パイナップルからはじまる恋

「時間ですよ」
「ううん…」

時刻は五時。
隣で気持ちよさそうに眠るパイナップルおじさんの肩を揺らす。けど、本人は起きようとせず、嫌そうに身をよじるとそっぽを向いてしまった。そして再び、気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
やっぱり簡単には起きてくれない。朝が弱いからなぁ。
けど、今日はどうしても起きてもらわないといけない。心が痛むけど、先ほどよりも強く、大きく肩を揺らしてみる。名前を何度も呼び、顔を覗き込んだ。

「遅れちゃいますよ。起きてくださーい」
「…す」
「え?」
「…おはようの、キス」

がほしい、よい?
半分開いた瞼から見える瞳が私を映し、掠れた声でおねだり。
あぁ、今日も朝から可愛い姿を見せてくれた。いい一日になりそう。
キスしてくれたら起きるよい、と眠たそうな目で言うマルコさんは私を試そうとしているようだけど、そんな簡単なことで試そうなんて、甘くみられたものである。
おはようのキス、して差し上げましょう。
そっぽ向いていたらキスができませんよ、と耳元で囁くと、マルコさんは体を私の方に向けた。よいしょ…よい、しょ、とゆっくり体を寄せてくれる。
これならどうだ、とでも言いたげな顔に近づき、唇に一回、おはようのキス。

「おはようございます」
「もう、一回」

はい、もう一回。もう一回。はい。もう一回。はい、もう一回。

「もう一回」
「ふふ。あと何回したら起きてくれるんですか?」
「…十、じゃ足りないよい」

困りましたね、とマルコさんの頬を撫でると、マルコさんの唇が一回、二回と落ちてくる。三回目は唇を甘噛み。いつのまに私を抱きしめていたのか、マルコさんの上に乗ってしまっていた。
昨夜も今日のお礼の先払いをするためにたくさんキスを送ったけど、足りなかったのかな?
マルコさんに尋ねると、昨日は大変ご満足いただけた様子。なら安心だけど、今はまだご満足いただけていないようなので、もう三回、キスを送る。

「マルコさん」
「ん」
「どうですか?」
「…最後に」

もう一回、とマルコさんがお願いをするので、両手で頬を包み、今日最後のおはようのキス。これで起きてくれるかな、と唇を離そうとしたけど、マルコさんの手で後頭部を抑えられて動けない。ぐ、と体ごと離そうとしてみたけど、片腕が腰に回されているので離れることができなかった。

「んんん」
「んん」
「んん」
「んーん」

離してください。嫌だよい。起きないとですよ。よーい。
じっと見つめたまま訴えかけてみるけど、離れるつもりはないらしい。どうしようかな、と十秒なのか一分なのか分からない時間の間考えていたら、マルコさんは唇を合わせたまま舌を器用に私の口の中へ。そして寝起きの舌が舌に絡みつき、歯茎も丁寧になぞりはじめた。
ゆっくりと、私の口の中をじっくり味わうような動きをされたら、体がもっとと欲してしまうのは当然。離れるどころかさらに体をぎゅうぎゅう押し付けてしまう。マルコさんも応えてくれるものだから、最後のおはようのキスを私達で終わらせるのは難しくなっていた。

「マルコー、姉ちゃーん。起きろー」
「朝飯作ったぞー」

ドアをノックする音がして、私もマルコさんも動きを止める。
ドアの向こうから聞こえてきたのは、エース君とルフィ君の声。唇を合わせたまま様子を伺っていると、私達がまだ寝ていると思った二人がもう一度声をかけてくれる。どうするのかな、とマルコさんを見つめていると、名残惜しそうに唇が離れていった。
もう少し…したかったな。

「起きてるよい」
「早く来いよー。姉ちゃんも」
「うん」

来ないと朝飯全部ルフィに食われるぞ。そうだぞー。俺が全部食っちまうぞ。
ドアから離れていくエース君達の声を聞きながら、ごろん、とマルコさんから下りて上体を起こす。マルコさんも、よいっ、と上体を起こして、大きな欠伸を一つ。そして私を見て、申し訳なさそうな顔をした。
どうしたんだろう?

「その気にさせたのに、中途半端になっちまったねい」
「あ…大丈夫ですよ」
「これで我慢してくれるかよい?」
「?…っ」

すごく欲しそうな顔をしていたらしい。マルコさんは私のパジャマのボタンを二つ外して、胸の間に顔を埋め、吸いついた。出来上がったのは、綺麗な印。
すごく嬉しくなって、お返しにマルコさんの鎖骨の下あたりに一つ、おはようの印を送る。するとマルコさんが嬉しそうに、へら、と笑ってくれたので、つられて、えへ、笑ってしまった。

「おはようさん」
「おはようございます」

時刻は五時半。
長い一日が始まろうとしていた。


◇ ◇ ◇


「マルコ!もっとスピード出ねぇのか!?」
「早くしねぇと乗れなくなるだろ!」
「開園前に着くんだから乗れるだろい」
「先行入園付きを買ったから大丈夫だよ」

時速九十キロで走りつづけるマルコさんの愛車。後部座席からは、遅い!先を越される!と急かす声が始終している。けどマルコさんは言い返す気はないようで、欠伸をしながら、よいよい、と小さく呟くだけ。
本当はもう三十分早くマルコさんのお家を出る予定だったけど、"おはようのキス"のしすぎで遅れてしまった。けどこれは言えないので、エース君達にはアラームをかけ忘れたということにしておいた。
今日はエース君達がどうしても行きたいというアミューズメントパークに、四人で行くことになった。初めはマルコさんがバスで行って来い、と二人に言い放ったけど、私も行きたいと言ってしまったものだから、重い腰を上げて朝早くから車を出してくれたのだ。昨夜の先払いは車のお礼のこと。

「休みの日に、こんな時間から動くのは久しぶりだよい」
「いつも八時か九時に起きますからね」

くあ、と欠伸が止まらないマルコさんの話し相手を務めるけど、眠気が覚めないのか高速道路に入る前に買ったガムを噛み続けている。

「エース君達は眠くないの?」
「ぜんぜん!」
「マルコ、次のサービスエリア行く!」
「この時間じゃ、まだ店やってねぇ。行くなら帰りだよい」
「ちぇ」

長距離移動の楽しみの一つに、大きなサービスエリアに寄るのもあるけど、朝が早いからまだどこも空いていない。残念がるルフィ君をエース君が宥めながらひたすら走り続け、目的地に到着。ドアを開けると、外は乗った時よりも涼しい空気に包まれていた。

「着いたー!」
「よっしゃ!」
「標高が高いから、暑くないねい」
「マルコさん、早く行きましょう!」
「よいよい」

マルコさんの手を掴み、エース君達に遅れないように引っ張って歩く。先行入場の一時間前に着いたけど、すでに数十人が並んでいた。

「姉ちゃん、最初はどれだ?」
「最初は、ゲートに一番近いところだよ」
「次はその横だったな」
「そう。その次は…」

人気のアトラクションは早く行かないと行列ができて、三時間、四時間待ちは当たり前。マルコさんがお金を出して優先券を買えばいい、と言ってくれたけど、開園時間よりも早く入場できる先行入場券を使えば周りきれるからと遠慮した。

「マルコさん、乗れないものがあって残念ですね」
「デカいのも困りもんだな」
「残念だなー」
「慣れてるからなんとも思わないよい」

身長制限を気にするのは初めてだった。
マルコさんに出会わなければ、身長オーバーでアトラクションに乗れない人を見ることはなかっただろうな。

『ようこそ!楽しい時間をお過ごしください〜!』

入場した人達は目的のアトラクションに向かって歩き出す。夏休みだから、家族連れも学生グループもたくさんいる。私達の後ろにもたくさんの人が並んでいて、どの人もどこか楽しそう。その様子に、まだ何も乗っていないのに楽しくなってきてそわそわしてしまう。マルコさんが私の顔を見て、うずうずしている顔だ、と笑っていた。
そんな私よりもテンションが高いエース君とルフィ君は、入場と共に走り出した。私も速足でマルコさんの手を引っ張りながらついて行く。

「よっしゃ、いっちばーん!」
「先ずはこれに乗らねぇとな!」

最初に乗るのは"ジェットコースターといえばこれ"、と言われるほど大人気のアトラクション。一番後ろにエース君とルフィ君、その前にマルコさんと私が乗り、ぞくぞくと人がやって来て、すぐに満席となった。
シートベルトを締めてバーを上げると、係員さんが安全確認をして、離れて行く。

「「「いってらっしゃーい!」」」

係員さん達の楽し気な声と共に動き出した車両は、建物の外を出るとすぐに左に折り返し、最高高さまで登り始めた。
久しぶりのジェットコースターだ。あぁ、わくわくする!

「ジェットコースターが好きだったとはねい」
「爽快感が好きなんです!」

非日常感も味わえるジェットコースターは小さい頃から好き。大学時代はアスカも他の友だちも平気だったから、テーマパークも行っていたけど、アミューズメントパークに行くことも多かった。
意外だと言うマルコさんがどんな私のイメージをもっていたか分からないけど、そんなお前さんもまたよし、とよく分からないことを言っていたから、大丈夫、だと思う。

「やばいやばい!」
「すげええええ!」

前列からも後列からも興奮した声が飛び交っている。線路脇を見ると、五十メートルと書かれた看板があった。あと二十メートルほど登れば頂上。マルコさんに、いい景色ですね、と声をかけるけど、心は緊張感で高まっていた。
興奮と恐怖が同時に湧き上がる時なんて、なかなかない。これから起こる最高の時に向けて、心の準備は万端だ。そんな私を見てマルコさんが、どんな表情だよい、と笑っていた。
どんな表情してるんだろう?
最高高さに到達した車両は、少し真っ直ぐ走ると、少しずつ、確実に、助走をつけて落下を始めた。次第に上がる速度に、前列から聞こえる悲鳴や奇声に、私もマルコさんもお互いに聞いたことのない声量が出てしまう。

「きゃああああ!!」
「よおおおおい!!」

ファーストドロップの最高速度は百四十キロ。ここまで来たマルコさんの愛車よりも早い速度で急降下。全身で風を感じ、振動を感じ、隣から聞こえた変わった叫び声が少し気になったけど、気分は最高潮に。
急降下した車両が勢いを落とさず上り坂を一気に登り、また少し真っ直ぐ走り出す。隣を見ると、眠たそうなマルコさんはどこにもいなかった。

「はぁ。目が覚めたよい」
「あはは!」
「マルコ!”よおおおおい”ってなんだよ!」
「次くるぞー!!」

次はファーストドロップよりも低い位置からの急降下、からの連続のアップダウン。車両が九十度横に向いた時には、あわわわわわ!よよよよよい!と聞き慣れない叫び声を上げていた。
あぁ、楽しい!!

「うおおおお!!」
「あはははは!!」

後ろからも始終楽しそうな声がして、最高おお!!とルフィ君が叫んだ時は、私もマルコさんも笑い出してしまった。
開業当初、世界一となったこのコースターは三分半も私達を楽しませてくれて、ゴールした時には四人で大笑い。

「楽しかったな!!」
「ね!!」
「ストレス発散にもってこいだねい」
「次だー!!」

走り出すルフィ君の後を追って、エース君も走り出す。私も!と足を大きく前に出そうとして、突然、後ろに引っ張られた。マルコさんが、深呼吸、と促すので大きく息を吸って、大きく吐く。
ドーパミンが出過ぎて興奮している体が、本当に少しだけ落ち着きを取り戻した。

「あいつらに合わせて走ってると、絶対に筋肉痛になる。ゆっくり行くよい」
「これぐらいではなりませんよ」

スニーカーを買ってウォーキングを始めてから、もう随分経つ。あの時よりも確実に体力がついた私なら、大丈夫。
自信満々の私に、駄目だ、明日一日中ベッドにいることになるよい、とマルコさんが言い聞かせた。
一日中ベッドにいるとマルコさんがたくさん可愛がってくれるから、それはそれでいいな。けど、マルコさんが心配してるし、ちゃんと従おう。

「早歩きぐらいにしておきます」
「それがいい」
「おーい!」
「急げー!」

イチャついてねぇで早く来い!と二人に急かされて、思わずまた走りそうになるけど、後ろからぐいぐい腕を引っ張られる。まるで走りたくて仕方がない犬と、リードを引っ張って抑える飼い主みたいな状況だった。そんな様子を見たエース君が、姉ちゃんは猫じゃなくて犬か、と笑った。

「ここで待ってるよい」
「行ってきます!」

次はマルコさんが身長制限で乗れないもの。最近できたアトラクションで私も乗ったことがない。バイクに乗って走るようなコースターで、マルコさんが乗ったら絶対に様になるアトラクションだった。

「おかえり。楽しかったかよい?」
「マルコさんってバイク乗れますか!?」
「え?バイク?…昔は乗ってた「本当ですか!?」」
「姉ちゃん、バイクに乗るマルコが見てえんだって」
「昔持ってたって言ってたよな?」

それよりコースターの感想は?とマルコさんが聞いてくれたので、最高だった!!、と三人で即答する。
スタート直後の加速が凄かったんですよ!マジでバイク乗ってるみてぇだったぜ!バックで走るのもヤバかったな!
マルコさんを真ん中にして、次のアトラクションに向かいながら感想を伝え続けると、そんなに楽しかったなら乗りたかったよい、とマルコさんは残念がった。

「今度、タンデムしてみるかよい?」
「たんでむ?」

バイクで二人乗りをすることを"タンデム"というらしい。エース君の言う通り、マルコさんは学生時代まで大型バイクを持っていた。けど、社会人になって車を買った時にバイクは売ってしまったと。

「学生時代はサッチとイゾウとあちこち遠出してたよい」
「イゾウさんもですか?」
「あぁ、イゾウは今もバイクを持ってる」

一番意外な人がバイク乗りだった。バーを経営しているライダー。ヘルメットを外した時に、ふぁさぁっと髪が靡くのかな。
…うん、見てみたい。

「俺は実際に見たことねぇけど、マルコとサッチがバイクの横に立ってると、ヤバい雰囲気が出て誰も近寄らなかったって聞いたことある。姉ちゃんが見たら、絶対逃げるぜ」
「サッチは見た目で損してるからねい」
「いや、マルコもだからな」
「マルコさんは可愛いよ」
「「可愛い??」」

どこが?こんなデカいおっさんが可愛い?
エース君とルフィ君は首をこれでもかと傾け、私の目を疑った。
どうして誰もマルコさんの可愛さに気づかないんだろう?
可愛いのを説明しようと、エース君達にマルコさんのもぐもぐ写真を見せようとしたら、マルコさんにスマホを奪われてしまった。奪い取ろうと腕を上げるけど、マルコさん相手に届くはずはない。

「見せなくていい」
「マルコさんの可愛さを広めないと…!」
「広めなくていい。というか、俺は可愛くないよい」
「マルコよかったな。姉ちゃんが変な奴で」
「イゾウも、変わっているお嬢さんだって言ってたわ」
「イゾウと会ったのか?」
「次の方、何名様ですか?」

係員さんに四人だと伝え、ロッカーに荷物を置き、四人並んで乗車。
そしてこれもすぐに、後列に人が乗り、動き出した。

「話が途中だったが、イゾウと会ったのか?」
「あぁ、イゾウにもたかりに…あ、奢らせてやろ…」
「「「「うわああああああ!!」」」」

車両は暗闇の中で突然にガクンと急降下し、加速を始めた。そして外に放り出されると、車両はひねりながら一回転。前を見ても予想がつかないレールを過ぎ、勢いよくもう一回転。右に傾き、左に傾き、急ブレーキ。あっという間すぎて、マルコさんがぽかんと、私を見る。

「これで終わりか?」
「マルコさん、ここからが本番ですよ!」
「よい?」

車両は九十度、垂直に登り始めた。何が始まるのか分かっていないマルコさんの表情は少しこわばっている。片や逆隣のエース君とルフィ君は、満面の笑み。
三十秒をかけて辿り着いた最高高さは、四十メートルを超えていた。

「マルコさん!こっちも景色がいいですね!」
「それよりも前…。レールが、ないよい…」
「くるぞ、くるぞ…!」
「いっけええええ!!」

じりじりと追い詰められた車両は、ルフィ君の合図と共にえぐるように急落下。よーーーーい!!と隣から叫び声がして、逆隣から、なんだその叫び声ええええ!!と声がして、その隣からうっひょおおおお!!と声がして、後ろからも悲鳴がして、面白すぎて楽しすぎて笑いが止まらなかった。

「マルコ!叫び声なんとかしろ!」
「自然と出るもんだからどうしようもねぇよい」
「ふふ、マルコさんは可愛いですね!」
「「可愛くねぇ!!」」

四つ目のジェットコースターは、マルコさんは身長オーバーで乗れない。エース君は気が散らなくていい、と安心していたけど、叫び声を気にする余裕なんて全くなかった。
外で待っていたマルコさんに、だ、大丈夫だったか?気持ち悪くはないかよい?、と心配されるほど回転しすぎのジェットコースター。
三人で終始笑っていたけど、何がなんだか分からないまま、気づいたら終わっていた。
けど、楽しかったのに変わりはない!

「マルコさん、フライドポテト買ってきます」
「一緒に行くよい」
「俺も食う!」
「チキン付きにしようぜ!」

絶対に乗りたかったジェットコースターを制覇した時はまだお昼時間には早かったけど、近くに露店があったので食べたくなってしまった。エース君とルフィ君がマルコさんにたかり、チキン付きのフライドポテトを三つ買ってくれた。

「マルコさん、はい」
「あ…ん、美味い」

カシャ。

「いい感じいい感じ」
「仲良いなぁ」

ほら、とエース君が見せてくれたのは、あーんをしている写真。
自分の表情を見ることがなかったから、こんな幸せそうな表情をしていたとは思っていなくて、写真をまじまじと見てしまった。
わぁ…、にやけてしまう写真だ。

「今日はたくさん撮ってやるよ」

自撮りばっかだろ?と、エース君がまた私達にレンズを向けて撮ってくれた。
言われてみれば、誰かに撮ってもらったことはない。ツーショットは自撮りばかりの近距離からの写真しかなかったから素直に嬉しい。
お返しにエース君とルフィ君のツーショットを撮って、マルコさんとエース君とルフィ君の三人の写真も撮る。

「四人でも写真!」
「なら一番デカいマルコが撮れ」
「こんなおっさんに任せていいのかよい?」
「姉ちゃん監督!」

俺はどうしたら?と私を見るマルコさんに、腕の位置とスマホの角度を指示し、エース君とルフィ君にマルコさんの前に行くように指示。

カシャ。

「マルコ、忘れずに送れよ」
「今送るよい」
「姉ちゃんも、さっきの送って」
「うん。今送るね」

メッセージアプリを開いて、エース君とのトーク画面を探す。けど、エース君とはやり取りをしたことがないから、トーク画面がないことに気づいた。ホーム画面の友だちリストからエース君を探し、今撮った写真を送っていると、ちょっと待つよい、とマルコさんの声がした。

「どうしてエース達の連絡先を知ってるんだよい?」
「?。交換をしたからですよ」
「いつ?」
「マルコさんのお家にいる時、先週です」
「……」

マルコさんがお風呂に入っている時、私はちゃんと脱衣室で待っていた。その時にエース君とルフィ君が物音を立てずにやって来て、連絡先を交換しようと言われたのだ。連絡先ぐらいなら、と応えたけど、今のマルコさんの表情を見て、しまった、と後悔した。

「油断も隙もありゃしねぇ」
「マルコさん、ごめんなさい」
「別にいいじゃん。なぁ?」
「そうだぞ。姉ちゃんはマルコしか見てねぇんだから」
「連絡先、消すよい」
「「なんでだよ!!」」
「やりとりすることねぇだろい?必要ない」

ほら、消して、と私に言い聞かせるマルコさん。
その魔法の言葉に、指は勝手にエース君とルフィ君の連絡先を削除しようとしたけど、エース君にスマホを取られてできなかった。四十も過ぎてるのに大人げなさすぎる、小さい男だ、とエース君とルフィ君が呆れていたけど、マルコさんは何とでも言え、と開き直っている。

「余計なことしか言わねぇだろい?面倒くせぇ…」
「んなことしねぇよ!」
「姉ちゃんと友だちになりてぇだけ!」

十歳以上も年下の友だち。初めてだなぁ。
余計なことは絶対に言わない、と言うエース君達の押しに負けて連絡先は残すことになり、フライドポテトを平らげたルフィ君がアトラクションよりも食べ物を求め始めたので、露店を周って色々食べることになった。
ハンバーガー、クレープ、唐揚げ、串焼き。次はこれ、次は、と美味しそうに食べるルフィ君を見ていると何故か私まで食べたくなり、この時点で中華街で食べ歩きした時よりも食べている気がする。
体重計に乗るのが怖いけど、まぁ、今日はまだまだ動くからいっか。

「こんなのあったぜ!」
「すごい長いポテトだね」
「食べにくそうだな」
「姉ちゃんも食うか?」

ほい、差し出してくれたのでトルネードのポテトにかぶりつく。見た目重視のポテトかと思ったけど、味も美味しかった。マルコも!とルフィ君がマルコさんの口の前にポテトを差し出せば、マルコさんは思いきりかぶりついた。ただ、食べた量が多すぎたのかルフィ君が怒り出し、マルコさんはもう一つ買わされる羽目になる。

「自販機で飲みもん買ってくるわ」
「エース。ルフィの分も頼むよい」
「おう」
「あっちにも美味そうなのあるぞ!ラーメン!」
「待てルフィ。行くならエースとだ」

一人で動き回るな、とルフィ君を抑えるマルコさん。
先週の焼肉の時も思ったけど、マルコさんは面倒見がいい。イゾウさんやサッチさんと過ごすマルコさんしか知らないし、二人の扱いに慣れているだけなのかもしれないから本当はどうか分からない。けど、地元の子とはいえ、家族でもない二回りも下の男の子達を二週間も預かる形になる訳だから、嫌ならお父さんのお願いだとしても引き受けることはないはず。
マルコさんって…。

「次あれ乗ろうぜ!」

お腹が落ち着いたルフィ君が指差したのは、空中ブランコするアトラクション。エース君も行こうと乗り気で、二人は私とマルコさんを見て、よっしゃ行くぞ!、と走り出そうとしていた。
けど、色々食べたばかりだから、今アトラクションに乗ったら大変なことになりそう。少し落ち着きたいな。
そう思って、三人で行ってらっしゃい、と言おうとしたら、ジェットコースターの時とは様子が違う私に気づいたマルコさんが、どうする?と尋ねてくれた。

「お前さんも行くか?」
「えと、私は少し休憩がしたいです」
「んじゃ、お前らだけで行って来い。フードコートに居るから終わったら来いよい」
「おう!」
「行って来る!」

いつも全力だなぁと走って行ってしまったエース君達を見送り、マルコさんと手を繋いでフードコートに向かった。マルコさんも乗りたかったら行って来て、と伝えると、午後もまだまだ動くから休憩がしたいよい、と優しい声で笑ってくれた。気を遣わせてしまったことに申し訳なさを感じたけど、フードコートの広さに驚いているマルコさんを見て、気にしすぎかな、と思い直した。

「パパ!アイス食べたい〜!」
「ママがいいって言ったらいいぞ」
「ママ!お願い!」
「もちろんいいわよ。何味がいいの?」

近くから、そんな会話が聞こえてきた。
チョコレート!と答える小さな女の子。パパとママが女の子を見ながら笑顔で頷くと、三人で注文カウンターの方へ行き、チョコレート味のソフトクリームを一つ頼んでいた。店員さんから受け取ったパパが、女の子にどうぞ、と渡せば、ありがとう!と満面の笑みでお礼を言う。微笑ましいな、とその様子を眺めていると、突然、頭の中に不思議な光景が現れた。

"パパ!アイス食べたい!"
"いいよい。何味がいい?"
"ん〜。ママは何味がいいと思う?"
"んー。ママはバニラ味かな"
"パパは?"
"パイナップル味"
"えー!?そんな味ないよ!"

あ。なんだか、すごく…「アイス、食べたいのか?」

前は全く掴めなかった輪郭がはっきりしたような気がしたけど、マルコさんの声で消えてしまった。
何味がいい?と尋ねてくれるマルコさんを見つめ、もう一度輪郭を掴もうとしたけど、どこにも見当たらない。どこ行ったのかな、と探している私に、アイスじゃなかったか?とマルコさんが聞いてくれる。

「アイス、バニラが食べたいです」
「ん」
「あ、自分で払い「いいよい。俺が払う」」

マルコさんは私に席を取るように言うと、注文カウンターの方へ歩いて行ってしまった。
席はそこそこ埋まっていた。エース君達の分も確保した方がいいかと思って、四人掛けテーブルを探し、窓際にちょうど空きがあったので座って待つ。

「ママ、こぼれた~」
「僕、オムライス!」
「パパと待っててくれる?」
「美味しいね!」

フードコートはここだけでなく、どこも家族連れが多くにぎやかだ。マルコさんとよく行くちょっと遠くのショッピングモールも同じような感じ。なのに、いつもは全く気にも留めないものが目に留まる。
いつもと何が違うのか分からないけど、逸らすことでもないからぼんやりと周りを眺めていると、視界にバニラ味のソフトクリームが現れた。コーンでよかったか?とマルコさんが私にソフトクリームを差し出してくれた。隣に座ったマルコさんの手にはいちご味のソフトクリームがあって、食べるか?と聞いてくれる。
食べたかったので少しもらって、バニラ味を少しあげた。

「マルコさん」
「ん?」

輪郭が見えた時、ふと、何かを思った気がしたけど、なんだったっけ?
マルコさんにも聞きたいことができた気がしたけど、思い出せない。
何も出てこなかったから、ソフトクリームが美味しい、ごちそうさまです、とマルコさんに伝えれば、夏だから尚美味いねい、と笑ってくれた。

「いたいた。行ってきたぜー」
「おかえり」
「マルコー!俺もアイス!!」
「おら、買って来い」
「どうだった?」
「最高!アイス食ったら、フリーフォール乗ろうぜ」
「いいね。マルコさんは平気ですか?」
「いけるよい」

抹茶味とチョコレート味のソフトクリームをあっという間に食べてしまったエース君達が、また走り出す。私もつられて走り出そうとしたけど、マルコさんに後ろから腕を引っ張られ、その様子を見たエース君達にまた笑われたのだった。


◇ ◇ ◇


「ただいま」
「おかえりなさい」
「買って来たぜ」
「たくさん買ったね」
「お持ち帰りだからピザは半額」

お得だろ!と、エース君とルフィ君が両手のビニール袋を見せてくれた。
二人が嬉しそうに袋から出したのは、Lサイズのピザが四枚に、チキンとフライドポテト。テーブルには私が三人を待っている間に作ったサラダも置かれている。
パークでアイス以降もたくさん食べ、帰りのサービスエリアでも食べたのに、これからマルコさんのお家で、夜のピザパーティーが始まろうとしていた。

「こんなに食べて、気持ち悪くならないの?」
「なる訳ねぇよ」
「マルコはこれな。ハワイアン」
「一枚でいい。他は食え」
「一枚で足りるのか…?」
「年齢には勝てん」

こんなピザパーティーは初めて。友だちの家とか研究室でピザパーティーをしたことはあるけど、Lサイズ四枚だと人数はこの倍はいた。
本当によく食べるなぁ、と美味しそうに食べるエース君達を見ながら、私もハワイアンをいただく。
うん、うんうん、美味しいな。
美味しいですね、とマルコさんに話しかけると、こくこくと頷きながら口を動かし続けていた。そして久しぶりに食べたが美味い、と言いながら手が伸びていた。
私はどうしようかな。マルゲリータ一枚で終わっておこう。

「これも食べるか?」
「私はもうお腹一杯だから、二人で食べて」
「もういいのか!?」

いつもの倍は食べたことを話すと、ルフィ君がそんな少食で大丈夫か!?と本気で心配してくれた。けど、私としてはルフィ君達の食欲の方が大丈夫かと心配になる。マルコさんがお前らの食欲の方が心配だよい、と同じことを言ったけど、二人は俺達は普通だろ?と首をこれでもかと傾げるだけだった。
一時間もせずに全て食べてしまったエース君とルフィ君に、お風呂の順番を決める為のじゃんけんを持ち掛けたけど、マルコさんにお前さんが一番だと言われて脱衣所に連れて行かれた。その後、マルコさん、ルフィ君、エース君の順番にお風呂に入って、ルフィ君が冷凍庫からファミリーパックのアイスを出してきた時には、私もマルコさんも唖然としてしまう。
た、食べすぎじゃない?大丈夫大丈夫!おいエース、大丈夫なのかよい?腹壊しても一日つぶれるだけだから、いいんじゃね?…兄貴なんだからしっかり面倒見ろよい。わぁってるよ…って俺は兄じゃねぇ。
エース君達が始めたオンライン対戦ゲームをマルコさんの膝の上で眺めながら、マルコさんと避けろ!、動きが遅いよ!と声を出していたら、エース君達に、ならお前らやってみろ!とコントローラーを渡された。マルコさんは何故か上手だけど、私は相手に瞬殺されてしまい、エース君達に下手すぎる!、と爆笑される羽目に。
マルコさん、どうしてやったことがないゲームなのに上手なの?

「俺達は引っ込むよい」
「おやすみ」
「おう!また明日」
「俺ら、明日は朝から遊びに行ってていねぇからな」
「好きにしろい」

もう一戦しても瞬殺され、エース君達に爆笑されていたら二十三時を回っていた。
何時まで起きているつもりなのか分からないエース君達を残し、マルコさんと寝室へ。
寝室の扉を閉めると、二人ではぁ、と息を吐いてしまい、顔を見合わせて苦笑い。

「いつもと違う疲れが一気にきたよい」
「ふふ、本当ですね」

楽しかったけど、やっぱり年齢には勝てないなぁ。
クイーンのロングベッドに二人で倒れ込み、もぞもぞと定位置に移動する。

「明日はお家でゆっくりしたいです」
「そのつもりだよい。お前さん、動けないだろうからねい」

否定ができないので素直に頷き、もうすでにふくらはぎが筋肉痛だと伝えれば、くつくつ笑われた。

「楽しかったですね」
「よい」
「マルコさんの叫び声、可愛かったですね」
「それはない」

マルコさんとの写真をたくさん撮ってもらえて嬉しかった。学生時代に戻ったみたいで新鮮だった。またエース君達と遊びたい。
とマルコさんに伝えれば、眠そうな表情で、仕方ない…と、渋々頷いてくれた。
来年も一緒にジェットコースターに乗れたらいいな。
疲れたなぁ、と欠伸をしながらマルコさんの胸に顔を埋めていると、部屋の向こうから楽し気な声が聞こえ、元気だなぁと自然と笑みがこぼれた。まだ対戦してるんですかね?、とマルコさんに話しかけたけど返事がなかった。マルコさんを見ると、瞼が閉じかかっている。
マルコさんが先に寝るなんて、なかなかないかも。
けど、朝が苦手なのに五時に起きてくれて、運転をしてくれて、エース君とルフィ君を気に掛けながら私のことも気にしてくれて、さっきもわざわざピザ屋さんまで車を出してくれて。マルコさんはいつも以上に、きっと私よりも疲れたんだろうな。

「今日は、ありがとうございました」

夢の中へ行ってしまったマルコさんの頬に、そ、と手を添えて撫でてみると、んん、と擦り寄ってくれた。エース君達にも分かってもらえなかったけど、こんなマルコさんが可愛くて、愛おしい。
ずっと、いつまでも、一緒にいたいな。
いい夢が見れますように、と願いを込めて、唇に一回、おやすみのキス。すると、マルコさんが嬉しそうな表情をした気がした。それだけで胸が満たされて、私もいい夢が見れそう。
あぁ、本当に、

「大好きです」

おやすみなさい。
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