パイナップルからはじまる恋

テーブルにはご馳走が並べられていた。ただ"ご馳走"と言っても私にとってはであって、目の前にあるのはお寿司でも、すき焼きでもしゃぶしゃぶでもなく、私も両親もパイナップルおじさんの反応が気になって仕方がない。

「娘は母さんが作る、このカレーが好きなんだ」
「このカレーが食べたいと言われたから作ったの。マルコさんも気に入ってくれると嬉しいんだけど…」
「そうなんですね」

どの家庭でもよく出るカレー。みんな大好きカレーライス。だからきっと、このカレーでなければマルコさんも美味しそうです、と両親に笑いかけてくれただろう。

「…」
「「「…」」」

我が家のカレーの中に、一つ変わったカレーがある。それが私にとってはご馳走で、大好き。
ただ、カレーにあれやこれを入れていると言えば、聞いた人達は全員信じられないという顔をするのだ。

「あ、あの、マルコさんはカレーを食べずにおかずを食べてくれればいいですよ」
「そ、そうね。流石にこれは、なかなか馴染みがないから…」
「あ、あぁ、そうだな。無理に食べなくても大丈夫だ」

マルコさんの反応に私達は慌ててしまった。私達三人にとっては当たり前だけど、マルコさんからしたら衝撃的なカレーでしかない。
三人で食べなくてもいいと止めたけど、マルコさんは黙って両手を合わせてからスプーンを持ち、具材と一緒にルーを掬った。そしてゆっくりと口の中へ。
もしかしたら、マルコさんの初めての"美味しくない"表情を見ることになるかもしれない。
黙々と食べるマルコさんを三人で凝視していると、ごくん、と喉が動いた。

「…これ、パイナップルですか?」
「えぇ…あの、普通のカレーも作るのよ?ただ、娘はフルーツカレーが好きでね」
「馴染みがなくて美味しくないだろう?無理に食べなくていい」
「いえ、フルーツグラタンも新鮮で美味しかったですし、これも」

驚いたけど美味しい、ともぐもぐ食べてくれるマルコさんを見て両親は胸を撫で下ろした。
私も安心し、これはキュウイ、これはバナナだと一口一口食べ終わる度に教えてくれるマルコさんに頷きながらご馳走をいただく。
青果店だからフルーツカレーを作っていたわけではなく、小さい頃に偶々本で見つけて、両親に作って欲しいと頼んだのがきっかけだった。料理上手の両親のおかげか、フルーツカレーはとても美味しくて、私の大好物の一つになった。

「俺がいるからパイナップルを?」
「いえ、パイナップルの甘酸っぱさが好きなんです」
「フルーツグラタンといい、新鮮で面白いよい」

すごいな、と私を見て笑うマルコさんに笑いかけていると、母が、あら?と私達を見る。

「フルーツグラタンって何の話かしら?」
「先日、パイナップル以外の果物を貰った際に娘さんに作って…」

"もらったんです"と続けようとしたと思うけど、マルコさんは、はっと目を見開き私を見て固まってしまった。両親がそんなマルコさんに首を傾げたので、私がマルコさんの家でフルーツグラタンを作ったと伝えれば、両親はさらに不思議そうな顔をする。

「週一ぐらいでマルコさんのお家にお邪魔してご飯作ってるんだよ。マルコさん、私の料理を美味しいって食べてくれるの」
「週一で…?」
「マルコさんのお宅に行っている…?」

ぽかん、としてしまった両親を見て、マルコさんはすっと椅子から立ち上がり体を九十度に折り曲げた。突然の行動に反応ができない。

「申し訳ありません。娘さんと頻繁にお会いさせていただいております。自宅に何回も来ていただき、娘さんがおっしゃった通り食事を作ってもらっております」
「あの、マルコさん、別にやましいことしてないので謝ることじゃ…」
「いや、だがな。よくよく考えれば、こんなおっさんの家に週に一回も通わせているんだから先に説明を…」
「マルコさん、"通わせてる"って言い方だと…」

やましいことをしているみたいだとマルコさんに言えば、またはっとした顔をして固まってしまった。
本当に謝ることではないけど、マルコさんは頭を下げたまま動かない。大丈夫だからとマルコさんを座ってもらうとしていたら、向かい側からくすくす笑う声が聞こえた。

「マルコさん、私達、別に怒ってなんかいませんよ。ねぇ、父さん?」
「あぁ。娘も子どもじゃないからとやかく言うことではない。それに、マルコさんなら安心だ」
「あ、安心…?」

父の言葉に今度はマルコさんがぽかん、と両親を見て、両親はマルコさんなら問題ないと二人で頷き合っていた。
何が問題ないのかは私にもよく分からないけど、マルコさんにもう一度大丈夫だと落ち着かせれば上体を起こして座ってくれた。

「いいのよ。二人のことなんだから」
「そうかそうか。娘の料理を気に入ってくれたんだな」
「お出かけとかはしないの?」
「するよ。ちょうど今週出かけるんだよ」

あら良いわね〜と笑う母と、そうかそうかと笑う父を見て、マルコさんは居心地が悪くなったのか食べるスピードがいつもよりも早かった。
マルコさんが父から勧められた酒も味わうことなく素早く飲み、今日はもう帰ると立ち上がったので一緒に家を出る。帰り際に両親が日曜日は気をつけて、と言うのでマルコさんはまた深々と頭を下げた。

「すまん。その、今まで隠したかったわけじゃなくてだな…」
「あ、はい、気持ち分かります。気恥ずかしいですね。ごめんなさい、出かけるのは言わない方が良かった」
「いや、お前さんが悪い訳じゃねぇ。ただ…」

ただ?とマルコさんを見れば、何でもないと微笑み返され、日曜日の予定の話を振られた。
前回のように目的の店以外でもう一つどこか行こう言ってくれたので、良さそうなところを探すことに。

「月曜日は祝日だが、仕事は休みか?」
「休みです。マルコさんは?」
「俺も休みだよい」

なら少しぐらいは帰るのが遅くなっても大丈夫かと聞かれたけど、それこそ私は子どもではないので何時になってもいい。大丈夫だと答えれば、よい、とマルコさんは笑った。

◇ ◇ ◇

「フィデウアが食べれる店があったんだね」
「探したらあった。本場と比べてどうだ?」
「美味しいよ」

土曜日の夜。いつ話したのかは覚えていないけど、大学の卒業旅行でスペインに行った時に食べた話を覚えていた同級生がフィデウアがある店を探してくれた。
パスタのパエリアが食べられる店はあまりない。私もスペインで一度食べただけだから、正直に言うと味はうろ覚え。でもとても美味しくて、同級生も気に入ってくれた様子。

「ノルアルコールワインもたくさんある」
「飲んだことないな。アルコールないなら葡萄ジュースと同じじゃね?」
「違うよ。ちゃんとワインっぽい」
「へぇ、飲んでみたい」

同級生が気になるからと赤のノンアルコールを頼み飲んでみると、ワインだと感動していた。やっぱりパエリアにはワイン。ノンアルコールがなかったらワインを一杯は飲んでいたかもしれないけど、度数が高くて飲みきることができないからノンアルコールがあって良かった。
パエリア以外にもアヒージョやオムレツ、他にも色々食べて最後にデザートを頼み、どれも美味しくて同級生に礼を言えば気に入ってくれて良かったと笑ってくれた。

「他にも美味い店探すからさ、また行こう」
「いいね。今度は何がいいかなぁ」

良いお店を見つけられて、仲のいい友だちや、マルコさんとも来たいなと駅まで歩いていると、途中で同級生が歩みを止めて私に向き合った。

「あのさ」
「何?」
「俺、お前のこと好きなんだけど」
「…え?」
「付き合って」

え?と同級生を見れば先週と同じ真剣な顔で私を見ている。
好き、付き合って、と頭の中で繰り返して告白されたのだと分かると、私は自然と頭を下げてごめんなさいと断っていた。同級生は私にその気がないのを知った上で告白をしてくれたようで、お試しでいいから付き合ってほしい、絶対に好きにさせる、と私の手をそっと掴もうとするので咄嗟に手を引っ込めた。
マルコさんほどではないけど同級生も大きいから俺では駄目かと迫られれば迫力があった。けど恐怖を感じたりはしなくて、同級生の目から真剣さが伝わってくる。なら尚更いい加減なことはしたくないから断るしかない。

「ごめんなさい、付き合えません」
「あの人か?」
「あの人?」
「先週の、2mの人」

マルコさんのことだと分かったけど、どうしてこの会話でマルコさんが出てくるのか分からない。
私は好きではない人と付き合いたくないだけで、マルコさんのことは全く関係ない。それを伝えると、なら一ヶ月でもいいから俺にチャンスをくれ、と頭を下げられた。
そんな同級生を見ながら、きっと彼を逃したら私はこれから彼氏が欲しくなった時に苦労するのかもしれない、と頭の片隅で思った。それに、こんなに私を想っているのなら応えるのもありだ、彼からの申し出を断る理由などない、と仲のいい女友だちなら絶対に言いそう。
でも、私はそんなことを考えながら、他のことも考えてしまっている。メッセージが来ていないかなとか、今何してるかなとか、明日は何を着て行こうかなとか、明日は夜ご飯作る時間があるかなとか、マルコさんのことばかり。
私も同級生と同じくらい頭を下げ、ごめんなさいともう一度伝えれば、彼はようやく頭を上げてくれたけど、ある質問をされた。

「あの人とはどんな関係なわけ?」
「どんなって…」
「付き合ってないんだろ?なら、知り合い?友だち?」

私とマルコさんの関係…?
同級生の質問に私はなんて答えたらいいのか分からなくて、答えたくないとはぐらかすしかなかった。

◇ ◇ ◇

「ま、マルコさ、んっ…はぁっ」
「ほら、捕まれ」
「っは、ん…っ」
「限界か?」
「…もう、っ…」

足が重たくて上がらなくなり立ち止まってしまった。マルコさんが優しく、頑張れ、あと二千段だと励ましてくれるけど、まだ三分の一もいっていない。

「あと少しで休憩所」
「マル、コさん、平気、なんですか…?」
「ん、まだ平気だよい」

マルコさんとは対照的に、私は喋るのも大変なほど。運動不足だとは分かっていたけど、まさかこれほど体力が落ちていたなんて自分でも驚いているし、正直ショックだった。
マルコさんが連れて行ってくれたお店で昼食をとった後、車を走らせ、三千段以上の石段がある遊歩道に来た。三千なんて段数を上ったことがなくて、マルコさんと挑戦してみようという話になったわけだけど考えが甘かった。
考えてみればビル百七十階に相当するし、日頃は通勤時ぐらいしか階段を上る機会がないし、何よりも運動不足の私には無謀すぎた。
せっかくとても美味しいハンバーグをマルコさんと食べたというのに、満たされたお腹が今は重たくて仕方がない。食べる前に来れば良かったと後悔したけど、まぁきっと、食べる前だとしても軽々と上れるわけではないからどっちでもいいと思う。

「旅行はよく行くんだろう?」
「行く、んですけど…っこんなに長い、階段は…」

平坦なら問題ないけど、これはわけが違う。
差し伸べられた大きな手に自分の手がすっぽりと収まり、行くよい、と歩くスピードを落としたマルコさんが私を引っ張ってくれる。

「諦めて下りるか?」
「い、いえ。ここま、で来たら、頂上まで…」

本当に頂上まで行く気かと確認され、せっかく来たのだから上りたいと答えたけど、時間がすごくかかりそうだから無理には言えない。時間がかかってしまうけど、マルコさんが良いなら行きたいと言えば、マルコさんはゆっくり行くか、と頷いてくれた。

「ついたぁ…っ」
「休憩所にねい」
「はぁ…あと何段、ですか?」
「千六百段、ぐらいか」

あと半分。ペットボトルのお茶を飲んで息を整えている中、他の人達がどんどん上っていく。
本気で運動不足をどうにかしないといけない。ウォーキングでも始めようかな、ともう一口飲んでいると大きな手が視界に入り、手のひらがこちらに向けられていた。

「どうしました?」
「すまん、車に茶を忘れてきた」
「あ、はいどうぞ」

自動販売機ぐらいあるだろうと思っていたようだけど、残念ながら自動販売機も水飲み場もなかった。マルコさんにお茶を差し出すと、やや遠慮がちに飲んでいたからたくさん飲んでいいと伝えれば、私の分を残しておかないと水分不足で倒れてしまうと真面目に返されてしまった。

「さて、行けそうか?」
「はいっ、頑張ります」
「くく、ほら」

優しい声と共に向けられた手のひらに自分の手を添えればまた手を繋いでくれた。
それから頻繁に足を止めて休憩を入れながら、色んな人に追い抜かれ、下りていく人に励まされ、マルコさんに手を引かれながら上り続ける。

「彼女さん頑張れ〜」
「あと五百段だよ」
「奥さんファイト!」

手を繋いでいるからか声をかけてくれる人達は私達の関係を勘違いしていた。色んな応援に何か反応しなくてはと思っても、足を上げることに集中したくて声が出ない。マルコさんが代わりにぺこりと軽く頭を下げてくれていたけど、マルコさんはある声にお礼を言っていた。

「兄ちゃん、役得だな。頑張れよー」
「ありがとうございます」

何が役得なんだろうかとマルコさんと男性を見たけど、二人とも笑うだけで教えてはくれなかった。
上り始めてニ時間半。ようやく最後の一段まで来て、私はマルコさんと同時に石段を上り無事に頂上についた。

「やったぁ…!!」
「やったねい、おつかれさん」

上りきったことが嬉しくてマルコさんに手のひらを見せれば、ハイタッチしてくれた。
私もまだまだやればできる。四十超えてるマルコさんに負けていられないから、本当に運動を始めるんだと宣言すれば、マルコさんはまたここに来て体力がついたか確認しようと言ってくれた。

「いつ頃がいいかねい?半年後ぐらいか?」
「はい。それまでに半分ぐらいまでは余裕でいけるようになります」
「そりゃあ、楽しみだねい」

半年先の予定ができたことが嬉しくて、二時間かけて同じ段数を頑張って下りきった。

◇ ◇ ◇

「着いたよい」

体をゆすられ、目を開ければ私の家の前だった。帰りの車は高速を乗ったところまでしか記憶がなく、気づいたら眠っていたらしい。寝てしまったことを謝れば、マルコさんは気にするなと頭を撫でてくれて、しっかりお風呂に入ってストレッチもしてから寝るようにと気にかけてくれた。
あ、もうマルコさんとお別れか、まだお喋りがしたいな、と少し寝ぼけている頭で考えていたら、口が勝手に動いていた。

「マルコさんのお家…」
「ん?」
「お家、行きたい」

出てしまった言葉を今更なしには出来なくて、したくもなくて、大きな手を取り家に行きたいともう一度言えば、マルコさんは目を細めて頷いてくれた。

「明日は予定ないんだったか?」
「はい」
「ん」
「マルコさん」
「ん?」
「あ、…の」

明日も休みだから明日も一緒にいたい。一度帰るのは面倒だからマルコさんのお家にずっといたい。
心の底から出てきたものが喉まできたけど、言って困らせたくない、これを言っていい関係ではないと分かっている私が止めてくれていた。けど、言葉を伝えたい私もいて、頭の中でせめぎ合っている。それがなかなか白熱していて体を動かすことができない。
どうしようとマルコさんを見ているとマルコさんが良いよい、と声を出した。
何が良いのだろう?

「着替え、あとは、化粧道具か?」
「?」
「朝飯は、俺がよく行く喫茶店で食おうかねい」
「……」
「まぁでも、おそらくお前さん、明日は筋肉痛で動けないだろうから、宅配か俺が買いに行くよい」

マルコさんはほら、と着替えを持ってくるように促した。まさかマルコさんからそれを言われるとは思わなくて、本当なのだろうかと確認すれば本当だと答えてくれる。

「俺は、お前さんの望みならなんでも叶えるよい」

私の料理が食べたいだけでこんなにも優しくできるものなの…?
マルコさんの言葉や行動は嬉しいけど、不思議で仕方がない。けど、初めてマルコさんの家に行った時、私の料理でよく眠れたと言っていたから料理のためなんだろうな。

「お、とまり、していい?」
「ん、良いよい」

私はマルコさんの奥さんでも、彼女でもない。マルコさんのお願いを聞いて、週に一度料理を作りに通っているだけ。なのに、私は今からマルコさんの家に泊まろうとしている。

「えへ」

はっきりさせないとと頭の片隅では分かっているけど、そんなことよりも、マルコさんの大きな手の温かさを感じていたい。
…うん。どんな関係なのかと聞かれても答えられないけど、やましいことなんて何もしていないからいいや。それに子どもじゃないから何をするのも私の自由で、マルコさんは独身だし私も彼氏はいない。マルコさんが良いって言うならお泊まりだってしていいし、マルコさんといられるなら優しくしてくれる理由なんて料理でもいい。
そう思っていたら、せめぎ合いをしていた私の片方が消えていた。

「荷物取りに行ってこい」
「取りに行ってる間に帰っちゃったりしないですか…?」
「しないよい。ちゃんとここで待ってる」

マルコさんはほら、ともう一度促す。

「マルコさん」
「?」
「もっと撫でてほしいです」
「家に帰ったらたくさん撫でてやる」
「本当に?」
「あぁ」
「えへへ…荷物取ってきます」

それからマルコさんの家でお風呂に入って、ストレッチもちゃんとした。一緒に寝たいと言えば、良いよい、と寝室に連れて行ってくれて、抱きつきたいと言えば、ん、と腕を回してくれる。そして、今日頑張った私へのご褒美だと、頬や頭をずっと撫でながら可愛がってくれた。

「マルコさん、マルコさん」
「どうした?」
「明日、私、絶対筋肉痛で動けないです」
「そん時は一日中ベッドにいればいい」
「マルコさんもベッドにいてくれますか?」

もちろんだと頷いてくれたのが嬉しくて、変な笑い声が出てしまったけどそんな私を見るマルコさんは本当に優しい表情で、見ている私はもっと嬉しくなる。
今がずっと続けばいいのにと、本気で願ってしまったこの夜。私はベッドの上でずっとマルコさんに可愛がってもらって、気がついたら眠っていて、起きたらマルコさんがいてまた可愛がってもらって、案の定筋肉痛で動けなくてマルコさんに笑われた。けど、笑われても恥ずかしくはなくて、笑うマルコさんが可愛くて幸せで仕方がない。

「マルコさん」
「ん?」
「えへ、なんでもないです」

私は、マルコさんに一日中ベッドの上で可愛がってもらったのだった。
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