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「二人とも正気?ほんとに出すつもり?」
早瀬が指で下顎をこすりながら苦く唸った。シーはいつもの無表情に戻り、知らん、と素っ気なく答える。
「オレは本人に決めさせろって言っただけだ。コイツさっきから何も言ってないだろ」
「………」
ため息をひとつ落として、今度は早瀬が美羽の前に腰を落とした。
「月野さん。僕個人の意見だけど、君がリレーに出るのはやっぱり反対だ。視界も悪いだろうし、次また転んでしまうリスクを考えるとその決断が得策だとは思えない」
『……』
「……でももし君が、君の意思でリレーに出たいって言うなら、僕はそれを否定しない。元々そのつもりだったけど、僕は君を全力でサポートするよ」
先ほどからオイラたちの様子を見守っていた照美メイが、ちょっと、と焦りに声を揺らした。
「勝手に話を進めないで。この怪我だけでも上に報告レベルの重大事故なのに、父兄の許可なくこれ以上の出場は認められないわ。ねぇマダラ」
「……その通りだな。少なくとも母親がこの場にいたらよかったんだが……」
「はーい。ここにいまーす」
皆の視線が一斉に集まる。美羽と瓜二つのその顔が、大きなサングラスの下からひょっこり現れた。
「どーも。美羽がいつもお世話になっております。この度は娘がお騒がせしたようで申し訳ありませんでしたー」
何故かめちゃくちゃ棒読みで頭を下げる美羽の母親……真白さん。マダラが腕を組みながら呆れた様子で彼女を見た。
「お前……来てるんならさっさと顔を出せ。今まで何してたんだ」
「誰かさんに絶対に会いたくないのでこっそり見てたんですぅ。でも流石にあの娘の事故を無視するわけにもいかなくてね。申し訳ありませーん」
真白さんは変わらぬ軽薄な態度で、もう一度ぺこっと頭を下げた。マダラは呆れ果てているのかそれ以上何も言わない。
「真白……!?貴方、あの春島真白!?」
メイが真白さんを指差しながらわなわなと肩を震わせている。真白さんは振り返り、あら、と声を漏らした。
「誰かと思えばメイじゃない。貴方もここの教師だったのね」
「ということは、この子は貴方の…?」
「娘よ。私に似て美人でしょ?」
メイが真白さんと美羽を交互に眺め頭を抱えている。
「通りで…!!おしるこのお嬢さん…可愛いのに、なんかッ…なんか嫌な予感がしたのよ!貴方のせいだったのね!?」
「嫌な予感って何よ。どこに出しても恥ずかしくない品行方正な娘でしょ。私に似て」
「似てない似てない。顔は似てるけど中身は全然似てない」
「うちはくんは黙っててくれないかしら」
「…よくわからないけど、皆さんは知り合いなんですか?」
「知ってるも何も、皆高校の同期……」
早瀬を見て、真白さんがあらっと首を傾げる。
「まだ見たことないイケメン発見。お名前は?」
「僕?早瀬千秋です」
「そちらの金髪くんは?」
「………」
「あいつは同じサッカー部のシーです。愛想はないけどいいやつですから」
シーは危険を察知したのか真白さんから既に距離をとっているが、怖いもの知らずの早瀬は興味津々である。
というかサソリの旦那と同じく美羽の顔面ガチ勢、この食いつきからして真白さんのことも大層好みに違いなかった。人妻もいけるのかよ。守備範囲広すぎだろう。
真白さんはオイラたち4人を眺めながら、ふぅん、と意味深に呟いた。
「流石我が娘ね。彼氏のみならず取り巻きがハイスペックな男ばっかり。サソリくんも苦労するわねぇ」
『お母さんと一緒にしないで。皆友達だから』
「友達だと思ってるのはどう考えても貴方だけよ」
ねぇ?とよりにもよってシーに同意を求める真白さん。シーは無言のまま、あからさまに真白さんから目を逸らした。
それを不快に思う様子もなく、むしろ楽しそうに笑う真白さん。
「若いっていいわねぇ、素直じゃなくて、可愛くて」
「一番ひねくれてるのは今も昔も真白だけどね」
「あら。学生時代と変わらず美しいって?やだわメイ、それほどでもあるけど」
「アナタほんと変わらないわね…」
「メイも変わらないわよ。その独身拗らせオーラ。その様子だとまだ結婚してないのね」
「黙レ殺スゾ」
「やだー、独身の嫉妬こわーい」
「お前らうるさいぞ…特に春島。少しは娘の心配をしろ」
マダラの言葉に、真白さんは言葉を発するのをやめた。娘に視線を送り、一度、二度瞬きをする。
「…心配、ね。私もそのつもりで来たんだけど」
余計なお世話だったかな、と真白さん。
「本当はもっと、べそべそ泣いてるの想像してたんだけどね。びっくりしちゃった。だってすごくいい顔してるんだもの」
真白さんは諦めたように笑う。
「これは止められないわね」と。
「美羽。私から言うことは何もない。正しくなくたって、間違ったっていいと思うの。貴方の進む道を、私は応援するって決めてるから」
少女は静かに立ち上がった。そして迷いなく前に駆け出していく。
その様はまるで、雛鳥が翼を広げて大空に飛び立つかのようだった。
『コーチ、テーピングしてください。時間がないから簡単にでいいの』
シーは一瞬目を見開き、しかしすぐに救急箱に手を伸ばした。
「……わかった。傷開かないようになるべくキツく締めるから、痛いと思うけど覚悟しろよ」
『はい。コーチの鬼畜さには慣れてるのでもう大丈夫です』
「人聞きの悪いことを言うな。おら、千秋も手伝え」
「はー…やっぱりそうなるのか。わかったよ」
無駄のない動きでシーは既に美羽の額に包帯を当てている。
この二人の努力家に、”途中で諦める”という選択肢は初めからなかったようだ。
「真白さん」
旦那が、普段の様子とは似つかない細い声を絞り出した。
「オレは……また、間違っていますか。何が正解なのかわかりません。この状況で真白さんやアイツのように、手放しで応援しようとはとても思えない」
「わからなくて当然よ。だって正解はないから。後でやっぱり止めておけばよかったって、私も思うのかもしれない」
「……」
「でも、どんなに周りが心配しても決めるのは美羽自身だからね。それは誰にも止められない。…サソリくんはもう、わかっているわよね」
「……貴方はもっと、まともな親になっているかと思ってた」
メイが、侮蔑に満ちた表情で真白さんを睨んでいる。
「子供に無理をさせるのが親?時には止めてあげるのが親の務めではないの」
「そんなことはわかってる。それがわかった上で、今回は止めるべきではないと判断した。それだけのことよ」
「何故?こんな体育祭ごときで」
「大人にとっては体育祭”ごとき”でも、今のあの子には体育祭が”全て”だわ」
「………」
「顔に消えない傷を負ったあの子に、今までしてきた努力は無駄だったと心にまで傷を残すことが正しい親の務め?ごめんなさい、私は”まともな親”じゃないからわからないわ」
真白さんは一思いにそう言って、誰の返答も待たず再びサングラスをかけた。長い髪がふわりと翻える。
「部外者がいつまでもここにいるわけにはいかないから失礼します。サソリくん、うちの娘をよろしくね」
つかつかと歩き去っていく真白さん。彼女は後ろ姿まで自信に満ち溢れている。
マダラは彼女の後ろ姿を目で追いながら、やれやれとため息を吐いた。「犬猿の仲なのは相変わらずだな」と、呟いたその顔は何故か少し嬉しそうである。
「照美。教師としてのお前の主張は間違ってはいないさ。ただ、相手はあの春島だからなぁ。昔も今も、オレたちの常識はアイツには通用しない」
「マダラはこの状況、どう思うの」
「オレもどちらかというとお前寄りの考えだ。しかしこの年頃の奴らは元々オレのようなつまらない大人の言うことなんて聞かんからな、残念ながら」
なるようにしかならない。とマダラは言った。メイは拳を握りしめたまま、苦虫を噛み潰したような表情。そして絞り出すように一言「うちはくんは昔から、いつも真白に甘いわね」。
聞こえているはずなのに、マダラはその言葉には何の反応も示さなかった。
「ほら、お前らもいつまでもそんなしけた面してるんじゃない」
マダラはオイラと旦那を一瞥してから、旦那の肩に手を置いた。
「”未来の嫁”なんだろ。夫のお前がそんなに弱気でどうする」
「…………」
旦那は表情を凍らせ、無言でマダラを見る。マダラはニヤリと笑った。
「姑が春島だなんて、お前も可哀想にな」
「………。今その話を出すのは反則だろ」
「本人の前でした方が良かったか?」
「そんなことしたらブチ殺すぞ」
「え、なに…?け、ケッコン?ケッコンするの?その歳で?」
メイが般若の形相で旦那を見ている。どうやら彼女の中で”結婚”に関連するワードは地雷であるらしい。
皆の好奇の視線にうんざりした旦那は、「…あのふざけたお題を入れた主催者、絶対殺す」と苦々しそうに呟いた。
「…別にオレは結婚に夢見るほど純粋じゃねぇよ。ただ、もしオレがこの先誰かと一緒にい続けたいと思うなら、それはアイツ以外あり得ないだろ」
旦那は遠目に美羽を眺めながら、眩しそうに目を細めてそう言った。
この場にかかった霧が、少しずつ、でも確実に晴れていく。
「やはり納得はできない。でもこれ以上足を引っ張りたくねぇから。……マダラ、腕の良い形成外科死ぬ気で探せよ」
旦那はそう言葉を残して、美羽に向かって歩いていく。その背中に、もう迷いはないようだった。
ここにいる皆が、確実に前に進んでいる。
ーーーーその中でオレだけが前に進めない。
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