01
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
タクシーを拾って家に帰り、とりあえず風呂に押し込んだ。
タオルを用意して脱衣所に入る。まだシャワー音がする。考えてはいけないが裸の美羽が一枚扉の向こうにいると思うとドキマギしてしまう。童貞の中坊かよ。
濡れた制服が洗面台に置いてあるのを見つけ、洗濯してやろうと持ち上げた。すると、白いブラがぽろっと落ちる。ギョッとして、制服を再び置きなかったことにした。
「タオルと着替え、置いとくから」
声をかけると、か細い声でありがとう、の返事。かなり傷ついている様子である。そりゃそうだよな。痴漢にあう女の恐怖は、男には計り知れない。
リビングに戻り、どうしたもんかと考える。考えたところで、こんな状況の正解などわかるわけがない。
とりあえず、無音だと緊張させそうなのでテレビをつけることにした。夕方のニュース番組。無難な内容である。
『サソリくん』
しばらくぼーっとテレビを見ていると、美羽が顔だけ出してこちらを見た。まだ服を着ていない様子にビビる。
『ドライヤーあるかな。ちょっと…下着乾かしたくて』
「ああ…洗面台の下にある」
『ありがとう』
美羽は再び脱衣所に消えた。暫くしてドライヤーの音。無事見つけられたのを音で確認する。
そういえば、オレも濡れているんだった。こんなに不快なのに、なんだか色々混乱して気付かなかった。
タオルを取り出して、とりあえず身体を拭く。美羽がでたらオレもシャワーを浴びよう、と考えた。
数分後、美羽はこちらにやってきた。貸してやったスエットがだぼだぼである。ズボンを履いていなくても膝下まで覆われている。恐らく俺たちの身長差は20センチ近い。こうなるのは妥当だろう。
「ごめんな、服がなくて」
『…ううん』
美羽は小さくかぶりを振った。オレは彼女にソファーに座って待つように促し、自分もシャワーに向かった。
あまり待たせると悪い気がして、軽くシャワーで流すだけに留める。先程まで美羽がここにいたと考えると正直勃ちそうになってしまった。しかし痴漢にあって傷ついている彼女にそんな気を起こすのはどう考えても間違っている。気持ちをなんとか落ち着かせた。
身体を拭いて服を着る。リビングを覗くと、美羽がソファーに身を沈めながらぼーっとテレビを見ていた。
オレの姿に気づき、美羽は顔を上げる。
「制服。嫌じゃなかったら洗うけど」
どうする?と聞けば、美羽は迷ったように目を泳がせた。
答えが聞けそうにないので、オレは続ける。
「オレのも洗うから、洗っちゃうな。乾燥機あるからすぐ乾く」
美羽は何も言わない。下着はないし大丈夫だろうと、個人の判断で洗濯機を回す。滅多に使わないドライボタンを押した。
リビングに戻ると、美羽はまたか細い声でありがとう、と言った。テレビをつけておいて正解だ。めちゃくちゃ気まずい。
外の雨は激しさを増している。制服が乾いたところで、タクシーを拾えるだろうか。彼女の家まで、駅では3駅ほどある。
オレは少し悩み、美羽に声をかけた。
「制服洗って乾くまで2時間ってところだと思うが。どうする?」
『……』
「タクシー拾って帰るか。ただこの天気だとな…」
天気が悪ければタクシーも出払ってしまう。現在の時刻は18時だ。20時を過ぎてタクシーを拾い、家に帰れるか。微妙である。
美羽は俯いたまま何も言わない。オレは悩んで、まあ提案するくらいならと口を開く。
「お前が嫌じゃなかったら泊まっていってもいいぜ」
『!』
美羽が驚いたようにオレを見た。やはりまずかったか、と後悔する。
「すまん。男が女に軽々しく言うべきことじゃないな」
『……』
美羽は机の上に置いてあるスマホに手を伸ばした。なにやらポチポチLINEをうっているようだ。美羽はちらっとオレの顔を見た。
『親に聞いてみる』
「…ああ」
そりゃそうだな、とオレは納得した。普通の家庭は親に聞くよな。
キッチンに向かい、ケトルに水を入れた。スイッチを入れる。いつも使っているマグと、今日はもう一つ取り出す。
そこで果たして美羽はコーヒーを飲めるのか?と疑問が湧いた。オレは彼女のことを何も知らないのだ。
「美羽」
『うん?』
「お前コーヒー飲める?」
美羽は数秒の間の後、飲めると答えた。オレはキッチンに戻り、自分のマグにはコーヒー粉を通常量入れお湯を注いだ。美羽のマグにはほんの少量のコーヒー粉を入れ、なみなみと牛乳を注ぐ。そしてレンジで30秒チンした。
それを持ってリビングに戻る。美羽はもう、スマホを置いていた。
マグを渡すと、また驚いたように『ありがとう』。
「気遣うなよ」
『え…』
「どうせコーヒー飲めないんだろ」
オレの言葉に美羽は押し黙った。どうやら図星のようである。
美羽はずずっとマグの中身を啜った。
『いいって』
「?」
『親。先方がいいなら泊まらせてもらいなさいって。帰ってくるの危ないから』
自分で提案したものの、オレは何も答えられなかった。美羽が不安そうな瞳でオレを見ている。
『ごめん。やっぱり帰った方がいい?』
「…いや。どうせ明日休みだし。泊まってけ』
美羽と距離を取って床に座る。すると無言で、美羽がソファーの横をトントン。
どうやらソファーに座れと言っているようだ。悩んだものの、オレは無言で移動する。
ギシッとソファーのスプリングが軋んだ。二人分の体重を受け入れたそれが、いつもよりひしゃげている。
『…ごめんね』
美羽がポツリと言った。
『変なところみせちゃって』
「…お前が悪いわけじゃないだろ」
先ほどの光景が脳裏に浮かび、直様打ち消した。
見たくもないテレビに目を向けながら、コーヒーを啜る。
「まあ、よかった。たまたま通りかかって」
『……』
美羽は小さな声でありがとう、と言った。
オレはいつも彼女から謝罪と感謝の言葉しか聞いていない気がする。
思い出したようにぐう、と腹が鳴った。昼のまずい定食以来何も食べていない。
何か食べ物、と思ったところで、うちには本当に何もないのだと気づく。やろうと思えばできるが、自分一人のために料理する気にはならないのだ。
ちら、と外を見た。雨は相変わらずである。デリバリーも厳しいだろう。
「オレ、何か買ってくるわ。腹減っただろ」
『え…雨凄いよ。やめた方がいいんじゃない?』
「そうしたいのは山々だが…まじで家になにもねえんだ」
美羽は納得したようにああ、と呟いた。
冷蔵庫みてもいい?と聞かれ首肯する。
『わ、ほんとだ。なにも入ってない。どうやって生活してるの?』
美羽は呆れたように言った。そして申し訳程度にある調味料などをチェックする。
「だから全部外注。金があれば全然困らねえし」
『お米と、卵と牛乳はあるのね。バターもある。野菜…何故かカブがあるね。お肉も魚もない…』
「ババアが勝手に置いてったんだよ」
『ババア?』
「祖母。いらねーって言ってるのに」
ああ、と美羽は納得したように呟いた。腕を組んで何やら考えている様子。
「無理だろ。やっぱり何か買って来る」
『作れるよ』
「は?」
『大丈夫。任せといて』
美羽はニッと悪戯に笑った。
****
『できたよー。オムライスと、カブのポタージュスープです』
美羽はオレの目の前に皿を二つ置いた。まさかまじで作るとは。あんなゴミみたいな材料しかないのに。
美羽はニコニコしながらオレを見ている。悔しくなって、オレは皿をずいと押した。
「カブ嫌いだ」
『またまたあ。子供みたいなこと言わないの』
「……」
『食べさせてあげようか。はい、あーん』
彼女の手からスプーンをひったくる。仕方なく、スープを一口飲んだ。
「……」
『どう?』
美羽の言葉には答えず、オレはもう一度スープを口に含む。美羽が嬉しそうにふふっと笑った。
面白くねぇ。
「絵が下手」
『?』
「オムライスに描いてある絵だ。なんだこれ」
『えー、ウサギじゃん』
「…全然わかんねーよ」
そこは本当である。ウサギ?ウサギってこんな、世界の終末みたいな顔してたか?
美羽は頬杖をつきながら言った。
『味には関わらないからいいでしょ。オムライスにもカブ入れたの』
「……」
『多分大丈夫だよ。細かくしたからね』
食べなくても、美味いんだろうなと確信できた。舌打ちしたくなる気持ちを抑え、オムライスにスプーンを差し込む。そして一口。感想は言うまでもない。
美羽はオレのオムライスのリアクションが悪くないことを確認して、自分もいただきます、と手を合わせた。暫く二人で無言でスプーンを進める。
なんなのだろうか。彼女といると調子が狂う。何を考えているのか全くわからない。
先に食べ終わったオレが、キッチンに皿を持っていった。そのままでいいよと声掛けしてくれた言葉を無視する。
洗っていると、美羽が皿を持ってこちらにやってきた。彼女も食べ終わったようだ。無言でそれを受け取る。美羽は今度は素直にありがとうと言った。指が触れ合い、それだけで気分が高揚してしまう。
本気でどうしたらいいかわからなかった。美羽の行動一つ一つ。わけがわからないくらい愛しいと思ってしまう。こんな気持ち今まで経験したことがない。
タオルで手を拭って、リビングに向かう。美羽はソファーの上で体育座りしている。オレの黒いスエットにすっぽり収まっているその様が、妙に可愛く見えた。
抱きしめたい衝動に駆られて、しかしそんなことをするわけにもいかない。オレは再びソファーに腰掛けた。
『ごめんね』
美羽はまたポツリと話し出した。
『私、中学まで女子校で。男の子のこと苦手というか、あまりわからなくて』
「……」
『どこまでしていいかよくわからなかったの。迷惑がられてるって全然気づかなくて』
「……」
『本当、ごめんなさい』
ぐしゃ、と頭を掻く。先日の出来事が鮮明に思い出された。
「違う」
オレは言った。美羽が不思議そうにオレを見ている。
「迷惑じゃない。むしろ本当に感謝してる」
『……』
「強いて言うなら、慣れてなかったんだ。オレの周りの女は、金目当てか顔目当てかどっちかなやつばっかりで」
『……』
「お前みたいなタイプは、未知で怖かったんだよ」
ごめん、オレは真っ直ぐ美羽の目を見て言った。美羽は黙っている。
「傷つくのが怖くて、こっちから傷つけた。お前のこと、信じて裏切られるのが怖かったんだ」
美羽は暫く黙っていた。テレビのうるさい音と、雨が窓を叩く音。静寂とは遠い環境の中で、近くにいる美羽の呼吸音ははっきりと聞き取ることができる。
『…よ、かったあ…』
口を開いたのは美羽であった。この状況で、彼女は安堵したように胸を撫で下ろした。
『嫌われたのかと思った…』
「……」
『せっかく初めてできた男友達だったのに、嫌われたと思ったら悲しくて』
男友達。その言葉がぐさっと来る。しかしそれを否定できる立場でないのが悲しいところだ。
今オレの気持ちを伝えたら彼女は混乱するだろう。それにあんなことがあって弱っているところに、オレからの好意なんて重いだけだ。今伝えるのはベストじゃない。
「嫌ってない」
むしろ好きだ、と心の中で呟いた。美羽は安心したように笑う。
『本当に、同情とか、可哀想に思ってるとか。そういうことじゃないの。ただ…サソリくん本当に美味しそうに食べてくれるから嬉しくて』
「……」
『だから、迷惑じゃなかったらこれからもお弁当作っていい?』
美羽は上目遣いでオレを見た。これで狙ってないとか逆に凄い。
オレは首を縦に振った。断る理由はなかった。
美羽は本当に嬉しそうに笑った。