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「イタチくーん、ミスター暁高おめでとう!」
女子がイタチに群がっている。イタチは特段動揺した様子は見せず、ありがとう、と微笑んでいた。
男子のミスターコンテストはぶっちぎりでイタチが一位だったらしい。女子は3年の先輩が一位だったと聞いた。
「美羽ちゃんも。準ミスおめでとう」
『どーせ組織票でしょ。皆何か仕組んだでしょ』
「仕組んでねーよ。普通にお前が二位」
「ていうか納得いかないんだが?あの3年の女よりどう考えても美羽のが可愛いだろ」
サソリがイライラした様子で腕を組んでいる。私は手を横に振った。
『3年の先輩めちゃくちゃ美人だったよ。石原さとみ似』
「お前だって有村架純に似てるぞ、うん」
『はぁ?全然似てないし』
過剰な褒めはかえって不愉快である。私の否定に、サソリも同意した。
「全然似てねぇ。その女優より美羽の方が可愛い」
『どーいう目してんの…』
「えー、準ミスなの?美羽もまだまだねー」
その時。母がまた教室に入ってきた。皆反射で道を開ける。私はチッと舌を打った。
『まだ帰ってなかったの?』
「だって待ち合わせがあるんだもん」
誰との待ち合わせよ、と思ったものの一々突っ込むのもめんどくさい。
『お母さんのおかげで大変だったの!』
「なんでよ。楽しそうじゃないミスコン」
『全然楽しくないの!』
ガルガルしている私に、サソリが仲裁に入る。
「真白さんも。娘が可愛いのはわかりますがあんまりいじめないでください」
「いじめてないわよぉ。ただ見ててイライラするのその自信のなさが」
ふふ、と母が妖美に笑う。
「自分に自信がないからって他人に当たるのはやめなさい。周りに気を遣わせるし、不快なの。あんたが美人だろうが不細工だろうが周りはそんなこと大して気にしてないのよ」
『……』
母は時々、凄く的を得たことを言う。黙っている私に、サソリが代わりに答えた。
「これから自信持たせますから。今はご容赦ください」
「ま、サソリくんがそう言うなら仕方ないわね。美羽。捨てられないように気をつけなさいよー」
『だからまたそういうこと…』
「遅れた。ごめん」
その時だった。
教室がざわざわと色めき立つ。母が嬉しそうに歓声をあげた。
「パパ、おそぉい」
「ごめん。仕事が長引いちゃって」
「真広パパこんにちは」
「皐月ちゃん。こんにちは」
そこには父がいた。仕事から直接向かったのか、スーツ姿のままだ。気を使ったのか弁護士バッチだけ外されている。
私は心底げんなりした。
『お父さんまで…』
「美羽。可愛いじゃないか」
お父さんはニコニコとしながらポケットからスマホを取り出す。それをずいと押し返した。
「撮影禁止です」
「何故?可愛い娘の姿、撮っておきたい」
「っかー、美羽の父ちゃん!?」
「とんでもねぇイケメンだな、うん」
お父さんは周りの皆にどうも、と会釈する。
「美羽がいつも大変お世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
「あれ?君うちはさんとこの御子息じゃないか。美羽と同じクラスだったんだね」
「どうも。父が大変お世話になっております」
イタチの父は警察官らしい。ということは、私の父と関わりがあってもおかしくない。
それにしても、と父はクラスをぐるっと見回した。
「やっぱり公立校は大分雰囲気が違うね」
その発言が、あまり好意的ではないのはすぐにわかった。私は反論する。
『見た目はこんなだけど皆いい人たちよ』
「こんなのってひでーな」
飛段が笑う。父は飛段を見た。
「まあ、美羽の話聞いてるとそうなのはわかるけど」
「あれ、家で褒めてくれてんの?」
『別に褒めてはない』
「褒めてるわよー。特にサソリくんのことね」
母がサソリに話を振った。そこで気付く。そういえば、サソリ。
「……」
サソリは私の一歩後ろで完全に顔を引きつらせていた。当然である。彼は父と初対面なのだ。
サソリ?と父がキョロキョロする。
私は慌てた。
『いや!なんでもない!お母さん変なこと言わないで!』
「えー、別に変なこと言ってないわよ。紹介してあげれば?」
「紹介?」
父の眉間にシワが寄る。皆の視線がサソリにうつった。
サソリは首に手を当てて立ち尽くしていた。彼が困ったときにする癖である。
「君?サソリくん」
すると父はその視線の先にいるサソリに直ぐに気付いた。サソリは少し目を泳がせた後、はい、と観念したように言った。
ふぅん、と父がサソリを値踏みするように見る。
「君、美羽のお友達?」
「……」
サソリが私をチラッと確認した。完全に助けを求めている目だった。こんなに弱ったサソリを見たのは初めてである。
私は迷わず答えた。
『そう、友達!』
「ふぅん、友達ねー」
『お母さんは黙ってて!』
母をきっと睨む。彼女は相変わらず呑気にニコニコしていた。
お父さんはサソリに頭を下げる。
「いつも娘が世話になってるみたいで。ありがとう」
「いえ…こちらこそ…」
「サソリくんはママとも仲良しなの。ね、サソリくん!」
母がまたサソリの腕に抱きつく。何故この人はこんなに話をややこしくしたがるのか。
『だからお触り禁止!』
「えー、いいでしょ。ただのお友達なんだから」
『そういう問題じゃないの!』
私と母に挟まれてサソリは遠い目をしていた。周りの皆が必死に笑いを堪えている。
「美羽。喉渇いた。ママ紅茶。パパには珈琲ね」
『まだ飲むの!?もう本当に帰ってよ!』
「僕まだ飲んでないし。いいよね、サソリくん」
「…はい、勿論です」
サソリの言葉に、父は爽やかに笑う。
「色々話聞きたいから。隣どうぞ、サソリくん」
「え”っ…」
「サソリくんは珈琲でいいかしら、御馳走するわよ」
「いえ、そんなわけには。払います」
「いいからいいから」
父母は完全にサソリをロックオンしている。私は心の中で何度も何度もサソリに謝るのであった。
****
文化祭終了の放送がなり、一般の客は帰路につき始める。
何度帰れと促しても結局父母は帰りの時間まで粘り、サソリを質問攻めにしていた。やっと解放されたサソリが教室の隅で虚な目をしている。
『ほんっとに、ほんっとにごめんね』
サソリに珈琲を手渡しながら何度目かの謝罪をする。サソリは無言でそれを受け取った。まだ話す気力がないようである。
飛段が私達を見ながらゲラゲラと笑う。
「まじウケる」
『全然ウケないし…』
「すげー両親だったな。なんか浮世離れしているというか、うん」
デイダラの言葉に答える。
『うちの母、小さい時からずっと美人って言われて育ったみたいで。チヤホヤされるの好きなの。父が惚れ込んで猛アタックして学生結婚したらしくて』
「すげーな。ドラマの世界の話だ」
同意する。
『自分たちが主役だと信じて疑ってないから。ほんとに面倒くさいの』
「他所から見ると面白いが。当事者は大変だな」
角都がチラッとサソリを見る。サソリは相変わらず一声も発さない。
「これから後夜祭だけど。どうする?」
『うーん。私はやめとく。疲れちゃったし』
サソリもおそらく同じだろうと思った。
皆は後夜祭にも出るらしく、体育館に消えていく。騒がしかった教室はみるみるうちに静寂に包まれていった。
****
皆がいなくなった教室で、私は細々と片付けをしていた。明日には片付けの時間が設定されている。しかしまとめておいた方が後々楽だろうと思ったからだ。
使用済みの紙コップをまとめ、ゴミ箱に捨てる。すぐに満杯になってしまうので、ゴミ袋を引っ張り出して縛り、新しいゴミ袋をセットする。
「そんなの明日やればいいだろ」
何度か繰り返していると、座ったままのサソリに声をかけられた。あれ以来サソリが声を発するのは初である。
私はゴミ袋を教室の隅にまとめながら答えた。
『先にやっておいた方が楽だから』
「そのためにお前が時間を削ることはない。皆の時間を平等に使えばいい」
ううむ、と私は考える。
『出来る人がやればいいよ。別に私、こういうの苦じゃないから』
「根っからの貧乏くじ引くタイプだな」
『両親があれだから。あの人たちが主役で、私は脇役。引き立て役は暇がないのよ』
サソリがじっと私を見ているのがわかる。私は気にせず作業を進めた。
「美羽」
『なに?』
「こっち来て」
私は初めてサソリに視線を向けた。サソリは教室の隅に座ったまま、私においでおいでしている。
今やっている作業を切りのいいところまで済ませ、私はサソリの近くに歩いて行った。
『なに?』
「隣。座って」
言われるまま腰を下ろす。太陽が低くなり、視線の先が少し眩しい。
「オレの中の主役は美羽だよ」
『うん?』
「だからそんなことしなくていい。主役のお前の時間、オレにちょうだい」
言われて、微妙な心境になる。サソリはふっと笑った。
「大丈夫だって。そんなに頑張らなくてもお前には価値がある」
『…まだ、慣れなくて』
「ん?」
『そういう風に何もしてなくても優しくされることに慣れなくて』
幼い時からずっと言われてきた。きっとお母さんみたいに美人になるね、お父さんのように賢くなるね。と。自分はそんなに特別な人間ではないということを私はよくわかっていた。それなのに周りの期待だけが膨らんで息苦しかった。何か頑張っていないと、責められる気がしていた。
「まあ、あの両親じゃな。お前がそう思うのもわからなくない」
『勝手に期待されて、ガッカリされるのが嫌なの。勉強も運動もあんまりできなくて。あのご夫婦の子供なのに、案外普通ねって』
「……」
『なにも功績残せない上に、学校でも上手くいかなくて。ずっと言えなかったの。いじめられてますって、カッコ悪くて。ずっと我慢してたら最後不登校でしょ。きっと親も周りに色々言われたんだと思う。申し訳なくて」
サソリがふうっとため息をつく。
「お前は確かに、あの二人みたいに派手じゃないけど。その分良いところが沢山あるんだよ」
『……』
「目立つ必要はない。オレがわかってるから。お前の良いところ、全部」
『……』
「オレは美羽が大好きだよ」
サソリは穏やかにそう言った。私は何も答えることができない。
「真白さんも真広さんも、ああ見えてお前のこと心配してんだよ」
『……』
「良い人たちだな。お前のこと大事にしてて、オレにも友好的で。…まあ、真広さんは、オレのこと少し敵視してたけど」
『…ごめんね』
「いや。大事な娘なんだから仕方ないさ」
サソリは少し寂しそうに笑った。サソリにはご両親がいない。私の親を見ることで、少し思うところがあったのかもしれない。
『…少し聞いて良い?』
「ん?」
『サソリのご両親ってどんな人たちだった?』
サソリが黙る。私は慌ててごめん、と言った。
『言いたくないなら言わなくて良いの』
「いや。別に悪い思い出はないから」
少し考える仕草をした後、サソリは答える。
「父親は仕事ばっかりで厳しかったけど、母親は優しかったな。母も医者だが、オレのために仕事辞めたらしいし」
『へぇ…』
「寂しい思いしたことはなかった。母親がずっと傍にいてくれたから。だからこそ、いなくなった喪失感はでかかったな」
サソリはまた私の肩に頭を乗せた。両親の話をする時、サソリは少し、私に甘える傾向にある。
「あの日。オレがわがまま言ったんだ。皆で動物園行きたいって」
『……』
「父親が、忙しい中やっと取れた休みで。でも行く途中飲酒運転のトラックに、突っ込まれて」
『……』
「運がないよな」
私は黙っていた。声を出せなかった。
「あの時オレがわがまま言わなかったらこんなことにはならなかったのに。オレが両親を殺したんだってずっと思ってた」
『違うよ。サソリは悪くない』
「お前と一緒だ。周りはそう言ってくれるけど。でもオレのせいなんだって」
『……』
「辛くて、苦しくて。今でも夢に見る。あの日のこと、何度も何度も。これはオレに与えられた罰なんだよ。あの日のオレのわがままで幸せだった家族を殺した罰」
『……』
違うのに、言葉では上手く伝えられない。どんな慰めも、きっとサソリの心には届かない。
誰が見ても完璧なサソリ。皆はこのサソリの悲しみも苦悩も何も知らないのだ。彼だって一人のちっぽけな人間なのだと、私たちは気付こうとはしない。
同じだ、と思った。私も同じ。人の苦しみをわかろうともしないで、好き勝手にいう人たち。私を苦しめてきた人たちと、同じことをサソリにしているのだと。
『私が、サソリの家族になる』
サソリが、伏せられていた睫毛を小さく揺らした。
『ご両親のことは、本当に残念だったと思う。それは私にはどうすることもできない。壊れた家族を戻すことは誰にも、神様にだってできない』
「……」
『だから、新しい家族を作ろう。私が貴方の家族になる。どんな時も一緒にいる。もう一人にはさせないから』
「……」
『サソリの辛さや悲しみを、これからは私も一緒に背負う。半分こしよう。そしたら少しは楽になるから。それで、もしこれから先嬉しいことや楽しいことがあったら、それは二人で二倍にするの』
サソリが小さく息を漏らした。
「…それって、プロポーズか?」
『えっ!?いや、そういうわけではないんだけど…』
「冗談だ」
ははっとサソリは笑う。どうやら気分を害してはいないようだった。
サソリが私の額にそっと自分のそれをくっつける。
「いいぜ。オレの辛さをお前に半分やる。代りにお前の辛さもオレに半分くれ」
『……』
「独りの寂しさも、苦しみも。お前と一緒なら乗り切れる」
だから、とサソリは続けた。
「ずっと、オレと一緒にいてくれ」
サソリの言葉に、私は小さく、でもはっきりと『うん』と言った。