パイナップルからはじまる恋

"お世話になります。今日夕方にちょうど貴社の近くに行く予定があるのですが、良ければ営業の方も一緒に飲みに行きませんか?"

お昼休み、会社のスマホのショートメッセージにそんな連絡が入った。
転職してから三ヶ月。中途採用なので数日研修をしたらすぐに案件を任され、営業さんと外回りへ行くのもしばしば。そして、先週打ち合わせに行った先方の一人からそんなメッセージをもらった。飲みの席の方が仕事の内容を深く聞けることもあるし、良い関係を築けるのならと営業さんに連絡して行くことに。
定時になり、先方から連絡をもらった店に行けばお疲れ様です、と笑いかけてくれてメニュー表を渡される。

「お酒は飲まれますか?」
「すみません。あまり得意ではなくて…」
「そうなんですね。私達のことは気にせず、ソフトドリンクにして下さい」
「ありがとうございます」

彼のお言葉に甘えてウーロン茶を注文し、他にも適当に料理を注文して乾杯をする。彼の会社は私の会社と以前から付き合いがあるけど、彼はその会社に転職してきたばかりのようで、一緒に来たもう一方から教わりながら仕事をしているそう。

「昨日、資料ありがとうございました。凄く見やすくて上司への説明がしやすかったです」
「いえ、営業の彼が体裁を整えてくれましたから。これで案件が決まるといいんですけど」
「来週の役員会に早速かける予定なので、また報告しますね」
「はい。そう、この前の打ち合わせで話があった…」

先週の打ち合わせで聞いた別案件の話など仕事関係の話題を続けていたけど次第にプライベートの話になり、彼とは大学が同じだと分かった。学部は違うけど年は同じで、同じキャンパス内だったから学食や学祭のことで話が進む。営業さんと先方のもう一方も学生時代の話をしてくれて、この日は学生時代の話で盛り上がり終わった。

「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。誘っていただきありがとうございました」

私と営業さんでお二人を見送り、営業さんと別れて電車に乗る。ちょうど席が空いていたので座ってスマホを見るとマルコさんから連絡が来ていた。

"映画、夕方の時間帯でいいか?"
"大丈夫ですよ"
"了解。席買っとく"
"映画、つまらなかったらすいません"
"俺も気になっていたやつだから問題ないよい"

パイナップルがオッケーと丸を作っているスタンプが送られてきたので電車の中で笑いを堪えるのに必死で、そのままマルコさんと会話を続け、寝る前によく送ってくれるベッドで眠るパイナップルのスタンプを最後に会話が終わった。

◇ ◇ ◇

土曜日、待ち合わせ場所に行けばマルコさんは既にいた。最近はマルコさんを大きい人だと思うことが減ったけど、改札を出てすぐに群衆の中にいるマルコさんを見つけられたので、やっぱり大きい人だと手を挙げてくれるマルコさんに歩み寄り映画館へ。

「前作観ました?」
「観たよい。犯人が当てられなくてなぁ。今回こそは当ててやろうかと」
「ふふ、私も頑張って推理します」

映画館に着いて何か食べるかと聞かれ、自分で払うからと遠慮すれば飯の礼だからとマルコさんは引き下がらない。私が折れてウーロン茶を奢ってもらい開場時間が過ぎていたので中へ入れば、マルコさんが買ったシートは普通のではなくゆったり座れるプレミアムシートだった。

「俺はデカいからよい。普通のじゃ窮屈で仕方ねぇ」
「このシートができる前は普通のシートに?」
「あぁ。大体通路側を選ぶようにしてたよい。それか最後列」

体が大きいのも大変だなぁとプレミアムシートに座るとふかふかで感動してしまい、マルコさんに笑われたけど恥ずかしさよりも感動が上回って何度もお礼を言っていれば開演時間。今日見る映画は推理物。何としても犯人を当てたくて、ウーロン茶は開始早々に口にしただけで、内容に集中しすぎてほとんど飲めずエンドロールで慌てて飲むことになってしまった。

「また今回もすげぇどんでん返しだったねい…」
「はい…あれは予想できませんでした…」

結果はあれだけ集中して見ていたのに私は犯人を当てられず、マルコさんも駄目だったようで二人で犯人だと分かるシーンはどこにあったのかと会話をしながら映画館を出て歩いていたらあっという間に駅に着いてしまった。まだ会話の途中だったからマルコさんの時間があるならどこかでご飯食べながら話ができないか聞こうとすると、マルコさんからあのよい、と声をかけられる。

「まだ時間あるか?」
「はい」
「前に話してた、バーに行かねぇか?」

マルコさんはよく行く馴染みのバーがある。どうやら前にマルコさんのマンションで会ったイゾウさんのお店のようで、お酒を飲む時はその店が多いそう。遂にバーデビューだ、と嬉しくなって頷けばマルコさんはくつくつ笑った。

「バーってお酒飲めなくても楽しめますか?」
「そりゃ楽しめるよい。酒は度数の低いの教えるから一杯ぐらいにするかねい」

電車に十分ほど乗り、着いたバーは建物の地下にあって、店の中に入るとカウンターにはイゾウさんがいた。私を見るといらっしゃいと笑いかけてくれたので頭を下げる。

「この前は挨拶が出来ず失礼しました」
「気にするな。マルコは酢豚を食べたのか?」
「はい。たくさん食べました」
「くく、こいつは四十過ぎてもよく食べるからなぁ…」
「イゾウ、いつもの」
「はいよ。お嬢さんはどうする?」
「えっと…メニュー表はないですか?」
「あるにはあるぞ。見てみるかい?」

イゾウさんからメニュー表を渡され、どんなカクテルがあるのか見てみると、予想を超えた種類のカクテルが載っているので驚いてしまった。名前を見ただけではどんな味で、度数がどのくらいなのかが全く分からないけど、せっかく来たのだから変わったものを飲んでみたくて、どれがいいか選んでみる。

「マルコさん、このロングアイランド・アイスティって、アイスティが入ってるんですか?」
「アイスティは一切入っていない。それに、飲みやすいが20度以上はあるからやめた方がいいねい」
「……そんなに。なら、アレクサンダーはどうですか?名前がかっこいいです」
「…それはカカオリキュールと生クリーム使ってるが20度超えるよい」
「これも…あ、ピンク・レディはどうですか?可愛い名前」
「……お前さんの初めての相手が俺で良かったよい」
「?」

マルコさんは心底安心している様子で、自分が何かしでかしたのかと思っているとイゾウさんが教えてくれた。

「お嬢さん、今の三つはレディキラーカクテルだ。お酒が強くないなら、一人でバーに行く時や男と二人で行く時は気をつけた方がいい」
「レディキラーカクテル?」

初めて聞いた単語なのでマルコさんに意味を聞いてみると、お持ち帰りしたい女性を酔わせる為に勧めるお酒らしい。他にもレディキラーカクテルはあって、マルコさんが指をさしながら教えてくれた。

「バーに行きたくなったら俺も行くよい。それかこの店だけにしておけ、イゾウがいる」
「そうだな。その方がいい」

イゾウさんが私一人で飲んでいるとすぐに目をつけられてしまう、と言うのだが私は別に綺麗な方ではないし、化粧をして頑張って普通の普通ぐらい。私を狙う人なんていないだろうとマルコさんに言えば、真剣な顔で私を見る。

「狙われるよい」
「私、軽い女に見えるんですか…?」
「いや、そうじゃねぇ。生まれ持ったものっつうか、体質というか、雰囲気がそうさせてるからねい」
「くく、現に一人、今にもな奴がなぁ…」
「…イゾウ」
「?」
「お嬢さん、今まで変な男に絡まれたことなかったか?」

そんな場面は一度もないと答えると、二人は健全な生活をしていたのかと安心していた。

「あ、でも、学生時代とか前の会社の飲み会とかで凄くお酒を勧めてくる人はいました」
「何もなかったか?」
「はい。いつも誰かが飲まなくていいって助けてくれて」
「それもお嬢さんの生まれ持ったもののおかげだな」
「外で酒を飲む時は必ず誰かと一緒。守れるかよい?」

そんなに私は狙われやすい体質?なのだろうか。念を押してくるマルコさんにしっかり頷くと、イゾウさんが好みの味を聞いてきてくれて、度数のとても低い美味しいカクテルを作ってくれた。あまりに飲みやすくて美味しくて、もう一杯飲みたかったけど、自分のお酒の弱さは自覚しているのでソフトドリンクにしておく。

「その映画、俺も見たぞ」
「イゾウさん、犯人当てられました?」
「あぁ」
「すごいですね」
「俺はそういうのが得意なんだ。マルコは全くだがな」
「俺は昔からなぁ…」

マルコさんとイゾウさんはもう数十年の付き合いで、前に名前が出たサッチさんとも古い付き合いだそう。ちなみにマルコさんは小さい頃からこの髪型だったらしく、小さいマルコさんを想像したら、可愛い姿がイメージできてしまい笑ってしまった。

「ふふ、今よりももっと可愛いマルコさんだったんでしょうね」
「は……可愛い?」
「くくく、こいつを可愛いなんて言うのはお嬢さんぐらいだな」
「マルコさん可愛いんですよ。特に「待て待て、話さなくていい」」
「いいや、お嬢さんぜひ聞かせてくれ」

一時間半ぐらい楽しく過ごし、イゾウさんにまた来ることを約束して店を出て、もう一軒行ける時間帯だったけど私もマルコさんも今日は充分楽しんだからと電車に乗った。休日の夜の電車はそこそこ人がいたけど反対のドア側がちょうど空いたのでドアを背にして立てば目の前にマルコさんという壁ができてしまい周りが全く見えなくなった。本当に大きいんだなぁとマルコさんを見上げれば首を傾げてくる。

「マルコさんってやっぱり大きいですね」
「ん?…悪い、電車の音でよく聞こえねぇ」

体を屈めてくれたマルコさんにもう一度大きいことを伝えれば、不便なことの方が多いと教えてくれて、私の最寄駅に着くまでずっとその体勢のまま会話をしてくれた。

「じゃあ、マルコさん、おやすみなさい」
「送ってく」
「え?」
「扉閉まっちまうよい」
「あ、え、…え?」

マルコさんは私の背中を押しながら一緒に電車を降りてしまった。そのまま改札へ向かっていくマルコさんの後を追って駅を出れば家はどっちだと尋ねられる。わざわざ送ってもらわなくても大丈夫だと断るけど、マルコさんは酒が入っているから家まで送ると聞かなくて、そんなに私は危険人物なのだろうかと何度もマルコさんに尋ねれば、今まで何もなかったのが不思議なくらいだと真剣に言われた。

「ここに住んでるのか?」
「はい。そうですよ」

そしてアパートに着くと、オートロックじゃないのかとマルコさんに言われ、一階に住んでることが分かると顔が険しくなった。家賃が安くて住みやすいんだと説明してもマルコさんの表情は変わらない。なんだか悪いことをしてないのに怒られている感覚になり、私は居心地が悪くなってここでいいとマルコさんに帰ってもらおうとしたけど大きな体は全く動かなかった。

「ここで大丈夫です」
「部屋に入って鍵を閉めるところまでだよい」
「あの、私の年齢知ってますよね?子どもじゃないから大丈夫ですよ」
「ほら、部屋に入る」
「……」

全く帰る様子がないので、私は早足で部屋に入り鍵を閉める。ドア越しからおやすみ、と声をかけられ足音が遠のいて行ったのでスマホを取り出して、送ってくれたお礼と一緒に気をつけて帰ってくださいと送れば、また店で、と返事がすぐにきた。

"あと、俺は可愛くない"

パイナップルが怒っているスタンプ付きでそう送られてきて、そういうところですよ、とくすりと笑ってしまった。
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