01
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次の日。
昨日あんなことがあったからといって、急速にサソリくんとの距離が縮まったわけではない。サソリくんは私に話しかけてこないし、私もサソリくんに話しかけない。所詮ただのクラスメイトである。
「美羽。ご飯食べよ」
皐月の言葉に、うん、と答える。鞄の中を開いた。いつも見慣れたお弁当箱と、今日はもう一つ。
ちらっとサソリくんの席の様子を伺うと、彼はもうそこにはいなかった。恐らく学食に向かったのだろう。
渡せないよな、と思った。そりゃそうだ。渡せるわけがない。
「どうしたの?」
『ううん、なんでもない』
私はいつも通りのお弁当箱を一つ取り出し、皐月と昼食を共にした。
****
お前が作って、なんて。よく考えたら冗談だってわかりそうなものなのに。どうしてこう真に受けちゃうのかな。
目の前のお弁当箱をじっと見つめる。もう放課後だ。クラスには誰もいない。しかしこのお弁当箱は軽くなっていない。
私はため息をつきながらお弁当を広げた。いらないからといって、捨てることはできない。食べ物を無駄にしない、という両親の厳しい教育の賜物である。
あまり空いていないお腹。しかし家に帰ったら普段通り夕食が出てくる。食べなければ、いたんじゃうし。
『いただきまーす…』
手を合わせたところで、教室のドアがガラッと空いた。ブラウンの瞳と目が合う。あ、と思った。
サソリくんは私の姿を、じろっと訝しげに見る。
「…遅い昼飯?それとも早い夕飯?」
『…うーん、おやつ…かな…』
おやつ?と更にサソリくんの眉間に皺が寄った。観念して、私は答える。
『…サソリくんに、作ってきたの』
「オレに?」
サソリくんが驚いた顔をしている。恥ずかしくなって私はいいのいいの、と手を振った。
『冗談を真に受けちゃっただけ。ごめんね、少し考えればわかるのに』
「……」
サソリくんの無言が痛い。ちょっとだけ泣きそうになった。
ツカツカと私のそばに寄ってくるサソリくん。ガタッと前の席を引いて腰掛けた。箸貸して、と言われて私は目を白黒させる。
『無理しないでいいよ。お昼食べちゃったでしょ』
「腹は減ってる」
『え』
「育ち盛りだからな。いくらでも入る」
そんなもんなのかな、と考えている隙にサソリくんは私から箸を奪った。お弁当を見て何やら感心している様子。
「これ全部お前の手作り?」
『うん。そうだよ。口に合うかはわかんないけど』
サソリくんはいただきます、と手を合わせた。
最初にから揚げに箸をつける彼を見て、男の子はやっぱりお肉が好きなのかなと考える。
サソリくんは何も言わず、次はオムレツへ。無言で食べている。このリアクションはどうとったらいいのだろうか。
『おにぎりもあるんだけど、食べる?』
「食う」
私はラップに包まれたおにぎりを渡した。今日は鶏肉としめじの炊き込みご飯で作ったおにぎりだ。サソリくんはふーん、と言った。
「凝ってるな。白米じゃねぇんだ」
『簡単だよ。材料混ぜればあとは炊飯器にお任せ』
特に難しいことはしていない。サソリくんはラップをとりおにぎりにかぶりついた。その様が子供のようで、なんだか可愛い。
水筒を取り出し、お茶を注いでコップを差し出した。サソリくんはまたそれを無言で受け取る。
サソリくんは基本無言だ。でも、全て綺麗に食べてくれている。これはおいしいと思ってくれているということでいいのだろうか。
「ご馳走様でした」
米粒一つ残すことなく食べ尽くし、サソリくんはまた手を合わせた。お粗末様でした、と言って私はお弁当箱を片付ける。その様をまたじっと見つめるサソリくん。
「冷食が入ってない弁当、初めて見た」
『ほんと?私冷凍食品あんまり使わないの。冷凍庫ギッチリな感じが好きじゃなくて』
それに、一つ一つの料理は本当にたいしたものではない。全部手作りしても一時間もかからない。
私は軽くなった弁当箱を持ってふふっと笑った。
『男の子は食べっぷりが良くて見てて気持ちいいね。いくらでも作りたくなっちゃう』
「……」
無言のサソリくんにハッとする。
『ごめん、そういうことじゃなくて…』
「明日」
『?』
「明日も食いたい」
サソリくんが私の目を見て言った。改めて見るとサソリくんはとんでもなく綺麗な顔をしている。周りの女子がキャーキャー騒いでいるのが、わかった気がした。
「ダメか?」
『全然ダメじゃないけど…いいの?』
「?」
『彼女とかいないの?怒られない?』
私の言葉に、サソリくんは少々ムッとしたような表情を浮かべる。
「彼女はいない」
『…そっか。じゃあ』
大丈夫かな、と私は呟いた。サソリくんは変わらずじっと私の顔を見つめている。
「美羽は?」
『うん?』
「いねぇの?彼氏とか、好きな奴とか」
その言葉にパタパタと手を横に振る。
『そんなのいないいない。彼氏なんてできたことないもん』
サソリくんは私の言葉に少々驚いたようだった。高一で彼氏がいないことってそんなに驚くことなんだろうか。
ふぅん、とサソリくんはまた水筒のお茶を口にする。
『じゃあさ、好きなものと嫌いなもの教えて。後でいいから、ラインで送ってくれると助かる』
「…わかった」
『あと、量は?あれくらいでいいのかな』
サソリくんはもう少し多い方がいい、と言った。そうか、やっぱり男の子はもっと食べるのか。
『わかった。量増やすね』
「金は?」
『うん?』
「材料費かかるだろ。払うから」
『そんなのいらないよ。一人と二人でそこまで変わらないから』
私の言葉に、サソリくんは眉間に皺を寄せる。あまり納得がいっていないようだった。
私は続ける。
『…じゃあ、もしいつもより凄いお金かかっちゃったら言うね。大変だったらちゃんと言うから大丈夫』
「……」
サソリくんは静かに、わかった。と呟いた。一応納得はしてくれたようだ。
お弁当箱をしまい終え、私は席を立つ。
『そうと決まったらもう少し大きいお弁当箱買いに行かなきゃ』
「今からか?」
『うん』
サソリくんは少し考えるような仕草を見せた。
「オレも行く」
『…え、行くの?』
「オレのだろ。オレが選ぶ」
言われてみれば確かに。それに、本人がいた方が大きさだとかがわかりやすくていいかもしれない。
じゃあ一緒に行こうか、と私。サソリくんは無言で頷く。
「…あ。オレスマホ忘れたんだった。それで来たんだ。忘れてた」
サソリくんは自分の席に向かう。机の中からスマホを取り出して制服のポケットに押し込んだ。さて、とサソリくん。
「お前の最寄り駅にルミネあるだろ。そこでいいか」
『え…私の家の方まで行くの?面倒じゃない?』
サソリくんの家は私の駅より数個手前だ。わざわざそこまで行かなくても店はたくさんある。しかしサソリくんは首を振る。
「ルミネがいい。ていうかルミネにしろ」
『そう?まあ別に構わないけど』
そんなにルミネが好きなのかな、と考える。私にはパルコもルミネもエキュートもあまり違いがわからない。
早く行くぞ、と促される。さっさと教室を出て行くサソリくん。昨日から思ってたけどサソリくんってすごくせっかちだ。