パイナップルからはじまる恋
「また泊まりに来てくれるの?」
「それは楽しみだな」
今日はなす三昧だった。なすとひき肉の挟み揚げ、なすとかにかまの和え物、焼きなす。
全て父が作ったみたいで、挟み揚げを口に入れた時のマルコさんの顔と言ったら。
目をこれでもかと大きくして、私を見て、もぐもぐしながら何度も頷いていた。
そんなマルコさんに父はもちろんご満悦。母は次は私が全て作る、とやる気に満ちていた。
マルコさんのおかげで私達家族の料理の腕、というよりもマルコさんの為の料理の腕はどんどん上がっているように思う。
「当日はケーキも用意するね」
「今年はマルコさんにも祝ってもらえるのね」
「いい日になりそうだ」
二週間後の土曜日、一日違いの誕生日を迎える両親のお祝いをする。毎年、誕生日の週はいつもケーキを用意して料理を作っていて、今年は、マルコさんが参加したいと言ってくれたので二人で祝うことに。私よりもマルコさんに祝ってもらえることの方が嬉しそうな両親には苦笑いしてしまうけど、それはもう諦めている。
「若いころはケーキもたくさん食べられたのに、今はもう駄目ね」
「分かります。脂っこいものも昔のようには…」
「そうなんだよなぁ」
年はとりたくないなぁ、と三人でしみじみ。
私だけまだ到達できていない話。仲間外れにされた気がしなくもないけど、三人が今のうちにたくさん食べておいた方がいい、と真面目に言うので今のうちに食べておこうと思う。
「またマルコさんの料理は食べられるかしら?」
「期待してもいいのか?」
「いえ。そこまで考えては…」
「もう考えるだけで幸せになるわね」
「マルコさんの料理は美味いからなぁ」
「あ、あの、まだ作るとは、」
「「楽しみねぇ/楽しみだなぁ」」
「…」
マルコさんは、どうしよう、また俺の試練が…、と冷や汗を搔いていた。
お盆の時、マルコさんは緊張のあまり手で口を押さえてうずくまってしまった。それを思い出して今回は作りたくないと言っていたけど、目の前の両親を見て、作りません!、とは声を大にして言えそうにない。
「マルコさん、また会議しましょうか」
「…よい」
マルコさんの料理は美味しいに決まっているけど、マルコさんが安心できるまでメニューを一緒に考えよう。もしかしたら、今週の土日はそれで終わってしまうかもしれない。
得意なサラダは確定。嫌がるかもしれないけど、せっかくだから作ったことない料理に挑戦してもらおうかな。マルコさんに揚げ物をチャレンジしてもらう?コロッケはどうかな。じゃがいもを潰すのは得意だから。
マルコさんの手は大きいから大きいコロッケが出来そう、と想像していると、ふと頭の中に料理をする私とマルコさんの姿が現れた。
“じゃあ、鍋にコロッケを入れてください”
”ん”
“え、マルコさんっ、そんな上から入れたら…!”
“よい?…あ゛っづ!!”
「…」
「どうした?」
「マルコさんが傷物に…」
「俺が?」
洗い物をしてくれているマルコさんが、何言ってるんだ?と私を見た。
うん、揚げ物はやめておこう。まだマルコさんには早い。
それから父が、マルコさんとまだ飲みたくて違う銘柄を持ってきたけど、マルコさんに代わり、明日も仕事だからもう終わり、と諦めてもらった。けど父は不服そうで、見かねたマルコさんが泊まる時は何時までも二人で飲みたいと伝え、父はそれなら諦めようとすんなり引き下がってくれた。
「そうそう。これ、よかったら二人で食べて」
「時期が過ぎたからといただいたんだ」
「お中元の?」
それは素麺だった。
そう言えば、今年は素麺を一度も食べていない。夏に素麺を一度も食べないのははじめてだったけど、マルコさんと色んな料理を作ったりあちこち出掛けていたから食べる機会がなかった。今年最初で最後の素麺だ。
両親に見送られて、商店街を出る。駅までの途中、風が顔に当たって無意識にマルコさんの手を強く握ってしまった。するとマルコさんが握り返してくれて、じんわりと胸が温かくなる。自然と口から、へへへへ、と声が出て、頭上からも笑い声が聞こえた。
「マルコさん、できればこっちも」
「くく、歩けないよい」
「二人で横歩きすれば…」
「すまん。不審者にはなりたくない」
これからマルコさんの温かさが沁みる季節がやってくる。今でも手を離したくないと思うのに、もっと気温が低い季節になったらマルコさんから離れることができなさそう。
「土曜日のお昼は素麺を食べましょうか」
「サッチ麺を食べよう」
「え?…今なんて?」
「サッチ麺」
顔を上げてマルコさんを見ると、真面目な顔をしていたから冗談で言ったわけではないみたい。
久しぶりに聞いたサッチ◯◯シリーズ。サッチ丼、サッチ焼き、サッチ煮、サッチ蒸しに続き、サッチ麺が登場。一体いくつのサッチさん料理があるのだろう。
「サッチ麺、本当に久しぶりだよい」
ウキウキしているマルコさんにどんな料理なのか尋ねると、素麺にパイナップルを入れるのだと教えてくれた。
うん、それは、そうだよね。
マルコさんの為にサッチさんが作っていたのだから、パイナップルを使うのは尋ねなくても分かる。
「どんな味なんですか?」
「甘いよい。…なんか、白い液体だった」
白くて甘い液体を使った麺料理。
全く想像ができなくて白い液体や具材について詳しく尋ねたけど、マルコさんは白い液体を使うことと、カットされたパイナップルを載せることしか分かっていなかった。
ならば、本人に直接尋ねるしかない。
「サッチさんに作り方を教えてもらってもいいでしょうか?」
「今聞く」
"サッチ麺"は創作料理なのかどこかの国の料理なのか。
電車に乗って席に座ると、マルコさんは早速サッチさんへメッセージを送っていた。サッチさんの方は今、おやつの時間ぐらいだから仕事中のはず。
マルコさんは、朝には返事がくる、と視線をすぐに画面から私に向けた。
「素麺にパイナップルは初体験です」
「そうなのか?あんな美味いもん食べたことないなんて…」
パイナップル料理に関しては私よりもマルコさんの方が詳しい。ただマルコさんの覚え方が”サッチ◯◯”になってしまっていて、詳しいことが分からないから私では再現できない。
サッチさんにパイナップルを使った料理を一通り教えてもらおうかな。
そう思ってマルコさんにお願いしようとしたら、マルコさんは突然、あ、と小さく声を出した。
「しまった」
「どうしたんですか?」
「もう一つパイナップルを買っておくべきだったよい…」
「そんなにパイナップルを使うんですか?」
頭の中には、山盛りのパイナップルを載せた白い液体の不思議な麺料理が出来上がっていた。
◇ ◇ ◇
「家事を楽できるようにドラム式洗濯機をプレゼントしたらどうだ?」
「脱衣室のスペース的に置けないかもしれません」
「食洗器は?」
「台所に置くスペースが」
「お掃除ロボット」
「段差が多いので活用できそうにないです」
「なら、リフォームをプレゼントしよう」
名案だ、と真面目に言うマルコさんに、却下です、と答えたら、不思議そうな顔を向けられてしまった。マルコさんは本気でリフォームをプレゼントする気だったらしい。
一体予算をいくらにしているんだろう?
確かにリフォームをして段差のないお家にするのはいいことだし、ゆくゆくは必要になるかもしれないけど、今年の誕生日プレゼントとしては不採用。
「予算は一万以下にしてください」
「何も買えないよい」
「買えます。私が断言します」
ケーキは両親が昔から通っている隣駅のケーキ屋さんで毎年買っている。当日はケーキを買って、一度実家にケーキとプレゼントを置いて、商店街で食材を買う予定だ。事前に用意しておくものはプレゼントだけ。
「帰ったら料理会議をしたいよい」
「はい。しっかり話し合いましょうね」
マルコさんには、食べてもらいたい気持ちはあるみたい。けど何を作ったらいいのかが分からず、振る舞うことが分かってからずっと悩んでいた。
「一品は挑戦料理でもいいかなと思うんですが」
「親父さん達に毒味はさせたくないよい」
「私も一緒に作るので大丈夫ですよ」
「前と同じは駄目か?…駄目か…」
へたなものは作りたくない。けど、簡単なものでは"お前はそんなもんか"と思われそう。けど難しいものは出来る気がしない。
「玉ねぎは使いたくない」
「はい。目に染みますからね」
「何かいい料理はないかよい…」
マルコさんが立ち読みしていた家電批評雑誌を閉じ、料理雑誌コーナー行く、と私の手を取ろうとしたので、見ていた雑誌をしまって手を取り着いていく。
「サッチさんに尋ねるのはどうですか?」
野菜レシピ、十分でできる簡単お弁当、コスパ最強メシ、ゆる腸活、きょうの料理。
並んでいる雑誌の特集タイトルを眺めながら、マルコさんに合いそうな雑誌を探す。マルコさんはサッチにも聞こうと、メッセージを打ち、それから私を見て、両親の好きな料理は?と尋ねてきた。
そう聞かれると、何て答えたらいいのか分からない。
両親の好きな料理はなんだろう?
「本当に好き嫌いがないんです。私が作るどの料理も美味しい美味しいって食べてくれて…」
「最初に振舞った料理は?」
「サンドイッチ、だっと思います」
食パンにハムとスライスチーズをはさんだだけのものだったけど、両親がすごく嬉しそうに食べていた記憶がある。
「料理上手だと、何を振舞っていいか分からなくなるねい…」
マルコさんが、簡単メシが特集されている雑誌を開きながら、眉間にシワを寄せて、せっかくの誕生日に簡単メシは気持ちがこもってないみたいか…?と唸り、あ、と私を見た。
「プレゼント、レストランの食事券はどうだよい?」
「それは考えたことなかったです」
「親父さん達、外食はよくするか?」
「うーん。あまりしてないと思います」
両親は料理を作ることが好きだから、私の小さい頃も誕生日とか特別な日ぐらいしか外食をすることはなかった。
うん、レストランはいいプレゼントかもしれない。
だとしたらどんなお店がいいかな。二人ならどのお店も喜んでもらえそうだからお店選びも悩んでしまう。
野菜料理特集と書かれた雑誌を開きながら、和食か中華か、イタリアンか、なかなか食べないアジア料理とか中東料理はどうか、と色んな料理を数秒前のマルコさんみたいに眉間にシワを寄せながら思い浮かべていると、マルコさんがいい店があると教えてくれる。
「サッチの店はどうだ?」
「サッチさんのお店ですか?それは…」
サッチさんのお店は海外にある。サッチさんのお店の食事券をプレゼントするなら、海外旅行もプレゼントすることになる。
「両親は海外へ行ったことがないので心配です。それに旅費が…」
確かにすごくいい案だけど、できれば国内のお店にしたいな。
残念ながら…、と不採用にしようとしたら、マルコさんが言い方が悪かったと何故か謝ってきた。
「すまん、サッチはいない」
「どういう…?」
「こっちに支店があるんだよい」
「そうなんですか!?」
そんなすごい話を今まで隠していたんですか!?す、すまん。隠してたつもりは…。
「値段は…」
マルコさんは、豚肉特集の雑誌を開きながらスマホでお店を検索して、しょんぼりしてしまった。
「予算オーバーだよい」
二人分だとショートコースのランチでも駄目だ、と画面を見せてくれる。
見てみると、ショートコースのランチでも一人一万円していた。二人だともちろん一万には収まらない。
けど、私の心は決まっていた。
「そこにします!」
「いいのか?」
「はい!というか、私も行きたいです!」
「なら今度ディナー行こう。何回か接待で使ったことがあるんだが、いつも喜んでもらえたよい」
「ランチで十分ですよ」
「最初はフルコース」
最初だからやっぱり親父さん達にもフルコースをプレゼントしたいよい。
後悔はさせない、フルコースを味わってほしい、とマルコさんが私に熱く伝えてくれるから、今年のプレゼントはサッチさんのお店のフルコースに決定。
「ドレスコードは必要ですか?」
「サンダルや短パンが駄目なぐらいだよい」
マルコさんの料理はお家に帰ってから会議をするとして、無事にプレゼントが決まったので本屋を出て、目的のお店へ行くことに。
「材料は全て揃うのかよい?」
「はい。スーパーに売っていないものはここにあります」
「輸入品を売ってる店?」
「そうですよ」
サッチさんは、翌日には材料や作り方を送ってくれた。材料は、ほとんどはいつものスーパーで買えるものだったけど二つだけ売っていなさそうだったから、今日、マルコさんといつも行くちょっと遠くのショッピングモールまで足を運んでいた。
「通路が狭いよい…」
なんだここ、狭すぎだろ、と店を見たマルコさんは眉間にシワを寄せていた。コーヒー豆や輸入品をたくさん扱うこのお店は、面白い商品がたくさん並んでいるから見ているだけでも楽しい。けど本当に通路が狭い。マルコさんが歩いていると他の人とすれ違うのは難しそう。
「外で待っててくれますか?」
「そうする」
「すぐに買ってきますね」
一緒に見れないのは残念だけど、仕方がない。
「どこにあるかな…」
一人、迷路のような通路の中へ。
興味をそそられる商品を意識しないように、えーっと、たぶんあそこに…、と進むこと数分、あのよい、と何故かマルコさんの声がした。
「マルコさん?外で待って…」
るんじゃ、と続けようとしたけど、マルコさんがあまりにも嬉しそうな顔をしていたから驚いてしまった。視線を下げると、マルコさんの腕にはたくさんの商品が。
この少しの時間で…。というか、これ全部…。
「この店は俺を待っていた」
突然の運命的な台詞。
どうしたのか尋ねると、マルコさんはある場所を指さしてくれた。
そこは、“アジア特集”と看板が掲げられているコーナーだった。アジア系の雑貨や食べ物が並べられていて、マルコさんはその中からあれ関係のものを取ってきたみたい。
「これは?」
「パイナップルケーキ」
「この、大きい方の色違いの缶は?」
「パイナップルクッキー。味はどっちも同じ」
「小さい方の色違いの缶は?」
「パイナップルキャンディ。こっちも味はどっちも同じ」
「このドリンクは?」
「”ジャスミン&パイン”って書いてあったよい」
「全部パイナップル味ですね」
「ちゃんと一つだけにした」
マルコさんは、他の人の迷惑にならないように我慢して一つだけにした、と何故か得意げな顔をしている。
他にどんなものがあったのか尋ねたけど、分からんと言うので、流石はパイナップルおじさんだと感心してしまった。
ちょっと気になるから、そのコーナーも見てみよう。マルコさんも入ってきてしまったから一緒に回っちゃおう。
「パイナップルセンサーがすごいですね」
「俺のセンサーは感度良好だよい」
褒めたつもりはなかったけど、へへへ、と笑うマルコさんが可愛いかったから、流石ですね、と笑って応えた。
◇ ◇ ◇
"材料(二人分)
素麺…ニ束
干しエビ(なければ桜エビ)…大さじニ
パイナップル…お前の食べたい分(嬢ちゃんの分は残しておけよ)
キュウリ…二分の一(千切り)
生姜…一かけ(千切り)
ピーナッツ…大さじニ
ココナッツミルク…一五〇ml
ナンプラー(なければ醤油)…小さじ一
砂糖…小さじ一
レモン果汁…小さじ二
唐辛子(一味でも)…好きなだけ "
この後には、作り方も丁寧に書かれている。
"白い液体"はココナッツミルクのこと。サッチさんの創作料理かと思ったら、材料はサッチさんアレンジも入っていたけど、元は”カノムジーン・サオナーム”というアジア料理だった。
『嬢ちゃんなら、文字だけで分かると思うぞ?』
そして午後七時現在、リーゼントのコックさんがマルコさんのスマホに映っている。
「すみません。送っていただいた説明で分かったのですが…」
「俺はこれでは分からん」
『俺は嬢ちゃんに説明したつもりなんだけど?』
何?お前が作るの?悪いことは言わん、嬢ちゃんに作ってもらえ。
サッチさんの言う通り、メッセージだけで作り方は理解できた。すごく簡単。素麺を茹でて、具材を切って、ココナッツミルクにナンプラーと砂糖、レモン果汁を加えたソースを作り、お皿に素麺を盛り付けたら具材を載せて、ソースをかけて、完成。
こんなに簡単な料理を夏前に知っていたら、何回もマルコさんと作ったに違いない。けど、サッチさんがココナッツミルクを温めれば寒い日でもいけるというので、これからの季節でも美味しくいただけそう。
『後ろのパイナップル菓子が気になるんだが、海外へ行ったのか?』
「いえ。昨日、ナンプラーを買いに行ったお店でマルコさんが見つけたんです」
『このパイナップル野郎はなぁ…』
マルコさんは小さい頃から、パイナップル味を見つけると全て買っていたらしい。
そんなパイナップル野郎さんは今、コンロの前でお湯が沸くのを腕を組みながら真剣に待っている。
マルコさんを、パイナップルを摘み食いさせないように”素麺茹でる係”に任命したのだ。思惑通り、マルコさんは私とサッチさんの会話に入ることなく、切った山盛りのパイナップルに見向きもせず、沸々とし始めたお湯を見つめている。
「サッチさん」
『ん?』
「今度、支店にはなるんですけど、両親がサッチさんのお店へ伺うかもしれません」
『お!そりゃ楽しみだな』
「お湯、沸いたよい!」
『んじゃ、二束入れろ』
「よし。二束、二束…」
「『あ』」
「え?」
マルコさんの手から滑り落ちた素麺は、束のままお湯の中へ沈んでいった。え?とマルコさんは私を見て、え?と鍋の中を見る。
お前、帯を取れ!よ、よいっ!マルコさん駄目ですっ、素手は…!あ゛っづ!!あぁ…。
パスタを茹でるときに帯を取ることは教えたけど、素麺は初めてだったから繋がっていなかったのかもしれない。
まさか”茹でる”で熱い思いをさせてしまうとは。
「私の説明不足でした…」
「すまん…」
『ほらほら、さっさと用意しないと茹で上がるぞ?』
サッチさんが後はピーナッツだ、と促すので、大事に至らなかったしょんぼりマルコさんにお願いすることに。
けどマルコさんは、俺はできない男だ…、とやろうとしない。
「これは簡単ですよ。絶対にできます」
「本当かよい?」
『お前でもできる。拳で潰せ』
「拳で?」
マルコさんが私を見るので、ビニール袋にピーナッツを大さじ二杯入れて、これを砕くようにお願いする。
「拳で、潰せ」
マルコさんはワークトップに袋を丁寧に置くと、腕を高々と上げ、拳を作った。
そして、袋に狙いを定め、
「ふんっ!」
マルコさんに初めてじゃがいもを潰してもらった時を思い出してしまった。
あまりの大きな鈍打音に、コンロにある鍋が少し跳ねた気がした。遠くのフィカス・ウンベラータも驚いて葉を揺らしている。
マルコさんはそれからも腕を上げては、ふんっ、ふんっ、とピーナッツに何度も拳を入れ続けた。その度、リビングに鈍い音が響き、あちこちから驚いている音がしている。
『そんな勢いよくやらんでも…』
「たぶん”拳で潰せ”を真剣に表現しているだけです」
『どうしてこいつは料理の時だけこうなるんだ?』
「分かりません。けど、可愛いからいいです」
『…そうだった。嬢ちゃんはあれだったわ』
マルコさん渾身の打撃でピーナッツは粉々になっていた。やりすぎた?と私を見るマルコさんを上出来です、と褒め、気分がよくなったマルコさんに素麺をザルに上げてもらって、盛り付けもお願いした。
『ほらみろ、俺なんかいらねぇだろ』
「んじゃ、切るよい」
「『え』」
「じゃあな」
『俺は何のために呼ばれ…』
サッチさんの言葉は途中で切れてしまった。
後でマルコさんにお礼メッセージを送ってもらおう。
「「いただきます」」
サッチ麺は、甘酸っぱいパイナップルとココナッツミルクのソースがよく絡まってすごく美味しかった。
干しエビは噛むとうま味が広がるからアクセントになって、キュウリのシャキッと感や生姜の香りも絶妙。ただ一つ気になったのは、本当はピーナッツで香ばしさを出したかったのだろうけど、粉々だから香りが足りないこと。
「美味い。美味い」
けど、マルコさんが美味しそうに食べているから、出来栄えは満点だ。
パイナップルが半分も載っていたから、食べ終わった時にはお腹いっぱいになってしまった。けどそんな私とは対照的に、まだまだ食べられるマルコさんはお皿を食洗器へ入れるとパイナップルのお菓子を持ってきてテーブルに並べ始めた。
「もう食べますか?」
「後の方がいいか?」
「お腹いっぱいになってしまいました。私は後でいただきます」
「んじゃ、俺も後で一緒に食べるよい」
ならコーヒー飲みながら料理会議をしよう、と台所へ戻って行ったマルコさんを眺め、ソファの方へ移動していると、何かが震えている音がした。
私かな?と自分のスマホを見たけど震えていなかった。
ならマルコさんか。
「マルコさん、スマホ鳴ってます」
「よい?」
「急に切ったからサッチさんからかもしれないですよ」
「別にもう用はない」
あいつはもう用済み、なんて友だちに言う台詞とは思えないけど、マルコさん達はそれが普通なのだろう。
けど一応、誰からかは見ておいた方が、とカップを持ってきたマルコさんに伝え、渋々といった感じでダイニングテーブルの方へ行って、スマホを見て、
「…」
マルコさんは、眉間に深いシワを作った。
「…」
そして、じ、とスマホを見つめ、テーブルにスマホを置いて、こちらに来て、よいしょ、と私を抱き上げソファに座った。
後ろを振り向くと、マルコさんの眉間のシワは無くなっていた。
「掛けなおさなくて大丈夫ですか?」
「ん。最近よく迷惑電話が掛かってくるんだよい」
「そうなんですか」
「どれがいいかねい…」
マルコさんはローテーブルにある料理候補が書かれた紙を手に取り、真剣な表情で唸り始める。
誕生日だから豪華な方がいいか?けどよい…。
「マルコさん」
「ん?」
「サッチ麺、食べたくなったらいつでも作りますから」
「よい」
「サッチ丼でも、サッチ焼きでも、なんでも言ってくださいね」
マルコさんが食べたくなったときにいつでも作れるようにしておこう。
「サッチさんと同じ味にはならないかもしれないですけど、一緒に作ったら美味しいですよ」
サッチさんが作るサッチ麺はもっと美味しいのだろう。けど、マルコさんと作ったサッチ麺はすごく美味しかった。
マルコさんと一緒に作るものは、どんなものも美味しい。
「それで、一緒に食べましょうね」
「?」
「ね」
「よい」
不思議そうに私を見るマルコさんの頬を撫でて、目尻に唇を落とす。すると、まだ不思議そうな顔をしているマルコさんが、ん、と同じ場所にお返しをしてくれた。
「じゃあ、私も一緒に、真剣に考えます」
「頼む」
マルコさんの瞳の奥から姿を現していた陰は、再び奥へと消えていった。
「それは楽しみだな」
今日はなす三昧だった。なすとひき肉の挟み揚げ、なすとかにかまの和え物、焼きなす。
全て父が作ったみたいで、挟み揚げを口に入れた時のマルコさんの顔と言ったら。
目をこれでもかと大きくして、私を見て、もぐもぐしながら何度も頷いていた。
そんなマルコさんに父はもちろんご満悦。母は次は私が全て作る、とやる気に満ちていた。
マルコさんのおかげで私達家族の料理の腕、というよりもマルコさんの為の料理の腕はどんどん上がっているように思う。
「当日はケーキも用意するね」
「今年はマルコさんにも祝ってもらえるのね」
「いい日になりそうだ」
二週間後の土曜日、一日違いの誕生日を迎える両親のお祝いをする。毎年、誕生日の週はいつもケーキを用意して料理を作っていて、今年は、マルコさんが参加したいと言ってくれたので二人で祝うことに。私よりもマルコさんに祝ってもらえることの方が嬉しそうな両親には苦笑いしてしまうけど、それはもう諦めている。
「若いころはケーキもたくさん食べられたのに、今はもう駄目ね」
「分かります。脂っこいものも昔のようには…」
「そうなんだよなぁ」
年はとりたくないなぁ、と三人でしみじみ。
私だけまだ到達できていない話。仲間外れにされた気がしなくもないけど、三人が今のうちにたくさん食べておいた方がいい、と真面目に言うので今のうちに食べておこうと思う。
「またマルコさんの料理は食べられるかしら?」
「期待してもいいのか?」
「いえ。そこまで考えては…」
「もう考えるだけで幸せになるわね」
「マルコさんの料理は美味いからなぁ」
「あ、あの、まだ作るとは、」
「「楽しみねぇ/楽しみだなぁ」」
「…」
マルコさんは、どうしよう、また俺の試練が…、と冷や汗を搔いていた。
お盆の時、マルコさんは緊張のあまり手で口を押さえてうずくまってしまった。それを思い出して今回は作りたくないと言っていたけど、目の前の両親を見て、作りません!、とは声を大にして言えそうにない。
「マルコさん、また会議しましょうか」
「…よい」
マルコさんの料理は美味しいに決まっているけど、マルコさんが安心できるまでメニューを一緒に考えよう。もしかしたら、今週の土日はそれで終わってしまうかもしれない。
得意なサラダは確定。嫌がるかもしれないけど、せっかくだから作ったことない料理に挑戦してもらおうかな。マルコさんに揚げ物をチャレンジしてもらう?コロッケはどうかな。じゃがいもを潰すのは得意だから。
マルコさんの手は大きいから大きいコロッケが出来そう、と想像していると、ふと頭の中に料理をする私とマルコさんの姿が現れた。
“じゃあ、鍋にコロッケを入れてください”
”ん”
“え、マルコさんっ、そんな上から入れたら…!”
“よい?…あ゛っづ!!”
「…」
「どうした?」
「マルコさんが傷物に…」
「俺が?」
洗い物をしてくれているマルコさんが、何言ってるんだ?と私を見た。
うん、揚げ物はやめておこう。まだマルコさんには早い。
それから父が、マルコさんとまだ飲みたくて違う銘柄を持ってきたけど、マルコさんに代わり、明日も仕事だからもう終わり、と諦めてもらった。けど父は不服そうで、見かねたマルコさんが泊まる時は何時までも二人で飲みたいと伝え、父はそれなら諦めようとすんなり引き下がってくれた。
「そうそう。これ、よかったら二人で食べて」
「時期が過ぎたからといただいたんだ」
「お中元の?」
それは素麺だった。
そう言えば、今年は素麺を一度も食べていない。夏に素麺を一度も食べないのははじめてだったけど、マルコさんと色んな料理を作ったりあちこち出掛けていたから食べる機会がなかった。今年最初で最後の素麺だ。
両親に見送られて、商店街を出る。駅までの途中、風が顔に当たって無意識にマルコさんの手を強く握ってしまった。するとマルコさんが握り返してくれて、じんわりと胸が温かくなる。自然と口から、へへへへ、と声が出て、頭上からも笑い声が聞こえた。
「マルコさん、できればこっちも」
「くく、歩けないよい」
「二人で横歩きすれば…」
「すまん。不審者にはなりたくない」
これからマルコさんの温かさが沁みる季節がやってくる。今でも手を離したくないと思うのに、もっと気温が低い季節になったらマルコさんから離れることができなさそう。
「土曜日のお昼は素麺を食べましょうか」
「サッチ麺を食べよう」
「え?…今なんて?」
「サッチ麺」
顔を上げてマルコさんを見ると、真面目な顔をしていたから冗談で言ったわけではないみたい。
久しぶりに聞いたサッチ◯◯シリーズ。サッチ丼、サッチ焼き、サッチ煮、サッチ蒸しに続き、サッチ麺が登場。一体いくつのサッチさん料理があるのだろう。
「サッチ麺、本当に久しぶりだよい」
ウキウキしているマルコさんにどんな料理なのか尋ねると、素麺にパイナップルを入れるのだと教えてくれた。
うん、それは、そうだよね。
マルコさんの為にサッチさんが作っていたのだから、パイナップルを使うのは尋ねなくても分かる。
「どんな味なんですか?」
「甘いよい。…なんか、白い液体だった」
白くて甘い液体を使った麺料理。
全く想像ができなくて白い液体や具材について詳しく尋ねたけど、マルコさんは白い液体を使うことと、カットされたパイナップルを載せることしか分かっていなかった。
ならば、本人に直接尋ねるしかない。
「サッチさんに作り方を教えてもらってもいいでしょうか?」
「今聞く」
"サッチ麺"は創作料理なのかどこかの国の料理なのか。
電車に乗って席に座ると、マルコさんは早速サッチさんへメッセージを送っていた。サッチさんの方は今、おやつの時間ぐらいだから仕事中のはず。
マルコさんは、朝には返事がくる、と視線をすぐに画面から私に向けた。
「素麺にパイナップルは初体験です」
「そうなのか?あんな美味いもん食べたことないなんて…」
パイナップル料理に関しては私よりもマルコさんの方が詳しい。ただマルコさんの覚え方が”サッチ◯◯”になってしまっていて、詳しいことが分からないから私では再現できない。
サッチさんにパイナップルを使った料理を一通り教えてもらおうかな。
そう思ってマルコさんにお願いしようとしたら、マルコさんは突然、あ、と小さく声を出した。
「しまった」
「どうしたんですか?」
「もう一つパイナップルを買っておくべきだったよい…」
「そんなにパイナップルを使うんですか?」
頭の中には、山盛りのパイナップルを載せた白い液体の不思議な麺料理が出来上がっていた。
◇ ◇ ◇
「家事を楽できるようにドラム式洗濯機をプレゼントしたらどうだ?」
「脱衣室のスペース的に置けないかもしれません」
「食洗器は?」
「台所に置くスペースが」
「お掃除ロボット」
「段差が多いので活用できそうにないです」
「なら、リフォームをプレゼントしよう」
名案だ、と真面目に言うマルコさんに、却下です、と答えたら、不思議そうな顔を向けられてしまった。マルコさんは本気でリフォームをプレゼントする気だったらしい。
一体予算をいくらにしているんだろう?
確かにリフォームをして段差のないお家にするのはいいことだし、ゆくゆくは必要になるかもしれないけど、今年の誕生日プレゼントとしては不採用。
「予算は一万以下にしてください」
「何も買えないよい」
「買えます。私が断言します」
ケーキは両親が昔から通っている隣駅のケーキ屋さんで毎年買っている。当日はケーキを買って、一度実家にケーキとプレゼントを置いて、商店街で食材を買う予定だ。事前に用意しておくものはプレゼントだけ。
「帰ったら料理会議をしたいよい」
「はい。しっかり話し合いましょうね」
マルコさんには、食べてもらいたい気持ちはあるみたい。けど何を作ったらいいのかが分からず、振る舞うことが分かってからずっと悩んでいた。
「一品は挑戦料理でもいいかなと思うんですが」
「親父さん達に毒味はさせたくないよい」
「私も一緒に作るので大丈夫ですよ」
「前と同じは駄目か?…駄目か…」
へたなものは作りたくない。けど、簡単なものでは"お前はそんなもんか"と思われそう。けど難しいものは出来る気がしない。
「玉ねぎは使いたくない」
「はい。目に染みますからね」
「何かいい料理はないかよい…」
マルコさんが立ち読みしていた家電批評雑誌を閉じ、料理雑誌コーナー行く、と私の手を取ろうとしたので、見ていた雑誌をしまって手を取り着いていく。
「サッチさんに尋ねるのはどうですか?」
野菜レシピ、十分でできる簡単お弁当、コスパ最強メシ、ゆる腸活、きょうの料理。
並んでいる雑誌の特集タイトルを眺めながら、マルコさんに合いそうな雑誌を探す。マルコさんはサッチにも聞こうと、メッセージを打ち、それから私を見て、両親の好きな料理は?と尋ねてきた。
そう聞かれると、何て答えたらいいのか分からない。
両親の好きな料理はなんだろう?
「本当に好き嫌いがないんです。私が作るどの料理も美味しい美味しいって食べてくれて…」
「最初に振舞った料理は?」
「サンドイッチ、だっと思います」
食パンにハムとスライスチーズをはさんだだけのものだったけど、両親がすごく嬉しそうに食べていた記憶がある。
「料理上手だと、何を振舞っていいか分からなくなるねい…」
マルコさんが、簡単メシが特集されている雑誌を開きながら、眉間にシワを寄せて、せっかくの誕生日に簡単メシは気持ちがこもってないみたいか…?と唸り、あ、と私を見た。
「プレゼント、レストランの食事券はどうだよい?」
「それは考えたことなかったです」
「親父さん達、外食はよくするか?」
「うーん。あまりしてないと思います」
両親は料理を作ることが好きだから、私の小さい頃も誕生日とか特別な日ぐらいしか外食をすることはなかった。
うん、レストランはいいプレゼントかもしれない。
だとしたらどんなお店がいいかな。二人ならどのお店も喜んでもらえそうだからお店選びも悩んでしまう。
野菜料理特集と書かれた雑誌を開きながら、和食か中華か、イタリアンか、なかなか食べないアジア料理とか中東料理はどうか、と色んな料理を数秒前のマルコさんみたいに眉間にシワを寄せながら思い浮かべていると、マルコさんがいい店があると教えてくれる。
「サッチの店はどうだ?」
「サッチさんのお店ですか?それは…」
サッチさんのお店は海外にある。サッチさんのお店の食事券をプレゼントするなら、海外旅行もプレゼントすることになる。
「両親は海外へ行ったことがないので心配です。それに旅費が…」
確かにすごくいい案だけど、できれば国内のお店にしたいな。
残念ながら…、と不採用にしようとしたら、マルコさんが言い方が悪かったと何故か謝ってきた。
「すまん、サッチはいない」
「どういう…?」
「こっちに支店があるんだよい」
「そうなんですか!?」
そんなすごい話を今まで隠していたんですか!?す、すまん。隠してたつもりは…。
「値段は…」
マルコさんは、豚肉特集の雑誌を開きながらスマホでお店を検索して、しょんぼりしてしまった。
「予算オーバーだよい」
二人分だとショートコースのランチでも駄目だ、と画面を見せてくれる。
見てみると、ショートコースのランチでも一人一万円していた。二人だともちろん一万には収まらない。
けど、私の心は決まっていた。
「そこにします!」
「いいのか?」
「はい!というか、私も行きたいです!」
「なら今度ディナー行こう。何回か接待で使ったことがあるんだが、いつも喜んでもらえたよい」
「ランチで十分ですよ」
「最初はフルコース」
最初だからやっぱり親父さん達にもフルコースをプレゼントしたいよい。
後悔はさせない、フルコースを味わってほしい、とマルコさんが私に熱く伝えてくれるから、今年のプレゼントはサッチさんのお店のフルコースに決定。
「ドレスコードは必要ですか?」
「サンダルや短パンが駄目なぐらいだよい」
マルコさんの料理はお家に帰ってから会議をするとして、無事にプレゼントが決まったので本屋を出て、目的のお店へ行くことに。
「材料は全て揃うのかよい?」
「はい。スーパーに売っていないものはここにあります」
「輸入品を売ってる店?」
「そうですよ」
サッチさんは、翌日には材料や作り方を送ってくれた。材料は、ほとんどはいつものスーパーで買えるものだったけど二つだけ売っていなさそうだったから、今日、マルコさんといつも行くちょっと遠くのショッピングモールまで足を運んでいた。
「通路が狭いよい…」
なんだここ、狭すぎだろ、と店を見たマルコさんは眉間にシワを寄せていた。コーヒー豆や輸入品をたくさん扱うこのお店は、面白い商品がたくさん並んでいるから見ているだけでも楽しい。けど本当に通路が狭い。マルコさんが歩いていると他の人とすれ違うのは難しそう。
「外で待っててくれますか?」
「そうする」
「すぐに買ってきますね」
一緒に見れないのは残念だけど、仕方がない。
「どこにあるかな…」
一人、迷路のような通路の中へ。
興味をそそられる商品を意識しないように、えーっと、たぶんあそこに…、と進むこと数分、あのよい、と何故かマルコさんの声がした。
「マルコさん?外で待って…」
るんじゃ、と続けようとしたけど、マルコさんがあまりにも嬉しそうな顔をしていたから驚いてしまった。視線を下げると、マルコさんの腕にはたくさんの商品が。
この少しの時間で…。というか、これ全部…。
「この店は俺を待っていた」
突然の運命的な台詞。
どうしたのか尋ねると、マルコさんはある場所を指さしてくれた。
そこは、“アジア特集”と看板が掲げられているコーナーだった。アジア系の雑貨や食べ物が並べられていて、マルコさんはその中からあれ関係のものを取ってきたみたい。
「これは?」
「パイナップルケーキ」
「この、大きい方の色違いの缶は?」
「パイナップルクッキー。味はどっちも同じ」
「小さい方の色違いの缶は?」
「パイナップルキャンディ。こっちも味はどっちも同じ」
「このドリンクは?」
「”ジャスミン&パイン”って書いてあったよい」
「全部パイナップル味ですね」
「ちゃんと一つだけにした」
マルコさんは、他の人の迷惑にならないように我慢して一つだけにした、と何故か得意げな顔をしている。
他にどんなものがあったのか尋ねたけど、分からんと言うので、流石はパイナップルおじさんだと感心してしまった。
ちょっと気になるから、そのコーナーも見てみよう。マルコさんも入ってきてしまったから一緒に回っちゃおう。
「パイナップルセンサーがすごいですね」
「俺のセンサーは感度良好だよい」
褒めたつもりはなかったけど、へへへ、と笑うマルコさんが可愛いかったから、流石ですね、と笑って応えた。
◇ ◇ ◇
"材料(二人分)
素麺…ニ束
干しエビ(なければ桜エビ)…大さじニ
パイナップル…お前の食べたい分(嬢ちゃんの分は残しておけよ)
キュウリ…二分の一(千切り)
生姜…一かけ(千切り)
ピーナッツ…大さじニ
ココナッツミルク…一五〇ml
ナンプラー(なければ醤油)…小さじ一
砂糖…小さじ一
レモン果汁…小さじ二
唐辛子(一味でも)…好きなだけ "
この後には、作り方も丁寧に書かれている。
"白い液体"はココナッツミルクのこと。サッチさんの創作料理かと思ったら、材料はサッチさんアレンジも入っていたけど、元は”カノムジーン・サオナーム”というアジア料理だった。
『嬢ちゃんなら、文字だけで分かると思うぞ?』
そして午後七時現在、リーゼントのコックさんがマルコさんのスマホに映っている。
「すみません。送っていただいた説明で分かったのですが…」
「俺はこれでは分からん」
『俺は嬢ちゃんに説明したつもりなんだけど?』
何?お前が作るの?悪いことは言わん、嬢ちゃんに作ってもらえ。
サッチさんの言う通り、メッセージだけで作り方は理解できた。すごく簡単。素麺を茹でて、具材を切って、ココナッツミルクにナンプラーと砂糖、レモン果汁を加えたソースを作り、お皿に素麺を盛り付けたら具材を載せて、ソースをかけて、完成。
こんなに簡単な料理を夏前に知っていたら、何回もマルコさんと作ったに違いない。けど、サッチさんがココナッツミルクを温めれば寒い日でもいけるというので、これからの季節でも美味しくいただけそう。
『後ろのパイナップル菓子が気になるんだが、海外へ行ったのか?』
「いえ。昨日、ナンプラーを買いに行ったお店でマルコさんが見つけたんです」
『このパイナップル野郎はなぁ…』
マルコさんは小さい頃から、パイナップル味を見つけると全て買っていたらしい。
そんなパイナップル野郎さんは今、コンロの前でお湯が沸くのを腕を組みながら真剣に待っている。
マルコさんを、パイナップルを摘み食いさせないように”素麺茹でる係”に任命したのだ。思惑通り、マルコさんは私とサッチさんの会話に入ることなく、切った山盛りのパイナップルに見向きもせず、沸々とし始めたお湯を見つめている。
「サッチさん」
『ん?』
「今度、支店にはなるんですけど、両親がサッチさんのお店へ伺うかもしれません」
『お!そりゃ楽しみだな』
「お湯、沸いたよい!」
『んじゃ、二束入れろ』
「よし。二束、二束…」
「『あ』」
「え?」
マルコさんの手から滑り落ちた素麺は、束のままお湯の中へ沈んでいった。え?とマルコさんは私を見て、え?と鍋の中を見る。
お前、帯を取れ!よ、よいっ!マルコさん駄目ですっ、素手は…!あ゛っづ!!あぁ…。
パスタを茹でるときに帯を取ることは教えたけど、素麺は初めてだったから繋がっていなかったのかもしれない。
まさか”茹でる”で熱い思いをさせてしまうとは。
「私の説明不足でした…」
「すまん…」
『ほらほら、さっさと用意しないと茹で上がるぞ?』
サッチさんが後はピーナッツだ、と促すので、大事に至らなかったしょんぼりマルコさんにお願いすることに。
けどマルコさんは、俺はできない男だ…、とやろうとしない。
「これは簡単ですよ。絶対にできます」
「本当かよい?」
『お前でもできる。拳で潰せ』
「拳で?」
マルコさんが私を見るので、ビニール袋にピーナッツを大さじ二杯入れて、これを砕くようにお願いする。
「拳で、潰せ」
マルコさんはワークトップに袋を丁寧に置くと、腕を高々と上げ、拳を作った。
そして、袋に狙いを定め、
「ふんっ!」
マルコさんに初めてじゃがいもを潰してもらった時を思い出してしまった。
あまりの大きな鈍打音に、コンロにある鍋が少し跳ねた気がした。遠くのフィカス・ウンベラータも驚いて葉を揺らしている。
マルコさんはそれからも腕を上げては、ふんっ、ふんっ、とピーナッツに何度も拳を入れ続けた。その度、リビングに鈍い音が響き、あちこちから驚いている音がしている。
『そんな勢いよくやらんでも…』
「たぶん”拳で潰せ”を真剣に表現しているだけです」
『どうしてこいつは料理の時だけこうなるんだ?』
「分かりません。けど、可愛いからいいです」
『…そうだった。嬢ちゃんはあれだったわ』
マルコさん渾身の打撃でピーナッツは粉々になっていた。やりすぎた?と私を見るマルコさんを上出来です、と褒め、気分がよくなったマルコさんに素麺をザルに上げてもらって、盛り付けもお願いした。
『ほらみろ、俺なんかいらねぇだろ』
「んじゃ、切るよい」
「『え』」
「じゃあな」
『俺は何のために呼ばれ…』
サッチさんの言葉は途中で切れてしまった。
後でマルコさんにお礼メッセージを送ってもらおう。
「「いただきます」」
サッチ麺は、甘酸っぱいパイナップルとココナッツミルクのソースがよく絡まってすごく美味しかった。
干しエビは噛むとうま味が広がるからアクセントになって、キュウリのシャキッと感や生姜の香りも絶妙。ただ一つ気になったのは、本当はピーナッツで香ばしさを出したかったのだろうけど、粉々だから香りが足りないこと。
「美味い。美味い」
けど、マルコさんが美味しそうに食べているから、出来栄えは満点だ。
パイナップルが半分も載っていたから、食べ終わった時にはお腹いっぱいになってしまった。けどそんな私とは対照的に、まだまだ食べられるマルコさんはお皿を食洗器へ入れるとパイナップルのお菓子を持ってきてテーブルに並べ始めた。
「もう食べますか?」
「後の方がいいか?」
「お腹いっぱいになってしまいました。私は後でいただきます」
「んじゃ、俺も後で一緒に食べるよい」
ならコーヒー飲みながら料理会議をしよう、と台所へ戻って行ったマルコさんを眺め、ソファの方へ移動していると、何かが震えている音がした。
私かな?と自分のスマホを見たけど震えていなかった。
ならマルコさんか。
「マルコさん、スマホ鳴ってます」
「よい?」
「急に切ったからサッチさんからかもしれないですよ」
「別にもう用はない」
あいつはもう用済み、なんて友だちに言う台詞とは思えないけど、マルコさん達はそれが普通なのだろう。
けど一応、誰からかは見ておいた方が、とカップを持ってきたマルコさんに伝え、渋々といった感じでダイニングテーブルの方へ行って、スマホを見て、
「…」
マルコさんは、眉間に深いシワを作った。
「…」
そして、じ、とスマホを見つめ、テーブルにスマホを置いて、こちらに来て、よいしょ、と私を抱き上げソファに座った。
後ろを振り向くと、マルコさんの眉間のシワは無くなっていた。
「掛けなおさなくて大丈夫ですか?」
「ん。最近よく迷惑電話が掛かってくるんだよい」
「そうなんですか」
「どれがいいかねい…」
マルコさんはローテーブルにある料理候補が書かれた紙を手に取り、真剣な表情で唸り始める。
誕生日だから豪華な方がいいか?けどよい…。
「マルコさん」
「ん?」
「サッチ麺、食べたくなったらいつでも作りますから」
「よい」
「サッチ丼でも、サッチ焼きでも、なんでも言ってくださいね」
マルコさんが食べたくなったときにいつでも作れるようにしておこう。
「サッチさんと同じ味にはならないかもしれないですけど、一緒に作ったら美味しいですよ」
サッチさんが作るサッチ麺はもっと美味しいのだろう。けど、マルコさんと作ったサッチ麺はすごく美味しかった。
マルコさんと一緒に作るものは、どんなものも美味しい。
「それで、一緒に食べましょうね」
「?」
「ね」
「よい」
不思議そうに私を見るマルコさんの頬を撫でて、目尻に唇を落とす。すると、まだ不思議そうな顔をしているマルコさんが、ん、と同じ場所にお返しをしてくれた。
「じゃあ、私も一緒に、真剣に考えます」
「頼む」
マルコさんの瞳の奥から姿を現していた陰は、再び奥へと消えていった。