01
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朝ごはんは、炊き立ての米と、卵焼き、あとカブの味噌汁だった。感想は言うまでもないので省く。
「お前さ、将来は栄養士かシェフになったら?」
『うん?』
「才能あるだろ。稼げるぞ」
美羽は冷静に、ううん。と首を横に振った。
『料理はあくまで趣味だから。仕事にしたらつまらなくなっちゃうでしょ。だからいい』
「ふーん…」
言っていることは分からなくもない。もったいない気もするが、本人が言うならそうなのだろう。
『サソリくんは?』
「うん?」
『将来何になるの?』
ずずっと味噌汁を啜った。将来、か。あまりまともに考えたことはない。
「…とりあえず、医者かな」
『えっ』
「オレの家系、全員医者なんだよ。ババアもジジイも医者。父母も医者だった」
『……』
美羽はなんだか、納得したような表情を浮かべた。
『あー、だからこんなに立派なお家…』
「このマンション自体がババアの持ち物件だ。一緒に住んではいないが」
美羽はもう驚かなかった。
『住む世界が違うとはまさにこのことね』
オレは無言になる。美羽はふふ、と笑った。
『どうりで、うちのクラスには医者嫁志望の女子が多いわけだ』
「…なんだそれ」
『知らないの?人気なんだよサソリくん。カッコいいし、頭いいし、スポーツもできるし』
それに、と美羽は言った。
『優しいもんね。そりゃモテないはずがないよね』
「優しくねーよ。お前以外の女子とは関わりすらない」
『そこがいいんだって。孤高の一匹オオカミって感じで』
なんでもいいんじゃねーかよ、と卵焼きを口に放り込んだ。
「妄想でああだこうだいうのは辞めろ」
『あれ?モテて嬉しくないの?』
「別に嬉しくない。好きな奴に好かれればオレはそれでいい」
美羽が目を瞬かせる。
『サソリくん、好きな子いるの?』
「……。方便だ。第三者は関係ねーっつう話」
美羽はそれ以上何も聞いてこなかった。前から思っていたが彼女は人と距離を取るのがうまい。触れられたくない話題を、うまく避けてくれる。
まあ、オレに興味がないだけかもしれねえけど。自分で考えてイライラしてしまう。
「お前も男子に人気らしいぞ」
『そうなの?なんで?』
当て付けのように答える。
「胸がでかいから」
『…はっ、えっ!そこ!?』
美羽は顔を赤らめながら胸元を隠した。オレは再び味噌汁を啜る。
「だから気を付けろって言ってんだよ。男はそういうことしか考えてねーんだから」
『……』
美羽は黙っている。
オレは朝食を綺麗に片付けて、皿をキッチンに運ぶ。自然と、洗い物はオレ担当になっていた。
時刻は午前10時だ。早く美羽を家に帰してやったほうがいいだろう。親もきっと心配している。
「はやく食え。送ってやる」
美羽は口をモゴモゴさせながらオレを見た。
「男の家泊まってるとはさすがに言ってないだろ。最寄り駅まで送る」
美羽は口の中のものを呑み下し、牛乳を口に含んだ。
『それなんだけどね』
美羽は神妙な面持ちである。
『まだ、サソリくんと一緒にいたいと思ってるんだけど』
「……」
『…ダメかな?』
無言でいるオレに、美羽はまた上目遣い。
『お掃除がね』
「……」
『気になったところがあって…よかったら泊めてもらったお礼にしたいなと思ってるんだけど』
やっぱりそういう話か。オレは無言で美羽を見続ける。彼女は目をキラキラと輝かせながら、『いい?』と聞いた。その姿に、どうしても否定の言葉が出せなかった。
****
美羽は先ほどからあっちにせかせかこっちにせかせか。手伝おうとソファーを立つと、『サソリくんはゆっくりしてて!』と制される。なんなんだ本当に。
スウェットから着替え、美羽はオレのTシャツを着ている。背が小さいので下を履かなくてもロンTワンピース状態である。靴下を履いてスニーカーを履けば、カジュアルファッションとして違和感もないだろう。
まじで、オカンみたいだと思った。むしろ世の母親はアイツほど働いているのか疑問である。なんで彼女はオレのためにこんなに献身的になれるんだろうか。
ピンポーン
その時だった。玄関のチャイムの音が鳴り、オレはドアフォンを確認した。げっ、と思い、すぐさま画面を消す。不思議そうに美羽がこちらを見た。
『どうしたの?』
「いや。間違いだ」
『ふーん…』
またピンポーン。ドアフォンが画面を映す。美羽があれ、と声を出した。
『デイダラくん達じゃない』
「あー…」
『約束してたの?』
「いや。アイツらはいつも勝手に来る」
美羽はまたふふっと笑った。
『仲が良いのね』
「腐れ縁だ」
話しているうちにまたピンポーン。
『…入ってもらったら?』
美羽の言葉に、オレは盛大にため息をついた。
****
「おっせーよサソリ。はやく開けろよ」
ドアを開けるなり、奴等はドカドカと家に押し入ってきた。制しながらオレは答える。
「今日は無理だ。帰れ」
「えーなんで?うん」
「先客がいんだよ」
「先客?」
察しのいいイタチが、玄関にある女子もののローファーを見ていち早く気づいたようだった。
「…今日は帰ろうか」
「え、なんでだよイタチ」
「っあー!女子の靴!彼女か!?」
飛段が目を輝かせながらオレに詰め寄った。彼女じゃない。オレは冷静に答える。
「またまたあ。休みの日に家に上げるなんて彼女以外ねえだろ」
「ご挨拶しなきゃ、うん」
尚も上がってこようとする奴らを制する。
「だ、か、ら!帰れっつってんだよ!」
「やだ。不細工な彼女の面拝まねえと帰らない」
「不細工なわけないだろ」
「なんだ、やっぱり彼女なんじゃん、うん」
「だから違うって…」
『こんにちは』
その時だった。リビングから、彼女が顔を出した。奴らがギョッとしているのがわかる。
「えっ…月野さんじゃん」
「なんだよ!不細工じゃねーじゃん。つまんねー」
だから何故不細工を期待されているんだ。
まだギャアギャア言っている奴らを見ながら、美羽は普段通りの穏やかな顔で笑った。
****
私は掃除してるだけだから、お気になさらず。
美羽はそう言って今度は寝室に篭った。掃除機の音が遠くから聞こえる。
「サソリのオカンは月野さんかー」
プレステを勝手に使いながら飛段が言った。オレは無言で雑誌のページを捲る。
「隠さなくていいじゃん。ぜってー不細工だから公表したくないんだろうなと思ってたのに」
不細工を期待されていたのはそういう理由らしい。
オレは何度目かのため息をついた。
「いやだから彼女じゃねーし」
「彼女じゃなきゃなんなんだよ」
そんなのオレが聞きたいくらいである。
「…オトモダチ」
「友達が弁当作ったり休みの日に掃除しにきたりしねぇだろ」
「そうだけど。アイツの中ではあれが普通らしいんだよ」
オレにすら分からないことを質問してこないで欲しい。
飛段は納得いかなそうにふーん、と言った。
「…で?」
「?」
「とぼけんなよ。ヤッちゃったんだろ?どうだった?」
無言で頭を叩く。
「だからそういうんじゃねぇって言ってんだろが」
「またまたあ。制服かけてあるってことは泊めたんだろ。ヤらないわけねえじゃん」
「それは…昨日の雨で帰れなくなって困ってたから、それで」
概ね事実である。というか、これ以上の情報を与える必要もない。
同じくプレステをしていたデイダラが、ニッと歯を見せて笑った。
「旦那は本命には忠実だもんな」
「本命って…」
「好きなんだろ?」
その言葉に押し黙る。えっ!と飛段がまた目を輝かせた。
「やだ!サソリちゃんそういう感じ!?」
「…本人に言うなよ」
肯定と取られても致し方ない。しかし否定はしたくなかったのだ。
飛段はへー、ふーん、あのサソリがー、と何やらうるさい。無視無視。
「意外だな」
「何が?」
「サソリが好きになる女って、なんかこう…もっと特殊かと」
「特殊って…まあ美羽もある意味特殊だけど」
「美羽!?名前呼び!?」
「…悪いかよ」
改めて言われると気恥ずかしい。
皆が感心した様子でオレを見ている。
美羽かー、美羽ちゃんねー、と中身のない会話。なんなんだ本当に。
「腹減ったー。出前頼もうぜ出前」
飛段がプレステのコントローラーを投げながら言った。人のもんだからって雑に扱ってんじゃねーよ。
「何にする?蕎麦?うどん?寿司?」
「肉がいい!肉!」
「出前で肉はないだろう…」
オレは顔を上げた。
「美羽に聞いてくるわ。アイツの意見優先」
「っかー!フェミニストかよ。サソリちゃんそんなキャラだっけ?」
「ちげーよ。ただこんなにやってもらって蔑ろにするわけにいかないだろ」
腰を上げて、寝室に向かう。
掃除機はかけ終えたようで、今は無音だった。トントン、と扉を叩く。
美羽からの返事はなかった。