09
夢小説設定
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最寄駅で美羽の到着を待つ。
滑り込んできた電車からまばらに人が降りてきた。少し探して、見慣れた大きな瞳と目が合う。
『サソリ!』
美羽は会う度、運命の再会を果たしたかのように幸せそうに笑う。この笑顔がたまらなく可愛い。
美羽の手から紙袋を受け取りながら、オレは言った。
「いい買い物できたか?」
『うん。でもさーお母さんまた余計なもの買うの。カレーにチョコレート入れてみたいとか言って』
「相変わらずだな、真白さんは」
料理下手あるあるの意味のわからないアレンジである。レシピ本通りに作ればいいのに、真白さんにはそれが難しいらしい。
『皐月とデイダラは?』
「マンションで待ってる」
『ふぅん…』
美羽は少し考えるような仕草を見せた。
『…ちょっと、スタバ寄ってかない?』
「スタバ?先にうなぎのがよくね?」
『うーん…』
美羽は煮えきらない態度だ。
「まあ、行きたいならいいけど。何か飲みたいのか?」
『うん。今回の新作まだ飲んでなくて』
「ふーん…」
女子は何故かスタバが好きである。オレは甘いものは飲まないが、美羽と皐月は毎回スタバの新作をチェックしているようだ。飲み物に700円以上出すなんて、オレにはとても理解できない。
しかも美羽は特別なことがない限り奢らせてくれない。自分の小遣いの範囲でやりくりしているようだ。でもだからこそ、彼女の金の使い道に文句を言う気もなかった。
駅から程近いスタバに二人で入る。暑いためかそこそこ混んでいた。先に座ってて、と言われたため大人しく席について待つ。
暫くして、美羽がトレーにアイスコーヒーと何やら派手な飲み物を持ってやってきた。
礼を言ってアイスコーヒーを受け取る。いくらだっけ、のオレの言葉に首を横に振る美羽。
『私が誘ったんだからいいよ』
「ダメだ。ただでさえお前奢らせてくれねえんだから」
無理矢理500円玉を押し付けると、美羽は財布にそれを入れ、130円を渡して来た。どうやら珈琲は370円だったようである。仕方なくそれを受け取る。
「相変わらずしっかりしてんな…」
『なんで?普通だよ。学生なんだから』
女は奢られたい生き物だと思っていたのに、美羽を見て初めてそういう女だけではないのだと知った。
「お前のそれ、何?」
『これ?ピーチオンザビーチフラペチーノ』
「…ぴーちおん…?なに?」
『だからピーチオンザビーチフラペチーノ』
黙っているオレに、美羽はふふっと笑う。
『サソリ、おじいちゃんみたいね』
「うっせー。そんな長い名前覚えられん。ピーチだかビーチだかどっちかにしろよ」
ずずっと珈琲を吸い上げた。美羽はまた笑う。
オレとは違う太いストローに口をつけながら、美羽はニコニコした。どうやら美味しいらしい。
「…で?」
『うん?』
「何か話があるんじゃねえの?」
美羽が目を白黒させる。
「お前がオレとスタバに行こうとするなんて珍しいから。普段は皐月と行くだろ」
『……』
ずぞ、とピーチなんとかを吸い上げる美羽。少し困っている様子。
『ごめん、サソリ』
「?」
『別に話ないんだよね』
ずる、と肘がテーブルから落ちそうになった。美羽の様子からして、何かを誤魔化しているわけでもないようだ。
「なんだ。じゃあ本当にそれが飲みたかっただけ?」
『うーん…』
美羽はストローをグルグル回す。なんだよ。やっぱり言いたいことでもあるのか?
美羽は暫しの無言の後、チラッとオレをみた。
『皐月とデイダラ』
「?」
『たまには二人にさせてあげたいなと』
オレは無言で美羽を見る。美羽はまたピーチなんとかを口に含んだ。
冷静を装っているが、衝撃だった。まさかこいつ。
「…気づいてんの?」
『なんとなくね。そうかなって』
タイムリーな話である。皐月がデイダラに惚れている話。オレは昔からの仲だからなんとなく察していたが。まさか美羽も気付いていたとは。
「何故そう思った?」
『うーん、勘だよ。ほんとになんとなく』
「その勘の鋭さで何故オレからの好意には気づかなかったんだ?」
美羽はぶっ、と少しだけ吹いた。
『サソリは…あれだよ。サソリが私のこと好きになるはずないっていう私の思い込み』
「ふーん…」
『…皐月が、なんとなくデイダラを目で追ってる気がしてね。ただ、私には何も言わないから。首突っ込んで欲しくないんだろうなと』
すべて正解である。感心してしまった。
『サソリは気付いてるでしょ?』
「…まーな。でも、何もして欲しくないってよ。今のままがいいんだと」
ふぅん、と美羽は呟いた。
『人にはいろいろな関係があるのね。付き合うばっかりが正解じゃないってことなのかな』
「オレには理解できないな」
美羽が長い睫毛を揺らす。
「目の前にあるのに手に入れられないなんて拷問以外の何物でもない」
『サソリはまあ、そうよね』
色々思い当たる節があるようである。美羽はちゅう、とピーチなんとかを吸った。
『でも本人がそういうなら私たちにできることはなさそうね』
「そうだな。ま、なるようになるさ」
10年近く片思いをしているであろう皐月が、デイダラとこれから進展できるのか甚だ疑問ではあるが。そこまで首を突っ込む理由をオレたちは持ち合わせていない。
「あ、そういえばさ」
『ん?』
「お前進路のこと考えてる?」
進路?と美羽は首を傾げる。
「大学か短大か、専門か就職か」
『あー。やっぱり進学校はそういう話題出るの早いね』
美羽は紙ナプキンで唇を拭った。
『サソリは?』
「T大の医学部の予定」
『サソリはやっぱりT大かぁ』
美羽は納得したように頷いた。想定の範囲内だったようだ。
『全国一位ならそりゃそうよね』
「お前は?」
『うーん…』
美羽は暫し考える仕草を見せる。
『正直、まだあんまり。K女いたときは、小学校から大学までエスカレーターだから、そのつもりでいたけど』
K女学院はまあまあな名門で離脱者も少ないかわりに、外部からの受験は受け入れていないはずである。第一彼女がわざわざ受け直す理由は皆無だろうが。
『選択肢が増えて絞り切れないというか。将来の夢もまだないし』
「そういえばお前の父親って何やってる人?」
美羽が少しだけ狼狽た様子を見せた。
しかし観念したようにオレから目を逸らして答える。
『……弁護士』
「あー、それでか」
納得した。父は弁護士、母は専業主婦。一人娘で大事に育てられ、私立の女子校。
オレはニヤッと笑った。
「じゃあお前も将来は弁護士だな」
『よく言われるの~無理だよ私には~そんなに頭良くないのに~』
「冗談冗談。でも法律関係いいんじゃねえか?この辺だとS大とか」
法学部ねぇ、と美羽はため息をつく。
あまり乗り気ではない様子である。
『まあ…サソリがお医者さんだとすると、あんまりレベル低いところに行くのもね…』
「何故?オレは気にしないぜ。どうせ養うんだから」
美羽は驚いた様子でオレを見ている。
『サラッとすごいこと言うね…』
「なにが?」
『だってそれって将来私たちが、』
美羽は口をつぐんだ。オレは珈琲を吸いながら問う。
「もしかして結婚願望ねえの?」
『え!?いや…そんなことは…』
ないけど、と美羽はモゴモゴする。なんだ。じゃあ問題ないじゃねーか。
「おいおいは結婚するだろ」
『……』
顔を真っ赤にして俯く美羽。それを見てやっと気づいた。結婚話が出てることに戸惑ってんのか。
オレは頭を掻く。別にそんなに重い話をしているつもりはなかった。
「いや、深い意味はなくて。長く付き合ったら自然とそうなるものかと」
『……』
美羽はじっとオレを見る。そして、よしっと小さな声で呟いた。
『…私も真面目に考えなきゃな』
「うん?」
『進路。真剣に考えてみる』
だから何かあったら相談に乗ってね。そう言われてオレは迷わず首肯した。