パイナップルからはじまる恋

「すみません。パイナップルありますか?」

閉店間際、視線を上げるとビシッとスーツを着た大きなパイナップルおじさんがいた。"パイナップルおじさん"だなんて、今までの人生で一度も言ったことも思ったこともなかったけど、その言葉が自然と出てきてしまうほどおじさんの髪型がパイナップル。しかもこの髪型をさせて違和感を抱かせず、寧ろその髪型以外に似合うものはないのでは、と思わせてしまうほどお似合いなのだから驚かない方が無理だと思う。

「あ、店員さんではなかったですか?すみません」
「あっ、こちらこそ失礼しました!パイナップルでしたらこちらにあります」

お客さんをじっと見つめるなんて、なんて失礼なことを。慌ててパイナップルの棚に案内して今の時期なら国産も売っていると説明すれば、パイナップルおじさんはしばらく陳列棚を眺め、これを、と一つ手に取り私に差し出す。

「パイナップルがお好きなんですか?」
「えぇ」
「美味しいですよね」
「えぇ。それに、丸かじりできるので楽ですよね」

ま、丸かじり?それは無理なんじゃ、と思いながらパイナップルをビニール袋に入れ、店の前までお見送りをすれば、パイナップルおじさんはわざわざありがとうと丁寧に頭を下げてくれた。

「ありがとうございました」
「また来ます」

行き交う人が小さく見えるほど本当に大きなパイナップルおじさんは、他の店に入ることなく商店街を去って行った。

「随分と大きな方だったわねぇ」
「お母さん、おかえり」
「はい、ただいま。店番、ありがとう」
「いいよ。なら、閉めちゃうね」
「レジは母さんやるわ」
「うん」

それから一週間後、パイナップルおじさんは閉店間際にまた来てくれて、今日もパイナップルかと尋ねると自分を覚えているのかと聞き返される。こんな特徴的な人を忘れられる訳はないと答えたかったけど失礼に当たると思い、笑って返すだけにした。パイナップルおじさんは他の果物など見向きもせずに目的の陳列棚へ向かって行き、どれを買おうか吟味をし始めたので美味しいものを食べてもらおうとそばへ行く。

「今日はこれがちょうど食べ頃ですよ」
「そうなんですね。なら、これを」

私のおすすめを選び、お会計をしているとパイナップルおじさんは鞄から何かを取り出した。パイナップルおじさんの大きな手にすっぽり収まっていたそれは広げられ、袋となり、これに入れてくれと差し出される。

「……ふふ」
「?」
「あ、すみません。その袋が可愛くて…ふふ」
「あぁ、これ、気に入っているんです」

良い柄でしょう?と差し出されたのはパイナップル柄のエコバッグ。どこで売っていたのかと尋ねれば、偶々百貨店に行った時に見つけて即買いしたと教えてくれた。本当に好きなんだなぁとパイナップルおじさんが可愛く思えて笑っていると、パイナップルおじさんもつられたのか笑っていた。あ、笑顔も可愛い。

「今日もありがとうございました」
「来週もまた来るよい」

よい?と思いながら店の前までお見送り。パイナップル柄のエコバッグにパイナップルを入れて帰って行く笑顔が可愛いパイナップルおじさんは、今日も他の店に寄ることなく商店街から去って行った。
その後もパイナップルおじさんは週に一度来てくれる。スーパーにも百貨店にもパイナップルは売っているはずだけど、パイナップルおじさんこと、マルコさんはこの一ヶ月毎週来てくれて、私はマルコさんと立ち話をする間柄になった。

「マルコさん、いらっしゃいませ」
「よう。おつかれさん」

今日もスーツを完璧に着こなすマルコさん。そして何と今日はネクタイにワンポイントのパイナップルが刺繍されていた。そこまでパイナップル好きを主張しなくてもと可笑しくて笑っていると、マルコさんが首を傾げてきたのでネクタイが可愛い、と伝えればこれは特注品だと何故か自慢げ。さらに、裏地はパイナップル柄だと見せてくれるので笑いが止まらない。

「ふふ、見てるだけでお腹いっぱいですよ」
「くく、見てるだけで腹は膨れねぇよい」
「今日はどれにしますか?」
「そうだねい…」

マルコさんはここに来ても、やはり商店街の他の店で買い物をしている様子はない。精肉店も鮮魚店も、小さいスーパーもあるのに本当にパイナップルだけを買いにここへ来ているようだった。

「偶には違う果物もどうですか?」
「嫌いじゃねぇが、パイナップルがいいねい」
「マルコさんはパイナップルに取り憑かれすぎです。食べ過ぎ注意ですからね」
「分かってはいるが、ついつい食べちまうんだよなぁ」

困ったものだと笑いながら今日のパイナップルを選んだマルコさんは、いつものエコバッグを出してくれたのでそれにパイナップルを入れる。店の前までお見送りしようとすると、違うお客さんが来て声をかけられたので今日は後ろ姿を眺められそうになかった。

「マルコさん、また来てくださいね」
「よいよい」

また変な可愛い口癖だ。マルコさんはスーツを着こなす人なのに、可愛いところが多すぎでは?おじさんを可愛いと思う日が来るとは私も歳かなぁなんて思いながらお客さんの対応をしていると、母が帰ってきた。そしてパイナップルの棚を見て、あら、と何かに気づく。

「マルコさん、来てくれたのねぇ」
「うん。そういえば、マルコさん、商店街に来てもいつもパイナップルしか買わないんだよ。何でだろうね?」
「そうなの?他の物は違うところで買いたいのかしら」

なんでだろうね、と母と話していた次の週、マルコさんはキャリーケースを持ってご来店。これからどこかに行くのかと聞いてみると、ちょうど出張から帰って来たのだと教えてくれて、そのままここに来るほどパイナップルが食べたかったのか、と今日のおすすめを伝えればマルコさんは即決。

「あ、マルコさん、お魚好きですか?」
「まぁ、好きな方だが」
「これ、良かったらもらってください」

商店街の鮮魚店でもらったお魚を見せれば、マルコさんは捌けないからと断ってきた。それなら捌いた魚ならもらってくれるかと聞くと、困った顔をしながら完成されていないと難しいと言う。

「料理は苦手でねい…家には包丁もねぇんだ」
「そうなんですね。…?、マルコさんは一人暮らしなんですか?」
「?。そりゃ、独り身だからねい」

マルコさんがパイナップルを丸かじりしているのは包丁がないからか。でも、包丁がないからと言って丸かじりはさすがに…。
もらってくれるとこちらとしても助かるのでどうしようと魚を見つめていると、母が私達の話を聞いていたのか少し待てるかとマルコさんに聞いた。

「こんなにお魚があっても困ってしまうから、簡単なもの作ってお渡ししたらどう?」
「それいいね。マルコさん、今日の夕食決まってなければ少し待っててもらえますか?捌いて焼くだけで時間はかかりませんのでもらってください」
「え?いや、そこまでして貰わなくても…」
「あ、マルコさん手料理を食べるの苦手ですか?」
「苦手じゃねぇが…」

なら決まりだと私と母でマルコさんを店の奥の部屋に案内し、店を母に任せて私は台所に向かう。魚を3枚におろして塩焼きにして、出張から帰ってきたばかりならお腹が空いてるだろうから作っておいた私と母の夕食をタッパーに詰めて紙袋にいれた。

「あら、職場はこの辺りではないのですね」
「えぇ」
「ならお住まいがこの辺りとか?」
「いえ、中央区の方です」
「?」
「マルコさん、お待たせしました」

首を傾げている母を不思議に思いながらマルコさんに夕食セットを渡せば、魚だけじゃなかったのかと驚かれる。電子レンジはあるだろうと確認すれば、あるようなのでお家で温めて食べてもらおう。

「苦手なものあれば捨ててくれて大丈夫ですからね」
「全部お前さんが作ったのか?」
「はい。お口に合うかは不安ですが、不味くはないと思います」
「…ありがたくいただくよい」

紙袋の中身をしばらく凝視していたマルコさんは、ありがとうと可愛く笑ってくれて、それを見た母があら、と小さく溢す。
その後、マルコさんは今日のパイナップルを買うと商店街を去って行った。

「マルコさんと何話してたの?」
「ん?ふふ、何でもないわよ〜」
「なんでお母さんご機嫌なの?」

翌週、マルコさんは紙袋を二つ下げて来られた。いらっしゃいませ、よう、と声を掛け合うとマルコさんは両方の紙袋を私に差し出す。

「飯、すげぇ美味かった。ありがとよい」
「いいえ。お裾分けですから」
「これ、飯の礼」

渡されたのは、友だちが美味しいと言っていた洋菓子店のお菓子。これはどう考えてもあげた以上のものを貰っているので遠慮すると、マルコさんは悲しい顔をしながら私を見てくる。

「これ、嫌いだったか?」
「いえ、嫌いではないですが…」
「なら貰ってくれると嬉しいよい。貰ってもらわないと、おっさんが可愛い菓子を食べる変な絵面になっちまう」
「…ふふ、マルコさんならお似合いですよ」
「そりゃあどういう意味だ?」
「教えてあげられません。ありがとうございます。大事に食べますね」
「よいよい」

その夜、母にお菓子を見せると、その店はいつも女性客の行列ができる人気の店だと教えてくれて、その行列にマルコさんが並んでいるのを想像したらなんだか可笑しくて笑ってしまう。仕事もあるだろうにわざわざ並んで買ってきてくれたことが嬉しくて、来週もう一回お礼を言おうと思ったけど、残念ながらマルコさんは来なかった。
この二ヶ月毎週欠かさず来てくれたから、週に一度の楽しみになっていた私は少し寂しく感じる。まぁでも、お客さんがぱったりと来なくなることなんて珍しくないから、母とそんなものだと話していた。

「…よう」
「あ、マルコさん、いらっ…」

その翌週、聞き慣れた声がして来てくれたと嬉しくなって、いらっしゃいませ、と言おうとしたけど、マルコさんを見て言葉が続かなかった。マルコさんの顔がとても疲れていた。そんなマルコさんは私を見ると何故かホッとした顔をして、いつもの陳列棚に向かっていく。今日はこれが食べ頃だと伝えると、マルコさんはならこれにする、と手に取って私に渡してきた。そんなマルコさんの表情は本当にお疲れで、まさかそんな体でパイナップルだけを食べるつもりなのかと聞いてみれば、まぁ、と力のない返答がきた。

「マルコさん、お腹は空いてますか?」
「……あぁ、そういやぁ、朝から何も…」
「今日、夕食のご予定はありますか?」
「…いや、特にはねぇが…」

反応の鈍いマルコさんを店の奥の部屋に案内し、私は急いで台所へ向かう。今日のメニューはマルコさんの好きなものが入っているから、少しでも元気になってくれると良いな。そしてこのまま夕食セットを持たせて帰らせたら食べずに終わる気がするのでここで食べてもらおう。

「マルコさん、これどうぞ」
「…酢豚?」
「パイナップルたくさん入れましたよ」
「これもお前さんが?」
「はい」
「……」

マルコさんは目の前の酢豚を眺めるだけで反応がない。パイナップルが好きならと思ったけど、料理に入っているパイナップルは苦手だったのかな。
疲れているマルコさんを見て起こした自分の行動がお節介すぎたかと思い直し、料理を下げようとすると手を掴まれる。

「食いてぇ」
「…無理して食べなくても大丈夫ですよ」
「無理してねぇ。食べてもいいかよい?」
「はい。どうぞ召し上がれ」
「いただきます」

丁寧に手を合わせ、箸と茶碗を持って酢豚を掴み小さく口を開けて口に含む。黙ってもぐもぐ口だけを動かすマルコさんが可愛くて眺めていると、マルコさんはもう一度酢豚を食べて、今度はご飯を食べ、次はサラダ、次は酢豚と交互に食べ進め、うめぇ…としみじみと言ってくれるものだから私も嬉しくなる。

「まだありますから、おかわり欲しければ言ってくださいね」

マルコさんはそれから遠慮がちにご飯を一回おかわりをして完食すると、皿洗いならできる、と洗ってくれた。ただ、慣れていないのか少しぎこちなくて、隣でハラハラしていたのは内緒。

「今度は行きたい店あれば奢らせてくれ」
「好きでしたことなので大丈夫ですよ。買いにきてくれるだけで十分お礼になってます」
「いいや、それでも俺の気がすまない。俺は酢豚で命を救われた」
「ふふ、そんな大袈裟ですよ」

マルコさんはパイナップルを買うと、店を考えておいて欲しいと言い残し帰って行く。その足取りは来た時よりも軽かったので、本当にお腹が空いていたんだなぁと姿が見えなくなるまで眺めていた。
帰ってきた母が台所を見ると誰かが来たのかと尋ねてきたのでマルコさんに夕食を食べてもらったと伝えれば、うふふ、と何故か楽しそうに笑い出した。この前から母は何かに気付いたようだけど、いまだに教えてくれない。

「そう、父さんね、再来週退院できそうよ」
「…あ、そうなの?」
「本当に助かったわ。でも、手伝うって言ってくれた時にも聞いたけど、この期間が転職活動に響くことはないの?大丈夫?」
「大丈夫だよ。私のことは気にしないで」
「頑張ってね」
「うん」

三ヶ月程前、私が前の仕事を辞めたタイミングで父が転んで足を骨折してしまった。母から店を一時的にお休みするつもりだと聞かされ、まだ転職先が決まっていなかった私から手伝うと申し出たのだ。
その日からスマホで転職サイトを見て、良さそうな求人がないかと探す日々が始まった。良さそうな求人に申し込みをし、あ、証明写真も撮らなくてはと頭の中は忙しくなる。
次の週、マルコさんはいつもより早めに来た。よう、と手を挙げて挨拶してくれるマルコさんにいらっしゃいませと笑いかければ相変わらずの可愛い笑顔で応えてくれる。うん、今日は疲れていないみたいで良かった。

「…来週まで?」
「はい。私は代理で店に立っていただけでしたし、父が戻ってこれば店は回せますので、来週までになります」
「……」
「あ、でもパイナップル買いに来てくださいね。母も喜びますし、父もきっとマルコさんのこと気にいると思います」

お会計をしながらマルコさんにその話をしたら、何故か動揺していて、マルコさんは徐にスマホを出して画面を操作すると眉間に皺を寄せていた。不思議に思いながら店の前でお見送りすると、マルコさんは真剣な顔を私に向けてくる。

「来週、必ず来るからよい」
「?。はい、お待ちしてますね」

その日のマルコさんの足取りは少しゆっくりで、偶に立ち止まって、また歩き出して、去って行った。
そしてマルコさんと会う最後の日。閉店まで残り1分。マルコさんは来ない。母がシャッターを閉めようとしていたので、もう少し待ってと止めているとマルコさんが走って来てくれた。母といらっしゃいと笑いかければ、息を切らしているマルコさんは間に合ったと手を膝につきながら息を整えていて、そんなに急いで来たのかと尋ねればこの歳で走るのはキツいと嘆いた。

「、あの、よい」
「なんですか?」
「……何でもねぇ」
「そうですか?あ、今日もおすすめあるんですよ」

食べ頃のパイナップルを見せればそれを、と決めてくれて、お会計をし、いつもの可愛いエコバッグに入れてお店の前までお見送り。ありがとうございました、と声をかけるとマルコさんは今日も真剣な顔で私を見つめてくる。

「店、決まったか?」
「?」
「酢豚の礼」
「あ、まだ決めてません」
「…なら、」

マルコさんはスーツの胸ポケットからスマホを出して、画面を見せてくる。

「店決めたら連絡くれるかい?」
「え?」
「…おっさんと連絡先交換するの、嫌か?まぁ、そうだよな…」
「あ、いえ、そんなことは…ちょっと待っててくださいね」

慌てて家に戻りスマホを持ってきてマルコさんと連絡先を交換。マルコ、と書かれたマルコさんのアイコンはやはりパイナップル。本当に可愛いなぁとアイコンを眺めていると、マルコさんは必ず連絡してほしいと念を押してきて、遠い店なら車を出すし、高い店でも大丈夫だとも言うので、考えて必ず連絡すると返せば笑ってくれた。

「転職活動、頑張れよい」
「はい。ありがとうございます」

じゃあ、とパイナップル柄のエコバッグにパイナップルを入れて商店街を去って行くパイナップルおじさん。そんなパイナップルおじさんの足取りが今まで見た中で一番軽く見えたのは気のせいかな?

「あらどうしたの?凄く嬉しそうじゃない」
「ううん。なんでもない」

それから、悩みに悩んで、パイナップルのアイコンを押して、ここに行きたいです、と連絡したのは一週間後のこと。
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