13
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
奴らはちゃっかり美羽の作った夜飯を食って帰って行った。
時刻は21時。まだ両親はどちらも帰ってこない。
『サソリ、もう寝たら?』
リビングで新聞を読んでいるオレに美羽が声をかけてくれる。しかしオレは首を横に振った。
「真広さんに挨拶したいから」
『お父さん多分まだ帰ってこないよ。帰りは22時くらいだもん』
待ってるよ、とオレ。美羽は腑に落ちない表情である。
『まだ本調子じゃないでしょう?明日でもいいんじゃないの?』
「3日間顔合わせてないの、さすがに失礼だから。待たせてくれ」
美羽はそれ以上は何も言わなかった。キッチンに行って、すぐに戻ってくる。
『どうぞ。ホットミルク』
マグを受け取り、礼を言う。疲れた胃に少しだけ甘みを加えられた牛乳が優しい。
『お母さんも遅いね』
「そうだな」
シン、と部屋は静まり返っている。時計のコチコチという音だけが響いた。
無音の状態でも、もう気まずくはなかった。
それを負担に思わないくらいにはお互いに打ち解けている。
「ただいまー」
その時、玄関の鍵が開き真広さんが帰ってきた。美羽がすぐに玄関に向かう。
少し遠くで、今日は早かったね、ああ、後でママを迎えに行くから、と会話しているのが聞こえた。
「…あれ?サソリくん。もう体調はいいのかい?」
リビングに来た真広さんがすぐにオレの存在に気付いた。オレは椅子を立ち、頭を下げる。
「はい。だいぶ良くなりました。ご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした」
真広さんは笑う。
「そんなに気にしなくていいよ。楽にしてくれていいから」
促され、再び椅子に座る。美羽はこちらを気にしながら、すぐご飯の準備するね、とキッチンに消えていった。
次に訪れた無音は、胃が痛くなる気まずさであった。
「サソリくんは」
オレは顔を上げる。真広さんは新聞を広げながら続けた。
「美羽と随分仲がいいみたいだね」
言われて、否定することは勿論できない。
「仲良くしていただいています」
「恋人という認識でいいのかな」
「……」
少しの沈黙の後、はい、と答えた。
真広さんは驚かなかった。やはりわかってはいたのだろう。
「男と接触させないためにわざわざ馬鹿高い私立の女子校いれたんだけどね。たった数ヶ月でやられたもんだ」
「…すみません」
いや、と真広さんは笑う。怒ったような様子はなかった。
「いろいろ聞いてるだろ。中学までのこと」
「…少しだけです」
そうか、と真広さんは相変わらず新聞に視線を落としたまま呟く。
「昔から、心優しい子だったんだ」
暫しの沈黙の後、真広さんは話し出した。
「凄く気遣い屋で、我が儘の一つも言わない。僕たちの手を煩わせたことは本当に一度もなかった」
オレは黙って真広さんの言葉に耳を傾ける。
「勉強も運動も部活も、それなりに出来てて。家ではああしてなんでも家事をやってくれて。常にニコニコしてて、ママとも仲が良くて、僕のことも気遣ってくれて」
「……」
「それが、彼女の普通だと思い込んでた」
ふう、と真広さんは息を吐いた。
「本当はずっと昔から無理してたんだろうね」
「……」
「学校に行けなくなって、一時部屋からすら出られなくなって。その時初めて気づいた」
「……」
「僕たちの家庭は美羽が犠牲になることによって成り立ってたんだって」
オレは何も言えなかった。ただひたすら、真広さんの話を心に刻む。
「本当に、何もかもあの子が一人で抱え込んでた。それに疑問すら感じてなかった」
「……」
「子供を産みさえすれば親になれると思っていた僕たちの怠惰の結果だ」
後悔してもしきれない、と真広さんは呟いた。沈黙が訪れる。
「サソリくんは、後悔していることってあるかい?」
尋ねられて、少し考える。
「あります。両親のことで。親孝行も全く出来ないままだったので」
でも、とオレは続けた。
「優しい両親だったので。きっとオレが過去を悔やみながら生きることを望んでないと思うんです」
「……」
「時々思い出して、どうしようもなく辛くなる時もありますけど。できれば前向きに生きていこうって。娘さんのおかげでそう思えるようになりました」
娘のおかげ?と真広さん。オレは首肯する。
「オレ、可哀想って思われるの嫌いなんです。両親が死んでから皆腫れ物を扱うような感じで、うっとうしくて」
「……」
「でも娘さんは事情を知っても、一度もオレのことを可哀想だと思わなかったみたいなんです。それが凄く心地いいというか…逆に救われた気がして」
「……」
「ああ、オレ全然可哀想じゃないよな。両親が死んでもオレはオレだよな。普通の人間だよなって。初めて思えたんです」
真広さんは黙っている。少し喋り過ぎてしまったと後悔した。すみません、と謝るオレに、構わないから続けてくれ、と真広さん。
オレは頭の中で言いたいことをかいつまんだ。
「オレも彼女のことを可哀想だと思いたくないんです」
確かに彼女の過去は幸せとは程遠い。しかし、不幸だとも思わなかった。
「真広さんと真白さんに育てられたからこそ、あんなに優しい子に育ったんでしょうね。見ててわかります。ご両親に凄く愛されて育ったんだろうなって」
「……」
「周りが敵しかいない中、それでも彼女が戦ってこられたのは他でもなくご両親のおかげなんですよ」
ふんっ、と真広さんが鼻を鳴らした。差し出がましいことを言ったのだとすぐに気づいた。
「すみません。偉そうなこと言って」
「いや。君は本当に、美羽のことをよくわかっているね」
「?」
「…多分、彼女も。哀れまれたり、謝られたいわけじゃなくて。僕たちに今までよく頑張ったねって、褒めて欲しかったんだろうね」
君に言われて初めて気づいた。と真広さん。
「君が多分、僕たちの役目まで果たしてくれてたんだろ?」
「…いえ、そんなことは」
「高校に行くようになってから、美羽は本当に明るくなった。それこそ、中学まで無理をしていたのがどうしてわからなかったんだろうと思ってしまうくらいに」
「……」
「君が美羽の全てを受け入れて、認めてくれたんだろう。本来それは僕たち親がすべきことだったのに」
「……」
「結局僕たちは美羽の本来の姿を、認めてあげられてなかったんだろうね」
「これから認めてあげてください」
間髪入れずにオレは言った。真広さんが初めて顔を上げる。
「貴方達の娘は、本当に素敵な女性です。育てて頂いて心から感謝しています」
「……」
「勉強も運動もできなくてもいいんです。できないことは、オレが支えます。そう思うくらいには、オレは彼女に支えてもらってきました」
「……」
「彼女には彼女の良さがあります。他人にはわかってもらえなくてもいいんです。オレとご両親がわかってさえいれば、それでいい」
「……」
「…だから、お父さんも。これ以上ご自身のことを責めないでください」
真広さんがパラリと新聞を巡った。その横顔からはなんの感情も読み取れない。
また、熱くなってしまった。オレは何度目かの、すみません。
「サソリくんは…なんていうか。可愛さが足りないよね」
「は…?可愛さ、ですか?」
確かに可愛くはないと思うが。不審そうな顔をしているオレに、ぷっと吹き出す真広さん。
「子供らしくないってことだよ。言っていることが正しすぎて逆に面白くない」
「はぁ…」
微妙なリアクションのオレに真広さんはふ、と顔の筋肉を緩めた。
「ありがとう。こんなおっさんを慰めてくれて」
「…慰めじゃないです。真実を言っただけで」
デジャヴだな。と思った。真白さんにも同じセリフを言った覚えがある。
真広さんはふーっと深いため息をついた。
「認めざるを得ないなぁ」
「はい?」
「娘が彼氏を連れてきた時。どんな奴を連れてきても絶対に認めないつもりだった」
「……」
「でも君は、完璧だよ。否定するところがひとつも見つからない」
「いえ…そんなことは」
「その完璧さが逆に鼻につくけどね」
ぐっと押し黙るオレに、冗談だ、と真広さん。
「これからも娘をよろしく頼む」
真広さんはオレの目を真っ直ぐ見て言った。
「ただ、娘を傷つけたら許さないからそのつもりで。なにか不備があったら、その時は娘をすぐに返してもらうよ」
あと、君のお父さんになった覚えはないから。真広さんは素っ気なく言った。
オレはその言葉を聞いて、驚きながらもはっきりと。はい、と答えた。
「大事にします」
「……」
「これからはオレが、彼女を守ります。約束します」
真広さんは小さく笑って、それきり何も言わなくなってしまった。