パイナップルからはじまる恋

「あら、おかえり」
「おう、おかえり」
「おつかれさん」
「ただいま」

実家に帰ると、母と父とマルコさんが出迎えてくれた。三人はご飯を食べ始めていて、私も席につき手を合わせる。
マルコさんは店に来た時は夕食をとるようになった。母がせっかくならと半ば強引に夕食に誘い、父は酒を一緒に飲む相手ができたと嬉しそうで、マルコさんは無理している様子はないけど嫌なら断ってくれていいと何回か確認したら、寧ろありがたいと笑っていた。

「マルコさんが来た時は賑やかねぇ」
「私も帰ってくるからね」
「週に一度の楽しみだな」
「来るのが難しい時もありますが、喜んで頂けるなら出来る限り来ますね」

私は社会人になってからずっと一人暮らしをしている。その話をマルコさんにしたら、私はここに住んでいると思っていたようで驚いていた。実家から家までは電車で二十分ほど。店に立っていた時は実家で寝泊まりをしていたけど今は一人暮らしの家に戻っていて、マルコさんが店に来る時だけ私も残業がなければ実家に寄って夕食をとっていた。ちなみに私の転職活動は無事に終わり、今は新しい会社で働いている。

「今日の夕食は私よ。マルコさんどう?」
「とても美味しいです。本当に三人共、料理が上手ですね」
「私も母も、父から教わったんですよ」
「お父さんに胃袋を掴まれてしまって」
「そうだったんですね」

家族の中で料理が一番上手なのは父で、マルコさんは父の料理を初めて食べた時、目を見開き、夢中で食べていた。プロではないので家庭料理の延長だけど、マルコさんは家庭料理が一番美味いんだと私達の料理をいつも美味しく食べてくれる。そんなマルコさんはここでご飯を食べるようになってから皿洗いが上達し、洗い物担当となっていた。

「二人共、気をつけてね」
「うん、おやすみ」
「ご馳走様でした」

明日も仕事なので長居はせずに駅までマルコさんと歩いて、同じ電車に乗った。私とマルコさんの家は区は違うけど電車で十分ほどの距離で、マルコさんが先に電車を降りる。

「もうずっとそこにお住まいなんですか?」
「買って五年ぐらいだねい」

マルコさんは独身だと言っていたけど、買ったのはファミリー向けのマンション。聞いてみれば資産価値が落ちないものを選んだ結果であって、部屋は余りに余っているらしい。広い家に一人は寂しいだろうから、本人も嫌ではないと言っているし、週に一度夕食をとってもらって少しでも寂しさが減るといいな。

「仕事はどうだ?」
「面白いです。それに皆さん良い方で、先週歓迎会開いてくださったんです。すごく楽しかった」
「そりゃあ良かったねい。酒は飲めるのか?」
「少ししか飲めないんです。いつも一杯だけ飲んで、後はノンアルコールかソフトドリンクを。マルコさんはお酒好きですか?」
「よく飲むが外でしか飲まないねい」

そんな話をしていると十分なんてあっという間で、すぐにマルコさんの最寄駅に着いた。じゃあまたと、声をかければ送っていかなくて大丈夫かと聞かれる。マルコさんはいつも心配をしてくれるけど、流石にいい大人なので大丈夫と答えれば着いたら連絡、と念を押された。

「仕事で二週間は店に行けそうにない」
「はい。無理しないでください。ご飯、ちゃんと食べてくださいね」
「よい」
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」

家に着いてマルコさんに連絡をすると、すぐに既読がついて"無事でなにより"とベッドで眠るパイナップルのスタンプが送られてきて、一人で笑ってしまった。このパイナップルシリーズのスタンプはきっとマルコさんのために作られたんだと思う。うん、今日もマルコさんは可愛い。
私はマルコさんと数日おきぐらいでやりとりをしている。内容は大したことないものばかりで、この前はマルコさんから良いもの見つけたと画像が送られてきて、パイナップル柄のコースターを出張先のバーで飲んだ時に出されたと教えてくれた。バーなんて行ったことないのでどんな所なのか聞いてみると、よく行くバーがあるから今度一緒に行こうと誘われ、日にちはまだ決まっていないけど私のバーデビューが決まった。

◇ ◇ ◇

翌週、マルコさんが実家に行けないので私も今週と来週は帰らないと母に連絡すると、母から私だけでも来てくれると嬉しいと返事が来た。どうやら、父が母と二人でとる食事が寂しいと話しているらしい。一人暮らしを始めてから、実家が近くても何かない限りは行かなくなってしまっていて、父が骨折する前はあまり帰っていなかった。寂しがってると聞いて驚いたけど、今のうちからできる親孝行はしたいと思って今週も実家に帰ることにした。

「マルコさんは何の仕事してるんだ?」
「法人営業だって言ってたよ。何の営業してるかは聞いてないけど、よく出張もしてるみたい」
「一度キャリーケース持って来られたわね」
「うん。凄く疲れていてる時も来てくれたけど、大変そう」
「ご飯をちゃんと食べてるか心配ねぇ」
「来た時は栄養つけてもらわないとな」

赤の他人からこんなに心配されているとはマルコさんも思っていないだろう。両親はマルコさんを凄く気に入っていて、二人共食べる姿が良いと私と同じことを思っていた。
そう、マルコさんの食べる姿は可愛い。一度何かを口に入れると飲み込むまで微動だにしない。もぐもぐと口だけ動かす姿を私達はいつも静かに観察している。けしてマルコさんを餌付けしているわけではないけど、ついつい食べさせたくなってしまい、次は何を食べてもらおうと私達の楽しみになっているのはマルコさんに秘密。
その翌週も私は実家に帰り、来週はマルコさんに何を食べてもらうか家族会議をしていたのだけど、週末、マルコさんから不思議なメッセージが来た。
お風呂から出でスマホを見れば通知が来ていて、開いてみるとマルコさんからだったのだけど、

"酢豚"

としか書かれていなかった。
酢豚が食べたいのかな?それとも今、美味しい酢豚を食べているのかな?
状況が分からず酢豚がどうしたのかと返事をしたけど、すぐに既読がついたものの反応がない。どうしたんだろうな、と不思議に思いながら他ごとをしていると通知が来た。

"食べたい"

またあの時のようにお疲れなのかな。それなら来週は酢豚をマルコさんに食べてもらおうと母に連絡しようとしたら、マルコさんからどこかの住所が送られてきた。これはどこなのか尋ねたけど、それからマルコさんの反応がなく、翌日も体調は大丈夫かと連絡しても既読すらつかず、前に酷く疲れた姿を見ているだけにもしかして倒れてるんじゃ、と心配になり私は家を出た。

「マルコ、店にスマホ忘れんなよ」
『それで今朝から見当たらなかったのか』

送られてきた住所は私の家から電車で十分のところにあるマンション。エントランスに入るとオートロックのインターホンの前に立つ黒髪の人がマルコさんと話しているのが聞こえた。マルコさんの無事が分かり安心していると、黒髪の人が私に気づいたのか後ろを振り向き、モニターに私が写っていたのかマルコさんが私の名前を呼ぶ。その声は慌てていて、今降りるから待つようにと通話を切られた。

「お嬢さん、マルコの彼女かい?」
「いえ、お友だちのような感じです」

黒髪の人に話しかけられ、ここに来た理由を話そうとしたらマルコさんが来て、私になんでここに、とかどうしてここが、とか聞いてくるので昨日のメッセージのやりとりを説明したけどマルコさんは首を傾げるだけ。

「あぁ、お前、昨日だいぶ酔ってたからなぁ。覚えてねぇんだろ」
「……すまん」
「いいえ。またお疲れなのかなと思ったんですけど元気そうで良かったです」

ならこれで、と帰ろうとすると手を掴まれ、マルコさんは私が持ってるエコバッグを指差して材料ではないのかと尋ねてきた。

「はい、酢豚の材料ですよ」
「食いてえ」
「今からですか?台所お借りしても?」
「あぁ…あ、包丁」
「包丁なら持ってきましたよ」
「……まな板もフライパンもねぇ」

それは想定外。調味料はないだろうと家から分けて持ってきたけど、どうやら調理器具はほとんどないらしい。まな板もフライパンも欲しいところで、どうしようかと悩んでいると黒髪の人に声をかけられた。

「おーい、お二人さん」
「あぁ、イゾウ。悪かったねい」
「構わんぞ。それに、」
「?」
「お嬢さん、マルコのことよろしく頼むな」
「?。はい、酢豚食べてもらってお腹いっぱいにさせておきますね」
「いや、そういう意味では…まぁいい、くく、良いものが見れた」

そう言ったイゾウさんは今度店に来るといいと言い残し帰って行った。本当に忘れ物を届けに来ただけなのなら、なんて優しい方なんだと後姿を見ていると、マルコさんにエコバッグを奪われる。

「支度するから待っててくれるか?」
「支度ですか?」
「あぁ。調理器具一式買う」

何が必要か分からないから一緒に来て欲しいとお願いされ、私は十分待ってマルコさんと近くのそこそこ大きいスーパーへ。

「他に食べたいものありますか?」
「…あっさりしたもの、かねい」
「ならサラダ作りますね」

スーパーに入るとマルコさんはカートを押す私の後ろを着いてきて、私が食材や調理器具を手に取ってカゴに入れると興味津々にカゴを見る。何というか、大きな子どもを連れて歩いているようだけど…うん、可愛いからいっか。

「金は俺が出す」
「ありがとうございます」
「よいよい」

そしてマルコさんの家にお邪魔すれば、あまり物がない部屋だった。台所なんて使った形跡がない。パイナップルやコーヒーメーカーが置かれているぐらいで、本当に料理をしない人の台所。

「作ってるところ、見ててもいいか?」
「いいですよ。あ、一緒に作りますか?」
「あー、いや、俺は本当に料理ができん。邪魔になるだけだよい」
「なら、やりたくなったら言ってくださいね」

調理器具を軽く洗って準備をし、さぁ作ろうとするとマルコさんは私の後ろに立った。見てるってカウンター越しとか横からじゃなくて背後から?後ろを見ればマルコさんは首を傾げてくる。

「邪魔かよい?」
「いいえ。なら、マルコさんにお仕事お願いしても?」
「俺にできるかねい…」
「簡単ですよ。冷蔵庫から私の言うものを出してくれるだけで大丈夫ですから」

それぐらいなら出来るからまかせろ、とマルコさんは私の後ろから作っているのを眺めていた。頭一個半分はマルコさんの方が高いので頭上からほー、とか、すごいねい、とかいろんな感想が降ってくる。

「マルコさん、昔から料理しなかったんですか?」
「あぁ。ガキの頃、オヤジからキッチンを出禁にされたんだよい。料理が得意なダチにも二度とするなと言われて」

家庭科の授業でも友だちにお前は何もするなと止められ、社会人になってからはずっと外食やお弁当で過ごしていて、料理は本当にしたことがないようだ。

「お前さんが魚をくれた日、すげぇ久しぶりに手料理ってものを食ったんだよい」
「料理が得意な友だちは近くに住んでらっしゃらないんですか?」
「海外で店やってて帰ってこねぇ…それでな、お前さんの料理がすごくてよい」
「すごい?」
「あぁ、心がこもった味、つうのかねい。その夜、なんかよく眠れたんだ」

本当に美味かったんだと言う声がとても穏やかで、見上げれば、ん?とマルコさんがすごく優しく笑っていた。

「お、ついにパイナップル登場か?」
「ふふ、そうですよ。つまみ食いはダメですからね」
「無意識に手が出ても怒らないでくれよい」

料理が完成し、マルコさんに盛り付けを頼めばとても真剣にやってくれて、私はというと使った調理器具を洗おうとして洗剤がないことに気づき、マルコさんに尋ねればこれで洗ってると備え付けられている食洗機を開けてくれた。皿洗いがぎこちなかった理由が判明し、食洗機を見るのが初めてだったのでマルコさんに洗い物はお願いすることに。

「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」

マルコさんは今日も丁寧に手を合わせて食べ始め、もぐもぐと口だけを動かしながら食事に集中している。
マルコさんって四十超えていると聞いたけど、どうしてこんなに可愛いんだろ?普段からこんな感じなのかな?

「美味しいですか?」
「…あぁ、すげぇ美味い」
「それは良かったです」
「お前さんの料理はサッチにも負けねぇなぁ…」
「海外でお店やってる?」
「あぁ」
「プロと比べては…」

んなことねぇと言ったマルコさんは綺麗に完食。その後、マルコさんがお礼にとコーヒーを淹れてくれたので頂き、少しお話をしてお暇することに。

「あのよい…また作ってくれるか?」
「酢豚ですか?いいですよ」
「あ、いや、酢豚以外も」
「いいですよ。リクエストしてくれれば」
「ありがとよい」

それからというもの、マルコさんからあれが食べたいこれが食べたいとリクエストがくるようになり、私はその度にマルコさんの家に通い、背後から料理を作っているところを眺められ、可愛く首を傾げるマルコさんを見るようになった。
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