09
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夏休みも中盤に差し掛かった。美羽とは毎日のように顔をあわせている。暑いのと、オレが外出好きではないのでほとんどがオレのマンションでのデート。入れ替わり立ち代わりオレの家には誰かが勝手に上がり込んでいるので、二人きりになる機会がなかなかないのが微妙に不満ではある。が、概ね良好な日常であった。
今日来ていたのはデイダラと皐月の幼なじみコンビである。他の奴らとも旧知の仲であるが、この二人はもっと古い。産院が一緒のレベルである。皐月はオンナだが、そう思って接したことは今までにない。性別が幼馴染みたいなものだ。
二人は棚に並んでいる漫画をひたすら読んでいる。いつものことだ。人間は親しくなれば親しくなるほど会話がなくなったりするものである。
「ねえサソリ。なんか飲み物ある?」
二人の存在を気にせず小説を読んでいると、皐月が声をかけてきた。小説から目を離さず、オレは答える。
「冷蔵庫見ろよ。あればある。なければない」
「雑ねー」
「美羽が色々いじってるから。中身把握してねえんだよ」
オレの家ではあるが、キッチンは既に美羽の聖域である。ちなみに美羽は今日の午前中は母親と買い物に行くらしい。終わり次第向かうと連絡が既に入っていた。
皐月はスタスタと冷蔵庫に歩いて行く。
「オイラにもなんかちょーだい」
「自分で取りなさいよ」
「えー」
デイダラはぶつくさいいながら続けて冷蔵庫に向かった。二人で冷蔵庫の中を漁っている。
「あ、桃天あるじゃん。美羽わかってるー」
「オイラコーラもらうわ、うん」
美羽は皆の趣味を把握して、冷蔵庫に色々準備しているようだ。気を使いすぎだろうと思うが、彼女の中ではそれが普通らしい。
「別にいいけど金払っとけよ。あいつ自腹で用意しちゃうから」
「わかってるって。めんどいからここら辺に貯金箱置いといてくれない?」
皐月に提案され、それもいいかもな、と思った。たかが100円だとしても、学生の身分だと積もり積もって痛い出費になり得る。
「今度用意しとくわ」
「美羽のためだと素直ー」
皐月に笑われるが無視する。
デイダラがコーラを喉を鳴らして飲み、ううん、と唸った。
「バイトしてえよな。金が欲しい、うん」
「一応進学校だからね。バイトするなら勉強しろって方針」
している奴はしているが、校則ではバイトは原則禁止である。皐月の言う通り、バイトする時間があるなら勉強しろということらしい。
「忘れてるかもしれないけど夏休み明けたら速攻模試よ」
「げー…この前受験終わったばっかりなのになあ…うん」
デイダラがげんなりした顔で答えた。オレはパラリと小説を捲る。
「なんだかんだでうちの高校受かってんだから大丈夫だろ」
「旦那みたいなエリートとはレベルがちげーんだよ。そもそもオイラスポーツ推薦だし、うん」
偏差値は高めな学校であるが、それとは別に割と広めのスポーツ推薦枠がある。デイダラ、飛段あたりはその口だ。運動で一定の成績を保つ必要があるが。
「サソリって大学決めてるの?」
「えー、もう大学の話かよ。まだ一年だぞ」
「なに言ってるの、あっという間よ」
皐月の言葉に答える。
「T大の医学部の予定」
「げっ…やっぱりT大か…」
「そういうお前は?」
ううん、と皐月は腕を組んだ。
「W大かN大かって感じかな…まあこれからの成績の伸びでわからないけど」
「へー、ちゃんと考えてんだ。オイラまだ全然決めてねぇや」
「……」
皐月がチラッとデイダラを見た。やっぱり気にしてるんだな、と心の中で思う。
デイダラはその視線に気づかず、オレに話を振った。
「美羽は?」
「そういう話はしたことねえな。まだ決めてないんじゃねーかな」
「一緒の大学行きたいと思わねえの?うん」
それ、お前の隣の女がお前に思ってることな。
勿論口には出さず答える。
「いや、さすがにあいつT大は無理だろ。成績は中の下って感じらしいし」
「美羽は短大とかじゃないのかなあ。イメージ的にだけど」
言われてしっくりきた。勉強はすることがなかったからしていただけで、好きではないと本人も言っていた。
両親からの溺愛されっぷりを考えても、私立の短大で遜色なさそうだ。
「ま、今度聞いてみるわ」
オレはまた小説を捲る。そのまま会話は自然に終了となった。
****
【もうすぐ着きます。お昼にお母さんがうなぎ差し入れてくれたので持ってくね】
いくらか時間が流れたところで、美羽からそんなLINEが入った。顔を上げると皐月はまだ漫画を読んでいたが、デイダラは居眠りをしている。
「美羽、今からうなぎ持ってくるってよ」
オレの言葉に皐月が顔を上げた。
「うなぎいいねー!楽しみ」
「でも重いよな。4人分なんて」
迎えに行ってくるかな、と腰を上げる。すると皐月がくすりと笑った。
「相変わらず過保護でございますね」
「普通だ普通。女なんだから」
「ふーん」
皐月は興味なさそうに漫画に視線を落とした。まだデイダラは寝ている。
「そういうお前は?」
「なに?」
「デイダラとどうなんだ」
皐月が眉を寄せてオレを見た。
「…なんの話よ」
「今更何言ってんだよ。小学生の頃から好きなくせに」
皐月がチラッとデイダラを確認した。奴は起きる気配がない。
ふー、と大きなため息をつく。
「なんでアンタにバレるかなぁ…」
「わかるだろそれくらい」
「…美羽は?」
聞かれて、美羽にも言っていないことを把握する。
「さあ?気付いてないんじゃねえの。鈍いから」
オレからの好意に全く気付いていなかったことを考えると彼女が察しているとは到底思えない。皐月はオレの返答に少し安心したような表情を浮かべた。
「言わないでね。あの子すぐ顔に出るから」
「確かに。安心しろ。別に言うつもりねえから」
オレは腕を組みながら続ける。
「あんまりこういうのに口出すの好きじゃねえんだけど。さすがに進展遅すぎだろ。いい加減言えば?」
「私は女じゃないから」
女じゃない?女じゃないならなんなんだ。
皐月は漫画を捲りながら小さな声で続ける。
「男ってみんな美羽みたいなタイプが好きでしょ」
「そうか?人それぞれだろ」
「少なくともデイダラはああいう女が好きよ」
デイダラの好きなタイプか。今まで考えたことはない。
「でも美羽はオレのだし。関係なくねーか?」
「近くにいると、どうしても比べちゃうの」
「?」
「あー美羽のこういうところ可愛いなあ。私とは全然違うなって」
皐月がそんなことを言うことに心底驚いた。彼女はオレが知っている限りでは我が道を行くタイプで、他人と自分を比べたりするイメージはなかったからだ。
それに一般的に皐月は美人と呼ばれる部類に入る。美羽とタイプは違うが、そんなに卑下するような見た目でもない。
「お前、美羽のこと嫌いなの?」
「そうは言ってない。好きよ。好きだからこそ比べちゃって」
「……」
「どんどん自信がなくなる自分がいる。こんなの始めてよ。自分が自分でないみたい」
想像してみる。自分の隣にとんでもないイケメンが現れて、美羽に仲良く話しかけているイメージ。
……。確かにイラっとするな。
「気にすることねえよ。お前にはお前の良さがある。美羽とは全然違うけど」
「……」
すん、と皐月が鼻を鳴らした。
「まさかサソリに慰められる日が来ようとは…」
「別に慰めてねえ。事実を言ってるだけだ」
少なくとも、皐月は他の女子と違って一緒にいることへの不快感がない。オレたちのグループに彼女が馴染んでいるのはそういう理由もある。デイダラもおそらくは皐月に好感しか持っていない。それが恋愛感情かと言われたら、少なくとも今の段階では違うだろうけれど。
「お前には色々世話になってるからな。何か協力できることがあるなら言えよ」
オレの言葉に、皐月は目を瞬かせた。
「まさかサソリにそんなこと言われる日が来るとは…」
「何故だ。どんだけオレのイメージ悪いんだよ」
「少なくとも美羽に会うまでは最悪だったわよ」
アンタ感じ悪かったもん。言われて否定することはできない。優等生の皐月は、昔からオレみたいな適当なタイプを毛嫌いしていた。口煩く言われるのでオレもウザいと思っていたのに、いつの間にかこんなに普通に話すようになっていたなとふと考える。
「今のままでいい」
皐月は言った。オレは無言で皐月を見る。
「今のままでいたいから。何もしなくていい」
「…それじゃ後退もしない代りに進展もしないぞ。いいのか?」
うん、それでいい。皐月の気持ちは堅いようだった。そう言われてしまうと、これ以上何も言うことはできない。
愛しそうにデイダラの寝顔を眺めている皐月。その横顔は凛としていて美しい。この顔をデイダラに見せてやればいいのに、と心の中で密かに思った。