パイナップルからはじまる恋

部屋は、カーテンの隙間から差し込む光でほのかに明るかった。
何時だろうと時計を探したけどサイドテーブルにあったことを思い出し、見るには目の前の人を越えなければならないから時間を確認するのは諦めることにして、なんとなく目の前の人を眺める。
大きな体を少し丸めて、規則正しい小さな寝息をたてる人は無防備すぎて、可愛い。ふわふわで気持ちよさそうな髪はだらんと垂れていて、もう見慣れてしまったけど、改めて見ると変わった髪型だなぁと思う。
そっと髪を撫でてみると、やっぱり気持ちがよくてずっと触っていたくなる。けど、起きてしまうかもしれないから名残惜しいけど手を離して、もぞもぞと布団に顔を埋めていると、窓ガラスに何かが当たっていることに気がついた。
そういえば今日は雨予報だった。ネットの天気予報では小雨となっていたから、それなら行けるだろうという話になったけど予報が外れて大雨だったらどうしよう。
どのくらいの雨か確かめるため、そっとベッドから抜け出して腰窓の方へ。

「ちょっと雨降ってる」

部屋に光が入らないようにカーテンは開けず、端から顔だけを出して外を覗く。雨は降ってるけど予報通り雨足は弱くて、これなら行けそうかな、と空を眺めていると頭に重みを感じた。
音を立てないようにしたけど、起こしてしまったらしい。

「…おはようさん」

少し掠れた、いつもよりも低い声。
顎を私の頭に乗せているマルコさんは気が抜けていて眠たそう。この表情は寝起きしか見れないから、寝顔もそうだけどまだ二回目。

「マルコさん、おはようございます。すいません、起こしちゃって」
「いいよい」

くわ、と欠伸したマルコさんが同じように外を見て、どうするかと私を見た。

「これぐらいなら行けそうですかね」
「だねい」

マルコさんは私の頭に頭をぐりぐりと押し付け、ずり、と私の肩に顔を埋め動かなくなった。
まだ眠たいのかな。というか、この体勢は身長差的に辛くないのかな。
眠たいのなら二度寝しようと髪を撫でながら伝えれば、マルコさんはむくりと顔を起こして、すん、と首筋のにおいを嗅いだ。

「…このにおい」
「あ、すいません。マルコさんのボディソープとシャンプーを使いました」
「俺のを?」

お泊まりセットは持ってきたけど、マルコさんのが使ってみたかったから使ってしまった。
男性は清涼感が強い物を使うイメージだったけど、マルコさんのはそこまででなくて使いやすかったし、使った後はマルコさんと同じにおいになれたことが嬉しくて仕方がなかった。
勝手に使ったことを謝ると、マルコさんは好きなだけ使え、とすんすん、としばらく嗅いで私を抱き上げベッドに戻る。
マルコさんがくわ、とまた大きな欠伸をしたら私もつられて、ふあ、と欠伸が出てしまった。二人でもぞもぞと布団の中に入り近寄りたくて体を動かしていると、マルコさんの腕がベッドと体の間に差し込まれそっと引き寄せられた。
マルコさんの胸に顔を埋めると、マルコさんのにおいがした。

「おっさん臭いだろい?」
「臭くないですよ」

むしろいいにおい、と嗅いでいればマルコさんが私の頭に顔を埋めてまたにおいを嗅いできた。そして、そのまま動かなくなる。

「臭くなくてよかったよい」
「気を遣ってるんですね。営業職だから?」
「それもあるが、お前さんに…」
「私?」
「……」

途中で声が聞こえなくなり、あれ、寝てしまった?と顔を上げればマルコさんの目は半分閉じられていた。私を見ているのかいないのか、すぐにでも夢の中に行ってしまいそう。

「今、何時ですか?」
「んー…七時前」
「何時に起きましょう?」
「んー……」

答えを聞くことはできなかったけど、時間が決まっているわけではないから何時でもいいかと、寝てしまったマルコさんの顔をすりすりと撫で、私も後を追うように目を閉じた。


◇ ◇ ◇


「決まったか?」
「えと、えっと…」
「くく、悩みすぎだろい?」

一時間半も寝てしまい、喫茶店に着いたのは九時を過ぎた頃。
サンドイッチならたまごサンドかミックスサンドかな、ホットサンドならベーコンチーズかコンビーフチーズ、あ、トーストもある。
メニュー表に齧り付く私に、マルコさんはまた来ればいいから順番に選んだらどうかと提案してくれる。けど、今日食べたいものが多くて決められない。

「マルコさんもモーニングは初めてなんですよね?」
「あぁ。ここのコーヒーが美味くて、飲みによく来るんだ」

よくと言っても月に二回ぐらい。モーニングも人気の喫茶店だとは知っていたけど、コーヒーしか頼んだことがなかったらしい。
マルコさんも初モーニングなのにすぐに頼むものを決めてしまって、待たせるのも限界かと悩みに悩んでコンビーフチーズのホットサンドを注文した。

「ん!」
「ん?…くくく」
「んー!んんっ!」
「ははっ、すげぇ伸びてる」

勢いよくかぶりつき、噛みちぎろうとしたけどチーズがトロトロで全く切れない。垂れたチーズがテーブルにつきそうになり慌てていると、マルコさんがフォークで阻止してくれた。
コンビーフとチーズが濃厚で、少し入っているアスパラがアクセントになってて美味しい。パンの耳はカリカリで香ばしくて、朝から食べ過ぎかなと思ったけどぺろりといけそう。

「美味そうだねい」
「半分こしますか?」
「いいのか?」
「はい」

マルコさんが頼んだのは、たまごサンド。たまごとマヨネーズを混ぜたものときゅうりを挟んであるシンプルなサンドイッチ。ふわふわの食パンも美味しいなぁと夢中で食べていると、ホットサンドを食べていたマルコさんが私と同じようにチーズで苦戦をしていて笑ってしまった。助けろと私を見るのでフォークでチーズを切ってあげて、フォークについたチーズはいただいた。

「食パン、あっさりしてて美味しいですね」
「な。コーヒーも美味いし、近くに良い喫茶店があるなんて贅沢だよい」

コンビニ以外のサンドイッチを食べたのはいつぶりだろう。
あっという間に食べてしまって、コーヒーを飲みながら外を眺めていれば、雨が次第に強くなる。スマホで雨雲レーダーを見るとこれから三十分ぐらいは強くなりそう。
マルコさんにスマホ画面を見せると、それぐらいなら弱まるのを待とうということになり、コーヒーの飲むペースを落とす。

「雨降るの久しぶりですね」
「だな」

ソファに深く座り、カップを持って窓の外を眺めるマルコさん。
なんだか絵になるな、と思っていたらスマホを向けて写真を撮っていた。
可愛い以外のマルコさんの写真を撮れたことが嬉しくて、ついつい笑みが溢れる。

「え、へ」
「どうした?」
「なんでも、ないです」

最近の私は、この変な笑い声が癖になりつつある。".えへへ"なんて気持ち悪いような気がするけど、マルコさんはいつも笑い返してくれるから、まぁいいかと気にしないようにしている。
一度緩んだ顔はなかなか戻らず、私は何回もえへへと笑い、その度にマルコさんが首を傾げたり、くくくと笑ってくれて、朝から幸せだなぁと、またえへへと笑うのだった。


◇ ◇ ◇


「逃げろ!後ろだ!」
「え…あ、マルコさんっ!」
「油断したっ…」
「待っててください!今、薬を…!」
「俺はいいから先に行け!」
「マルコさんを置いて行けません!ようやくここまで来たのに…!」
「!?、避けろ!」
「え!?…あっ!!」

私を庇い撃たれてしまったマルコさんに傷薬を渡そうとしていたら、背後から襲われてしまう。
苦節二時間。操作に四苦八苦しながら、マルコさんとようやく最終ステージまで来たというのに、最後の最後でやられてしまった。
真っ黒な画面に赤字で記された"GAME OVER"を見て、私もマルコさんも肩を落とす。

「くそ、もう一回」

悔しがるマルコさんがCONTINUEを押し、私も画面に齧り付く。

「よし、行くよい」
「はい、今度こそ」

私とマルコさんは五度目の正直だと武器を握り締め、世界を守る為に走り出す。
先週、バドミントンをした時に、マルコさんは家庭用ゲーム機があることを思い出した。
外に出ることが難しくて家にいることが多くなった時期に購入したけど、外に出られるようになってからはやっていなかったから忘れていたらしい。
私はあまりゲームをしてこなかったけど、やってみようとマルコさんがテレビに繋げてくれた。二人プレイできるソフトがなかったから、マルコさんが簡単そうなソフトをダウンロードして本体をセットし、本体の両端にあるコントローラーを抜き取る。
いつものようにマルコさんの間に座って、コントローラーの使い方をカチカチ確認していると、私の膝の上にある大きな手も同じように操作性を確認していた。
というか、マルコさんが持つとコントローラーが小さすぎて見えない。

「使えそうですか?」
「なんとか」

そうして、世界を滅ぼそうとする悪を倒す為に私とマルコさんはひたすら敵を倒し続け、五回目の今、遂にラスボスを倒すことができたのだった。

「倒したぁ!」
「痛っ」
「マルコさんっ、す、すいません!」

あまりの嬉しさに少し飛び跳ねてしまい、頭でマルコさんの顎を攻撃してしまった。慌てて後ろを見て謝れば、手でさすりながら大丈夫だと言ってくれたけど、本当に痛そう。

「舌とか噛んでないですか?」
「それはないよい。大丈夫」
「ここに座るの、やめた方がいいですね…」

居心地がいいけどマルコさんに攻撃をしたくはないから横に座ろうとしたら、腕を回されて動けなくなった。
マルコさんが今度は避けるから大丈夫だと言ってくれたけど、ゲームの中のようにはいかないだろうし、本当に舌を噛んでしまったら大変。ゲームの時だけはと動こうとするけど、マルコさんの腕はびくともしなくて、じっと見つめて訴えたものの伝わらない。

「ここでいいよい」
「はしゃがないように気をつけます」

熱中しすぎないように気をつけないと。
何にしても、世界を守れた私達は達成感に溢れ、次は違うゲームをやろうとソフトを探して購入しているとマルコさんが、あ、と声を出し、私を下ろして台所の方へ。
どうしたのだろうと様子を見ていれば、マルコさんが箱を持って戻って来た。

「今日の菓子はこれ」

目の前に置かれたのは綺麗な箱。
箱を開ければ、ふわ、と良い香りがしたのだけど、何かの皮がたくさん敷き詰められているだけだった。
え、これがお菓子?これを食べるの?
不思議に思いながら、少し摘んで口へ運ぼうとしたらくつくつ笑い声が聞こえた。

「違う違う。菓子はこの下」

そう言いながらマルコさんが一段目を取ってくれて、中を覗くとマカロンが入っていた。ただ、見たことあるマカロンとは少し違っていて、挟んであるものがマカロンからはみ出している。この甘いにおいは。

「チョコレートが挟んであるんですか?」
「そうだよい」

生チョコマカロンだと一つとって、私の口元に持ってきてくれたので少し齧る。
マカロンは表面はサクサクだけど中はしっとり、チョコは滑らかですぐに溶けてしまった。
すごく美味しい。

「マルコさん、一口でいきたい」
「ん、ほら」

入れて入れてと大きく口を開ければマルコさんがほい、と入れてくれた。
噛めば噛むほどマカロン生地とチョコが一緒に溶けていって、口の中が幸せいっぱいになる。

「ほひひひ」
「え?」
「ふひほ、ははへ、ほへへ…」
「ははっ、何言ってんのか分からねぇよい」

マルコさんにも早く食べてもらいたくて、はい、と差し出せば口を開けてくれたのでぽい、と放り込む。
目を少し見開いたから美味しいのだと分かって、二人でもぐもぐしていたらソフトのダウンロードが完了した音がした。
今度は世界的人気のレースゲーム。小さい頃に友だちの家でやったことがあるからできるはず。けど、キャラクターもコースも多くて、違うゲームのキャラクターもいて、随分と変わったんだなとどんなカートにしようかと選んでいると、マルコさんも同じことを思ったのか、選ぶのが大変だと言う。

「俺がやったことあるのは八体しかいなかったし、カートも選べなかったよい」
「一番最初のですか?」

そうだと教えてくれて、何年前のゲームなのか気になって調べてみたら私は生まれてなかった。
それを知ったマルコさんがはっと私を見て、何とも言えない顔をして、どうしたのか尋ねてみれば、俺はおっさんなんだな、と呟く。

「マルコさんはおじさんですよ」
「そ、そうだねい」
「私と一回り以上も違いますし」
「ゔ、実際に言われると…」

年齢はどうしようもない。
けど、マルコさんはおじさんなのに可愛いし、いいにおいもして、おじさんなのにおじさんらしくない。
おじさんなのは変わりないけど、素敵なおじさんだとマルコさんに伝えれば、ありがとよい…と力なく返事をくれた。

「赤い甲羅は分かります!えいっ!」
「なんだよい、このアイテム」

一作品目しかしたことないマルコさんと四作品目しかしたことない私は綺麗な映像と見たことないアイテムに驚きながら、白熱したレースを繰り広げる。
甲羅やキノコや星はなんとなく覚えているけど、見たことないアイテムは使ってみないと分からない。他のレーサーがイカのアイテムを使ったら前が見えなくなって私もマルコさんも驚いて落ちたりしたけど、マルコさんが一位で私が二位のままゴール目前まで来た。

「マルコさん、ごめんなさい!」
「え、あ!」
「これで一位は私で…あ」
「くく、身代わり、ありがとよい」
「そんな…!」
「よいよい」

せっかくマルコさんを赤い甲羅で攻撃して一位の座を奪ったのに、最後の最後で最下位のレーサーが投げたトゲトゲの青い甲羅により撃沈。
私が攻撃により宙を舞っている間にマルコさんがゴールし、他のレーサーにも追い抜かれ、私は四位となってしまった。

「ギリギリまで粘ったのに」
「作戦が甘かったねい」

これで三連勝だと得意げな顔をするマルコさんが少し気に食わなくてお腹に軽く拳を入れ込むと、マルコさんがくつくつ笑う。もう一戦だと申し込めば、何度やっても俺には勝てないと自慢げに言ってきた。

「もう諦めろ」
「いえ、次はマルコさんに勝ちます」
「次も俺だよい」
「私です」
「俺」

一度ぐらいは勝ちたい。
たくさんある中から自分の勝てそうなコースを必死で探していると上から、そうだ、と声がする。見上げればマルコさんはニヤリ、と笑っていて、負けた方は勝った方のお願いを聞こうと、勝負を持ちかけられた。
そう言われたら急に自信を無くして、もうやらないと伝えると、マルコさんが、ん?と首を傾げる。

「自信ないのか?」

…よし、ここは何としてでも勝ってマルコさんに可愛いことしてもらおう。
勝負の舞台に選んだのは、虹色の道を走り続けるコース。
綺麗だなぁと映像を見入る暇なんてなく、ひたすらマルコさんに甲羅もバナナも、できる攻撃は全てしたのに結果は完敗。

「ま、負けました」
「よいよい」

本気を出してきたマルコさんはふふん、と笑うと私の腰を掴んで向かい合わせに座らせる。

「あの、私ができることにしていただけると…」

マルコさんは無理難題を言うことはないと思うけど、何をお願いされるのか不安になる。マルコさんを見ながら言葉を待ってると、頬を撫でられた。

「"マルコ"」
「?」
「あと、敬語はなし」
「敬語?」
「今日だけ、どうだ?」

呼び捨てとタメ口でということのよう。
年上の人とそんな話し方をしたことがなくて、意識しないとすぐにさん付けして敬語で話してしまいそう。
けど、負けたからにはお願いはしないとと、マルコさんの名前を呼ぼうしたのに、どうしてか上手く言葉が出てこない。

「ほら」
「ま、ま」
「ま?」

意識して言おうとしたら、どうやって言っていたか分からなくなってしまった。
"マルコ"のイントネーションはマ→ル→コ→だっけ?マ↑ル↓コ↓だっけ?
あれ、あれ、とこんがらがっていると、マルコさんが肩を揺らして笑い始め、それを見たらさらに焦って名前が呼べなくなる。
二度と名前を呼べなくなりそうなほど"マルコ"を考えていたら、マルコさんが正解を教えてくれた。

「"マルコ"」
「ま、マルコ」
「よい」
「えと…夜ご飯、つくろ?」
「メニューは何だっけ?」
「麻婆豆腐と餃子」
「なら、ピーラーの出番はなさそうだねい…」
「ふふ、ピーラー使いたい?」

なら今日もサラダをお願いしようかな、と冷蔵庫にある少しの野菜を全てピーラーでスライスするか聞いてみると、まかせろ、と頷いてくれた。

「マルコ」
「ん?」
「なんか、年が近くなった感じがする」
「なら、今の俺はおじさんじゃない?」
「?、マルコはおじさんだよ」
「…だねい」

それはそうだと項垂れたマルコさんは私の肩に顔を埋め擦り寄ってきたので思わず可愛いと呟いてしまって、そうしたら俺は可愛くないとジト目で訴えてくるので、可愛すぎて声を出して笑ってしまった。

うん、今日もパイナップルおじさんは可愛かった。
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