パイナップルからはじまる恋

「顔合わせ終わったんだ。なら、次は式場探し?」
『そうね』
「入籍は?」
『日にちを決めたから、その日まで待ってるのよ』

どんな式場がいいか、どんなドレスを着ようか。候補がありすぎて、しかもどれも素敵で選べられないと、アスカは楽しそうに話をしてくれる。暗い部屋で、ベッドに横になりながら聞いている私も、弾んでいるアスカの声につられて楽しくなってきて、目の前にいないのに頷き続けた。
電話がくる前までは眠たかったけど、アスカのテンションにつられて目が冴えてしまった。明日はいつもより、早くに家を出ないといけないけど、大丈夫かな。
プロポーズされてから、顔合わせ、入籍、式の準備と、やることはこれだけなのにすごく大変。同棲していなかったら、ここに引っ越し作業も加わるから、まだマシな方だと、色々と教えてくれる。私には全く分からないから為にはなるけど、正直、他人事だ。だから、私の相打ちは、そっかー、とすごく軽い。

「大変なんだね」
『なんで他人事?あんた、他人事じゃないからね』
「なんで?」
『なんでって…』

マルコさんと付き合ってるんだから、考えたりしないの?とアスカが不思議そうな声を出す。
アスカには、誰よりも先にマルコさんと付き合うことを報告した。隠していても彼女にはすぐにバレるから、"真正直"に話をすると、安心したような、呆れたような、長いため息をつかれた。そして「だから言ったじゃん、あんたは愛されてんの。一生マルコさんのそばにいなさい!」と、ここでも叱られた。私からの話と写真でしかマルコさんを知らないのに、アスカはすごくいい人だと思っている。実際にその通りだから否定はしないけど。

「結婚なんて、考えたことないから、よく分からない」
『もしかしたら、マルコさんよりも願望薄いのかもね』

どうなんだろう。
この年になると、周りがどんどん結婚していくから焦る、と聞く。けど、周りには結婚してる人よりも、していない人の方が多いから焦っていないのかも。
付き合ったら、すぐに結婚とか、その先も考えないといけないのかな。年齢的には考えないといけないのかもしれないけど、自分が結婚しているイメージが、湧かない。

『ま、人それぞれの形があるわよ。三十までには結婚して子ども作るんだって言ってた会社の人は婚活サイトに登録して、本当に三十までに結婚して子ども作ったし』
「前に、焦った方がいいんじゃない?って私に言ってたのに、今日は言わないんだね」
『価値観の押し付けはよくないなって、思えるようになったのよ』
「アスカがどんどん先を行っちゃう…」
『え?いつも隣を歩いているつもりだけど?』

一生独身を貫くと割り切っている知り合いも、離婚をした知り合いもいる。
正解があるわけではないから、本人が決めたことならそれでいい。けど、私はまだ何も決まっていない。
同世代の女性の多くは私と同じではないのかな。
私はどうしたいか、なんて真面目に考えたことなかったな。けど今は、マルコさんと今度はどこ行こうとか、何を作ろうとか考えていたい。
今週は、マルコさんと一緒に唐揚げを作るんだ。

「そんなことよりも、マルコさんのもぐもぐ姿、本当に可愛いんだよ」
『”そんなこと”…。って、マルコさんは可愛い部類に入らないって言ってるでしょ』

あんたの感性が理解できないわ、と呆れているアスカに、マルコさんの可愛さを語ったけど、二回聞いても全く分からないと全否定されてしまった。

『聞くには聞くけど。あんた、なぁなぁにするのはやめた方がいいわよ』
「うん。その時がきたら、ちゃんと考える」

それが近いうちなのか、遠いうちなのか、一生こないのか。
真っ暗の天井を見つめながら、輪郭が掴めないものを見ようとしたけど、見えなかった。
もしかしたら電気を付ければ見えるかも、と照明のリモコンを手探りで探していると、来週予定がなかったら買い物に付き合ってほしいと、スピーカーから聞こえてきた。
マルコさんの家にお泊まりするつもりだけど、ちゃんと約束をしているわけではないからいいかな。それに友だちの、特にアスカとの時間も大事だから断りたくない。そんな私の心の内が見えているのか、夕方にはちゃんとマルコさんに返すわよ、と笑われた。
アスカは私のことを私以上に知っているから、すごい。そのことを褒めれば、嬉しくないわよ、と呆れられ、また土曜日に、と電話を切られ、時計の針の音がよく聞こえるようになった。

「…眠れない」

さぁ寝るぞ、と意気込んで目を閉じてみたけど、冴えてしまって眠れない。
どうしようかな。マルコさん、今日は出張だって言っていたから、今はホテルかな。それとも、バーとかで飲んでいるのかな。
スマホ画面を付け、あまりに明るかったのですぐに小さくした。もう目が冴えているから意味はないかもしれないけど、一応ナイトモードにして、メッセージアプリを開き、マルコさんとのメッセージ画面を表示する。
起きてるかな。どうかな。眠くないし、駄目元で。三コール鳴っても出なければ、すぐに切る。

プルルルル──
プル『もしもし?』
「マルコさん、こんばんは」
『おつかれさん。どうした?』

出てくれた、と嬉しくなったけど、”どうした?”の意味が分からなくて、何と言ったら正解なのか考えてしまった。
数秒経っても応えない私に、マルコさんが、こんな時間に電話なんて何かあったのか?と焦ったような声を出す。こんな時間?と、画面上を見れば、深夜一時を過ぎていたから驚いた。
あれ、何時までアスカと電話していたんだろ。こんな時間にマルコさんに電話かけちゃったの。
慌ててマルコさんに謝れば、優しい声で、いいよいと、応えてくれた。けど、彼女とはいえ、この時間はさすがにない。

「本当、ごめんなさい。時間を見ていなかったです。切りますね」
『切らなくていい』
「大丈夫ですか?寝てるところ邪魔しちゃったとか」
『まぁ、ベッドに入ってはいたが、寝てはなかったよい』
「マルコさん、平日寝るの遅いですよね」

夜型だからな、と笑うと、それで何かあったのかと、もう一度尋ねてきた。友だちと電話をしていたら目が冴えてしまったのだと伝えれば、そうか、と安堵を含んだ声が聞こえてくる。
目が冴えるほど電話が楽しかったんだな、とマルコさんが振ってくれたので、マルコさんのことを知っている唯一の友だちだと明るい声で話した。マルコさんと付き合っていることを知っていて、会ってもいないのにマルコさんのことを良い人だと思ってくれている、と追加すれば、戸惑いの声が上がる。

『俺のことを知っているのか?年齢も?』
「はい。来週の土曜日、その子と遊ぶ予定なんです」
『そりゃあいいねい…そうか、年齢も』

マルコさんはしばらく何も喋らなかった。話してはいけなかったかな、と謝れば、少し早口で問題はない、と言ってくれた。
けど考えてみれば、この年の差なら全ての人が、両親やアスカや、イゾウさんやサッチさん達の様に、すんなり受け入れるわけはない。というか、最初の反応は驚きの方が多いのかも。
考えなしだったな、ともう一度謝れば、マルコさんが、俺もな、と声を出した。

『話したんだよい』
「お父さんにですか?」
『違う。菓子好きの部下に』

今度は、すまん、とマルコさんが謝り、私が大丈夫、と首を横に振ることに。
今日、出張へ向かう前に、その方に美味しいスイーツがあるカフェを知らないか、と尋ねたら、「進展があったんですね!」と前のめりで話に乗ってきた。その方は詳しい話を聞いたことはなかったけど、お弁当を持参してきた時から、もしかしてと思っていたそう。外でデートする間柄になったのかと、自分毎の様に喜んでくれたので、お菓子リストのこともあり、付き合うことになったことを報告した。ただ、年齢までは話していないから、その方がどんな人を想像しているかは分からない。と、マルコさんが詳しく教えてくれた。
相手が一回り以上も下だと知ったら、どんな反応をするかは分からない。ただ、マルコさんがお弁当を持って行くようになったのは、私がマルコさんの家に行くようになってすぐの頃だから、その方は何も聞かずに、長い時間、見守ってくれていたことになる。だから、きっと優しい人なんだろうな。

「なら、今週はその中のお店に行かないとですね」
『リストの一番上の店に行くかねい』

マルコさんは、制覇するには何年かかるんだかと、嬉しそうな、呆れたような声で笑っていた。


◇ ◇ ◇


「せーのっ」
「「よいっ」」

二本の人差し指は違うものを差し、二人でバツを作った。
私が指を差したのは、水色の布地に手足の生えた小さなパイナップルがたくさんプリントされているエプロン。マルコさんが指を差したのは、白色の布地に大きなパイナップルや南国風の葉がプリントされているエプロンだ。

「それもいいですよね。大きなパイナップルが可愛くて」
「そっちもいいよい。そのパイナップル、俺が使うスタンプに似ていて可愛い」
「どっちがいいですかね」
「悩むねい」

パイナップル柄のエプロンなんて、店頭で見る機会なんてほぼないのに、まさか二種類も並んでいるなんて。
これはマルコさんのためにあるようなものだ。マルコさんが買わなくて誰が買うんだと、どちらかを買おう買おうと乗り気の私に、マルコさんは驚いていた。
私もマルコさんも降りたことがない駅で、カフェだけでは勿体ないからと、近くにあるショッピングモールに寄ることになった。今日は服は買いません、絶対買いませんから、とマルコさんに伝えながら建物に入り、ぶらぶら店を見て回っていたけど、何回か「試着だけでも…どうだ、よい?」とマルコさんが私に促してくる。その度に、今日は負けませんからね、と頑なに断り続け、今の時点では何も買ってもらっていない。
けど、しょんぼりするマルコさんを見続けるのが限界になったから、ファッションフロアから離れ、本屋で旅行の雑誌をしばらく立ち読みして、雑貨店に入り、そこで素敵な出会いがあったのだ。

「一つずつ買うか?」
「そうしましょうか」
「エプロンなんて、ガキの頃の授業以来だよい」

私も家庭科の授業以来だ。エプロンをすれば服に汚れが付くのを防げるけど、着けるのが面倒だったし、両親もエプロンをしないので買ったことがなかった。大人になってから、可愛いエプロンをつけるなんて。恥ずかしいけど、マルコさんの家でマルコさんに見られるだけだから、まぁ、いっか。
エプロンを買って、またマルコさんが私に「あのよい…服、似合うのが、」と何回も言うので、大きな手を掴み、ショッピングモールを出た。服は当分いりません、その代わり、色んな場所にたくさん出かけて、一緒に美味しいものが食べたいのだと、マルコさんに力説すれば、「ワンシーズンに二着で我慢するよい」と返されてしまった。
マルコさんって、なかなか折れないな…。

「なら、ワンシーズンごとに私も服をプレゼントしますね」
「本当か?そりゃ、楽しみだねい」

夏用の服もプレゼントし合わないと、と嬉しそうに言うマルコさんと大通りを歩き、細い路地に向かった。部下さんおすすめのカフェ第一弾は、シフォンケーキの店。
店に入るとすぐに店員が席に案内してくれた。ウッド調の店内は温かみがあり、ほっとする空間で、これは絶対美味しいシフォンケーキが食べられると、確信してしまった。

「どれがいいとかおっしゃってました?」
「このプレート、パフェ、あとこの…」

小さなホールのシフォンケーキの上に生クリームがたっぷりと乗っているもの。これが部下さん一番のおすすめ。
シフォンケーキをホールで。食べられるかな。シフォンケーキはふわふわで軽いから食べられそうだけど、万が一残してしまったら申し訳ない。けど、メニュー表に載せられている写真が可愛いし、お菓子好きの部下さんのおすすめだから、食べたい。

「味違うの頼んで半分こするか?」
「けど、食べきれるかが…」
「俺が食べるから心配ねぇよい」

マルコさんのお言葉に甘えて、プレーンと紅茶の二種類を注文。
お昼ご飯を少なくしておけば良かったですね、とマルコさんに話せば、お前さんは食べる方だからこれぐらいなら食べきれるよい、と言われた。私は小食ではないけど、大食いでもない。けど、いつの間にかマルコさんの中では、私はよく食べる人と認識されていたよう。おかしいな、大食いを披露した場面なんて一度もなかったのに…。いや、大食いではないから、披露したくてもできないけど。
両隣の席の人を見ると、同じものを頼んだようで、美味しそうに食べていた。いいな、と待ち遠しくて、そわそわしていると、マルコさんが何故か私を撮って、嬉しそうに画面を見ていた。

「お待たせいたしました」

テーブルに置かれたのは、写真の何倍も可愛く、綺麗なホールのシフォンケーキ。
私の前のプレーンと、マルコさんの前にある紅茶を交互に見て、これはおすすめするだけある、と納得した。

「そっちも美味しそうですね!いいな…!」
「くく、半分こするって言ったろい?」

ちゃんと半分あげるから安心しろ、とマルコさんはすぐにナイフとフォークを持ち、容赦なく切ろうとしていた。慌てて写真を、と止めれば、部下に報告しないと、とマルコさんも写真を撮る。
断面も綺麗なシフォンケーキはふわふわ。なめらかな生クリームは甘さ控えめで、シフォンケーキとよく合う。美味しすぎる。

「あいつは本当、できる奴だねい」
「マルコさん、全部食べる気じゃ…!」
「あ」

私が四分の一食べている間に、マルコさんはすでに半分食べ終えていて、食べ進めようとナイフを入れていた。
私の言葉に、はた、と気づき、美味くてつい、と困った顔をする。ナイフとフォークを置いて、ほら、と皿をこちらに寄せてくれたので、プレーンの四分の一を紅茶側に乗せて皿を交換。
紅茶もすごく美味しくあっという間に食べてしまい、マルコさんに、ほらねい、と笑われた。

「第二弾はどこへ行こうかねい」
「洋菓子と和菓子を交互とか、どうですか?」
「採用」


◇ ◇ ◇


「「可愛いですね/可愛いねい」」
「「え?あ、この柄、可愛いですよね/え?あぁ、この柄、可愛いよねい」」

お互いのエプロン姿を見て、可愛い可愛いと連呼する、私とマルコさん。
エプロンの柄も可愛いけど、エプロン姿のパイナップルおじさんが可愛くて、可愛いですね、と言ってしまった。マルコさんは柄のことだと思っているけど、訂正することでもないからいいや。
マルコさんの言う通り、私の着けているエプロンの柄も可愛いな。手足の生えたパイナップルが面白可笑しく可愛い。マルコさんの使うパイナップルのスタンプと同じ作家さんとかかな。
エプロン姿をお披露目したところで、マルコさんに台所に立ってもらい、目の前にまな板と半玉キャベツと包丁を用意。
今日はマルコさんの希望で、千切りに挑戦することになった。

「キャベツを半分に切ってください」
「ん」
「思い切り、ザクっと」
「思い切り、ザクっと」

マルコさんは大きな手で包丁の柄を握り、腕を高く上げた。そして眼光鋭くキャベツを見据え、キャベツの真ん中に狙いを定める。
その様子はまるで、憎い相手にナイフをぶっ刺そうとしているよう。
…しまった。マルコさんが真面目な生徒だったことを忘れていた。私が”思い切り”と言ったから、容赦なく半玉キャベツにとどめを刺すつもりだ。
可愛かったマルコさんが、エプロン姿をした怖い人に見えてしまい、慌てて、腕を下ろそうと声を掛ける。

「よい?」
「マルコさん、本気出さなくて大丈夫ですよ」
「思い切りって…」
「教え方が悪かったです。ごめんなさい」

包丁が使えるようになったと思ったけど、豆腐を手のひらで切ることや、ほうれん草を切ることと、キャベツの千切りは結びついていないらしい。
半玉キャベツに刃をあてて半分に、と違う言い方で伝えれば、その通りに切ってくれた。それから四分の一になったキャベツの三分の一ぐらいをはぎ取る。

「こうしてまな板に抑えて、あとは切るだけです」
「ん」

よし、とマルコさんが気合を入れ、刃をキャベツにあてた。
トン、トン、、トントン、トン、トン

「マルコさん、親指が危ないですよ」
「ん?」

親指は中にしまって、と手本を見せれば、マルコさんもつられて手を上げ、拳を作った。けど、力強く握っていたので、手を取って軽く握る程度で大丈夫と教えれば、ん、と返事をして、千切りを再開。

トントン、トン、トン、、トン

テンポはすごく遅く、リズムも不規則だけど、マルコさんはすごく真剣にキャベツと向き合う。初千切り記念と、カメラを向けている私に気づかず、シャッター音にも反応せず、黙々と切り続けた。

「肩こった…」
「ふふ、お疲れ様でした」
「千切りには見えないねい」
「練習あるのみですよ。最初はみんなこんな感じです」

千切りは俺が担当な、と嬉しそうに言うので、つい、手を伸ばして頬を撫でてしまった。
千切りを終え、今度は唐揚げ作り。

「ビニール袋に切った鶏肉入れます」
「ん」
「調味料を入れます」
「ん」
「これを、もみもみしてください」
「よい」

もみもみ、もみもみ、と言いながら肉にタレを揉み込むマルコさん。
マルコさんは本当にいつも真面目に、私の言葉通りのことをしてくれる。”少し”入れてと言えば、ちょろっと入れるし、さっきのように”思い切り”と言えば、包丁を高く上げ、勢いよく切ろうとする。今も、”もみもみ”と私が言ったから、その通りにもみもみするけど、まさか言いながらするとは。可愛すぎてニヤニヤ顔になってしまい、隠すのに必死でマルコさんが見られない。

「これくらいもみもみすればいいか?」
「…」
「どうした?あ、なんか間違ったかよい?」
「い、いえ、大正解です」
「顔、どうかしたのか?」

ちょっと、顔が変なことに…、としか言えず、顔を隠したまま、十分置いておきましょうと指示を出した。
鶏肉を揚げている間に、マルコさんに人参やハムを切ってもらう。仕事している時以上に肩が…、と肩を回しているマルコさんにもう一つ仕事を頼み、作り終えた頃には、マルコさんは達成感に溢れていた。

「「いただきます」」

今日のメニューはご飯、からあげ、千切りキャベツ、春雨サラダ。
マルコさんは先ず唐揚げ、と大きな口を開けて放り込んだ。本当に大きな口だな、と食べている姿を眺めていると、私を見て、こくこく頷いた。美味しいのかな、よかった。
念願の唐揚げを食べて貰えたのが嬉しくて、箸も持たずにマルコさんを見ていれば、ん、と私の口元へ唐揚げを運んでくれた。マルコさんを真似て大きく口を開けてかぶりつく。けど、マルコさん程口が大きくないから、一口では食べきれなかった。
うん、鶏肉が柔らかくて、マルコさんがもみもみしたから味が染み込んでいて美味しいな。

「ほら、二口目」
「あ」

美味いねい、と私を見るマルコさんに頷き返し、不揃いの千切りキャベツを食べ、春雨サラダを食べ進める。
マルコさんが作るものは、なんでこんなに美味しいんだろう。ただの千切りキャベツなのに、マルコさんが切ったというだけで特別感がある。春雨サラダなんて、ちょっと茹ですぎているのに、すごく美味しい。
美味しい美味しいと、一口食べる度にマルコさんに伝えてしまい、マルコさんは始終照れくさそうに、すごく嬉しそうにしてくれた。空になった皿を見ながら、もう少し食べたかったな、と呟いていたら、マルコさんが、いつでも作るからまかせろ、と得意げに言う。

「「ごちそうさまでした」」
「「あ、おそまつ様でした」」

同時に頭を下げ、二人でくすくす笑いながら後片付け。
それから、いつものようにコーヒーを淹れはじめたマルコさんの隣に立ち、初めてアイスカフェラテをお願いした。コーヒーメーカーにはブラック以外のスイッチが付いているけど、マルコさんが、ブラックしか淹れたことがないからやり方が分からん、と私を見る。説明書は捨てたと言うので、スマホで調べ、ミルクを入れておいて、スイッチ押して、氷を入れて…、と二人で確認しながらカフェラテを淹れた。

「ん、美味いねい」
「美味しいですね」

台所に立ったまま味見をして、美味しいな、ともう一口、もう一口と飲んでいたら、マルコさんにカップを奪われ、こっちこっちとソファまで誘導された。ソファに座ったマルコさんの足の間がしっかり空いていたので、堂々と座ろうとしたけど、やっぱりいつものをやってほしくてやってもらう。

「カフェラテ、本当美味しいですね」
「ブラックばかりじゃなくて、カフェラテも淹れてやればよかったねい」
「いえ!ブラックも好きですし、いつも美味しいですよ」

コーヒーメーカーほしいな、けど場所を取るから私の部屋には置けないな、とカフェラテを半分ほど一気飲みしていると、マルコさんに次の土曜日のことを尋ねられる。

「土曜日は夜まで友だちと遊ぶ予定か?」
「いえ、夕方までです。なので、土曜日の夕方からお家にお邪魔してもいいですか?」

顔を上げてマルコさんを見れば、マルコさんは、もちろん、と笑い、私の頬に唇を落とした。半分減ったカップは、少し揺れても零れることはなかった。
マルコさんのキスをするタイミングは、不思議。何でもない時に、頬やおでこ、唇にもしてくれる。されるのは嬉しいからいいけど、本当にふとした時にしてくれるから反応が遅れてしまう。今も、ん?と数秒固まってしまい、気づいた時にはマルコさんはコーヒーを飲んでいた。
あ、お返しするタイミングが。マルコさんのカップ、コーヒーが半分以上ある…。
マルコさんの方へ体を向けて、カップを預かろうと手を出すと、首を傾げられた。お返しがしたいけど、コーヒーが零れたら大変だからテーブルに置きたい、と正直に話せば、くつくつ笑いながら、零さないよい、と言ってくれたので頬に唇を押しあてる。
コーヒーは本当に零れなかった。

「金曜日から泊まってもいいんじゃないか?」
「え?」
「ここから、遊びに行ってもいいんじゃないかよい?」

駄目か?とマルコさんが、じっと私を見る。
駄目ではない、むしろ嬉しい。けどそうすると、マルコさんは私の出る時間や帰ってくる時間に合わせないといけない。せっかくの休日なのだから、夕方までは好きなことをしてほしい。
うんうん悩む私を見て、マルコさんは私のカップを奪い、テーブルに二つとも置いた。
買い物をするとしても夕方までには家にいる、問題はないよい。マルコさんはそう言いながら、私の腰を掴み、横向きに座らせた。
それなら、いいかな。時間を決めておけばいいかな。
アスカと時間を決めないと、と土曜日のスケジュールを考えていると、突然、マルコさんが顔を近づけてきた。おでこも鼻もくっつくことはなかったけど、少しでも動いたら触れてしまいそうな距離。それがもどかしくて、いっそのことくっつけてしまえ、と私の方から、こつんとおでこをくっつけた。そんな私の行動が面白かったのか、マルコさんは笑ったけど、すぐに、あのよい、と躊躇いがちに口を開いた。

「土日は家に来てくれないか?」
「毎週ですか?」
「よい」

友だちと予定を入れていいし、一人で出かけるのもいい、けど、ここから出かけてほしい、とマルコさんが困った顔で言う。
どうして困り顔なんだろう。私としてはすごく嬉しいお願いだから、全く困らないのに。
次の土曜日はマルコさんの家から一人で出かけて、一人で帰ってくる。なんだか不思議な気持ちになるけど、それ以上にすごく嬉しくなった。
両手でマルコさんの頬を包んで、大きく何度も頷けば、マルコさんは嬉しそうな顔をした。

「ありがとよい」

マルコさんの瞳の奥に、私の部屋の天井では見えなかった輪郭が、ほんの一瞬だけ見えた気がした。
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