パイナップルからはじまる恋
「無理だと言ったろい!?」
廊下から、マルコさんの声が聞こえてくる。扉を閉めているから、会話はよく聞こえてこないけど、マルコさんは電話の相手に怒っているようだった。
相手は、マルコさんのお父さん。
二か月ぐらい前、駅で私を待つ時も、マルコさんはお父さんと言い合いをしていた。あの時はなかなか終わらなかったから、今日も長いのかもしれない。その証拠に、マルコさんの声量がどんどん大きくなっている。
「…」
マルコさんとお父さんの仲が悪くなったら、と不安もあるけど、それよりも、早く電話を終わらせて助けてほしい、と切実に願っていた。
両隣からひしひしと感じる好奇な視線に、冷や汗が止まらない。
マルコさんの電話が終わるまで、ソファの前で正座をして大人しく待っていると、二人の青年が何故か両隣に座ったのだ。明らかに私のことが気になっている様子だから、視線を合わせないように床を眺めつづけるけど、足も精神も限界にきている。
「なぁなぁ」
「!」
マルコさんがお父さんに、報連相は基本だ!!と叫んでいるのを聞いていると、隣で声がして体が強張る。
左の青年が私の顔を覗き込んできた。ずい、と顔を近づけるので、反射的に逃げるように仰け反り、ソファの座面に後頭部を預けることになる。必然と顔が上がり、四つの目が私を捉えた。
マルコさん、まだかな…。
「マルコの彼女なのか?」
覗き込んできた青年が、私にそう尋ねた。
私から答えていいのか分からない。
えっと、えーっと、と視線を彷徨わせて答えを考えていると、右のそばかす青年も顔を近づけてきて、首を傾げられる。
「サッチから聞いてたんだが、違うのか?…あ、違うんですか?」
わざわざ言い直してくれたそばかす青年に、違いますか?と、もう一度質問を投げかけられる。
サッチさんを知っている?二人の知り合いなら、怪しい人ではないのかな?マルコさんの知り合いの時点で、怪しくないと思うけど。
「マルコさんとサッチさんとは、どのような関係で…」
知っている人の名前が出てきたからか、少し隙ができ、私からも質問をしてしまった。すると二人は、会話してくれると思ったのか、さらに顔を近づけてくる。
この二人、初対面の人に対しての距離感が少し…いや、すごく可笑しい。
最近の若い子はこういうものなのかな?まぁ、嫌な感じはしないからいっか。
足が限界だったので、体操座りに座り直して、そばかす青年に話を聞こうと口を開く。すると、逆から服を引っ張られた。左を見ると、腹減った…、ともう一人の青年が力のない声を出す。
「お腹?」
「昼飯を食ってないんだよ。マルコにたかろうと…あ、食わせてもらおう?…えーっと…あ!奢らせてやろうと思ったので!」
そばかす青年がまた何回か言い直した。けど、どの言い方も違う気がする。
ようするに二人は、マルコさんにたらふくご馳走になろうと思って、朝から何も食べていない、ということらしい。
マルコさんをそれほど頼って来るなら、他人とは思えない。左の腹ペコ青年は未成年に見えるし、右のそばかす青年も私よりは年下に見える。マルコさんと二人は二回りぐらいは歳が離れていそう。
もしかして…。
「姉ちゃん」
ある一つの仮説が頭をよぎり、お腹の底に何とも言えない違和感を抱いたけど、腹ペコ青年にまた服を強く引っ張られ、意識は彼の方へ。飯が食いたいと言う腹ペコ青年は、切羽詰まっている様子だった。勝手に用意していいのか悩むけど、ここまで切実に言われて、無視ができるほどの強い心を持っていない。
「えっと、何が食べたいですか?」
「肉!!」
「どんなお肉ですか?」
「肉ならなんでも!!」
作ってくれるのか!?と嬉しそうな顔を向けられた。まるで初めてお弁当を見た時の、輝いた表情をしたマルコさんのようで、思わず笑ってしまう。
台所へ行く私の後を、腹ペコ青年だけでなくそばかす青年もついてきて、俺も食べたいです、と遠慮がちに言う。一人分も二人分も変わらないから大丈夫、と頷くと、そばかす青年も嬉しそうに笑った。その表情に嬉しくなり、美味しいものを作ろうとやる気がでる。
この二人、絶対に人たらしだ。
「作らなくていいよい」
「マルコさん」
いつのまにか、電話を終えたマルコさんが私達の後ろに立っていた。三人でマルコさんを見ていると、マルコさんは私の持つお肉を奪い、冷蔵庫に仕舞う。
そして、二人を見ながら廊下を指差し、不機嫌そうな顔で、こう言い放つ。
「出て行け」
その一言は、大喧嘩の合図となった。
パイナップルおじさんは、安いホテルにでも泊まれ、と二人を追い出そうとする。片や二人の青年は、ケチ!腹減った!部屋が余ってんだろ!なんか食わせろ!と声を上げた。このパイナップル!とそばかす青年が言い出すと、マルコさんが、それ今関係あんのか?、と低い声を出す。
間近で見る男性達の大喧嘩は、迫力がある。
腹ペコ青年は私よりも少し高いぐらいだけど、そばかす青年は同級生と同じぐらいの身長で体格がしっかりしていた。大柄な人が声を荒げているのを聞いていると、私に向けられていないのに体が萎縮してしまう。
少し距離をとりたくて、マルコさんとそばかす青年から離れると、私の服を掴んで離さない腹ペコ青年がついてきた。
「バイトの金があるだろい?」
「二週間のホテル代なんてバカにならねぇだろ!!」
「なぁ、腹減って死にそうなんだよぉ…」
「なら金をやる。それでいいだろ?」
「金で釣られると思うなよ!今から二週間も泊まれるホテルが見つかると思ってんのか!?」
「なぁ、飯…」
「転々とすればいいだけだろ。…さっさと出て行け!!」
「出て行かねぇ!!」
「ねぇちゃん…めし…」
マルコさんとそばかす青年は、意地になっているのか冷静になれていない。そばかす青年はふざけんな!、と叫ぶだけだし、マルコさんも出て行け、の一点張りで話し合いをする気がない。
とりあえず、落ち着かせないと…。
「マルコさん。落ち着いてください」
「こいつら追い出すまでは落ち着かねぇよい」
「そんな意地を張らないでください。…ね?」
マルコさんの頬を両手で包み、顔を私の方に向かせる。落ち着いて、と頬を何度も撫でていると、逆立っていた髪が少しずつ落ち着きを取り戻した。もっと撫でろと言わんばかりに、手のひらにすり寄ってくるからそれに応えていると、そばかす青年が目を見開く。
この三人の関係を考えると、何もそんなに邪険に扱わなくてもいいのでは、と思う。二人はマルコさんに会いたくて来てくれたんだから。
突然知らされた事実に、間近で見た大喧嘩に、心は嵐のように荒れているけど、今は、私だけでも冷静にならなければ。
「せっかく遊びに来てくれた息子さん達に、そんな怒っちゃ駄目ですよ」
「…え?」
「え?」
「え?」
背伸びをして、よしよし、とマルコさんの頭を撫でると、マルコさんはぽかん、と私を見た。そばかす青年も、腹ペコ青年も、ぽかん、と私を見る。
その様子に私も、ぽかん、となってしまい、四人でしばしのぽかんタイムとなった。
「……え?誰が?」
「このお二人が」
「誰の?」
「マルコさんの」
息子さんでは?とマルコさんを見ると、青ざめた表情で私の肩を力強く掴んだ。
「俺に子どもはいないよい!!」
「…姉ちゃん、すげえ方向に持っていったな…あ、持っていきましたね」
え?と、マルコさんとそばかす青年を交互に見ると、マルコさんは手で顔を覆って、長すぎるため息をつき、そばかす青年は変わった姉ちゃんだな、と笑った。
心の中の嵐は、あっという間にどこかへ行ってしまった。
私は、またひとり、突っ走っていたらしい。先週は自分で落ち着かせられたのに。報連相もだけと、確連報も身につけないと。
「あれ?どこいった??」
「腹減りすぎて死んだんじゃねぇのか?」
「え!?」
さっきまで私のそばにいた、腹ペコ青年の姿がない。慌ててリビング中を探そうとすると、突然、誰かに足首を掴まれた。
…床に、人が倒れている。
マルコさんとそばかす青年は、限界だったか、と冷静だけど、私は驚きすぎて、腹ペコ青年の体を全力で揺さぶってしまった。
「もう…しぬ…」
「大丈夫!?す、すぐ作るからね!」
「姉ちゃん、適当に肉を焼くだけでいいんで」
「なんだその言い方は!!」
「いってえええ!!」
また喧嘩を始めてしまったマルコさんとそばかす青年に腹ペコ青年を頼み、冷蔵庫から豚肉を出す。焼くだけなんて味気ないから、生姜焼きを作ろう。お米も、と思ったけど、早炊きにしても時間がかかるから、今は生姜焼きとサラダだけかな。
「肉…」
「もうすぐできるから、向こうで待っててね」
フライパンで豚肉を焼いていると、においに釣られた腹ペコ青年が近づいてきた。隣からフライパンを見て、なんと、待ちきれなかったのか素手で豚肉を掴もうとした。慌てて止めるけど、力が強くて私一人ではどうすることもできない。そばかす青年と言い合いをしているマルコさんに助けを求めれば、何してんだ!と腹ペコ青年の首根っこを掴み、ずるずるとソファの方へ連れて行ってくれた。それから料理ができるまで、マルコさんはそばかす青年と言い合いながら、腹ペコ青年を抑え続ける。テーブルに料理を並べた時には、なんか疲れた…と、マルコさんはため息混じりに呟いた。
「こっちはエース、で、こいつはルフィ。俺の地元のクソガキだ」
「もうガキじゃねぇだろ」
「姉ちゃんはマルコの彼女か?」
「そうだよい。サッチから聞いたんだろ?」
「あぁ。料理上手の可愛い彼女ができてたって聞かされた」
二十分ほどで作った料理を、二人はものの三分で完食。腹ペコ青年、ルフィ君がまだ食い足りないと私を見るので、魚でよければ…、と立ち上がったけど、マルコさんに話が先だ、と座るように促された。
そばかす青年、エース君が、サッチの言う通りだったな、と私を見て、マルコのどこがよかったんだ?と疑問を投げる。それに答えようとしたら、言わなくていい、とマルコさんに口を塞がれてしまった。
可愛いところを伝えたかったんだけどな、残念。
エース君とルフィ君は、毎年夏休みになると、マルコさんのお家をホテル代わりにして、二週間ほどこっちで遊んでいるらしい。親友と遊んだり、地元では買えない服を買ったり、テーマパークへ行ったりと楽しんでいた。
けど今年は、私が土日にお家に来るので、マルコさんはお父さんに無理だと伝えた、はずだった。お父さんは忘れていたのか、言うことでもないと思ったのか、二人に伝えていなかったのだ。
二人はいつも連絡なしでマルコさんのお家に来る。だから今年も、二人は連絡なしでマルコさんのお家を訪ね、この状況になった、というわけだ。
「貯めたバイト代をホテル代なんかに使いたくねぇよ」
「平日はいいが、土日は来るな」
「別にいいじゃん。姉ちゃんに何もしねぇし、そもそもマルコがそばにいんだから」
「あの、私、今日帰り「お前さんは泊まる」」
それは決定だ、とマルコさんは真顔で私を見た。
けどそれでは話は平行線のまま、解決しそうにない。
どうするのが一番かな。マルコさんとエース君達の意見を合わせると…。
「…私、マルコさんのそばにいるので、大丈夫ですよ」
「「本当か!?」」
エース君とルフィ君が、身を乗り出して私を見る。
エース君とルフィ君からは、何かをする気配は微塵も感じない。"勘違い事件"のこともあって、私の勘は当てにはならないけど、マルコさんのそばを離れなければいいだけ、だと思う。
「どう、ですか?」
「お前さんがそれを言ったら駄目だろい?」
仮にも若い男二人。何もないとしても、いいなんて言ってはいけない、とマルコさんは私を叱った。
それには返す言葉がない。けど、学生時代のお金事情はよく分かる。せっかくの夏休み。ホテル代が浮いたらその分たくさん遊べる。目一杯、楽しんでほしい。
「マルコさんのそばを離れませんから」
「風呂の時は?」
「…脱衣室で、待ってます」
「トイレは?」
「…扉の前で、待ってます」
「まるで猫だな!」
あはは、とエース君が笑い出し、ルフィ君はマルコさんに、決定だろ!?と期待の眼差しを向ける。
横から私が、正面からエース君とルフィ君がマルコさんを見つめること、三十秒。マルコさんはまた、手で顔を覆い、長すぎるため息をついた。
「分かったよい」
その瞬間、リビング中にエース君とルフィ君の喜びの声が響き渡り、フィカス・ウンベラータが、よかったね、と言うようにゆらゆら揺れていた。
◇ ◇ ◇
「「いっただきまーす!!」」
「「いただきます」」
最近行ってないな、と思っていた焼肉に、これほど早く来れるとは。
けど、楽しいはずの焼肉は戦場と化していた。開始三十分過ぎても、私はまだ一枚もお肉を食べられていない。
美味しそうなタンを見つめ、頃合いを見て箸で取ろうとしても、どこからか現れる箸に取られてしまう。何度挑戦しても、見えない速さでお肉が消え、新しいお肉が敷き詰められ、ひっくり返り、瞬時に消えていく。
「マルコさんっ、早くしないとお肉がっ…!」
「肉はいい、見てるだけで腹一杯だよい」
それより煮つけ…、としょんぼりしているマルコさんに、明日作りますから、と宥めて、もう一度、網に集中する。けど、全く取れない。
そうか、戦おうとするから駄目なんだ。自分の分だけを自分で焼いて、二人から守ればいい。
スペースが空いたところに、自分用のタンを置き、じっと待ち、裏返す。
「…」
「マルコ!次!」
「自分で頼めよい」
タッチパネルを見ながら、タン四人前、カルビ四人前、ロースも、と楽しそうに会話するエース君達の声を聞きながら、絶妙な焼き具合になるのを待ち続ける。
…よし、今だ!
「あ」
「うんめぇ!」
私が手塩にかけたタンは、あっけなく奪われてしまった。奪ったルフィ君は私に詫びることなく、次々にお肉を焼いては食べ、焼いては食べてを繰り返す。
次こそは…!
タンのお皿を見ると空だったから、今度はカルビを焼くことにする。すると、カルビが食べられるなんて若いな、と声がした。横を見ると、マルコさんがキムチを食べながらビールを飲んでいた。天ぷらをたくさん食べるマルコさんはまだまだ若いですよ、と答え、キムチを少しいただき、カルビの様子を確認するため網を見る。けど、そこにカルビの姿はなかった。
「カルビも美味い!!」
「あ」
私のカルビはエース君のお腹の中へ連れて行かれてしまった。
よそ見していたのが仇になった。次は、ロースにしようかな…。けどどうせ、二人に奪われる。
…もう、お肉はいいや。
せっかく焼肉に来たのにサイドメニューだけなのは虚しいけど、食べるスピードが落ちない二人には敵わない。平日の夜に一人焼肉しようと決め、タッチパネルでサイドメニューを見る。ビビンバか冷麺を食べようかな、と悩んでいると、突然、エース君とルフィ君が大声を上げた。
「ほら」
「あ」
お皿には一枚のタン。マルコさんを見ると、食べろ、と促すので、素直に箸を持ち、塩をつけて口の中へ。
久しぶりの焼肉、美味しい。
その後もマルコさんは、ほら次、もう一枚、と私のお皿にお肉を置いてくれる。それをありがたく食べながら、マルコさんに次がほしい、とじっと見つめれば、強敵二人から肉を奪い続けてくれた。
マルコさん、この二人にも負けない速さで肉を獲っていくなんて…。
焼肉にも運動神経が必要だったんだなぁ。
「マルコ!それは俺の肉だ!」
「ちげぇよ。俺の!」
「うるせぇ。また頼めばいいだろうが」
あと十五分で次に行くぞ、とマルコさんが言うと、やばい、と二人は追加注文をする。
すでに何人前のお肉を食べたか分からないけど、二人はまだまだ食べられるらしい。二人の胃袋が恐ろしくなり、いつもこうなのかとマルコさんに尋ねると、大きく頷かれた。
マルコさんは毎年、初日は焼肉食べ放題へ連れて行っていた。たくさん食べる肉好き二人を見れば、それ一択なのは頷ける。食べ放題以外のお店で、同じ量のお肉を食べたらいくらになるかなんて、想像もしなくない。
マルコさんが取ってくれたタンを噛みしめ、制限時間にあと何枚取って貰おうかな、とマルコさんを見て、あれ?と首を傾げる。
「あと一時間はありますけど、十五分で出ちゃうんですか?」
制限時間は百分。なのにマルコさんは、その半分の時間でお店を出ようとしていた。理由を尋ねると、マルコさんは、はは、と苦笑いしながら、ロースをお皿にのせてくれた。
ロースも、美味しい。
「もう来ないでくれ、と言われてしまってねい…」
最初の年、三人は食べ放題の店に制限時間一杯までいた。今と同じかそれ以上の食欲だった二人は、最後までたくさんのお肉を頼み、全てを平らげた。するとお会計の時に、店長さんがマルコさん達の所へきて、”貴方達が来ると他のお客様へ肉の提供が出来なくなる。今後は量を抑えていただきたい。それが難しいのであれば、今後一切来ないでいただきたい”と言ったそう。
食べ放題とはいえ、限度はある。予約をしていても、お店側は二人の食べる量を予想はできないし、いつ来てもいいようにたくさんのお肉を仕入れておくなんて、非効率すぎる。
マルコさんは、食べた量が異常だと自覚があったから、反論することなく素直に聞き、翌年からは制限時間の半分までと決め、焼肉店をハシゴすることにした。
とはいえ、半分の時間でも、相当の量のお肉を頼んでいる。それだけでもすごいのに、時間切れになっても、二人が満足してる様子がないから驚きだ。
「こいつらの食欲が可笑しすぎるんだよい」
「食事を準備される方は大変ですね」
「そういやぁ。昔、サッチが海外に行く前、二人の食べるスピードに負けじと、料理を作り続けたことがあったんだよい」
「すごいですね。私なら前もってたくさん作りたいですが…」
「俺もそう言ったんだが、出来立てを食わせたいとかなんとか言って…でな、結局、サッチが負けた」
フライパンを振りすぎて、途中で腕が震えて持てなくなったんだ、と笑いながら教えてくれた。
今のサッチさんなら太刀打ちできるけど、当時は二人を同時に相手するのは無理だったそう。あの時から、サッチさんはさらに腕を磨き、今では海外で活躍する料理人になったというので、もしかしたらエース君達のおかげかもしれない。
「次行くぞー!」
「おおし!」
店を出て、次も食うぞ!、とやる気十二分の二人の背中を見ながら、元気さに感心していると、隣を歩くマルコさんが不意に、すまんと謝った。
「こんなのに付き合わせて…」
ゆっくりしたかったろ?うるさい奴らで本当にすまん、とマルコさんは申し訳なさそうな顔をしていた。そして、来年からは来させないようにする、約束する、と強く言いながら、私の手を取り、指を絡め、強く握る。
そんな顔、しなくていいのに。マルコさんがそんなことを思う必要はないのにな。
「大丈夫ですよ。不思議な感じですけど、嫌じゃないですから」
「そうなのか?」
この歳になると、エース君達の年齢の人と過ごす機会はほとんどない。それに私は一人っ子で、弟も妹もいないから、なんだかすごく新鮮だった。いつもと違う時間が過ごせて楽しい。けど、お肉が食べられないのは少し不満。
だから次は二人で焼肉に行きたいと、マルコさんにお願いすると、マルコさんは安心した表情から穏やかな表情に変わり、もちろんだ、と頷いてくれた。
「今度、いい店でゆっくり食べるよい」
そう約束してくれるマルコさんに、お菓子好きの部下さんを連れて行った店ぐらいですか?と尋ねれば、指を撫でながら、そうだよい、と答えてくれた。
なら、その時は上カルビを食べようっと。
「マルコ、姉ちゃん、早く来いよ!」
「早く食おうぜ!」
店の前で、早く早くと急かすエース君とルフィ君。
次は自分で十枚取るのを目標に、二戦目に挑戦するのだった。
廊下から、マルコさんの声が聞こえてくる。扉を閉めているから、会話はよく聞こえてこないけど、マルコさんは電話の相手に怒っているようだった。
相手は、マルコさんのお父さん。
二か月ぐらい前、駅で私を待つ時も、マルコさんはお父さんと言い合いをしていた。あの時はなかなか終わらなかったから、今日も長いのかもしれない。その証拠に、マルコさんの声量がどんどん大きくなっている。
「…」
マルコさんとお父さんの仲が悪くなったら、と不安もあるけど、それよりも、早く電話を終わらせて助けてほしい、と切実に願っていた。
両隣からひしひしと感じる好奇な視線に、冷や汗が止まらない。
マルコさんの電話が終わるまで、ソファの前で正座をして大人しく待っていると、二人の青年が何故か両隣に座ったのだ。明らかに私のことが気になっている様子だから、視線を合わせないように床を眺めつづけるけど、足も精神も限界にきている。
「なぁなぁ」
「!」
マルコさんがお父さんに、報連相は基本だ!!と叫んでいるのを聞いていると、隣で声がして体が強張る。
左の青年が私の顔を覗き込んできた。ずい、と顔を近づけるので、反射的に逃げるように仰け反り、ソファの座面に後頭部を預けることになる。必然と顔が上がり、四つの目が私を捉えた。
マルコさん、まだかな…。
「マルコの彼女なのか?」
覗き込んできた青年が、私にそう尋ねた。
私から答えていいのか分からない。
えっと、えーっと、と視線を彷徨わせて答えを考えていると、右のそばかす青年も顔を近づけてきて、首を傾げられる。
「サッチから聞いてたんだが、違うのか?…あ、違うんですか?」
わざわざ言い直してくれたそばかす青年に、違いますか?と、もう一度質問を投げかけられる。
サッチさんを知っている?二人の知り合いなら、怪しい人ではないのかな?マルコさんの知り合いの時点で、怪しくないと思うけど。
「マルコさんとサッチさんとは、どのような関係で…」
知っている人の名前が出てきたからか、少し隙ができ、私からも質問をしてしまった。すると二人は、会話してくれると思ったのか、さらに顔を近づけてくる。
この二人、初対面の人に対しての距離感が少し…いや、すごく可笑しい。
最近の若い子はこういうものなのかな?まぁ、嫌な感じはしないからいっか。
足が限界だったので、体操座りに座り直して、そばかす青年に話を聞こうと口を開く。すると、逆から服を引っ張られた。左を見ると、腹減った…、ともう一人の青年が力のない声を出す。
「お腹?」
「昼飯を食ってないんだよ。マルコにたかろうと…あ、食わせてもらおう?…えーっと…あ!奢らせてやろうと思ったので!」
そばかす青年がまた何回か言い直した。けど、どの言い方も違う気がする。
ようするに二人は、マルコさんにたらふくご馳走になろうと思って、朝から何も食べていない、ということらしい。
マルコさんをそれほど頼って来るなら、他人とは思えない。左の腹ペコ青年は未成年に見えるし、右のそばかす青年も私よりは年下に見える。マルコさんと二人は二回りぐらいは歳が離れていそう。
もしかして…。
「姉ちゃん」
ある一つの仮説が頭をよぎり、お腹の底に何とも言えない違和感を抱いたけど、腹ペコ青年にまた服を強く引っ張られ、意識は彼の方へ。飯が食いたいと言う腹ペコ青年は、切羽詰まっている様子だった。勝手に用意していいのか悩むけど、ここまで切実に言われて、無視ができるほどの強い心を持っていない。
「えっと、何が食べたいですか?」
「肉!!」
「どんなお肉ですか?」
「肉ならなんでも!!」
作ってくれるのか!?と嬉しそうな顔を向けられた。まるで初めてお弁当を見た時の、輝いた表情をしたマルコさんのようで、思わず笑ってしまう。
台所へ行く私の後を、腹ペコ青年だけでなくそばかす青年もついてきて、俺も食べたいです、と遠慮がちに言う。一人分も二人分も変わらないから大丈夫、と頷くと、そばかす青年も嬉しそうに笑った。その表情に嬉しくなり、美味しいものを作ろうとやる気がでる。
この二人、絶対に人たらしだ。
「作らなくていいよい」
「マルコさん」
いつのまにか、電話を終えたマルコさんが私達の後ろに立っていた。三人でマルコさんを見ていると、マルコさんは私の持つお肉を奪い、冷蔵庫に仕舞う。
そして、二人を見ながら廊下を指差し、不機嫌そうな顔で、こう言い放つ。
「出て行け」
その一言は、大喧嘩の合図となった。
パイナップルおじさんは、安いホテルにでも泊まれ、と二人を追い出そうとする。片や二人の青年は、ケチ!腹減った!部屋が余ってんだろ!なんか食わせろ!と声を上げた。このパイナップル!とそばかす青年が言い出すと、マルコさんが、それ今関係あんのか?、と低い声を出す。
間近で見る男性達の大喧嘩は、迫力がある。
腹ペコ青年は私よりも少し高いぐらいだけど、そばかす青年は同級生と同じぐらいの身長で体格がしっかりしていた。大柄な人が声を荒げているのを聞いていると、私に向けられていないのに体が萎縮してしまう。
少し距離をとりたくて、マルコさんとそばかす青年から離れると、私の服を掴んで離さない腹ペコ青年がついてきた。
「バイトの金があるだろい?」
「二週間のホテル代なんてバカにならねぇだろ!!」
「なぁ、腹減って死にそうなんだよぉ…」
「なら金をやる。それでいいだろ?」
「金で釣られると思うなよ!今から二週間も泊まれるホテルが見つかると思ってんのか!?」
「なぁ、飯…」
「転々とすればいいだけだろ。…さっさと出て行け!!」
「出て行かねぇ!!」
「ねぇちゃん…めし…」
マルコさんとそばかす青年は、意地になっているのか冷静になれていない。そばかす青年はふざけんな!、と叫ぶだけだし、マルコさんも出て行け、の一点張りで話し合いをする気がない。
とりあえず、落ち着かせないと…。
「マルコさん。落ち着いてください」
「こいつら追い出すまでは落ち着かねぇよい」
「そんな意地を張らないでください。…ね?」
マルコさんの頬を両手で包み、顔を私の方に向かせる。落ち着いて、と頬を何度も撫でていると、逆立っていた髪が少しずつ落ち着きを取り戻した。もっと撫でろと言わんばかりに、手のひらにすり寄ってくるからそれに応えていると、そばかす青年が目を見開く。
この三人の関係を考えると、何もそんなに邪険に扱わなくてもいいのでは、と思う。二人はマルコさんに会いたくて来てくれたんだから。
突然知らされた事実に、間近で見た大喧嘩に、心は嵐のように荒れているけど、今は、私だけでも冷静にならなければ。
「せっかく遊びに来てくれた息子さん達に、そんな怒っちゃ駄目ですよ」
「…え?」
「え?」
「え?」
背伸びをして、よしよし、とマルコさんの頭を撫でると、マルコさんはぽかん、と私を見た。そばかす青年も、腹ペコ青年も、ぽかん、と私を見る。
その様子に私も、ぽかん、となってしまい、四人でしばしのぽかんタイムとなった。
「……え?誰が?」
「このお二人が」
「誰の?」
「マルコさんの」
息子さんでは?とマルコさんを見ると、青ざめた表情で私の肩を力強く掴んだ。
「俺に子どもはいないよい!!」
「…姉ちゃん、すげえ方向に持っていったな…あ、持っていきましたね」
え?と、マルコさんとそばかす青年を交互に見ると、マルコさんは手で顔を覆って、長すぎるため息をつき、そばかす青年は変わった姉ちゃんだな、と笑った。
心の中の嵐は、あっという間にどこかへ行ってしまった。
私は、またひとり、突っ走っていたらしい。先週は自分で落ち着かせられたのに。報連相もだけと、確連報も身につけないと。
「あれ?どこいった??」
「腹減りすぎて死んだんじゃねぇのか?」
「え!?」
さっきまで私のそばにいた、腹ペコ青年の姿がない。慌ててリビング中を探そうとすると、突然、誰かに足首を掴まれた。
…床に、人が倒れている。
マルコさんとそばかす青年は、限界だったか、と冷静だけど、私は驚きすぎて、腹ペコ青年の体を全力で揺さぶってしまった。
「もう…しぬ…」
「大丈夫!?す、すぐ作るからね!」
「姉ちゃん、適当に肉を焼くだけでいいんで」
「なんだその言い方は!!」
「いってえええ!!」
また喧嘩を始めてしまったマルコさんとそばかす青年に腹ペコ青年を頼み、冷蔵庫から豚肉を出す。焼くだけなんて味気ないから、生姜焼きを作ろう。お米も、と思ったけど、早炊きにしても時間がかかるから、今は生姜焼きとサラダだけかな。
「肉…」
「もうすぐできるから、向こうで待っててね」
フライパンで豚肉を焼いていると、においに釣られた腹ペコ青年が近づいてきた。隣からフライパンを見て、なんと、待ちきれなかったのか素手で豚肉を掴もうとした。慌てて止めるけど、力が強くて私一人ではどうすることもできない。そばかす青年と言い合いをしているマルコさんに助けを求めれば、何してんだ!と腹ペコ青年の首根っこを掴み、ずるずるとソファの方へ連れて行ってくれた。それから料理ができるまで、マルコさんはそばかす青年と言い合いながら、腹ペコ青年を抑え続ける。テーブルに料理を並べた時には、なんか疲れた…と、マルコさんはため息混じりに呟いた。
「こっちはエース、で、こいつはルフィ。俺の地元のクソガキだ」
「もうガキじゃねぇだろ」
「姉ちゃんはマルコの彼女か?」
「そうだよい。サッチから聞いたんだろ?」
「あぁ。料理上手の可愛い彼女ができてたって聞かされた」
二十分ほどで作った料理を、二人はものの三分で完食。腹ペコ青年、ルフィ君がまだ食い足りないと私を見るので、魚でよければ…、と立ち上がったけど、マルコさんに話が先だ、と座るように促された。
そばかす青年、エース君が、サッチの言う通りだったな、と私を見て、マルコのどこがよかったんだ?と疑問を投げる。それに答えようとしたら、言わなくていい、とマルコさんに口を塞がれてしまった。
可愛いところを伝えたかったんだけどな、残念。
エース君とルフィ君は、毎年夏休みになると、マルコさんのお家をホテル代わりにして、二週間ほどこっちで遊んでいるらしい。親友と遊んだり、地元では買えない服を買ったり、テーマパークへ行ったりと楽しんでいた。
けど今年は、私が土日にお家に来るので、マルコさんはお父さんに無理だと伝えた、はずだった。お父さんは忘れていたのか、言うことでもないと思ったのか、二人に伝えていなかったのだ。
二人はいつも連絡なしでマルコさんのお家に来る。だから今年も、二人は連絡なしでマルコさんのお家を訪ね、この状況になった、というわけだ。
「貯めたバイト代をホテル代なんかに使いたくねぇよ」
「平日はいいが、土日は来るな」
「別にいいじゃん。姉ちゃんに何もしねぇし、そもそもマルコがそばにいんだから」
「あの、私、今日帰り「お前さんは泊まる」」
それは決定だ、とマルコさんは真顔で私を見た。
けどそれでは話は平行線のまま、解決しそうにない。
どうするのが一番かな。マルコさんとエース君達の意見を合わせると…。
「…私、マルコさんのそばにいるので、大丈夫ですよ」
「「本当か!?」」
エース君とルフィ君が、身を乗り出して私を見る。
エース君とルフィ君からは、何かをする気配は微塵も感じない。"勘違い事件"のこともあって、私の勘は当てにはならないけど、マルコさんのそばを離れなければいいだけ、だと思う。
「どう、ですか?」
「お前さんがそれを言ったら駄目だろい?」
仮にも若い男二人。何もないとしても、いいなんて言ってはいけない、とマルコさんは私を叱った。
それには返す言葉がない。けど、学生時代のお金事情はよく分かる。せっかくの夏休み。ホテル代が浮いたらその分たくさん遊べる。目一杯、楽しんでほしい。
「マルコさんのそばを離れませんから」
「風呂の時は?」
「…脱衣室で、待ってます」
「トイレは?」
「…扉の前で、待ってます」
「まるで猫だな!」
あはは、とエース君が笑い出し、ルフィ君はマルコさんに、決定だろ!?と期待の眼差しを向ける。
横から私が、正面からエース君とルフィ君がマルコさんを見つめること、三十秒。マルコさんはまた、手で顔を覆い、長すぎるため息をついた。
「分かったよい」
その瞬間、リビング中にエース君とルフィ君の喜びの声が響き渡り、フィカス・ウンベラータが、よかったね、と言うようにゆらゆら揺れていた。
◇ ◇ ◇
「「いっただきまーす!!」」
「「いただきます」」
最近行ってないな、と思っていた焼肉に、これほど早く来れるとは。
けど、楽しいはずの焼肉は戦場と化していた。開始三十分過ぎても、私はまだ一枚もお肉を食べられていない。
美味しそうなタンを見つめ、頃合いを見て箸で取ろうとしても、どこからか現れる箸に取られてしまう。何度挑戦しても、見えない速さでお肉が消え、新しいお肉が敷き詰められ、ひっくり返り、瞬時に消えていく。
「マルコさんっ、早くしないとお肉がっ…!」
「肉はいい、見てるだけで腹一杯だよい」
それより煮つけ…、としょんぼりしているマルコさんに、明日作りますから、と宥めて、もう一度、網に集中する。けど、全く取れない。
そうか、戦おうとするから駄目なんだ。自分の分だけを自分で焼いて、二人から守ればいい。
スペースが空いたところに、自分用のタンを置き、じっと待ち、裏返す。
「…」
「マルコ!次!」
「自分で頼めよい」
タッチパネルを見ながら、タン四人前、カルビ四人前、ロースも、と楽しそうに会話するエース君達の声を聞きながら、絶妙な焼き具合になるのを待ち続ける。
…よし、今だ!
「あ」
「うんめぇ!」
私が手塩にかけたタンは、あっけなく奪われてしまった。奪ったルフィ君は私に詫びることなく、次々にお肉を焼いては食べ、焼いては食べてを繰り返す。
次こそは…!
タンのお皿を見ると空だったから、今度はカルビを焼くことにする。すると、カルビが食べられるなんて若いな、と声がした。横を見ると、マルコさんがキムチを食べながらビールを飲んでいた。天ぷらをたくさん食べるマルコさんはまだまだ若いですよ、と答え、キムチを少しいただき、カルビの様子を確認するため網を見る。けど、そこにカルビの姿はなかった。
「カルビも美味い!!」
「あ」
私のカルビはエース君のお腹の中へ連れて行かれてしまった。
よそ見していたのが仇になった。次は、ロースにしようかな…。けどどうせ、二人に奪われる。
…もう、お肉はいいや。
せっかく焼肉に来たのにサイドメニューだけなのは虚しいけど、食べるスピードが落ちない二人には敵わない。平日の夜に一人焼肉しようと決め、タッチパネルでサイドメニューを見る。ビビンバか冷麺を食べようかな、と悩んでいると、突然、エース君とルフィ君が大声を上げた。
「ほら」
「あ」
お皿には一枚のタン。マルコさんを見ると、食べろ、と促すので、素直に箸を持ち、塩をつけて口の中へ。
久しぶりの焼肉、美味しい。
その後もマルコさんは、ほら次、もう一枚、と私のお皿にお肉を置いてくれる。それをありがたく食べながら、マルコさんに次がほしい、とじっと見つめれば、強敵二人から肉を奪い続けてくれた。
マルコさん、この二人にも負けない速さで肉を獲っていくなんて…。
焼肉にも運動神経が必要だったんだなぁ。
「マルコ!それは俺の肉だ!」
「ちげぇよ。俺の!」
「うるせぇ。また頼めばいいだろうが」
あと十五分で次に行くぞ、とマルコさんが言うと、やばい、と二人は追加注文をする。
すでに何人前のお肉を食べたか分からないけど、二人はまだまだ食べられるらしい。二人の胃袋が恐ろしくなり、いつもこうなのかとマルコさんに尋ねると、大きく頷かれた。
マルコさんは毎年、初日は焼肉食べ放題へ連れて行っていた。たくさん食べる肉好き二人を見れば、それ一択なのは頷ける。食べ放題以外のお店で、同じ量のお肉を食べたらいくらになるかなんて、想像もしなくない。
マルコさんが取ってくれたタンを噛みしめ、制限時間にあと何枚取って貰おうかな、とマルコさんを見て、あれ?と首を傾げる。
「あと一時間はありますけど、十五分で出ちゃうんですか?」
制限時間は百分。なのにマルコさんは、その半分の時間でお店を出ようとしていた。理由を尋ねると、マルコさんは、はは、と苦笑いしながら、ロースをお皿にのせてくれた。
ロースも、美味しい。
「もう来ないでくれ、と言われてしまってねい…」
最初の年、三人は食べ放題の店に制限時間一杯までいた。今と同じかそれ以上の食欲だった二人は、最後までたくさんのお肉を頼み、全てを平らげた。するとお会計の時に、店長さんがマルコさん達の所へきて、”貴方達が来ると他のお客様へ肉の提供が出来なくなる。今後は量を抑えていただきたい。それが難しいのであれば、今後一切来ないでいただきたい”と言ったそう。
食べ放題とはいえ、限度はある。予約をしていても、お店側は二人の食べる量を予想はできないし、いつ来てもいいようにたくさんのお肉を仕入れておくなんて、非効率すぎる。
マルコさんは、食べた量が異常だと自覚があったから、反論することなく素直に聞き、翌年からは制限時間の半分までと決め、焼肉店をハシゴすることにした。
とはいえ、半分の時間でも、相当の量のお肉を頼んでいる。それだけでもすごいのに、時間切れになっても、二人が満足してる様子がないから驚きだ。
「こいつらの食欲が可笑しすぎるんだよい」
「食事を準備される方は大変ですね」
「そういやぁ。昔、サッチが海外に行く前、二人の食べるスピードに負けじと、料理を作り続けたことがあったんだよい」
「すごいですね。私なら前もってたくさん作りたいですが…」
「俺もそう言ったんだが、出来立てを食わせたいとかなんとか言って…でな、結局、サッチが負けた」
フライパンを振りすぎて、途中で腕が震えて持てなくなったんだ、と笑いながら教えてくれた。
今のサッチさんなら太刀打ちできるけど、当時は二人を同時に相手するのは無理だったそう。あの時から、サッチさんはさらに腕を磨き、今では海外で活躍する料理人になったというので、もしかしたらエース君達のおかげかもしれない。
「次行くぞー!」
「おおし!」
店を出て、次も食うぞ!、とやる気十二分の二人の背中を見ながら、元気さに感心していると、隣を歩くマルコさんが不意に、すまんと謝った。
「こんなのに付き合わせて…」
ゆっくりしたかったろ?うるさい奴らで本当にすまん、とマルコさんは申し訳なさそうな顔をしていた。そして、来年からは来させないようにする、約束する、と強く言いながら、私の手を取り、指を絡め、強く握る。
そんな顔、しなくていいのに。マルコさんがそんなことを思う必要はないのにな。
「大丈夫ですよ。不思議な感じですけど、嫌じゃないですから」
「そうなのか?」
この歳になると、エース君達の年齢の人と過ごす機会はほとんどない。それに私は一人っ子で、弟も妹もいないから、なんだかすごく新鮮だった。いつもと違う時間が過ごせて楽しい。けど、お肉が食べられないのは少し不満。
だから次は二人で焼肉に行きたいと、マルコさんにお願いすると、マルコさんは安心した表情から穏やかな表情に変わり、もちろんだ、と頷いてくれた。
「今度、いい店でゆっくり食べるよい」
そう約束してくれるマルコさんに、お菓子好きの部下さんを連れて行った店ぐらいですか?と尋ねれば、指を撫でながら、そうだよい、と答えてくれた。
なら、その時は上カルビを食べようっと。
「マルコ、姉ちゃん、早く来いよ!」
「早く食おうぜ!」
店の前で、早く早くと急かすエース君とルフィ君。
次は自分で十枚取るのを目標に、二戦目に挑戦するのだった。