パイナップルからはじまる恋
「新しい服?いいじゃん」
「ありがとう」
「けど珍しいね、そのブランド着てるの」
「あぁ、うん。気に入っちゃって」
「それにそんなに安くなくない?」
「えーっと、アウトレットで安くなってて」
「…噂のマルコさんか」
「…はい」
買ってもらったのか、と私を見る女友だちに、押しに負けて三着も買ってもらったと正直に話せば笑われた。遂にパパ活じゃん、おめでとう、と言う彼女には何も反論ができない。
先週、私とマルコさんは予定通りアウトレットに行った。ぶらぶら歩くだけが目的だから今日は何も買うつもりはないと、車の中で何回も伝えていたけど、マルコさんは「よいよい」と言うだけで真剣に受け止めてくれなかった。
まぁ、けど、何回か断ればマルコさんも諦めるだろうと、その時の私は本当に甘い考えを持っていた。
「それが気に入ったのか?買うよい」
「ん、それ良いねい。買うよい」
「こっちのほうが似合うよい。買おう」
「これきっと似合うよい。買おう」
「これ絶対似合うよい。買う」
店に入って何となく服を手に取って見る度に、マルコさんは食いついてきた。買おうか?と遠慮がちだったのが、次第に強引になり、最終的にはマルコさんが自ら服を探して買おうとした。
初めは私に服を合わせながら「これ絶対似合うよい」と笑うマルコさんに、いらないと遠慮をしていたけど、マルコさんが明らかにしゅんとするから悪いことをした気分になり、四回目で耐えられずに頷いてしまった。そうしたらマルコさんは満面の笑顔を向けてくれて、念のため試着だと背中を押され、服を着た私を見て似合うとすごく喜んでくれて、お会計を済ませたマルコさんは、自分の服でもないのに満足げだった。
「あの、ありがとうございます。大事に着ますね」
「もう一着、買おう」
「え?」
「どこの店がいいかねい」
「あの、一着で大丈夫ですよ」
「よいよい」
マルコさんが私の手を取って、楽しげにどの店に行こうか歩き出す。ハイブランドの店に行こうとした時は、アウトレットとは言え高いからと全力で止めたりして、結局、もう二着買ってもらってしまった。
「服に合う靴とかネックレス「もう大丈夫ですからっ」」
全力で遠慮をすれば、マルコさんがようやく引き下がってくれて私は胸を撫で下ろしたけど、ショップバッグを片手に持ち、もう片方は私の手を取りながら、フードコートかレストランか悩むマルコさんを見て、少し気分が沈んでしまった。
自分で持ちたいと言ってもショップバッグを渡してくれなくて、買ってもらった上に荷物持ちをさせるなんて、これでは本当にパパ活になってしまう。マルコさんは善意でやってくれているから強く言うのも違うし、それに素直に喜べない自分も嫌になり、お昼は何を食べようと聞いてくれるマルコさんに、「マルコさんの好きな物でいいです」と下を向いて答えると、突然、上からすまん、と声が聞こえた。
「…服、強引だったか?」
「え?」
「その、すまん、俺だけ楽しんで…」
「あ」
私はなんて失態を。あんなに楽しそうにしていたマルコさんを、またしょんぼりさせてしまった。
服は本当に素敵だったし、マルコさんが選んでくれたのは嬉しい。ただ、貰ってばかりなのが心苦しいだけで、マルコさんは何も悪くない。
プレゼントは本当に嬉しいと伝えても、マルコさんは本当か?と不安そうな顔で私を見る。本当だと何回伝えても、マルコさんの顔は可愛い顔に戻らなくて、どうしようと焦っていると、ちょうど横を通った店の入り口にあるマネキンを見て、あることを思いついた。
「あ、あの、私もマルコさんに服をプレゼントしてもいいですか?」
「俺の服?」
「はい。すごく高い服は買えないんですけど…」
もちろん服でなくても良いと伝えれば、マルコさんは悲しい顔から、きょとんとした顔に変わった。そして口元が緩んで可愛い笑顔になってくれた。お昼を食べた後は、私がマルコさんの服を選ぶことに。
マルコさんの好きなブランドを聞き、今日の服装も参考にして、どんな服がいいかな、と色んな店に入りマルコさんの体に服を合わせ、真剣に選ぶ。
これかな、あぁでもさっきの店の服の方が、色はこっち?このトップスに合うのはあれかな…。
「マルコさん、こっちとこっち、どっちが好きですか?」
「お前さんの好きな方」
「え?うーん…」
年齢的にこっちかな?いや、けどこっちも似合う。けどけど、これなら最初に見た店の服も捨てがたい。
うんうん唸りながら、マルコさんの手を引いて、何回か試着してもらって、前の店に戻ったり、違う店に入って新しい似合う服を見つけたり。
どうしよう、困った、決められない。
「ごめんなさい、優柔不断で…」
「いいよい。俺の一張羅をこんな真剣に考えてくれるんだから」
「あの、一張羅では…あ、あれも似合いそう」
「ん?どれだ?」
「あの店の…」
「んじゃ、行くよい」
また違う店で似合いそうな服を見つけ、マルコさんに手を引かれて向かう。
これもいいけど、あれもいい。一着を買うのにこんなにも悩むなんて予想外で、連れ回しているのが申し訳なくなる。けど、マルコさんの服を選ぶのがすごく楽しくて、マルコさんが楽しげに私の服を選んでいた時の気持ちが分かった。
私の選んだ服を着てもらって、私もマルコさんが選んでくれた服を着て、どこか出掛けたいな。
来週はイゾウさんの店に行くから、その時は絶対に着ようと決めた。
連れ回すこと一時間半。服を二択にまで絞り、最後に両方着てもらって決めようと目的の店に向かっていると、マルコさんが私のセンスを褒めてくれた。
「どっちを選んでくれても、俺も気に入るよい」
「私のセンスがいいわけじゃないです。マルコさんが…」
そう、マルコさんの服を考えて気づいたことがあった。マルコさんは見た目がいい。
可愛いと思うことが多くて考えたことなかったけど、マルコさんは普通に「…かっこいいんだなぁ」
「え?」
「え?」
「今なんて?」
「え?」
あれ、何か言ったかな。
分からなくて見つめ返せば、マルコさんは何でもないと言うけど、顔が少し赤くなっている。大丈夫なのか尋ねれば、手で顔を覆いながら頷いてはくれたけど、あまり見たことない様子だった。
体調が悪いのかと不安になり、運転は私が頑張ってするから帰ろうと店の出口へ歩きだすと、マルコさんが慌てながら服を選んでくれと迫ってきたので、一着を選び、無事にプレゼントをした。
それが、先週のアウトレットでの出来事。
「…服をプレゼントし合うって、何してんの?」
「私の方が二着多く貰ってるんだけど…」
「引っかかるとこ、そこ?…まぁ、いいんじゃない?向こうが好きでやってるんでしょ?」
「別に物が欲しくて会ってるわけじゃないんだけどな」
「いいのいいの。四十超えた独身で、マンション買ったぐらいなんだから金なんか幾らでもある」
「言い方…!」
「そのくらい開き直ればいいって話」
「うーん」
「まぁ、だけど…」
彼女はマップアプリを見て、目的の店までのルートを確認すると、首を傾げながら私を見た。
「なんで独身なんだろうね?」
私から聞くマルコさんは人は良さそうだし、仕事もできそう。ハイスペックなのでは?と彼女は思っていた。
そう言われると、あんな素敵な人がどうして独身なんだろう。
実はバツイチ?それともただ機会がなかったとか?そもそも願望がない?
何か問題があるからあの年まで独身なのでは、と彼女は言うけど、今時、独身なのは珍しくない。それに、マルコさんと過ごして、可愛すぎるところはあるけど、変だなと思うことは一度もなかった。
「あ、もしかして、可愛いおじさんはダメなのかな?」
「それ、あんただけの感性よ」
可愛い部類には入らないと断言する彼女に、マルコさんの可愛さを語ってみたけど伝わらなかった。
私が被害を受けているわけではないし、目的の家具屋に着いたこともあり、話は彼女の欲しい家具に変わる。
今日の目的はソファ。ネットで良さそうなものを見つけて、実店舗で見てみようとなったのだ。
「これなんだけど、どう?」
「ちょっと大きすぎない?リビングってどれくらいの広さだっけ?」
「え、分かんない」
今日はまだ下見だからいいけど、念のために、リビングの広さを測ってから買うようにとアドバイスをする。
彼氏のナオさんからは、好きな家具を買っていいと許可を得ているようで、目的のソファ以外も見ながら、あれもこれもいいなと悩む彼女の隣で、彼女の住む部屋を想像し、家具が部屋に収まるかをシミュレーションした。
「ちなみに、マルコさんのマンションってどんな感じなの?間取りは?」
「間取り?三LDKだよ」
「リビング何平米?」
リビングは、寝室は、設備は、と根掘り葉掘り聞いてくるので、どうしたのか聞いてみると、マンションを買うか一軒家を買うかを悩んでいるから参考にしたい、と教えてくれた。
そう、話は変わるけど、彼女は遂にナオさんにプロポーズされた。それが先々週のことで、ようやく決心してくれたと彼女が嬉しそうに話をしてくれて、私も嬉しくなり、この後はお祝いに自動調理鍋を買いに行くことにしている。
「ダイニングテーブルも大きくしたいよねぇ」
「見てると欲しくなるよね」
「ほんとそれ。あ、ねぇ、マルコさんのベッドのサイズって何?」
「ベッドのサイズなんて参考になる?」
「なるなる」
「…うーん、たぶん、クイーンのロングサイズ」
「体大きいからそれぐらいか。二人で寝て窮屈じゃないの?」
「うん、窮屈じゃないよ。スペースが余るくらいで」
「え、余ってるの?」
「うん、抱きし…」
しまった、私は失言を…。
彼女を見れば、ふーん、と嫌な笑みを浮かべながら顔を近づけてくる。
彼女はマルコさんとの関係について、何も言ってこなくなった。むしろ楽しんでいるようで、今も"抱きし"の後に続く言葉をしつこく聞いてくる。開き直って、寝るときはマルコさんに抱きしめてもらってて、マルコさんのにおいが好きで離れたくないと素直に話せば、彼女はあはは、と声を出して笑った。
「においが好きって、相性最高ってことじゃん」
「…相性」
「シたいと思わないの?」
思ったことなかったな。
それに、マルコさんからもそんな雰囲気を感じたことないから、私とそういう事がしたいわけではないんだと思う。そう考えたらなんだか胸の奥が少し痛んだけど、考えたらいけない気がして、彼女にシたいとは思わないとだけ答える。
そんな話は置いておいて、他にも良い家具があるかもと店内を見て回っていると、ある物が目に止まった。
「可愛い」
「どれ?」
「この植物」
「観葉植物かぁ…私、絶対枯らすからナオが置くなって言うんだよね」
「え?月に数回だけ水あげればいいのに?」
「うん。私は植物を枯らす達人だから」
「あはは、なにそれ」
もしかして、マルコさんも枯らす達人かな。
けど、どうしてもマルコさんに見せたいから、駄目なら私が育てようと、ある植物を二つ取ってレジへと向かった。
◇ ◇ ◇
「マルコさん、こんばんは」
「よう」
改札を出たすぐのところにマルコさんはいて、私達はお互いを見て口元が緩んでしまった。
マルコさんは私が選んだ服を着てくれていた。マルコさんに似合っていると伝えれば、マルコさんも似合ってると言ってくれて、いつもの変な笑い声が出る。マルコさんがそんな私の手を取って、行くよい、と歩き出した。
「一杯だけ、飲んでもいいですか?」
「良いよい」
バーに行く時はマルコさんと行くか、イゾウさんの店にすること、と前にマルコさんと約束をしたから、今日は飲んでも大丈夫。
前にイゾウさんが作ってくれたカクテルが美味しかったから今日もおまかせで作ってもらおうと、店までの道を歩いていると、マルコさんが私を見て首を傾げた。
「荷物が少なくないか?」
「そうですか?」
「もしかして、荷物はロッカーに入れたのか?」
「荷物はこれだけですよ」
「…今日、泊まらないのか?」
マルコさんは、私の手を少し強く握って足を止める。
今日も私が泊まると思っていたようで、帰るつもりだと答えれば、帰る時に私の家に寄って自分の家に帰ろうと誘われた。
私も本当は、お泊まりがしたい。けど、お泊まりセットを持って女友だちと遊ぶのも、バーに行くのも、なんか変だなと思ったから持ってこなかった。それに、明日もマルコさんと会えるから数時間は我慢をすればいい。
マルコさんの提案は嬉しいけど、夜遅くに、わざわざ私の家に寄り道をさせるのは申し訳なくて遠慮をすると、マルコさんの顔が近づいてくる。
「アウトレットでせっかく買ったし、な?」
「けど、」
「明日の夜まで一緒にいよう」
マルコさんは、すり、と私の指を撫でながら、甘い言葉で私を誘惑する。
…一緒にいたいと思ってるのは、マルコさんもなんだ。うん、なら、マルコさんの為にもお泊まりしないと。
すごく嬉しくなって私も本当は一緒にいたいと答えれば、マルコさんは嬉しそうに笑ってくれた。
店に入るとイゾウさんがおや、と私達を見て、下の方を一瞬見て、いらっしゃいと微笑んでくれた。イゾウさんと会うのは、マルコさんがパスタを作った時以来なので一ヶ月ぶりぐらい。
カウンターに座り挨拶をすれば、マルコさんの料理の話を振られたので、ピーラー職人にもなったことを教えれば、イゾウさんはくつくつ笑った。
「今日も度数の低いカクテルをお願いしてもいいですか?」
「もちろん。お前は?」
「いつもの」
「お前は"いつもの"しか言わねぇなぁ」
「なら、違うもの」
「はいよ」
マルコさんはイゾウさんの店で飲む時は、いつも同じお酒と料理のようで、イゾウさんは聞かなくても覚えているそうだけど、念の為に聞くらしい。
早速作ってくれたイゾウさんのカクテルは、すごく美味しかった。マルコさんとイゾウさんも、会うのは一ヶ月ぶりのようで、地元トークが始まった。それを聞きつつ、前菜を食べながら、カクテルを少しずつ飲み進めるけど、無くなるのが惜しくてこれ以上は飲みたくない。
お肉を食べる時とか、デザートの時にも飲みたいな…。
「マルコさん、あの、もう一杯だ「一杯まで」」
「くくく。お嬢さん、いつでも来るといい」
「…はい」
マルコさんなら良いかと思ったけど、外では駄目のよう。
残り半分となったカクテルをちび、と飲んでいると、イゾウさんがどうぞ、とテーブルに何かを置いた。
「マルコから話を聞いて、気になって作ってみたんだ」
「わぁ、可愛い」
小さな白いココット皿に入ったフルーツグラタン。
どうやらマルコさんは、イゾウさんにもフルーツグラタンの話をしたそう。イゾウさんは、作ってみたら美味しかったから、試行錯誤をして店のメニューに加えたんだと教えてくれて、いい料理を教えてくれたお礼だとサービスしてくれた。
「お嬢さんは色んな料理を知っているんだな」
「しかもどれも美味いよい」
マルコさんが天ぷらも最高だったと語るので、少し恥ずかしくなっていると、ほう、とイゾウさんが声をもらした。
「本当にすごいな。どこで料理を学んだんだ?」
「両親から学びました。父は特に料理が上手で、この前なんて…」
先日の親との料理勝負にマルコさんを巻き込んだことを話せば、イゾウさんがそんなに美味いのかとマルコさんを見る。マルコさんはちら、と私を見て、どう答えようか悩んでいた。また私の機嫌が悪くなるのではと気にしているようなので、私から完敗だったと話せば、イゾウさんがまた、ほう、と声を出す。
「ん?…いや、ちょっと待て」
「なんだよい?」
「お前、お嬢さんの実家に出入りしているのか?」
私の実家は青果店だから、マルコさんが出入りするのは不自然ではない。
マルコさんもそう思ったようで、同じことを説明すれば、イゾウさんは呆れていた。
「…お嬢さん、すまない。マルコが迷惑をかけてないか?」
「お前は俺の親か?」
「心配になるだろう。…まさかとは思うが、連れ回してなどいないだろうな?」
「…連れ回しては、いない、よい?」
マルコさんが、だよな?と私を見るので、素直に頷く。
迷惑なんて思ったことは一度もない。
マルコさんと過ごすのはすごく楽しいから大丈夫だと、えへへと笑いながら話せば、マルコさんが私の方を見て頬を撫でながら、俺も楽しいと優しく笑ってくれた。
そんな私達を見て、イゾウさんは目を見開いた。マルコさんがもう一杯と注文してもイゾウさんは驚いたままで、店員から注文が入ったと話しかけられて、ようやく我に返っていた。けど今度は、注文のカクテルを作る時も、マルコさんの分を作る時も、イゾウさんは眉間に皺を寄せていた。
「…マルコ、一つ言わせてもらう」
「なんだよい?」
マルコさんの前に三杯目のカクテルを置き、私とマルコさんの間にチーズの盛り合わせを置いたイゾウさんが、マルコさんを見据えた。
「いい加減に決めろ」
何を決めるのだろう…?
マルコさんとイゾウさんを交互に見れば、二人は真剣な顔で見つめ合っていたけど、マルコさんが先に視線を逸らしてグラスに口をつける。イゾウさんはそんなマルコさんを責めるような目で見て、次に私の方を見た。
「そう言えば、サッチが二年ぶりに帰ってくるんだ」
「そうなんですか?」
「サッチもお嬢さんに会いたいと言っていてな」
「本当ですか?嬉しいです」
包丁さばきがすごい、とマルコさんが絶賛するサッチさんに会ってみたい。私も会うことできるかな。それに、マルコさんが好きなサッチ丼を食べてみたい。
あ、決めるって、前に話していた人生最後に食べる料理のこと?サッチ丼か私の酢豚か選べないとマルコさんは言っていたから、それを決めろってことかな。
ん?…え、待って、それをもう決めないといけないってことは…。
「マルコさん、死んじゃうんですか…?」
「「え?」」
「人生最後の料理を決めないといけないってことは、人生最後が近づいてるってことじゃ…」
「人生最後?え、料理?」
「サッチ丼か私の酢豚かを決めないといけないって…」
「あ、あのよい、俺はいたって健康…」
「…お嬢さんは何か勘違いをしてそうだな」
「あれ、違うんですか?」
なら何を決めるのかが気になって、マルコさんに尋ねたけど、マルコさんは何でもない、と笑うだけだった。
◇ ◇ ◇
「どうぞ」
「お邪魔します」
マルコさんがお風呂の準備をしに行き、私は荷物を持ったままリビングの真ん中で立ち尽くす。
どうしよう、マルコさんにしてほしいことがあるけど、今日はお菓子を食べないから床に座っていると不自然。けど、ソファに座っているとしてくれないかも。
うんうん悩んでいるとマルコさんがリビングに来て、不思議そうに私を見た。どうしたのか尋ねてくるので首を横に振るけど体は動かない。マルコさんも私の隣に立ったまま動かなくなり、不思議な時間が流れ、恥ずかしくて、もどかしい。
こうなったら素直に甘えようかな、とマルコさんを見て口を開こうとしたら、マルコさんが私の方へ体をまっすぐ向けた。
「ほら」
「?」
「おいで」
マルコさんは腕を少し広げ、甘い声で私を誘う。
その声に操られるように体が動き出し、腕が伸びる。マルコさんが少し屈むと、腕はマルコさんの首に巻きつき、力を込めれば、マルコさんが抱き上げてくれて、ソファまで連れて行ってくれた。
「これでいいか?」
「…違う」
「違う?」
横抱きのままマルコさんの膝に座っていたけど、向かい合うように座りたくて跨るように座り直す。マルコさんがもう一度、これでいいか、と聞いてくれたけど、まだよくなかった。さらに言えば抱きしめてほしくて、小さく「ぎゅって」と声を出せば、腰に腕を回して抱きしめてくれた。
「これでいいか、よい?」
「えへへ」
これでいいと、笑いながら見つめ返せば、マルコさんは潤んだ目を細めながら強く抱きしめてくれた。少し苦しかったけど緩めてほしくなかったから、私もマルコさんに抱きつく力を強めて応える。
嬉しくて、幸せで、マルコさんの胸に顔を埋めたら、マルコさんのいいにおいがして、胸いっぱい。
「マルコさん」
「なんだ?」
「っふふ、えへへ、…っへへへへ」
「ははっ、お前さん、壊れちまったのか?」
幸せすぎて可笑しくなったのか、色んな笑い声が止まらなくなった。ふふ、えへへ、へへへ、あはは、と笑う度に、マルコさんが、くく、とか、はは、とか、ふはっと笑ってくれる。
いつの間にかマルコさんの手が私の頬を包んでいて、すごく嬉しそうな顔で壊れた私を見つめていた。
あぁ、マルコさんは可愛いなぁ…。
「…あ、マルコさん、今日、可愛いの見つけたんですよ」
可愛いと言えば、大事なものを忘れていた。
家具屋で見つけた、マルコさんに見せたかったもの。紙袋から一つ出して、手のひらに乗せてマルコさんに見せれば、マルコさんはきょとんと、それを見つめる。
「ソテツキリンって言って、別名、パイナップルコーンって言うみたいです」
「…」
「どう、ですか?」
マルコさんは凝視したまま動かなくなってしまった。
本当にパイナップルにそっくりな植物で、可愛いからマルコさんにプレゼントしたかったけど、今のマルコさんの反応からは、良いも悪いも読み取れない。
…気に入ってもらえなかったのかな。
まぁ、私が気に入ったもので、家に持って帰れば良いだけの話だからいいか、と袋に戻そうとすると、がし、と手を掴まれる。
「か…」
「か?」
「か、可愛いよい!」
ぱっと満面の笑みになったマルコさんはパイナップルコーンを見て、私を見て、可愛い可愛いと連呼する。
どうぞ、とマルコさんに渡せば、色んな角度からパイナップルコーンを眺め、すごいねい、と私を見た。
「こんなのがあるなんて知らなかったよい」
「可愛いですよね」
「すげぇ可愛い。なんだこれ、可愛い」
「ただ、成長するとパイナップルっぽさはなくなりますけど」
「それはそれで良い」
こんなに喜んでもらえて、良かった。
念のため、マルコさんに植物を枯らす達人かどうかを聞いてみると、なんだそれ?と首を傾げられる。
マルコさんはちゃんとお世話できそうだったから、プレゼントだと納めると、マルコさんはパイナップルコーンが入っていた袋に視線を向けた。
「袋の中にもう一つあるのか?」
「はい。可愛かったので自分用にも買いました」
「…並べて置きたい」
「二つ欲しいんですか?」
「よい」
駄目かと首を傾げるマルコさんに嫌だと言えるわけはなくて、マルコさんの大きな手にもう一つパイナップルコーンを乗せれば、満面の笑みでお礼をくれた。
「どこに置くかねい」
日が当たる場所が良いのだろうけど、一番良いところはどこだろう。
マルコさんがスマホで調べてみると、陽当たりと風通しがいい場所と書かれていて、ベランダのそばにしようと置いてみた。けど、広いリビングの端にちょこんと二つ並べられたパイナップルコーンは、なんだか寂しく、何か台の上にした方がいいかと、とりあえずテレビボードに乗せる。
「可愛いですね」
「な」
並んだパイナップルコーンの前でしゃがんで眺めていると、視線を感じた。横を見ればマルコさんが私を見ていて、手が伸びてきて、頬を撫でられた。
そして、大きな手は頬から耳へ移動した。耳のふちをなぞると耳たぶへ行き、ふにふにと耳たぶを揉まれて、しばらくすると頬へ戻って、今度は首筋へ。首筋をしばらくなぞって、また頬や耳の方へ行き、首筋へ。
「マルコさん、ふふ、くすぐったいです」
「くく、すまん」
「マルコさんも」
「ん?」
しゃがんでいた体勢から床に座り込む形になり、マルコさんの方へ身を乗り出すと手を引かれて、私の体はマルコさんの足の間に収まった。
マルコさんがしてくれたように、頬を撫でて、耳を触って首筋を撫でれば、マルコさんがくすぐったいと笑う。
マルコさんを撫でるのに夢中で、マルコさんとの間にあった空間はなくなり、いつの間にか胡座をかいたマルコさんの上に跨るように座っていた。ちょっと離れた方がいいかと降りようとすると、マルコさんの腕が腰に回ってきて、ぐい、と引き寄せられた。咄嗟にマルコさんの胸に手をついてマルコさんを見ると、マルコさんは私の肩に顔を埋める。
「あの、よい」
「なんですか?」
「…もう少し、待ってくれるか?」
何を待つの…?
顔を上げたマルコさんの表情はとても真剣だった。
そんなマルコさんの顔がどんどん近づいてきて、鼻同士がくっついて、マルコさんの息がかかる。
「もう少しなんだよい」
「そう、なんですか」
何がもう少しなのか分からないけど、マルコさんがまた肩に顔を埋めて動かなくなってしまい、私はそっとマルコさんの髪を撫でる。
すると、廊下の方からお風呂が沸いた音がした。
あ、待つってお風呂のことかな。
「マルコさん、お風呂」
「…お前さんが先」
「マルコさんはここの家主なんですから先に」
「客が先」
家主が、客が、と譲り合っていたけど、マルコさんが顔を上げて腕を緩め、ん、と促したので、私が先に頂くことに。
アウトレットで買ってもらった、マルコさんの家に置いておく用のパジャマとお泊まりセットを持って、私はお風呂に向かった。
◇ ◇ ◇
「ふふ、可愛い」
朝六時半。目が覚めてしまったから、寝ているマルコさんをそのままにして寝室を出て、リビングの扉を開けた。
カーテンを開けて部屋に光を入れ、テレビボードの方を見れば、二つのパイナップルコーンが仲良く並んでいた。昨日のようにしゃがんで、小さいパイナップルを眺めていると、自然と笑みが溢れる。
マルコさんも毎朝これを見て、笑ってくれるといいな。
「…マルコさん、何時に起きるかな」
早く作りすぎると朝ごはんが冷めてしまう。
とりあえず、お水を頂いて、キャベツとトマトを取り、サラダでも作ろうかとシンク下を開けると、それはまた違う場所に収まっていた。
私が仕舞った位置の隣にそれがある。
まただ、と思ったら、急に胸の奥が締め付けられ、それを取ろうとしたのに手が動かない。
シンク下を開けたまま、ただぼんやり眺めていると、ぺたぺたと足音が聞こえて、私は、はっとリビングの入り口を見る。
「…早いねい」
「おはようございます」
「ん。おはようさん」
寝ぼけているマルコさんが私の方まで来ると、すっと腕が回ってきて抱きしめられた。まだ眠いのか、うぅん、と唸っているので、ベッドに行くように促したけど、嫌だとぐりぐりと頭に頭を押し付けられる。
「マルコさん」
「ん?」
「包丁、使いました?」
「…包丁?」
マルコさんは使っていないと言う。
イゾウさんも最近は来ていないから、やっぱり他の友だちが来ていたのかな。
「…あの、マルコさん」
「ん?」
「あの」
それを聞いて、私はどうするの?
あの、の後に続く言葉が出てこない私を、マルコさんは不思議そうに見つめてくる。
「…目玉焼きか、スクランブルエッグ、どっちがいいですか?」
「どっちも美味そう…」
決められないと真剣に悩むマルコさんが可愛くて、少し気持ちが軽くなったけど、頭の片隅にあるものは全く消えてくれなかった。
誰が包丁を使ったんだろう?
「ありがとう」
「けど珍しいね、そのブランド着てるの」
「あぁ、うん。気に入っちゃって」
「それにそんなに安くなくない?」
「えーっと、アウトレットで安くなってて」
「…噂のマルコさんか」
「…はい」
買ってもらったのか、と私を見る女友だちに、押しに負けて三着も買ってもらったと正直に話せば笑われた。遂にパパ活じゃん、おめでとう、と言う彼女には何も反論ができない。
先週、私とマルコさんは予定通りアウトレットに行った。ぶらぶら歩くだけが目的だから今日は何も買うつもりはないと、車の中で何回も伝えていたけど、マルコさんは「よいよい」と言うだけで真剣に受け止めてくれなかった。
まぁ、けど、何回か断ればマルコさんも諦めるだろうと、その時の私は本当に甘い考えを持っていた。
「それが気に入ったのか?買うよい」
「ん、それ良いねい。買うよい」
「こっちのほうが似合うよい。買おう」
「これきっと似合うよい。買おう」
「これ絶対似合うよい。買う」
店に入って何となく服を手に取って見る度に、マルコさんは食いついてきた。買おうか?と遠慮がちだったのが、次第に強引になり、最終的にはマルコさんが自ら服を探して買おうとした。
初めは私に服を合わせながら「これ絶対似合うよい」と笑うマルコさんに、いらないと遠慮をしていたけど、マルコさんが明らかにしゅんとするから悪いことをした気分になり、四回目で耐えられずに頷いてしまった。そうしたらマルコさんは満面の笑顔を向けてくれて、念のため試着だと背中を押され、服を着た私を見て似合うとすごく喜んでくれて、お会計を済ませたマルコさんは、自分の服でもないのに満足げだった。
「あの、ありがとうございます。大事に着ますね」
「もう一着、買おう」
「え?」
「どこの店がいいかねい」
「あの、一着で大丈夫ですよ」
「よいよい」
マルコさんが私の手を取って、楽しげにどの店に行こうか歩き出す。ハイブランドの店に行こうとした時は、アウトレットとは言え高いからと全力で止めたりして、結局、もう二着買ってもらってしまった。
「服に合う靴とかネックレス「もう大丈夫ですからっ」」
全力で遠慮をすれば、マルコさんがようやく引き下がってくれて私は胸を撫で下ろしたけど、ショップバッグを片手に持ち、もう片方は私の手を取りながら、フードコートかレストランか悩むマルコさんを見て、少し気分が沈んでしまった。
自分で持ちたいと言ってもショップバッグを渡してくれなくて、買ってもらった上に荷物持ちをさせるなんて、これでは本当にパパ活になってしまう。マルコさんは善意でやってくれているから強く言うのも違うし、それに素直に喜べない自分も嫌になり、お昼は何を食べようと聞いてくれるマルコさんに、「マルコさんの好きな物でいいです」と下を向いて答えると、突然、上からすまん、と声が聞こえた。
「…服、強引だったか?」
「え?」
「その、すまん、俺だけ楽しんで…」
「あ」
私はなんて失態を。あんなに楽しそうにしていたマルコさんを、またしょんぼりさせてしまった。
服は本当に素敵だったし、マルコさんが選んでくれたのは嬉しい。ただ、貰ってばかりなのが心苦しいだけで、マルコさんは何も悪くない。
プレゼントは本当に嬉しいと伝えても、マルコさんは本当か?と不安そうな顔で私を見る。本当だと何回伝えても、マルコさんの顔は可愛い顔に戻らなくて、どうしようと焦っていると、ちょうど横を通った店の入り口にあるマネキンを見て、あることを思いついた。
「あ、あの、私もマルコさんに服をプレゼントしてもいいですか?」
「俺の服?」
「はい。すごく高い服は買えないんですけど…」
もちろん服でなくても良いと伝えれば、マルコさんは悲しい顔から、きょとんとした顔に変わった。そして口元が緩んで可愛い笑顔になってくれた。お昼を食べた後は、私がマルコさんの服を選ぶことに。
マルコさんの好きなブランドを聞き、今日の服装も参考にして、どんな服がいいかな、と色んな店に入りマルコさんの体に服を合わせ、真剣に選ぶ。
これかな、あぁでもさっきの店の服の方が、色はこっち?このトップスに合うのはあれかな…。
「マルコさん、こっちとこっち、どっちが好きですか?」
「お前さんの好きな方」
「え?うーん…」
年齢的にこっちかな?いや、けどこっちも似合う。けどけど、これなら最初に見た店の服も捨てがたい。
うんうん唸りながら、マルコさんの手を引いて、何回か試着してもらって、前の店に戻ったり、違う店に入って新しい似合う服を見つけたり。
どうしよう、困った、決められない。
「ごめんなさい、優柔不断で…」
「いいよい。俺の一張羅をこんな真剣に考えてくれるんだから」
「あの、一張羅では…あ、あれも似合いそう」
「ん?どれだ?」
「あの店の…」
「んじゃ、行くよい」
また違う店で似合いそうな服を見つけ、マルコさんに手を引かれて向かう。
これもいいけど、あれもいい。一着を買うのにこんなにも悩むなんて予想外で、連れ回しているのが申し訳なくなる。けど、マルコさんの服を選ぶのがすごく楽しくて、マルコさんが楽しげに私の服を選んでいた時の気持ちが分かった。
私の選んだ服を着てもらって、私もマルコさんが選んでくれた服を着て、どこか出掛けたいな。
来週はイゾウさんの店に行くから、その時は絶対に着ようと決めた。
連れ回すこと一時間半。服を二択にまで絞り、最後に両方着てもらって決めようと目的の店に向かっていると、マルコさんが私のセンスを褒めてくれた。
「どっちを選んでくれても、俺も気に入るよい」
「私のセンスがいいわけじゃないです。マルコさんが…」
そう、マルコさんの服を考えて気づいたことがあった。マルコさんは見た目がいい。
可愛いと思うことが多くて考えたことなかったけど、マルコさんは普通に「…かっこいいんだなぁ」
「え?」
「え?」
「今なんて?」
「え?」
あれ、何か言ったかな。
分からなくて見つめ返せば、マルコさんは何でもないと言うけど、顔が少し赤くなっている。大丈夫なのか尋ねれば、手で顔を覆いながら頷いてはくれたけど、あまり見たことない様子だった。
体調が悪いのかと不安になり、運転は私が頑張ってするから帰ろうと店の出口へ歩きだすと、マルコさんが慌てながら服を選んでくれと迫ってきたので、一着を選び、無事にプレゼントをした。
それが、先週のアウトレットでの出来事。
「…服をプレゼントし合うって、何してんの?」
「私の方が二着多く貰ってるんだけど…」
「引っかかるとこ、そこ?…まぁ、いいんじゃない?向こうが好きでやってるんでしょ?」
「別に物が欲しくて会ってるわけじゃないんだけどな」
「いいのいいの。四十超えた独身で、マンション買ったぐらいなんだから金なんか幾らでもある」
「言い方…!」
「そのくらい開き直ればいいって話」
「うーん」
「まぁ、だけど…」
彼女はマップアプリを見て、目的の店までのルートを確認すると、首を傾げながら私を見た。
「なんで独身なんだろうね?」
私から聞くマルコさんは人は良さそうだし、仕事もできそう。ハイスペックなのでは?と彼女は思っていた。
そう言われると、あんな素敵な人がどうして独身なんだろう。
実はバツイチ?それともただ機会がなかったとか?そもそも願望がない?
何か問題があるからあの年まで独身なのでは、と彼女は言うけど、今時、独身なのは珍しくない。それに、マルコさんと過ごして、可愛すぎるところはあるけど、変だなと思うことは一度もなかった。
「あ、もしかして、可愛いおじさんはダメなのかな?」
「それ、あんただけの感性よ」
可愛い部類には入らないと断言する彼女に、マルコさんの可愛さを語ってみたけど伝わらなかった。
私が被害を受けているわけではないし、目的の家具屋に着いたこともあり、話は彼女の欲しい家具に変わる。
今日の目的はソファ。ネットで良さそうなものを見つけて、実店舗で見てみようとなったのだ。
「これなんだけど、どう?」
「ちょっと大きすぎない?リビングってどれくらいの広さだっけ?」
「え、分かんない」
今日はまだ下見だからいいけど、念のために、リビングの広さを測ってから買うようにとアドバイスをする。
彼氏のナオさんからは、好きな家具を買っていいと許可を得ているようで、目的のソファ以外も見ながら、あれもこれもいいなと悩む彼女の隣で、彼女の住む部屋を想像し、家具が部屋に収まるかをシミュレーションした。
「ちなみに、マルコさんのマンションってどんな感じなの?間取りは?」
「間取り?三LDKだよ」
「リビング何平米?」
リビングは、寝室は、設備は、と根掘り葉掘り聞いてくるので、どうしたのか聞いてみると、マンションを買うか一軒家を買うかを悩んでいるから参考にしたい、と教えてくれた。
そう、話は変わるけど、彼女は遂にナオさんにプロポーズされた。それが先々週のことで、ようやく決心してくれたと彼女が嬉しそうに話をしてくれて、私も嬉しくなり、この後はお祝いに自動調理鍋を買いに行くことにしている。
「ダイニングテーブルも大きくしたいよねぇ」
「見てると欲しくなるよね」
「ほんとそれ。あ、ねぇ、マルコさんのベッドのサイズって何?」
「ベッドのサイズなんて参考になる?」
「なるなる」
「…うーん、たぶん、クイーンのロングサイズ」
「体大きいからそれぐらいか。二人で寝て窮屈じゃないの?」
「うん、窮屈じゃないよ。スペースが余るくらいで」
「え、余ってるの?」
「うん、抱きし…」
しまった、私は失言を…。
彼女を見れば、ふーん、と嫌な笑みを浮かべながら顔を近づけてくる。
彼女はマルコさんとの関係について、何も言ってこなくなった。むしろ楽しんでいるようで、今も"抱きし"の後に続く言葉をしつこく聞いてくる。開き直って、寝るときはマルコさんに抱きしめてもらってて、マルコさんのにおいが好きで離れたくないと素直に話せば、彼女はあはは、と声を出して笑った。
「においが好きって、相性最高ってことじゃん」
「…相性」
「シたいと思わないの?」
思ったことなかったな。
それに、マルコさんからもそんな雰囲気を感じたことないから、私とそういう事がしたいわけではないんだと思う。そう考えたらなんだか胸の奥が少し痛んだけど、考えたらいけない気がして、彼女にシたいとは思わないとだけ答える。
そんな話は置いておいて、他にも良い家具があるかもと店内を見て回っていると、ある物が目に止まった。
「可愛い」
「どれ?」
「この植物」
「観葉植物かぁ…私、絶対枯らすからナオが置くなって言うんだよね」
「え?月に数回だけ水あげればいいのに?」
「うん。私は植物を枯らす達人だから」
「あはは、なにそれ」
もしかして、マルコさんも枯らす達人かな。
けど、どうしてもマルコさんに見せたいから、駄目なら私が育てようと、ある植物を二つ取ってレジへと向かった。
◇ ◇ ◇
「マルコさん、こんばんは」
「よう」
改札を出たすぐのところにマルコさんはいて、私達はお互いを見て口元が緩んでしまった。
マルコさんは私が選んだ服を着てくれていた。マルコさんに似合っていると伝えれば、マルコさんも似合ってると言ってくれて、いつもの変な笑い声が出る。マルコさんがそんな私の手を取って、行くよい、と歩き出した。
「一杯だけ、飲んでもいいですか?」
「良いよい」
バーに行く時はマルコさんと行くか、イゾウさんの店にすること、と前にマルコさんと約束をしたから、今日は飲んでも大丈夫。
前にイゾウさんが作ってくれたカクテルが美味しかったから今日もおまかせで作ってもらおうと、店までの道を歩いていると、マルコさんが私を見て首を傾げた。
「荷物が少なくないか?」
「そうですか?」
「もしかして、荷物はロッカーに入れたのか?」
「荷物はこれだけですよ」
「…今日、泊まらないのか?」
マルコさんは、私の手を少し強く握って足を止める。
今日も私が泊まると思っていたようで、帰るつもりだと答えれば、帰る時に私の家に寄って自分の家に帰ろうと誘われた。
私も本当は、お泊まりがしたい。けど、お泊まりセットを持って女友だちと遊ぶのも、バーに行くのも、なんか変だなと思ったから持ってこなかった。それに、明日もマルコさんと会えるから数時間は我慢をすればいい。
マルコさんの提案は嬉しいけど、夜遅くに、わざわざ私の家に寄り道をさせるのは申し訳なくて遠慮をすると、マルコさんの顔が近づいてくる。
「アウトレットでせっかく買ったし、な?」
「けど、」
「明日の夜まで一緒にいよう」
マルコさんは、すり、と私の指を撫でながら、甘い言葉で私を誘惑する。
…一緒にいたいと思ってるのは、マルコさんもなんだ。うん、なら、マルコさんの為にもお泊まりしないと。
すごく嬉しくなって私も本当は一緒にいたいと答えれば、マルコさんは嬉しそうに笑ってくれた。
店に入るとイゾウさんがおや、と私達を見て、下の方を一瞬見て、いらっしゃいと微笑んでくれた。イゾウさんと会うのは、マルコさんがパスタを作った時以来なので一ヶ月ぶりぐらい。
カウンターに座り挨拶をすれば、マルコさんの料理の話を振られたので、ピーラー職人にもなったことを教えれば、イゾウさんはくつくつ笑った。
「今日も度数の低いカクテルをお願いしてもいいですか?」
「もちろん。お前は?」
「いつもの」
「お前は"いつもの"しか言わねぇなぁ」
「なら、違うもの」
「はいよ」
マルコさんはイゾウさんの店で飲む時は、いつも同じお酒と料理のようで、イゾウさんは聞かなくても覚えているそうだけど、念の為に聞くらしい。
早速作ってくれたイゾウさんのカクテルは、すごく美味しかった。マルコさんとイゾウさんも、会うのは一ヶ月ぶりのようで、地元トークが始まった。それを聞きつつ、前菜を食べながら、カクテルを少しずつ飲み進めるけど、無くなるのが惜しくてこれ以上は飲みたくない。
お肉を食べる時とか、デザートの時にも飲みたいな…。
「マルコさん、あの、もう一杯だ「一杯まで」」
「くくく。お嬢さん、いつでも来るといい」
「…はい」
マルコさんなら良いかと思ったけど、外では駄目のよう。
残り半分となったカクテルをちび、と飲んでいると、イゾウさんがどうぞ、とテーブルに何かを置いた。
「マルコから話を聞いて、気になって作ってみたんだ」
「わぁ、可愛い」
小さな白いココット皿に入ったフルーツグラタン。
どうやらマルコさんは、イゾウさんにもフルーツグラタンの話をしたそう。イゾウさんは、作ってみたら美味しかったから、試行錯誤をして店のメニューに加えたんだと教えてくれて、いい料理を教えてくれたお礼だとサービスしてくれた。
「お嬢さんは色んな料理を知っているんだな」
「しかもどれも美味いよい」
マルコさんが天ぷらも最高だったと語るので、少し恥ずかしくなっていると、ほう、とイゾウさんが声をもらした。
「本当にすごいな。どこで料理を学んだんだ?」
「両親から学びました。父は特に料理が上手で、この前なんて…」
先日の親との料理勝負にマルコさんを巻き込んだことを話せば、イゾウさんがそんなに美味いのかとマルコさんを見る。マルコさんはちら、と私を見て、どう答えようか悩んでいた。また私の機嫌が悪くなるのではと気にしているようなので、私から完敗だったと話せば、イゾウさんがまた、ほう、と声を出す。
「ん?…いや、ちょっと待て」
「なんだよい?」
「お前、お嬢さんの実家に出入りしているのか?」
私の実家は青果店だから、マルコさんが出入りするのは不自然ではない。
マルコさんもそう思ったようで、同じことを説明すれば、イゾウさんは呆れていた。
「…お嬢さん、すまない。マルコが迷惑をかけてないか?」
「お前は俺の親か?」
「心配になるだろう。…まさかとは思うが、連れ回してなどいないだろうな?」
「…連れ回しては、いない、よい?」
マルコさんが、だよな?と私を見るので、素直に頷く。
迷惑なんて思ったことは一度もない。
マルコさんと過ごすのはすごく楽しいから大丈夫だと、えへへと笑いながら話せば、マルコさんが私の方を見て頬を撫でながら、俺も楽しいと優しく笑ってくれた。
そんな私達を見て、イゾウさんは目を見開いた。マルコさんがもう一杯と注文してもイゾウさんは驚いたままで、店員から注文が入ったと話しかけられて、ようやく我に返っていた。けど今度は、注文のカクテルを作る時も、マルコさんの分を作る時も、イゾウさんは眉間に皺を寄せていた。
「…マルコ、一つ言わせてもらう」
「なんだよい?」
マルコさんの前に三杯目のカクテルを置き、私とマルコさんの間にチーズの盛り合わせを置いたイゾウさんが、マルコさんを見据えた。
「いい加減に決めろ」
何を決めるのだろう…?
マルコさんとイゾウさんを交互に見れば、二人は真剣な顔で見つめ合っていたけど、マルコさんが先に視線を逸らしてグラスに口をつける。イゾウさんはそんなマルコさんを責めるような目で見て、次に私の方を見た。
「そう言えば、サッチが二年ぶりに帰ってくるんだ」
「そうなんですか?」
「サッチもお嬢さんに会いたいと言っていてな」
「本当ですか?嬉しいです」
包丁さばきがすごい、とマルコさんが絶賛するサッチさんに会ってみたい。私も会うことできるかな。それに、マルコさんが好きなサッチ丼を食べてみたい。
あ、決めるって、前に話していた人生最後に食べる料理のこと?サッチ丼か私の酢豚か選べないとマルコさんは言っていたから、それを決めろってことかな。
ん?…え、待って、それをもう決めないといけないってことは…。
「マルコさん、死んじゃうんですか…?」
「「え?」」
「人生最後の料理を決めないといけないってことは、人生最後が近づいてるってことじゃ…」
「人生最後?え、料理?」
「サッチ丼か私の酢豚かを決めないといけないって…」
「あ、あのよい、俺はいたって健康…」
「…お嬢さんは何か勘違いをしてそうだな」
「あれ、違うんですか?」
なら何を決めるのかが気になって、マルコさんに尋ねたけど、マルコさんは何でもない、と笑うだけだった。
◇ ◇ ◇
「どうぞ」
「お邪魔します」
マルコさんがお風呂の準備をしに行き、私は荷物を持ったままリビングの真ん中で立ち尽くす。
どうしよう、マルコさんにしてほしいことがあるけど、今日はお菓子を食べないから床に座っていると不自然。けど、ソファに座っているとしてくれないかも。
うんうん悩んでいるとマルコさんがリビングに来て、不思議そうに私を見た。どうしたのか尋ねてくるので首を横に振るけど体は動かない。マルコさんも私の隣に立ったまま動かなくなり、不思議な時間が流れ、恥ずかしくて、もどかしい。
こうなったら素直に甘えようかな、とマルコさんを見て口を開こうとしたら、マルコさんが私の方へ体をまっすぐ向けた。
「ほら」
「?」
「おいで」
マルコさんは腕を少し広げ、甘い声で私を誘う。
その声に操られるように体が動き出し、腕が伸びる。マルコさんが少し屈むと、腕はマルコさんの首に巻きつき、力を込めれば、マルコさんが抱き上げてくれて、ソファまで連れて行ってくれた。
「これでいいか?」
「…違う」
「違う?」
横抱きのままマルコさんの膝に座っていたけど、向かい合うように座りたくて跨るように座り直す。マルコさんがもう一度、これでいいか、と聞いてくれたけど、まだよくなかった。さらに言えば抱きしめてほしくて、小さく「ぎゅって」と声を出せば、腰に腕を回して抱きしめてくれた。
「これでいいか、よい?」
「えへへ」
これでいいと、笑いながら見つめ返せば、マルコさんは潤んだ目を細めながら強く抱きしめてくれた。少し苦しかったけど緩めてほしくなかったから、私もマルコさんに抱きつく力を強めて応える。
嬉しくて、幸せで、マルコさんの胸に顔を埋めたら、マルコさんのいいにおいがして、胸いっぱい。
「マルコさん」
「なんだ?」
「っふふ、えへへ、…っへへへへ」
「ははっ、お前さん、壊れちまったのか?」
幸せすぎて可笑しくなったのか、色んな笑い声が止まらなくなった。ふふ、えへへ、へへへ、あはは、と笑う度に、マルコさんが、くく、とか、はは、とか、ふはっと笑ってくれる。
いつの間にかマルコさんの手が私の頬を包んでいて、すごく嬉しそうな顔で壊れた私を見つめていた。
あぁ、マルコさんは可愛いなぁ…。
「…あ、マルコさん、今日、可愛いの見つけたんですよ」
可愛いと言えば、大事なものを忘れていた。
家具屋で見つけた、マルコさんに見せたかったもの。紙袋から一つ出して、手のひらに乗せてマルコさんに見せれば、マルコさんはきょとんと、それを見つめる。
「ソテツキリンって言って、別名、パイナップルコーンって言うみたいです」
「…」
「どう、ですか?」
マルコさんは凝視したまま動かなくなってしまった。
本当にパイナップルにそっくりな植物で、可愛いからマルコさんにプレゼントしたかったけど、今のマルコさんの反応からは、良いも悪いも読み取れない。
…気に入ってもらえなかったのかな。
まぁ、私が気に入ったもので、家に持って帰れば良いだけの話だからいいか、と袋に戻そうとすると、がし、と手を掴まれる。
「か…」
「か?」
「か、可愛いよい!」
ぱっと満面の笑みになったマルコさんはパイナップルコーンを見て、私を見て、可愛い可愛いと連呼する。
どうぞ、とマルコさんに渡せば、色んな角度からパイナップルコーンを眺め、すごいねい、と私を見た。
「こんなのがあるなんて知らなかったよい」
「可愛いですよね」
「すげぇ可愛い。なんだこれ、可愛い」
「ただ、成長するとパイナップルっぽさはなくなりますけど」
「それはそれで良い」
こんなに喜んでもらえて、良かった。
念のため、マルコさんに植物を枯らす達人かどうかを聞いてみると、なんだそれ?と首を傾げられる。
マルコさんはちゃんとお世話できそうだったから、プレゼントだと納めると、マルコさんはパイナップルコーンが入っていた袋に視線を向けた。
「袋の中にもう一つあるのか?」
「はい。可愛かったので自分用にも買いました」
「…並べて置きたい」
「二つ欲しいんですか?」
「よい」
駄目かと首を傾げるマルコさんに嫌だと言えるわけはなくて、マルコさんの大きな手にもう一つパイナップルコーンを乗せれば、満面の笑みでお礼をくれた。
「どこに置くかねい」
日が当たる場所が良いのだろうけど、一番良いところはどこだろう。
マルコさんがスマホで調べてみると、陽当たりと風通しがいい場所と書かれていて、ベランダのそばにしようと置いてみた。けど、広いリビングの端にちょこんと二つ並べられたパイナップルコーンは、なんだか寂しく、何か台の上にした方がいいかと、とりあえずテレビボードに乗せる。
「可愛いですね」
「な」
並んだパイナップルコーンの前でしゃがんで眺めていると、視線を感じた。横を見ればマルコさんが私を見ていて、手が伸びてきて、頬を撫でられた。
そして、大きな手は頬から耳へ移動した。耳のふちをなぞると耳たぶへ行き、ふにふにと耳たぶを揉まれて、しばらくすると頬へ戻って、今度は首筋へ。首筋をしばらくなぞって、また頬や耳の方へ行き、首筋へ。
「マルコさん、ふふ、くすぐったいです」
「くく、すまん」
「マルコさんも」
「ん?」
しゃがんでいた体勢から床に座り込む形になり、マルコさんの方へ身を乗り出すと手を引かれて、私の体はマルコさんの足の間に収まった。
マルコさんがしてくれたように、頬を撫でて、耳を触って首筋を撫でれば、マルコさんがくすぐったいと笑う。
マルコさんを撫でるのに夢中で、マルコさんとの間にあった空間はなくなり、いつの間にか胡座をかいたマルコさんの上に跨るように座っていた。ちょっと離れた方がいいかと降りようとすると、マルコさんの腕が腰に回ってきて、ぐい、と引き寄せられた。咄嗟にマルコさんの胸に手をついてマルコさんを見ると、マルコさんは私の肩に顔を埋める。
「あの、よい」
「なんですか?」
「…もう少し、待ってくれるか?」
何を待つの…?
顔を上げたマルコさんの表情はとても真剣だった。
そんなマルコさんの顔がどんどん近づいてきて、鼻同士がくっついて、マルコさんの息がかかる。
「もう少しなんだよい」
「そう、なんですか」
何がもう少しなのか分からないけど、マルコさんがまた肩に顔を埋めて動かなくなってしまい、私はそっとマルコさんの髪を撫でる。
すると、廊下の方からお風呂が沸いた音がした。
あ、待つってお風呂のことかな。
「マルコさん、お風呂」
「…お前さんが先」
「マルコさんはここの家主なんですから先に」
「客が先」
家主が、客が、と譲り合っていたけど、マルコさんが顔を上げて腕を緩め、ん、と促したので、私が先に頂くことに。
アウトレットで買ってもらった、マルコさんの家に置いておく用のパジャマとお泊まりセットを持って、私はお風呂に向かった。
◇ ◇ ◇
「ふふ、可愛い」
朝六時半。目が覚めてしまったから、寝ているマルコさんをそのままにして寝室を出て、リビングの扉を開けた。
カーテンを開けて部屋に光を入れ、テレビボードの方を見れば、二つのパイナップルコーンが仲良く並んでいた。昨日のようにしゃがんで、小さいパイナップルを眺めていると、自然と笑みが溢れる。
マルコさんも毎朝これを見て、笑ってくれるといいな。
「…マルコさん、何時に起きるかな」
早く作りすぎると朝ごはんが冷めてしまう。
とりあえず、お水を頂いて、キャベツとトマトを取り、サラダでも作ろうかとシンク下を開けると、それはまた違う場所に収まっていた。
私が仕舞った位置の隣にそれがある。
まただ、と思ったら、急に胸の奥が締め付けられ、それを取ろうとしたのに手が動かない。
シンク下を開けたまま、ただぼんやり眺めていると、ぺたぺたと足音が聞こえて、私は、はっとリビングの入り口を見る。
「…早いねい」
「おはようございます」
「ん。おはようさん」
寝ぼけているマルコさんが私の方まで来ると、すっと腕が回ってきて抱きしめられた。まだ眠いのか、うぅん、と唸っているので、ベッドに行くように促したけど、嫌だとぐりぐりと頭に頭を押し付けられる。
「マルコさん」
「ん?」
「包丁、使いました?」
「…包丁?」
マルコさんは使っていないと言う。
イゾウさんも最近は来ていないから、やっぱり他の友だちが来ていたのかな。
「…あの、マルコさん」
「ん?」
「あの」
それを聞いて、私はどうするの?
あの、の後に続く言葉が出てこない私を、マルコさんは不思議そうに見つめてくる。
「…目玉焼きか、スクランブルエッグ、どっちがいいですか?」
「どっちも美味そう…」
決められないと真剣に悩むマルコさんが可愛くて、少し気持ちが軽くなったけど、頭の片隅にあるものは全く消えてくれなかった。
誰が包丁を使ったんだろう?