パイナップルからはじまる恋
「これ、お土産です」
いただいたお菓子を見て、パイナップルおじさんだ、と思ってしまった。けしてお土産が、というわけではなくて、お菓子からその人しか連想できなかったから。
飛行機がないと行けない場所だけどパイナップル好きなら一度ぐらいは、もしかしたら何回も行っているのかもしれない。
一人でも行くのかなと、ある場所で楽しく遊ぶ姿を想像したら笑ってしまい、隣の席の人が不思議そうに私を見たので慌てて顔の緩みを直す。
「パイナップルのお菓子」
そういえば、パイナップル好きな人にパイナップルのお菓子を食べてもらったことがない。フルーツグラタンはお菓子と言えばお菓子だけど、誰が見てもお菓子だと思うものは一度もないことに気がついた。
パイナップルのお菓子なら、パウンドケーキかタルト、フルーツポンチ、他にもあるけどどれがいいかな。
スマホを手にしてメッセージアプリ開き、お菓子を作りたいと伝えれば、パイナップルが小躍りするスタンプが連打で送られてきたので吹き出してしまい、隣の席の人に心配をされてしまう。
「っふ、ふふ」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です…ふっ」
「思い出し笑いして会議で怒られないようにね」
「はい…っ」
今日は大事な社内会議がある。
気を引き締めないといけないから頭の中のマルコさんを追い出そうとするけど、ルンルンのマルコさんや小躍りするマルコさんがなかなか出て行ってくれない。
お昼休みは残り十五分。それまでに何とかしないと。
けど、マルコさんが楽しげな声でパイナップルを連呼し始めてしまい、声を抑えることができなかった。
「っ、っふ」
「本当に大丈夫?」
「っ駄目かも、しれないです…」
「あらら。そんなに面白いことがあったなんて」
教えてほしいと言われたけど、どう説明したらいいか分からなくて、秘密ですと答えるしかなかった。
心配されながら午後の仕事を始め、会議の三十分前にはマルコさんを追い出すことができて、会議は無事にやりきった。隣の席の人も案件が承認されたことに安心していて、思い出し笑いしなかったことを褒めてくれたけど、その話をしたらまたマルコさんが現れたので口元が緩んでしまい、画面を見つめながら一人笑う私に隣の席の人は呆れていた。
「何が面白いのか、教えてくれないの?」
「っふふふ」
「一人でそんなに笑っていると怪しい人よ」
「っ、お先に、失礼します」
「はい、お疲れ様」
今日は実家に帰る日。想像のマルコさんだけでなくて本物にも会える。
電車の中でも思い出してニヤついてしまって、マスクをしておけば良かったと駅に着くまで俯いていた。
そして最寄駅に着くとマルコさんの後ろ姿が見えて、嬉しくなって駆け寄れば微笑んでくれた。想像なんかよりも本物の方が何倍も可愛くて、私の顔は遂に耐えられなくなって破顔してしまう。
「嬉しそうだねい。良いことでもあったのか?」
「マルコさんに、」
「俺?」
マルコさんに会えたから嬉しいと、自然と言葉が出る。そんな私を見たマルコさんは、すごく柔らかく笑いながら私の手を取った。
マルコさんの手は大きくて骨ばっていて、私のとは全く違う。すりすり指を撫でていると指を絡まれて動けなくなったから、今度はにぎにぎ力を入れてみる。するとマルコさんもにぎにぎしてくれて、顔を上げるとマルコさんと目が合った。
「ん?」
「えへ」
「今日はご機嫌だねい」
「えへ、へへへ」
「くくっ」
今日は本当に、自分でも分かるほど自分がご機嫌。
一日の最後にマルコさんに会えるなんてと幸せを噛み締めていたけど、商店街に入ったらマルコさんの手が離れてしまった。けど、気分がいいから寂しさはあまりない。それよりもこれからもぐもぐ食べるマルコさんが見れることが楽しみで、軽い足取りで実家に足を踏み入れる。
今日の夜ご飯は何だろうな、マルコさんはどんな可愛い顔をしてくれるかな、とその時までは本当に幸せだった。
そう、テーブルにある、あるものを見るまでは。
「おかえり」
「…た、ただいま」
「どうした?」
「い、いえ」
先ほどまでの気持ちは一瞬で吹き飛んでしまい、顔が強張った。
やられた、と頭の中は焦りでいっぱいになる。
母にマルコさんがすごく美味しく食べてくれたことを話してしまったから、それが父にも伝わってしまったよう。
父はすでに勝ち誇った顔をしていて、隣のマルコさんは少しと言うかとても目を輝かせながらそれを見ている。
どうしよう。せっかく幸せな一日になるはずだったのに、これでは最悪な一日になってしまう。
けど、きっと大丈夫。マルコさんの胃袋は私が掴んだから、父のを食べても私の時ほどの反応はしないはず。
「いただきます」
マルコさんが丁寧に手を合わせて箸を持った。そして、それをほぐして口の中へ。
どうかな、と私と父が反応を待つこと三秒。マルコさんの目はこれでもかと開き、数秒固まってしまっていた。
「マルコさん、どうかな?」
「お、美味しいです…!」
「そうかそうか」
「なぁ、これ、美味ぃ…」
目を輝かせて美味しいと話すマルコさんは可愛いけど、私はそれどころではない。
こちらを見て美味しいと伝えようとしてくれたマルコさんは、私の顔を見て驚いていた。
「ど、どうしたんだよい?」
「マルコさんの、浮気者…!」
「よい?!」
「ははは、お前にはまだ早い」
父に簡単に超えられてしまった。
状況が分からないマルコさんは焦っていて、煮付けは美味しいかと尋ねると、はっとした顔をした。
私の煮付けも美味しい、だから、と必死に伝えてくれるマルコさんだけど、父の煮付けの方が美味しいことに変わりはない。
マルコさんは正直者だから本当に美味しい時はどうしても隠しきれないし、それはマルコさんの素敵なところで、正直者でいてほしいからいい。
「マルコさんの胃袋は父さんが掴んでいる」
悔しければ力づくで奪えと、まるで悪者のような台詞を言う父。
そんな父の煮付けは本当に美味しくて、私は完敗だと認めるしかなかった。
「機嫌を直してくれよい…」
「私の煮付けは父以下です」
「そんなことねぇ。また作ってくれるだろい?」
「父を呼べば良いと思います」
「……」
私のも美味しいと食べてくれるのは嬉しいけど、父に敵わないのが悔しい。
父は苦手なジャンルがなく何を作っても美味しいから、私ではマルコさんの胃袋を掴むことができない。
マルコさんのもぐもぐ姿も今日は見たくなくて、早めに実家を後にして駅に着いてしまった。
「菓子、楽しみにしてるよい」
「…」
「な?」
「…」
「どうしたら機嫌直してくれる?」
電車が来るまであと五分。
マルコさんは屈みながら私を見て、言葉を待っていた。
「…手、繋ぎたい」
「ん。他には?」
「もうちょっとマルコさんといたい」
「良いよい」
明日も仕事だからほんの少しだけ。
ホームにある椅子に座って、指を絡めて力を込めればマルコさんはまたにぎにぎと力を入れてくれた。にぎにぎし返せば、今度は指をすりすり撫でてくれて、名前を呼ばれたので顔を上げるとマルコさんの顔が近くにあった。
「父の料理、すごく美味しいですよね」
「…よい」
「私の料理を美味しく食べてくれるのも知ってますよ」
「そりゃ、美味いから…!」
「ふふ、ごめんなさい。…その、父に勝てる料理がないなって」
それにきっと、マルコさんはサッチさんの料理も大好きだから、美味しく食べるはず。
外食は仕方がないけど、誰かの料理を美味しそうに食べる姿を想像すると、なんだか、少し、もやもやする。
「両親はマルコさんに食べてもらうのを楽しみにしているんです。だから、マルコさんには両親のを食べてもらいたくて、美味しいって伝えてくれると私も嬉しいんです」
けど、少し嫌な私もいるから、困ってしまう。
ただ、ただのご飯係がそんなことを思うなんて可笑しな話だし、他の人の料理を食べないで、なんて無理な話だから言って困らせなくない。
もう今まさにマルコさんを困らせているから、手遅れなのだけど。
「ごめんなさい、マルコさんを困らせて…」
早く帰らないとマルコさんの休む時間がどんどんなくなってしまう。
時間を作って店に来てくれているのだから、こんなくだらないことで時間を奪っていいわけはない。
マルコさんに帰ろうと声をかけて、手を離そうとしたけど、マルコさんに力を込められてできなかった。
「あのな」
「?」
「俺はお前さんの料理が好きだよい」
もう片方の手で頬を撫でてくれて、近くにあったマルコさんの顔がもっと近くにきて、優しい声でそう言ってくれた。
私の料理は温かくて、優しくて、安心できて、明日も頑張ろうと思える。だから私の料理はすごいんだと、マルコさんは褒めてくれた。
「…本当に?」
「本当に」
「ほんと?」
「ほんと」
「えへ、ほんとう?」
「くく、信じられねぇか?」
ううん、信じられる。マルコさんは正直者だから。
何度も本当だと聞いていたら、もやもやはいつの間にかなくなって私はご機嫌になっていた。マルコさんはそんな私を見て優しく笑ってくれて、その表情を見ていたらもっと機嫌が良くなって、えへへへへと、本当に可笑しな笑い声が出てしまって、マルコさんにくつくつ笑われた。
◇ ◇ ◇
「かぼちゃ、れんこん、しいたけ」
「かき揚げ、エビ、ナス、パイナップル」
「…パイナップル?」
「パイナップル」
マルコさんの今日のリクエストは天ぷら。
カートを押しながら食べたいものを出し合っていたけど、最後に出てきたものを聞いて立ち止まってしまった。
聞き間違えではなく、パイナップルの天ぷらが食べたいと言うマルコさん。食べたことあるのかと尋ねると、何回も作ってもらったことがあると教えてくれた。
作って"もらった"ということは、作った人はサッチさんかイゾウさんかな。
「食べたことないです」
「そうなのか?もったいない」
あんなに美味いものを食べていないなんて人生損してるぞ、と真顔で言うので、そんなに美味しいなら食べてみたい。
他の食べるものを決めて、手を繋いでマルコさんのお家へ。
「俺もやる」
「ふふ、はい。今日のお仕事ですよ」
ピーラーを持ったやる気満々のマルコさんの前に、ごぼうとにんじんを置くとスライスを始めた。
「上手ですね」
「俺はピーラー職人だからねい」
「あと、洗い物屋さんとお米屋さん」
「それと、つぶす係とまぜる係」
「加えて、ゆで担当と炒め担当」
「くく、兼務が多すぎるよい」
「ふふ、マルコさんは優秀ですから」
マルコさんはもう、料理ができない人ではない。包丁はまだできないし、一人で作れるものはサラダしかないけど、それでも出会った時とは比べものにならないほど成長していた。
包丁もそろそろ教えて、マルコさんは料理ができる人だと、イゾウさんやサッチさんに教えてあげたいな。
と思って、マルコさんにナスを切ってみるか聞いてみたけど、まだいいと首を横に振るので、もうしばらくはマルコさんは包丁課に配属はされなさそう。
「…あれ?」
なら今日も、私が包丁を握ろうとシンク下を開けたけど、いつもの場所に包丁がなかった。いつも仕舞う隣の位置にある。
「マルコさん、イゾウさんが来られたんですか?」
「イゾウ?」
来ていないと教えてくれたマルコさん。
マルコさんの友だちが来ていたのかな。マルコさんはまだ使えないから、マルコさんではないはず。
「イゾウに何か用だったか?」
「あ、いえ…またお店に行きたいなと」
「なら来週行くか?」
「はい、行きたいです」
来週の土曜日の夜はどうかと誘ってくれたマルコさんに頷いて、包丁を手に取り、今日もマルコさんに美味しく食べてもらおうと天ぷらを作り始める。
二人分なので多く作れないから、具材は厳選し、パイナップル、ごぼうとにんじんのかき揚げ、しいたけ、ナスにした。
「美味そう…」
「揚げたては美味しいですよね」
「……」
天ぷらは揚げたてが一番。
しいたけ、ナスを揚げて、次はパイナップルを揚げる。本当に美味しいのかなと、油の海を泳ぐパイナップルを眺めていると、突然、可笑しな歌が聞こえた。それは先日想像していたもので、まさか現実になるとは。恐る恐る見上げれば、マルコさんがルンルンで歌っている。
「パイナップル、パイナップル」
「…っふふ、もう少し待っててくださいね」
「よいっ」
「っ、ふはっ」
マルコさんは本当に作り甲斐のある人。
パイナップルを揚げ終えて、ごぼうとにんじんを混ぜて油の中へ。パチパチと踊るかき揚げを眺め、綺麗な薄いきつね色の衣になったので皿に乗せていると、あることに気がついた。
「天ぷらが…」
天ぷらの数が減っている。
まさか、と見上げれば、犯人はすぐに視線を逸らしたけど、口が動いてサクッと音をさせていた。優秀だったはずの人は、実は悪人だったよう。
それから犯人は私が見ている間は口を動かしたくないのか、動かなくなってしまった。どれだけ見つめても動かないので、とりあえずかき揚げを作り終えようと下を向けば、すぐにサクサクと上から聞こえたので勢いよく犯人を見る。犯人はまた動きを止めて、私は下を見て、また音がするので上を見ると、ごくん、と何かを飲み込んだ。
「アゲタテ、ウマイ」
視線を逸らしたまま、ウマイ、と片言で話すマルコさんの額からは汗が流れていた。
マルコさんには前科がある。初犯の時にすまん、と謝ってくれたけど、どうやらつまみ食いはやめられないらしい。
「マルコさんは"待て"ができないんですか?」
「デ、デキル」
「本当に?」
「ホントウ、ウソジャ、ナイ」
「…」
「…ヨイ」
マルコさんはそろ、と私を見ると腰に腕を回し肩に顔を埋めてきた。頭を擦り付け、もうしない、と弱々しい声で謝られる。
私も別にすごく怒ってるわけではないし、大人相手に怒るようなことでもない。ただ何となく、意地悪したくなってしまっただけ。
「揚げたてが食べたいって、先に言ってくれれば怒りませんよ」
「…そうなのか?」
「つい手が出てしまうほど美味しいと思ってくれてるのは嬉しいですし」
「そ、そうなんだよい…!美味すぎるのが悪「マルコさん?」…ヨイ」
責任転嫁はよくないと強く言えば、またすりすり擦り寄ってきて、おねだりをされた。
「食べてもいいか、よい?」
…こんなに可愛く言われて、駄目だと言える人はいるのかな?
「良いですよ」
「よい」
「お酒も…あ、お家では飲まないんでしたね」
「酒…あ」
マルコさんはちょうどいいのがあると、冷蔵庫から白ワインを出した。
天ぷらと白ワイン。初めて見る組み合わせに、合うのかと尋ねるととても美味しいんだと教えてくれて、マルコさんはいそいそとグラスに白ワインを注ぐ。
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
私の隣に立ったマルコさんはつまみ食いではなくて本当の食事を始めた。
パイナップルは犯行中にほとんど食べてしまっていたので、残り三つ。私の分を残しておいてくれるのか不安になっていると、マルコさんが、ん、とパイナップルを口元に運んでくれた。食べてみると意外と美味しくて、マルコさんがだろい?と得意げにもう一つ食べさせてくれる。
結局、二人で台所に立ったまま天ぷらを食べきってしまった。副菜も作ろうと思っていたけど、マルコさんが満足したと言うので天ぷらだけで食事は終わり、お菓子が食べたいと言うので冷蔵庫から取り出す。
作ったのはパイナップルのパウンドケーキ。果肉を大きめにして、食べ応えがあるように工夫をした。
「ん、美味い」
「ふふ、よかったです」
「ワイン、少し飲んでみるか?」
「えっと」
「無理にはいいよい。外じゃないから寝ちまってもいいし、気になるならと思っただけだ」
「なら少しだけ」
白ワインとパウンドケーキ。こちらも相性が良くて、気をつけないと飲みすぎてしまう。
美味い美味いと食べてくれるマルコさんを眺めながら、もう一杯だけワインを飲みたいけどどうしようか悩んでいると、マルコさんがそうだ、と私を見る。
「明日、出掛けないか?」
「良いですよ。行きたいところが?」
海の方かな、山の方かな、と待っていると、マルコさんは行きたいところがあるわけではないと答えた。ただ一緒に歩きたいだけで、目的があるわけではないらしい。
ならどこへ行こう。いつも行くショッピングモール、食べ歩き、適当な駅で降りてぶらぶら散歩。
マルコさんが、あ、と口を開けるのでパウンドケーキを食べさせながら、良いところはないか考える。
「…アウトレットとかどうですか?」
車を出してもらわないといけないけど、アウトレットは広いから歩くには良いかなと思った。けど、服に興味がなければ行ってもつまらないかも。
パウンドケーキを切りながら他にもっといい場所を考えていると、マルコさんが、ん、とフォークを向けてきたので口を開く。
「アウトレット行こう」
「本当に行きたいところないですか?どこでも一緒に行きますよ」
「いや、本当にねぇんだ。ぶらぶら歩きたいだけで」
マルコさんがどこのアウトレットへ行こうかと、マップアプリを開いたので画面を覗く。一番近いところよりも少し走らせた場所の方が大きく、最大級のところならさらに走る必要がある。
あっちかな、こっちかな、と小さい画面を二人で見て、一番大きいアウトレットに行くことを決めた。アウトレットは混むから朝から行くことに。
「気に入ったものがあれば買うよい」
「え?いえ、特に欲しいものがあるわけじゃ」
「見てたらほしくなるかもしれねぇだろ?」
な?と楽しそうに笑うマルコさんは買う気満々。
今まで物を買ってもらったことはないし、申し訳なくて遠慮をしていた。明日はマルコさんに財布を出させたくないから気をつけようと心に刻む。
明日があるからワインは一杯だけに抑えられたけど、それでも度数が高いから眠気がやってくる。マルコさんがお風呂の準備をしてくれて、先に入らせてもらい、マルコさんがベッドに行ってていいと言ってくれたので素直に大きなベッドに潜り込んだ。
マルコさんのベッドは寝心地がすごくいい。私のベッドもできるだけ良い物を選んだけど、マルコさんのマットレスはそれ以上。同じマットレスを買おうかなと思って調べたことがあるけど、金額を見て画面を閉じた記憶がある。
「うぅん…」
マルコさんが来るまでは起きていようと思ったけど、アルコールと寝心地の良さで無理かもしれない。
頑張れ自分と励ましながらも意識が遠のいていく。
もう駄目だと諦めていると、ベッドが少し揺れた。反射的に目を開ければ、マルコさんがベッドに入ってきて私の方に体を向けていた。そして、ゆるゆると頭を撫でながら優しく声を掛けてくれる。
「寝ていいよい」
「マルコ、さん」
「ん?」
もっとそばに行きたい。けど、もう限界で体が思うように動かない。
何とか腕を動かしてマルコさんの方に伸ばす。すると、マルコさんがそっと引き寄せ腕を回してくれた。マルコさんの体温が、においが、私を包んでくれて、マルコさんの一部になれた気がして幸せ。
すり、と胸に頭を擦り付け、夢の中へ行こうとすると、マルコさんの声が聞こえた。
「好きだよい」
その言葉に、私の料理を好きになってくれて嬉しいと言いたかったけど、夢へ引き摺り込まれた私は声を出すことができなかった。
いただいたお菓子を見て、パイナップルおじさんだ、と思ってしまった。けしてお土産が、というわけではなくて、お菓子からその人しか連想できなかったから。
飛行機がないと行けない場所だけどパイナップル好きなら一度ぐらいは、もしかしたら何回も行っているのかもしれない。
一人でも行くのかなと、ある場所で楽しく遊ぶ姿を想像したら笑ってしまい、隣の席の人が不思議そうに私を見たので慌てて顔の緩みを直す。
「パイナップルのお菓子」
そういえば、パイナップル好きな人にパイナップルのお菓子を食べてもらったことがない。フルーツグラタンはお菓子と言えばお菓子だけど、誰が見てもお菓子だと思うものは一度もないことに気がついた。
パイナップルのお菓子なら、パウンドケーキかタルト、フルーツポンチ、他にもあるけどどれがいいかな。
スマホを手にしてメッセージアプリ開き、お菓子を作りたいと伝えれば、パイナップルが小躍りするスタンプが連打で送られてきたので吹き出してしまい、隣の席の人に心配をされてしまう。
「っふ、ふふ」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です…ふっ」
「思い出し笑いして会議で怒られないようにね」
「はい…っ」
今日は大事な社内会議がある。
気を引き締めないといけないから頭の中のマルコさんを追い出そうとするけど、ルンルンのマルコさんや小躍りするマルコさんがなかなか出て行ってくれない。
お昼休みは残り十五分。それまでに何とかしないと。
けど、マルコさんが楽しげな声でパイナップルを連呼し始めてしまい、声を抑えることができなかった。
「っ、っふ」
「本当に大丈夫?」
「っ駄目かも、しれないです…」
「あらら。そんなに面白いことがあったなんて」
教えてほしいと言われたけど、どう説明したらいいか分からなくて、秘密ですと答えるしかなかった。
心配されながら午後の仕事を始め、会議の三十分前にはマルコさんを追い出すことができて、会議は無事にやりきった。隣の席の人も案件が承認されたことに安心していて、思い出し笑いしなかったことを褒めてくれたけど、その話をしたらまたマルコさんが現れたので口元が緩んでしまい、画面を見つめながら一人笑う私に隣の席の人は呆れていた。
「何が面白いのか、教えてくれないの?」
「っふふふ」
「一人でそんなに笑っていると怪しい人よ」
「っ、お先に、失礼します」
「はい、お疲れ様」
今日は実家に帰る日。想像のマルコさんだけでなくて本物にも会える。
電車の中でも思い出してニヤついてしまって、マスクをしておけば良かったと駅に着くまで俯いていた。
そして最寄駅に着くとマルコさんの後ろ姿が見えて、嬉しくなって駆け寄れば微笑んでくれた。想像なんかよりも本物の方が何倍も可愛くて、私の顔は遂に耐えられなくなって破顔してしまう。
「嬉しそうだねい。良いことでもあったのか?」
「マルコさんに、」
「俺?」
マルコさんに会えたから嬉しいと、自然と言葉が出る。そんな私を見たマルコさんは、すごく柔らかく笑いながら私の手を取った。
マルコさんの手は大きくて骨ばっていて、私のとは全く違う。すりすり指を撫でていると指を絡まれて動けなくなったから、今度はにぎにぎ力を入れてみる。するとマルコさんもにぎにぎしてくれて、顔を上げるとマルコさんと目が合った。
「ん?」
「えへ」
「今日はご機嫌だねい」
「えへ、へへへ」
「くくっ」
今日は本当に、自分でも分かるほど自分がご機嫌。
一日の最後にマルコさんに会えるなんてと幸せを噛み締めていたけど、商店街に入ったらマルコさんの手が離れてしまった。けど、気分がいいから寂しさはあまりない。それよりもこれからもぐもぐ食べるマルコさんが見れることが楽しみで、軽い足取りで実家に足を踏み入れる。
今日の夜ご飯は何だろうな、マルコさんはどんな可愛い顔をしてくれるかな、とその時までは本当に幸せだった。
そう、テーブルにある、あるものを見るまでは。
「おかえり」
「…た、ただいま」
「どうした?」
「い、いえ」
先ほどまでの気持ちは一瞬で吹き飛んでしまい、顔が強張った。
やられた、と頭の中は焦りでいっぱいになる。
母にマルコさんがすごく美味しく食べてくれたことを話してしまったから、それが父にも伝わってしまったよう。
父はすでに勝ち誇った顔をしていて、隣のマルコさんは少しと言うかとても目を輝かせながらそれを見ている。
どうしよう。せっかく幸せな一日になるはずだったのに、これでは最悪な一日になってしまう。
けど、きっと大丈夫。マルコさんの胃袋は私が掴んだから、父のを食べても私の時ほどの反応はしないはず。
「いただきます」
マルコさんが丁寧に手を合わせて箸を持った。そして、それをほぐして口の中へ。
どうかな、と私と父が反応を待つこと三秒。マルコさんの目はこれでもかと開き、数秒固まってしまっていた。
「マルコさん、どうかな?」
「お、美味しいです…!」
「そうかそうか」
「なぁ、これ、美味ぃ…」
目を輝かせて美味しいと話すマルコさんは可愛いけど、私はそれどころではない。
こちらを見て美味しいと伝えようとしてくれたマルコさんは、私の顔を見て驚いていた。
「ど、どうしたんだよい?」
「マルコさんの、浮気者…!」
「よい?!」
「ははは、お前にはまだ早い」
父に簡単に超えられてしまった。
状況が分からないマルコさんは焦っていて、煮付けは美味しいかと尋ねると、はっとした顔をした。
私の煮付けも美味しい、だから、と必死に伝えてくれるマルコさんだけど、父の煮付けの方が美味しいことに変わりはない。
マルコさんは正直者だから本当に美味しい時はどうしても隠しきれないし、それはマルコさんの素敵なところで、正直者でいてほしいからいい。
「マルコさんの胃袋は父さんが掴んでいる」
悔しければ力づくで奪えと、まるで悪者のような台詞を言う父。
そんな父の煮付けは本当に美味しくて、私は完敗だと認めるしかなかった。
「機嫌を直してくれよい…」
「私の煮付けは父以下です」
「そんなことねぇ。また作ってくれるだろい?」
「父を呼べば良いと思います」
「……」
私のも美味しいと食べてくれるのは嬉しいけど、父に敵わないのが悔しい。
父は苦手なジャンルがなく何を作っても美味しいから、私ではマルコさんの胃袋を掴むことができない。
マルコさんのもぐもぐ姿も今日は見たくなくて、早めに実家を後にして駅に着いてしまった。
「菓子、楽しみにしてるよい」
「…」
「な?」
「…」
「どうしたら機嫌直してくれる?」
電車が来るまであと五分。
マルコさんは屈みながら私を見て、言葉を待っていた。
「…手、繋ぎたい」
「ん。他には?」
「もうちょっとマルコさんといたい」
「良いよい」
明日も仕事だからほんの少しだけ。
ホームにある椅子に座って、指を絡めて力を込めればマルコさんはまたにぎにぎと力を入れてくれた。にぎにぎし返せば、今度は指をすりすり撫でてくれて、名前を呼ばれたので顔を上げるとマルコさんの顔が近くにあった。
「父の料理、すごく美味しいですよね」
「…よい」
「私の料理を美味しく食べてくれるのも知ってますよ」
「そりゃ、美味いから…!」
「ふふ、ごめんなさい。…その、父に勝てる料理がないなって」
それにきっと、マルコさんはサッチさんの料理も大好きだから、美味しく食べるはず。
外食は仕方がないけど、誰かの料理を美味しそうに食べる姿を想像すると、なんだか、少し、もやもやする。
「両親はマルコさんに食べてもらうのを楽しみにしているんです。だから、マルコさんには両親のを食べてもらいたくて、美味しいって伝えてくれると私も嬉しいんです」
けど、少し嫌な私もいるから、困ってしまう。
ただ、ただのご飯係がそんなことを思うなんて可笑しな話だし、他の人の料理を食べないで、なんて無理な話だから言って困らせなくない。
もう今まさにマルコさんを困らせているから、手遅れなのだけど。
「ごめんなさい、マルコさんを困らせて…」
早く帰らないとマルコさんの休む時間がどんどんなくなってしまう。
時間を作って店に来てくれているのだから、こんなくだらないことで時間を奪っていいわけはない。
マルコさんに帰ろうと声をかけて、手を離そうとしたけど、マルコさんに力を込められてできなかった。
「あのな」
「?」
「俺はお前さんの料理が好きだよい」
もう片方の手で頬を撫でてくれて、近くにあったマルコさんの顔がもっと近くにきて、優しい声でそう言ってくれた。
私の料理は温かくて、優しくて、安心できて、明日も頑張ろうと思える。だから私の料理はすごいんだと、マルコさんは褒めてくれた。
「…本当に?」
「本当に」
「ほんと?」
「ほんと」
「えへ、ほんとう?」
「くく、信じられねぇか?」
ううん、信じられる。マルコさんは正直者だから。
何度も本当だと聞いていたら、もやもやはいつの間にかなくなって私はご機嫌になっていた。マルコさんはそんな私を見て優しく笑ってくれて、その表情を見ていたらもっと機嫌が良くなって、えへへへへと、本当に可笑しな笑い声が出てしまって、マルコさんにくつくつ笑われた。
◇ ◇ ◇
「かぼちゃ、れんこん、しいたけ」
「かき揚げ、エビ、ナス、パイナップル」
「…パイナップル?」
「パイナップル」
マルコさんの今日のリクエストは天ぷら。
カートを押しながら食べたいものを出し合っていたけど、最後に出てきたものを聞いて立ち止まってしまった。
聞き間違えではなく、パイナップルの天ぷらが食べたいと言うマルコさん。食べたことあるのかと尋ねると、何回も作ってもらったことがあると教えてくれた。
作って"もらった"ということは、作った人はサッチさんかイゾウさんかな。
「食べたことないです」
「そうなのか?もったいない」
あんなに美味いものを食べていないなんて人生損してるぞ、と真顔で言うので、そんなに美味しいなら食べてみたい。
他の食べるものを決めて、手を繋いでマルコさんのお家へ。
「俺もやる」
「ふふ、はい。今日のお仕事ですよ」
ピーラーを持ったやる気満々のマルコさんの前に、ごぼうとにんじんを置くとスライスを始めた。
「上手ですね」
「俺はピーラー職人だからねい」
「あと、洗い物屋さんとお米屋さん」
「それと、つぶす係とまぜる係」
「加えて、ゆで担当と炒め担当」
「くく、兼務が多すぎるよい」
「ふふ、マルコさんは優秀ですから」
マルコさんはもう、料理ができない人ではない。包丁はまだできないし、一人で作れるものはサラダしかないけど、それでも出会った時とは比べものにならないほど成長していた。
包丁もそろそろ教えて、マルコさんは料理ができる人だと、イゾウさんやサッチさんに教えてあげたいな。
と思って、マルコさんにナスを切ってみるか聞いてみたけど、まだいいと首を横に振るので、もうしばらくはマルコさんは包丁課に配属はされなさそう。
「…あれ?」
なら今日も、私が包丁を握ろうとシンク下を開けたけど、いつもの場所に包丁がなかった。いつも仕舞う隣の位置にある。
「マルコさん、イゾウさんが来られたんですか?」
「イゾウ?」
来ていないと教えてくれたマルコさん。
マルコさんの友だちが来ていたのかな。マルコさんはまだ使えないから、マルコさんではないはず。
「イゾウに何か用だったか?」
「あ、いえ…またお店に行きたいなと」
「なら来週行くか?」
「はい、行きたいです」
来週の土曜日の夜はどうかと誘ってくれたマルコさんに頷いて、包丁を手に取り、今日もマルコさんに美味しく食べてもらおうと天ぷらを作り始める。
二人分なので多く作れないから、具材は厳選し、パイナップル、ごぼうとにんじんのかき揚げ、しいたけ、ナスにした。
「美味そう…」
「揚げたては美味しいですよね」
「……」
天ぷらは揚げたてが一番。
しいたけ、ナスを揚げて、次はパイナップルを揚げる。本当に美味しいのかなと、油の海を泳ぐパイナップルを眺めていると、突然、可笑しな歌が聞こえた。それは先日想像していたもので、まさか現実になるとは。恐る恐る見上げれば、マルコさんがルンルンで歌っている。
「パイナップル、パイナップル」
「…っふふ、もう少し待っててくださいね」
「よいっ」
「っ、ふはっ」
マルコさんは本当に作り甲斐のある人。
パイナップルを揚げ終えて、ごぼうとにんじんを混ぜて油の中へ。パチパチと踊るかき揚げを眺め、綺麗な薄いきつね色の衣になったので皿に乗せていると、あることに気がついた。
「天ぷらが…」
天ぷらの数が減っている。
まさか、と見上げれば、犯人はすぐに視線を逸らしたけど、口が動いてサクッと音をさせていた。優秀だったはずの人は、実は悪人だったよう。
それから犯人は私が見ている間は口を動かしたくないのか、動かなくなってしまった。どれだけ見つめても動かないので、とりあえずかき揚げを作り終えようと下を向けば、すぐにサクサクと上から聞こえたので勢いよく犯人を見る。犯人はまた動きを止めて、私は下を見て、また音がするので上を見ると、ごくん、と何かを飲み込んだ。
「アゲタテ、ウマイ」
視線を逸らしたまま、ウマイ、と片言で話すマルコさんの額からは汗が流れていた。
マルコさんには前科がある。初犯の時にすまん、と謝ってくれたけど、どうやらつまみ食いはやめられないらしい。
「マルコさんは"待て"ができないんですか?」
「デ、デキル」
「本当に?」
「ホントウ、ウソジャ、ナイ」
「…」
「…ヨイ」
マルコさんはそろ、と私を見ると腰に腕を回し肩に顔を埋めてきた。頭を擦り付け、もうしない、と弱々しい声で謝られる。
私も別にすごく怒ってるわけではないし、大人相手に怒るようなことでもない。ただ何となく、意地悪したくなってしまっただけ。
「揚げたてが食べたいって、先に言ってくれれば怒りませんよ」
「…そうなのか?」
「つい手が出てしまうほど美味しいと思ってくれてるのは嬉しいですし」
「そ、そうなんだよい…!美味すぎるのが悪「マルコさん?」…ヨイ」
責任転嫁はよくないと強く言えば、またすりすり擦り寄ってきて、おねだりをされた。
「食べてもいいか、よい?」
…こんなに可愛く言われて、駄目だと言える人はいるのかな?
「良いですよ」
「よい」
「お酒も…あ、お家では飲まないんでしたね」
「酒…あ」
マルコさんはちょうどいいのがあると、冷蔵庫から白ワインを出した。
天ぷらと白ワイン。初めて見る組み合わせに、合うのかと尋ねるととても美味しいんだと教えてくれて、マルコさんはいそいそとグラスに白ワインを注ぐ。
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
私の隣に立ったマルコさんはつまみ食いではなくて本当の食事を始めた。
パイナップルは犯行中にほとんど食べてしまっていたので、残り三つ。私の分を残しておいてくれるのか不安になっていると、マルコさんが、ん、とパイナップルを口元に運んでくれた。食べてみると意外と美味しくて、マルコさんがだろい?と得意げにもう一つ食べさせてくれる。
結局、二人で台所に立ったまま天ぷらを食べきってしまった。副菜も作ろうと思っていたけど、マルコさんが満足したと言うので天ぷらだけで食事は終わり、お菓子が食べたいと言うので冷蔵庫から取り出す。
作ったのはパイナップルのパウンドケーキ。果肉を大きめにして、食べ応えがあるように工夫をした。
「ん、美味い」
「ふふ、よかったです」
「ワイン、少し飲んでみるか?」
「えっと」
「無理にはいいよい。外じゃないから寝ちまってもいいし、気になるならと思っただけだ」
「なら少しだけ」
白ワインとパウンドケーキ。こちらも相性が良くて、気をつけないと飲みすぎてしまう。
美味い美味いと食べてくれるマルコさんを眺めながら、もう一杯だけワインを飲みたいけどどうしようか悩んでいると、マルコさんがそうだ、と私を見る。
「明日、出掛けないか?」
「良いですよ。行きたいところが?」
海の方かな、山の方かな、と待っていると、マルコさんは行きたいところがあるわけではないと答えた。ただ一緒に歩きたいだけで、目的があるわけではないらしい。
ならどこへ行こう。いつも行くショッピングモール、食べ歩き、適当な駅で降りてぶらぶら散歩。
マルコさんが、あ、と口を開けるのでパウンドケーキを食べさせながら、良いところはないか考える。
「…アウトレットとかどうですか?」
車を出してもらわないといけないけど、アウトレットは広いから歩くには良いかなと思った。けど、服に興味がなければ行ってもつまらないかも。
パウンドケーキを切りながら他にもっといい場所を考えていると、マルコさんが、ん、とフォークを向けてきたので口を開く。
「アウトレット行こう」
「本当に行きたいところないですか?どこでも一緒に行きますよ」
「いや、本当にねぇんだ。ぶらぶら歩きたいだけで」
マルコさんがどこのアウトレットへ行こうかと、マップアプリを開いたので画面を覗く。一番近いところよりも少し走らせた場所の方が大きく、最大級のところならさらに走る必要がある。
あっちかな、こっちかな、と小さい画面を二人で見て、一番大きいアウトレットに行くことを決めた。アウトレットは混むから朝から行くことに。
「気に入ったものがあれば買うよい」
「え?いえ、特に欲しいものがあるわけじゃ」
「見てたらほしくなるかもしれねぇだろ?」
な?と楽しそうに笑うマルコさんは買う気満々。
今まで物を買ってもらったことはないし、申し訳なくて遠慮をしていた。明日はマルコさんに財布を出させたくないから気をつけようと心に刻む。
明日があるからワインは一杯だけに抑えられたけど、それでも度数が高いから眠気がやってくる。マルコさんがお風呂の準備をしてくれて、先に入らせてもらい、マルコさんがベッドに行ってていいと言ってくれたので素直に大きなベッドに潜り込んだ。
マルコさんのベッドは寝心地がすごくいい。私のベッドもできるだけ良い物を選んだけど、マルコさんのマットレスはそれ以上。同じマットレスを買おうかなと思って調べたことがあるけど、金額を見て画面を閉じた記憶がある。
「うぅん…」
マルコさんが来るまでは起きていようと思ったけど、アルコールと寝心地の良さで無理かもしれない。
頑張れ自分と励ましながらも意識が遠のいていく。
もう駄目だと諦めていると、ベッドが少し揺れた。反射的に目を開ければ、マルコさんがベッドに入ってきて私の方に体を向けていた。そして、ゆるゆると頭を撫でながら優しく声を掛けてくれる。
「寝ていいよい」
「マルコ、さん」
「ん?」
もっとそばに行きたい。けど、もう限界で体が思うように動かない。
何とか腕を動かしてマルコさんの方に伸ばす。すると、マルコさんがそっと引き寄せ腕を回してくれた。マルコさんの体温が、においが、私を包んでくれて、マルコさんの一部になれた気がして幸せ。
すり、と胸に頭を擦り付け、夢の中へ行こうとすると、マルコさんの声が聞こえた。
「好きだよい」
その言葉に、私の料理を好きになってくれて嬉しいと言いたかったけど、夢へ引き摺り込まれた私は声を出すことができなかった。