パイナップルからはじまる恋
“マルコの料理に号泣!!”
エース君から、そんなメッセージと共に二枚の写真が送られてきた。
一枚は、カメラに向かって得意げに料理を見せるマルコさんの写真。もう一枚は、その料理を前に手で顔を覆っているご高齢の男性と、美味しそうにご飯を食べているルフィ君と、楽しそうに笑っているイゾウさんや知らない人達が写っている写真。
地元の人達が集まってご飯を食べているのかな。すごく楽しそう。
お盆休みに入り、マルコさんは実家へ帰られた。今年は土日も合わせれば最大九連休。私の方は、いつもなら友だちと遊び回っていたけど、今年はある目的の為に商店街をリサーチしたかったからお店を手伝っていた。今日で五日目。父が骨折した時から一年も経っていないから、手伝うのに苦労はしていない。
マルコさんは、”オヤジに酒が足りないと文句言われた””親父さんおすすめの酒を気に入ってもらえた””イゾウと地元のダチと釣りした””エースとルフィにまたたかられた”と、毎日写真付きのメッセージをくれる。電話も毎晩して、次にマルコさんに会えるのは来週の金曜日だから寂しいけど、いつもよりもたくさんマルコさんとやり取りできるのはすごく楽しい。
“この方は誰?”
この男性は、マルコさんの料理に感動して泣いているのかな。
男性の体の大きさはマルコさんと同じかそれ以上あり、体格のよさはマルコさん以上。
年齢は分からないけど、何かスポーツをやっているのかも。
写真を眺めながら返事を待っていると、ぽん、と一文が表示された。
“マルコのオヤジ!!”
マルコのオヤジ。マルコさんのオヤジ。オヤジさん。父親。父。お父さん。
…この方が、マルコさんのお父さん!?
挨拶の前に写真で姿を知ることになるとは。しかも初めて見る写真がこれなんて。大丈夫かな、と不安になっていると、違う人からのメッセージを受信した。
“オヤジが、俺の料理美味いって”
パイナップルが万歳しているスタンプと共に送られてきた一文に、笑顔がこぼれる。
美味しく食べて貰えたのが自分のことのように嬉しくて、何も悩まずに同じスタンプを二回続けて送信。さらにパイナップルが踊り狂っているスタンプを追加。
そっかそっか、よかったなぁと、一人笑っているとマルコさんから着信があり、すぐに応答ボタンを押した。
『姉ちゃん!』
「あれ、ルフィ君」
『おっさんがマルコの飯食って、もう悔いはねぇってよ!』
マルコさんのスマホなのに、声はルフィ君だった。マルコさんは?と尋ねると、泣きやめよい!と叫ぶ声が聞こえたので、お父さんを落ち着かせるのに必死のよう。
『ルフィ、マルコのスマホで何をしている』
『姉ちゃんと電話!』
『お嬢さんと?』
次によく聞こえてきたのはイゾウさんの声。
何故マルコのスマホなんだ?近くにあったから!俺に代わってくれるか?おう!先週ぶりだな、お嬢さん。はい、先週ぶりですね。
写真から見て取れた通り、昼から地元の人達二十人程が集まって飲み会をしているところだ、とイゾウさんが教えてくれた。
『お前の料理が食えるとはなぁ…!』
『いつまで言ってんだよい…』
『おっさんが食わねぇなら俺が食っちまうぞ!』
『てめぇの飯じゃねぇ!』
『いってぇぇ!!』
『グララララ!!』
あはははは!と楽しそうに飲んで食べている。
マルコさんの地元はすごく賑やかなんだなぁ。それにしてもお父さんの笑い方、独特。
聞いている私も釣られて笑っていると、イゾウさんも騒がしい連中なんだ、とくつくつ笑っていた。
『マルコに変わろう。少し待て』
「今は大丈夫ですよ。夜にまた電話するとお伝えください」
『了解』
気心知れた人達との楽しい時間の邪魔はしたくない。私との時間は今じゃなくて大丈夫。
夜のお楽しみに取っておいて、ちょうどお客さんが来られたのでイゾウさんに断って電話を切った。
そしてその日の夜、このスタンプ買ったのか!?、とのメッセージと共にパイナップルが驚いているスタンプが送られてきたので、パイナップルがぐっと親指を立てるスタンプで返信。
パイナップルが万歳するスタンプがきたので、同じスタンプを送り、パイナップルが踊り狂っているスタンプがきたので、パイナップルが拍手するスタンプを送信し、画面は、パイナップルで埋め尽くされた。
「ふ、ふふ、ふふふ…っ…!」
それからもぽんぽん現れる面白可愛いパイナップルスタンプ。止めてほしい、と送っても止まらないから、私が購入したことが嬉しかったのが伝わってくる。けどこのままでは笑い死んでしまうから、受話器ボタンを押すことにした。繋がると、まだスタンプを送りたかった、とパイナップルおじさんが不満を漏らすのでさらに笑いが止まらなくなる。
「ま、マルコさんっ、やめっ…ふ、ふぐっ」
『くくっ、どうしたんだよい?』
パイナップル攻撃がすごすぎます、と伝えると、すまん、と謝ってくれた。けど、笑いながらだから、申し訳ないとは思ってなさそう。そんなマルコさんに、実はスタンプを購入したのは少し前なのだと話せば、どうしてすぐに報告しない?パイナップルだぞ?俺以外に相応しい相手がいるのか?と真面目な口調で言うので、堪えきれずに大声で笑ってしまった。
「っふ、…あ、お父さんに料理を振舞えてよかったですね」
『あぁ、泣いて喜んでいたよい』
泣くほどか?と呆れながら、どこか嬉しそうに話すマルコさんに、料理ができるようになってよかった、ありがとう、とお礼を言われ、気恥ずかしくなる。けど初めは、私が強引に炊飯器の内釜を押し付けたのがはじまり。嫌がっているマルコさんに無理やりさせたのだから、お礼を言われることではない。
けどまぁ、こんなに嬉しそうなら押し付けてよかったな。
『オヤジから、お前さんにこれだけは伝えてくれって言われたことがあってな』
「私にですか?」
馬鹿息子だが、よろしく頼む。
それだけは伝えろと言われたらしい。
マルコさんは馬鹿ではなく優秀なはず、けど父親としてはどんな息子でも心配なのだろう。
やっぱり一緒に行った方がよかったかな、と思ったけど、先日のことを思い出して声にはしなかった。
先日、私も一緒に行って挨拶を、と提案したら、マルコさんがもう少し後で、と言ったのだ。いつならいいのかは教えてもらえなかったけど、マルコさんのタイミングがあるらしい。決して会わせたくないわけではない、と言ってくれたので、マルコさんのタイミングまで待つことにした。
それからも地元の話を聞かせてくれて、私はうんうんと聞き続け、私の話もしていたら一時間なんてすぐに経ってしまう。楽しい時間は本当にあっという間。マルコさんとの電話は休みに入ってから毎日してるのに、毎日時間が足りない。
「また明日、電話できますか?」
『もちろん。夜にまたする』
「えへ。楽しみに待ってますね」
『ん。おやすみ』
「おやすみなさい」
ベッドで眠るパイナップルを送ると、同じものを返してくれて、画面は暗くなった。スマホを枕元に置いて、早く明日の夜にならないかなぁ、今日もマルコさんと電話できて楽しかったなぁ、と寂しさと幸せな気持ちを持ったまま目を閉じる。
明日もお店の手伝いをしながら商店街のリサーチをするぞ。よし、寝よう。
……。
「…眠れない」
何故かスマホ画面だけでなく、頭の中もパイナップルだらけになってしまった。
眠ろうとしても手足の生えたパイナップル達が邪魔をする。寝させてください、明日はやりたいことがあるんです、とお願いしてみると、すぐにいいよいいよと布団を準備してくれた。それに潜り込むとパイナップル達も次々と寝る準備をはじめ、みんなで夢の中へ──。
と思いきや、パイナップル達は数分もしないうちに布団から出てきて、私に話しかけてくる。
“ねぇねぇ!”
“遊ぼうよ!”
“マルコさんもいるよ!”
“みんなで踊ろう~!”
“ほら、おいで”
それを言われたら、布団から出てしまうのは仕方がない。マルコさんに手を伸ばすと大きな手が取ってくれて、逆の手はパイナップルに取られた。たくさんのパイナップル達が手を繋いで、大きな輪を作り、パイナップル、パイナップルと合唱しながらぐるぐる回り始める。
「ぱいなっ…ぷる…ぱ、いなっぷる」
この夜、マルコさんとパイナップル達と手を繋ぎながらルンルンで踊る夢をずっと見ることになり、踊り終わった時には朝だった。
◇ ◇ ◇
「どうかな?」
「…」
「…」
テーブルには夜ご飯、ではなく、あるマップが置かれていた。
全長約五〇〇メートル、店舗数約一三〇。
新旧入り混じるこの商店街には、美味しいお店や楽しいお店がたくさんある。
そのマップに記された赤丸を、両親が腕を組んで真剣に見つめていた。
「お昼はここ?」
「うん。けどセットはやめて単品にしようかなって」
「…ここのお蕎麦も捨てがたいな」
「ここの新しいカフェも美味しいのよ」
「そうだよね…。けど先ずは、私がよく行っていたお店に連れて行きたくて」
うーん、と私と両親はマップを睨みながら悩み続ける。
これほど真剣に悩む理由は、他でもない、マルコさんをおもてなしするためだった。
来週の土曜日、私はマルコさんに商店街を案内する。ついに、マルコさんが実家以外のお店に足を踏み入れる。
何としても楽しませたいから全てのお店を調べて、両親にも聞いて、実際に行ったりもして、時間をかけて案内するお店を決めた。何度も連れて行けばいいけど、一回目が大事だから時間がかかってしまった。
「その日は夜もいる予定だから、夜ご飯は私が作るね」
「ありがとう。マルコさんも一緒に食べる?」
「そのつもりだよ」
「土曜日にマルコさんと夕食がとれるとは…」
いいわねぇ、いいなぁと、おそらくもぐもぐマルコさんを想像している二人は、すごく嬉しそうな顔をしていた。先週もマルコさんは来られなかったから、なおのこと楽しみで仕方がない様子。二人にとって私がご飯を作ることよりも、マルコさんと一緒に食べることの方が嬉しいのが複雑だけど、もぐもぐマルコさんは可愛すぎるから負けを認めよう。
「ねぇ、やっぱりこの店も…」
「ここの店も…」
「…うーーん」
それからも迷いに迷い続け、日付が変わる頃まで会議は続いたのだった。
◇ ◇ ◇
商店街の精肉店の女性にバナナを渡してお礼を言うと、
「なんだか綺麗になったわねぇ」
と、言われた。
返事に困っていると母が私と彼女のそばまで来て、そう見える?と弾んだ声で私の代わりに応える。
「あ。もしかして、彼氏?」
「そうなのよ。実はね…」
突然始まったおばさま二人のおしゃべり。
この中に入ったら根掘り葉掘り質問されそうだから、二人から離れて、店の奥でじっとすることに。
とても誠実な方なの。よく一緒に夕食をとるんだけど、食べる姿がいいのよ。あ、もしかしてすごく背の高い人?そうそう。夜に見かけることがあって気になっていたけど、彼氏だったのね。
すみません。いらっしゃいませ。スイカをひとつください。ありがとうございます。どれがいいですか?そうですねぇ…。
「スーツ姿も素敵なのよ」
「貴女、自分の息子のように話すのね」
「ふふ」
スイカを求めるお客さんの対応をしている時も、お見送りをする時も母のマルコさん自慢は続き、話し終えた時には母だけでなく精肉店の女性も笑顔になっていた。女性は、ぜひ二人でお店に来てね、と私に言うと精肉店へ戻っていき、母は来週よければ行ってあげて、と笑顔で言う。
「私、今日、化粧適当なんだけど」
「内側からなのよ」
マルコさんはすごいわよねぇ。
…なんか、どこかで聞いた台詞。
肌が綺麗になってハリが出て羨ましい、と母が私の頬を撫でながら言うので、ハリがあるのかな、と頬をペタペタ触ってみたけど、自分ではよく分からなかった。
「私も貴女ぐらいの歳の時は、ハリがあったわねぇ。お父さんと出会って、綺麗になるために頑張ったわ」
当時が懐かしい、と微笑む母が馴れ初めを語り始めた。
お父さん、初めはお客さんだったのよ。毎週キウイを買いに来てくれて、二ヶ月ぐらい経った頃かしら、デートに誘ってくれたの。ふふ。
初デートの服を決めるのに時間がかかって遅刻しちゃった、と話す母はなんだか幸せそう。
お父さん、キウイおじさんだったんだなぁ。マルコさんみたい。
「何の話をしているんだ?」
「二人の馴れ初めだよ」
「初めて食べた貴方の手料理は、肉じゃがだったわね」
「…オムライスだろう?」
「え?」
「え?」
顔を見合わせながら、過去を辿り始めた両親。
カレーだったかしら?麻婆豆腐では?鯖の煮付け?パスタ?パエリア?
すみません。いらっしゃいませ。ナシはありますか?はい、ナシでしたらこちらに。
ナシを求めるお客さんの対応をしている時も、お見送りをする時も二人は答えに辿り着いていなかった。
初めての手料理なら記憶に強く残る気がするけど、二人の記憶は随分と曖昧。あれかな?これかな?と思いつく限りのメニューを出し合い、ナシのお客さんが帰られてから五分後ぐらいに、分かった!と声を上げる。
「「そうよ、お弁当!/そうだ、弁当!」」
母が言う初デートよりも前に二人で出かけたことがあって、その時に父がお弁当を作り母に食べてもらったらしい。
お弁当の中身は、おにぎり、卵焼き、ウインナー、ポテトサラダ、きんぴらごぼう。
スッキリした両親は、その時の記憶が蘇ってきたようで、大きな公園までピクニックしに行ったんだ、と教えてくれた。
ピクニックか。あ、涼しくなってきたらバドミントンした公園でピクニックするのもいいかも。その時はマルコさんにおにぎりを握ってもらおうっと。きっと、大きなおにぎりになるだろうな。
「シャケおにぎりだったわよね?」
「昆布じゃなかったか?」
「え?うーん…」
「…言われてみれば、シャケだった気も」
あ、いらっしゃいませ。ブドウはありませんか?ございますよ。
今度はおにぎりの具材が何だったのか話し合いを始めた両親に代わって、ブドウを求めに来たお客さんの対応をするのだった。
◇ ◇ ◇
朝九時。お店のシャッターを開ける為に通りに出ると、小さな男の子と私よりも少し年上の女性がいた。私を見ると、女性が頭を下げてくれたのでつられて頭を下げる。お店が開くのを待っていたのかと尋ねると、男の子が元気よく頷いてくれた。
開店前に並ぶほどの人気商品はないから、何か急ぎのものがあったのかな。
「おねぇちゃん、お店の人?」
「そうですよ。いらっしゃいませ」
いらっしゃいます!と元気に返事をしてくれた男の子は、パイナップルください!と私を見てそう言った。
パイナップル…?
お目当てがパイナップルだとは思わず、数秒、男の子を見つめてしまった。反応がない私に、男の子が今日はないの?、と不安そうな声を漏らすので、慌ててパイナップルの棚へ案内する。
パイナップルの棚に案内するのは、マルコさん以来だった。出会った時を思い出してくすぐったい気持ちになっていると、男の子にどれがいいか尋ねられた。食べ頃のパイナップルを選ぶと、男の子と女性は即決。
「おねぇちゃん、パイナップル好き?」
「好きですよ」
「他のフルーツよりも?」
そ、そう聞かれると…。
パイナップルも好きだけど、イチゴもリンゴもミカンも、バナナもキウイも、ブドウもナシも。他にも好きなフルーツがたくさんあるから、決められない。男の子に一つに選べない、と答えながらパイナップルが入ったエコバッグを渡すと、フルーツが大好きなんだね!と、眩しすぎる笑顔を向けてくれた。
か、可愛い!
「今日も来てくれたのね」
「おばちゃん!おはよう!」
「おはようございます」
奥から出てきた母が男の子と女性とおしゃべりを始めた。聞いてみると、女性は男の子の母親。彼女の母親が商店街の近くに住んでいて、最近、毎週土曜日は男の子と遊びに行っているんだけど、男の子がパイナップルにハマっているから行く前に買って、三人で食べているそう。
「缶詰じゃなくて、生のパイナップルがいいみたいで…」
「パイナップルはね!焼いても美味しいんだよ!」
知ってる!?と目を輝かせて教えてくれる男の子を見て、マルコさんを思い浮かべない訳はない。
こんなにパイナップル好きなら、マルコさんと意気投合できそう。ニコニコと男の子と話すマルコさんを想像していたら一人ニヤついてしまって、三人から不思議そうな顔を向けられる。
「お母さんが作ってくれるの?」
「うん!」
「食べ飽きてしまったので、食べ方を工夫していて…」
女性は、けどそれも飽きてしまって、と困り顔で言うと、それでも息子が嬉しそうに美味しく食べる姿がたまらなくて作ってしまう、とさらに困り顔で言う。
うん、分かる。すごく分かる。嬉しそうに、美味い美味いと食べてくれる姿を見たら、また作りたいと思ってしまう。マルコさんは絶対に確信犯だと思う。
「もしご存じでしたら、他の食べ方を教えてほしいのですが…」
「そうねぇ。パイナップル以外も入ってしまうけど、フルーツカレーはどう?」
「カレー!?」
男の子は美味しいの!?と母と私を見る。それに大きく頷くと、男の子は女性を見て、食べてみたい!とお願いしていた。女性はそんな男の子に笑いかけ、さっそく今日作ってみようと提案する。
「やったぁ!!」
「ふふ、楽しみね」
「うん!!」
やったやった!とはしゃぐ男の子を見つめる女性の眼差しは本当に優しい。
目に入れても痛くないとは、こういうことなんだろうな。
「具材は何がいいでしょうか?」
「よろしければ見繕いましょうか?」
「本当ですか?ありがとうございます」
カレーに入れるフルーツを母が見繕っている間、女性から他にはないですか?と尋ねられたので思いつくままに答えた。
天ぷら、フルーツグラタン、カウパッサパロッ。他にもいくつか伝えると、女性はぽかん、と私を見つめたまま固まっていた。
どうしたんだろう?
「すごいですね」
「?」
「フルーツに関わる仕事をされていると、詳しくなれるのですか?」
カウパッサパロッってなんでしょう?と聞かれたので、アスカと行ったエスニック料理のお店を紹介。天ぷらやフルーツグラタンの作り方も伝えると、女性は熱心にスマホにメモをしていた。そして再び、仕事柄詳しいのか、と尋ねられる。
仕事柄なのかと言われると、少しはあるのかもしれない。けど一番は料理が好きだからかな。あとはやっぱり、マルコさんが関係している。
「知り合いに、パイナップル好きの人がいるんです」
「そうだったんですね」
「天ぷらは、その人から教えてもらいました」
「お待たせしました。こちらでどうでしょうか?」
母が見繕ったフルーツを見て、女性も男の子も大きく頷き、お会計。
「ありがとうございました」
「またね!!」
「また来ます」
フルーツカレー、楽しみだね!お手伝いしてくれる?うん!僕、味見するね!えぇ?味見だけなの?
仲良く手を繋いで、笑いながら歩いて行く親子。
本当、素敵だなぁ。
「フルーツカレー、気に入ってくれるといいわね」
「ね」
楽しいご飯の時間になりますように、と願いながら、二人の後ろ姿をいつまでも眺めていた。
◇ ◇ ◇
「あれ?」
閉店間際、最後のお客さんを見送り、シャッター棒を持って通りに出ると、遠くの方に小さいパイナップルおじさんの姿が見えた気がした。私の声に父が反応し、同じ方向を見る。すると、お!、と声を出したので、幻ではなかったみたい。
来る連絡、きていたのか?ううん。二人してどうしたの?お母さん、ほら。あら!
サプライズ登場に嬉しくなった私達は、お店の前でマルコさんを待ち続ける。するとマルコさんが私達が自分を待っていることに気づき、早歩きで来てくれた。
「こんばんは」
「マルコさん、こんばんは」
「いらっしゃい」
「どうしたんだ?」
「お土産を」
これ、と父に渡したお土産は、マルコさんの地元のお菓子。つまらないものですが、と言うマルコさんに、ありがとう、と父と母は笑顔で受け取る。
来たなら夕食も食べるでしょう?今日は休みだからいつもより遅くまでいられるだろ?
さぁさぁとマルコさんを店の奥、家の中へ連れて行く両親には苦笑いしかできない。
二人は本当に、マルコさんのことが好きだなぁ…。
「来るの知っていたらマルコさんの好きなものを作ったんですけど…」
「気にしなくていい。どれも美味いから」
「マルコさん、来週の為に買った酒があるんだが飲まないか?」
「はい。いただきます」
嬉しそうに来週用の一升瓶を出す父に、先にご飯です、と私と母は止める。マルコさんは、時間はあるからゆっくり飲もう、と父に声をかけ、食事の準備を手伝ってくれた。
マルコさんは実家の台所には慣れたもので、お皿の場所も把握している。私が料理を温め直している間、マルコさんは大きめの浅いお皿を二枚、人数分のお茶碗とグラスをテキパキと出してくれて、父はやっぱり違うお酒にしようか、と悩み続け、母はニコニコと椅子に座りながらマルコさんを眺め続けていた。
「「「「いただきます」」」」
今日は回鍋肉と、チンゲン菜の炒め物。
合わせた手を離し、お茶碗と箸を持ち、マルコさんを見る。
「…」
「…」
「…」
「あ、あの…」
私達三人の視線はマルコさんへ集まっていた。本人は熱い視線に戸惑い、困ったように私を見る。何か失態をしてしまったか、と不安がるマルコさんに、いつも通り食べてくれれば大丈夫です、と即答する。けど、その答えはマルコさんをさらに不安にさせたようで、嘘じゃないか?と私の耳元でひそひそと尋ねられた。
服装が変とか、お土産が嫌いなものだったとかじゃないかよい?大丈夫です、いつも通りの姿を見せましょう。
いつも通りってなんだ?と不安そうな顔で、恐る恐る回鍋肉を箸で掴み、口の中へ運び、もぐもぐと口を動かす。すると、マルコさんの目が、一瞬だけ大きくなった。
その姿に、両親はほっこりしていた。そんな両親と、回鍋肉を気に入ってくれたもぐもぐマルコさんを見て、私もほっこり。
うん、この瞬間はやっぱりいいなぁ。
「美味い。回鍋肉、久しぶりに食べたよい」
「よかったです」
「やっぱりお前さんのは美味い」
美味い美味いと回鍋肉と炒め物を食べ進めるマルコさんを見ていると、視線に気づいたマルコさんがもぐもぐしながら私を見て、ん?と首を傾げた。
あぁ、可愛い…本当に可愛い!
お前さんも食べたらどうだ?もうお腹いっぱいです。え、ほとんど食べてないだろい?
半分ほど食べたところで、我慢できなくなった父がマルコさんのグラスにお酒を注ぎ、二人で乾杯をしていた。父が開けたお酒は、マルコさんのお父さんが気に入ってくれたもの。マルコさんも飲みやすくて美味いと言っていたから、今日も美味しそうに飲んでくれて、父はもうご満悦である。
平日ならご飯を食べ終えたら三十分もしないうちに帰るけど、今日はご飯をゆっくり食べて、食べ終わった後ものんびりしていたら、一時間、二時間、と時間が経ち二十二時を過ぎていた。時計を見たマルコさんがそろそろ、と言うので、お見送りをするために一緒に立ち上がる。すると両親が、まるで名案を思いついたような顔をした。
「明日もお休みでしょう?貴女の部屋で寝てもらったら?」
「布団は小さいかもしれないが」
両親が、どう?どうだ?と私達を見る。マルコさんは返事に困ったのか私を見つめ、答えを待っていた。
私としては泊まってくれるのはすごく嬉しい。けど、一つ問題があるから素直に誘えない。
「マルコさんサイズのパジャマがないよ」
父はマルコさんよりも背が低いから服を貸すことができない。商店街で買うにしても、もうどこも閉まっている。だから今日は帰ってもらおうとマルコさんを見ると、泊まっていいならこの服で寝る、と言い出した。
「寝にくいですよ」
「一日だけなら平気」
「けど、」
「パジャマならあるわよ」
「「え?」」
母は何処からかパジャマを持って来て広げてみせた。
マルコさんに体に合わせてもらったら、何故かぴったり。父も知らなかった様子で、これは一体、と三人で母を見ると、得意げに教えてくれた。
「実は、いつ泊まってもいいように買ってあったのよ」
明日の朝も一緒に食事がとれるわね、と嬉しそうに話す母を見て、マルコさんは今度お礼を、と慌てた様子で頭を下げた。けど、そんなマルコさんに、二人はお礼はいつももらっているから何もいらない、食べに来てくれるだけでいい、と断っていた。
私もそうだけど、二人はもぐもぐマルコさんが見れるだけで充分なのだ。マルコさんをお風呂へ促す両親に加担して、お礼は気にしなくても大丈夫、とマルコさんを見れば、三対一の不利な状況のマルコさんは、腑に落ちない顔をしながら脱衣室に向かって行った。
それから、お風呂から出たマルコさんは私がお風呂に入っている間、父の飲み相手をまたしてくれていて、お開きになったのは二十三時半。
「部屋の中は子どもの頃のままなので、勉強机も残ったままなんですけど…」
「実家の部屋ならこんなもんだ」
一〇平米もない部屋の真ん中に二メートル超えた人が立つと、部屋がすごく狭く感じた。
家具は勉強机とベッドと低めの本棚しかないから、マルコさんの寝るスペースはしっかりあるので、ベッドの脇に布団を敷いて、二人それぞれベッドと布団に横になる。
「足が出ちゃいますけど、大丈夫ですか?」
「寒い時期じゃないからいいよい」
幅一〇〇センチ、長さ二〇〇センチの敷布団は、マルコさんにはやっぱり小さかった。余白がこれほどないのが珍しくて写真を撮らせてもらって、マルコさんを見つめる。いつもと違い、マルコさんを見るには見下ろさないといけないから、違和感しかなかった。
こうやって別々に寝るのは、初めて。
私の部屋にマルコさんがいることも、一緒に寝ないことも落ち着かなくて、そろそろ寝ようか、と言うマルコさんに、ぽろっとお願いを言ってしまう。
「マルコさん」
「ん?」
「あの…もっと窮屈になっちゃいますけど、お隣、駄目ですか?」
「いいよい」
マルコさんは布団の端に移動してスペースを空けてくれた。どうぞ、と促してくれたから、ベッドから下りてお隣にお邪魔する。
布団からは実家の匂いがするけど、マルコさんの胸に顔を埋めるとマルコさんの匂いがしっかりした。目一杯吸い込めば、気持ちが落ち着いてきて、えへ、と笑い出してしまう。そんな私の頭を、ゆっくりと撫でていたマルコさんが名前を呼んでくれた。顔を上げるとマルコさんと目が合い、じっと見つめていると顔が近づいてきて、唇が合わさる。
「へへ」
「くく」
「マルコさん」
「ん?」
「もうちょっと、お話、したいです」
「んじゃ」
マルコさんは、地元で撮った写真をたくさん見せてくれた。これはな、これは、とその時のことを話すマルコさんは本当に楽しそうで、聞いている私も楽しくなる。
電話の時もそうだったけど、地元の話をする時のマルコさんの声は、いつも弾んでいた。地元が好きなことが伝わってくるから、どうして大学も就職も地元でなかったのかが気になる。質問をしてみると、マルコさんは、都会に憧れていたんだ、と答えてくれた。
「地元に残ることも考えたが、人生一度きりだと、思い切って出たんだよい」
「そうだったんですね」
私の頬に唇を落とし、すごく幸せそうな顔で私を見つめながら、こっちに来てよかったと思ってるよい、と言ってくれて、可笑しな笑い声がしばらく止まらず、マルコさんに笑われた。
「エース君から、写真が送られてきたんですよ」
マルコさんの料理を前にして号泣しているお父さんの写真を見せると、撮っていたのか、と驚いていた。見るのが初めての様で、マルコさんは写真をまじまじと眺めると、あの時はなぁと視点を天井に向ける。
「泣くとは思わなかったよい」
年取ったよなぁと笑いながら、どこか寂しそうな、優しそうな眼差しでお父さんの姿を見ていた。
あの飲み会で、マルコさんは一番最初に作れるようになったピーラーサラダを作り、お米も炊いて、地元の人達を驚かせた。全員が、信じられない!と声を上げ、大ニュースだ!と大騒ぎ。さらに、マルコをここまで育てた人にお礼を言わなければ!、と天に向かって叫んでいた、らしい。
お前さんまで届いたかよい?いえ、聞こえなかったですよ。くく、それは残念。
「お前さんの喜ぶ顔が見たくてやっていたが、美味いって食べてもらえるのはいいもんだねい」
「また作りたいって思いませんか?」
「思う」
次はオヤジに何を食べてもらおうか、やはり酒のアテだろうか、と悩んだことのないことで悩んでいる自分に違和感を覚えたが、嫌ではなく、むしろ気分がよかった。これから、オヤジに色んな料理を振舞いたいと思ってる。もちろん、お前さんにもだよい。
マルコさんは、だからこれからもご指導を、とまた頬にキスをしながら言う。マルコさんを見ると、相変わらずの可愛い顔をしているだけだから、キスはしたかっただけなのだろう。
とりあえず、お任せください、の意味を込めてお返しすると、今度は、ありがとよい、の意味を込めたお返しのお返しをくれた。
「それでな。さっき、思いついたことがあるんだが」
「?」
「あのよい…」
マルコさんは、誰もいないのに耳元でひそひそと教えてくれた。
その内容は、すごく素敵で、最高で、とにかく名案。
どうだ?と私を見るマルコさんに何度も頷き返せば、へへ、と満面の笑みを浮かべてくれた。
「なら、今から作戦会議ですね」
「よい」
クイーンのロングサイズベッドでなく、シングルサイズの布団の中で始まった秘密の会議は、ひそひそと、時々くすくす笑いながら、またキスをされながら、お返しのキスをしながら、いつまでも続いたのだった。
エース君から、そんなメッセージと共に二枚の写真が送られてきた。
一枚は、カメラに向かって得意げに料理を見せるマルコさんの写真。もう一枚は、その料理を前に手で顔を覆っているご高齢の男性と、美味しそうにご飯を食べているルフィ君と、楽しそうに笑っているイゾウさんや知らない人達が写っている写真。
地元の人達が集まってご飯を食べているのかな。すごく楽しそう。
お盆休みに入り、マルコさんは実家へ帰られた。今年は土日も合わせれば最大九連休。私の方は、いつもなら友だちと遊び回っていたけど、今年はある目的の為に商店街をリサーチしたかったからお店を手伝っていた。今日で五日目。父が骨折した時から一年も経っていないから、手伝うのに苦労はしていない。
マルコさんは、”オヤジに酒が足りないと文句言われた””親父さんおすすめの酒を気に入ってもらえた””イゾウと地元のダチと釣りした””エースとルフィにまたたかられた”と、毎日写真付きのメッセージをくれる。電話も毎晩して、次にマルコさんに会えるのは来週の金曜日だから寂しいけど、いつもよりもたくさんマルコさんとやり取りできるのはすごく楽しい。
“この方は誰?”
この男性は、マルコさんの料理に感動して泣いているのかな。
男性の体の大きさはマルコさんと同じかそれ以上あり、体格のよさはマルコさん以上。
年齢は分からないけど、何かスポーツをやっているのかも。
写真を眺めながら返事を待っていると、ぽん、と一文が表示された。
“マルコのオヤジ!!”
マルコのオヤジ。マルコさんのオヤジ。オヤジさん。父親。父。お父さん。
…この方が、マルコさんのお父さん!?
挨拶の前に写真で姿を知ることになるとは。しかも初めて見る写真がこれなんて。大丈夫かな、と不安になっていると、違う人からのメッセージを受信した。
“オヤジが、俺の料理美味いって”
パイナップルが万歳しているスタンプと共に送られてきた一文に、笑顔がこぼれる。
美味しく食べて貰えたのが自分のことのように嬉しくて、何も悩まずに同じスタンプを二回続けて送信。さらにパイナップルが踊り狂っているスタンプを追加。
そっかそっか、よかったなぁと、一人笑っているとマルコさんから着信があり、すぐに応答ボタンを押した。
『姉ちゃん!』
「あれ、ルフィ君」
『おっさんがマルコの飯食って、もう悔いはねぇってよ!』
マルコさんのスマホなのに、声はルフィ君だった。マルコさんは?と尋ねると、泣きやめよい!と叫ぶ声が聞こえたので、お父さんを落ち着かせるのに必死のよう。
『ルフィ、マルコのスマホで何をしている』
『姉ちゃんと電話!』
『お嬢さんと?』
次によく聞こえてきたのはイゾウさんの声。
何故マルコのスマホなんだ?近くにあったから!俺に代わってくれるか?おう!先週ぶりだな、お嬢さん。はい、先週ぶりですね。
写真から見て取れた通り、昼から地元の人達二十人程が集まって飲み会をしているところだ、とイゾウさんが教えてくれた。
『お前の料理が食えるとはなぁ…!』
『いつまで言ってんだよい…』
『おっさんが食わねぇなら俺が食っちまうぞ!』
『てめぇの飯じゃねぇ!』
『いってぇぇ!!』
『グララララ!!』
あはははは!と楽しそうに飲んで食べている。
マルコさんの地元はすごく賑やかなんだなぁ。それにしてもお父さんの笑い方、独特。
聞いている私も釣られて笑っていると、イゾウさんも騒がしい連中なんだ、とくつくつ笑っていた。
『マルコに変わろう。少し待て』
「今は大丈夫ですよ。夜にまた電話するとお伝えください」
『了解』
気心知れた人達との楽しい時間の邪魔はしたくない。私との時間は今じゃなくて大丈夫。
夜のお楽しみに取っておいて、ちょうどお客さんが来られたのでイゾウさんに断って電話を切った。
そしてその日の夜、このスタンプ買ったのか!?、とのメッセージと共にパイナップルが驚いているスタンプが送られてきたので、パイナップルがぐっと親指を立てるスタンプで返信。
パイナップルが万歳するスタンプがきたので、同じスタンプを送り、パイナップルが踊り狂っているスタンプがきたので、パイナップルが拍手するスタンプを送信し、画面は、パイナップルで埋め尽くされた。
「ふ、ふふ、ふふふ…っ…!」
それからもぽんぽん現れる面白可愛いパイナップルスタンプ。止めてほしい、と送っても止まらないから、私が購入したことが嬉しかったのが伝わってくる。けどこのままでは笑い死んでしまうから、受話器ボタンを押すことにした。繋がると、まだスタンプを送りたかった、とパイナップルおじさんが不満を漏らすのでさらに笑いが止まらなくなる。
「ま、マルコさんっ、やめっ…ふ、ふぐっ」
『くくっ、どうしたんだよい?』
パイナップル攻撃がすごすぎます、と伝えると、すまん、と謝ってくれた。けど、笑いながらだから、申し訳ないとは思ってなさそう。そんなマルコさんに、実はスタンプを購入したのは少し前なのだと話せば、どうしてすぐに報告しない?パイナップルだぞ?俺以外に相応しい相手がいるのか?と真面目な口調で言うので、堪えきれずに大声で笑ってしまった。
「っふ、…あ、お父さんに料理を振舞えてよかったですね」
『あぁ、泣いて喜んでいたよい』
泣くほどか?と呆れながら、どこか嬉しそうに話すマルコさんに、料理ができるようになってよかった、ありがとう、とお礼を言われ、気恥ずかしくなる。けど初めは、私が強引に炊飯器の内釜を押し付けたのがはじまり。嫌がっているマルコさんに無理やりさせたのだから、お礼を言われることではない。
けどまぁ、こんなに嬉しそうなら押し付けてよかったな。
『オヤジから、お前さんにこれだけは伝えてくれって言われたことがあってな』
「私にですか?」
馬鹿息子だが、よろしく頼む。
それだけは伝えろと言われたらしい。
マルコさんは馬鹿ではなく優秀なはず、けど父親としてはどんな息子でも心配なのだろう。
やっぱり一緒に行った方がよかったかな、と思ったけど、先日のことを思い出して声にはしなかった。
先日、私も一緒に行って挨拶を、と提案したら、マルコさんがもう少し後で、と言ったのだ。いつならいいのかは教えてもらえなかったけど、マルコさんのタイミングがあるらしい。決して会わせたくないわけではない、と言ってくれたので、マルコさんのタイミングまで待つことにした。
それからも地元の話を聞かせてくれて、私はうんうんと聞き続け、私の話もしていたら一時間なんてすぐに経ってしまう。楽しい時間は本当にあっという間。マルコさんとの電話は休みに入ってから毎日してるのに、毎日時間が足りない。
「また明日、電話できますか?」
『もちろん。夜にまたする』
「えへ。楽しみに待ってますね」
『ん。おやすみ』
「おやすみなさい」
ベッドで眠るパイナップルを送ると、同じものを返してくれて、画面は暗くなった。スマホを枕元に置いて、早く明日の夜にならないかなぁ、今日もマルコさんと電話できて楽しかったなぁ、と寂しさと幸せな気持ちを持ったまま目を閉じる。
明日もお店の手伝いをしながら商店街のリサーチをするぞ。よし、寝よう。
……。
「…眠れない」
何故かスマホ画面だけでなく、頭の中もパイナップルだらけになってしまった。
眠ろうとしても手足の生えたパイナップル達が邪魔をする。寝させてください、明日はやりたいことがあるんです、とお願いしてみると、すぐにいいよいいよと布団を準備してくれた。それに潜り込むとパイナップル達も次々と寝る準備をはじめ、みんなで夢の中へ──。
と思いきや、パイナップル達は数分もしないうちに布団から出てきて、私に話しかけてくる。
“ねぇねぇ!”
“遊ぼうよ!”
“マルコさんもいるよ!”
“みんなで踊ろう~!”
“ほら、おいで”
それを言われたら、布団から出てしまうのは仕方がない。マルコさんに手を伸ばすと大きな手が取ってくれて、逆の手はパイナップルに取られた。たくさんのパイナップル達が手を繋いで、大きな輪を作り、パイナップル、パイナップルと合唱しながらぐるぐる回り始める。
「ぱいなっ…ぷる…ぱ、いなっぷる」
この夜、マルコさんとパイナップル達と手を繋ぎながらルンルンで踊る夢をずっと見ることになり、踊り終わった時には朝だった。
◇ ◇ ◇
「どうかな?」
「…」
「…」
テーブルには夜ご飯、ではなく、あるマップが置かれていた。
全長約五〇〇メートル、店舗数約一三〇。
新旧入り混じるこの商店街には、美味しいお店や楽しいお店がたくさんある。
そのマップに記された赤丸を、両親が腕を組んで真剣に見つめていた。
「お昼はここ?」
「うん。けどセットはやめて単品にしようかなって」
「…ここのお蕎麦も捨てがたいな」
「ここの新しいカフェも美味しいのよ」
「そうだよね…。けど先ずは、私がよく行っていたお店に連れて行きたくて」
うーん、と私と両親はマップを睨みながら悩み続ける。
これほど真剣に悩む理由は、他でもない、マルコさんをおもてなしするためだった。
来週の土曜日、私はマルコさんに商店街を案内する。ついに、マルコさんが実家以外のお店に足を踏み入れる。
何としても楽しませたいから全てのお店を調べて、両親にも聞いて、実際に行ったりもして、時間をかけて案内するお店を決めた。何度も連れて行けばいいけど、一回目が大事だから時間がかかってしまった。
「その日は夜もいる予定だから、夜ご飯は私が作るね」
「ありがとう。マルコさんも一緒に食べる?」
「そのつもりだよ」
「土曜日にマルコさんと夕食がとれるとは…」
いいわねぇ、いいなぁと、おそらくもぐもぐマルコさんを想像している二人は、すごく嬉しそうな顔をしていた。先週もマルコさんは来られなかったから、なおのこと楽しみで仕方がない様子。二人にとって私がご飯を作ることよりも、マルコさんと一緒に食べることの方が嬉しいのが複雑だけど、もぐもぐマルコさんは可愛すぎるから負けを認めよう。
「ねぇ、やっぱりこの店も…」
「ここの店も…」
「…うーーん」
それからも迷いに迷い続け、日付が変わる頃まで会議は続いたのだった。
◇ ◇ ◇
商店街の精肉店の女性にバナナを渡してお礼を言うと、
「なんだか綺麗になったわねぇ」
と、言われた。
返事に困っていると母が私と彼女のそばまで来て、そう見える?と弾んだ声で私の代わりに応える。
「あ。もしかして、彼氏?」
「そうなのよ。実はね…」
突然始まったおばさま二人のおしゃべり。
この中に入ったら根掘り葉掘り質問されそうだから、二人から離れて、店の奥でじっとすることに。
とても誠実な方なの。よく一緒に夕食をとるんだけど、食べる姿がいいのよ。あ、もしかしてすごく背の高い人?そうそう。夜に見かけることがあって気になっていたけど、彼氏だったのね。
すみません。いらっしゃいませ。スイカをひとつください。ありがとうございます。どれがいいですか?そうですねぇ…。
「スーツ姿も素敵なのよ」
「貴女、自分の息子のように話すのね」
「ふふ」
スイカを求めるお客さんの対応をしている時も、お見送りをする時も母のマルコさん自慢は続き、話し終えた時には母だけでなく精肉店の女性も笑顔になっていた。女性は、ぜひ二人でお店に来てね、と私に言うと精肉店へ戻っていき、母は来週よければ行ってあげて、と笑顔で言う。
「私、今日、化粧適当なんだけど」
「内側からなのよ」
マルコさんはすごいわよねぇ。
…なんか、どこかで聞いた台詞。
肌が綺麗になってハリが出て羨ましい、と母が私の頬を撫でながら言うので、ハリがあるのかな、と頬をペタペタ触ってみたけど、自分ではよく分からなかった。
「私も貴女ぐらいの歳の時は、ハリがあったわねぇ。お父さんと出会って、綺麗になるために頑張ったわ」
当時が懐かしい、と微笑む母が馴れ初めを語り始めた。
お父さん、初めはお客さんだったのよ。毎週キウイを買いに来てくれて、二ヶ月ぐらい経った頃かしら、デートに誘ってくれたの。ふふ。
初デートの服を決めるのに時間がかかって遅刻しちゃった、と話す母はなんだか幸せそう。
お父さん、キウイおじさんだったんだなぁ。マルコさんみたい。
「何の話をしているんだ?」
「二人の馴れ初めだよ」
「初めて食べた貴方の手料理は、肉じゃがだったわね」
「…オムライスだろう?」
「え?」
「え?」
顔を見合わせながら、過去を辿り始めた両親。
カレーだったかしら?麻婆豆腐では?鯖の煮付け?パスタ?パエリア?
すみません。いらっしゃいませ。ナシはありますか?はい、ナシでしたらこちらに。
ナシを求めるお客さんの対応をしている時も、お見送りをする時も二人は答えに辿り着いていなかった。
初めての手料理なら記憶に強く残る気がするけど、二人の記憶は随分と曖昧。あれかな?これかな?と思いつく限りのメニューを出し合い、ナシのお客さんが帰られてから五分後ぐらいに、分かった!と声を上げる。
「「そうよ、お弁当!/そうだ、弁当!」」
母が言う初デートよりも前に二人で出かけたことがあって、その時に父がお弁当を作り母に食べてもらったらしい。
お弁当の中身は、おにぎり、卵焼き、ウインナー、ポテトサラダ、きんぴらごぼう。
スッキリした両親は、その時の記憶が蘇ってきたようで、大きな公園までピクニックしに行ったんだ、と教えてくれた。
ピクニックか。あ、涼しくなってきたらバドミントンした公園でピクニックするのもいいかも。その時はマルコさんにおにぎりを握ってもらおうっと。きっと、大きなおにぎりになるだろうな。
「シャケおにぎりだったわよね?」
「昆布じゃなかったか?」
「え?うーん…」
「…言われてみれば、シャケだった気も」
あ、いらっしゃいませ。ブドウはありませんか?ございますよ。
今度はおにぎりの具材が何だったのか話し合いを始めた両親に代わって、ブドウを求めに来たお客さんの対応をするのだった。
◇ ◇ ◇
朝九時。お店のシャッターを開ける為に通りに出ると、小さな男の子と私よりも少し年上の女性がいた。私を見ると、女性が頭を下げてくれたのでつられて頭を下げる。お店が開くのを待っていたのかと尋ねると、男の子が元気よく頷いてくれた。
開店前に並ぶほどの人気商品はないから、何か急ぎのものがあったのかな。
「おねぇちゃん、お店の人?」
「そうですよ。いらっしゃいませ」
いらっしゃいます!と元気に返事をしてくれた男の子は、パイナップルください!と私を見てそう言った。
パイナップル…?
お目当てがパイナップルだとは思わず、数秒、男の子を見つめてしまった。反応がない私に、男の子が今日はないの?、と不安そうな声を漏らすので、慌ててパイナップルの棚へ案内する。
パイナップルの棚に案内するのは、マルコさん以来だった。出会った時を思い出してくすぐったい気持ちになっていると、男の子にどれがいいか尋ねられた。食べ頃のパイナップルを選ぶと、男の子と女性は即決。
「おねぇちゃん、パイナップル好き?」
「好きですよ」
「他のフルーツよりも?」
そ、そう聞かれると…。
パイナップルも好きだけど、イチゴもリンゴもミカンも、バナナもキウイも、ブドウもナシも。他にも好きなフルーツがたくさんあるから、決められない。男の子に一つに選べない、と答えながらパイナップルが入ったエコバッグを渡すと、フルーツが大好きなんだね!と、眩しすぎる笑顔を向けてくれた。
か、可愛い!
「今日も来てくれたのね」
「おばちゃん!おはよう!」
「おはようございます」
奥から出てきた母が男の子と女性とおしゃべりを始めた。聞いてみると、女性は男の子の母親。彼女の母親が商店街の近くに住んでいて、最近、毎週土曜日は男の子と遊びに行っているんだけど、男の子がパイナップルにハマっているから行く前に買って、三人で食べているそう。
「缶詰じゃなくて、生のパイナップルがいいみたいで…」
「パイナップルはね!焼いても美味しいんだよ!」
知ってる!?と目を輝かせて教えてくれる男の子を見て、マルコさんを思い浮かべない訳はない。
こんなにパイナップル好きなら、マルコさんと意気投合できそう。ニコニコと男の子と話すマルコさんを想像していたら一人ニヤついてしまって、三人から不思議そうな顔を向けられる。
「お母さんが作ってくれるの?」
「うん!」
「食べ飽きてしまったので、食べ方を工夫していて…」
女性は、けどそれも飽きてしまって、と困り顔で言うと、それでも息子が嬉しそうに美味しく食べる姿がたまらなくて作ってしまう、とさらに困り顔で言う。
うん、分かる。すごく分かる。嬉しそうに、美味い美味いと食べてくれる姿を見たら、また作りたいと思ってしまう。マルコさんは絶対に確信犯だと思う。
「もしご存じでしたら、他の食べ方を教えてほしいのですが…」
「そうねぇ。パイナップル以外も入ってしまうけど、フルーツカレーはどう?」
「カレー!?」
男の子は美味しいの!?と母と私を見る。それに大きく頷くと、男の子は女性を見て、食べてみたい!とお願いしていた。女性はそんな男の子に笑いかけ、さっそく今日作ってみようと提案する。
「やったぁ!!」
「ふふ、楽しみね」
「うん!!」
やったやった!とはしゃぐ男の子を見つめる女性の眼差しは本当に優しい。
目に入れても痛くないとは、こういうことなんだろうな。
「具材は何がいいでしょうか?」
「よろしければ見繕いましょうか?」
「本当ですか?ありがとうございます」
カレーに入れるフルーツを母が見繕っている間、女性から他にはないですか?と尋ねられたので思いつくままに答えた。
天ぷら、フルーツグラタン、カウパッサパロッ。他にもいくつか伝えると、女性はぽかん、と私を見つめたまま固まっていた。
どうしたんだろう?
「すごいですね」
「?」
「フルーツに関わる仕事をされていると、詳しくなれるのですか?」
カウパッサパロッってなんでしょう?と聞かれたので、アスカと行ったエスニック料理のお店を紹介。天ぷらやフルーツグラタンの作り方も伝えると、女性は熱心にスマホにメモをしていた。そして再び、仕事柄詳しいのか、と尋ねられる。
仕事柄なのかと言われると、少しはあるのかもしれない。けど一番は料理が好きだからかな。あとはやっぱり、マルコさんが関係している。
「知り合いに、パイナップル好きの人がいるんです」
「そうだったんですね」
「天ぷらは、その人から教えてもらいました」
「お待たせしました。こちらでどうでしょうか?」
母が見繕ったフルーツを見て、女性も男の子も大きく頷き、お会計。
「ありがとうございました」
「またね!!」
「また来ます」
フルーツカレー、楽しみだね!お手伝いしてくれる?うん!僕、味見するね!えぇ?味見だけなの?
仲良く手を繋いで、笑いながら歩いて行く親子。
本当、素敵だなぁ。
「フルーツカレー、気に入ってくれるといいわね」
「ね」
楽しいご飯の時間になりますように、と願いながら、二人の後ろ姿をいつまでも眺めていた。
◇ ◇ ◇
「あれ?」
閉店間際、最後のお客さんを見送り、シャッター棒を持って通りに出ると、遠くの方に小さいパイナップルおじさんの姿が見えた気がした。私の声に父が反応し、同じ方向を見る。すると、お!、と声を出したので、幻ではなかったみたい。
来る連絡、きていたのか?ううん。二人してどうしたの?お母さん、ほら。あら!
サプライズ登場に嬉しくなった私達は、お店の前でマルコさんを待ち続ける。するとマルコさんが私達が自分を待っていることに気づき、早歩きで来てくれた。
「こんばんは」
「マルコさん、こんばんは」
「いらっしゃい」
「どうしたんだ?」
「お土産を」
これ、と父に渡したお土産は、マルコさんの地元のお菓子。つまらないものですが、と言うマルコさんに、ありがとう、と父と母は笑顔で受け取る。
来たなら夕食も食べるでしょう?今日は休みだからいつもより遅くまでいられるだろ?
さぁさぁとマルコさんを店の奥、家の中へ連れて行く両親には苦笑いしかできない。
二人は本当に、マルコさんのことが好きだなぁ…。
「来るの知っていたらマルコさんの好きなものを作ったんですけど…」
「気にしなくていい。どれも美味いから」
「マルコさん、来週の為に買った酒があるんだが飲まないか?」
「はい。いただきます」
嬉しそうに来週用の一升瓶を出す父に、先にご飯です、と私と母は止める。マルコさんは、時間はあるからゆっくり飲もう、と父に声をかけ、食事の準備を手伝ってくれた。
マルコさんは実家の台所には慣れたもので、お皿の場所も把握している。私が料理を温め直している間、マルコさんは大きめの浅いお皿を二枚、人数分のお茶碗とグラスをテキパキと出してくれて、父はやっぱり違うお酒にしようか、と悩み続け、母はニコニコと椅子に座りながらマルコさんを眺め続けていた。
「「「「いただきます」」」」
今日は回鍋肉と、チンゲン菜の炒め物。
合わせた手を離し、お茶碗と箸を持ち、マルコさんを見る。
「…」
「…」
「…」
「あ、あの…」
私達三人の視線はマルコさんへ集まっていた。本人は熱い視線に戸惑い、困ったように私を見る。何か失態をしてしまったか、と不安がるマルコさんに、いつも通り食べてくれれば大丈夫です、と即答する。けど、その答えはマルコさんをさらに不安にさせたようで、嘘じゃないか?と私の耳元でひそひそと尋ねられた。
服装が変とか、お土産が嫌いなものだったとかじゃないかよい?大丈夫です、いつも通りの姿を見せましょう。
いつも通りってなんだ?と不安そうな顔で、恐る恐る回鍋肉を箸で掴み、口の中へ運び、もぐもぐと口を動かす。すると、マルコさんの目が、一瞬だけ大きくなった。
その姿に、両親はほっこりしていた。そんな両親と、回鍋肉を気に入ってくれたもぐもぐマルコさんを見て、私もほっこり。
うん、この瞬間はやっぱりいいなぁ。
「美味い。回鍋肉、久しぶりに食べたよい」
「よかったです」
「やっぱりお前さんのは美味い」
美味い美味いと回鍋肉と炒め物を食べ進めるマルコさんを見ていると、視線に気づいたマルコさんがもぐもぐしながら私を見て、ん?と首を傾げた。
あぁ、可愛い…本当に可愛い!
お前さんも食べたらどうだ?もうお腹いっぱいです。え、ほとんど食べてないだろい?
半分ほど食べたところで、我慢できなくなった父がマルコさんのグラスにお酒を注ぎ、二人で乾杯をしていた。父が開けたお酒は、マルコさんのお父さんが気に入ってくれたもの。マルコさんも飲みやすくて美味いと言っていたから、今日も美味しそうに飲んでくれて、父はもうご満悦である。
平日ならご飯を食べ終えたら三十分もしないうちに帰るけど、今日はご飯をゆっくり食べて、食べ終わった後ものんびりしていたら、一時間、二時間、と時間が経ち二十二時を過ぎていた。時計を見たマルコさんがそろそろ、と言うので、お見送りをするために一緒に立ち上がる。すると両親が、まるで名案を思いついたような顔をした。
「明日もお休みでしょう?貴女の部屋で寝てもらったら?」
「布団は小さいかもしれないが」
両親が、どう?どうだ?と私達を見る。マルコさんは返事に困ったのか私を見つめ、答えを待っていた。
私としては泊まってくれるのはすごく嬉しい。けど、一つ問題があるから素直に誘えない。
「マルコさんサイズのパジャマがないよ」
父はマルコさんよりも背が低いから服を貸すことができない。商店街で買うにしても、もうどこも閉まっている。だから今日は帰ってもらおうとマルコさんを見ると、泊まっていいならこの服で寝る、と言い出した。
「寝にくいですよ」
「一日だけなら平気」
「けど、」
「パジャマならあるわよ」
「「え?」」
母は何処からかパジャマを持って来て広げてみせた。
マルコさんに体に合わせてもらったら、何故かぴったり。父も知らなかった様子で、これは一体、と三人で母を見ると、得意げに教えてくれた。
「実は、いつ泊まってもいいように買ってあったのよ」
明日の朝も一緒に食事がとれるわね、と嬉しそうに話す母を見て、マルコさんは今度お礼を、と慌てた様子で頭を下げた。けど、そんなマルコさんに、二人はお礼はいつももらっているから何もいらない、食べに来てくれるだけでいい、と断っていた。
私もそうだけど、二人はもぐもぐマルコさんが見れるだけで充分なのだ。マルコさんをお風呂へ促す両親に加担して、お礼は気にしなくても大丈夫、とマルコさんを見れば、三対一の不利な状況のマルコさんは、腑に落ちない顔をしながら脱衣室に向かって行った。
それから、お風呂から出たマルコさんは私がお風呂に入っている間、父の飲み相手をまたしてくれていて、お開きになったのは二十三時半。
「部屋の中は子どもの頃のままなので、勉強机も残ったままなんですけど…」
「実家の部屋ならこんなもんだ」
一〇平米もない部屋の真ん中に二メートル超えた人が立つと、部屋がすごく狭く感じた。
家具は勉強机とベッドと低めの本棚しかないから、マルコさんの寝るスペースはしっかりあるので、ベッドの脇に布団を敷いて、二人それぞれベッドと布団に横になる。
「足が出ちゃいますけど、大丈夫ですか?」
「寒い時期じゃないからいいよい」
幅一〇〇センチ、長さ二〇〇センチの敷布団は、マルコさんにはやっぱり小さかった。余白がこれほどないのが珍しくて写真を撮らせてもらって、マルコさんを見つめる。いつもと違い、マルコさんを見るには見下ろさないといけないから、違和感しかなかった。
こうやって別々に寝るのは、初めて。
私の部屋にマルコさんがいることも、一緒に寝ないことも落ち着かなくて、そろそろ寝ようか、と言うマルコさんに、ぽろっとお願いを言ってしまう。
「マルコさん」
「ん?」
「あの…もっと窮屈になっちゃいますけど、お隣、駄目ですか?」
「いいよい」
マルコさんは布団の端に移動してスペースを空けてくれた。どうぞ、と促してくれたから、ベッドから下りてお隣にお邪魔する。
布団からは実家の匂いがするけど、マルコさんの胸に顔を埋めるとマルコさんの匂いがしっかりした。目一杯吸い込めば、気持ちが落ち着いてきて、えへ、と笑い出してしまう。そんな私の頭を、ゆっくりと撫でていたマルコさんが名前を呼んでくれた。顔を上げるとマルコさんと目が合い、じっと見つめていると顔が近づいてきて、唇が合わさる。
「へへ」
「くく」
「マルコさん」
「ん?」
「もうちょっと、お話、したいです」
「んじゃ」
マルコさんは、地元で撮った写真をたくさん見せてくれた。これはな、これは、とその時のことを話すマルコさんは本当に楽しそうで、聞いている私も楽しくなる。
電話の時もそうだったけど、地元の話をする時のマルコさんの声は、いつも弾んでいた。地元が好きなことが伝わってくるから、どうして大学も就職も地元でなかったのかが気になる。質問をしてみると、マルコさんは、都会に憧れていたんだ、と答えてくれた。
「地元に残ることも考えたが、人生一度きりだと、思い切って出たんだよい」
「そうだったんですね」
私の頬に唇を落とし、すごく幸せそうな顔で私を見つめながら、こっちに来てよかったと思ってるよい、と言ってくれて、可笑しな笑い声がしばらく止まらず、マルコさんに笑われた。
「エース君から、写真が送られてきたんですよ」
マルコさんの料理を前にして号泣しているお父さんの写真を見せると、撮っていたのか、と驚いていた。見るのが初めての様で、マルコさんは写真をまじまじと眺めると、あの時はなぁと視点を天井に向ける。
「泣くとは思わなかったよい」
年取ったよなぁと笑いながら、どこか寂しそうな、優しそうな眼差しでお父さんの姿を見ていた。
あの飲み会で、マルコさんは一番最初に作れるようになったピーラーサラダを作り、お米も炊いて、地元の人達を驚かせた。全員が、信じられない!と声を上げ、大ニュースだ!と大騒ぎ。さらに、マルコをここまで育てた人にお礼を言わなければ!、と天に向かって叫んでいた、らしい。
お前さんまで届いたかよい?いえ、聞こえなかったですよ。くく、それは残念。
「お前さんの喜ぶ顔が見たくてやっていたが、美味いって食べてもらえるのはいいもんだねい」
「また作りたいって思いませんか?」
「思う」
次はオヤジに何を食べてもらおうか、やはり酒のアテだろうか、と悩んだことのないことで悩んでいる自分に違和感を覚えたが、嫌ではなく、むしろ気分がよかった。これから、オヤジに色んな料理を振舞いたいと思ってる。もちろん、お前さんにもだよい。
マルコさんは、だからこれからもご指導を、とまた頬にキスをしながら言う。マルコさんを見ると、相変わらずの可愛い顔をしているだけだから、キスはしたかっただけなのだろう。
とりあえず、お任せください、の意味を込めてお返しすると、今度は、ありがとよい、の意味を込めたお返しのお返しをくれた。
「それでな。さっき、思いついたことがあるんだが」
「?」
「あのよい…」
マルコさんは、誰もいないのに耳元でひそひそと教えてくれた。
その内容は、すごく素敵で、最高で、とにかく名案。
どうだ?と私を見るマルコさんに何度も頷き返せば、へへ、と満面の笑みを浮かべてくれた。
「なら、今から作戦会議ですね」
「よい」
クイーンのロングサイズベッドでなく、シングルサイズの布団の中で始まった秘密の会議は、ひそひそと、時々くすくす笑いながら、またキスをされながら、お返しのキスをしながら、いつまでも続いたのだった。