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出場者待機列につくと、デイダラが真っ先に私に気づいて手を振ってくれた。
「お疲れ。ちゃんと休憩してきたか?」
うん、と私は笑った。正直、昨日の夜緊張と不安で眠れず朝の体調は最悪だった。しかし今はその不安も大分薄れ、調子は悪くない。やっぱりサソリに抱き付くと癒し効果がある。何をやるよりも効果は抜群。私だけの秘密。
『デイダラも障害物出るんだっけ』
「そう。お互い頑張ろーぜ、うん」
障害物レースに出るのは計算外だったものの、クラス対抗リレーよりは割り振られている得点も低いし、場慣らしにはいいだろうと今はポジティブに考えている。
『私一度も練習してないんだけど大丈夫そうかな?』
「んー。まぁそんな難しいことはしねぇからな。最後のハードルくらい?さっき大玉転がしやってグラウンドが荒れてるから、あんまり勢い付けて突っ込まない方がいいかもな、うん。………」
デイダラがじっと私を見つめている。私が小首を傾げると、デイダラは真顔のまま続けた。
「お前旦那と上手く行ってる?」
『え、サソリと?別に普通だと思うけど…』
例の大きな喧嘩以降、私とサソリに目立った
関係の変化はない、と思う。
私の解答に、デイダラはふぅん、と微妙に納得していなさそうに声を伸ばした。
「…まぁ、それならいいけど。美羽は隙が多いから心配なんだよな」
『というと?』
「すぐ人を信用して、碌でもない男にとって喰われそうってことだよ」
碌でもない男。言われても全くピンと来ない。
早瀬くんとデイダラからの好意は相変わらず感じるけど、二人ともどちらかというと真面目な男の子だ。今までもこれからも、無理やり押し倒されるとはとても思えない。他の男子とは信頼関係云々以前に大して関わりもないし。
『……なるべく気をつけるね?』
デイダラの目が完全に私に呆れている。
そんなリアクションされても、全く身に覚えがないので困ってしまう。
デイダラははぁ、と大きなため息を吐いた。
「…まぁいいや。とりあえず怪我すんなよ。オイラあっちで見てるから」
つっけんどんな態度でデイダラは私に背を向けた。なんとなくモヤモヤする。優しくされるのが当たり前とは思っていない。けれど、デイダラに冷たくあしらわれたことは今まで一度もなかったのに。……私は気付かぬ間に彼に何かしてしまったのかもしれない。
しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。とにかく競技に集中しなくては。
靴紐を結び直し、指示された通り列に並ぶ。パッと見た限りでは、一年生も三年生も入り混じったこの競技に出る見知った顔はいないようだ。
大人しく腰を落とし、自分の順番が回ってくるのを待つ。ふと、視線が左隣に吸い寄せられた。黄色いハチマキをした彼女と目が合う。
『…どうも、こんにちは』
目が合ってしまったら無視するわけにもいかず、私はとりあえず無難に挨拶の言葉を投げた。しかし予想通りばっちり無視される。
私の隣にいたのは、サッカー部のマネージャーの彼女だった。早瀬くんのことが好きで、シーくんとも親密な雰囲気を醸し出していた例の彼女である。どうやら今回、彼女は私と一緒に走る好敵手のようだ。
しかし気まずく思う必要はない。私は、私のできることを頑張るだけ。相手が誰であれ、いつだってそれは変わらないのだから。
あれよあれよといううちに列が進み、いよいよ自分が走者となる時間が訪れた。前に誰もいなくなったトラックは果てしなく広く、気が遠くなりそうになる。
胸に手を当て、大きく息を吸って吐き出す。思ったより緊張はしていない。これなら大丈夫だ、と思った。
「位置について。よーい………」
ドンっというピストルの音と共に皆一斉に駆け出す。ネットをくぐり、麻袋に入って飛び跳ね、跳び箱をよじ登る。非常に無難な内容だ。一度も練習に参加していない運動の苦手な私でも、なんとかこなせる。
「美羽ー!頑張れーーー!」
皆の声援がはっきり聞こえるのは、私が落ち着いて競技に挑めている証拠だろう。
平均台を渡り終わり、横並びのまま終盤に差し掛かった。最後はハードルを飛び越え、ゴールテープを切るのみだ。
最終戦、皆勝負をかけ加速する。その時、私はデイダラにハードル前は地面が荒れている、と言われたことを思い出した。
ハードルに備え減速した私は、当たり前に他の人と頭ひとつ分距離ができる。
本当にこれでいいの?と頭に過ぎる一抹の不安。しかしいくらスピードを出したとしたって転んでしまったら本末転倒。ハードルを飛び終えてから加速しても遅くはないはずだ。一直線の走りは散々練習してきたのだから。
ここにいる皆が焦っている。
負けたくない。負けられない。勝ちたい。1秒でも早く、前へ、前へ。前へーーーーー
奇妙な焦燥感を纏った人の声が、ざわざわと遠く響いている。
私の目の前に人が倒れていた。どうしたんだろう、助けなくては。救援のために近づきたいのに身体が沼にはまってしまったかのように動かない。
代わりに額から生暖かいものが流れ落ちてきた。手で拭い取り、その光景に呆然とする。サソリの髪のように真っ赤に染まった手。…なにこれ。ナンダ、コレ。
「美羽!!!」
競技の途中のはずなのに、何故かサソリが私の目の前に目も眩むほどの速さで駆け寄ってきた。へたり込んでいる私の目前に跪き、サソリはその綺麗な顔を焦りと憂慮に苦く歪めている。
「頭打ったのか!?」
『え……?』
「待て、動くな。傷口が開く」
「月野さん!七菜香!」
続いて早瀬くんが現れた。戦闘不能の私たち二人を見て、顔を真っ青にさせている。
「月野さん出血酷いよ、大丈夫!?」
「こっちはいいからお前はそっちの一年見ろ」
サソリは手早く私の鉢巻を取り、入念に傷のチェックをしている。サソリの顔が、今まで見てきた表情の中で一番強張っていた。
「怪我人の救護を行います。皆様しばらくお待ちください」
混沌としたグラウンドに棒読みのアナウンスが響き、怪我人が自分たちのことであるとやっと理解する。
隣の彼女は早瀬くんの名前を呼びながら号泣していた。怪我しながらも可愛い女の子を演じらている彼女を見て、一応元気はありそうだなと安心する。
私はといえば、サソリが怪我の確認をしている最中も止めどなく滴る血液が目に流れ込み、上手く目が開けられない。
「くそっ…血が止まらねぇ。とりあえず止血する」
誰かガーゼ!とサソリが怒鳴るも、皆混乱しているのかなかなか指示が通らない。見かねたサソリが躊躇なく体操服を脱ぎ、それを私の額に当てて圧迫止血をした。と同時に私の頭に刺すような痛みが走る。
「すぐ終わる。大丈夫だからな」
震える声で、サソリが必死に私を宥めてくれている。注射を耐える子供のように、私は唇を噛み締めた。痛みのせいではない。私はいつもサソリに、こんな顔ばかりさせてしまう。その事実がただただ、辛い。