パイナップルからはじまる恋
「「……」」
「「……」」
マルコさんと一緒に頭を下げ、両親の反応を待つけど、二人は何も返してくれない。汗ばんできた手を、ぎゅ、と握りながら、ひたすら待ち続ける。
もしかして、友だちやご飯係はいいけど、彼氏となると話は別だ、と言われるのかな。どうしよう、二人ならいつもの優しい顔で「マルコさんなら安心だ」と言ってくれると思っていたのに。
「お付き合いすることをお許しいただけないでしょうか」
「お願いします」
マルコさんから、私の両親に付き合っていることを伝えたい、と相談された。
両親に気に入られているとはいえ、これだけ年が離れていると不安がるだろうし、もしかしたら反対される可能性もある。両親に隠し続けるのは不誠実だから、しっかり伝えて理解を得たいと、マルコさんはすごく真剣に考えてくれていた。
話を聞いて、年の差があると周りを気にしないといけないことに気付かされた。それと同時に、マルコさんがそれほど真剣に私と一緒にいたい、と思ってくれていることがすごく嬉しかった。そんなマルコさんを安心させる為にも報告をしようと、マルコさんの提案に頷いたのだ。その時に、私もマルコさんのお父さんに挨拶がしたいと伝えた。ただ、住んでいる場所が私の実家のように近くにあるわけではなく、飛行機を使わないといけないから、もう少し後にすることに。
そして今日、いつもなら仕事が終われば各々向かうけど、行く時間を合わせて二人で実家に向かった。来た私達を、両親はいつもの優しい顔で迎え入れてくれた。今日のご飯も美味しく出来たんだと、マルコさんのもぐもぐ姿が待ち遠しい二人は、私達に座るように促す。けど私達は立ったまま、向かいに座る二人を見つめ、話を切り出した。
「二人にお話があります」
「なんだ?」
「どうしたの?」
首を傾げる二人に、「私達、お付き合いをすることとなりました。今日はそのご報告です」と頭を下げた。
それから今までの数分間、両親の反応がなく、私はどうしたらいいのか分からない。
静かな時間が流れ続ける中、マルコさんが最初に口を開いた。
「これだけ年が離れてますので、不安になるのは当然のことと思います。ですが、私は娘さんをとても大切に想っており、これからも二人で少しずつ関係を深めていきたいと考えております。ですので、娘さんと一緒にいることをお許しいただけないでしょうか」
「何かあれば二人で話し合う、と決めたので心配は入りません。マルコさんとお付き合いすることを許してほしいです」
「「どうか、お願いします」」
これで駄目だったら、マルコさんと駆け落ち?いや、そんなことはしたくないから、二人に理解してもらうまで何回も説得するしかない。これからマルコさんと説得資料を作らないと。年の差カップルの事例を集めて、メリット、デメリットを箇条書きにして、デメリットに対しての解決策を書かないと。マルコさんも一緒に考えてくれるかな。
頭の中では、すでに次の対策を考え始めてしまっているけど、まだ駄目だと言われたわけではない。マルコさんのことを息子のように気にかける両親なら、きっと許してくれるはず。
望みを捨てずに、ただただ待ち続ける私達。テーブルに並べられた料理達が見守る中、ついに二人が声を出した。
「いや、その、だな…」
「えっと、その…」
歯切れの悪い反応に体が強張った。マルコさんの方を横目で見れば、両手を強く握っていて、緊張が伝わってくる。
何を言われても動揺はしないように、冷静に、冷静にと自分に言い聞かせた。
「父さんも母さんも…」
「てっきり、二人はもう、そういう関係なのかと…」
「「…え?」」
私もマルコさんも呆気にとられ、ぽかん、と二人を見つめてしまった。予想していなかった言葉にどう答えたらいいのか分からず困っていると、二人はぽつぽつと言葉を続ける。
二人は、私がマルコさんの家へ週に一回も行っているし、二人で遊びに出かけてもいるから、もうとっくに付き合っていると思っていた。だから報告を聞いて、付き合っていなかったのかと驚いてしまった、ということらしい。
「二人して真剣な顔をするから何事かと思ったわ」
「全くだ。驚いてしばらく声が出せなかったよ」
今まで付き合っていなかったのか、と二人は笑い出し、それから、許すも許さないもない、と優しい顔で言ってくれた。
「マルコさん、丁寧にありがとう。こんなに娘を想ってくれてるなんて、嬉しいわ」
「こちらこそ、娘のことをよろしく頼むよ」
あとは食べながら、と促されたので、ようやく椅子に座り、四人で手を合わせた。先ずは、緊張が解けたマルコさんに食べてもらう。待ちに待ったもぐもぐ姿を見て、両親はご満悦。マルコさんに美味しいか尋ねれば、こくり、と口を動かしながら頷いてくれるので、私も笑みが溢れた。
「週に一度でなくても、気が向いた時に来てくれていいのよ」
「美味い料理をいつでもご馳走しよう」
「駄目。お父さんの料理ばかり食べてたら、私じゃ満足してもらえなくなる」
「ま、満足…?」
「そうね。マルコさんの胃袋を掴んでおかないとね」
「俺の、胃袋…」
マルコさんの胃袋を渡してたまるものか。マルコさんの胃袋をこれ以上は掴まれないようにしないと。私の天敵は父と母。
「…あ、マルコさんの胃袋を掴んでいる人、私達以外にもいるんだよ」
「「え」」
「え?」
何故かマルコさんも驚いている。
忘れてはならないのは、サッチさんの存在。マルコさんの胃袋を数十年も掴み続けている男だ。
二人にサッチさんのことを話し、見せたかった"残像が見えるほど速い包丁さばき動画"を再生する。二人は動画を見て目を見開いた。
「すごく美味しかったんだよ。あとね、私の酢豚も美味しいって言ってくれた」
「そうなのか。プロだと勝ち目はないな…」
「あの、三人の料理はサッチのにも負けていないですので…!」
「ふふ、ありがとう」
父は食べてみたかった、と悔しがり、母はどうしたらマルコさんの気にいる味付けになるか聞きたかった、と残念がった。サッチさんが帰ってきている間に、時間があればと思うけど、サッチさんとパートナーさんにも都合はあるし、マルコさんの彼女だからと我儘を言っていいわけはない。けど、マルコさんは機会があれば連れて来ると言ってくれた。
今回は無理でも、いつか店に来てくれるといいな。
「あら、これは?」
「あ、これはマルコさんの料理動画だよ」
「それは見せなくてもいいだろい?!」
「母さんに送ってくれない?」
「父さんにも」
「え!?」
すぐに両親に送れば、二人ともスマホを出して動画を再生する。マルコさんが見ないでほしいと二人に言うけど、言うことを聞くつもりはないらしい。すごく真剣にピーラーで野菜をスライスする姿を見ながらほっこりする二人を見て、マルコさんはどうして送るんだ、と私に詰め寄った。可愛い、のお裾分けだと伝えれば、マルコさんに可愛くない、と不貞腐れる。
それから話題を変えて、近いうちに泊まりで旅行することや、土日はマルコさんの家に泊まっていることを伝えた。母から、全てを話してくれなくても大丈夫、と笑われたけど、付き合う前からマルコさんと寝ていたことや、私の"勘違い事件"は伝えていないから、全てを話しているわけではない。
「お邪魔しました」
「また来週来るね」
「気をつけてね」
「暑くなってきたから、二人とも熱中症には気をつけるんだぞ」
「はい」
家を出ると、マルコさんがすぐに、すり、と指を絡めてくれた。見上げれば、嬉しそうな顔で私を見つめている。私も嬉しくなり、つい腕を振ってしまってマルコさんに笑われた。
前は商店街に入る時に手が離れたけど、もう離さなくていいんだ。彼女になるとこんなにも状況が変わるんだな、としみじみしてしまう。
「今日はありがとうございました。ちゃんと報告できてよかったです」
「礼を言うのは俺の方だ。これからも二人と仲良くできそうで安心したよい」
「母が言ってましたけど、嫌でなければ、気が向いた時でいいので行ってあげてください」
とはいえ、土日はほとんど私といるし、平日は仕事があるから時間はない。
実家以外にも商店街には色んな店があるから、一度はマルコさんをちゃんと案内したいな。前に誘った時は、まだだ、とマルコさんが言っていたけど、今ならどうかな。
電車を待ちながら話してみると、マルコさんは嬉しそうに頷き、近いうちに行きたいと言ってくれた。
よし、なら、念入りに計画を立てよう。最新の商店街情報を持っていないから事前に調べないとな。土日はマルコさんと過ごしたいから平日に行かないといけない。とりあえず、両親に聞いてみようかな。
「案内は任せてくださいね!」
「あぁ、楽しみにしてるよい」
電車が来て、車両の端の席が空いていたので、手を繋いだまま二人で座る。
マルコさんは実家以外の店には一度も行ったことがないし、歩いている時もなんとなく店構えを見ているだけだから、どんな店があるかを知らない。食べ歩きができるほど色んな店があるのか、と尋ねられたので、私の情報が正しければたくさんあったはずなので頷く。
「商店街の前に、先ずは中華街ですね」
「な。食べ歩きは久しぶりだ」
「暑くなってきましたけど、大丈夫ですか?涼しくなってからにしますか?」
「確かに暑くなってきたな。けどすまん、体が肉まんを欲してるよい…」
そんなに食べたかったなんて…。
"勘違い事件"がなければ、もう少し涼しい時に行けたから申し訳なくなる。
マルコさんはそんな私を気にする様子はなく、肉まんだけでも食べに行きたいと、遠慮がちに言う。けど、せっかく行くなら肉まん以外のものも食べて、楽しみたい。
「食べたいものの目星をつけて回りましょうか」
「だねい。他に食べたいもの探しておく」
「私も考えておきます」
中華街には最近は行っていないから、こちらもどんな店があるのか調べないと。スマホで検索してみると、今の時間だけでは調べられないほどの数があったから、話した通りにお互い目星をつけておくことに。
マルコさんの最寄駅までの十分はあっという間で、もう降りる駅のアナウンスが流れてしまった。少し力を込めてマルコさんの手を握れば、同じように握り返してくれる。
「また金曜日にお邪魔しますね」
「金曜日の夜はどうする?外で食べるか?」
マルコさんの家に置いておける物は、先週のうちに置いておいた。荷物は少し軽くなるから、外で食べるのもいいかもしれない。けど、
「マルコさんとゆっくり、したいです」
誰の目も気にせず、マルコさんとゆっくりしたいな。
そう伝えれば、マルコさんは目を細め、いいよい、と頷いてくれた。
電車の速度が落ち始め、駅に着こうとしていた。実家の帰りにいつも、送って行こうかと言ってくれるマルコさんに、お酒を飲んでいないから大丈夫、家に着いたら連絡します、と返せば、必ず連絡、といつものように念を押された。
ドアが開きます、とアナウンスが聞こえると、マルコさんの大きな手が私の手から離れた。立ち上がったマルコさんを見上げれば、ぽんと、さりげなく頭を撫でてくれる。離れていく手が名残惜しいけど、どうしようもない。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
電車を降りていく大きな背中をじっと眺めていると、降りた時に一瞬だけ私の方を見て、手を振ってくれた。それに応えるように小さく手を振りかえしていると、ドアが閉まり、マルコさんの姿が見えなくなった。
「……」
寂しさを紛らすように、マルコさんの料理動画を再生する。今まで三枚の写真しかなかったけど、動画を撮ってからは動画をよく見るようになった。
もっとマルコさんの写真も動画もほしいなと思いながら、得意げに私にサラダを見せに来てくれる場面を眺めていると、ふと、あることに気づいた。
私、彼女になったのだからマルコさんの写真も動画も撮り放題なんじゃ…?
そうだ。これからは、堂々と撮っていいんだ。
「ふ、ふふ、ふふふ」
マルコさんと交代で座った、大学生ぐらいの女性が、怪しげにこちらを見ている気がした。
◇ ◇ ◇
今、写真を撮りたいけど、撮っていいか聞いてからにしないと…。
どのくらい、可愛い寝顔を眺めているだろう。すやすやと眠るパイナップルおじさんの目が開く気配は、少しもない。
カーテンの隙間から光が差し込んでくるから、朝なのは分かる。けど、マルコさんが起きるまで待つと決めているから、起こすことはしない。
「触りたいなぁ」
そっと、マルコさんの髪に触れようとしたけど、起きてしまうかもしれないから、ぐっと我慢した。その代わり、鼻がくっつきそうなほど顔を近づけて、肌を観察する。
マルコさんの肌、綺麗だな。営業職だから肌にも気を遣っているのかな?においには気を遣っていると言っていたから、マルコさんからはいつも、すごくいいにおいがする。けど、香水を使ってるところは見たことがないから、においはマルコさん自身かな?
マルコさんの首の方へ顔を持っていき、すんすん、と大好きなにおいを吸い込むと、えへへ、と笑ってしまった。においを嗅いで笑い出す不審者となった私は、マルコさんの反応がないことをいいことに好きなだけ堪能する。本当なら顔を押し付けたいところだけど、ギリギリのところで顔を止めた。
「柔らかそうだなぁ」
柔らか"そう"ではなく、実際に柔らか"い"マルコさんの唇。少し開いている唇を眺めていたら、自然と顔を近づけていた。けど、髪もにおいも我慢できたのだから、これも我慢しないとと、自分を抑え込む。
こんな気持ちよさそうに眠るマルコさんの邪魔をしてはいけない。キスなら後で、いくらでもできるし、してくれる。昨日の夜も、マルコさんは寝る前にたくさんしてくれた。
私は"待て"ができる女だ、と自分に言い聞かせていたけど、いつのまにか顔が近づいていたようで、ちょんと鼻同士がくっついてしまった。慌てて距離を取ったけど、駄目だった。
「ん…?」
「あ、マルコさん、ごめんなさい」
「んん」
ゆっくりと瞼が開き、寝ぼけた顔で私を見た。私を認識しているのかいないのか、マルコさんはぼうっとしたまま動かない。
可愛いなぁ…なんて可愛いんだろう。
マルコさんをじっと見つめていると、マルコさんは手を私の頬に添え、撫ではじめた。そして十回ぐらい撫でると、頭が少し働きだしたのか、しっかりと私を見る。
「…お、はよ、うさん」
「おはようございます」
「今、何時?」
体を起こして、マルコさんの向こう側のサイドテーブルを見る。時刻は九時を過ぎていた。そろそろ起きるかなと、マルコさんを見れば、じ、と私を見つめていたけど、また瞼が閉じていく。
時間的にはそろそろ出かける準備がしたい。けど、どうしようかな。
「マルコさん、出かけるのやめて、ゆっくりしましょうか?」
「…出かける」
「お疲れなら無理しないほうが」
「無理して、ない」
ただよく眠れるだけだ、と私の胸に顔を埋めて、ぐりぐりと押し付けてきた。近くにきた髪を撫でてみれば、やっぱり今日もふわふわだった。
疲れているから、よく眠れるのではないのかな。今日の予定は今日でなくてもいいと伝えるけど、マルコさんは起きるのだと、何故か諦めない。
「本当に起きられますか?」
「俺は、できる男」
「ふふふっ」
マルコさんは、よし、と掠れた声で言うと、私から離れ、横に向いていた体を、ごろん、と仰向けにした。
「よいっ」
両腕を頭上に伸ばすと、反動をつけて勢いよく上体を起こした。そして、くわぁ、と大きな欠伸をして、まだ眠そうな顔を私に向け、へら、と笑った。
あぁ、朝からこんな可愛い姿を見せてくれるなんて!しゃ、写真撮りたかった…!
「ん。ほら、起きたよい」
「…わいい」
「よい?」
「可愛い!!」
「よい!?」
あまりの可愛さに勢いよく飛びついてしまい、せっかく起きてくれたマルコさんを、再びベッドに沈み込ませてしまった。
◇ ◇ ◇
目の前には豪華な装飾がほどこされた門。ここをくぐった先には、別世界のような街並みが広がっている。
「よし、食べるよい」
「たくさん食べましょう」
本日の天気は曇り。最高気温は三〇.五度。私達は食べたいものを食べるのだ、と食べ歩きを開始。
先ずはマルコさんが欲している肉まんの店へ。マルコさんは、あまりにたくさんの肉まんの店があるから、どの店に行くかをなかなか決められなかった。これも美味そう、それも美味そうとスマホ画面を真剣に見つめていたので、結局、食べ比べをしてもいいのでは、と提案して、今日は二つの店に行くことに。
「お味はどうですか?」
「ん、美味い…美味い」
お店の脇で、もぐもぐと肉まんを食べる、私とマルコさん。一口目で目を見開いたマルコさんは、その後も一口食べ終える度に、美味い、と呟く。起きた甲斐がありましたね、と声をかければ、全力で頷かれた。
一つ目の店の肉まんは、サイズがスーパーで売られているものの倍はあり、具材には肉だけでなく、野菜や魚介も入っていて、とても美味しい。
「マルコさん、写真撮ってもいいですか?」
「ん?…ん」
カシャ。
今日の一枚目、肉まんをもぐもぐするマルコさん。
可愛いな、と写真を眺めていると、あのよいと声をかけられる。
「どうしました?」
「俺も撮っていいか?」
もちろん、と頷けば、カシャ、と写真を撮られる。
写真を見て、マルコさんは微笑みながら小さい声で何か言っていたけど、聞こえなかった。
「マルコさん、半分こです」
「ん」
肉まんを食べ終え、同じ店で買った中華まんを半分に割ってマルコさんに差し出す。
「中が黄色だねい…」
「カスタードですからね」
「カスタード」
物珍しそうに餡を眺めたマルコさんは、ぱくりと半分の半分を食べる。カスタードが入った中華まん、リュウザンパオは、バターの風味もするけど、塩気も感じて、初めて食べたけど美味しかった。
「次は…」
「北京ダックです」
「北京」
「ダック、北京」
「ダック」
マップアプリで店の場所を確認して、二人で北京ダックを連呼しながら向かった。
北京ダックなんて、なかなか食べられないから嬉しいな。マルコさんに食べたことあるのかと尋ねれば、何回かはあるけど、覚えていないそう。
「ん、美味い。皮だけかと思ったが、肉もついてるんだねい」
「甘いタレが美味しいです。マルコさん、こっち向いてください」
「ん」
カシャ。
今日の二枚目、北京ダックをもぐもぐするマルコさん。
マルコさんも私の写真を撮り、また小さい声で何か呟く。変に写ったのかな、と不安になって尋ねてみたけど、マルコさんは嬉しそうに、なんでもないよい、と言うだけだった。
「次は、ゴマ団子か」
「ゴマ団子、ゴマ団子」
あっちへ行ってここを曲がって、とマップを頼りに店を探す。
お目当てのゴマ団子はもちもちした食感で、中が空洞になっていて食べやすく、とても美味しかった。そしてここでも、マルコさんのもぐもぐ写真を撮影。これで三枚目。保存された三枚のマルコさんのもぐもぐ姿を見て、口元が緩んでしまう。今日はあと何枚撮れるかな、もぐもぐアルバムを作らないとな、とニヤニヤしていると、マルコさんに声をかけられ、カシャ、と撮られる。
それにしても、ゴマ団子、すごく美味しい。
「マルコさん、もう一つ食べたいです」
「気に入ったのか?」
「気に入っちゃいました」
もう二つ買い、二人でもぐもぐしながら、次の店へ。次は唐揚げ。
ネットで平べったい唐揚げを見て、食べてみようと話になった。
サイズは顔ぐらいある、と書いてあったけど、どうなんだろうな。
列に並びながら先頭の客が受け取る唐揚げを見て、本当に顔ほどあり、実際見ると大きくて驚いた。
一つ食べようと思えば食べられるけど、これから他のものも食べるから、ここでお腹を満たしてはいけない。どうしようかな。
「マルコさん、唐揚げ、半分こしませんか?」
「…」
「?、マルコさん?」
声をかけても、マルコさんから反応が返ってこない。あれ、と顔を上げれば、マルコさんは道の反対側の店を眺めていた。
あの店のものが食べたくなったのかな?
「次はあの店行きますか?」
「あ、いや、違うんだよい」
「違う?」
知り合いがいたのか、と聞いてみたら、そうではなかった。なら何を見ていたのか尋ねてみると、マルコさんはある二人を指差しながら、私を見た。
「あのよい。二人の写真、撮らないか?」
マルコさんの指を差した方向を見ると、私よりも少し若そうな男女二人が自撮りをしていた。それを見て、私は、はっ、となる。
「もしかして、二人の写真、撮りたかったんじゃないか?すまん、気づかなかったよい…」
「あ、いえ、私もそこまで考えていなかったです!」
「え?…あ、二人の写真はいらない、かよい?」
「いえ、もぐもぐマルコさんを撮ることしか頭になくて…!」
「もぐもぐマルコさん…?」
そうだ。付き合っているんだから、二人の写真が撮れるんだ。二人でもぐもぐしてる写真だって撮っていいんだ。
「唐揚げ買ってから撮りましょうね!」
「よい。さっきなんか言わなかったか?」
「唐揚げが大きいので半分こしたいんですけど、どうですか?」
私達の番になり、大きい唐揚げを一つ注文。
どうぞ、と唐揚げをマルコさんの方に向ければ、大きく口を開けて齧り付く。味はどうかな、と様子を見ていれば、揚げたてで熱かったのか、「あふっ、あっふ!」とマルコさんは慌てていた。
「マルコさん、こっち向いてください」
「ん」
今日四枚目、唐揚げをもぐもぐするマルコさん。
味は美味い、と言うマルコさんに続いて、私もぱくり。サクサクの衣に、どんな香辛料を使っているのか分からないけど、独特な味は癖になる。うん、美味しいな。
マルコさんに食べさせながら、自分も食べながら半分ほど食べ終えると、マルコさんが二人の写真を撮ろうとスマホを出した。けど困り顔で、おっさんだから撮り方が分からないと言う。確かに四十も過ぎれば、自撮りでツーショット写真を撮る機会はなかなかないかも。
「なら、私が撮りますね」
「俺はどうしたら?」
「そうですね…」
スマホのカメラを起動して腕を伸ばす。マルコさんがカメラに収まるように腕を真上に伸ばしてみたけど、そうすると、私が全く写らなかった。
「マルコさん、少し屈んでくれませんか?」
「ん…これぐらい?」
「はい。角度は…」
腕をあっちこっちと動かし、スマホを傾け、私もマルコさんも入る位置を探す。
上から撮ろうとすると、マルコさんにすごく屈んでもらわないといけないから、下からかな?ここかな…よし、二人が収まった。試しに一回。
カシャ。
「どうだ?」
「……」
「どうしたよい?」
こ、これは、ひどすぎる…。
マルコさんをカメラに収めるのに必死で、自分の写り具合を確認していなかった。マルコさんは可愛く撮れたのに、自分の写りが、よくない。別にすごく可愛く見せたいわけではないけど、さすがにこれは、ない。
「俺にも見せてくれ」
「い、嫌です!」
「よい?!」
なんで!?とマルコさんが私を見る。見せてほしいと何度も言われるけど、全力で首を横に振る。
こんな写りが悪い写真をマルコさんに見せたくない。
やだやだと首を横に振り続ける私を、マルコさんは不思議そうに見る。私の写りが悪いから見せたくないと正直に話せば、もう一回撮ろうか、とマルコさんが笑った。
「俺はどうしたらいい?」
指示をくれればちゃんと従う、と優しく言ってくれたので、さっきよりも屈んでほしいとお願いした。
「どのくらい?」
「えっと…」
マルコさんに、顔の位置が私の頭の上ぐらいになるまで膝を曲げてもらった。そして、腕を前に伸ばして、少し上に上げ、もちろん、自分の写りも確認。
カシャ。
…よし。これなら、まだ、いいかな。
「見せてくれるか…?」
「はい」
「ん…いい感じに撮れてるねい」
「けど」
撮る度にマルコさんにすごく屈んでもらわないといけないのは大変だ。全身を撮る写真は屈まなくてもいいけど、そればかりは嫌だから、違う撮り方を見つけないとな。
「二人で試行錯誤だねい」
「はい」
残りの唐揚げを平らげ、もう二回ぐらいツーショットを撮ってみたけど、どうしても下からが上手くできなかった。
下から撮った時の写りのいい角度を探さないと。
「次、行くかねい」
「はい。パイナップルケーキですね」
「パイナップル」
「パイナップル」
二人で電話をしながらどこへ行こうかと話し合っていた時に、マルコさんがこれを見つけ、スピーカー越しでも分かるほどマルコさんの声が弾んでいた。食べたことがなかったようで、楽しみなのか、歩きながら小さい声でパイナップルを連呼している。
店には列ができていたので最後尾に並んだ。他のスイーツも売られているけど、パイナップルケーキだけにするか、とマルコさんに尋ねれば、パイナップルケーキだけでいいと即答される。今のマルコさんの頭の中はパイナップルケーキで埋め尽くされていそう。
「いくつ買いましょう?」
「五個…いや、十個、…いや、に」
「四個にしましょうか」
「…少なくないか?後悔するよい」
本当に四個?そんなに少なくて大丈夫か?と、私に語りかけるマルコさん。ガラス越しに見えるパイナップルケーキを見て、どんどん買う数が増えていくので、その度に四個だと訂正する。
「せめて倍の八個…いや、切りのいい十個」
「十個は多すぎませんか?」
それに、十個も買ったらなかなかの値段。マルコさんに何回でも来ればいいから今日は四個、と念を押せば、いいのか?パイナップルだぞ?と押し返された。けど、いいんです、パイナップルでも四個です、とさらに押せば、マルコさんは後悔しても知らないからな?と言いながら、四個を買った。
「帰ってからが楽しみですね」
「…」
「…」
マルコさんは袋の中を覗いたまま動かない。帰ってから食べるつもりで買ったけど、マルコさんが待てるわけは、ない。
「一つ、食べますか?」
「そ、そうだねい。味見、味見」
イートインスペースがあって、ちょうど椅子が空いていたので座って食べることに。嬉しそうに袋を開けるマルコさんが可愛すぎて、写真を撮ってしまった。
マルコさんは、パイナップルケーキをしばらく眺め、大きな口の中へ放り込む。もぐもぐすると、大きく目を見開いて私を見た。そんなに美味しいのか、とマルコさんの五枚目のもぐもぐ写真を撮ってから、私も袋を開け、一口でいただいた。
サクサクのクッキーの中にあるパイナップルのジャムが程よい甘さでとても美味しい。
美味しいですね、美味いねい、と顔を見ながら二人で話していると、あることに気づく。
「マルコさん、座ってた方が撮りやすいかもです」
「確かに。身長差が小さくなるねい」
「撮ってもいいですか?」
「もちろん」
マルコさんの方に体を寄せて、私は背筋を伸ばし、マルコさんには少しだけ屈んでもらった。
カシャ。
「あ、これはいい感じです!」
「お気に召すのが撮れたかねい?」
「はい。良くないですか?顔が近くて」
ほら、とマルコさんに見せれば、確かに一番いいと笑い返してくれた。よかった、座ればマルコさんは無理しなくてすむ。
いい写真が撮れたところで、次の店に行こうと、スマホ画面からマルコさんへ視線を移すと、手には新しいパイナップルケーキが。
「もう一つ味見…を…」
「…」
「だめか、よい?」
一個目の時点で味見ではないし、そんなに可愛く首を傾げられては駄目なんて言えるわけはないし、そもそも駄目と言うつもりはなかった。私の分も食べていいと伝えれば、そんな酷いことはしないと全力で首を横に振られる。結局、買った四個を食べ切ってしまった。
「ふふ、マルコさんは本当に"待て"ができないですね」
「いや、違う。パイナップルが悪いんだよい…!」
俺に早く食べてくれと言うんだ、と子どものような言い訳をするのが可笑しくて、可愛い。次の店に行くために歩き出した私に、マルコさんは何度も、俺は"待て"ができる、と力説するけど、パイナップルを前にしたら難しいと思う。
「信じてくれよい」
「前科二犯のマルコさんを信じることはちょっと…」
「よい…」
◇ ◇ ◇
「美味かったよい」
「美味しかったです」
「満喫したよい」
「満喫しました」
「楽しかったよい」
「楽しかったです」
パイナップルケーキの後もたくさん食べ、写真もたくさん撮り、二人でルンルンで帰路についた。
久しぶりの食べ歩きは、すごく楽しかった。マルコさんもすごく嬉しそうで、今日起きた甲斐があったと自分で自分を褒めている。
たくさん食べたから今日の夜ご飯はなし。映画を観ようか、ゲームをしようか、と玄関を開けて廊下を歩き、リビングへ。
「コーヒー飲むかよい?」
「はい。いただきます」
追加で買ったパイナップルケーキは明日食べるので、マルコさんの視界に入らないようにローテーブルの下に置いておいて、マルコさんを待つ。
いつものように抱き上げられ、マルコさんの膝の上に座り、コーヒーを飲んでいると、あることを思いついた。
「マルコさん」
「どうした?」
「いい撮り方、思いつきました」
「俺はどうしたら?」
「マルコさんはそのままで大丈夫です」
マルコさんの膝から降りてソファの後ろへ。マルコさんを後ろから抱きしめ、顔を肩に乗せさせてもらった。そして、腕を前に伸ばして、少しだけ上げる。
「いきますよ」
「ん」
カシャ。
「あ、今日一番良い感じです!」
「俺にも見せてくれ」
画面を見せると、マルコさんも良い感じだと喜んでくれた。うん、マルコさんが可愛く撮れていて、私の写りも悪くない。いい撮り方を思いついた自分を褒めながら、マルコさんの膝の上に座り直していると、マルコさんが、あ、と声を出した。
「俺も一つ、思いついたよい」
マルコさんはよいしょ、と私を抱き上げながら立ち上がった。
「これも顔の位置が同じになって撮りやすいんじゃないか?」
「確かにそうかもですね」
ではさっそく。
マルコさんの腕は安定感があるから、両手を離しても怖くない。カメラを構えて、いきますよ、と声をかけると、マルコさんがぴと、と頬をくっつけてきた。
カシャ。
「ん。これもいいねい」
「えへ、マルコさんと一番くっついてる写真ですね」
「まぁ、ただ…」
「ただ?」
「こっちは外ではできないねい」
確かに。外でこんな撮り方しているカップルがいたら、注目の的。この撮り方は二人きりの時しかできないな。
年齢の差だけでなく、身長の差も大きいと大変なんだな、と写真を眺めていると、マルコさんにもう一枚撮りたいと言われたのでスマホを構える。
いきますよ、と声をかけると、なぁ、と声をかけられた。なんですか、とマルコさんの方を見れば、鼻同士がくっついた。そしてすぐに、ふに、と唇が合わさる。
カシャ。
私、今、何の写真を…?
突然のことについていけず、離れていくマルコさんを見つめていると、マルコさんに上手く撮れたか、と尋ねられた。スマホ画面を見れば、人には見せられないけど、一人の時ならニヤニヤ眺めてしまう写真が出来上がっていた。
けど、けど、すごく惜しい。
「…ブレてます」
「んじゃあ、もう一回」
「え!?あ、その…」
「嫌かよい?」
「い、いえ、嫌では、」
誰にも見せなければいいだろ?、と可愛く首を傾げるマルコさんに負け、この写真を五回も撮り直すことになるのだった。
「「……」」
マルコさんと一緒に頭を下げ、両親の反応を待つけど、二人は何も返してくれない。汗ばんできた手を、ぎゅ、と握りながら、ひたすら待ち続ける。
もしかして、友だちやご飯係はいいけど、彼氏となると話は別だ、と言われるのかな。どうしよう、二人ならいつもの優しい顔で「マルコさんなら安心だ」と言ってくれると思っていたのに。
「お付き合いすることをお許しいただけないでしょうか」
「お願いします」
マルコさんから、私の両親に付き合っていることを伝えたい、と相談された。
両親に気に入られているとはいえ、これだけ年が離れていると不安がるだろうし、もしかしたら反対される可能性もある。両親に隠し続けるのは不誠実だから、しっかり伝えて理解を得たいと、マルコさんはすごく真剣に考えてくれていた。
話を聞いて、年の差があると周りを気にしないといけないことに気付かされた。それと同時に、マルコさんがそれほど真剣に私と一緒にいたい、と思ってくれていることがすごく嬉しかった。そんなマルコさんを安心させる為にも報告をしようと、マルコさんの提案に頷いたのだ。その時に、私もマルコさんのお父さんに挨拶がしたいと伝えた。ただ、住んでいる場所が私の実家のように近くにあるわけではなく、飛行機を使わないといけないから、もう少し後にすることに。
そして今日、いつもなら仕事が終われば各々向かうけど、行く時間を合わせて二人で実家に向かった。来た私達を、両親はいつもの優しい顔で迎え入れてくれた。今日のご飯も美味しく出来たんだと、マルコさんのもぐもぐ姿が待ち遠しい二人は、私達に座るように促す。けど私達は立ったまま、向かいに座る二人を見つめ、話を切り出した。
「二人にお話があります」
「なんだ?」
「どうしたの?」
首を傾げる二人に、「私達、お付き合いをすることとなりました。今日はそのご報告です」と頭を下げた。
それから今までの数分間、両親の反応がなく、私はどうしたらいいのか分からない。
静かな時間が流れ続ける中、マルコさんが最初に口を開いた。
「これだけ年が離れてますので、不安になるのは当然のことと思います。ですが、私は娘さんをとても大切に想っており、これからも二人で少しずつ関係を深めていきたいと考えております。ですので、娘さんと一緒にいることをお許しいただけないでしょうか」
「何かあれば二人で話し合う、と決めたので心配は入りません。マルコさんとお付き合いすることを許してほしいです」
「「どうか、お願いします」」
これで駄目だったら、マルコさんと駆け落ち?いや、そんなことはしたくないから、二人に理解してもらうまで何回も説得するしかない。これからマルコさんと説得資料を作らないと。年の差カップルの事例を集めて、メリット、デメリットを箇条書きにして、デメリットに対しての解決策を書かないと。マルコさんも一緒に考えてくれるかな。
頭の中では、すでに次の対策を考え始めてしまっているけど、まだ駄目だと言われたわけではない。マルコさんのことを息子のように気にかける両親なら、きっと許してくれるはず。
望みを捨てずに、ただただ待ち続ける私達。テーブルに並べられた料理達が見守る中、ついに二人が声を出した。
「いや、その、だな…」
「えっと、その…」
歯切れの悪い反応に体が強張った。マルコさんの方を横目で見れば、両手を強く握っていて、緊張が伝わってくる。
何を言われても動揺はしないように、冷静に、冷静にと自分に言い聞かせた。
「父さんも母さんも…」
「てっきり、二人はもう、そういう関係なのかと…」
「「…え?」」
私もマルコさんも呆気にとられ、ぽかん、と二人を見つめてしまった。予想していなかった言葉にどう答えたらいいのか分からず困っていると、二人はぽつぽつと言葉を続ける。
二人は、私がマルコさんの家へ週に一回も行っているし、二人で遊びに出かけてもいるから、もうとっくに付き合っていると思っていた。だから報告を聞いて、付き合っていなかったのかと驚いてしまった、ということらしい。
「二人して真剣な顔をするから何事かと思ったわ」
「全くだ。驚いてしばらく声が出せなかったよ」
今まで付き合っていなかったのか、と二人は笑い出し、それから、許すも許さないもない、と優しい顔で言ってくれた。
「マルコさん、丁寧にありがとう。こんなに娘を想ってくれてるなんて、嬉しいわ」
「こちらこそ、娘のことをよろしく頼むよ」
あとは食べながら、と促されたので、ようやく椅子に座り、四人で手を合わせた。先ずは、緊張が解けたマルコさんに食べてもらう。待ちに待ったもぐもぐ姿を見て、両親はご満悦。マルコさんに美味しいか尋ねれば、こくり、と口を動かしながら頷いてくれるので、私も笑みが溢れた。
「週に一度でなくても、気が向いた時に来てくれていいのよ」
「美味い料理をいつでもご馳走しよう」
「駄目。お父さんの料理ばかり食べてたら、私じゃ満足してもらえなくなる」
「ま、満足…?」
「そうね。マルコさんの胃袋を掴んでおかないとね」
「俺の、胃袋…」
マルコさんの胃袋を渡してたまるものか。マルコさんの胃袋をこれ以上は掴まれないようにしないと。私の天敵は父と母。
「…あ、マルコさんの胃袋を掴んでいる人、私達以外にもいるんだよ」
「「え」」
「え?」
何故かマルコさんも驚いている。
忘れてはならないのは、サッチさんの存在。マルコさんの胃袋を数十年も掴み続けている男だ。
二人にサッチさんのことを話し、見せたかった"残像が見えるほど速い包丁さばき動画"を再生する。二人は動画を見て目を見開いた。
「すごく美味しかったんだよ。あとね、私の酢豚も美味しいって言ってくれた」
「そうなのか。プロだと勝ち目はないな…」
「あの、三人の料理はサッチのにも負けていないですので…!」
「ふふ、ありがとう」
父は食べてみたかった、と悔しがり、母はどうしたらマルコさんの気にいる味付けになるか聞きたかった、と残念がった。サッチさんが帰ってきている間に、時間があればと思うけど、サッチさんとパートナーさんにも都合はあるし、マルコさんの彼女だからと我儘を言っていいわけはない。けど、マルコさんは機会があれば連れて来ると言ってくれた。
今回は無理でも、いつか店に来てくれるといいな。
「あら、これは?」
「あ、これはマルコさんの料理動画だよ」
「それは見せなくてもいいだろい?!」
「母さんに送ってくれない?」
「父さんにも」
「え!?」
すぐに両親に送れば、二人ともスマホを出して動画を再生する。マルコさんが見ないでほしいと二人に言うけど、言うことを聞くつもりはないらしい。すごく真剣にピーラーで野菜をスライスする姿を見ながらほっこりする二人を見て、マルコさんはどうして送るんだ、と私に詰め寄った。可愛い、のお裾分けだと伝えれば、マルコさんに可愛くない、と不貞腐れる。
それから話題を変えて、近いうちに泊まりで旅行することや、土日はマルコさんの家に泊まっていることを伝えた。母から、全てを話してくれなくても大丈夫、と笑われたけど、付き合う前からマルコさんと寝ていたことや、私の"勘違い事件"は伝えていないから、全てを話しているわけではない。
「お邪魔しました」
「また来週来るね」
「気をつけてね」
「暑くなってきたから、二人とも熱中症には気をつけるんだぞ」
「はい」
家を出ると、マルコさんがすぐに、すり、と指を絡めてくれた。見上げれば、嬉しそうな顔で私を見つめている。私も嬉しくなり、つい腕を振ってしまってマルコさんに笑われた。
前は商店街に入る時に手が離れたけど、もう離さなくていいんだ。彼女になるとこんなにも状況が変わるんだな、としみじみしてしまう。
「今日はありがとうございました。ちゃんと報告できてよかったです」
「礼を言うのは俺の方だ。これからも二人と仲良くできそうで安心したよい」
「母が言ってましたけど、嫌でなければ、気が向いた時でいいので行ってあげてください」
とはいえ、土日はほとんど私といるし、平日は仕事があるから時間はない。
実家以外にも商店街には色んな店があるから、一度はマルコさんをちゃんと案内したいな。前に誘った時は、まだだ、とマルコさんが言っていたけど、今ならどうかな。
電車を待ちながら話してみると、マルコさんは嬉しそうに頷き、近いうちに行きたいと言ってくれた。
よし、なら、念入りに計画を立てよう。最新の商店街情報を持っていないから事前に調べないとな。土日はマルコさんと過ごしたいから平日に行かないといけない。とりあえず、両親に聞いてみようかな。
「案内は任せてくださいね!」
「あぁ、楽しみにしてるよい」
電車が来て、車両の端の席が空いていたので、手を繋いだまま二人で座る。
マルコさんは実家以外の店には一度も行ったことがないし、歩いている時もなんとなく店構えを見ているだけだから、どんな店があるかを知らない。食べ歩きができるほど色んな店があるのか、と尋ねられたので、私の情報が正しければたくさんあったはずなので頷く。
「商店街の前に、先ずは中華街ですね」
「な。食べ歩きは久しぶりだ」
「暑くなってきましたけど、大丈夫ですか?涼しくなってからにしますか?」
「確かに暑くなってきたな。けどすまん、体が肉まんを欲してるよい…」
そんなに食べたかったなんて…。
"勘違い事件"がなければ、もう少し涼しい時に行けたから申し訳なくなる。
マルコさんはそんな私を気にする様子はなく、肉まんだけでも食べに行きたいと、遠慮がちに言う。けど、せっかく行くなら肉まん以外のものも食べて、楽しみたい。
「食べたいものの目星をつけて回りましょうか」
「だねい。他に食べたいもの探しておく」
「私も考えておきます」
中華街には最近は行っていないから、こちらもどんな店があるのか調べないと。スマホで検索してみると、今の時間だけでは調べられないほどの数があったから、話した通りにお互い目星をつけておくことに。
マルコさんの最寄駅までの十分はあっという間で、もう降りる駅のアナウンスが流れてしまった。少し力を込めてマルコさんの手を握れば、同じように握り返してくれる。
「また金曜日にお邪魔しますね」
「金曜日の夜はどうする?外で食べるか?」
マルコさんの家に置いておける物は、先週のうちに置いておいた。荷物は少し軽くなるから、外で食べるのもいいかもしれない。けど、
「マルコさんとゆっくり、したいです」
誰の目も気にせず、マルコさんとゆっくりしたいな。
そう伝えれば、マルコさんは目を細め、いいよい、と頷いてくれた。
電車の速度が落ち始め、駅に着こうとしていた。実家の帰りにいつも、送って行こうかと言ってくれるマルコさんに、お酒を飲んでいないから大丈夫、家に着いたら連絡します、と返せば、必ず連絡、といつものように念を押された。
ドアが開きます、とアナウンスが聞こえると、マルコさんの大きな手が私の手から離れた。立ち上がったマルコさんを見上げれば、ぽんと、さりげなく頭を撫でてくれる。離れていく手が名残惜しいけど、どうしようもない。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
電車を降りていく大きな背中をじっと眺めていると、降りた時に一瞬だけ私の方を見て、手を振ってくれた。それに応えるように小さく手を振りかえしていると、ドアが閉まり、マルコさんの姿が見えなくなった。
「……」
寂しさを紛らすように、マルコさんの料理動画を再生する。今まで三枚の写真しかなかったけど、動画を撮ってからは動画をよく見るようになった。
もっとマルコさんの写真も動画もほしいなと思いながら、得意げに私にサラダを見せに来てくれる場面を眺めていると、ふと、あることに気づいた。
私、彼女になったのだからマルコさんの写真も動画も撮り放題なんじゃ…?
そうだ。これからは、堂々と撮っていいんだ。
「ふ、ふふ、ふふふ」
マルコさんと交代で座った、大学生ぐらいの女性が、怪しげにこちらを見ている気がした。
◇ ◇ ◇
今、写真を撮りたいけど、撮っていいか聞いてからにしないと…。
どのくらい、可愛い寝顔を眺めているだろう。すやすやと眠るパイナップルおじさんの目が開く気配は、少しもない。
カーテンの隙間から光が差し込んでくるから、朝なのは分かる。けど、マルコさんが起きるまで待つと決めているから、起こすことはしない。
「触りたいなぁ」
そっと、マルコさんの髪に触れようとしたけど、起きてしまうかもしれないから、ぐっと我慢した。その代わり、鼻がくっつきそうなほど顔を近づけて、肌を観察する。
マルコさんの肌、綺麗だな。営業職だから肌にも気を遣っているのかな?においには気を遣っていると言っていたから、マルコさんからはいつも、すごくいいにおいがする。けど、香水を使ってるところは見たことがないから、においはマルコさん自身かな?
マルコさんの首の方へ顔を持っていき、すんすん、と大好きなにおいを吸い込むと、えへへ、と笑ってしまった。においを嗅いで笑い出す不審者となった私は、マルコさんの反応がないことをいいことに好きなだけ堪能する。本当なら顔を押し付けたいところだけど、ギリギリのところで顔を止めた。
「柔らかそうだなぁ」
柔らか"そう"ではなく、実際に柔らか"い"マルコさんの唇。少し開いている唇を眺めていたら、自然と顔を近づけていた。けど、髪もにおいも我慢できたのだから、これも我慢しないとと、自分を抑え込む。
こんな気持ちよさそうに眠るマルコさんの邪魔をしてはいけない。キスなら後で、いくらでもできるし、してくれる。昨日の夜も、マルコさんは寝る前にたくさんしてくれた。
私は"待て"ができる女だ、と自分に言い聞かせていたけど、いつのまにか顔が近づいていたようで、ちょんと鼻同士がくっついてしまった。慌てて距離を取ったけど、駄目だった。
「ん…?」
「あ、マルコさん、ごめんなさい」
「んん」
ゆっくりと瞼が開き、寝ぼけた顔で私を見た。私を認識しているのかいないのか、マルコさんはぼうっとしたまま動かない。
可愛いなぁ…なんて可愛いんだろう。
マルコさんをじっと見つめていると、マルコさんは手を私の頬に添え、撫ではじめた。そして十回ぐらい撫でると、頭が少し働きだしたのか、しっかりと私を見る。
「…お、はよ、うさん」
「おはようございます」
「今、何時?」
体を起こして、マルコさんの向こう側のサイドテーブルを見る。時刻は九時を過ぎていた。そろそろ起きるかなと、マルコさんを見れば、じ、と私を見つめていたけど、また瞼が閉じていく。
時間的にはそろそろ出かける準備がしたい。けど、どうしようかな。
「マルコさん、出かけるのやめて、ゆっくりしましょうか?」
「…出かける」
「お疲れなら無理しないほうが」
「無理して、ない」
ただよく眠れるだけだ、と私の胸に顔を埋めて、ぐりぐりと押し付けてきた。近くにきた髪を撫でてみれば、やっぱり今日もふわふわだった。
疲れているから、よく眠れるのではないのかな。今日の予定は今日でなくてもいいと伝えるけど、マルコさんは起きるのだと、何故か諦めない。
「本当に起きられますか?」
「俺は、できる男」
「ふふふっ」
マルコさんは、よし、と掠れた声で言うと、私から離れ、横に向いていた体を、ごろん、と仰向けにした。
「よいっ」
両腕を頭上に伸ばすと、反動をつけて勢いよく上体を起こした。そして、くわぁ、と大きな欠伸をして、まだ眠そうな顔を私に向け、へら、と笑った。
あぁ、朝からこんな可愛い姿を見せてくれるなんて!しゃ、写真撮りたかった…!
「ん。ほら、起きたよい」
「…わいい」
「よい?」
「可愛い!!」
「よい!?」
あまりの可愛さに勢いよく飛びついてしまい、せっかく起きてくれたマルコさんを、再びベッドに沈み込ませてしまった。
◇ ◇ ◇
目の前には豪華な装飾がほどこされた門。ここをくぐった先には、別世界のような街並みが広がっている。
「よし、食べるよい」
「たくさん食べましょう」
本日の天気は曇り。最高気温は三〇.五度。私達は食べたいものを食べるのだ、と食べ歩きを開始。
先ずはマルコさんが欲している肉まんの店へ。マルコさんは、あまりにたくさんの肉まんの店があるから、どの店に行くかをなかなか決められなかった。これも美味そう、それも美味そうとスマホ画面を真剣に見つめていたので、結局、食べ比べをしてもいいのでは、と提案して、今日は二つの店に行くことに。
「お味はどうですか?」
「ん、美味い…美味い」
お店の脇で、もぐもぐと肉まんを食べる、私とマルコさん。一口目で目を見開いたマルコさんは、その後も一口食べ終える度に、美味い、と呟く。起きた甲斐がありましたね、と声をかければ、全力で頷かれた。
一つ目の店の肉まんは、サイズがスーパーで売られているものの倍はあり、具材には肉だけでなく、野菜や魚介も入っていて、とても美味しい。
「マルコさん、写真撮ってもいいですか?」
「ん?…ん」
カシャ。
今日の一枚目、肉まんをもぐもぐするマルコさん。
可愛いな、と写真を眺めていると、あのよいと声をかけられる。
「どうしました?」
「俺も撮っていいか?」
もちろん、と頷けば、カシャ、と写真を撮られる。
写真を見て、マルコさんは微笑みながら小さい声で何か言っていたけど、聞こえなかった。
「マルコさん、半分こです」
「ん」
肉まんを食べ終え、同じ店で買った中華まんを半分に割ってマルコさんに差し出す。
「中が黄色だねい…」
「カスタードですからね」
「カスタード」
物珍しそうに餡を眺めたマルコさんは、ぱくりと半分の半分を食べる。カスタードが入った中華まん、リュウザンパオは、バターの風味もするけど、塩気も感じて、初めて食べたけど美味しかった。
「次は…」
「北京ダックです」
「北京」
「ダック、北京」
「ダック」
マップアプリで店の場所を確認して、二人で北京ダックを連呼しながら向かった。
北京ダックなんて、なかなか食べられないから嬉しいな。マルコさんに食べたことあるのかと尋ねれば、何回かはあるけど、覚えていないそう。
「ん、美味い。皮だけかと思ったが、肉もついてるんだねい」
「甘いタレが美味しいです。マルコさん、こっち向いてください」
「ん」
カシャ。
今日の二枚目、北京ダックをもぐもぐするマルコさん。
マルコさんも私の写真を撮り、また小さい声で何か呟く。変に写ったのかな、と不安になって尋ねてみたけど、マルコさんは嬉しそうに、なんでもないよい、と言うだけだった。
「次は、ゴマ団子か」
「ゴマ団子、ゴマ団子」
あっちへ行ってここを曲がって、とマップを頼りに店を探す。
お目当てのゴマ団子はもちもちした食感で、中が空洞になっていて食べやすく、とても美味しかった。そしてここでも、マルコさんのもぐもぐ写真を撮影。これで三枚目。保存された三枚のマルコさんのもぐもぐ姿を見て、口元が緩んでしまう。今日はあと何枚撮れるかな、もぐもぐアルバムを作らないとな、とニヤニヤしていると、マルコさんに声をかけられ、カシャ、と撮られる。
それにしても、ゴマ団子、すごく美味しい。
「マルコさん、もう一つ食べたいです」
「気に入ったのか?」
「気に入っちゃいました」
もう二つ買い、二人でもぐもぐしながら、次の店へ。次は唐揚げ。
ネットで平べったい唐揚げを見て、食べてみようと話になった。
サイズは顔ぐらいある、と書いてあったけど、どうなんだろうな。
列に並びながら先頭の客が受け取る唐揚げを見て、本当に顔ほどあり、実際見ると大きくて驚いた。
一つ食べようと思えば食べられるけど、これから他のものも食べるから、ここでお腹を満たしてはいけない。どうしようかな。
「マルコさん、唐揚げ、半分こしませんか?」
「…」
「?、マルコさん?」
声をかけても、マルコさんから反応が返ってこない。あれ、と顔を上げれば、マルコさんは道の反対側の店を眺めていた。
あの店のものが食べたくなったのかな?
「次はあの店行きますか?」
「あ、いや、違うんだよい」
「違う?」
知り合いがいたのか、と聞いてみたら、そうではなかった。なら何を見ていたのか尋ねてみると、マルコさんはある二人を指差しながら、私を見た。
「あのよい。二人の写真、撮らないか?」
マルコさんの指を差した方向を見ると、私よりも少し若そうな男女二人が自撮りをしていた。それを見て、私は、はっ、となる。
「もしかして、二人の写真、撮りたかったんじゃないか?すまん、気づかなかったよい…」
「あ、いえ、私もそこまで考えていなかったです!」
「え?…あ、二人の写真はいらない、かよい?」
「いえ、もぐもぐマルコさんを撮ることしか頭になくて…!」
「もぐもぐマルコさん…?」
そうだ。付き合っているんだから、二人の写真が撮れるんだ。二人でもぐもぐしてる写真だって撮っていいんだ。
「唐揚げ買ってから撮りましょうね!」
「よい。さっきなんか言わなかったか?」
「唐揚げが大きいので半分こしたいんですけど、どうですか?」
私達の番になり、大きい唐揚げを一つ注文。
どうぞ、と唐揚げをマルコさんの方に向ければ、大きく口を開けて齧り付く。味はどうかな、と様子を見ていれば、揚げたてで熱かったのか、「あふっ、あっふ!」とマルコさんは慌てていた。
「マルコさん、こっち向いてください」
「ん」
今日四枚目、唐揚げをもぐもぐするマルコさん。
味は美味い、と言うマルコさんに続いて、私もぱくり。サクサクの衣に、どんな香辛料を使っているのか分からないけど、独特な味は癖になる。うん、美味しいな。
マルコさんに食べさせながら、自分も食べながら半分ほど食べ終えると、マルコさんが二人の写真を撮ろうとスマホを出した。けど困り顔で、おっさんだから撮り方が分からないと言う。確かに四十も過ぎれば、自撮りでツーショット写真を撮る機会はなかなかないかも。
「なら、私が撮りますね」
「俺はどうしたら?」
「そうですね…」
スマホのカメラを起動して腕を伸ばす。マルコさんがカメラに収まるように腕を真上に伸ばしてみたけど、そうすると、私が全く写らなかった。
「マルコさん、少し屈んでくれませんか?」
「ん…これぐらい?」
「はい。角度は…」
腕をあっちこっちと動かし、スマホを傾け、私もマルコさんも入る位置を探す。
上から撮ろうとすると、マルコさんにすごく屈んでもらわないといけないから、下からかな?ここかな…よし、二人が収まった。試しに一回。
カシャ。
「どうだ?」
「……」
「どうしたよい?」
こ、これは、ひどすぎる…。
マルコさんをカメラに収めるのに必死で、自分の写り具合を確認していなかった。マルコさんは可愛く撮れたのに、自分の写りが、よくない。別にすごく可愛く見せたいわけではないけど、さすがにこれは、ない。
「俺にも見せてくれ」
「い、嫌です!」
「よい?!」
なんで!?とマルコさんが私を見る。見せてほしいと何度も言われるけど、全力で首を横に振る。
こんな写りが悪い写真をマルコさんに見せたくない。
やだやだと首を横に振り続ける私を、マルコさんは不思議そうに見る。私の写りが悪いから見せたくないと正直に話せば、もう一回撮ろうか、とマルコさんが笑った。
「俺はどうしたらいい?」
指示をくれればちゃんと従う、と優しく言ってくれたので、さっきよりも屈んでほしいとお願いした。
「どのくらい?」
「えっと…」
マルコさんに、顔の位置が私の頭の上ぐらいになるまで膝を曲げてもらった。そして、腕を前に伸ばして、少し上に上げ、もちろん、自分の写りも確認。
カシャ。
…よし。これなら、まだ、いいかな。
「見せてくれるか…?」
「はい」
「ん…いい感じに撮れてるねい」
「けど」
撮る度にマルコさんにすごく屈んでもらわないといけないのは大変だ。全身を撮る写真は屈まなくてもいいけど、そればかりは嫌だから、違う撮り方を見つけないとな。
「二人で試行錯誤だねい」
「はい」
残りの唐揚げを平らげ、もう二回ぐらいツーショットを撮ってみたけど、どうしても下からが上手くできなかった。
下から撮った時の写りのいい角度を探さないと。
「次、行くかねい」
「はい。パイナップルケーキですね」
「パイナップル」
「パイナップル」
二人で電話をしながらどこへ行こうかと話し合っていた時に、マルコさんがこれを見つけ、スピーカー越しでも分かるほどマルコさんの声が弾んでいた。食べたことがなかったようで、楽しみなのか、歩きながら小さい声でパイナップルを連呼している。
店には列ができていたので最後尾に並んだ。他のスイーツも売られているけど、パイナップルケーキだけにするか、とマルコさんに尋ねれば、パイナップルケーキだけでいいと即答される。今のマルコさんの頭の中はパイナップルケーキで埋め尽くされていそう。
「いくつ買いましょう?」
「五個…いや、十個、…いや、に」
「四個にしましょうか」
「…少なくないか?後悔するよい」
本当に四個?そんなに少なくて大丈夫か?と、私に語りかけるマルコさん。ガラス越しに見えるパイナップルケーキを見て、どんどん買う数が増えていくので、その度に四個だと訂正する。
「せめて倍の八個…いや、切りのいい十個」
「十個は多すぎませんか?」
それに、十個も買ったらなかなかの値段。マルコさんに何回でも来ればいいから今日は四個、と念を押せば、いいのか?パイナップルだぞ?と押し返された。けど、いいんです、パイナップルでも四個です、とさらに押せば、マルコさんは後悔しても知らないからな?と言いながら、四個を買った。
「帰ってからが楽しみですね」
「…」
「…」
マルコさんは袋の中を覗いたまま動かない。帰ってから食べるつもりで買ったけど、マルコさんが待てるわけは、ない。
「一つ、食べますか?」
「そ、そうだねい。味見、味見」
イートインスペースがあって、ちょうど椅子が空いていたので座って食べることに。嬉しそうに袋を開けるマルコさんが可愛すぎて、写真を撮ってしまった。
マルコさんは、パイナップルケーキをしばらく眺め、大きな口の中へ放り込む。もぐもぐすると、大きく目を見開いて私を見た。そんなに美味しいのか、とマルコさんの五枚目のもぐもぐ写真を撮ってから、私も袋を開け、一口でいただいた。
サクサクのクッキーの中にあるパイナップルのジャムが程よい甘さでとても美味しい。
美味しいですね、美味いねい、と顔を見ながら二人で話していると、あることに気づく。
「マルコさん、座ってた方が撮りやすいかもです」
「確かに。身長差が小さくなるねい」
「撮ってもいいですか?」
「もちろん」
マルコさんの方に体を寄せて、私は背筋を伸ばし、マルコさんには少しだけ屈んでもらった。
カシャ。
「あ、これはいい感じです!」
「お気に召すのが撮れたかねい?」
「はい。良くないですか?顔が近くて」
ほら、とマルコさんに見せれば、確かに一番いいと笑い返してくれた。よかった、座ればマルコさんは無理しなくてすむ。
いい写真が撮れたところで、次の店に行こうと、スマホ画面からマルコさんへ視線を移すと、手には新しいパイナップルケーキが。
「もう一つ味見…を…」
「…」
「だめか、よい?」
一個目の時点で味見ではないし、そんなに可愛く首を傾げられては駄目なんて言えるわけはないし、そもそも駄目と言うつもりはなかった。私の分も食べていいと伝えれば、そんな酷いことはしないと全力で首を横に振られる。結局、買った四個を食べ切ってしまった。
「ふふ、マルコさんは本当に"待て"ができないですね」
「いや、違う。パイナップルが悪いんだよい…!」
俺に早く食べてくれと言うんだ、と子どものような言い訳をするのが可笑しくて、可愛い。次の店に行くために歩き出した私に、マルコさんは何度も、俺は"待て"ができる、と力説するけど、パイナップルを前にしたら難しいと思う。
「信じてくれよい」
「前科二犯のマルコさんを信じることはちょっと…」
「よい…」
◇ ◇ ◇
「美味かったよい」
「美味しかったです」
「満喫したよい」
「満喫しました」
「楽しかったよい」
「楽しかったです」
パイナップルケーキの後もたくさん食べ、写真もたくさん撮り、二人でルンルンで帰路についた。
久しぶりの食べ歩きは、すごく楽しかった。マルコさんもすごく嬉しそうで、今日起きた甲斐があったと自分で自分を褒めている。
たくさん食べたから今日の夜ご飯はなし。映画を観ようか、ゲームをしようか、と玄関を開けて廊下を歩き、リビングへ。
「コーヒー飲むかよい?」
「はい。いただきます」
追加で買ったパイナップルケーキは明日食べるので、マルコさんの視界に入らないようにローテーブルの下に置いておいて、マルコさんを待つ。
いつものように抱き上げられ、マルコさんの膝の上に座り、コーヒーを飲んでいると、あることを思いついた。
「マルコさん」
「どうした?」
「いい撮り方、思いつきました」
「俺はどうしたら?」
「マルコさんはそのままで大丈夫です」
マルコさんの膝から降りてソファの後ろへ。マルコさんを後ろから抱きしめ、顔を肩に乗せさせてもらった。そして、腕を前に伸ばして、少しだけ上げる。
「いきますよ」
「ん」
カシャ。
「あ、今日一番良い感じです!」
「俺にも見せてくれ」
画面を見せると、マルコさんも良い感じだと喜んでくれた。うん、マルコさんが可愛く撮れていて、私の写りも悪くない。いい撮り方を思いついた自分を褒めながら、マルコさんの膝の上に座り直していると、マルコさんが、あ、と声を出した。
「俺も一つ、思いついたよい」
マルコさんはよいしょ、と私を抱き上げながら立ち上がった。
「これも顔の位置が同じになって撮りやすいんじゃないか?」
「確かにそうかもですね」
ではさっそく。
マルコさんの腕は安定感があるから、両手を離しても怖くない。カメラを構えて、いきますよ、と声をかけると、マルコさんがぴと、と頬をくっつけてきた。
カシャ。
「ん。これもいいねい」
「えへ、マルコさんと一番くっついてる写真ですね」
「まぁ、ただ…」
「ただ?」
「こっちは外ではできないねい」
確かに。外でこんな撮り方しているカップルがいたら、注目の的。この撮り方は二人きりの時しかできないな。
年齢の差だけでなく、身長の差も大きいと大変なんだな、と写真を眺めていると、マルコさんにもう一枚撮りたいと言われたのでスマホを構える。
いきますよ、と声をかけると、なぁ、と声をかけられた。なんですか、とマルコさんの方を見れば、鼻同士がくっついた。そしてすぐに、ふに、と唇が合わさる。
カシャ。
私、今、何の写真を…?
突然のことについていけず、離れていくマルコさんを見つめていると、マルコさんに上手く撮れたか、と尋ねられた。スマホ画面を見れば、人には見せられないけど、一人の時ならニヤニヤ眺めてしまう写真が出来上がっていた。
けど、けど、すごく惜しい。
「…ブレてます」
「んじゃあ、もう一回」
「え!?あ、その…」
「嫌かよい?」
「い、いえ、嫌では、」
誰にも見せなければいいだろ?、と可愛く首を傾げるマルコさんに負け、この写真を五回も撮り直すことになるのだった。