12
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
外に出ると冷たい空気が身に染みた。タイツははいているものの、今日はスカートにブーツだ。気合を入れていた朝の自分を少しだけ恨みたくなった。
道ゆく人は恋人に夢中で、誰も私の存在に気づかない。その疎外感が逆に心地よかった。
探すって行ってきたけど。サソリがどこにいるかなんて見当もつかない。
とりあえず駅まで歩き、近くのカフェや本屋を外から眺めてみる。しかしやはりサソリの姿はなかった。どこにいるんだろうか。
「あ、雪!」
チラチラと外から白いものが降ってくる。周りのカップルが、ホワイトクリスマスだねー、と話しているのが聞こえる。
傘持ってないや。サソリは持っているといいけれど。
適当に道を折れ、公園に入ってみる。遊具もない地味な公園のため、人はまばらだ。さらっと流して出ようとしたところで、私は目を疑った。
ベンチの隅で、赤い髪が揺れているのが見える。
『サソリ?』
考えるより先に、声をかけてしまった。虚な目が私を捕らえ、見開かれる。
「…お前、こんなところでなにしてんの?」
『それはこっちのセリフだよ。どうしたの?みんな待ってるよ』
サソリが手元のペットボトルの水をぐびっと一口。
「行こうと思ってたんだけど、ちょっと調子悪くなって休んでた」
『…えっ』
暗くてわからなかったけれど、よく見るとサソリの顔色が少し赤みを帯びている。ゲホッと咳き込むサソリ。完全に風邪をひいているようだ。
『大丈夫?熱あるんじゃないの』
「あー…これ」
私の言葉を無視してバサッとサソリが私の腕に何かを置いた。見ると、鮮やかな赤の花束である。えっ、と困惑する。
『…どうしたの、これ』
「そこの花屋で綺麗だったから。好きかなと」
薔薇の花束なんて初めてもらった。ありがとう、と私。
『綺麗。すごく嬉しい』
心が温かいもので満たされていく。今までの不安だった気持ちが嘘のようである。
サソリは私を見てふ、と笑った。
「喜んでくれて嬉しいけど。それはあくまで脇役」
『…脇役?』
サソリがずいっと紙の手提げを私に差し出した。反射で受け取ってしまう。
「プレゼント」
『…えっ、うそ!』
大きな声が出る。サソリは涼しい顔だ。
『だってプレゼント交換しないって…』
「だからそれはオレから個人的に」
騙し討ちである。こんなことしてくれるなんて聞いてない。そして私はそこで初めて気づいた。
『…もしかして、最近疲れてたのってこれ?』
サソリが首肯する。
「深夜バイトで稼いだ。バーテン」
『えっ、バーテン!?未成年なのに!?』
「別にオレが飲むわけじゃないからいいだろ」
なかなか貴重な体験だった。とサソリ。
『じゃあ、あの電話の時って…』
「ああ。あの時は焦ったな。店長の奥さんがきてて」
『…ちなみになんだけど。奥さんっていくつくらいの人?』
「は?…知らないけど、40半ばくらいじゃないか?」
皐月が言っていた後ろにオバちゃんというのは当たっていたようだった。
みるみるうちに今までの発言が恥ずかしくなる。
私はたまらずサソリに頭を下げた。
『ごめん。ほんとにごめんね、サソリ』
「なにが?」
『…ちょっと、疑ってて。サソリが浮気してるんじゃないかって』
サソリが低い声で、は?と言った。
『だって、最近全然構ってくれなくて。キスもハグもないし。私のこと好きじゃなくなったのかなって』
「…んなわけねーだろ。好きじゃなきゃこんなことしねえよ」
サソリはペットボトルの水をまた一口。
「…本当は、違うやつ買う予定だったんだけど。店頭で見たら、これしかない!って思うやつがあって」
『……』
「予算が想定してたのの倍でさ。でも諦めがつかなくて。死ぬ気でバイト入れたから、ちょっと死にかけた。悪かった。全然構ってやれなくて」
声にならない声で、ううん、と言った。
嬉しかった。言葉では言い表せないくらい。
紙袋を握りしめている私に、サソリは言った。
「見て欲しいんだけど。開けていい?」
サソリに紙袋を渡し、開けてもらう。
真っ白な小箱が顔を出し、私は息を飲んだ。
そこにあったのはピンクダイヤのネックレスである。暗闇の中でもわかるくらいキラキラと輝いている。
「ダイヤよりピンクダイヤの方が似合いそうだったから。こういうの好き?」
言われて、必死で首を縦に振る。よかった、とサソリは笑った。
つけてやるよ、の言葉にまた頷く。サソリが私を抱くようにして首に手を回した。いつもよりサソリの体温が高い。
「さすがオレだな。めちゃくちゃ似合う」
サソリは私の胸元に光るピンクダイヤをみながら満足そうに笑った。私は耐えられなくて必死に目を擦る。
「泣くなよ。喜ぶところだろ」
『……嬉し泣き』
「あ、そ。ほんとお前はよく泣くな」
サソリが呆れたように笑った。
ちら、と視線が下に落ちる。必死に隠すものの、すぐにバレてしまった。
「それ、なに?」
『~っ、この流れで出せなくなったもの』
サソリが頭に疑問符を浮かべる。私は袋をガサっと鳴らしながら言った。
『しょぼすぎて…一応用意したんだけど』
「まじで?何?」
サソリは私の紙袋を受け取る。
観念して答えた。
『…珈琲飲む用の、マグ』
「ああ。いいじゃん。ありがとう。ちょうど欲しかったやつ」
『お揃いが欲しくて!私と、サソリの分』
じゃあ今度うちに珈琲淹れにきて、とサソリが笑った。こんなことになるなら、もっとまともなプレゼントを用意しておけばよかったと後悔する。
あれ?とサソリが紙袋の中を覗いた。
「まだ何か入ってる」
『…あ!?それはちょ、だめ!』
サソリがそれを取り出して首を傾げている。
「なに?手紙?」
『……。いつも、口ではあんまり上手く想いを伝えられないから。手紙だったらいいかなって』
「ふぅん…」
サソリがまた笑った。
「随分分厚いな」
『情緒不安定だったときに書いたから。あーやだ!恥ずかしい!返して!』
「だーめ。後でじっくり読むわ」
サソリは私からの手紙は大事そうにジャケットのポケットにしまった。後悔ばかりである。でも、もう仕方がない。
ゲホッゲホッとサソリが咳をする。外は寒い。早く暖かいところへ。
しかしサソリは首を横に振る。
「まだ無理…動いたら吐きそうで」
『でも、こんなところにいても悪化しちゃう』
私は少し悩んで、そういえば。と思い立った。
ポケットからスマホを取り出す。見慣れた名前を探し出し、コールボタンを押した。
****
15分ほど経った時。見慣れたクラウンが現れた。道端に車を寄せ、運転席と助手席の扉が開かれる。
「美羽」
『ごめん。お父さんお母さん。デート中に』
「そんなのいいのよ。…サソリくん、大丈夫?」
母の呼びかけに、すみません、とサソリ。
母が顔を顰める。
「あらー、これは熱があるわね。辛いでしょう」
「家まで送るよ。さあ乗って」
本当にすみません、とサソリが恐縮している。私はサソリの体を支えながらもう喋らないで、と車に導いた。
後部座席を開け、私は隣に座る。母と父も各々の席に乗り込んだ。
「サソリくんの家、どの辺?」
『市ヶ谷の方なの』
「でも、サソリくんの家ってご両親いないんでしょ?一人になっちゃわない?」
母の言葉に、大丈夫です、と答えるサソリ。
「全然大丈夫じゃないわよ。うち連れてきたら?」
『えっ』
「その方が面倒みやすいし。ねえパパ」
父は暫く無言になった。バックミラーでサソリの様子を確認している。
「…まあ、そうだね。よかったらうち来るかい?」
「いや…そこまでお世話になるわけには」
「子供がなに遠慮してんのよ」
父が車のギアをドライブモードにいれた。サソリはそれ以上は断る気力も残っていなかったのだろう。
暫くして、隣からスヤスヤと寝息が聞こえてきた。