むよい」

当たり前のように私を抱き上げ寝室へ。私はもう寝室まで運ばれるのに慣れてしまって、腕は勝手にマルコさんの首に回り、いつもの位置に落ち着くように身体が動く。
もしかしたら私はこの家の中を自分の足で歩かずに移動する日が来るんじゃないか、と最近少し思っている。けどマルコさんと離れたくないからいっか、とも思ってる。

「お前さんのおかげで俺は健康的だよい」
「どうしてですか?」
「お前さんが来てから、寝る時間が早くなった」

二十三時前。私はもう寝る時間だけど、マルコさんは本当ならまだ起きてる時間。いつもはベッドに入ってからもスマホを見たりして過ごすけど、今は私と一緒に寝ている。

「私に合わせなくても大丈夫ですよ?」

同じ時間に寝なくてもいい。リビングでテレビを見てくれてたっていいし、隣でスマホを見てくれてたっていい。
そう伝えたけど、マルコさんはいいんだ、と一緒にベッドに潜り込んだ。

「何かしたくて遅くまで起きてたわけじゃないんだよい。そんなことするより、お前さんと眠れる時間を大切にしたい」

顔が近づいて、おでこ同士がくっついた。眠くなる…、とぐりぐりおでこを押し付けられ、離れないまま動きが止まった。どうしたのかと思っておでこを離すと、大きな欠伸をして、なんで離れたんだとまたこつんとおでこをくっつけられた。
ちょっと押しが強いです、よ。わざとだ、よい。

「私、安眠グッズになれてるんですね」
「すごい効果なんだよい」
「ふふ、よかったです」

ならもっとマルコさんが気持ちよく眠れるように、と少しの隙間もなく体を寄せると、マルコさんの体温と匂いに包まれて、私も眠気がやってくる。

「あったかい、ですねぇ…」
「ん…」
「…」
「…」

私が先に眠ったのか、マルコさんが先に眠ったのか。もしかしたらほぼ同時だったのかもしれない。


◇ ◇ ◇


「あとは、卵焼き」

卵を三つボールに割り入れ、箸で溶きほぐす。
今日は甘めにしようかな、しょっぱい系にしようかな、と箸をカシャカシャしていると、突然背中に温かさを感じた。頭に重みを感じ、後ろから回ってきた腕に抱きしめられる。

「え?」

このお家にいるのは、私以外ではここの主だけ。けど信じられなくて、私の勘違いかと思っていたら、腕の力が強くなってさらに温かくなった。

「マルコ、さん?」

顔を上げると、少し眠そうだけど目はちゃんと開いているマルコさんがいた。
え、うそ、本当にマルコさん?
手を伸ばすとマルコさんから頬を擦り付けてくれた。少しして顔が離れ、今度は手のひらに唇を何度も落としてくれる。

「目が覚めたよい」
「自然に?」
「ん」

こんなの初めてだ、と顔が近づいてきてつむじにもキスをしてくれた。

「七時前にマルコさんが自分で起きるなんて…」
「俺も信じられないよい…」

これは夢かな、と思ってマルコさんの頬を摘むと、マルコさんも私の頬を摘んだ。そして指先に力を入れて、むに、とマルコさんの頬を引っ張ると、マルコさんも私の頬を引っ張る。

「「いひゃい」」

現実ですね。夢じゃなかったよい。

「二週間でこの効果。お前さんは凄すぎる」
「今まで睡眠の質がよくなかったんですね」

マルコさん自身も気づかなかった真実。マルコさんはさらに腕の力を強めて、すごいすごいと私を褒め称えた。
ま、マルコさん、苦しい…。すごいすごいよーい。…ぐ、ぐぇぇ…。

「卵焼き?」
「はい。今日は"和食の朝ごはん"です」
「手伝うよい」
「マルコさんは支度をしてください。あとは卵焼き作るだけですから」
「やる。一緒にやる」
「えっと…なら着替えてからお願いできますか?」
「よい」

マルコさんは分かった、とすぐにリビングから出て行ったので私は卵焼き作りを再開。
うん、味付けはマルコさんの好きなしょっぱい系にしよう。
背中に寂しさを感じつつ、フライパンを温めながらしょうゆを加えていると、何故かまた背中に温かさを感じた。
え、着替えるの早くない?それにどうしてまた抱きしめてるの?

「マルコさん、手伝うのでは?」
「いや、なんか、しょんぼりしてたから」
「私が?」
「ん」

また苦しいぐらいに抱きしめられ、背中からマルコさんの体温が伝わり体が温かくなる。
まさか気づかれるとは思わず、恥ずかしいけどそれよりも嬉しくて体の隅々まで温かくなる。
ふふ、ありがとうございます。もう大丈夫かよい?はい。
私のしょんぼりがなくなったのが分かったのか、マルコさんはすぐに手伝ってくれた。お茶碗にご飯をよそってくれて、お椀にお味噌汁をついでくれて、グリルで焼いていた魚も綺麗にお皿へ。
もぐもぐ姿をしっかり目に焼き付け、今日は湿気ないから髪の調子がいいと嬉しそうな表情も焼き付け、今日が最後になる平日の朝のマルコさんを隅々まで記録。

「業者は何時に来るんだ?」
「朝に時間の連絡があるんです。もしかしたら夜になる可能性もあって」

分かってるのは"今日のどこかの時間で来る"ということ。だから半休とかではなく一日休みを取ったのだ。

「夕方以降になるなら何か買って帰ってくるよい」
「夕方より前だったらご飯作って待ってますね。時間分かったら連絡します」

料理を作りたいから夕方までには終わってほしいけど、こればかりは祈るしかない。
今日の運勢はどうかな…と支度を終えたマルコさんの膝の上でテレビに齧り付いていると、マルコさんは私を抱き上げながら立ち上がった。そして鞄を持って玄関へと歩いて行き、何故かそのまま靴を履こうとする。

「マルコさん、私は行きませんよ」
「あ」

私を抱き上げすぎて違和感を感じなかったみたい。
マルコさんはつい、と苦笑いしながら私を下ろし、靴を履いて、んじゃ、と私に向き合う。

「行ってくるよい」
「行ってらっしゃい」
「…」
「?」

マルコさんは私を見つめたまま動かない。

「早くしないと遅れますよ」
「…」

マルコさん?…。あのー。…。

「もう一回」
「え?」
「行ってくる」
「あ、はい。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「行って」
「何回言うんですか?」
「…目に焼き付けたくて」

もう一回だ、と顔を近づけてくるので、最後の"行ってらっしゃい"を伝えるけど、マルコさんは眉間に皺を寄せるだけで行こうとしない。

「もういっ」
「これじゃあ終わらないですよ」
「けど、よい…」

だって…、と何故か渋るパイナップルおじさん。確かにこうしてマルコさんを見送ることは珍しいことだけど、早くしないと遅刻してしまう。
せっかく早起きできたのにこれでは意味がない。どうしたら満足してくれるかなぁ…。あ、そうだ!

「マルコさん」
「?」

マルコさんの唇へ、そっとキスを落とす。
これで行ってくれるかな?

「ふふ、行ってらっしゃい」
「…─たくない」
「え?」
「行きたくないよい!!」
「何でですか!?」

やだやだと駄々をこねるその姿に、なんて可愛いんだろう…!と心の中で思ってしまった私は、それを止める術なんて、もう持ってはいなかった。


◇ ◇ ◇


「あー…寿命でしたね」
「すぐに直りますか?」

部品交換すればすぐに直りますよ、と言った業者さんがあっという間に給湯器を直してくれた。
経年劣化だから管理会社さんが負担することになり、私の財布は痛まずに済んだので一安心。
ありがとうございました、と業者さんを見送り、スマホを見ると十七時半。
うん、予定通り夜ご飯は作れそう。

"無事に直りました。ご飯作って待ってますね"

送信ボタンを押し、マルコさんのお家に行こうと鞄を持ったあと、ふと玄関とは逆の方向に目を向ける。

「アデくん、日曜日の夜に帰ってくるね」

アデくんとは、マルコさんが選んでくれたアデニウム・オベスムのこと。ちなみに、パイナップルコーンはマルコさんのお家に二つ、私の方に一つあるから、パナちゃん一号、二号、三号、と呼んでいる。マルコさんも私がつけた名前で呼ぶようになり、フィーちゃんお水だよい、なんて言いながらお水をあげている姿は最高に可愛かった。

「今日が最後のお礼」

月曜日からは自分のお家に戻るから、ちょっとだけの同棲は今日が最後。今日は二週間のお礼の総仕上げだ。

"了解。定時ダッシュして帰る"

マルコさんが定時ダッシュ。時間になったらマルコさんがダッシュ。二メートル越えの大男が全力疾走。
…ふっ、ふふっふ。

「っ」

想像しただけで笑いが止まらなくなり、電車の中で顔を下に向けて必死に堪えていた。それなのに、最寄駅に着く直前、追い打ちをかけるようにマルコさんがスタンプを送ってきたのだ。手足の生えたパイナップルが全力疾走しているスタンプを見て思わず声が漏れてしまい、周りの人が怪訝そうな表情で私を見ていた。
恥ずかしい…。

「フィーちゃん、パナちゃん一号二号、ただいま〜」

植物に名前をつけるなんてと思うけど、たまに反応してくれる気がするからいいかな、と思ってる。
今日はパイナップル料理を作るのだ。パイナップル柄のエプロンをして、よし、と気合を入れる。
ふんふん鼻歌を歌いながら一品を作り終え、次は…、と材料を取り出していると、大きな足音が聞こえ、バァンっと勢いよく扉が開いた。

「マルコさん、おかえりなさい!」
「っは…っはー」

台所の入り口に立つマルコさんは肩で大きく息をしていた。
ほ、本当にダッシュしてきたんですか?あっ、いても、ったってもいられなくてっ…よい。

「もう少しでできますよ。今日はですね!」
「…」
「?」

マルコさんは私を見つめたまま動かない。
木ベラを持ったままマルコさんへ近寄る。

「マルコさん?どうしたんですか?」

走って疲れたのかな?
四十も過ぎたのに全力で走ったりするから…、と心配していると、マルコさんにじーーっと見つめられ、私の頬に手を添えた。そして、むに、と今朝のように摘まれる。

「夢かと…思った」
「いひゃい」
「なんだこれ。幸せすぎる。あぁ…」
「ははひひふははひ」
「あれ?お前さんのほっぺ、こんなやわらかかったかよい?」

あれ?あれ?、と両頬を伸ばされ、いひゃいいひゃいと訴えてもマルコさんはやめてくれなかった。だから、私はある方向を指差して離してもらおうと試みる。
マルコさんは私の指の先を見て、かっ、と目を見開いた。

「あれは…パイナップルサラダ!」
「あとはサッチ丼を作ろうと思います」
「なにぃ!?」

マルコさんのテンションがおかしくなっている。
やっぱり夢だ!と興奮しているマルコさんを落ち着かせ、夢じゃないことを分からせようと、マルコさんの頬を強めに摘んだ。
いひゃい。夢じゃないでしょう?ん…なんか、朝と同じだよい。ですね。

「ご飯にしますか?お風呂先に入ります?」
「うーん、ご飯食べる」
「なら座って待っててください」
「俺もやるよい」

マルコさんはシャツを腕まくりして手伝ってくれた。パイナップル料理を前に、髪が左右に揺れているように見えたのは私の心がふわふわしていたからなのかも。

「では」
「よい」

いつものように並んで座って、手を合わせる。
いただきます、と声を出そうとしたら、マルコさんが、あ、と声を出した。

「どうしました?」
「あれ忘れてたよい」
「?」
「ただいま」

はい、お帰りなさい。


◇ ◇ ◇


二十二時過ぎ。
マルコさんの膝の上でテレビを見ながら、声を出そうとしたけどなかなか出てこない。
この休日も楽しかった。
マルコさんの部下さんおすすめのカフェへ行きながらデートして、ゲームして、フルーツカレーを作って、だらだらして。
いつもの休日だけど、二週間一緒にいた後の休日は終わりが近づくにつれて寂しさがどんどん募ってしまい、今はすごく辛い。

「…」
「…」

最後のおやすみを言うまでもう時間がない。
早く帰らないと、帰りたくない、給湯器が直ったから帰らないと、直っちゃった。
心の中で帰らないと、帰りたくない、と言葉を繰り返していると、マルコさんの手が動いて指を絡めてくれた。

「…そろそろ帰るかよい?」
「そうですね…」

とは言うけど、私もマルコさんも動こうとしなかった。名残惜しくて、もうちょっともうちょっととマルコさんの手を強く握る。

「…」
「…」
「マルコさん」
「よい」
「どうしたらいいでしょうか…」
「俺が知りたい…」
「「ううぅぅ!」」

帰りたくない!俺も帰したくない!
マルコさんと向かい合うように座り直して、がしっ!と二人で抱き合う。私もマルコさんも、本音が大声で出てしまった。

「離れたくない!」
「離れたくない!」
「けど帰らないと!」
「帰さないと!」
「「せーのっ!」」

よいっ!!と二人で体を動かし、いつものスタイルに。マルコさんはこの勢いのまま行くつもりなのか、私を抱き上げたまま、私の鞄や車の鍵を勢いよく掴み、靴を履いて玄関を開けた。

「あっ、マルコさん!」
「俺を止めるな!」

二度とお前さんを帰せなくなる!と早足で駐車場へ行き、私を乗せ、車を発進。手を繋ぎながら片手運転するマルコさんに、流石に危ないから両手でハンドルを…と言ったけど、嫌だよい!と言われて手を離してはくれなかった。
マルコさんって駄々っ子だったんだなぁ。可愛いからいいけど。

「着いちまった…」
「着いちゃいましたね…」

寄り道することもなく、いつものルートを安全運転で走ってくれたマルコさんは悔しそうな顔で私を見る。
もうここまで来てしまったら私は車を降りて帰るしかない。
もう時間切れだ。

「マルコさん、鍵をお返しします」

さっき言いかけたのは鍵のこと。ちょっとだけの同棲は終わったから明日から鍵はもう必要ない。
ポーチから鍵を取り出し、はい、と差し出したけど、何故かマルコさんは受け取ろうとしなかった。

「持っててほしい」
「え?」
「来週の金曜日、その日しか日程が合わなくて会食なんだ。きっと帰るのが深夜になる。だから鍵使って入っててくれるかよい?」

それに、時間が合わない時がこれから出てくるだろうからずっと持っていてほしい。
マルコさんは頬を掻きながら、私が差し出した手に大きな手を重ねて包んでくれた。

「いいんですか?」
「俺のわがままだよい」
「そんなの、わがままに入りませんよ」

マルコさんのわがままは全くわがままじゃない。私の嬉しいことしか言わなくて、今も寂しさが減っていく。
一時的なものだと思っていた鍵をまさかずっと持っていていいなんて。
自然と口元は緩んで、変な笑い声が出てしまうのは仕方がないと思う。マルコさんはそんな私を見て嬉しそうに笑ってくれて、マルコさんの寂しさも減ったみたいで、最後は二人でへへへ、と笑い合えた。

「じゃ、マルコさんまた金曜日に!」
「よい!」
「ちゃんと朝起きてくださいね!」
「起きるよい!早く寝る!」

よし!と車から降りて運転席の方へ。
勢いがないと離れがたくなるから、このままマルコさんが出発してくれればよかったのに、何故か運転席の窓を開け、ばいばいと振る私の手を掴んだ。

「最後に一回だけキスさせてくれ」
「そんなことしたら帰りたくなくなりますから」
「けどよい…」

したい…、と小さく呟いたマルコさん。
その姿はいつも通り可愛くて、私は心を鬼にしきれない。

「じゃあ、一回だけですよ?」
「!」

マルコさんの唇へ、そっとキスを落とす。
満足できたかな?

「じゃあ、おやすみなさい」
「…─かい」
「え?」
「もう一回!」
「もうダメです!」
「あっ…!」

何回もしていたら私も離れたくなくなってしまう。
名残惜しさを勢いで振り払うようにマルコさんの手を払い、距離を取った。

「おやすみなさい!」
「…おやすみ」

しょんぼりマルコさんは、渋々車を走らせ帰って行く。
私は見えなくなるまで、見えなくなってからも、ずっと見送るのだった。
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