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今日は星空がいやに綺麗だ。今まで空なんて気にしたことないのに。今日は何故か、妙に星の輝きが目に入る。
明日もきっと、残暑が厳しいんだろうなと今からうんざりだ。
ランニングの足を緩め、少し休憩をしようと脇道に逸れる。汗を拭っていると、「よっ!」と肩を叩かれた。振り返ればそこにいたのはランニング仲間の七瀬皐月である。
「今日もこんな時間まで自主練?お疲れ」
「それはお互い様だろ。こんな時間まで走ってて帰り大丈夫か?」
「私はもう帰るよ。シーはまだ走るんでしょ?」
こういう時、例えば千秋だったらさらりと「送っていくよ」とか言ったりするんだろうか。いや、流石にそんな軽々しく…言うな、アイツなら。
千秋ではないオレは、スポーツドリンクを飲みながら頷いた。
「オレはあと軽く30周してから帰る」
「それボケてる?全然軽くないじゃーんっていう突っ込み待ち?」
「…次から試合出してもらいたくてさ。体慣らさないといけねーから」
七瀬が真顔でオレの右手と顔を見比べている。
「試合って…まだ腕治ってないでしょ」
「これ以上立ち止まりたくなくなったんだ」
七瀬は合点がいったというように両手をポンッと打ちつけた。
「誰かさんに感化されちゃったわけね」
無言のオレに、七瀬は笑った。長いまつ毛に月の光が透き通るように輝きとても綺麗だ。
「…やっぱりそうなったか」
「……なに?」
「んーん。なんでもない。そういえば美羽から連絡ない?LINE送ったけど返事ないんだよね」
「いや。オレあいつの連絡先知らないから」
七瀬が「は?」と首を傾げる。そのリアクションに逆にこっちが「は?」となった。
「なんで知らないの?」
「なんでって…強いていうなら必要ないから」
オレは姫ちゃんを随分前から知っていた。それは彼女に入学当初に一目惚れをした千秋が、聞いてもいないのに毎日のようにベラベラ彼女について喋っていたからだ。知り合い未満のオレと姫ちゃんは雑談するような仲では無い。顔見知りになってからもそれは変わらなかった。成り行きで友人をすっ飛ばして師弟の関係になってしまってからは、連絡なんてしなくても毎日嫌になるくらい顔を合わせていたけれど。
ふと、明日からはそんなこともなくなるということに気づく。姫ちゃんが走りの練習をしていたのは体育祭のためだ。それが終わった今、オレは既に用済みだろう。
明日からはやっと自分の練習に集中できそうだ。
関わりを持ってしまった以上、今日の姫ちゃんの怪我の具合が気にならないと言ったら嘘になる。でもそれを心配するのはオレの役目ではないことも知っていた。
額から顎に流れる汗をもう一度拭う。
「まあ、連絡ついたら”お大事に”くらいは伝えておいてくれ」
「自分で言ったら?」
「クラス違うし。会う機会ないから」
「だからそのためにスマホという便利な機械があるのでは?」
「オレLINE滅多にしないし、苦手なんだよ」
七瀬は腑に落ちない表情で持っていた鞄を肩に掛け直した。
「もしかして自覚なしですかね…」
「……。さっきから何?」
「ううん。じゃあ私帰るね。お疲れ」
七瀬は軽く手を振ってオレの前を後にした。
七瀬はいい。見た目は完膚なきまでに女子なのに、話していて他の女のように嫌な感じがしない。この違いは一体なんなのだろうか。
大した仲でもないくせに、彼女の歩む道が少しでも明るいものであることを願ってしまう。…それはあの日、いつも明るい七瀬が、一途にあの金髪を思って泣く姿を見てしまったからか。
答えの出ない問いを考えながら再び空を仰ぐ。やはり今日の星空は綺麗だ。街灯がまばらな運動公園に、星々の光が空からの道を作っている。
ーーそれはまるでかぐや姫が空から降りてきそうな、そんな夜だった。