パイナップルからはじまる恋

「お、きたきた」
「おつかれー。って、何その髪色!」
「ちょっと遊んでみた」
「遊びすぎじゃない?仕事いいの?」
「仕事辞めたんだって」
「ちょっとやりたいことあってさ」

店に行くと、二人の友だちは飲み始めていた。一人が髪色をピンクにしていたのには驚いてしまい、そんな派手な色に染めている姿を見たことがなかったから頭から目が離せない。
今日は金曜日。大学の友だちから飲みに誘われ、金曜日なら少し遅い時間になるけど行けると伝えれば、私に合わせて三人が調整してくれた。もう一人は三十分ぐらい遅れると連絡が来ている。
烏龍茶を頼んで二人と乾杯。最近どう?から始まった会話は、まず仕事の話から。三人共同じ職種だからか同じような悩みを持っていて、お互いの話に分かる分かると頷き合う。

「ねぇ、転職って大変だった?」
「面接対策が面倒だった」
「どこの転職サイト?エージェント使った?」
「気になったところがエージェントにしかなかったから使ったよ…えっと、ここ」
「エージェントかー…」
「てか、やりたいことってなに?」
「違う職種?」

ピンク髪の彼女(以下、ピンクさん)は違う職種に行きたいようで、その髪色ができる職種なのかと思ったけどそうではないそう。年齢的にはまだまだ違う職種へ行けるから思い切った、と。

「給料良かったのに勿体無い」
「ボーナスすごかったよね」
「支店の業績が良かっただけ〜」
「今年飛ばされたところは少ないんだっけ?」
「…少ないどころじゃない」

配属ガチャが良かっただけ、とピンクさんがハイボールを煽っていると、もう一人の友だちが鼻息荒くやって来た。あまりの勢いに、私達三人はただただ彼女を見つめるだけ。
テーブル下にあるカゴに雑に鞄を置き、潰す勢いで椅子に座った彼女は、わなわなと震えていた。

「もー!あんのクソ上司!!帰る直前で…!」
「すごい荒れよう」
「お疲れ、はいメニュー」
「そんなもの見ない!リンゴジュースくださいー!」
「その勢いで頼むのがリンゴジュースって…!」

遅れて来た彼女は私以上にお酒が飲めないから、完全にソフトドリンクのみ。
リンゴジュースが来たところで、四人で乾杯。リンゴジュースを頼んだ彼女(以下、リンゴさん)から仕事の愚痴を聞き、三人でうんうんと頷いていると、二十分ぐらいでリンゴさんは落ち着いてきて、急に話を変えた。

「そう言えば、彼氏とどうなったの?同棲するとかしないとか話してたけど」
「別れた」
「原因は?」
「…生々しい話になりますけど?」

どうぞどうぞと、私とピンクさんとリンゴさんの三人で手のひらを見せれば、話を振られた彼女は半分残っていたビールを全て飲み干して、原因は…と口を開く。
端的に言えば、彼氏とするのが痛くて仕方がなくて耐えられなくなった、らしい。

「そこに愛はあったの?」
「なかったと思うよ」
「彼氏さん、したかっただけ?」
「頻度は?」
「洗いざらい話しますと…」

スタイルがいい彼女(以下、スタイルさん)は生々しい話を続け、体目的のクソ野郎だったと吐き捨てた。スタイルがいいのも大変だなと、彼女の過去の彼氏を思い出しながら同情してしまう。見た目はスタイルが良くて派手に見えるけど、真面目で優しい、いい子なだけに、自分のことでもないのに悲しくなる。
そんなことを考えながら烏龍茶を飲んで、カマンベールチーズフライを食べていると、スタイルさんがずい、と私の方へ身を乗り出してきた。

「と、いうことで、合コン来ない?」

今の話からどうしたら、ということで、になるのかは分からないけど、スタイルさんから突然のお誘い。
アプリで知り合った人と二回会ったけど、好みではなかった。ただ、それは相手も同じだったらしく、合コンの話を持ちかけたら乗ってくれたそう。

「アスカから聞いたけど、彼氏いないんでしょ?あ、いい人いる感じ?」

アスカとは、先日一緒に家具屋へ行った、大学時代の一番仲のいい友だちの名前。
マルコさんのことを知っているのに、彼女は私の情報を伝えたよう。まぁ、実際に彼氏はいないし、いい人も…。けど、あまり行く気にはならなくて曖昧な返事をすると、スタイルさんは無理にとは言わないと付け加えた。

「誘える人が減っていくんだよね〜。行きたくなったら言ってね」
「そっちは行かないの?」
「しばらく遠征するから無理」
「追っかけか」

ピンクさんはアイドルオタクで、アイドルのライブのために遠征をするから合コンには来ない。リンゴさんは大学卒業してすぐに結婚をしたから、合コンには来れない。となると、誘えるのはこの中だと私だけ。
合コンの相手は、年は全員五つぐらい上。堅い仕事についている人を集めてくれているらしい。

「アプリもやってないの?誰とも会ってない?」

会ってるのはマルコさんだけ。それを"会ってる"というのかどうかが分からないし、引っかかることもあり話したくなくて、今はあまり出会いを求めてない、とだけ答える。
…そうだ、明日はマルコさんに会えるんだ。
そう思ったら口元が緩んできて、隠すようにグラスを口につけた。
マルコさんのことを考え出したら頭の中はマルコさんで埋め尽くされる。
マルコさんが買ったプロジェクターで何を観よう?アクション、ファンタジー、アニメ、推理物、ホラー。マルコさんと電話をした時に、考えとく、と言ってくれてたけど、いい映画あったかな。
頭の中でそんなことを考えつつ、三人とくだらない楽しい話をしていたら、店員から時間だと言われたので店を出る。
駅までの道を歩きながら、マルコさんから連絡がきてないかと、三人の会話を聞きながらスマホを見ると、通知バッジが"2"と表示されていた。けど残念ながら、期待してメッセージアプリを開いたけど、違う人からだった。
まぁ明日会えるからいっか、と思いつつ、何かやりとりがしたくて、文字を打っていると、一人の友だちが、あ、と声を出した。

「すごい背の高い人」
「どこ?…本当だ。スポーツ選手並」
「四十は超えてるかな。いいおじ様と、隣の人は綺麗な人ねぇ」

スマホから目線を上げて同じ方向を見た瞬間、私の中の鍵がかかっていた箱が無理やりこじ開けられ、一気にある感情が溢れ出てきた。それは今まで感じたことがない、けど、もしかしたら、見過ごしていただけなのかもしれない感情。
あぁ、そっかと、その感情を自覚しても実感は湧かなくて、どこか他人事のように思えた。
すごい背が高いに決まってる。だってあの人はニメートルを超えているんだから。年齢も四十超えてるよ。
スーツをびしっと着こなす姿を見たのは久しぶり。やっぱりかっこいいな。

「んじゃ、私地下鉄だから」
「私はこっち」
「同じく」
「私は、あっち」

じゃあ、と手を振って別れ、私は一人、改札を通って階段を登る。
私とは違う方向へ向かって行ったから、姿が見えたのは三十秒もなかった。けど、脳裏に焼きついた姿はしばらく消えてくれそうにない。
マルコさんの隣を歩いていた女性は、私よりは年上に見えて、落ち着きのある背が高い綺麗な人だった。楽しそうに笑い合っていたから、二軒目に行くのか、時間を考えるとそのまま…。

「電車はあと…」

ホームについて電光掲示板を見ると、電車が来るまで八分あった。時間潰しのために、カバンからスマホを出して画面をつける。すると、今から綺麗な人とどこかへ向かう人宛に送るメッセージが中途半端に入力されていた。私は消去ボタンを長押しし、ネットニュースを見るためにメッセージアプリを閉じる。
どうせ、今送っても見ないだろうから、いい。
今は、私の時間じゃない。

「あのピアスが、凄く似合ってる人だったな…」

その小さな独り言は、後ろに並んでいる、酔っ払ったサラリーマン達の大きな声に掻き消され、誰にも届かなかった。


◇ ◇ ◇


『ちょっと、あいつらは誰!?』
『いいから早く乗れ!死にたくなければ俺と来い!』
『いやよ!貴方と行ったら命がいくつあっても足りないわ!』
「…体調、悪いのか?」

ふいに、横からそんな声がした。
顔を横に向けると、マルコさんが私の方に体を向けて心配そうな顔をしている。
天井に映されている映画は今、主人公とヒロインがカーチェイスをしているシーン。車が次々と爆破されていく様子は爽快。
少し古い映画だけど今でも人気のこの映画は、始まってすぐに飛行機内でバトルが始まった。主人公が操縦士の命をも奪ってしまったから主人公が操縦することになり、どこかの麦わら畑に不時着するという怒涛の展開。

「えっと、悪くないですよ」
「なら、何かあったのか?」
「仕事が忙しいこと以外には、特に」

仕事が忙しいのは本当だから嘘ではない。
それ以外には特にないと笑顔で答えたけど、マルコさんの表情は変わらない。マルコさんが心配するほどだから、そのつもりはなくても色んな感情がぐしゃぐしゃになっている表情をしてるのかもしれない。
どうしようかと悩んでいると、すっと手が伸びてきて頬を撫でられた。その撫で方が優しくて気持ちが良くて、自然と口元が緩む。

「俺に出来ることねぇか?」
「マルコさんの出来ること、ですか?」
「あぁ。仕事は俺では手伝うことできないが、話なら聞くことができる。気分転換したいなら何処にでも連れていくよい」

明日、ガーデンセンター以外で行きたいところがあれば変更してもいいし、家でのんびりしたいならそうする。
優しい声で、柔らかい表情で、そう言ってくれるマルコさんは、本当に優しい人。それだけで、この時だけは十分幸せになれる。
マルコさんを見つめ返していると、カーチェイスは終わっていた。耳に入ってくる音からすると、主人公の隠れ家に着いたようで、ヒロインが貴方は何者なのかと、スパイである主人公に尋ねるけど、主人公は知らない方が幸せだと質問をはぐらかす。
今日、ピアスはなかったけど、包丁の位置は違っていた。四回目となると体は慣れたのか動いてくれて、すぐに包丁を手に取り夜ご飯を作れた。

『これだけ巻き込んでおいて説明もなし!?』
『そもそも忠告したのに飛行機に乗った君が悪いんだろう!』

ヒロインは忠告された記憶がなく、主人公がした、という忠告は分かりにくいものだった。確かに曖昧な言い方では飛行機に乗ってしまう。もっとはっきりと言ってもらわないと。
映画を見ずに、私の方を見て言葉を待つマルコさんの頬を撫でてみると、マルコさんの顔が近づいた。そして、おでこ同士がくっつき、もう一度出来ることはないかと、聞いてくれる。
ヒロインは、飛行機で主人公が殺したのは誰だったのか、どうして狙われているのか、教えてほしい、と主人公に何度も尋ね続けていた。

「…マルコさん」
「ん?」
「明日、可愛いもの選んでほしいです」
「ん。他は?」
「…ぎゅって、してほしいです」

マルコさんは目を細めながら、そっと引き寄せてくれた。ぐしゃぐしゃな感情に蓋がされて、幸せで満たされる。体の内も外も温かくなり、今はこれだけを感じていたいから何も考えたくない。

「えへ」
「その表情の方が似合う」
「変な笑い方じゃないですか?」
「そんなことねぇよい」
「……へへ」

私もマルコさんの方に体を向けて、マルコさんの首に抱きついた。

「マルコさんはしてほしいことないですか?」
「俺か?」
「はい。元気が出たのでお返しです」
「…なら」

マルコさんは困ったような顔で笑いながら、お願いをしてくれた。

「明日の朝は、俺が起きるまでベッドにいてくれるか?」

マルコさんは朝が弱い。起きてから、しっかり動けるようになるまで時間がかかる。それに比べて、私は朝方。

「なら、マルコさんの寝顔見ながら起きるの待ってますね」
「寝顔は…あまり見てほしくねぇが」
「可愛いんですよ」
「おっさんの寝顔が?」
「ふふ、はい」

寝顔だけでない。
私は初めて出会った時…あ、二回目かな、笑顔が可愛いと思った。その後もマルコさんは会うたびに可愛い姿を見せてくれて、私はいつも"可愛いからいっか"と色んなことを考えるのをやめていた。

「マルコさん、映画戻しますか?」
「今どのあたり?」
「えーっと…三十分ぐらい」

なら見ようかと、マルコさんが映画を最初に戻したので天井に視線を移していると、名前を呼ばれる。

「ここ、おいで」
「ここ?」
「ん」

ここ、とはマルコさんの肩のあたり。恐る恐る頭を乗せれば髪を撫でられた。重たくないかとマルコさんを見ると、柔らかい笑顔で大丈夫だと答えてくれる。
マルコさんの心地いい心音が聞こえて、私の心音も同じリズムになった気がした。もっとちゃんと聞きたくて、体を横に向けて目を閉じる。
トクントクンと一定の落ち着いた心音は私を安心させ、幸せにさせ、眠気を誘う。私の様子に気づいたマルコさんが、くすりと笑って、そっと頭を撫でてくれた。
あぁ、幸せだなぁ…。

「映画はまた来週な」
「はい…」

結局、心地が良すぎて、映画を見ずに眠ってしまった。


◇ ◇ ◇


「どうしましょう…」
「予想以上の種類だよい…」

目の前に広がるのは、ジャングル。
あまりの植物の多さに圧倒され、私もマルコさんもしばらく立ち尽くす。

「一通り見て回りますか?」
「そうだねい。どんなものがいいか希望はあるか?」

私の家は広くないから大きい植物は置けない。大きくてもスツールに乗せられるサイズぐらいまでのものがほしかった。マルコさんはリビングの主役になるような大きめのものがほしいそうで、私はマルコさんのリビングを思い浮かべながら、店内を見て回る。

「マルコさん、これ葉っぱがくるくるですよ」
「ヤシの実から伸びてる…」
「これ葉っぱに穴が空いてます」
「海藻みたいな葉だねい」

フィカス・ベンジャミン・バロック、ココヤシ、マドカズラ、エペフィルム・アングリガー。どれもこれも個性的で、聞いたこともない名前ばかりだから、二人できょろきょろとあれはこれはと手を繋ぎながら歩く。これは決めるのが大変そうだと、二人で苦笑い。

「可愛いねい」
「可愛いですね」

可愛い可愛いと眺めているのは、たくさんの多肉植物。ぷにぷにの肉厚の葉、独特な形。どれも可愛くて見ていて飽きない。マルコさんなんて、いくつか買おうかと真剣に見ていた。

「パイナップルコーンがすごい効果でよい」
「そうなんですか?」
「見てるだけで癒されて、ほっとするんだ」

朝起きた時や夜帰って来た時に、テレビボードにちょこんと置かれている姿を見てるだけで、自然と笑顔になるんだそう。今も、その光景を思い出したのか、マルコさんは穏やかな笑みを浮かべていて、私も嬉しくなる。
私も、この店にパイナップルコーンがあったら買おうかな。
マルコさんが二つの多肉植物を選び、店内を進むと不思議なエリアがあった。ツルのような植物がたくさん吊らされていて、二人でなんだろうと一つに近寄ると"ウスネオイデス"と値札に書かれていた。気になってスマホで調べてみたら、パイナップル科の植物のようで、マルコさんが「これがパイナップル?」と不思議そうに眺める。中々のボリューム感で、これを部屋の壁に吊るしたらオシャレかなとマルコさんに聞いたら、違うやつがいいと首を横に振った。
パイナップル科の植物は他にもあって、その度にマルコさんが興味深そうに眺め「パイナップル好きなら買うべきか…?」と悩む。マルコさんのリビングにパイナップル科の植物が全て置かれているのを想像したら、私の頭の中で正真正銘の"パイナップルおじさん"が誕生して一人笑ってしまい、マルコさんが不思議そうに私を見ていた。

「マルコさん、決めました」
「どれだ?」

初めて見る植物ばかりで、店を一通り見るのも、一つに決めるのも時間がかかってしまったけど、無事に私は一つに絞る。

「これ、どうですか?」
「…フィカス・ウンベラータ」

葉の形が可愛くて、全体的に優しい感じがマルコさんに合うと思った。どうかな、とマルコさんを見れば、ふむ、と選んだものを眺め、すぐに笑いかけてくれて、これを買うと即決した。
ただ、マルコさんにプレゼントしたパイナップルコーンとは違って、大きな植物となると剪定したり、肥料をあげたりと手入れが必要になる。けど、店員さんに聞いてみたら育てやすい方だと教えてくれて、マルコさんもしっかり手入れはするというので心配はなさそう。

「大事に育てるよい」
「はい。マルコさんはいいのありました?」
「俺はな…」

マルコさんが選んでくれたのは、幹が大きく枝葉が上に向いている可愛い植物。名前は、アデニウム・オベスム。塊根植物の一つだそうで、独特な姿は一度見たら忘れなさそう。

「可愛いですね」
「あぁ…似てるなって思ってよい」

マルコさんはすごく優しい顔でアデニウム・オベスムを見て、私を見た。
見た目が似てるってことかな?…うーん、似てるの?
何が似てるのか知りたくてマルコさんに尋ねたけど、秘密だとはぐらかされてしまった。けど、マルコさんはもう一度、似てると呟いて、私にどうか、と尋ねてきた。
マルコさんが選んだものなら、どんなものでも嬉しい。

「ありがとうございます。大切に育てますね」
「よい」


◇ ◇ ◇


「よいしょ」

夜ご飯を食べ終え、マルコさんが今日のお菓子とコーヒーを持ってきてくれた。そして、床に座っている私を抱き上げ、膝の上に座らせてくれる。
今日のお菓子はショートケーキ。三角にカットされたショートケーキは断面がとても綺麗で、見惚れているとマルコさんに食べるように促された。

「ん。美味しい!」
「気に入ったか?」
「はい。マルコさんも」
「あー…ん、美味い」

ふわふわのスポンジに甘さ控えめの生クリーム、そして甘いイチゴ。それを全て口に入れれば、口の中は幸せで満たされる。
けど、私はもっと満たされたい。

「マルコさん」
「ん?」
「横向きがいい」
「よい」

マルコさんの顔も見えるように横向きに座って、マルコさんの胸に寄りかかる。
マルコさんといられるのは頑張ってもあと三時間。昨日の夜はあんなに幸せだったのに、今は終わりが見えて寂しくて仕方がなかった。
そういえば、今日はまだ来週の話をしていない。どこか出かけるのかな、お家で過ごすのかな。
マルコさんが、あ、と口を開けるのでイチゴを差し出しながら来週の話をすれば、マルコさんはどうしようかと目線を上に向ける。

「仕事は忙しいか?忙しいなら家でゆっくりするか?」
「そこそこなので大丈夫ですよ。マルコさんもしばらくお忙しいんですよね?」
「そうだねい。けど、休みの日まで持ち込むほどではないから、遠出もできるよい」

どうしたい?と首を傾げるマルコさんが可愛くて、はい、とフォークを差し出す。すると素直に口を開けてくれてもぐもぐ食べ始めた。その姿が本当に可愛くて、ずっと見ていたくなり次をスタンバイ。
マルコさんが飲み込んだのを見て、はい、と口元へ運べば、また口を開けてくれた。それを二回やっても見足りなくて、私はまた食べさせようとフォークで一口分を切って刺す。

「あの、よい…」
「マルコさん、はい」
「いや、俺はもう…」
「お口開けて?」
「…だから」
「あー」
「…あー」

観念したマルコさんはまた口を開け、パクりと食べてくれた。嬉しくなって、えへへ、と笑っていると、私を見たマルコさんもつられて笑ってくれて、結局一つ全てを食べてもらった。
ほとんど食べていないのに私は満足してしまって、へへへとマルコさんを眺め続ける。すると、マルコさんが前屈みになってローテーブルに置いてある皿を取った。

「ほら」
「?」
「今度は俺の番」

マルコさんはショートケーキの先端をフォークで切って刺すと、私の口元に持ってくる。
口を開ければ中にショートケーキが入ってきて、口を閉じればフォークだけがゆっくりと出ていく。
美味しいなぁと私がもぐもぐ食べる中、マルコさんが次の準備をして私が食べ終わるのを待つ。
あ、と口を開ければマルコさんが何度も食べさせてくれて、最後に大きなイチゴを放り込まれ、完食。

「ふふ、美味しかったです」
「な。で、来週はどうしようかねい?」
「あ」

ケーキに夢中で来週の話が途中だった。
マルコさんのスマホを覗き込み、近いところ、少し遠いところ、もっと遠いところ、気になる店や観光地を検索したり、やっぱり家で過ごそうかと話が戻ったり。なかなか予定は決まらないけど、この時間が堪らなく幸せだった。

「食べ歩きはどうだ?」
「いいですね。行くなら…」

中華街、お寺や神社の参道、商店街。商店街なら私の実家の商店街も良いけど、マルコさんに尋ねたら「もう少し後で…」と断られた。

「時期関係なく食べ歩きできますよ?」
「いや…まだだよい」
「いつ頃がいいですか?私の好きなお団子屋さんもありますよ」
「えーっと…とりあえず、まだだ」

歯切れが悪いマルコさんが中華街で肉まんが食べたいと言うので、来週は中華街に行くことに。
それから最近流行りの食べ物や、公開予定の映画の話、他にも色んな話を夢中でしていたらタイムリミットになってしまった。

「あの、送ってくれませんか?」
「もちろん。そのつもりだよい」

マルコさんは私を抱き上げてくれたけど、今日は植物もあって荷物が多いから自分で歩きたい。そう伝えれば、不満げな顔をされた。流石に私と、私の鞄と靴と植物は抱えられないと思うけど、マルコさんは頑なに私を下ろそうとしなくて、俺はできる男だと、車まで運んでくれた。

「時間が経つの、早いですね」
「楽しい時間はあっという間だねい」

窓から見える景色よりもマルコさんが見たくて、運転してるマルコさんの横顔を眺める。すると視線に気づいたマルコさんが、赤信号になると目を合わせてくれて、頭や頬を撫でてくれた。その手を取って指を絡めれば、マルコさんは力をこめてくれる。青信号になり、顔を前に向けたマルコさんは、右手だけでハンドルを持ち、左手は私の手を握ったまま。
マルコさんの家から離れれば離れるほど、昨日の夜に蓋をしたぐしゃぐしゃの感情が現れて、マルコさんの手を強く握ってしまった。
マルコさんに会えるのはまた来週。いやだな。一緒にいたいのに。
もっと、もっと、マルコさんといたい。
一度考えると止まらなくなり、私の頭はまたマルコさんにしてほしいことや、マルコさんとしたいことで溢れかえる。
本当は左手だけじゃ足りない。今もマルコさんに抱きしめてほしいし、今日も一緒に寝たい。
そんなどうしようもないことを考え続けていたら、突然、マルコさんが前に言ってくれた言葉を思い出した。

"俺は、お前さんの望みならなんでも叶えるよい"
「着いたよい」

マルコさんの声に、勢いよく顔を上げる。
あ、着いちゃった。
早く挨拶をして車から降りないと、時間も遅いから早くマルコさんにも休んでもらわなくちゃ。
マルコさんの左手を握ったまま、"ありがとうございます""おやすみなさい""また来週"を言おうとしたのに、もしかしたらと、この一瞬だけ、どうしてか淡い期待を持ってしまった私は違う言葉を口にしていた。

「マルコさん」
「ん?」
「あの、土曜日、朝から…お邪魔しちゃ、だめですか?」

その声は、自分でも驚くほど震えていた。
マルコさんなら"いいよい"と言ってくれると、言ってほしいと、そう思いながらマルコさんを見ていたら、マルコさんは私から目を逸らした。そして、目を伏せて言葉を探しているマルコさんは、動揺しているような、迷っているような、見たことない姿で、私は静かにマルコさんの左手を離す。
…そっか。
聞くんじゃなかったと、この時点で後悔した。今から言われる言葉は、私の望むものでないのは明らかで、マルコさんを見られない。

「…すまん、予定があって難しいんだ。けど──」

マルコさんは顔を上げて何かを話していたけど、今度は私の方が目を合わせられなくて下を見続けた。
マルコさんの話はただの音となって全く頭に入ってこない。何も聞きたくなくて、音が止んだタイミングで私は下を向いたままシートベルトを外した。

「マルコさん、ありがとうございました」
「ん。また電話するよい」
「はい」
「おやすみ」

そっと頬を撫でてくれる温かい手から逃げるように、ドアの方へ体を向けて車から降りた。運転席側に移動して見送ろうとすると、マルコさんが部屋に入るよう促すので、頭を下げて車に背を向ける。

「あのよい」

私が部屋に入るまでマルコさんは車を走らせない。早く帰ってもらおうと早足で歩いていれば、マルコさんに呼び止められる。マルコさんを見ると、「また来週な」と微笑んでくれた。
その笑顔は本当に可愛いくて、見ている私も笑顔になれる…はずなのに、私は頭を下げて応えるので精一杯。

「…」

ドアの向こうのエンジン音は聞こえなくなり、足を擦りながら短い廊下を歩いて、部屋の電気をつけた。そして、ローテーブルにアデニウム・オベスムとパイナップルコーンを置いて、目の前にしゃがみ込む。

「そっか…」

"すまん、予定があって難しいんだ"
その言葉が、知りたい全ての答えな気がして、私はそっかそっか、と何度も呟くしかなかった。
そっか、私は土曜日の夜から日曜日の夜までの人。
そっか、私以外にご飯係かそれ以上の人がいるんだ。
そっか、私の料理が好きなだけなんだ。

「…この関係でいいって思ってたのに」

マルコさんが可愛いからいっか、と考えてこなかった自分が悪いんだ。誰に聞かれても答えられない関係でもいいと、マルコさんが"いいよい"と言ってくれるなら何でもいいと、そう思っていた自分のせい。

「いい大人が、今更…」

テーブルの真ん中に置いたアデニウム・オベスムを自分の方へ寄せて、葉に触れてみる。
マルコさんはどんな気持ちで、これを選んでくれたんだろう?
優しい人だから、ちゃんと私を想って選んでくれたんだろうな。
そう考えていたら、募る想いが目からどんどん溢れ出て、アデニウム・オベスムはぼやけて見えなくなってしまった。けど、マルコさんが私のために選んでくれた、大切なものをそばに置きたくて両腕で抱え込む。

「…っ」

ご飯係でいるのはもう無理だ。
マルコさんのふわふわな髪も、すべすべな頬も、逞しい胸も、大きな背中も、骨ばった手も、全部、他の人に触れてほしくない。
マルコさんが"いいよい"っていう相手は私だけであってほしい。
家にお泊まりするのも一緒に寝るのも、私だけであってほしい。

「うぅぅ…っ」

こんな想いを伝えても意味がない。けど、自覚してしまった想いを仕舞い込む箱がもうどこにもないから、次にマルコさんに会ったら自分が何をしてしまうか分からない。何をしても、絶対にマルコさんを困らせるだけだから、それは避けないと。
それに、今の関係で満足できなくなった私を知ったマルコさんから何を言われるのか、考えただけで怖くて動けなくなる。マルコさんから冷たいことを言われたら、立ち上がれない。

だってマルコさんは、
可愛くて、優しくて、温かい人で、
私の、好きな人だから。
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