11
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
暫くして、サソリが厨房に戻ってきた。やっと解放されたらしい。げっそりしながら椅子に腰かける。
「まじ疲れた…」
『お疲れ様。なんか、ごめん』
「早々に逃げんじゃねーよ」
サソリにアイスコーヒーを手渡す。彼は無言でそれを受け取った。
「お前のファン、まじギラギラしすぎ。theお嬢様って感じですげー扱いづらい」
『でしょ?9年間いましたからね。だいたいわかる。適当に流してくれてよかったのに』
サソリは小さな声で、いや、とつぶやいた。
「美羽のこと、本気で好きみたいだったから。雑に扱うと失礼だなと」
『…そんなに好かれることした覚えないのに』
ふ、とサソリが頬を緩める。
「お前は天然のタラシなんだよ。お前にその気がなくても男女問わずお前に落とされんの」
『そんな人を悪者みたいに…』
「美羽ちゃんサソリくん!御指名!」
『またぁ?』
「……」
しかも今度は私とサソリのダブル指名である。二人で顔を見合わせた。
紅茶を渡され、仕方なくテーブルに向かう。するとそこにいたのは。
『……お母さん』
「はぁい。美羽。サソリくんも」
「…こんにちは、真白さん」
そこにいたのは母であった。呑気に手をフリフリしている。
私は母に紅茶を出しながら言った。
『何しにきたのよ』
「あら。娘の様子見に来たんじゃなーい」
『こなくていいのに』
「冷たーい。サソリくんは私が来てくれて嬉しいわよね?」
「はは…」
サソリの腕に自然と腕を絡ませる母。全力でブッチする。
『当店はお触り禁止です!』
「えーケチ。少しくらいいいでしょ」
『ダメです!』
「あら、真白ママ。こんにちは」
「あらー皐月ちゃん。こんにちは」
母の存在に気づいた皐月が声をかけてきた。皐月とはすでに顔見知りである。
「今日は皐月ちゃんもイケメンね」
「ありがとうございます」
「というかこのクラスイケメン多いわね」
「えっ!?美羽の母ちゃん!?まじそっくりじゃん、うん」
「美人ー!」
わらわらと人が寄ってくる。母はニコニコしながら手をフリフリ。
「どうも。月野美羽の母です。真白ちゃんって呼んでね」
「めちゃくちゃ美人ですね!」
「そ?ありがとう」
母は満更でもない様子である。いつもそうだ。母はチヤホヤされるのが大好きなのである。
私はトレーを抱えながら小さく舌を打った。
『いつ来たの?』
「ついさっきよ」
『ふーん、早く帰りなよ』
「なんでよ。校内案内して」
『嫌です!』
「なんで?」
『目立つしところ構わずナンパするから』
母は目をパチクリさせる。
「そんなことしないわよ失礼ねー。ママはサソリくんがいいもん。ね、サソリくん。校内案内して」
ギュウっとサソリの腕に抱きつく母。サソリは基本、母のすることには抵抗しない。少し困った顔をしながら、言った。
「オレは別にいいですけど…」
『だからダメだってば!お触り禁止!』
「やった!じゃあ行こうかサソリくん」
『少しは話聞きいてよ!』
「えー!?美羽ちゃんのママ!?そっくり!めちゃくちゃ美人!!」
瑠衣ちゃんが目を輝かせながら母を見ている。なんだか嫌な予感がした。
瑠衣ちゃんは私と母を見比べている。
「美羽ちゃんママ、よかったらミスコン出ませんか?」
「ミスコン?」
『っ、何言ってるの瑠衣ちゃん!』
勘弁して!と心の中で叫ぶ。しかし瑠衣ちゃんは母から視線を外さない。
「うち、クラス代表まだ出してないんです。美羽ちゃんに断られちゃって」
「ふーん?相変わらずね、美羽」
母が笑う。普通にイラっときた。
「美羽ちゃんママなら美人だし。是非お願いしたいです」
「どうしようかなあ。ママ出ちゃうと優勝しちゃうから、ちょっとなー」
サラッと優勝するつもりなのがまたムカついた。母は幼い頃からずっと美人で、褒められたことしかないのだ。自分が優勝しないプランなど、考えたこともないだろう。
腕を絡ませられたまま、サソリが完全に困っている。私はジロっと母を睨んだ。
『もう本当に帰って!お母さん来るとろくなことにならないの!』
「えー。ミスコン誘われちゃったし。帰れなぁい」
『その喋り方もやめてよ。いくつだと思ってるの』
「秘密♡」
うふっと笑う母。本当に本当に本当にムカつく。
私たちの様子を見て、サソリはふぅっとため息をついた。引き離した方がいいと判断したらしい。
「真白さん。校内案内しますから。行きましょう」
「そうね。ごめんね、ママこれからデートだから」
『デートじゃないでしょおおお…』
「えー。お願いしますよ美羽ちゃんママ」
「ママ出ると優勝しちゃうから。美羽がでるってさ」
『はぁ!?』
ヒラヒラと手を振りながら母とサソリは教室を後にした。残された私。がっつり瑠衣ちゃんにロックオンされる。
「やーーっと出てくれる気になったんだ。急がないと!もう始まっちゃうから!」
『ちょっと待って!ほんっと、ほんとに無理だから…!』
****
否応なしに写真を何枚か撮られ、体育館裏に押し込まれた。立ちすくんでいると、イタチに声をかけられる。
「美羽?ミスコン出るの?」
『イタチ~助けて』
ガシッと抱きつく。イタチは困惑した様子で、でも頭をポンポンと叩いてくれた。
『色々あって押し付けられて…無理だよ私には~』
「大丈夫だよ。ただ立ってればいいだけだから」
『そうなの?怒られない?』
「怒られない怒られない」
イタチは笑う。少しだけ安心した。
落ち着いて周りを見てみれば、確かに美男美女揃いである。合わせて20数名。これだけいれば、モブになり切ることも可能かもしれない。というかそうであってほしい。
全然心の準備はできていないのに、ステージの幕が上がってしまった。名前を呼ばれたら出ていくらしい。ほんと憂鬱。早く終わってほしい。
三年生の先輩が、何やら歌を歌っているのが聞こえる。ギョッとして、私はイタチの袖を引いた。
『立ってればいいんじゃないの?』
「アピールタイムだって。あの人は歌が得意みたいだね」
『私特技なんてないけど』
「何かあるだろ?」
『えっほんとにないよ!?』
「月野美羽さん!次!」
パニックのまま名前を呼ばれる。ほんとに無理、まじで無理。
袖ギリギリまで引っ張られる。司会が紹介したら出てね、と言われて頭が真っ白になった。
「さーてお次は…僕も初めて見てビックリしました。一年生にこんな可愛こちゃんがいたんですねぇ。なぜ今まで騒がれていなかったのか疑問です」
誰ー?とざわついている。ハードルを上げないでほしい。私モブ女なんだけど。普通にブスなんですけど。
「美羽、頑張ってな」
後ろからイタチが声をかけてくれる。しかしどう頑張ったらいいのかもわからない。
司会者はバックにいる私を見て、ニヤッと笑った。
「ダントツの清楚系美少女。男子は覚悟してみてくださーい!1年C組!月野美羽ちゃんでーす」
きゃあっと会場が盛り上がる。あの司会、最高にハードルあげやがった。一生恨んでやる。
『むりいいいい…』
「ほらー逃げない!」
ガッシリ腕を掴まれステージに引っ張り上げられる。ざわざわと会場が沸いている。
「可愛いじゃん」
「なんでメイド服?」
「思ったより地味かも」
「美羽様ー!!!」
「美羽ー!頑張れー!」
「世界一可愛いよー、うん」
一際騒いでいる集団が一つ。なんで最前列確保してんのよ…完全に身内じゃん。そしてK女の民、ほんとにその美羽様ってやめてください。
虚な目でヒラヒラと手を振る。司会にずいとマイクを押しつけられた。
「可愛いですねえ。お名前は?」
『…はぁ、月野美羽です』
「学年とクラスは?」
『1年C組…』
さっき言ってたじゃん、とイライラしながら答える。ミスコンに出ている人の中で一番態度が悪いに違いない。
「じゃあさっそくアピールタイムですね」
『…アピールするポイントないんですけど』
「またまたあ。何かあるでしょ」
だからその何かがないんだって。
「趣味は?特技は?」
『…趣味は、料理ですかね』
「料理!?」
変に会場が沸き立ってしまう。そんなに変なこと言っただろうか。
「料理!女の子らしくていいですねぇ。得意料理は?」
それはなんとなく聞かれる気がしていた。
『うーん…コレ!というよりは…苦手と言われた食材を工夫して、相手の好きなものに変えるのが得意ですかね』
「あー、これはガチなやつですね。じゃあ一番最近作った料理は?」
『昨日のお弁当だから…蓮根のはさみ揚げと、きんぴらごぼうとピーマンの肉詰めと、五目炊き込みご飯』
地味だとか美味しそうだとかあんまり食いたくねぇなぁとか様々なヤジが飛んでいる。別にあなた達に食べさせるわけじゃないから安心してほしい。
司会者がニッと笑う。
「ははーん、これはさては…彼氏に作ってますね!?」
ざわざわっと会場が沸く。また余計なこと言いやがってこの司会。
彼氏いるのー?と会場が声を揃えている。もうヤケクソだった。
『…はぁ、まあ』
「「えー、誰ーー?」」
異常な団結力である。司会者は私にマイクを差し出したまま動かない。
本当に、なんなんだろう。晒し者にされて、笑われて。こんなのK女にいた時と変わらない。
頭がどんどん冷えてくる。皆の笑い声で、あの時の、K女の教室に戻される。クラクラしてきた。
あ、やばい。もう無理かも。
「オレ」
その時だ。会場からステージに、一人の人物が飛び乗った。ザワッとまた会場が沸く。
サソリは司会者からマイクを奪い取り、ニッと笑った。
「オレの彼女。めちゃくちゃ可愛いだろ?」
えー、サソリくんの彼女!?と会場が沸いている。皆の視線はサソリに釘付けだ。私は緊張が少しだけ緩むのを感じた。
「えーっと、君は?」
「1年C組赤砂サソリだ。コイツ、オレの彼女。可愛いからって手ェ出すなよ」
サソリは会場を一瞥した。旦那ー!かっこいいー!サソリイケてるー、と身内の声。サソリが手を上げて答えている。
続いて司会にマイクを返しながら爽やかに笑った。
「緊張しいなんだよ。あんまりいじめないでくれ」
きゃあっと会場が黄色い声援に包まれる。やはり彼は女子に人気らしい。
行くぞ、と私の手を引いてサソリは舞台袖に消えていった。私は大人しくそれに続く。
ざわざわうるさい会場を後ろ背に、裏口から外へ出た。新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。
私は口元を押さえ、サソリの手を強く握った。サソリがこちらを振り返る。
『ごめん、トイレ』
サソリはすぐに察してくれたようだった。お姫様抱っこをしてくれ、近くのトイレに走る。ミスコンが開催されているためか、人の気配はなかった。
「緊急事態だから入るぞ」
サソリはそう言って私を抱っこしたまま女子トイレに入った。個室を開け、床に下ろしてもらう。もう我慢することができず、私はそのままえずいた。
サソリが、そっと背中を撫でてくれる。こみ上げてくるものが、止まらなかった。
「ごめんな。嫌だったな」
『…サソリのせいじゃない』
「オレが止めなかったから。嫌な思いさせてごめん」
よしよしと撫でられ、こんな惨めな姿を晒していることが情けなくなる。
こんなにサソリが、私のことを認めてくれているのに。まだ私は、自分で自分のことを認めてあげられない。