パイナップルからはじまる恋

手を合わせてマルコさんを見ると、目が合った。目を細めると微笑んでくれて、姿勢を正せば同じように背筋を伸ばしてくれる。そして、すぅ、と同じタイミングで息を吸うと、声は少しのずれもなく重なった。

「「いただきます」」

マルコさんはフォークを手に取り、白く丸いお皿に盛り付けられた料理をくるくると巻いていく。一回でちょうどいい量を巻き、大きく開いた口の中へ。黙々と、料理を眺めながらもぐもぐし、喉が大きく動き、ゆっくりと口が開いて、一言。

「美味い」

美味い、ともう一度呟くと、またフォークでくるくると巻きはじめた。そして口に入れようとして、ようやく私の視線に気付く。今度は私を見ながら、美味い、と感想を言ってくれた。

「本当ですか?」
「ん。懐かしい味がして、美味いよい」

この量では足りない、と困り顔のマルコさんを見て、一安心。
マルコさんに最初に紹介したのは、小さい頃から通っている喫茶店。食べてもらいたかったのは一番好きなナポリタン。具材はウインナーと玉ねぎとピーマン、ソースは普通のトマトケチャップ。シンプルだからお家でも作れるけど、このお店と同じ味にはどうしてもならない。プロが作ると何かが違うらしい。
私もマルコさんに倣ってフォークでくるくるして、失敗したのでもう一回くるくるして口の中へ。すると、懐かしさが広がって口元が自然と上がってしまった。
久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しいな。…うんうん、本当に美味しい!
噛みしめるように口を動かしていたら、前からカシャ、と音がした。顔を上げるとマルコさんのスマホがこちらに向けられていて、マルコさんは満足げな顔をしている。

「いい表情」

スマホ画面を見て、うんうんと一人頷いたマルコさんは、手に持つものをフォークに変えて、あっという間に食べきってしまった。今日はこの後も案内したいお店があるからハーフサイズを選んだけど、足りないと言っていたから普通サイズにすればよかったかも。
追加でハーフサイズを頼もうか尋ねると、マルコさんはメニュー表を開いて、食べるならこれも気になる、と珈琲ゼリーを指さした。

「それも美味しいですよ」
「気になるな…。お前さんの好きなデザートは?」
「ホットケーキも私は好きです」

ふむ、とメニュー表を眺めていたマルコさんは、私を見て、ホットケーキを半分こしないか、と遠慮がちに言った。
うん、半分なら私もマルコさんもいけると思う。
手を上げて店員さんを呼ぶと、マスターが来てくれた。小さい頃から来ているのでマスターとは顔なじみ。お店に入った時、マスターが席を案内してくれたので少し話ができ、その時にマルコさんを紹介した。商店街を初めて案内していることを伝えたら、それは気合を入れないと、とマスターが楽し気に返してくれたのだ。
もしかしたら、気合が入ったナポリタンだったからいつも以上に美味しかったのかも。

「ナポリタンはいかがでしたか?」
「とても美味しかったです。ハーフでは足りませんでした」
「はは。お気に召したようで嬉しいです」
「ナポリタンではないのですが、追加でホットケーキを一つお願いします」
「かしこまりました。三十分程お時間をいただきますが、よろしいですか?」

きょとんとマスターを見て、私を見たマルコさんの顔には、ホットケーキに三十分?そんなにたくさん焼くのか?と書かれていた。
ここのホットケーキは丁寧に焼き上げる。片面を十五分ずつ焼くので時間がかかってしまうから知らずに頼む人は驚いてしまうけど、知っている人はみんな余裕を持って来る。マルコさんの反応は珍しいものではないので、マスターは穏やかな表情のまま時間は大丈夫なのか、ともう一度聞いてくれた。三十分でも四十分でも待つことを伝えると、マスターは楽しそうに厨房へ戻って行く。

「ホットケーキもガキの頃以来だよい」
「サッチさんが作っていたんですか?」
「あぁ。大きいのを焼いてくれたことがあってな」

これぐらいのホットケーキ、と手で表してくれたサイズは大きめのフライパンぐらいあった。そのサイズのホットケーキを二枚重ね、バニラアイスをたっぷりのせて、はちみつもたっぷりかけて、マルコさんは平らげたらしい。子どもなら絶対に喜んでしまうけど、今はちょっと胃の心配をしてしまって食べきれる気がしない。
他にもサッチさんの巨大料理はいくつかあって、炊飯器でプリン、餃子、シュウマイを作ってもらったことがあるそう。炊飯器は万能だ、とサッチさんは言っていたらしい。どれも面白そうだから来年エース君達が来たときにやってみたい、とマルコさんに話すと、一体いくつ作ることになることやら、と苦笑いされた。
…イゾウさん、呼んだら応援に来てくれるかな。

「お待たせいたしました」

運ばれてきたのは、三センチぐらいの普通サイズが二枚、爪楊枝で支えられているホットケーキ。バターも一緒に爪楊枝に刺さっていて、綺麗な見た目はサッチさんの巨大ホットケーキとは違う驚きがある。じっくり焼くからこそできる均一な焼き色はお家では真似できない。

「ここははちみつじゃなくて、シロップをかけるんですよ」
「シロップか」

取り分けたホットケーキをマルコさんの前に置くと、ホットケーキの断面を眺め、お菓子好きの部下さんに見せる為に写真を撮り始めた。カフェリストにここは載っていなかったから教えてやろう、と楽しそうに色んな角度から撮り、最後に何故かホットケーキを頬張る私にレンズを向けて、ナイフとフォークに持ち替えていた。
ホットケーキは、表面はカリカリ中はふっくらとした食感。バターを絡めると美味しさが増して、シロップをかけるともっと美味しくなる。すごくシンプルだけど、とにかく美味しいのだ。
美味いな。美味しいですね。シロップは初めてだが、これもいいよい。部下さんも気に入ってくれるといいですね。今週にでも行ってきます!とか言いそうだ。

「月曜日が楽しみですね」
「よい」

部下さんのカフェリストに追加されることを祈りながら、口の中に広がる幸せを噛みしめるのだった。


◇ ◇ ◇


次に案内したのは精肉店。店の前に着くと、すぐに精肉店の女性が私達に気付いて笑顔を向けてくれた。マルコさんを紹介し、今日のお目当てを二つ注文。
このお店でマルコさんに食べてもらいたかったのは、コロッケ。学校帰り、小腹が空いている時は必ず買っていた。両親もコロッケは作らずにここでいつも買っている。
中がほくほくで美味しく、油がこってりし過ぎていないから食べやすい。マルコさんは美味い美味いと二口で食べきってしまい、女性はいい食べっぷり、と嬉しそうだった。

「メンチカツとハムカツも美味そうだよい」
「気になるなら食べましょうか」
「けど、まだこれから色々回るんだろい?」

ショーケースには他にも色んな揚げ物が並べられている。ささみチーズ、串カツ、ウインナー、カニクリームコロッケなどなど。一番人気はコロッケだけど、マルコさんが気になっているメンチカツもハムカツも人気だと女性が教えてくれた。ならば食べようと一つずつ注文すると、マルコさんが、いいのか?と私を見るけど、一番はマルコさんが楽しむことだ。だから私が考えたプランでなくても大丈夫。

「ハムカツもメンチカツも大きかったですね」
「食べ応えがありそうだよい」

ハムカツは私の手のひらぐらいあり、メンチカツは野球ボールぐらい。
マルコさんはどちらから食べようかとしばらく見比べ、ハムカツをがぶりと食べた。もぐもぐするマルコさんを私と女性が眺めていると、マルコさんは喉を大きく動かし、私と女性を交互に見て、美味い、美味しいです、と感想を言う。そして、もう一口──と思ったら、マルコさんは私にハムカツを差し出した。

「ん」
「全部食べてもいいですよ?」
「半分こ」

ん、ともう一度言われたので、ハムカツをぱくり。衣が薄くてハムが肉厚で肉肉しくて美味しい。あまりの美味しさに、もし過去に行けるなら学生時代の自分にハムカツも選んだ方がいいと教えたくなった。
口の中が空になるちょうどいいタイミングでハムカツが目の前にくるので食べさせてもらっていると、マルコさんはメンチカツに移っていた。味はどうかな、とマルコさんを見ると、頷いてくれたので美味しかったみたい。

「ん。メンチカツも」
「あ」

ハムカツと違ってメンチカツは玉ねぎがたくさん入っていて肉肉しさはない。けど玉ねぎのおかげか、甘めでこれも美味しい。
これも過去の自分に教えなければ。もっと色んな揚げ物食べた方がいいよと、冒険しなさい、と伝えなければ。
二人でもぐもぐしながら、美味しいですね、美味いねい、とお店の前で食べていると、店の中から、ふふふ、と笑い声が聞こえた。

「聞いてた通り、本当に仲がいいのね」

その言葉に、私もマルコさんも、あ、と顔を見合わせる。いつもの癖で、何も考えずに、あーんをしてしまった。エース君達とアミューズメントパークへ行った時にも仲がいいなと言われたけど、その時とは違ってなんだか恥ずかしい。マルコさんが恥ずかしそうな、困ったような表情で女性に謝ると、女性は謝ることじゃないと首を横に振った。

「自然としてるのがとてもいいのよ」

だから恥ずかしがることじゃないわ、と女性が言ってくれたけど、早くお店から離れたくて仕方がない。マルコさんに視線を送ると、小さく頷いてくれた。
次のお店へ行きましょう。よい。

「ごちそうさまでした」
「また来ま…」
「笑ってしまってごめんなさいね。お詫びに、これもどうぞ」
「「え」」

女性がショーケースから串カツを一本出してくれた。はい、と渡されれば、ありがとうございます、と咄嗟に受け取ってしまうのは仕方がないと思う。
串カツを見て、女性を見て、マルコさんを見る。

「…」
「…」

これは、あーんをするべきか、しないべきか。
二人でしばらく無言の会議をすることになった。


◇ ◇ ◇


「この量でいいのかよい?もっと買った方が…」
「これがちょうどいい量ですよ」
「おねぇちゃんだ!」
「「?」」

何枚でも食べれてしまうおせんべいを食べ、具がぎっしり詰まったコッペパンを食べ、濃厚なジェラートを食べ、さっぱりしたフルーツジュースを飲み終え、初めての商店街案内は無事に終わった。マルコさんがすごく楽しかったと言ってくれたので、私の方は大成功!よし、次はマルコさんの方を大成功させなければ、と必要な材料を買い揃え実家に帰っていると元気な声が聞こえた。
振り向くと、パイナップルが大好きな男の子と女性がいた。走り寄ってきた男の子は、フルーツカレー美味しかったよ!と報告をしてくれた。女性からもお礼を言われ、母にも今朝伝えたことを教えてくれる。そして女性はマルコさんにも挨拶しようと顔を上げ、目を大きく開いたまま固まってしまった。背の高さに驚いたのか、他のことに驚いたのかは分からないけど、おそらく、後者だろう。

「今日はね!パイナップルの天ぷら作ってもらうんだよ」
「そっか。楽しみだね」
「うん!」
「ちなみにね。パイナップルの天ぷらは、この人が教えてくれたんだよ」
「この人…?」

男の子はあることに気づいていない。
促されるまま、男の子は私の隣に視線を移したけど、そこはマルコさんの胸あたり。少しずつ顔を上げ、顎を精一杯上げた時、目をこれでもかと大きくして声を上げた。

「おじちゃん、パイナップル人!?」

男の子の瞳は、純粋そのもの。
我に返った女性が慌ててマルコさんに謝り、男の子を落ち着かせようとするけど、パイナップルブームがきている男の子はマルコさんの姿に興奮が収まらない。すごい!パイナップル好きなの!?と質問をどんどん投げる男の子に、マルコさんは圧倒されていた。

「すみません!この子、パイナップルにハマっていて…っ」
「おねぇちゃんとおばちゃんがね!パイナップルの料理を教えてくれたんだよ!」
「落ち着きなさいっ」

すみませんすみませんと謝り続ける女性を落ち着かせ、マルコさんを見る。マルコさんは、じっと男の子の言葉に耳を傾け続けているだけだった。けど、その表情は怒っている感じでも困っている感じでもなく、寧ろなんだか楽しそう。
マルコさんは男の子の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。マルコさんの顔がよく見えるようになった男の子は、爛々な目でマルコさんの顔、特に髪を見ている。そんな男の子に向けて、マルコさんがようやく声を出す。

「俺は、パイナップルが好きなパイナップルおじさんだよい」

マルコさん自ら、”パイナップルおじさん”と名乗るのは、きっと今日が初めてだろう。やっぱり!?と驚く男の子に、マルコさんがパイナップルが好きなのか尋ねる。うんうんと何度も頷く男の子を見てマルコさんが吹き出し、俺も大好きだから仲間だ、と子どものような無邪気な笑顔で応えていた。
マルコさん、こ、こんな素敵な笑い方もするんだ…!
パイナップル美味しいよね!な。今日は天ぷらなのかよい?うん!天ぷらは美味いぞ。ほっぺが落ちるぐらいだ。そんなに!?
屈託ない笑顔で男の子と話すマルコさんは、このほっぺが落ちないように気をつけろ、と男の子の頬をつんつん突いた。

「おじちゃんのほっぺは落ちなかったの?」
「落ちちまったよい」
「え?!」
「けどくっつけたんだ」
「えええ?!」

これくっつけたの!?とマルコさんの頬を何度も突く男の子の頬をまだ突いているマルコさん。
つんつん突き合う、四十越えおじさんと小さな男の子。
…なにこの幸せ空間。
微笑ましすぎてほっこりしていると、女性からマルコさんのことを尋ねられた。彼氏でパイナップルが大好きな人だと紹介し、天ぷらを教えてくれたのだと伝えると、なるほど、と何故か納得される。
おじちゃんは料理できるの?残念ながら苦手なんだ。いつも彼女が美味しいパイナップル料理を作ってくれるんだよい。僕もママが作ってくれる。一緒だね!だねい。
今日はパイナップルの天ぷら以外に何を作るんですか?今日は母の好きな…。
パイナップルで意気投合してしまった二人の話が止まらないので、私と女性が今晩のメニューの話をしていると、突然、男の子が声を張り上げた。

「僕もこの髪型したい!」
「「え」」

いいないいなとマルコさんの髪型を見て、女性に今から髪を切りに行きたいと頼み込む男の子。女性の顔には、どうしよう、としか書かれていない。この髪型はやめておきなさい、とはマルコさんを前にして言える訳はないし、また今度にしようと引き延ばしても気が変わるかどうかは分からない。困り果てている女性を見かねて、この髪型は維持するのが大変だと遠回しに男の子に伝えてみたけど、パイナップルが大好きだから大丈夫!と何が大丈夫か分からない答えが返ってきてしまった。

「ママ、駄目?」
「駄目…では…」
「おねぇちゃん、ここに髪切る場所ないの?!」
「えーっと…そうだね…」
「残念。この髪型は、ある試練に合格した奴しかできないんだよい」
「「え」」

ある試練?
女性が不思議そうに私を見るけど、私も分からない。女性の足にしがみついていた男の子はマルコさんに近付き大きな手を掴んだ。

「どんな試練なの!?」
「それは…」
「それは??」
「パイナップル丸かじりの試練だ」

それは、絶対に合格できない試練。
この試練は三十秒以内にパイナップルを皮ごと食べないといけないんだ、とすごく真面目に説明するマルコさん。さらにこの試練は二十歳を過ぎないと挑戦できないそうで、男の子にそれまで待てるか?と真剣に尋ねていた。そんなマルコさんを見て、男の子も真剣な面持ちで大きく頷いて見せる。

「僕は、待つよ!!」

さらに二十歳までにしなければならないことがあってな。それをしていないと試練を受けることができないんだよい。なになに!?先ず、好き嫌いしないでたくさん食べること。うん、分かった!それから、たくさん遊んで、たくさん勉強すること。たくさんやるよ!あとお手伝いもすること。お手伝いはいつもやってるよ!味見してる!はは、味見はお手伝いじゃないよい。そうなの!?
内容が丸かじりとは何の関係もないことばかりだけど、男の子はマルコさんの言葉を信じ切っていた。初めは困惑していた女性も、マルコさんが真剣に付き合ってくれている姿や、ふんふんと熱心に頷く男の子の様子が面白いのか、くすくす笑い出す。
マルコさん、小さい子の相手をするのに慣れてるんだな。昔からエース君達と遊んでいただけある。

「パイナップル体操を知ってるかよい?」
「知らない、よい!」
「それはいけない。パイナップル好きなら知っていないといけないよい」
「教えて、よい!」
「よいよい」

私と女性を置いてけぼりにしたまま、パイナップルおじさんと未来のパイナップルおにいさんは、パイナップル体操に夢中になるのだった。
パイナップル体操なんて、本当にあるの…?


◇ ◇ ◇


「い、痛ぇ…!」
「マルコさん、落ち着いて!」
「前が!」

助けてくれ、と私を見るマルコさんの瞳からは涙が溢れ出ていた。包丁を持った手の甲で目を擦ろうとするので、包丁を預り、擦らないように両手を掴む。するとマルコさんは、ぎゅうう、と強く私の手を掴み、目が痛いよい!、と必死に訴える。
前もって切ると目が痛くなることは伝えておいたけど、こんなに泣かせてしまうことになるとは思っていなかった。冷蔵庫で冷やしておくとか、水にさらすとかするべきだった。私のミスだ。

「マルコさん。玉ねぎ見ちゃ駄目ですよ。ちょっと違うところ見ててください」
「っ…よい…」

マルコさんは何故か、じ、と潤んだ瞳で私を見つめ続けた。壁とか見ててください、と伝えても、私から視線を外す様子がないから見つめ合うことに。初めての玉ねぎ攻撃に戸惑っているマルコさんは力なく、あー、とか、よい…、と涙を流しながら呟き続ける。痛い思いをさせたことに申し訳なくなり、お詫びにもならないけど涙を拭ってあげたくてマルコさんの手を掴んだまま腕を上げると、マルコさんが拭いやすいように屈んでくれた。

「まさか玉ねぎにこんな技があったとは…」
「サッチさんぐらいの包丁さばきなら、痛みは感じないかもしれないですが」
「無理だ。俺は一生玉ねぎに勝てないよい…」

負けを認めたマルコさんの目から涙は止まっていたけど、目尻が赤くなってしまっていた。擦ってはいないからすぐに治ると思うけど、念のため、保冷剤を渡して冷やしておいてもらう。

「玉ねぎは私が切っちゃいますね」
「い、いや、俺が」
「残り半分は私に切らせてください」
「…」

ね?、と笑いかけるとマルコさんは素直にまな板の前を空けてくれた。もう玉ねぎ攻撃を受けたくないのだろう。
ズッキーニ、しめじ、豚肉は切る、と落ち着いたマルコさんが言うのでお願いし、炒めるのもしてくれた。コンロの横にショウガ、ポン酢、塩コショウを置いて、味つけもお願いする。

「ポン酢は大さじ二杯」
「さじは?」
「あ。…はい、どうぞ」
「ん」
「ショウガは準備したものを全部入れてください」
「ん」
「塩コショウは一振り、これぐらいの勢いで振ってください」

ふんふん、と私の動きをしっかりと見たマルコさんは、その通りに塩コショウを一振り。後は炒めれば完成。
もういいのかよい?もう少しですかね。…まだ?まだです。……。もうよさそうですね。よいっ。
マルコさんは火を止めて、食器棚から小皿を出し、何故か山盛りに盛り付けて、私に差し出した。

「味見を、頼む」

これ、味見の量を超えてますけど…。
受け取らない私に、マルコさんは、ちゃんと確かめてもらわないと安心できないから頼む、と小皿を渡そうとする。味見をするつもりではいたけど、こんなに食べる必要はないから、箸でズッキーニだけを取り口の中へ。

「…うん!美味しいですよ」
「本当か?ズッキーニ以外も、豚肉も食べてくれよい」
「食べなくても大丈夫ですよ」
「あ、フライパンの真ん中と端で味が違っている可能性も…」
「真剣に炒めてくれたので満遍なく味がついてます」
「いや、けどよい…」

イゾウやサッチ、オヤジの時とは訳が違うんだよい。振舞う相手は大切な人の両親。先週の俺は馬鹿だった。不味いのを振舞う訳にはいかないんだ。これは試練、俺の試練だ。なんとしても合格しなければ…。もし不味かったら、どう思われるか…。もしかしたら「こんな不味い料理を作る奴だと思わなかった!」と怒り出すかも…。はっ、そうなったら親父さん達は俺を出禁にするかもしれない!た、頼むからこれ全部味見してくれよい…!
マルコさんの料理が不味い訳がないし、両親がマルコさんを出禁することは絶対にない。そもそもこれは試練じゃない。本気で心配しているマルコさんにそれを伝えたけど、マルコさんの顔に張り付いている”不安”は全く剥がれなかった。強力な接着剤でついているのかも。
正直、マルコさんが作ったものなら美味しくなくても両親は喜ぶと思う。けど、今のマルコさんにそれを言っても信じてもらえなさそう。これを全て食べたら夜ご飯分が減ってしまうから食べる訳にもいかない。
どうしたら安心してくれるかな。うーん…。
もし、本当にもし、絶対にあり得ないんだけど、出禁なんて言われたら…。

「…大丈夫ですよ」
「?」
「もし…両親が出禁なんて言ったら」
「言ったら…?」
「私は両親と縁を切ります」
「よい!?」

私の両肩を掴み、それは駄目だ!と声を上げた。
だってマルコさんの料理ですよ?不味いって言われるだけでも許せないのに出禁なんて。縁切って正解です。俺は親子の仲を引き裂きたくはないよい!いいんです。そんなこと言う親は親じゃありません。そんな…!

「私はマルコさんについて行きます。だから安心してください」
「安心できないよい!」
「なんでですか?私はマルコさんについて行くんですよ?」
「いや、そりゃ一緒に来てくれるのは嬉しいけどよい…!」
「ならいいじゃないですか」
「よくねぇよい!」

安心させるはずが、さらに不安にさせてしまった気がする。どうして?…うん、まぁ、マルコさんの料理が不味い訳がないからいっか。
とりあえずテーブルに並べよう、と不安で一杯のマルコさんにサラダを出してもらい、炒め物の盛り付けもお願いしていると、ちょうどお店を閉めた両親が来た。マルコさんの様子に両親は不思議そうな顔をしていたけど、食べてもらわないといつものマルコさんに戻れないので、席に促す。

「今日は私が作りました」

お口に合うか分かりませんが、どうぞ召し上がってください。
今日のメニューは、マルコさんの一番得意なピーラーサラダと初めて作ったズッキーニと豚肉の炒め物。
両親は私とマルコさんを見たまま固まっていた。理解できなかったみたいだから、もう一度、マルコさんが作った、とゆっくり伝えると、両親はマルコさんとテーブルを交互に見る。

「マルコさんの…」
「手料理…」

先週、マルコさんが思いついたのは私の両親に料理を食べてもらうことだった。お父さんが喜んでくれたから、両親へのパジャマのお礼にならないか、と提案してくれたのだ。マルコさんが今まで作った料理ばかりでもよかったけど、新しい料理も作ってみようと私から提案し、この二つを作ることにした。

「サラダは彼女や友人、父も気に入ってくれたものです。炒め物は教わりながら作りました。味見はもちろんしてもらったので大丈夫かと」

思います…、と自信なさげな声で説明するマルコさんの顔には”不安”と、さらに”出禁”まで書かれていて前が見えていないような気がしたけど、マルコさんはぐ、と手を握り、緊張な面持ちで両親を見ていた。

「「いただきます」」

丁寧に手を合わせた両親は、どれから食べようか、と相談し合い、ピーラーサラダを取った。サラダが両親の口の中へ運ばれるのを、マルコさんは瞬きもせずに見続ける。
…なんか、私も緊張してきた。

「「…」」
「「…」」
「「…」」
「「…」」
「「…」」
「ゔ…!」
「ま、マルコさん…!」

マルコさんの料理を味わいたいのは分かるけど、早く美味しいって伝えてあげないとマルコさんが…!
緊張のあまりに口を抑えてしまったマルコさんの背中をさすりながら両親を見るけど、まだ味わっている。
うんうんと頷いているけど、それどころじゃないよ!なんかすごく噛みしめてるけど早く!たった四文字、”おいしい”って言うだけでいいから!
そう叫びそうになると同時、両親は目を輝かせて私達を見た。

「美味しいな!」
「美味しいわね!」
「「本当!?/本当ですか!?」」

マルコさんは身を乗り出して両親にもう一度味を尋ねる。シャキシャキ食感がよくて、ドレッシングも美味しい、と二人が伝えてくれて、マルコさんは長い息を吐く。そんなマルコさんの顔にある”不安”と”出禁”は半分ほど剥がれていた。
両親がサッチさんが教えてくれたドレッシングを気に入ったようなので、作り方を教えてあげると喜んでくれた。流石はプロだ、と感心する二人がまたサラダを食べようとしたので、慌てて炒め物を勧める。そう、まだまだ気は抜けない。今日初めて作った炒め物も、美味しい、と言ってもらわなければ。
次はこっちね、と母が炒め物を取り、父も味はどうかな、と楽し気に口に入れる。

「「…」」
「「…」」
「「…」」
「…ゔ」
「!!」

さっきよりも早い!営業さんだけど緊張に弱いのかな?!
大丈夫大丈夫とマルコさんの背中をさすっていると、こんなに緊張するのは初めてだよい…、とマルコさんが弱弱しい声で言う。
仕事の方が絶対緊張する筈なのに。こんなことで緊張しなくてもいいのにな。
緊張することじゃない、美味しいから大丈夫と落ち着かせていると、こっちも美味しいと両親が感想を言ってくれた。

「ほ、本当ですか?」
「はは。そんな不安そうな顔しなくても、ちゃんと美味しいよ」
「二人も食べなさいな」

ほらほら、と微笑みながら促す両親を見て、ようやくマルコさんの顔から二言が剥がれ落ち、いつものマルコさんに戻ってくれた。それを見て、私も一安心。
炒め物も美味しいですよ。…ん、美味くできた。不安がることじゃなかったでしょ?いや、不安にはなるよい。

「ピーラーのサラダは初めてね」
「薄くスライスのするのは大変だろう?」
「彼女に教わりながら、何度も練習しました」
「マルコさん、ピーラー職人なんだよ」
「「ピーラー職人?」」

他にもたくさん兼務してますもんね。包丁もできるようになったから、今ならどこにでも移動できるよい。あ、独立を考えてもいいかもしれませんね!そうなったらお前さんもついてきてくれるか?もちろんです。

「ふふ、何の話か分からないけど楽しそうね」
「はは」
「マルコさん、出禁にならなくてよかったですね」
「よい」
「またやりましょうね」
「……」
「…本当、何の話をしているのかしら?」
「さぁ…?」

こうして、両親にマルコさんの料理をすごく喜んでもらえたので秘密作戦は大成功した訳だけど、次があるかどうかは、マルコさん次第。
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