パイナップルからはじまる恋

「ちょ、ちょっと待てよい!」
「!?」

頭上から突然大きな声がして、私は危うく手を切りそうになった。

「マルコさん。後ろから見るのはいいですけど、急にそんな大きな声を出したら危ないです」
「危ないのはお前さんだよい!手を切ったらどうすんだ!」
「マルコさんが大きな声を出さなければ切りませんよ」
「俺が声を出す前に切るつもりだったろ!」
「?」

なんだか会話が噛み合っていない気がする。マルコさんが何を言いたいのか分からなくて見上げていると、それ、と私の手元を指さした。

「なんで手の上で豆腐切るんだよい!」

そう言われて私は視線を自分の手元に戻し、ようやくマルコさんの言いたいことが分かった。
今日のマルコさんのリクエストは"和食の朝ごはん"。なのでメニューは白米に焼魚、卵焼き、ひじきの煮物、ほうれん草のおひたし、それと豆腐とわかめの味噌汁。ちなみにマルコさんは炊飯器を持っていなかったのだけど、私がご飯を作るようになってすぐに購入した。お米を洗ってみるか聞いてみたけどマルコさんは首を横に振ったので、やりたくなったらいつでも教えると伝えたのだけど、まだやる気はなさそう。
さて話を戻して、マルコさんが大声を上げた理由は私が手の上に豆腐を乗せて切ろうとしたからだ。

「いつも豆腐はこうして手の上で切っているんです。大丈夫ですよ」
「なんでわざわざ危ねぇことするんだよい?」

マルコさんはまるで分からないと首を傾げる。
なんでと言われても、両親がそうしていたからとしか答えられなくて、実際に手の上で豆腐を切って子鍋に入れ、手のひらをマルコさんに見せた。

「ほら、切れてないですよ」
「……」

マルコさんは私の手を取って本当に傷がないか隅々まで観察し始めたけど、少しというかだいぶ強く掴んでくるので離してもらった。

「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」

箸を進めながら、もぐもぐ食べるマルコさんを観察し今日の出来栄えを確かめる。いつもマルコさんはどれも美味しいと完食してくれるけど、特に美味しいものを食べた時は一瞬目を大きくするのだ。父の料理を食べる時はほとんどそのようになるので、私と母はいつも負けた気分になる。でも今日は卵焼きがお気に召したようで、ぴくりと目を見開いて一瞬固まったマルコさんを見てにやけてしまった。もちろん卵焼き以外も美味しいと完食してくれて、いつものようにマルコさんが食器を食洗機に入れると、コーヒーとお菓子を出してくれる。
マルコさんの家でご飯を作るようになってしばらくすると、マルコさんはコーヒーと一緒にとお菓子を用意してくれるようになった。ただ、毎回用意してくれるのがデパ地下や洋菓子店のお菓子で、すごく美味しいんだけど毎回買いに行くのも大変だろうからお菓子もスーパーで買えばいいと言ったのだけど、これには理由があると教えてくれた。

「こういうのに詳しい部下がいてな、最初にお前さんに渡した菓子もそいつに聞いたんだよい」

それからもその方にお菓子のことを聞いていたら、何故かおすすめリストを渡され、あれは食べたのかこれは食べたのかと感想を求められるようになったらしい。マルコさんは部下と雑談することはなくはなかったけど、このお菓子の話題がきっかけで部下達とさらにコミュニケーションをとるようになったと嬉しそうに笑っていた。

「だから、これは俺のためでもあるんだよい」
「そうだったんですね。なら、明日は感想を言わないとですね」
「あぁ。あ、部下で思い出したんだが…」
「?」
「会社には弁当を持って行くのか?」
「はい。外に出ない時はいつもお弁当ですよ」
「…食べてみてぇ」
「お弁当をですか?」
「よい」

お昼に会社にいた時、お菓子好きの部下がお弁当を食べているのを見て気になったそう。外回りが多そうなマルコさんだけど、お昼の時間に会社にいる日はあるのか聞けば、月曜日は社内会議ばかりだから必ず会社にいるらしい。

「難しいかよい?」
「難しくないですよ。前日に作ることになりますけどそれでもよければ。食べる前に電子レンジで温めることできますか?」
「やる」

ちょうど今日は日曜日。マルコさんに今日作ってくれないかお願いされたので、お弁当箱があるのか聞けばマルコさんが買いに行こうといそいそと動き出す。そんなマルコさんの後を追い、本日二度目のそこそこ大きなスーパーへ、と思っていたらマルコさんはちょっと遠くのショッピングモールに向かって行く。

「これは水筒かよい?」
「スープジャーですよ。スープを入れるんです」
「色んなのがあるんだねい」

生活雑貨店に入って、マルコさんは興味津々にたくさんあるお弁当箱を眺め、二段弁当を手に取ってこれぐらいのサイズがいいと見せてきた。あとは保冷バッグと箸。保冷剤はデパ地下でお惣菜を買うときにいつも付いてくるから冷凍庫にたくさんあるらしい。
お弁当箱達を買って、あとはお弁当のおかずを買わないといけないのでモールに入っているスーパーに行こうと声をかけると、マルコさんは急に真面目な顔で私を見た。

「あのよい」
「なんでしょうか?」
「欲しいものねぇかい?」

唐突すぎる質問にマルコさんを見つめ返せば、ご飯の礼がしたいから欲しいものを教えてほしいと言う。お礼なら先ほど食べたお菓子がそうで、もう貰っていると答えたけどお菓子だけでは足りないと返ってきた。

「服とか、化粧品とか、何でもいい」

スーパーじゃなくてここに来た理由はそれのようで、ここならブランドの店もあるから本当に何かないか、と私を見下ろす。でも、あまりに突然だったので何も思いつかなくて、答えない私を見たマルコさんが明らかにしゅんとしてしまった。そんな可愛い顔をされても何も思いつかなくて、だけど何故か申し訳ない気分になり、何かないか頭の中で必死に探す。

「えーっと、なら…あ、これ」
「…映画?」

歩きながら考えていたら先週から公開している映画のポスターが目に入った。マルコさんが楽しめるかは分からないけどこれを見に行きたいと伝えればマルコさんはスマホを出し、覗き込めばマルコさんは見やすいように下げてくれて、調べてみたらどの時間帯も満席ではないもののほとんど埋まっていた。

「あ、こことここの席が一つずつ空いてますよ」
「なんで離れた席なんだよい」
「観るだけなら…「別の日にする」」

来週は空いてるかと聞かれ、土曜日ならと答えれば来週は弁当なしか、とまたしゅんとされた。
そんな顔をされると私が悪いことしたみたいになるからやめてほしいな…。

「おかずは何がいいですか?」
「さっきの卵焼き」
「他は?」
「お前さんがいつも弁当に入れてるやつがいいねい」
「そうなると冷凍食品も入っちゃいますけどいいですか?」
「よい」

スーパーで食材を買い、再びマルコさんのお家へ戻りお弁当を作っていたらもう夕方。お弁当箱に詰められたおかずをじっと見つめるマルコさんの目は子どもように輝いていて、そんなに喜んでもらえると嬉しくなり次の作業もしたくなったけど、私は心を鬼にして、ここでマルコさんに試練を与えることにした。

「では、マルコさんに重要なお仕事をお願いしたいと思います」
「よい?」
「お米を炊いてください」
「よい!?」

マルコさんは私を見て、無理、できない、と首を横に振り続ける。教えるから大丈夫だとマルコさんに内釜を渡そうとするけど、掴もうとしない。

「手取り足取り教えますから」
「やらねぇ」
「優しく教えますから」
「嫌だよい」
「ほら、いい子ですから」
「俺は餓鬼じゃねぇ」
「やりましょ?」

ぐぐぐ、と内釜を押し付けながらマルコさんを見上げると、ぐぬぬ、とマルコさんが押し返してくる。

「マルコさんの初めてをください」
「ゔ…」

マルコさんの手が内釜を恐る恐る掴んだのを見逃さず、私はすぐさま米びつを開けてマルコさんに動いてもらう。考える暇を与えないように一から十までマルコさんに教え、本当に紆余曲折あったものの、無事に予約ボタンを押すことができた。

「…本当に炊けるのか?」
「もちろんですよ。明日の朝、楽しみにしててくださいね」

翌朝、支度をしているとマルコさんから本当に炊けた、とつやつやのご飯の写真が送られてきたのでおめでとうございます、と拍手喝采のスタンプを送り、さらにお昼、マルコさんから"菓子好きの部下に美味そうな弁当だと褒められた。美味かった"と連絡が来て、わざわざ報告してくれるマルコさんが可愛く、私は卵焼きを食べながら一人ほくそ笑むのだった。
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