01
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美羽は毎日弁当を作って持ってきた。
3時間目終わりに教室を出て、ほぼ使われていない視聴覚室で落ち合う。それを受けとって、食べ終わったら軽く弁当箱を洗い昼休みのうちに美羽に返す。洗わなくていい、と言われたがオレの最低限の礼儀だった。
それにしても、だ。
作ってほしいとは確かに言ったが、まさか毎日作ってくるとは思わなかった。
もしかしたら彼女はオレのことが好きで、こうやって距離を詰めて告白でもしてくるのかと最初は考えた。小賢しい女のよくする手口である。
しかしそういう意図は全くないらしかった。見ていてわかる。美羽はオレに恋愛感情を持っていない。
どちらかというと、母親のような気分なのかもしれない。美味しいと言って沢山の量を食べてもらえるのが彼女は嬉しいらしかった。
よくわからない感性である。
「今日も旦那の弁当うまそー、うん」
じゅる、と隣のデイダラが生唾を飲んだ。汚えな、と眉を寄せる。
「誰に作ってもらってんの?いい加減言えよ」
「彼女なんだろ?うん」
飛段とデイダラの言葉にオレは答えた。
「だから違う。どっちかっつーとオカンだ」
「オカン?」
「そ。心優しいオカンがオレに同情して作ってくれてんの」
同情。自分で言ってしっくりきた。
恐らく美羽は同情しているのだ。親のいないオレに。
なんとなく面白くない気持ちになった。彼女から見たら、オレは可哀想な男なのだろうか。
「いつ見ても、栄養バランスが良く考えられた内容ですよね。作者は栄養士か何かでしょうか」
鬼鮫は料理好きである。オレの弁当の内容に感心しているようだ。
本当によく凝っているのである。オレが伝えた嫌いなもの、主に野菜は細かく刻んでハンバーグに入れたり、混ぜ込みご飯にしたり。そしてそれは全て美味しい。調理の方法を変えるだけで、嫌いなものがこんなに美味しくなるのかと毎回感心する。
これを無料でやるって。正直全く持って理解できない。
「オレも可愛い彼女に毎日弁当作ってもらいてぇな…」
「だから彼女じゃねえって」
オレの話を聞かず、飛段は目をうっとりさせている。箸を進めていると、あ、とデイダラが顔を上げた。
「皐月。何食ってんの?」
「お菓子。美羽が作ってきたやつ」
皐月はクッキーを口の中でモゴモゴさせている。大変行儀が悪い。
えー、いいなーと飛段。すると、美羽がちらっとこちらを見た。
『いっぱいあるよ。食べる?』
「いいの?食う食う!」
野郎どもが美羽に押しかけ、菓子を強奪する。最近彼女はやっと奴らにも慣れたらしい。ニコニコしながらその様を見つめている。やっぱりオカンだな、と心の中で思った。
「えっ、うま!」
一口食べた飛段が顔を輝かせて言った。続けてデイダラ、イタチ、角都も。
「これ手づくり?まじ?」
「よくできてるな…」
「既製品と変わらない、むしろこっちのが上手いな」
『いやいや。誉め過ぎでしょ。所詮素人作品だよー』
美羽は手をパタパタと横に振って笑っている。なんとなく、本当になんとなく面白くなかった。
弁当をかっ込み、オレは席を立つ。旦那は食べねぇの?の言葉を無視して、オレは弁当箱を持って教室を後にした。
家庭科室で、弁当箱を洗う。スポンジで擦り、流して、タオルで拭った。いつも通りの流れである。
『サソリくん』
すると美羽が顔を覗かせた。どうやらオレの後をついてきたらしい。
オレの姿を見ながら、だから洗わなくていいのに。オレは構わず、濡れた手をタオルに押し付ける。
「無料でやってもらってそこまで甘えられない」
『有料無料は関係ないって。私が好きでやってるんだから』
ありがとね、と美羽はオレから弁当箱を受け取った。
『食べられないもの、なかった?』
「…毎回、工夫してもらってるからな。どれも美味いよ」
オレの言葉に、美羽はにぱっと花のように笑った。感想を言うと、彼女は毎回喜ぶ。
なんなのだろう。オレは本当に、美羽がよくわからない。
じゃあな、と去ろうとしたところで呼び止められる。美羽はじゃん!とダサい効果音をつけて綺麗にラッピングしたクッキーを取り出した。先ほど皆で食べていたものと同じクッキーである。
『サソリくん用だよ』
「……」
『サソリくんは甘いものあんまり好きじゃないから。ダージリン入れて甘さ控えめクッキーです』
その言葉に、何故か頭に血が上った。
サソリくん?と美羽が小首を傾げている。オレはツカツカと彼女に歩み寄り、手からクッキーを奪った。と同時に床に叩きつける。
美羽が目を見開いてオレを見ていた。
『サソリくん…?』
「…お前さ」
『……』
「本当に、何が目的なんだよ」
美羽は黙っている。オレの発言の意図が読めない様子だ。
「毎日毎日、オレのご機嫌とりするのがそんなに楽しいか?」
『……』
「オレが可哀想だから?毎日世話して母親気取りかよ」
美羽は黙ったままだ。それを同意ととり、オレは更に彼女を詰る。
「母親ごっこがしたいなら他の奴らにしろよ。喜ぶ奴らなんて腐るほどいるだろ」
わかっているのだ。美羽はそんなことを考えていない。オレが弁当を作ってくれと言ったから、純粋にそれに答えただけだ。それ以上でも以下でもない。そしてその事実が、とんでもなく苦しかった。
オレはもう、気づいてしまっていた。
オレは美羽が好きなのだ。
彼女の行動ひとつひとつに意味を探してしまう。もしかしたら彼女も、オレが好きでやっているのではないか、と。
でも好きで見ているからわかる。そうじゃない。美羽はオレを、そういう対象として全く見ていない。だからこそ、彼女はオレに節度を超えて優しくできるのだろう。それは美羽が、オレのことを男として見ていないからだ。
開いていた心のシャッターが、また閉じられた音がした。
美羽は出会った当初のように完全に怯え、一言ごめんなさい、と呟いた。
『…やっぱり迷惑だったね、ごめん』
「……」
『でも、信じてほしい。私、サソリくんのこと可哀想だと思ったことないよ。いつも友達に囲まれてて、カッコよくて、なんでもできて、凄いなって。憧れてたの』
「……」
『余計なことして本当にごめんなさい。もうやめるね』
美羽は落ちていたクッキーを拾い上げ、家庭科室から逃げるように出て行った。
足が動かない。追えるわけがなかった。
完全に八つ当たりだ。美羽への気持ちが叶わないことに対しての。
今まで他人をまともに好きになったことがなかった。だから彼女にどう接したらいいかもわからない。しかしそんなもの、言い訳でしかなかった。
「…くそ…っ」
自己嫌悪でどうにかなりそうだった。美羽の傷ついた顔が頭から離れなかった。